「左舷上甲板光球2,7、10消失! 船尾防御結界六番耐久値急速低下! 駄目ですこのままでは結界の維持ができません! 再展開を準備しますか!?」
船体各部の結界展開状態を表示する水晶球には、次々と消失や耐久値の低下を知らせる文字が浮かんでいく。
魔力発生機関『転血炉』の出力調整と、炉から船体各部に設置された魔法陣への魔力供給分配を担当する若い船員は青ざめた顔を浮かべていた。
この船の防御結界は蓄積型防御結界。
常時炉から魔力を供給し続け展開させる直結型防御結界と比べ、即時展開が可能な上、大型で強固な結界を形成するメリットがある。
しかしその反面、直結型と違い減少した耐久値を回復することは出来ず、消失後に再展開する必要があった。
通常戦闘であれば先に展開した防御結界が消失する前に、次の結界用魔力充填が終わっているが今回は異常な勢いで耐久値が削られていくために充填が追いついていなかった。
「再展開はせずギリギリまで持たせて下さい」
慌てふためく部下を前に、船長は内心の焦りを押し殺す。
とにかく今は消失した光球や結界を再展開する魔力さえもおしい。
サンドワームが打ち込んでくる砂弾の数が増す事に、船体各部の防御結界の出力が低下し、光球が消え失せていく。
こんな事は船長の経験の中でも初めてのことだ。
サンドワームの砂弾はあくまでも砂を高圧縮しただけの物理的な攻撃。
防御結界に著しくダメージを与えたり、発動している魔術を打ち消す力など無いはずだ。
だが今現実にそれが起きている。
あり得ないことであろうとも起きているのなら、それは現実のこと。
それに見合った対応をしなければ死ぬだけだ。
「機関部、客室周辺の結界維持を最優先。残りは浮上推進用魔力蓄積に」
元々余剰出力が有るこの船だからこそ耐え切れているが、並の砂船であったらとっくに魔力を消費し尽くして結界を失っている所だ。
しかし、余裕があるわけではない。
不規則に現れて砂弾を打ち出し再度潜行し、離れた場所で浮上しては、また砂弾を撃ってくるサンドワーム達に護衛の探索者達も苦戦している。
この状況下で最も有効な手はこの場の離脱だろう。
砂船の最大速度であればサンドワームを引きはがすことは不可能ではない。
それは船長もよく判ってはいる。
だがそうしようにも結界維持に魔力を持っていかれすぎて、結界を展開しながらサンドワームを引きはがす距離分だけの船を動かす推進用魔力蓄積もままならない。
船体の直衛についている護衛探索者2パーティとセラが結界の穴を埋め、辛うじて致命的な一撃は防いでいるが、それもいつまで持つか。
攻撃に転じるにはせめてもう一人。
倒れたボイドか周辺探索に出たヴィオンが戻ってくれば……
「ボイド君と先代達に連絡はまだ付かないでしょうか? 再度呼びかけて下さい」
特にボイドは探索者にとって最大の切り札『神印宝物』を所持している。
採算が合わなくなるが逆転は容易い。
そしてボイドがまだ回復していなくとも、修羅場になれたファンリアが率いる商隊の者達が直衛に出てくれれば、今は砂船を守っている探索者達もある程度は動けるようになる。
しかしつい先ほど下部倉庫がある辺りに直撃弾が被弾してから、彼等との連絡が途絶えたまま 何度呼びかけても返答は返ってこない。
今の状況では安否を確認しに、人を出している余裕さえ無い。
「駄目です! 返答がありません!」
「ヴィオン君との連絡は?」
「通信魔具はまだ使用不能です!」
砂弾の影響を受けているのは、結界や光球だけではない。
護衛の探索者達からも魔術が上手く発動しない。
効果がすぐに切れるなどの異常報告があがり、それどころか船内にある魔具すらも軒並み使用不能や不調になっている。
もしこの影響が、高度な魔導工学の産物であり船の命綱である転血炉にまで及んだら……
『船長やばい! 船尾に出たサンドワームの動きが変わった。腹が膨らんでやがる! でかいの撃ってくる気だぞ! くそっ! 右舷前方、左舷側面それぞれにも同時出現!』
激しい攻撃の中で果敢にも見張り台の上で報告を続ける船員が、悲鳴混じりの声をあげる。
サンドワームの主な攻撃は二種類。
人の頭大の物を1回に複数飛ばしてくる散弾状の砂弾。
もう一つは体内にはち切れんばかりの砂を溜め込んでから行う『砂獄』と呼ばれる範囲攻撃だ。
大量の砂を広範囲に高速で吹きつける砂獄は、鋼鉄の装甲板すらも一瞬で削りきるほどの威力を持つが、普段ならそれほど恐ろしい物ではない。
準備動作から攻撃してくるまでに若干の時間がある事と、魔術防御結界さえ万全であれば防ぐのは容易いからだ。
だが船尾側の防御結界が消失した今の状態で直撃を受ければ、致命的な攻撃になりかねない。
ましてやこれにも魔術に対する影響効果が伴っていれば……
――しかし同時にこれは好機でもある。
サンドワームは巨体に合わないその素早さで、こちらの反撃が始まる前にぶ厚い砂の下に潜り込むヒットアンドアウェイを繰り返していた。
だが大技を繰り出そうとするサンドワームは今地表にその姿を現し留まっている。
おそらく同時に現れた二匹は牽制役なのだろう。
だが虫たちの思惑に乗るつもりは船長にはない。
前方には転血炉があるが、防御結界もまだ健在なうえ、そちらの防御は他よりも優先しているために再展開用の魔力も貯まっている。
「左舷砂弾をセラ嬢防御! A、Cパーティ!後方のサンドワームに集中攻撃! 砂獄を撃つ前に落とせ!」
ここが勝負所。あえて重要な前方を捨て死中に活を求める。
決断した船長は鼓舞の意味も含めた鋭い指示の声をあげた。
普段は相手が部下だろうが子供だろうが馬鹿丁寧が特徴の船長が珍しく強めた声が、伝声管越しに上甲板に響き渡る。
不規則に打ち込まれる砂弾を金属盾や魔術盾で防ぎながら奮戦していた探索者達は、その指示に一斉に動き出す。
「あぁ! もう! なんであたしばかり貧乏くじ?!」
仲間が一斉に船尾側へ向かって砂船を飛び出ていくのとは逆に、セラは泣き言を漏らしつつも左舷側面へと走る。
探索者の本領は集団戦。人の力を大きく超えた迷宮の怪物種に対するにはチームワークだ。
その点から考えればメンバーが揃った他の二パーティと違い、セラの所属パーティは一人は倒れ、もう一人は捜索から未だ戻らずで万全とは言い難い状態。
居残りで防御は仕方ないかも知れないが、ただ一人で責任重大な役割を任されたのでは思わず愚痴がこぼれるのは仕方ないだろう。
船体周囲を照らし出す光球は所々消滅しているが、まだ辛うじて左舷側は見通しがきく。
身体半分を砂漠から覗かせていたサンドワームが己の身体を振り回しつつ、砂弾を口蓋よりばらまきながら撃ち出す。
暗闇の中、高速で飛来する砂弾は十以上。
セラは外套を跳ね上げて、内側にある隠しポケットに右手を突っ込み、触媒処理を施された剣魚ファルンの牙をがばっと掴む。
大盤振る舞いは非常に胃が痛む思いだがあの数だ仕方ないと、豆を巻くように放り投げて左の杖を構える。
「ファルンの牙達よ! 我が身に降りかかる災厄を防ぐ壁と成れ!」
セラの詠唱に答えて六角状の白銀色の幕『ファルンの盾』が船体側面に幾つも展開される。
パーティメンバーのヴィオンならば飛んでくる砂弾の弾道予測をして最低限の数で防御を張る事もできるが、セラにはそんな器用な真似は出来ない。
攻撃方向に向けてそちらを広く防ぐように張るしかない。
幸いファルンの牙は魔術触媒としてはそう高い物ではないが、どうにも貧乏性のあるセラは臍を噛むような顔を浮かべた。
――ゴッ! ガゴッ!
次々飛来する砂弾を魔術盾が受け止め船体への被害を防ぐ。
だがその代償と言うべきなのだろうか、展開した魔術盾は砂弾が命中した所だけでなくその周辺までが一気に消滅していく。
本来ならサンドワームの砂弾攻撃であれば『ファルンの盾』は一枚で十発程度は受け止める事ができる。しかし今は一発防ぐのが精々だ。
「うぅぅ……もったいない……もったいない」
炸裂した砂弾から飛散した砂埃が舞う中、セラは破れかけた防御帯の内側にさらにもう一度牙をばらまき防御帯を手早く作成して右舷船首側を振りかえる。
サンドワームの攻撃は両面と後方から。後方は仲間達に任せれば大丈夫だとしても、右舷には誰もいない。
右舷前方はまだ船の防御結界があるが、破られればその分だけ再展開するために魔力を使い離脱が遅れる。
金銭的余裕はともかく、時間ならばまだ余裕はある。
最初の数発は無理だとしても、いくらかは防げるはずだ。
セラが右舷側に向かって走ろうとしたその時、何者かが船外から跳び上がってきた。
垂直に近い船壁を少女は僅かな凹凸を足がかりに一気に高く跳び、甲板を超えた高さまで到達すると周囲をぐるりと見渡す。
自分が居たのはどうやら砂船。
それも中型と呼ばれるそこそこ大きな物のようだ。
出現しているサンドワームは3匹。
船尾側に大技を放とうとする1匹。
少女が跳び上がってきた右舷の前方と左舷側面に各一匹ずつ。
左舷は防御帯が出来ている。甲板にいる魔術師が作成した物だろうか?
後方の砂漠には大技の発動体勢を取るサンドワームへと駆ける複数の人影が見える。
装備やその機敏な動きから見るに探索者達で間違いない。
左舷、後方共に自分がやれることはない。
なら自分の役割は右舷の攻撃を防ぐこと。
周囲の状況を確認した少女は音もなく甲板に着地し、迫る砂弾に目をむける。
前方から迫る砂弾は14発。
防御結界が展開されているが、耐久値が減少しているのか破られてはいないが、所どころ薄くなっている。
飛来する砂弾の方向と速度から弾道を予測する。
目測と経験から各防御結界の予想耐久値を割り出す。
両者の位置関係から着弾予測地点を算出し、戦闘経験からしる通常とは違う砂弾の『特性』を考慮し危険度を設定。
戦いの気配に体内を駆け巡る血は熱く鼓動し、目覚めたばかりの少女の思考を加速させていく。
砂時計の粒が一粒落ちるまでにも満たない僅かな時間で瞬く間に、戦闘状況の把握と予測を終わらせ最善の行動を決定させる。
「はっ!」
甲板を蹴り轟音を奏でながら迫り来る砂弾へと向かって、少女は自ら防御結界の外へと飛び出す。
身体を左に捻り右腕を巻きつけるようにして左腰脇に構える。
狙うべきは結界の薄い箇所へと飛びこんでくる砂弾が二つ。
右腕に力を込め狙いを定め呼気を鎮め期を計る。
「せぃ!」
剣線上に二つの砂弾が到達した刹那、少女は裂帛の気合いとともに右手に闘気を込め剣を振る。
少女の武器である折れたバスタードソードに残る刃は拳一つ分ほど。
大半の者がほぼ根元しかない剣をみれば、それはもはやただの鉄屑だと思うだろう。
だが少女には違う。
少女にとって柄があり、刃が僅かでも残っているのであればそれは紛れもなく剣である。
そして少女は己を剣士だと自負し、己の剣技に誇りを持ち旅をしていた。
剣を握っているのなら、剣士である自分は戦える。
そして必ず勝つという確固たる信念と共に。
――シャァァッ!
高圧縮され激しく回転しながら飛ぶ砂弾を受け止めた幅広となった剣の腹と、砂弾が擦れ合い火花が飛び散る。
良品の素材から作られて頑丈ではあるが、ただの鋼鉄の刀身は粗い砥石のようにざらつく砂弾によって削られていく。
だがこれこそが少女の狙い。
刃が削られていく際の僅かな抵抗で砂弾を刃で『掴んだ』少女は手首を微かに返す。
少女の動きに合わせて砂弾の進行方向がずれた。
剣から通して伝わる感触で砂弾の軌道がずれたことを悟った少女は、刃から『放し』、剣をさらに振り上げた。
延長線にあるもう一つの砂弾を同じ要領でまたも『掴み』、その方向をずらす。
――シャリン!
鈴の音のような高い金属音が鳴り響き、結界を消失させるはずであった二つの砂弾は少女の剣に流され上向きに軌道がずれた。
少女の思わく通り、弱体化した結界へと直撃するはずだった砂弾は、船体を掠めつつも甲板の上を飛び越えていった。。
一方少女は剣を振るった際の反動と流した砂弾の勢いに合わせて、胸につくほどに膝を抱え丸くなると、そのまま後方に一回転し、音もなく先ほど飛び上がった甲板に着地をして見せた。
――ゴッ! ガゴッ! バンっ!
残った砂弾が少女の眼前で次々に防御結界へと着弾していく。
砂弾が砕け散る事に目に見えて薄くなっていく防御結界。
いつ破れるか判らないと恐怖を覚えそうな物だが、絶対に大丈夫だという確信を持つ少女は微動だにせずその光景を見つめながら、柄を握る右手にぎゅっと力を込める。
「むぅ。まだまだだな……精進しないと」
少女の心には怒りが浮かんでいた。
一振りで直接防げる砂弾はどう足掻いても今の二つが限度。
右手に構える剣が本来の長さであっても三つ。
自ら封じている本来の剣術技を持ってしても五は超えない。
己の未熟に少女は自分自身への怒りを覚える。
少女の頭脳では、今飛んできた14の攻撃を全て凌ぐ術は思いついてはいた。
だが思いついてもそれを可能とするだけの肉体能力を未だ得ていない。
どれだけ早く状況を判断し取るべき行動を模索することが出来る頭脳があっても、肉体が追いつかなくては意味が無い。
この程度の攻撃を処理できないのは恥だ。
自分に剣を教えてくれた人ならばその一振りで全てをたたき落とすことも、打ち手にそのままはじき返すことも自由自在に行える。
少女が知り、目指し、そして超えようという高みは果てしなく遠く困難な道。
だが己なら駆け抜けることが出来ると少女は自信を持っている。
そして、その目標すらも今は少女にとって手段でしかない。
少女の心にあるのは大願。
迷宮に挑む探索者となり、上級迷宮に眠る宝物を手に入れ、今の自分を消す。
それも数年のうちにだ。
その為には常に自分を戦場に置き成長を続けていくしかない。
だからこそ闘いは少女にとって望むべき物だ。
「……ん?」
ほんの一瞬だけ自らの思考に埋まりかけた少女だったが、弾け飛んだ砂弾から散った砂に混じる苦みの混じった香りに気づき空中に左手を伸ばす。
飛散していた砂をつかみ取った少女は、砂の中にサソリの毒が混じっている可能性がありながらも、躊躇うこともなく舌を伸ばしてぺろと舐める。
ざらざらとした砂には微かに甘酸っぱい酸味と先ほど嗅いだ苦みが入り交じっていた。
先ほどの下の倉庫らしき場所で嗅いだ匂いや味と少し違う物だ。
「ふむ……この匂いと味は間違いないな。やはり変種という奴だな」
自分の予想通りだったことに満足げに頷いた少女はくるりと後ろを振り返る。
そこには杖を構え右手を振り上げたまま呆然と固まっているセラがいた。
「ふむ。指揮所に向かって伝えるつもりだったのだが、お前で良いだろう。指揮官に伝えてくれ」
いきなり甲板上へと現れた少女は何とも傲慢な口調でセラに話しかけてくる。
まだ子供としか思えない小さな身体とやけに薄汚れた外套。
そして右手には刃元から折れた大剣をしっかりと握っている。
それはセラ達が灯台で倒れていた所を助け出した少女の姿その物だ。
しかし意識がないときは、多少生意気そうではあったが外見相応に幼く何処か弱々しく感じたのだが、起きている今はまるで違う。
別人といってもいいほどに、生命力に満ちあふれ何とも力強く、そして得体の知れない化け物じみた雰囲気を醸し出していた。
今の砂弾を弾き飛ばした動きなどセラから見ても、兄であり優秀な探索者だと心の底では慕っているボイドと同等か、それ以上の動きだ。
「あっ……っぇ? ……はぃ?!」
予想外すぎる人物の登場とその力にセラは口をぱくぱくとさせて唖然とする。
さっきまで半死半生だったんじゃ?
どうやってここまで上がってきた?
それよりも今何をした?
聞きたいことや確認したいことが多すぎて、何を尋ねればいいのか判らず思考が停止していた。
「今襲ってきているサンドワームの砂弾なんだが、匂いや味を見れば判るがリドの葉やカイラスの実が混じっている。この二つの植物には魔力吸収特性があるのは知っているな。その所為で魔力が吸収されて魔術が発動しなかったり、すぐに消えるようだ。防御結界や魔具も不調になっているはずだ」
だがそんなセラの状態に気づいていないのか、それともまったく気にしていないのか。
少女はいきなりそんな事を言い出すと一つ頷き、次いで防御結界を指さす。
「だから至近で防いでいても炸裂した砂弾から、魔力吸収特性のある砂がまき散らされて防御陣をやられている。砂弾を撃たせないように攻勢を強めた上で、風系で舞い積もってきた砂を吹き飛ばすか、もしくは水系の術で砂を洗い流させろ。もちろんそちらの術も影響を受けるが幸い精錬前のリドやカイラスの魔力吸収性は低い。すぐに飽和状態になるから問題なしだ。ただ砂弾が追加されると意味がない。から早急にサンドワームを倒す必要性がある」
管理協会が開く初心者探索者向けの戦闘教練所の教官のようなやけに偉そうな口調で、少女は現状を一気にまくし立て始める。
「しかしこの所為で魔力の低い即効魔術は打ち消される。どうやら前衛がいないようだし魔術師のお前ではきついだろうから、私があそこの一匹は相手をしてやる。後ろの奴はあちらにいる探索者達で十分だろう。残った一匹は早い者勝ちだ。では、以上のことを指揮官に伝えろ……ふむ。立て直すつもりか。そうはさせるか」
一方的に告げた少女は潜行を始めたサンドワームをみると、そのままそこから飛び降りようとしていた。
しかし一方的に捲し立てられたセラとしてはたまった物ではない。
少女の話は魔術系の不調となっているこの状況に合点がいく物であるが、それでも訳の分からない事が多すぎる。
なんでこの少女がそんな事を知っているのか?
相手するとはまさか本当に一人で闘うつもりなのか?
少女が口を開く事にセラの困惑は強まるばかりだ。
「ち、ちょっと、まった! まった! へっ?! 何!? どういう事!?」
「む。なんだ。今は機敏に動くときだぞ。話があるなら後で聞いてやる」
セラが慌てて少女を呼び止めると、少女が不機嫌そうに頬を膨らませながら振り返り、少し吊り気味の勝ち気そうな目でセラをみる。
その姿はとっとと行かせろと雄弁に語っている
「あーもう! なんて言ったらいいのか! とりあえず危ないから止めなさい! 魔術が効きにくい相手だからって言っても何とか闘えるから!」
「そうは言うがこの状況なら、おそらくお前より私の方が上手く戦えるぞ」
なんとか引き留めようとするセラだが少女の方は聞く耳を持たない。
しかもセラをかなり見くびっている発言を吐き出す。
自分の方が強いとでも言いたげなわけが判らない少女に対し、セラはつい声を荒げ、
「はぁ!? どういう意味よ!?」
「ん。私は魔力変換障害者……つまり生命力を魔力に変換できないから魔術の類を一切仕えない体質だ。だから魔力吸収してくる相手だろうが普段と変わらない実力を出せるぞ。それにだ……」
セラの怒鳴り声に対して少女は涼しい顔で答えると右手を突き出す。
その手に握られるのはほぼ柄のみが残った折れた大剣。
とても武器とは呼べないはずだ。
だが剣を握る少女が醸し出す力強さに、セラは我知らず畏怖し一歩後ずさってしまう。
「私は剣士だ。剣をこの手に握る以上私は戦えるし戦う。そして勝つ。ふむ納得したな。では私はいくぞ」
絶対的な自信を秘めた獰猛な笑みを浮かべながら少女は宣言すると、一人で満足したように頷き小さな足音だけを残して甲板から飛び降りた。
会話にならない会話を一方的に打ち切られた形のセラが、しばし唖然としてしまったのは致し方ないだろう。
「い、意味がわから……ってあぁぁ! 早! もうなんなのよあの子! リドの葉云々は嘘じゃないだろうけどなんなの!?」
はっと我を取り戻したときにはもう後の祭り。
慌てて下を覗いてみると暗闇の砂漠の中を、足を取られる砂の上だというの獣じみた速度で一直線に突き進む少女の姿が見えた。
今から追いかけてもセラの足では到底追いつかない。
とにかく今はまず少女のもたらした情報だけでも操舵室へ伝えようと、セラは慌てて近くの伝声管に飛びつく。
「船長! 船長! 聞こえる!? なんか訳けが判らないのが出てきたんだけど!」
だが少女の言動に困惑されていたセラは、何から説明すればいいのかよく判っていなかった。