「…………すか!? ……罪行為ですよ!?」
女性の怒鳴り声に眠りを妨げられ、すやすやと寝息を立てていたティレント・レグルスはゆっくりと目を開く。
しかし周りは真っ暗でなにも見えない。
さてここはどこだっただろう?
寝起きの所為か、それとも眠りが足りないせいだろうか、眠りにつく前の記憶がいまいち不明瞭だ。
基本的に疲れ果てて立ってられなくなったから眠るというのが、不健康きわまりないがティルの生活リズム。
覚えることはたくさんあり、試したい技術、習得したい技はいくらでもある。
睡眠時間が削れるようになればもっと時間を割けるのにと思いつつ、周りに手を伸ばしてみる。
つなぎ目のある固い木の感触。
大きさや作り、使われている釘の形状。
廃棄倉庫で使われている、防火、耐衝撃処理のされた特殊木箱だとすぐに気づく。
そういえば眠くなる前に廃棄倉庫に剣を探しに来たことを思い出し、次の回収日まではまだ1週間以上あると考え、ティルは安心してもう一度寝ることにする。
前に寝ていたときに、処理日に気づかず他の廃棄処理箱と一緒に溶鉱炉に投げ落とされそうになったので、『危険な場所で寝るな』と姉から禁止されているが、少なくとも数日は安心だ。
「………………」
「っ!? お願いですから止めてください!」
少し怒鳴り声が気になるが、もっと五月蠅い工房で寝慣れているティルにはさほど問題では無い。
女性以外にもう一人いるようだが、相手の声は小さくて聞き取れず女性の声が聞こえてくるだけだ。
激怒しているのは声だけでも判るが、その声には聞き覚えは無い。
興味も持てない内容なので退屈なのか、すぐに眠気が首をもたげ出す。
「今ならまだ事故や手違いで誤魔化せるかもしれません。すぐ官吏に連絡してっがっあぁぁっ!?!?」
ティルの耳が言葉にならない苦悶の悲鳴に混じり聞こえてくる刃物の音を鋭敏に捉える。
肉を突き刺し骨に当たる。
さらには突き刺した傷口を力任せに抉っている。
刺されたらしき女性が直前まで普通だった。
それと最初の鋭い音から推測するに、形状は携行性に優れる細く尖ったスティレット系。
護身用とはいえないので、最初から殺傷目的なのだろう。
だが使用者の腕が悪い。骨に当てて先端がかけた可能性が高い。
熟練者の使うスティレットなら骨を避け一撃で心臓を貫き、こうも無駄に悲鳴を上げさせることはない。
それに傷口を抉る真似もティルには感心できない。
スティレットは突き刺して使う物で、一度で殺せないなら、何度か突き直せば良いのに、そう抉ったら刀身が歪むし、下手すれば折れる。
もし壊れたなら修理させてくれるだろうか?
木の板一枚隔てたすぐ側で殺人行為が行われていても、ティルの頭を占めるのは武器だけだ。
刺された人物も、自分の安全すらもティルの脳裏には無い。
武器の状態が気になってしょうが無いティルはそっと蓋をずらして外を覗いてみる。
そこはティルの知っている倉庫では無い。
どこかの工房のようだ。
炉と作業台、各種工具とありふれた基本的な作りで、どこかまではティルには判らない。
「ゲホッ!? な、なんで、わた、私は……あ、あなたと一緒に」
「毛の生えた樽が、ちょっと女扱いしてやっただけで勘違いしてもらっては不愉快だ」
逆光でその姿は良く判らないが倒れたドワーフ女性の前に立つのは、高い背丈、何よりドワーフを侮蔑する樽呼びから別種族の男性のようだ。
吐き捨てるように侮蔑を投げつけた男が手に持つスティレットは血にまみれ赤黒く濡れ、ランプの光で怪しげなきらめきをはなつ。
「大体だ。今時魔具としての機能を1つも持たず、殺しきれない剣しか打てない鍛冶師に、私が価値を見いだすと思われるのはこの上ない侮辱だな。君の剣など、手に入れた7工房の武具の前ではゴミくずだな」
男がスティレットを投げ捨てる。
先端に欠けは無し。刀身の歪みも見られない。
単純な作り故に制作者の腕が素直に出る作品は、高い純度の正当技術で作られた品だ。
昨今の流行は、突き刺した瞬間に確実に致命傷を与えるために、魔具としての側面を持たせた物が多い中で、あえて純粋な武器としている辺りティルは好感を覚える。
しかし使い手はいただけない。
せっかくの名剣なのに使い方が悪い。
ドワーフは男女の違いなく岩のように固い皮膚と筋肉で守られている。
素人が刺そうと思ってもそうそうと刺せるわけは無い。
だがあの短剣はそれを成し遂げた。
刺す箇所さえちゃんと判っていれば、一撃で仕留めていた。
あの剣を捨てるなんて勿体ない。
それにだ7工房の武具が素晴らしいという発言に異論は無いが、状況から見てティルと一緒に廃棄倉庫から持ち出した品のことを素晴らしいといっているならば、大間違いだ。
あの倉庫に捨てられた品は未完成や失敗作ばかり。
完成されたスティレットと比べるまでも無い。
ちゃんと言ってあげるべきだろうか?
そんないかれた事を考えていると、瀕死の女性が最後の力を振り絞ったのか懐から何かを取り出す。
「や、やらせ……わた……鍛冶師の……ほ、誇りま」
女性が血にまみれ穴の空いた小袋を取りだし床に投げつけると、小袋から銀色の粉が散乱した。
粉の正体に気づいたティルはいそいそと耐熱服のフードを被り箱の中に戻る。
「何の真似……っ!? くそ! 火が!? ちっ!?」
初めて男の焦る声が聞こえて、急いで逃げ出すドタバタとした足音が聞こえてくる。
女性がばらまいたのは高温炉着火に使われるドワーフの秘薬。
金属片を混ぜ合わせたそれは、僅かな熱ですら瞬く間に着火し、大量に用いればあらゆる物を焼き溶かす高温を生み出す。
どうやら粉を撒き散らかしてランプの熱で着火させたようだ。
しばらく待ってからティルは蓋を取り去り、箱から出てみると、既にそこら辺りが火の海になっていた。
普通なら慌てるような状況だろうが、ティルが着込んでいる耐熱服はそこらの一般品と素材も作りも違う。
火山の火口内を住処とする火龍の皮膚を用いたその完全機密服は一切の熱を通さず遮断し、さらにはティルの本当の体格を誤魔化すために四肢を太くし、その部分に生命維持機能をこれでもかと詰め込んだ姉からの贈り物。
溶鉱炉に落ちても命には別状が無いようにと作られた耐熱服を用いて特殊素材加工でしょっちゅう高温炉の中に篭もっているティルは、落ち着いた様子で荒れ狂う炎の中を見渡す。
すぐに目当ての物を発見する。
床に倒れ込んだドワーフ女性。
髪や髭は高温の火に焼かれ瞬く間に燃え尽きているようだが、体の方はティルと比べ格段に物は落ちるのだろうが、耐熱服に守られている。
だが倒れ込んだ女性では無く、その側に落ちていたスティレットにティルの目は注がれる。
熱で歪まないうちに保護しなければと、ティルは足早に掛けよりスティレットを手に取り、そのまま観察する。
あぁ。うん。良い作りだ。丁寧で基本に忠実。
ティルとしては学ぶべき目新しいところは無いが、それでもこの剣に感心する。
燃え広がる炎の中だというのにティルは剣に見惚れる。
なぜならティルは鍛冶師。
剣がそこにあるのに他に何を見るというのか?
他に何を考えろというのか?
どこまで人として歪み狂い、どこまでも鍛冶師として純粋無垢。
その狂った正しき鍛冶師であるが故に、鍛冶師はティルに惹かれる。
己の全てを託せる存在として、己の超えられぬ道を行く者として。
希代の名工達が、誇り高きドワーフ鍛冶師達が、認める、認めざる得ない。
それは瀕死の、すぐにも事切れる鍛冶師だとしても変わらない。
いや消え去るからこそ残したいと思う。
己の力を、己の夢を、己の執念を。
「……っぁ……ぁ………」
ぴくりとも動かなかった女性鍛冶師が、最後の、最後の力を振り絞る。
己の残った全てを振り絞り剣を掴むティルの腕に手を伸ばし、刀身に触れた。
喉さえも炎に焼かれたのか声になら無い声をあげ、瞼が焼け、醜く焼け焦がれた眼球から血涙を流しながら、無念を、己の執念を魂にのせ告げる。
それは刃を通してティルの心に刺さる。
だがティルの心に浮かぶのは同情でも、憐憫でも、恐怖でも無い。
ティルが受け取るのはただ1つの思い。
剣を求める心のみ。
この世の全てよりも剣が勝るティルにとって、剣こそがこの世で表す唯一無二の感情にして声。
剣を求める者がここにいる。
ならティルが反応しないわけが無い。
しなければならない。
全てを一振りの剣に。
ここで生まれ、終わった物。
全てを剣に。
「剣がいりますか?」
スティレットから目を離したティルは、初めてその女性鍛冶師の目を見て、いつも通りののんびりとした声で問いかける。
女性は答えない。答えられない。
既に事切れていた。
だがそれでも判る。
最後に触れた刃からその人が望む物を。願う物を。
ティルはスティレットを懐にしまうと、その名も知らぬ女性鍛冶師の遺体を担ぎ上げる。 鍛冶仕事で力作業に慣れているティルは、ふらつくことも無くそのまま炎の中から脱出するために出口へとむかって歩きだした。
使い手が事切れてしまった。
ならどうするか?
考えるまでも無い。
剣を用意するだけだ。
それしか出来無いのだから。
レグルス本家。地下通路の奥にある大規模工房。
上層部が占拠されるなど非常時に用いる予備工房として建造されたが、幸いにも未だ一度も使われていない工房。
その中央に置かれた作業台周辺に数人の人影があった。
クレハ、ノルンのティル探索組と、発見と異常事態の一報を受けて急行したミムと煌。この騒ぎの元凶であるティル。
そして中央の作業台に固定された女性ドワーフの遺体。
遺体には無数の刻印が刻まれた金属片があちらこちらに埋め込まれている。
さらには死んでから半年近く経つのに、まるでついさっき死んだかのように生々しい刺し傷と、顔の原形をかろうじて留めるくらいに焼けただれている。
だが何より異形なのはそのむき出しになった腹だ。
僅かに膨らんだ裸体の腹にはいくつものチューブが差し込まれ、そこだけはまるで生きているように胎動をしている。
異形な死体を前にどうにも気味の悪い顔を浮かべる娘組とは違い、ミムは堅く、煌は困り顔を浮かべている。
「なにがあっても僕は剣を用意します。それだけですよ姉様。いつものことじゃないですか」
詳細事情説明を求めるミムの詰問にたいして、きょとんとした顔をして淡々と告げたティルがそう締めくくる。
何故そんな基本を聞かれているんだろうと、首を捻っている。
いつも通り。そういつも通りだ。
弟は求める者がいれば、誰にでも武具を用意する。
無論まだ見習いであるティル本人は打てない。ミムも打たせないが、ティルは手持ちにある手を全て用いて、武具を用意する。
いつも通りだ。いつも通りすぎる。この異常な状況下でもだ。
「……それでこの女がその鍛冶師なのかティル」
「はい。珪石氏族のミロイドさんというそうです。爺ちゃんが調べて教えてくれました。おかげで助かりました」
「あ、あの爺。孫になんて仕事やらせてるんだよ」
知らぬ存ぜぬという顔をしていたが、やはり関わっていたか。
ミムは怒りで拳を握りしめる。
当然だ。当たり前だ。レグルス本家の地下工房への鍵を持つのは当主であるゴルディアスだけだ。
ゴルディアスだけでは無い。
ほかの7工房工主達が結託すればティルの行動を黙認、他の者に知らせない事なんて造作も無い。
「他の爺、婆どもはこれを知ってるのか?」
「はい。ご存じですよ。大作業になるだろうから、しばらくこちらに専念しろって。色々必要な道具とか技術を教えてもらいました」
基本的にミムは自分には嘘をつかせないようにティルを躾けてきたから、ティルは素直に喋る。
元々その狂いっぷりは別として、裏表が無い性格だから嘘をつくという考えがあるのか微妙なくらいだ。
「全員がグルどすなぁ。事情を考えればしゃあないかも知れまへんが。こんおなごはんん名誉を守るために秘密裏に処理しよけちゅうことでっしゃろね。むちゃ真面目にええ仕事をしいやおいやした鍛冶師はんのようどす」
煌がため息とともにミロイドの遺体へと哀れみの目を向ける。
ティルの証言が真実ならば、このミロイドという女性鍛冶師は騙され、利用され、無残に殺されたことになる。
この女性が死の間際に抱いた、覚えた憎悪や無念が煌にはよく判る。
それら怨念ともいうべき暗い情念を煌達鬼人種族は術の核として用いるからだ。
煌の血を受け継ぐクレハもこの遺体が纏う暗く重い念を感じ取り、吐き気を堪えようと青ざめた顔で口元を手で覆っている。
「クレハ。気持ち悪いんなら外に出てもええよ」
探索者家業で中級探索者ともなれば、遺体も見慣れているだろうが、それとは質の違うこの暗い念と、ティルの作業の禍々しさにやられてしまったようだ。
「へ、平気や。おかーちゃん」
「団長。弟さんの話では後は打つだけだったそうです。それで彼女は剣になると。その全てが剣として成り代わるそうです。具体的には……」
全然平気に見え無いクレハの横で、その身体を支えているノルンは、先ほどかかったトラップのダメージからまだ完全回復はしていないが、それでも職務をこなそうとティルの説明を補足していく。
ティルが用いるのは、己が魂と、素材の魂を熱として用いて、生体と金属を混合しこの世で唯一無二の武具となすドワーフ鍛冶師のエーグフォランの秘奥中の秘奥。
その為の下処理が全身に打ち込まれた金属片であり刻印だという。
秘奥中の秘奥をそう簡単に披露して良いのかと思うが、ティルの祖父曰く、見ただけで真似できれば秘奥とはいわないとのこと。
見て、学んで、実戦して、それでも俗人には出来無いからこそ秘奥。
ティル自身も少し前に、龍の肉体とおぼしき一部を用いた大剣で相槌をうち、コツを掴んだばかりの技術となる。
ティルの話。
そしてノルンの補足説明を聞き終えて、ミムはしばし口を閉ざし、考え込む。
人の死体を、その無念を用いて唯一無二の剣を打つ。
かつていた鍛冶師が踏み込んだ禁忌と同じ行為。
だが昔とは、ティルが知らない昔とは、事情が違う。違うはずだ。
望まれずに打たれる剣では無く、望まれ打たれる剣。
僅かだか違う。しかしその僅かが怖い。
ほんの少し箍が外れるだけで、弟が弟で無くなるそんな恐怖がミムの中にはある。
だが同時にティルの成長のために、この仕事が必要だというのも判る。
判ってしまう。
ティルを真っ当な鍛冶師として進ませるためには、例えどれだけ邪道であろうとも人に望まれ初めて剣を打つという、基本にして絶対的なルールを染みこませなければならない。
ティルが己の望むままに剣を打たないように。打たせないようにする為には。
「……ティル。事情は判った。でも姉ちゃんあんたが剣を打つことはまだ認めないっていったよな。どうする気。この鍛冶師の相槌を打つっていったそうだけど」
だからあえて問いかける。
もしそれでも自分が打つというなら、殺すしか無いという覚悟をもって。
そんなミムの心配も決意も、この狂った天才は軽く凌駕する。
「はい。姉様との約束ですし、僕も腕を折られたりしたくないからあくまでも相槌ですよ。その為にミロイドさんの作品をたくさん見てきました。ハンマーは僕が打ちますけど、それは僕だったら打つ場所では無く、ミロイドさんの打つ場所を予想して打ちます。普通ならそれじゃ出来ませんが使うのがミロイドさんの身体で、身体に残留した思念があるから何とか出来ます」
ティルはあっさりと無茶苦茶な答えを口にだし笑ってみせる。
邪気の無い純粋な、それだからこそこの場で異様に見える笑顔だ。
「ち、ちょいまち!? なんやのそれ!? あんた一人で死んだ人間の模倣もするっちゅうんの!? しかもあんたのよお知らん人やろ!?」
「はい。さすがに知らない人の作業を予測するのは、苦労しましたけど大丈夫です。僕が、僕達が今から仕上げるのは紛れもないミロイドさんの作です」
クレハのあげた悲鳴めいた疑問の声にもティルは気負いの無い笑顔で応える。
それは難しい宿題を解けた子供が見せる嬉しさの笑みだ。
その笑顔でミムは悟る。
弟を止める事は出来無い。もうやる気になっていると。
「……ティル。後で説教がたくさんあるから、とっとと仕事は終わらせろ。姉ちゃん忙しいから」
止まらない天才をどうすることも出来無い無力さを感じながらミムは近くの椅子を引き寄せドカッと腰を下ろす。
その一挙手一投足まで見逃さないようにと作業台へと目を向けた。
「怒られるのはちょっと嫌なんですけど」
「ミムはん。よろしいのどすか? ちびっとわやがすぎる気がしますやけど」
姉の言葉に泣きそうな顔を浮かべるティルを見つつ、さすがに煌も無茶がすぎると思ったのかあきれ顔を浮かべながらミムの横に座る。
「ティルがやるつってんだから、あたしや煌でも見るだけしかできないでしょ。ティル。姉ちゃんとの約束。最高の遺作にしてやって。それなら説教は半分にしてあげるから」
「それ僕にとって何も変わらないんですけど。何時も最高の物にするだけですから」
「グダグダ言うなら拳骨プラスするよ。それくらい怒ってんだよ姉ちゃんは」
無くしてくれるならともかく半分じゃ意味が無いと嘆くティルにミムが拳を振り上げてみせると、ティルは渋々といった感じで頷いて、作業台の横へと戻った。
「お前らもこっち着て座ってろ。そこにいるとティルの邪魔になる。クレハは無理なら先に帰ってもいいけど、ノルンはどうする? その剣。ティルが手を入れた品だろ」
その作業台の横で唖然としていたクレハ達をミムを手招くと横の椅子と出口を指さし、最後にノルンが抱えていた長剣に指を向ける。
むき出しの刀剣をノルンがしっかりと抱えている様でミムは気づく。
詳しい事情はともかく弟にやられたなと。
ノルンが剣を求めているとそれだけで理解が出来た。
「……私は見せてもらいます」
一見人の遺体を弄ぶような行為。
神官でもあるノルンは眉を顰めるべきなのだろうが、どうしてもそれが出来ずにいた。
禍々しいまでに遺体を弄るティルの作業が、それなのにひたすらに丁寧で、ある意味で尊厳をもって行われている。一流の仕事だと感じてしまったからだ。
「ノンちゃんが残るならうちも残るけど……団長もおかーちゃんもええの? えらいえぐい真似しとるけど。あのお腹ん中って……」
不承不承だが残ると宣言したクレハは椅子に腰掛けながら、作業台の上に寝かされたミロイドの腹部を指さした。
不自然というべきか。それともある意味で自然というべきか。
その腹は胎児を抱える妊婦と同じような膨れ方をしている。
無論他の誰もが気づいていた。だがあえて口に出していなかった。
彼女は死んだ人間。その腹の中に何がいても、もう終わってしまったことなのだからと、
「あ、はい。正解です。ミロイドさんのお子さんがいますよ。他に付き合っていた方もいないそうなので、殺した男性とのお子さんのようです。おかげで標的を絞る機能をつけられるようになりました。殺した方に全ての想いだけをぶつけるだけの剣。それがミロイドさんの最後の剣となります。ただ材料にするには亡くなってましたし、まだ小さかったので、死霊術で少しだけミロイドさんの肉体を操って大きくしてます。おかげで数ヶ月も時間がかかりましたが良い材料が揃いました」
だが狂人はあっさりとその禁忌を饒舌に口にする。
生まれることが出来無かった遺児を、その父に報いを受けさせるための、剣の材料にすると。
何のことは無いと、シロップを甘くするために砂糖を入れる。
当然の事とばかりに。
「お……おかーちゃんがゆうてた理由これか?」
ティル捜索に赴く前に言われた忠告を思いだし、どうにも渇く喉にクレハはゴクッと唾を飲み込む。
この怪物に飲まれたら狂うという意味を、クレハは目の当たりにする。
「せや。こんでもまだ軽いんやけどな」
生きている人間を、自分の妻子孫、仲間を使わないだけ、まだ昔よりマシだ。
クレハからの問いにそう答えつつも、心の中で思った煌がミムを見る。
そのミムは辛そうな耐える表情で弟の作業を見守っていた。