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No.22415の一覧
[0] 皇国の聖女(転生オリ主・TS)[マカロン](2011/02/20 00:22)
[1] 第1話 水の王国[マカロン](2010/10/10 16:45)
[2] 第2話 王都を行く[マカロン](2010/10/14 20:13)
[3] 第3話 流浪の剣士[マカロン](2010/10/25 17:50)
[4] 第4話 出会い[マカロン](2010/12/17 20:27)
[5] 第5話 予感[マカロン](2010/12/17 20:28)
[6] 第6話 ラグドリアンの園遊会 前[マカロン](2010/12/18 20:16)
[7] 第7話 ラグドリアンの園遊会 後[マカロン](2011/02/15 18:00)
[8] 第8話 再会[マカロン](2011/02/21 22:08)
[9] 第9話 二人の過去[マカロン](2011/06/05 21:30)
[10] 第10話 始祖に誓って[マカロン](2011/08/09 13:11)
[11] 第11話 草原の魔法学院 前[マカロン](2012/08/16 00:54)
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[22415] 皇国の聖女(転生オリ主・TS)
Name: マカロン◆9e9ae527 ID:bb962b2b 次を表示する
Date: 2011/02/20 00:22
 ロマリア連合皇国。

 その名の通り、ハルケギニア南部のアウソーニャ半島にある数々の小国家が“ロマリア都市王国”を首都として規定し作り上げた国家連合体である。
 そして、ハルケギニア各国家の開祖たちの父である、始祖ブリミルはこの地で没したとされている。
 その弟子であったフォルサテは“墓守”としてこの地に自らの王国を築き上げ、都市国家同士による長い戦乱の果てに皇国連合が結成された。
 かの大王ジュリオ・チェザーレの時代にはガリアの半分を支配したことさえあったが、今ではそんな勢いなど微塵も感じることは出来ない。
 

 そんな歴史ある都市の一角―――町を埋め尽くす難民たちではなく、旧来からの住民が多い“トラステヴェレ”にマンチーニ男爵の一家は居住していた。
 庭付きの中規模の屋敷。石造りの建物はシンプルながら、洗練された美しさをかもし出している。
 と、そこへ一人の少女が現れた。年の頃はまだ十歳に満たぬほどであろうか。
 容姿は端麗である。短く切り揃えられた真っ白い髪は一つの淀みもないし、顔の作りも幼いながらに一定のバランスを保っている。
 年齢故に体型はまだまだ平坦なものだが、将来的には期待が持てるだろう。
 ただ。
 なぜか彼女は全身が傷だらけだった。白磁のような肌には泥がべったりと付着し、切り傷が無数についてしまっている。
 涙こそ流していないが、その姿は本当に痛々しいものだった。

 すると。屋敷の庭でスケッチをしていた少年がぼろぼろの少女を見咎め、慌てて駆け寄った。

「オルタンス! また近所の悪ガキとケンカをしたのかい!」
「……ポール兄さま」

 傷だらけの少女はオルタンスというらしかった。彼女はその均整のとれた長いまつげが見えるように顔を下げ、小さく呟く。

「またジュリオのやつが仕掛けてきたんだ。ぼくは……」
「ああもう! そんなことはいいから、さっさと来るんだ!」

 ポールという少年はオルタンスの兄であった。彼は見るも無残な妹の手を取り、強引に連れて行こうとする。
 だが、次の瞬間。その手はそこへ新たに現れた少女によって叩かれてしまう。
 少女の姿を認めたポールが「オリンピア!」と名を呼んだ。
 彼女はオルタンスよりもずっと体が大きい。長い金色の髪はまるで絹のように滑らかだ。顔の作りは妹の将来を予感させる、とても整ったものである。

「いったいなにをするんだ」
「あら、お兄さま。お兄さまは男性ではありませんか。いくらオルタンスが男勝りだとは言っても。お兄さまはレディを裸にひん剥くおつもりですの?」
「うっ……」

 刺すような妹の視線。耐え切れなくなった少年は思わず視線を逸らした。
 そんな殺伐としたやり取りを不安げに見つめていた小さな妹の視線に気がついたのか。オリンピアはすぐに優しい姉の顔になった。

「さ、オルタンス。行きましょう。まずは汚れを落とさないと」
「はい。オリンピア姉さま」

 にこりと微笑む姉に、安心した様子で返答するオルタンス。
 すると……、急にオリンピアの頬に赤みが差した。目を潤ませてなんだか危なげな視線を小さな妹へ向けている。

「オリンピア。シスコンもほどほぐびょぁ」

 咎めるような声を発した兄の口の中に、杖を手にしたオリンピアは魔法で土の塊を突っ込むのであった。


 体を洗い、着替えを済ませたオルタンスは屋敷の一室を訪れた。その部屋には自宅療養中の父がいるのだ。
 まだ背の低いオルタンスは足先で立ち、扉へ向かってこんこんこんとノックをする。
 ほんの少しの間を置いて「入っておいで」という優しげな男性の声が聞こえる。少女はドアノブを回して部屋の中に足を踏み入れた。

 オルタンスの父であるミケーレ・ディ・マンチーニ男爵は持病を患っている。
 その病名はオルタンスにはわからないのだけれど、なにか重い病気であることは間違いなかった。
 息子であるポールや娘のオリンピアと同じ金色の髪。生まれは男爵家ながら、気品を感じさせる端整な風貌。
 オルタンスにとっては前世を含めて二人目の父親であったが、彼女はこの父のことをとても大切な存在として感じていた。

 ベッドに身を横たえたミケーレは、娘の体中についた傷に気がついたらしい。悲しげに眉を下げて尋ねてくる。

「オルタンス。どうしたんだい、そんなに怪我をしてしまって」
「そう、そうですよ。お父さま。聞いてください、またあのジュリオが……」

 先ほど自分が受けた仕打ちを思い出したのか。オルタンスはやや興奮気味にまくし立てた。

 ぼくが下町を歩いていたら、またジュリオの手下たちが盗みを働いていたんだ。いくら貧民だからって、盗みはいけないでしょう?
 だからぼくは逃げる彼らを追いかけたんです。なんとか追いついて、一人を転ばせてやりました。そうしたら、奥からジュリオが出てきて……。
 善戦はしたんだよ? けっこうあいつにも傷を負わせてやった。
 だけど、やっぱりジュリオは強いんだ。最後に思い切り目潰しの泥を投げられて、爪で散々に引っかかれたよ。
 今日だけじゃない。いつもいつもあいつはぼくにちょっかいをかけてきて……。まったく、なんなんだろう。

 ミケーレは口調がややおかしいオルタンスの話に相槌を打ちながら、静かに話しを聞いてやっている。ときおり驚いたそぶりを見せたり、うんうんと頷いたり……。
 そんな風にきちんと自分の話を聞いてくれるのが嬉しくて、オルタンスの口はよく動いた。

 しばらく話し、オルタンスが寝込んでしまった頃。部屋のドアが開いて、ミケーレの妻でありオルタンスの母―――ジェローラマが現れた。
 父のベッドに乗っかって眠りこける娘の姿に、母はただ苦笑する。

「ジェローラマ。今日もオルタンスがたくさん話を聞かせてくれてね。なんだかすこぶる体調がいい。どうかな、久しぶりにみんなで夕食というのは」
「本当ですか? ポールたちも喜びますわ」

 普段はなかなか病床から起き上がることもできない夫の言葉に、ジェローラマは本当に嬉しそうに美しい顔を輝かせた。



 *



 それから数年、オルタンスの平穏な日々は続いた。

 父はいつもベッドにいるが、体調のいいときはオルタンスの話に付き合ってくれる。たまに彼の方から昔話をしてくれるときもある。
 母は優しい。料理を趣味にしていて、たまに驚愕の創作料理の実験台にするのはやめてほしいが。
 兄は過保護だ。オルタンスが怪我をして帰ると、最近は『治癒』の魔法をかけてくれるようになった。
 姉は輪をかけて過保護だ。いつもいつも一緒に風呂へ入ろうとするし、同じベッドで寝たがる。いい加減妹離れしてほしいというものである。

 最近は母や姉の要望でオルタンスは髪を伸ばし始めている。手入れが大変なのでお断りしたいのだが、そうもいかないのが実情であった。
 肩を少し越えた部分まで伸びたからだろうか。すっかり少女然とした容姿になって来た彼女であったが、まだまだ男勝りなところは変わっていなかった。
 髪の手入れが面倒だからと姉に丸投げしていてはいけないと思いつつ、やっぱりその辺はだらしがない。

 もし、彼女が生活を送る上で問題があるとすれば。
 昨年には杖の契約をしたのに、未だにコモン・マジックも扱えないことだろう。


 そんなある日。
 いつもように彼女が近所にあるジュゼッペ爺さんの店で買ったパンを近所の公園で食べていると、そこへ見慣れた顔の人物がやってきた。

「やぁ」
「っげ……」

 その人物というのはオルタンスの宿敵である少年・ジュリオだ。彼とはもう何年にも渡り喧嘩を繰り広げた過去があり、お互いが意識するライバル関係に“あった”。
 だが、今ではもう敵意をむき出しにして争うこともない。ジュリオの立場が変わったからだ。

 オルタンスは自分の隣に腰かけたジュリオを横目で睨む。
 見るからに彼は美少年だった。金髪にとても端整な顔立ち、神秘的な“月目”。これほどの容姿を持った人間を捜すのはなかなかに難しいだろう。
 ただ、オルタンスは異性としてのジュリオにはそれほど興味がない。

「きみもすっかり女性らしくなった。昔は小さくても凛々しい闘士だったんだけどね。あ、これ貰っイタッ」
「……まだ手癖は悪いようだね」

 ぴしゃり。オルタンスの鋭い手刀が彼女の買ったパンを掠め取ろうとしたジュリオの右手を捉えた。
 赤くなった手の甲を擦りつつ。ジュリオが自分の顔を伏せつつ言った。

「まあ、いいんだけどね。いいんだ……」

 その様子を見ていて、仕方ないといった風にオルタンスはパンをジュリオへ放った。それを見た彼は嬉しそうにパンを受け取る。

「いつまで物乞い気分なんだか。神官だろうに」
「麗しのレディからいただいたパンは格別なものなのさ。ちなみにね。ぼくは一時的に還俗してるから帯刀してもいいし、女性と付き合っても問題ないんだ」
「一時的、って……」

 なにを言っているのだろう。この少年が恐らくはヴィットーリオ……後の聖エイジス三十二世の使い魔に、神官になってからそれなりに時間が経過している。
 還俗したのはもうずいぶんと前の話ではないか。一時的とはまったくいい方便だ。
 呆れ顔でオルタンスはジュリオを睨みつける。

「おやおや。そんな風に見つめられると恥ずかしいな。きみのような美しい女性に見初められれば本望だけどね」
「口だけは一人前だな」

 まったく、調子が狂う。
 かつてのジュリオは完全にただの悪ガキだった。言葉遣いは酷く汚いし、服や体はいつも薄汚れていた。
 なのにある日。彼は唐突に変わった。
 綺麗な言葉遣いを覚えて、清潔な服に身を包んで。体を綺麗にして。どこからどう見ても、数年前までリトル・ギャングの頭をやっていたようには見えない。
 それが本当の彼でないことはオルタンスとて理解していた。だが、やっぱり調子は狂う。

「ははっ……。口だけは、か。でもね。こっちも案外いけるかもしれないぜ?」

 そう言って、ジュリオは指を一本持ち上げた。かなり下品なポーズである。聖職者にあるまじき失態。というより、女性相手にやるのはどうだろうか。
 はぁ、とため息を吐きつつ。オルタンスは鋭い視線を浴びせる。

「黙れ童貞」
「っう……」

 辛らつな口調だった。ジュリオは大げさに体をのけぞらせ、いかに自分が傷ついたのかをアピールする。
 とは言いつつも、オルタンスはジュリオを馬鹿に出来るような経験などない。恐らくは一生貞操を守ったまま死ぬだろうとすら考えている。

「ははっ、手厳しいもんだ。……だけどさ。まったく、きみくらいだよ。こうやって気兼ねなく話せるのは……」
「ふーん」

 ぱりぱり。もふもふ。ジュリオの言うことを右から左へと聞き流しつつ、オルタンスは最後のパンを口の中へ突っ込んだ。
 さっさと彼女がベンチから立ち上がると。まだパンを持ったままのジュリオが口を開いた。

「今度、ヴィットーリオ枢機卿主催の大晩餐会があるんだ。身分に関係なく参加出来るんだけど、どうかな?」
「考えておくよ」

 それだけを告げて。オルタンスはその場を後にした。
 結論だけ言えば、彼女が大晩餐会に出席することはなかったのである。


 屋敷に戻ったとき。なにやら騒がしい気配がした。オルタンスは嫌な予感を覚え、父のミケーレが療養している二階の部屋へと急ぐ。
 父の部屋の前では、兄のポールや姉のオリンピアが不安げな様子で立ち尽くしていた。
 オリンピアはオルタンスを見つけると辛抱ならないという風に駆け寄り、まだまだ小さな体の妹を抱きしめる。

「お父さまが……、お父さまが……!」
「お父さまが? お父さまがどうしたの?」
「オリンピア。落ち着くんだ。オルタンス。落ち着いて聞け。さっき、父さんの容態が急に悪化したんだ。今はお医者様にお越しいただいて診てもらっているところだよ」
「じゃ、じゃあ……」
「ああ。大丈夫だ」

 普段は頼りない兄がしっかりと発した一言に、オルタンスは思わず胸を撫で下ろす。
 しばらくした頃になって、小太りの医者が部屋を出てきた。彼はジェローラマにあれこれ指示をしたあと、頭を下げてその場を後にする。
 三人の兄妹たちも母と同じように頭を下げた。


 深夜。
 容体の安定したミケーレがランプの灯りで本を読んでいると、そこへ白いネグリジェを着た白髪の少女が現れた。オルタンスだ。
 髪も肌も白く、服も白い。まるで雪の妖精のようだ。

「お父さま。お体の調子がよろしければ、少しお話をしたいのですが……」
「ああ、いいよ。おいで」

 手招きをする父の元へ、オルタンスはゆっくりと歩み寄る。白いシーツの敷かれたベッドの上に腰を下ろす。
 このとき、見るからに父は衰弱していた。かつては筋肉質だった体は見る影もなく衰え、精悍なものだった顔立ちもどこか弱々しい。
 あまり先は長くない。意図せず、そう思ってしまう。
 そんなことを一瞬でも考えてしまった自分がどうしようも許せなくなり、オルタンスは自分の拳を握り締めた。爪が食い込んで血が流れる。それほどに強い力だった。
 だが。
 そんな彼女の手に、ミケーレがそっと手を添える。
 はっとして、オルタンスは父の顔を見た。

「駄目だよ。お母さんがくれた体なんだ。大事にしなさい」

 静かにそう告げる父の言葉に、力んでいた拳が開かれる。血の滲んだ様子を見て、ミケーレはベッド脇の物入れから取り出したガーゼを当て、包帯を娘の手に巻いてやる。
 その間、お互いに無言だった。
 華奢な白い手に巻かれた真っ白な包帯。手のひらの雪原に少しだけ、赤い血が滲んでいく。
 物入れに包帯の残りをしまったミケーレは、ただ静かにオルタンスの言葉を待っている。

 だけども。
 次の瞬間に少女の口から漏れでたものは、決してまとまった言葉ではない。嗚咽だった。
 白い髪を揺らしながら、オルタンスは自らの父の元へ駆け寄る。すっかり衰えた体にしがみついた。

「だめ。遠くへ行っちゃ、だめ……」

 まだ父が健康だった頃から、オルタンスは機会さえあればいつもいつも父のそばにいた。
 彼女がこのハルケギニアへ生まれ変わる前―――地球にいた頃、家族、とりわけ父と辛い別れ方をしたことが大きな要因かもしれない。
 “前世の記憶”などという爆弾を抱え、精神的にとても不安定な時期を父が大きく支えてくれたからかもしれない。

「オルタンス。きみはいつかぼくに話してくれただろう? 自分は生まれ変わる前の記憶がある、異質な存在だって」

 降り積もった雪のような頭を撫でながら発されたその言葉に、少女は思わず顔を上げた。

「あのときお父さまは、『そんなことは関係ない。きみになんの記憶があろうと、きみがぼくの娘であることに違いはない。安心しなさい』って仰ってくださいました」
「そうだ。オルタンス、きみがぼくとジェローラマの娘であるという事実は決して揺るがない。それは何があってもだ」

 でも……。と言いかけたオルタンスに、ミケーレはなおも続けた。

「きみはきみだ。“前世”もきみであることには間違いないし、今の、ぼくの娘であるオルタンスもきみに違いない。
 拒絶するんじゃない。受け入れるんだ。物事を柔軟に許容できるようになれば、きっと世界が変わる。
 だから、もしぼくがいなくなったとしても。それは事実として受け止めなくてはならない。決して現実から目を背けてはならないんだ。……いいね?」

 無言のオルタンス。しばし悩むように細い眉を歪めた後……、静かに頷いた。
 それを見たミケーレは満足そうに頷く。先ほどから娘の頭を撫でてやっていた手を外し、退出を促す。

「そうだ。いい子だよ、オルタンスは。……さ、もう行きなさい。明日もきちんと起きるんだよ」
「わかりました。お父さま」

 ベッドから身を下ろし、少女はゆっくりとドアの方向へと歩み出す。最後に振り返り、父を見た。

「おやすみ、オルタンス」

 そんな言葉を投げかけてくる。オルタンスもそれに応じ、精一杯の笑みを顔に浮かべて就寝の挨拶を行う。

「はい。おやすみなさい、お父さま」

 音を立てないように、静かにオルタンスは父の部屋を後にする。かちゃ、とドアがしまった。



 ―――そして。



 それが、親子で交わした最後の言葉となった。




 *




 父の葬儀はおごそかに執り行われた。
 家族の誰もが感情をなくしてしまったような顔をしている中で、オルタンスだけは毅然とした振る舞いを続けている。


 そしてミケーレの死から間もなく。三人兄妹の母親であるジェローラマは、ロマリアから去る決断を下していた。
 兄であり、トリステインの宰相を務めているジュール・マザリーニ枢機卿を頼ろうとしたのである。
 もともと病床にいたミケーレの治療費はかなり高額に及んでいた。それを返済するためには、屋敷を引き払うしかなかったのだ。

「……そういうことなの。ごめんなさいね。家族の、あの人の思い出がつまった屋敷だけれど……」

 そう辛そうに告げてくる母を見ては、もう誰も文句などつけられるはずがなかった。


 そして、伯父がいるトリステインへの出立、その前日。

 もうジュゼッペ爺さんの店でパンを買うのも最後だ。それを告げたところ、ジュゼッペはそれこそ一人では食べきれない量のパンをおまけで付けてくれた。
 幼少の頃より自分の店のパンを買いに来るオルタンスのことを、パン屋の老夫婦は孫のように可愛がっていたのだ。

 すっかり冷え込むようになったこの頃。
 白い息を吐き出しつついつものベンチに腰かけると……やはりというか、ジュリオが現れた。

「やぁ……。と、お父上がお亡くなりになられた事は聞いているよ。ご冥福をお祈りさせてほしい」

 いきなりそんなことを言って口上を述べ出すジュリオ。暗記しているらしく、寸分の狂いすらなく死者への言葉をつむいでいく。
 やがてそれが終わると、彼はすっとオルタンスの隣へと腰かけた。

「ロマリアを出る、ってことも聞いたよ。残念だけど仕方ないね。……実のところ、ぼくとしては、きみだけでも残ってくれないかと思ったりするんだが」
「それは出来ないわ。お母さまはわたし以上にまいってしまっているんですもの」

 元気のない言葉だ。というより、今まで一度もジュリオの前では女言葉を使わなかったオルタンスの言葉に大いに驚く。
 昔から、なぜかジュリオ相手には強烈な男言葉で罵倒を浴びせてきたものであるし、今までだって勝気な態度だった。
 こんな状況下だとはいえ……、酷く弱々しい様子の少女を見て、ジュリオはなんだか妙な気持ちになる。今ならもしかしたら……。
 が、である。
 不謹慎極まりないし、ここは自重する。そのくらいの理性は当然あった。

「ま、なんだ。トリステインに行っても元気でやっておくれよ」
「あら。あなたがそんな殊勝なことを言うとは思わなかったわ」
「……あのなぁ」

 ジュリオはため息を吐いた。この少女とはもう七年ほどの付き合いになる。確か、この少女がいま十二才であったはずだから……。
 そんな風に考えていると、オルタンスはいきなり立ち上がった。
 ジュリオの顔を見て、小さく呟く。

「わたしがトリステインに行くことになった以上……。またいずれ、あなたとは会うことになるかもね……」
「ん? なにか言ったかい?」
「いいえ。なんでもないわ。それじゃ、元気で」
「あ、ああ……」

 少々困惑気味なジュリオとの会話を打ち切り、オルタンスは歩き出した。
 その小さな背中を見つめつつ、オッドアイの少年は何を思うのか。

 彼がオルタンスへ留意を促そうとしたのは―――個人的な感情だけではなく、少女の身に宿る大いなる力のことを知っていたからなのかもしれない。



 オルタンスが向かう先はトリステイン。『ゼロの使い魔』の主要舞台であり、伯父のジュール・マザリーニが宰相を務めている国だ。

 オルタンスは一度死に、生まれ変わる前の記憶を持ったまま生まれ変わった少女である。

 彼女はこの世界の行く末を知っている。なにが起きるのかを知っている。

 果たして、彼女はこの世界でなにを成すのだろう。

 果たして、彼女はこの世界でなにを見出すことが出来るのだろう。

 それは、彼女だけが知る。





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