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No.22225の一覧
[0] 真・恋姫†夢想 とんでも外史[ジャミゴンズ](2010/12/31 03:00)
[1] 桂花の大罵倒祭が最終的に逆の意味に聞こえてきたよ編[ジャミゴンズ](2010/12/31 02:59)
[2] 音々音の膝裏から足首にかけて白蟻が行進するよ編[ジャミゴンズ](2010/12/31 03:01)
[3] 都・名族・袁と仲、割れ目の中で四股が捩れるよ編[ジャミゴンズ](2010/12/31 02:57)
[4] 都・洛陽・入念な旗立てであの子の湿地帯がヌッチョレするよ編[ジャミゴンズ](2010/11/14 23:06)
[5] 都・洛陽・巨龍が種馬のテクい愛撫で鳴動してるよ編[ジャミゴンズ](2010/11/28 20:16)
[6] 都・洛陽・先走り汁を抑えきれずに黄色いのが飛び出たよ編[ジャミゴンズ](2011/01/05 03:13)
[7] 頭で撮る記念写真の数々、決めポーズを記憶に残すよ編 [ジャミゴンズ](2010/11/12 22:08)
[8] 都・洛陽・諸侯が御使いに興奮を抑えきれなくなるよ編1[ジャミゴンズ](2011/01/05 03:14)
[9] 都・洛陽・諸侯が御使いに興奮を抑えきれなくなるよ編2[ジャミゴンズ](2011/01/05 03:15)
[10] 都・洛陽・諸侯が御使いに興奮を抑えきれなくなるよ編3[ジャミゴンズ](2011/01/05 03:17)
[11] 都・洛陽・諸侯が御使いに興奮を抑えきれなくなるよ編4[ジャミゴンズ](2010/11/13 01:49)
[12] 都・洛陽・諸侯が御使いに興奮を抑えきれなくなるよ編5[ジャミゴンズ](2010/11/14 22:47)
[13] 都・洛陽・諸侯が御使いに興奮を抑えきれなくなるよ編6[ジャミゴンズ](2011/01/05 03:19)
[14] 都・洛陽・諸侯が御使いに興奮を抑えきれなくなるよ編7[ジャミゴンズ](2011/01/05 03:33)
[15] 頭で撮る記念写真の数々、決めポーズを記憶に残すよ編2[ジャミゴンズ](2012/01/29 01:04)
[16] あの宮の内側がズクリと疼き出し空騒ぎの日々を送るよ編1[ジャミゴンズ](2011/01/05 03:40)
[17] あの宮の内側がズクリと疼きだし空騒ぎの日々を送るよ編2[ジャミゴンズ](2010/12/19 20:23)
[18] あの宮の内側がズクリと疼きだし空騒ぎの日々を送るよ編3[ジャミゴンズ](2012/01/29 01:04)
[19] あの宮の内側がズクリと疼きだし空騒ぎの日々を送るよ編4[ジャミゴンズ](2012/01/29 01:04)
[20] あの宮の内側がズクリと疼きだし空騒ぎの日々を送るよ編5[ジャミゴンズ](2012/01/29 01:04)
[21] あの宮の内側がズクリと疼きだし空騒ぎの日々を送るよ編6[ジャミゴンズ](2012/01/29 01:04)
[22] あの宮の内側がズクリと疼きだし空騒ぎの日々を送るよ編7[ジャミゴンズ](2011/01/05 03:57)
[23] あの宮の内側がズクリと疼きだし空騒ぎの日々を送るよ編8[ジャミゴンズ](2011/02/06 22:33)
[24] あの宮の内側がズクリと疼きだし空騒ぎの日々を送るよ編9[ジャミゴンズ](2012/01/29 01:04)
[25] 「ひとよ」の交叉に薄影の果てぬ夢を見て、種馬は駆け抜けるよ編1[ジャミゴンズ](2012/01/29 01:05)
[26] 「ひとよ」の交叉に薄影の果てぬ夢を見て、種馬は駆け抜けるよ編2[ジャミゴンズ](2011/02/06 22:47)
[27] 「ひとよ」の交叉に薄影の果てぬ夢を見て、種馬は駆け抜けるよ編3[ジャミゴンズ](2012/01/29 01:05)
[28] 「ひとよ」の交叉に薄影の果てぬ夢を見て、種馬は駆け抜けるよ編4[ジャミゴンズ](2012/01/31 21:48)
[29] 見据えた道は桃仙から西へ伸び、大陸は揺られ始めたよ編 [ジャミゴンズ](2012/01/31 21:48)
[30] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編1[ジャミゴンズ](2012/01/31 21:49)
[31] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編2 [ジャミゴンズ](2011/04/01 22:59)
[32] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編3[ジャミゴンズ](2012/01/31 21:49)
[34] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編4[ジャミゴンズ](2011/08/08 01:06)
[35] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編5[ジャミゴンズ](2012/01/31 21:51)
[36] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編6 [ジャミゴンズ](2012/01/31 21:53)
[37] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編7[ジャミゴンズ](2012/01/31 22:06)
[38] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編8[ジャミゴンズ](2012/02/24 00:34)
[39] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編9[ジャミゴンズ](2012/02/24 01:00)
[40] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編10[ジャミゴンズ](2012/03/03 00:18)
[41] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編11[ジャミゴンズ](2012/03/08 21:46)
[42] 険難の地に自らの赤い“モノ”を図に撒き散らすよ編 1[ジャミゴンズ](2018/09/04 02:48)
[43] 険難の地に自らの赤い“モノ”を図に撒き散らすよ編 2[ジャミゴンズ](2018/09/04 02:47)
[44] 険難の地に自らの赤い“モノ”を図に撒き散らすよ編 3[ジャミゴンズ](2018/09/04 02:47)
[45] 険難の地に自らの赤い“モノ”を図に撒き散らすよ編 4[ジャミゴンズ](2018/09/20 02:43)
[46] 険難の地に自らの赤い“モノ”を図に撒き散らすよ編 5[ジャミゴンズ](2018/11/15 06:30)
[47] ぞくぞくと続く蛇足の如く、何時かの名残を置いとくよ編[ジャミゴンズ](2012/03/16 00:49)
[48] とんでも将記(上)[ジャミゴンズ](2012/03/16 00:52)
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[22225] 西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編9
Name: ジャミゴンズ◆c2cc66e9 ID:bbc9a752 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/24 01:00




clear!!         ~西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編7~



clear!!         ~西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編8~



今回の種馬 ⇒      ☆☆☆~西方の華が芽吹いて擾乱と騒乱が荒野で咲き乱れるよ編9~☆☆☆





      ■ 郿城の戦い



 翠が長安から離れ、一刀が李儒に連れ去られて会食をしていた頃。
 郿城に篭る官軍・董卓軍は辺章を中心とした叛乱軍とぶつかり合った。
 また、天水方面から押し寄せる敵軍には細逕にて、蓋をするように急造の陣を構築した官軍が防衛に当たった。
 気炎の昇る叛乱軍の攻勢は激しく、どちらの戦場も接敵からそう時間を経たずに官軍は押され始める。
 兵数の差も大きかったが、一番の理由としては馬家が叛乱軍に加わったかも知れないという疑念と
 張遼、呂布といった董卓軍の主力を担う将が、未だに戻ってこない事が影響を及ぼしていた。
 それでも、郿城は堅牢な防衛力を遺憾なく発揮し、蝗のように攻め寄せる叛乱軍を押し返していた。

 陽が空の天辺に昇るころ、戦況に新たな動きが加わる。
 皇甫嵩の守る陣に孫堅の援軍約5000の兵が到着したのだ。
 孫堅は押されつつある友軍を見て兵を二つに分けた。
 一方を郿城の援軍に向かわせ、残った半分の兵で奇襲を行う事を決断。
 小路からか大軍を持て余す叛乱軍の布陣を見て、蹴散らすに容易と考えたが故だった。

 そして、それは見事に成功を収める。

 長蛇となった叛乱軍の胴体を引き裂くように横断すると、突然の奇襲で混乱の激しい中央部が崩れ出した。
 俯瞰した視点を持っていれば、それは蛇の腹が膨らみ引き裂かれた様に見えただろう。
 動揺は伝播し、陣の外を攻め立てる最前線の攻勢が、僅かに淀んだ。
 戦場の流れを把握することに長けている皇甫嵩は、友軍の生み出した好機を逃さなかった。
 火の玉の如く攻めあがっていた叛乱軍の前線部隊は、狭道で官軍の兵に挟まれてほぼ壊滅。
 孫堅と皇甫嵩が合流を果たす頃には、陽が沈みこんでお互いに部隊を引く事となった。

 その翌日。
 夜襲、朝駆けを警戒していた郿城に篭る物見が、郿城近くに布陣する叛乱軍の中に立ち上がった旗を発見する。
 翻った旗に描かれる文字は馬の一字。
 椅子に座って浅い眠りに入っていた賈駆が、その報告に叩き起こされると舌打ちを一つ。
 賈駆は無理だろうと内心で考えながら皇甫嵩と、長安を守る華雄へ応援の要請として、兵を送り出した。
 その後に自らの目で布陣を確認するべく、見晴らしの良い場所へ向かうと、周囲の兵卒に悟られないよう僅かに顔を顰めた。
 報告から分かっていた事だが、こうして実際に目の当たりにすると、どうしても気分は辟易してしまった。
 ただでさえ寡兵であるのに、戦場を二方面に抱えてしまって辛い現状に加え敵の増援。
 その数は布陣を見て、軽く見積もっても1万5千を越えているだろう。
 元から居る辺章の軍勢と合わせれば大凡5万から6万に昇る。
 幾ら堅牢な城砦での篭城戦とはいえ、3倍近くまで膨れ上がった数の差。
 あげく、中立から翻って敵に与したと断じて良い馬家の参戦は、士気にも影響するだろう。
 今のところ、この戦で良い報告は孫堅の援軍が来た事と、参戦した馬家の兵が殆ど騎兵であることだろうか。
 賈駆は本格的にぶつかる前に、士気の高揚を目的とした演説を行う事を決めると
 皇甫嵩や孫堅が得た昨日の勝利を、存分に担ぎ出して鼓舞した。
 効果の程はともかく、戦力差が開いた今は士気の維持がなによりも必要であった。

「随分と活気づいたな」
「ええ」

 小さく同意を返したのは、馬家の陣内でも大きな天幕の中で腕を組んだ荀攸だった。
 馬鉄が叛乱軍へと加わる旨を辺章に伝えてから程なく、目に見えて士気が高揚したのが此処からでも分かった。
 それもそうだろう。
 推測ではあるが、韓遂を中心にした扇動に近い形で王朝への乱に参加しているとはいえ、勝利が転がり込む可能性が高まれば、気分が高揚するのは誰だって同じ だ。 
 どんな人間でも、負けるよりは勝つ方が良いに決まっている。
 ましてや、どう転ぼうと正義を声高に叫んでいる他人が責任を取るとなれば尚更だ。 

 荀攸は組んだ手を口元に寄せて、爪を一つ噛むと黙考した。
 分かってはいたがこの戦、難しい。
 馬家としては、長安に赴いた一刀が説得を終えて戻ってくるまでは賊軍に扮して矛を交える必要がある。
 郿城を本気で抜く訳にはいかず、かといって手を抜いて自軍の損失を増やすわけにも行かない。
 何処かで戦況を見守っている筈の韓遂にも、怪しまれてはいけない。
 友軍を演じて欺くのも、敵軍に扮して争うのもどちらも上手くこなさなければならない。
 しかも、これらの話は前提として一刀の策が成功しなければ朝敵となってしまうのだ。
 だからといって部隊を纏めて帰りましょう、等と言える段階は過ぎ去ったのだ。
 そうなると分かっていて、一刀の嘆願に頷いたのも自分だ。
 やるしかない。
 閉じていた目をうっすらとあけて、荀攸は落ち着かせるように一つ息を吐くと天幕に集った馬家の将兵を見回した。
 誰もが彼女に意志の篭った目を向けて、頷き返す。
 馬家の将達も、自分の今の立場は良く分かっている。
 これから参加する戦が、今までの様に単純な勝敗だけで終わる物では無いと。
 韓遂の思惑に嵌った事を知ったあの時から、一刀と荀攸の策に賭けている彼らに、迷いは無かった。

「馬鉄殿と馬休殿には、叛乱軍と共に郿城に攻め立ててもらいます。
 数は騎兵で1万。 お二人は辺章に疑われない程度に、叛乱軍に協力して下さい。」
「分かった」

 同意の声と、深い頷きを持って答えるのを確認して、視線を馬岱へ向ける。

「馬岱殿はこの場で残りの馬軍の指揮を。 こちらも怪しまれない程度に郿城へ攻め込みます。
 機を見て篭る官軍へ斉射と共に文を投げ込もうと思っているので。 騎射を得手とする射手の選別もお願いします」
「了解、任せて」
「叛乱軍からの情報では、先にぶつかった張将軍や呂将軍の姿を見かけていないそうです。
 何時かは分かりませんが今後、戻ってくる可能性は非常に高いと思われます。 維奉殿にはそちらの警戒をお任せします」

 この情報が叛乱軍から聞きだせた事は、馬家にとって僥倖であった。
 音に聞こえた呂布の武名は、例え誇張が混じっているとしても無視できない物である。
 特に、洛陽の激戦に於いて潼関から押し寄せた3万の黄巾兵を、寡兵の一軍で薙ぎ払った話は有名だ。
 敵の振りをして攻め立てている馬軍の横っ面を、強烈に叩きに来られても困るのだ。
 その警戒に多くの兵を割くことも、叛乱軍からすれば不審な動きに見えることだろう。
 どうしても少数で呂布と張遼の動きを知る必要があった。

 残った将兵にもそれぞれに役割を告げ終えると、外から大きく銅鑼の音が響き渡る。
 その音に釣られるかのようにして、次々に天幕を飛び出して行く馬家の面々を見送って、荀攸は喋り始める前と同じように大きく息を吐き出して胸を擦る。
 戦場に出て軍師の立場で指示を出すのは、彼女もこれが初めてだった。
 自分の言葉一つ一つが、多くの人の命に繋がっている。
 どこか浮き足立っている自分を自覚して、飲みたくもない水を口に含んで深呼吸を繰り返した。


 馬家の参戦によって、郿城での攻防はより一層激しい物となった。
 数に任せて攻め立てる賊軍と、郿城の堅固な守りに助けられる董卓軍。
 戦火を見越して豊富に蓄えられた郿城の食料、弓矢などの資材も、驚異的な速度で目減りしていった。
 休む間も無く飛び込んでくる報告とその対応に、賈駆は声を張り上げて汗だくとなっていた。

「油を持つ部隊が突っ込んでくるわよ! 弓矢で応対! 合図を待って間引くように斉射しなさい!
 失火があっても取り乱さず、水と土で処理してっ」
「報告! 馬軍に動きがあります! 弓を持って騎馬で突撃してきます!」
「報告です! 西の森から敵歩兵の影が多数見えました、突入するかと思われます!」
「でぇいっ! 騎射には竹盾で対応っ、反撃は出来うる程度でいいわっ! 火矢かも知れないから水も用意! 西にはボクが直接行く!」

 矢継ぎ早に対応を求められ、郿城の中を西へ東へ駆けずり回る。
 今回の戦が終わったら、もう少し体力をつけて走り込みでも始めるべきか。
 目まぐるしく変化する状況に追われ荒い息を吐き出す中、そんな思考が滑り込む。
 決して楽観できない防衛の最中、賈駆は自分でも驚くほど頭の中が冷静であることに気がついた。
 戦の指揮を重ねて、少しは場慣れしたのかもしれない。

「全然嬉しくないけどっ!」

 西の城壁に登る梯子を大声を出しながら上りきって、賈駆は荒い息を整えながら眼鏡の居住まいを正して敵の部隊を見据えた。
 翻る旗の中に馬の文字を見かけてから、自軍の状態を確認する。
 郿城の中は何処もかしこも同じような物だが、床に散らばった多数の矢、消化した焼け跡が散見された。
 ついでに、増えていく怪我人も。
 視界の隅に、投げ込まれたのであろう油の壺が大量に積み重なっているのを見つけて、賈駆は手近の兵の肩を叩いた。
 兵士は驚いたように振り向いて、賈駆であると分かると不思議そうに何かと尋ねた。

「ちょっと、アレはなに?」
「はっ、先ほど敵が投げ込んだ油の陶器です。 割れていない物は通行の邪魔になるので一箇所に纏めました」

 賈駆はその声に無意識に笑みを浮かべた。
 相手の突撃に合わせて退路を塞ぐように火の海にしてやれば、混乱させることが出来るかもしれない。
 即断すると、賈駆は再び声を張り上げるために大きく息を吸い込んだ。

 裏返った大声で命令を発しながら、体力作りよりも先に拡声器が欲しいと考え始めていた。


―――・


 孫堅と皇甫嵩は、初日の戦勝に勢いづいた自軍を見て、野戦を挑んでいた。
 かつての戦で負った右腕の不利、肩より上に持ち上がらないというハンデを背負いながらも、孫堅の武勇は翳らず
 最前線に立って矛を振るい『江東の虎』の異名を叛乱軍に轟かせる。
 この飢えた獣を止められる者は誰もおらず、数に勝っているという事実を敵軍に忘れさせた。
 虎の食い残した獲物は援護に回った皇甫嵩によって狩り取られ、初日に見せた叛乱軍の意気は一気に失われていった。
 賈駆の守る郿城への援軍を請われたのは、そんな時だった。

「馬家が敵にまわったか!」

 汗で蒸れた鞮瞀(ていぼう)を脱ぐようにしてずらし、報告を受けた皇甫嵩は声を荒げた。
 それは余りに無意識に口から飛び出して、皇甫嵩はしまったと咄嗟に口を押さえたが幸い周囲の喧騒に紛れ、彼の言葉に注視されることはなかった。
 一つ息を吐いて、皇甫嵩は唸った。
 在り得ると予想はしていても、避けたかった物が現実になると心中はざわつく。
 そんな彼の変貌に気がついたのか、前線から戻ってきていた孫堅が全身を返り血に染めながら尋ねる。

「何を騒いでいる」
「うおっ、あ、いや、郿城に援軍を頼まれてな」
「なるほど、あちらは劣勢か。 ならば私が向かおうか? こっちは数は多くても歯ごたえが無くていかん」
「そうだな……」

 噎せ返る血の匂いを撒き散らす孫堅から、僅かに後ずさって皇甫嵩は顎に手をやって考えた。
 正直言って、この場は孫堅の機転に助けられて戦況は圧倒的に優位と言えた。
 とはいえ、幾ら優勢であると言ってもまだまだ兵数に差があるのは間違いなく、油断はできない。
 郿城では3倍に迫る兵数差になっていると報告があることから、篭城をするしかない事が予測できる。
 抜かれた時点で長安へ王手のかかる今、郿城は絶対に守りぬかなければならない。
 当然だが、天水から攻め上っている狭道にした蓋も開くことは出来ない。
 援軍は必要だが、問題となるのは皇甫嵩と孫堅、どちらがこの場に残るかだ。

 しばし黙考し、皇甫嵩は口を開いた。

「いや、援軍には私が赴こう。 孫堅殿の武に彼奴等は怯んでおるし、名も売れている。 篭城戦には個の武勇もそう必要はない」
「順当か。 仕方ない、我慢するとしよう」
「すまぬ」

 皇甫嵩の謝意に孫堅は肩を竦めて答えた。
 実際のところ、彼女もどちらが残った方が効率が良いのかは分かっている。
 思いのほか奇襲が上手くいき、軍勢を率いている者が『江東の虎』だと知ると笑えるくらいに及び腰になったのだ。
 第三者が居れば、この場は敵兵に恐れられている孫堅が残った方が良い、そう口を揃えて言ったことだろう。
 部隊の運用には非の打ち所が無い皇甫嵩だが、何故かあちらこちらの戦場で戦っているというのに勇名が広がっていない。
 轡を並べて戦った者は、彼の隙の無い戦い方を絶賛する声も多かった。
 だが、何と言うか彼は地味なのだ。
 華々しく敵を打ち破る訳でもなく、選択する戦術や策は手堅く、功名にはそれ程興味も無いのか自己主張もしない。
 かといって敵軍を打ち破ってきた誇りが彼にまったく無い訳でも無いだろうが。

 孫堅は、自分の立場が"天代の追放"の一件から変わってしまったのをハッキリ自覚しているせいか、今はもうそれほど功に焦ってはいない。
 功を立てるのに躍起になるのは、彼女の娘の役割に取って代わったからだ。
 だが、そうでなければ、孫堅も武人。 戦で功を立てて力と名誉を欲することだろう。
 皇甫嵩の考え方、それは現状の孫堅だからこそ多少は理解できるものの、やはり本当のところは何を考えて居るのか分からない。

「なるほど、皇甫嵩という人物はつまり、変人か」

 非常に失礼で簡潔な答えに辿り付いた孫堅は、獲物を一つ振って血を払うと戦場に馬首を返した。


―――・


 この日、兵数差に勝る辺章は昼夜を問わずに郿城へと攻め続けた。
 どれほど堅牢であろうと、壊せない壁は無いとばかりに攻撃の準備を終えた先から部隊を逐次投入し、矛を、矢を、槌を叩きつける。
 ひたすら力で押してくる戦術は決して効率的とは言い難かったが、これによって城壁の一部に侵入口をぶち開ける事にも成功した。
 結果、郿城からの激しい抵抗を僅かに緩めさせる事になり、好機と見た辺章は自らも最前線に飛び出して突撃を敢行。
 死兵の如く攻め立てられ、城壁の上に敵兵が登り始めた姿を視界の端に捕らえた賈駆は、これは駄目かと胸中で唸りを上げたが
 この窮地に皇甫嵩の部隊が戻ってきた事によって崩壊しかけていた指揮系統は正常に戻り、寸での所で郿城は守られる。

 一夜明けてると押し戻された辺章は、押し所であると判断し全軍の突撃を指示。
 ところが、この突撃を前に再び戦況を変える動きが現れた。
 辺章の軍が正に今、飛び出そうとした所に真紅の呂旗が後方から立ち上がったのである。
 ほとんど時を置かず、馬軍の布陣した近くからは張旗があがった。
 その旗の下に居た官の兵数は、叛乱軍のそれと比べて大河に放り込まれた小石と大差は無かったが
 郿城まで一直線に駆け抜ける呂布と張遼の突撃は、大攻勢を前にした叛乱軍の動きを止め混乱に陥れる事には成功した。

「よく戻ったわ、霞、恋!」
「詠もよう持ちこたえてくれたで」
「頑張った」
「そやな、酷い顔やで」
「うっさいわね、あんた達みたいな体力お化けと一緒にしないでよ」

 郿城に戻った彼女達が此処まで駆けつけるのに遅れたのは、馬超軍に蹴散らされた自軍の兵を纏めるのに手間取ったからであった。
 ほぼ壊滅と言って良い先の一戦での負傷兵を抱え、追撃に用いた軍馬も殆ど失ったこと。
 単純に敵に誘引されて深く追いかけたせいで、郿城から距離が離れすぎたというのもある。

 張遼としては、戻ってくる前にせめて一当てしたかったのだが、戦場を見渡して予想以上の兵数差があると知ると諦めざるを得なかった。
 もちろん、敵軍を突き破る際に見えた敵兵は斬り捨ててはいたが、呂布と比べても数は少なかった。
 どちらかといえば、馬軍の連中がどうぞ通ってくれ、と道を開けてくれたようにも思える。

「兵数差もそうやけど、馬家は厄介やな」
「そうね、同感だわ……騎兵での攻城が向かないのも良く分かってる。 
 叛乱軍との連携がいまいち取れてないのが幸いね」
「出る?」
「篭城に徹するわよ。 悔しいけど今はそれしか無いわ。 何にせよ貴方達が来たからにはもう大丈夫よ、援軍もすぐに来る」

 呂布の声に、賈駆は疲れた様子で首を振り、しかし自信に満ちた声でそう答えた。
 この太鼓判に絶対の自信があるわけではない。
 いかに人並みはずれた武を持ち、神速とか飛将軍とか称えられる張遼や呂布でも、戦場においては一人の人間。
 どこまでもその手が届くわけではない。
 仮に単騎で突撃させても普通に五体満足で帰って来て結果を出しそうな気がしないでもないが、そんな非人道的な命令をする訳にもいかないだろう。
 何よりも張遼と呂布が戻ってきたことは、郿城で粘り強く防衛を続けた兵達を勇気づけている。
 これだけでも賈駆は随分と助かっていた。

 正直、この兵数差での戦いは、篭城戦であることを差し引いても、賈駆にとって辛い物であった。
 しかし軍師として、郿城を守る大将として、自分を信じ命を張って付いて来る将兵に弱音は吐けないのである。
 少なくとも、総大将だったあの男は、数で勝る敵兵に毅然して対応し策を練り上げ、劣勢にあって勝利を掴んだ。

 洛陽で軍師として働いた経験は、この郿城の戦いにおいても精神的に賈駆を支えていた。

 こまごまとした今後の行動方針を賈駆が考え伝えていると、慌てた様子で皇甫嵩が飛び込んで来た。
 その手には、血に塗れ丸められた一枚の書が握られていた―――


―――昨日は辺章の攻勢が予想を超えて激しかったことから、荀攸は矢と一緒に括りつけて投げ入れた書がしっかりと官軍側に届いたのかどうかが気になっていた。

「―――馬岱殿、被害は?」
「大丈夫、報告が早かったからそんなに大きくないよ!」
「それは良かった。 相手が突っ切るだけだったのも幸いでしたね」

 呂布と張遼の二人が先ほど郿城に帰還した事、それは馬家にとっても嬉しさ半分といった処か。
 攻め立てた郿城が抜かれると困るのだ。
 実際のところ、肝を冷やしていたのは官軍だけではなく馬軍も同様であった。
 もしも郿城の守将が荀攸自身であったら守ることができたか、などと益体もない考えを抱いてしまったくらいである。
 もう半分は、今まで以上に自軍の損害が増えることを覚悟しなくてはならないという物か。
 荀攸は爪を一つ噛んで、口を開く。
 投げ入れた書は郿城を防衛に当たっている将に届いている、そうと考えて手を打っておかなくてはいけない。

「馬岱殿、疲労の分散を理由に馬鉄殿と役割を交代してください」
「分かったよ、予定通りでいいの? お姉さまがまだ戻ってきて無いけど―――」
「はい、予定通りでお願いします。 心配しなくてもそろそろ戻られらるでしょう。 それと維奉殿にも頼みたい事があるので呼んでもらえますか?」
「そっか、了解。 そっちは任すから上手くやってね!」
 
 戦場には似合わない明るい声を出して、馬岱は自分の愛馬に駆け寄りそこで一度足を止めた。
 何か思い出したかのようにくるりと振り向くと、司馬懿がかった仕草で荀攸の下に戻ってくる。

「あのさ」
「なんです?」
「顔かたいよ、顔」
「は?」

 自分の両の頬を指で突っついて荀攸へそう言った馬岱の声に、彼女は思わず間抜けた声を返して自分の頬に手を当てた。
 まったく覚えは無かったが、どうも強張っているように見えるらしい。
 馬岱は戸惑ったように自分の顔を揉みしだく荀攸にくすりと笑って

「そんなに緊張してたら、こっちまで移っちゃうってば」

 うりうりと肘で脇腹を突きながら、冗談めかしてそう言う馬岱に、荀攸は眉を顰めた。
 反論しようと口を開いたところで踵を返して、何かを言う前に馬上に跨ると親指を立てて

「もっと力抜いて指示よろしくねっ!」

 そのまま駆け去った馬岱を呆然と見送って、口を半分開けたまま荀攸は首を振った。

「そんなに難しい顔をしていたつもりは……それに……」

 そうだ。
 実際のところ不安はあるし、そろそろ長安に向かった一刀と馬超が戻ってこなければ本当に困ってしまう。
 一刀が官軍側を説得できていなければ今荀攸が打っている手は全て機能しないのだから。

 書に記載したのは一刀が説き伏せることを前提にした策の全容だ。
 合図を機に、叛乱軍の味方であるはずの馬家がこの戦場で寝返ること。
 馬家の兵が馬超や馬岱を初めとした将に熱く信望を寄せている事は分かっている。
 突如として敵が代わっても、彼等は将の言葉に自身の矛を預けると思われた。
 それに乗じて郿城から、飛将軍を筆頭に敵軍を侵してもらい、内部と外部から攻め立てるのだ。
 万を越えるの味方の兵が突如として敵になり、守りに徹していた敵が突然の攻勢を見せたとなれば
 どれだけ優秀な将であろうと混乱を収めるのには時間がかかる。
 不利を悟り、敗北という文字が頭を掠めれば逃げる者が必ず現れる。
 一人が逃げ出せば、また一人、芋づる式に武器を手放して逃亡することだろう。
 そうした恐怖心を煽る為にとなれば、この時代に用いられる物は火であった。

 馬岱に呼ばれて顔を出した維奉に、荀攸は火を点ける為の準備を行うように指示を出す。
 先ほど、好意からだろう馬岱の指摘に従い、搾り出すように笑みを作って。

「ふ、ふっふっふぅ~(↑) 維奉殿よく来てくれました! 今から私が指し示す場所に火を点ける準備ですよ! 手早くちゃっちゃとお願いしますねっ、いえい!」
「うおっ、びっくりした! なんだそれ気持ちわりぃ、変なものでも食ったか? 大丈夫かよ」
「……わかりましたか?」
「あ、お、おう。 任せろよ、ちゃんとやるからよ、いえい!」
「……」
「……あー、なんだ……」
「……なんです?」
「いや……はは、すぐ準備してくるわ、うん……」

 維奉が荀攸の鋭い視線から逃げるように天幕から飛び出して行くと、荀攸は何かに締め付けられるような痛みに胃の辺りに手を添えた。
 彼女からすれば、多分なんとかなるのでやっておいてください、きっと如何にかなります、そんな言葉を絶対だと信じて将兵に伝えなければならなかった。 
 軍師。
 そう呼ばれる者は必ず出来ると思った策だけを実行に移して、出来るだけ最良の結果を引き出さなくてはならない。
 そんな信念を持つ彼女にとって、この場で軍師として振舞うのは何とも心労が重なる物だった。
 馬岱に言われてちょっと頑張ってみたものの、上手くいかずに馬鹿にされた。

 唯一、ありがたいと思えるのは、馬家を巻き込んでから未だに韓遂が戦場に姿を見せないことだ。
 辺章は単純に戦力が増えた事を喜んでいる。 アレは放っておいても裏切る直前まで気付かないであろう。
 しかし、彼女が現れれば何処まで誤魔化しきれるかわからない。
 武威に居た頃、荀攸はあくまで漢王朝側に立って過ごしてきたのだ。 韓遂はそれを知っている。
 もちろん、この場で追求されても苦しい言い訳を用意してはいるのだが、荀攸もこの手だけは出来れば使いたくなかった。
 
 違う意味でも、彼女は軍師であることの難しさを痛感し、運動して疲れてる訳でもないのに呼吸があらぶった。

「早く、早く来てください……どっちでもいいから」

 脂汗を額から垂れ流しながら、一刀と馬超を切実に求めて荀攸は机に突っ伏した。



      ■ 掌から伝うもの


 
 時は少しまき戻り。
 
 目まぐるしく戦況が転々とする郿城の戦いから離れた長安の地。
 荀攸からの熱烈なラブコールが送られる前日、一刀は案内された城内の一室に落ち着かない様子で書簡に目を通していた。
 同じように対面に座る、董卓という少女も紅潮した頬を抑えて座っている。
 謁見の場でしていた冠に介幘をつけたものではなく、シンプルな赤いリボンで髪をまとめていた。
 一刀はそんな董卓に困ったように頬をかいて、大将軍の書を読み終えると先ほどの出来事を思い返した。

 この部屋に通されて、董卓の用事が終えるのを待っていた一刀は手持ち無沙汰から室内を見回しうろつき始めた。
 洛陽の離宮で見てきたような、特に目新しく興味を引く物は何処にもなく、暇を持て余した一刀が董卓はまだかなと出入り口の扉を開けた時、謀ったかのように少女とぶつかって転倒してしまった。 
 その際、一緒になって倒れた董卓を庇うようにして抱えあげたのがまずかったのか。
 気がつけば少女は、潤んだ瞳で顔を真っ赤にして一刀を見上げていたのである。 

 例の感情に影響を与える、不思議な力が働いたのかどうかは定かではない―――彼女が人よりも照れ屋であることを一刀は知っていた―――が、個人的に大切な話をする前には避けたかったアクシデントである。

 急いで身を離したところで後の祭り、へぅへぅ言いながら頬を赤らめる少女に可愛らしさを感じつつ、一刀は何とも言えない気分になった。
 接触したことで彼女の感情を揺り動かした事ではない。
 もちろん、それも在ったのだが、自分の身に起きた事に動揺していたというのが正しいだろうか。

 触れ合った時、時間にして一瞬だったろう僅かな時間に、一刀は記憶にない思い出が蘇った。
 それは愛する月(ひと)を残して"自分"が死んでいく悲しい思い出。
 一瞬の内に過ぎったかつての苦い思いに、本体は顔を顰めたのである。
 脳内に住む、"自分"の思いと無念を、確かに本体は共有した。
 そんな本体の変化には気付いていないのか、何進から董卓に送られた招聘状について熱い議論が交わされていた。

『反董卓連合の取っ掛かり、かもしれない』
『そうだとしたら、余り時間がないな』
『うん、この戦が片付いたら速く洛陽に戻ったほうが』
『……宦官が居る、すぐには戻れないよ』
『洛陽のねねに一度連絡を取って確認した方が良いかも』
『そもそも、今は"天代"って世間にはどう思われてるのかな?』

 直接的に書かれているわけではないが、劉弁即位の後に宦官の排除を窺わせる文面を見つけたのだ。
 すなわち、手厚く遇される宦官の暴走へ牽制する為に力を借りたいと。

 この問題に自分の考えを交換する脳内に話に耳を傾けて数分、ようやく落ち着いた董卓へ、一刀は口を開いた。

 郿城の将兵に自分が受け入れて貰える様に、彼女の印を打った書を作ってくれと頼むと、了の返事が帰って来る。
 卓の上に置かれた道具を持って、一刀は墨を作りながらも気になっている質問をぶつけた。
 何進大将軍からの話をどう捉えているのか、そう彼女の胸中を尋ねると、個人として招聘には応じるつもりだが今はまだ分からないとの事だった。
 郿城での戦の事もあって、どちらにしても、すぐに動く事は難しいとの返書を既に返しているらしい。
 そこは何進も織り込み済みであろう。 戦後の処理は時間がかかる。
 それでもこの時期にあえて書簡を出した何進の思惑、それを董卓もまた何となくは察しているようで、信頼する賈駆と相談して決めたいと答えが返ってきた。

「……では、これを」
「ああ、ありがとう」

 董卓から、郿城に向けての書簡を受け取って中身を確認する。
 賈駆を納得させるのに、もっとも手っ取り早いのは彼女が一刀を送り出したという証拠だ。
 最悪、一刀はこの書簡だけでゴリ押しするつもりである。

「あの、私からも聞いて良いですか?」
「ああ、もちろん。 何でも聞いて」
「天代様がこうして私の下に訪れた理由は、それだけなのでしょうか?」

 彼女の問いに、一刀は首を左右に振った。
 何進から董卓へと送られた招聘状の事も、理由の一つではあるし、李儒と交わした約束の事もある。 "董の"にとっては個人的な理由もあるだろう。
 ただ、一番大きな理由として、一刀が董卓と二人で話したかったのは……そう。
 洛陽を追い出された時に考えていた"反董卓連合"のこと。 諸侯が一同に介する最後の時。
 かつての一刀は、諸侯との関係を個人的に深め、話し合いの場を設ける事が出来ればと思っていた。
 それが無理でも、権力を持つ人との繋がりがあるというのは、この時代大きなアドバンテージになる。
 馬家では、にべもなく投獄されてしまったが、董卓とは出来れば協力関係を結びたい。
 なんせ歴史の中では風雲の中心となる候の一人だ。
 答えを待つ董卓に目を合わせて、一刀はゆっくりと言葉を選んでかけた。

「俺が来たのは……うん、本当は招聘状の事や李儒殿の事はついでに過ぎない。
 馬家の事は俺にとっても大切だった話だけど、実際のところ、もっと別の考えが在って……簡単に言えば、俺はただ君に会いたかったんだ」

 傍から見て、どうにも口説き落としているようにしか見えない台詞が、真面目な顔をした一刀の口から飛び出した。
 董卓は混乱した。
 彼女が尋ねた本当のところは、宦官に追い出された天代が、わざわざ自分の所に個人的に会いに来た理由が何であるのかを知りたかったからだ。
 つい先日の謁見した場で、一刀はまだ漢王朝に与えられた役目―――郿城砦での戦いを鎮めること―――を全うしようと考えている事を知った。
 もしかしたら、洛陽に戻る為に此度の叛乱を鎮めた功を持って、自分に協力を求めて居るのかもしれない。
 そう考えていた董卓は、その辺の答えが返って来ると思っていたのだが、一刀の答えは自分に会いたかったという端的な物だった。
 他の話はついでの用件であり、自分と会う為だけに来たなど言われると思っていなかったのだ。

「え、あ、その、急にそう言われても……」
「こうやって二人きりで何とか話せないか、長安に来る前からずっと考えてたんだ。 とても大事な話をしたかったから」
「へぅ……だ、大事な話……」
「? えっと……大丈夫?」

 何故か顔を真っ赤にして俯いてしまった董卓に、一刀は首を傾げた。
 何かまずい事を言っただろうかと今の会話を振り返ったが、何処も可笑しい所は見当たらない。
 まして、照れたように少女に頬を紅潮させ、顔を伏せさせるような部分は何処にもない。
 やはり、先ほどの接触で感情が揺り動かされて、影響しているのだろうか。
 心配そうな視線を送る一刀に気がついたのか、董卓は居住まいを正して大きく息を吐き出しながら恥ずかしそうに口を開いた。

「は、はい、大丈夫です。 突然のことだったので……すみません」
「えっと、うん。 良く分からないけど……董卓さん。 俺は貴女と良い関係を結びたいんだ。
 あ、もちろん今すぐ何かしろとかするだとか、そう言うことじゃないから……賈駆さんにも相談したいだろうし」
「へぅぅ……そ、それはその、私との将来、つまりえっと、未来の話ということでしょうか……」
「ああ。 その通りだ」

 重々しく頷いた一刀に、董卓の胸が弾んだ。
 唐突と言えば、余りに唐突に過ぎる一刀の告白に、まともに思考をすることが出来ない。
 調教先生として教鞭に立っていた頃から、董卓は一刀のことを少なからず意識してきた。
 切っ掛けは、部屋の後片付けを手伝っていた時、何か尊い思い出が心の奥底から湧き上がってきた瞬間だった。
 ふとした時に、彼女は一刀の事を思いだしては、胸の奥にもんやりした物を抱えていたものである。
 その感情にはハッキリとした答えが出なかった―――恋心、そんな風にも思えたがどうも実感がわかなかった。

 だが、こうして一刀と向き合って彼の口から飛び出した言葉を反芻すればするほど、董卓の胸は何度も高鳴った。
 あの日、あの時に抱いた自分の感情を、一刀と共有していたのではないか、と。
 持て余す感情は、言葉にならずとも仕草に出た。
 途端に目の前の男と、どう接すれば良いのか分からなくなって、口を閉じては開け、頬を押さえ左右にブンブン頭を振り始める。 

 この少女の様子に焦りを覚えたのは一刀である。
 確かに今のお互いの立場や置かれている現状は、色々と難しい壁がある。
 西涼の叛乱を上手く鎮め、武功を得たとしても宦官が根を張っている現状で一刀はすぐに洛陽へ戻ることは出来ない。
 例え戻ったとしても『天代の出陣』という民への機嫌取りと共に、何処か別の戦場に厄介払いされるだけになるのは目に見えている。
 或いは扱いずらいと思われて暗殺され、どこかの誰かを別の天代に仕立てるだけになるかもしれない。
 今挙げたものですら、一刀の抱える問題のごくごく一例に過ぎず、未来など知る由もない董卓の立場で考えれば、一刀に協力するメリットなど何処にもないのだ。
 北郷一刀という個人を信頼してもらうには、彼女との接点が少ないとも思う。

 だが、このまま董卓との関係を諦めるには実に勿体無い。
 彼女の協力を得ることが出来れば、たとえ一刀本人が事件の中心に立っていなくても"反董卓連合"の実情や情報を得ることが出来るだろう。
 そうでなくても、諸侯の中でも袁紹に次ぐと言っても良いくらい、地位は彼女は持っている。
 それは大きな発言力、政治的な影響力を持っていると言い換えられるのだ。
 この歴史の中で"反董卓連合"がどのように推移するのか、神でもない限りは分からないが、本格的な激突を前に話し合いの場を作り上げたい一刀にとって
 目の前の少女は非常に大きな要素を持ち合わせている。

 自分を落ち着かせるかのように胸に手を当てて、息を吐き出す董卓に、一刀は焦りから立ち上がると、ずいっと一歩近づいて肩を掴む。
 ビクリと掴まれた肩を震わせて、董卓は一刀の真剣な顔を見返した。

「董卓さん、とにかく俺の話を聞いてほしい。 大事なことだから……聞いても無理だと思うなら此処で断ってくれても構わないんだ」
「は、はぅ……えっと、あの、天代様、顔が近くてあの―――」
「あ、ごめん……」

 ぱっと離れて、わざとらしく咳を一つ。
 そのまま一刀の言葉を待つ董卓に、自分の思いを伝える。

「今、大陸は乱が頻発して大きく揺れ動いているのは分かっていると思う。 それが長く続けば続くほど、此処に住む人達は―――」

 住む人達は、自分達を守ってくれる諸侯に信望を募らせていく。
 それは韓遂の謀略に巻き込まれた馬超とそれに付き従う武威の民を見て、皮肉にも一刀はその事実を痛感してしまったのだ。
 官軍ではなく、諸侯の率いる将兵に民がついていく。
 それが高じた時、漢王朝の権威は加速度的に失われていく事を意味する。
 近い将来、漢王朝が影響力を失って諸侯同士の権力の闘争が始まるかも知れないのだ。
 その前に、一刀は自分が中央に戻って未然に乱世を防ぎたい。
 董卓だけに限らず、これからもなるべく諸侯と接触して関係を深めていきたいと願っているのだ。

「そうですか……」

 一刀のそうした熱弁に、董卓は気の無い様子で相槌を返した。
 心なしか、眼が死んでいる。
 これは駄目か……そう諦めかけた時だった。
 本体の主導権を"董の"が有無を言わさずに奪ったのは。

(お、おい……)

 わざと、そうした訳ではない。
 むしろ、"董の"は今の今まで、目の前でテレテレしている愛しい少女を見せつけられて、感情を押さえ我慢していた方だった。
 出会い頭に董卓の肌に触れて、胸の奥を焦がされたのは彼女だけではなかったのである。
 制止するような本体の声は、流れ込む"董の"の強く、激しい思いに途中で止まった。
 会話の流れから、自分の望む董卓との関係を得る事は、直に感じた手応えから難しいと判断したのだ。
 残された時間を、この世界に堕ちてきてから今まで、自分を何時も支えてくれた"董の"に譲るのもやぶさかではない。

 未練を残しつつ、身を引く形になった本体が抵抗を止めると、"董の"は小さく本体に礼を返して、愛する少女と向き合った。

「……話を聞いてくれてありがとう。 答えは今すぐじゃなくても良いんだ」
「あ、はい……天代様のお考えは分かりました。 それは、詠ちゃんとも相談して、じっくり考えたいと思います……」
「ありがとう。 それと……"俺"が君に会いたかったのは本当だ。 もう二度とこうして話をすることなんて無いと思ってた」

 "董の"は万感の思いを込めて彼女に言うと優しく手を取ると同時、部屋に一人の少女が飛び込んで来た。
 慌しく入り込んだのは、華雄であった。

「月、郿城砦を守る詠から報せがあった! 応援の要請だ、すぐに行きたい!」
「っ、詠ちゃんが……」

 そして"董の"は背筋から脳の天辺に、電流が走ったかのように身を震わせた。

―――彼方の面影が、目の前の少女達に重なる。

  "董の"が本体の中に入る直前のこと。
  彼は一つの可能性を聞かされていた。
  袁紹・曹操という巨雄との戦において、気をつけるべき他の存在は劉備であることを、詠から聞かされていた。
  
 「良い、一刀。 もし劉備の侵攻に気がついてもこっちは私に任せて、月を支えて頂戴」
 「そんな、詠だけを危険に晒すことなんて出来ないよ」
 「あのね、アンタだって分かってるでしょ。 この戦で袁紹と曹操を下せば、後は何もしなくたって天下は成るってことを。
  悔しいけど、月はアンタを信頼してる……一刀なら、月を任せられる。
  第一、ボクはこんな所で死ぬつもりなんか無い。 頭を抑えて長期戦に持ち込むから、一刀、頼むわよ」

  実際に攻め込まれる可能性は分からない。
  それでも、小勢となる劉備や他の諸侯が横槍を入れるには、この機を逃せば他に無いことも確か。
  その牽制として詠は、月の率いる本隊から離れる事を決断した。
  軍師として、それが最善であると詠の知は弾き出したが故だった。

  詠一人だけが予見していた、劉備軍の強襲。
  その報告が本隊に届いたのは、詠が飛び出してから僅か数日後。
  袁紹・曹操との決戦の火蓋が切られた直後の事だった。

 「詠ちゃんを助けて!」

  事前に詠の覚悟を聞かされていた"董の"は月の懇願に選択を迫られた。
  そして、一刀が選んだのは詠の言葉に従う事だった。
  何時だって詠の言葉は正しかった。 何より、一刀は彼女に頼まれていた。
  月の傍で、この決戦への勝利を掴む事を。 

  だが。

  一刀は大事な詠(ひと)を失い、自分も亡くした。

  
―――まるで世界を超えたように、視界に部屋を飛び出していく華雄が映る。
 
 董卓と折り重なった掌を見つめていた一刀は弾かれるように立ち上がって、華雄を呼び止めた。

「華雄さん、俺も一緒に行くよ!」 
「何? よし、すぐに準備しろ! 一刻後には郿城砦に向かうぞ! ようやく出番だっ!」

 ぶんぶんと肩に手を掛けて腕を振り回し、尻尾があればバタバタ振り回しそうなほど意気揚々と部屋を飛び出して行った華雄を見送って
 一刀は名残惜しそうに結んだ手を離し、董卓へと口を開いた。

「ゆ……っ、董卓さん、話を聞いてくれてありがとう。 忙しい中すまなかった……」
「あ、あの……っ」

 董卓は踵を返して華雄の背を追う一刀を呼び止めた。
 二度、三度。
 口を開いては閉じ、ようやくと言った様で出てきた言葉は、一刀への嘆願だった。

「詠ちゃんを……みんなを、助けてあげてください。 よろしくお願いします……」
「ああ。 任せてくれ、絶対に勝つ……今度こそ」

 今度こそ、月も、月の大切な人も守ってみせる。
 自信満々に言い切って、一刀は今度こそ部屋を飛びだして言った。

 残された董卓は、華雄と一刀の飛び出して行った扉をしばし茫洋と見つめて、一刀に触れられた手に視線を移すと抱くように空いた手を添えた。
 フラリと身体を揺らし、床にへたり込む。
 握られた手から脳裏に走った記憶は、生まれてから今までを振り返って一度も体験も、経験もしたことない物が確かに思い出として存在していた。
 笑いあって、泣きあって。
 苦楽を共にして一緒に歩いた彼方の面影を、董卓は確かに見た。

「……私……」

 頭の奥に残る記憶の正体は分からない。
 分からないが、判ったことも在る。
 かつて一刀という男と触れた際に思い出そうとしていた、尊い感情。 確かに結んだ絆のこと。
 "今度こそ"と去り際に残した力強い言葉の意味と、離す前に躊躇った辛そうな顔。

 確かに、子供の頃から一緒に過ごした詠や、自分を支えてくれる皆の無事を董卓は一刀に口にした。
 だが、あの時に本当に言いたかった言葉はもっと別の物だった。
 一刀自身の無事と、掌から伝わった自分と一刀を繋ぐ覚えの無い思い出のこと。

 もっとハッキリとさせたい。
 一刀と繋がった自分が居た事を思い出したこれは、何なのかを彼に問いたい。
 その為にも―――

「一刀……様、ご無事で……」

 董卓は自らの零れそうになる感情を必死に押さえつけ、飛び出した一刀の無事を願った。



      ■ 掌から伝うあやしいもの



 華雄が呼びに来たことは、本体にとっても助かっていた。
 あのままあの場所に居たら、"董の"の強く輝く想いに惹かれて間違いを犯してしまいそうだったからだ。
 この焦がれた感情は、音々音を想う気持ち、翠に抱く気持ちと酷似する。
 知らず胸に手を当てて、一刀は辛そうに息を吐き出した。

 そんな様子に気付いたのか、脳内から声がかけられる。

『本体、どうした?』
「いや……なんでもない」

 そう、なんでもない筈だ。
 かつて、自分が触れた特定の人に感情の変化を齎すと知った時、借り物の感情だと感じた思い。
 それが今、きっと自分にも巻き起こっている。
 ただ、それだけ。

 一刀の思考を打ち切るように、唐突に彼の耳朶に大きな声が響いた。

「よし、準備は出来たな!」

 華雄の声。
 一刻足らずという超スピードで、華雄は2000の兵の出陣の準備を整えていた。
 一刀も思考を打ち払い、個人的な準備を終えて金獅と共に合流すると、その華雄の陣容を見て目を剥いた。
 
「か、華雄さん、俺の眼がおかしくないなら、荷駄隊が見えないみたいなんだけど……」
「時は一刻を争う! 飯など、郿城に着けば問題なく配膳されるだろう! 食を抜いても一昼夜くらいならば何とかなる!」
「えぇ……? いやしかし、皆ヘトヘトになってしまうと思うんだ……」

 確かに彼女の言葉は通り、なるべく速く郿城には辿り付いた方が良い。 それは間違いない。
 馬家が叛乱軍に付けば、兵数差に開きが出て官軍が苦しくなるのは、一刀自身がそう仕向けたのだから当然判っている。
 郿城に豊富に糧食が蓄えられているのも、この自信満々な彼女を見れば疑いはない。
 しかし、まさか長安から郿城砦まで、食事すら挟まずに強行させては辿り付いた頃に元気な兵は居ないだろう。
 居たとしても、ローテーションで無理の効く一刀と、華雄くらいか。
 
「ふん! 強行軍に着いてこれない弱卒は、我が董卓軍にはいらぬ!」

 どこかで聞いたような言葉に、一刀はふと思い出す。
 よく、洛陽の練兵場で夏候惇と打ち合っていなかっただろうか。
 
「まさか、夏候惇さんに影響されたのかい?」
「む……まぁ……うむ! それもある。 一度やってみたかった」
「やっぱり……でも」
「ふん、貴様が言いたい事だって判っている、春蘭の時とは勝手が違うからな。 軍を進めながら調練はしない。 兵には皆、腰袋に食事も持たして在る。 そこまで馬鹿ではない」

 なるほど、と頷きかけた一刀だが、多少到着は遅れてもやっぱり休憩は必要だ。
 応援に駆けつけた味方が、いの一番に休憩を取ることになるのを見れば、賈駆あたりが華雄の尻を蹴っ飛ばす事になるだろう。
 下手をすれば、自分もだ。
 一刀は馬に乗り込もうとする華雄の腕を取って、物陰に引っ張り込んで説得を試みた。
 結局、足を鈍くする荷駄隊は組む時間も勿体無いということで、基本的には個々人に糧食を多く持たせて郿城に向かう方針で一致した。
 食事のほかにも、数刻置きに休ませる事も華雄は頷き、それ以外では一直線に目的地に突き進むことになった。
 説得に成功した一刀は、安堵したように息を吐き出すと華雄が顔を顰めて一刀に尋ねた。
 
「ところで、この手……これはなんだ?」
「え? 手?」
「貴様に腕を掴まれていると、妙な感覚がする……いや、感情がざわめくと言う感じか」

 そこで、初めて一刀は彼女の頬に赤みがさしている―――かどうかも、注視しなければ判らなかったが―――事に気がついた。
 まるで態度を崩さなかったせいか、一刀は華雄の感情を揺さぶっていた事に気がつかなかったのだ。
 慌てて、一刀は謝りながら手を離す。 

「す、すまないっ」 
「なぜ謝る?」
「何故って……いや、なんでもないんだ」

 この煮え切らない一刀の態度に、華雄の不信感は募った。
 一刀に手を掴まれて、郿城へ向かう段取りを話し合っていた途中に湧き上がった不思議な感覚。
 華雄に何か、誇らしいような、大切な物のような感情を抱かせていた。
 やはり、彼女も何かは分からなかったが、目の前の男の不審な態度に一つの可能性が思い浮かんだ。

 北郷一刀は、天の御使いと呼ばれ、天から来た男だ。
 
 そこまで思い浮かべば、この感情が揺れる可笑しな現象を華雄は理解した。
 これは"妖術"だ。
 間違いない。

「きっさまぁーっ! 何の目的か判らぬが、私に妖しげな術をかけるとは良い度胸だ!」
「え!? いや、事故だっ! 俺は別にそんな―――」

 ある意味間違っていない華雄の憤慨に、一刀は思いっきり動揺した。
 その態度は、華雄の怒りを引き出すのに実に容易だったのだ。

「問答無用!」
「ちょっ、うわああああっ!」

 懐に飛び込んで来たと一刀が認識した瞬間に、地と足が離れ、一刀は担がれるようにして華雄に持ち上げられた。
 ぐるりと世界が回って、視界が180度回転する。
 やばいっ、と危機感を感じた瞬間、引っ張られるようにして地面と激突。
 現代で言うところのバックドロップに似た投げ技を、受身すら取れず、見事に一刀へと炸裂した。

「次にやったら容赦せんぞ!」

 どうやら手加減はしてくれていたらしい。
 一刀は意識を飛ばす前に聞いた華雄の声に、優しいんだな、と柔らかい笑みを浮かべ闇に落ちた。

 次に目を覚ました時、一刀は金獅の上でうつ伏せにされて運ばれていた。
 どうやら、華雄に乗せられて、郿城に向かう途上らしい。
 最後に投げ飛ばされて打っただろう、後頭部に鈍い痛みを覚えて手を伸ばせば、白い包帯が巻かれていた。
 もう少し、優しく投げ飛ばしてくれればとも思ったが、恋の手加減も痛かったことを思いだし、手加減の基準が違うのだろうと納得することにした。

 一刀は器用に体勢を馬上で変え、金獅の背に尻を落とす。
 前を歩く華雄は気がついたのか、首だけを巡らして一刀を見た。

「ようやく起きたか。 これで少しは飛ばせそうだな」
「ごめん、迷惑をかけたよ」
「ふん……」

 鼻で笑うようにそう言って、華雄は手綱を振って速度を速めた。

『本体、勿体無かったな』
「何が?」
『はは、あの後、頭から血が出てさ』
『そうそう。 華雄さんが手当てしたんだよ』
『膝に頭を乗っけてくれてな』
「そうだったのか……って、もしかして」
『ん……まぁな』
『良かったよ』
『ああ、良かった』
「そうか……良かったね……」
『うん、良かった』

「何をチンタラしている! 置いていくぞ!」
「あ、すまないっ!」

 一刀は脳内がほっこりしている声を聞きながら、金獅の腹を叩いて速度を上げた。
 前を走る華雄に轡を並べると、風に舞った包帯代わりの布に手を当てる。
 怪我をした原因は、ある意味で自業自得なのだ。
 一刀は素直に礼を言うべきだと判断し、華雄へ誠意を込めて頭を下げた。

 落とした視線の先に、華雄の服の裾のあたりに血を拭ったような痕跡を見つける。

「華雄さん、手当てしてくれてありがとう……それと、服汚しちゃってごめん」
「む? ああ……別……に……」

 そうして顔を上げた一刀のキリリとした表情に、華雄は何となく胸の奥がざわめいた。
 それは長安を出陣する直前の、感情の発露に似ていた。
 "妖術"だ。
 間違いない。

 華雄は背負っていた長大な戦斧、金剛爆斧(こんごうばくふ)を引っつかんで抜くと、一刀と金獅に向かって口上と共に振り下ろした。

「貴様、また妖しげな術を私に……ふざけるのもいい加減にしろぉっ!」
『本体やばいっ! 逃げろっ!』
「うわっ! な、何でだっ!? 誤解だっ! 待ってくれっ!」

 切迫した"白の"の声が脳内に響いた。
 本気としか思えない形相で豪快に獲物を振り下ろす華雄に、一刀は脳内の声から咄嗟に金獅の手綱を握りこむと、抗弁しながら懸命にしごいた。
 金獅もまた数々の戦場を駆けた経験から、襲いかかる殺気に敏感に反応し、力強い嘶きを一つかますと、持ち前の俊敏性を発揮して素晴らしい速度で逃げ出した。
 華雄も一刀が脱兎の如く逃げた事から、"妖術"をかけられたと確信し、本気になって追い回し始める。
 そして、兵は呼吸を荒ぶらせ、速度を速めた二人を追って、強行軍に乗り遅れまいと命を懸けて走っていた。

 おそらく、一番不幸だったのは騎乗していない歩兵に違いなかった。



      ■ 擾乱の将



 韓遂は馬家と董家がぶつかり合ったのを確認した後、彼女の根拠地。 漢の治める地の端に位置する西平にまで戻っていた。
 すぐに辺章と合流しなかったのには、彼女なりの理由があった。
 韓遂には野望がある。
 
 巨龍である漢王朝を、堕とすという野望が。
 
 羌族とも結びつきの強い辺章を、此度の叛乱軍総大将に祭り上げることが出来たのは幸運だった。
 当初に考えていた軍容は一変し、ともすれば長安を打ちぬき洛陽にまで攻め上れても、おかしくない兵の数が揃ったのだ。
 かつての盟友であった馬騰が、病に伏していた事もそうだ。
 その娘、馬超は実に御しやすい真っ直ぐな性格をしており、"天の御使い"すら転がり込んできた。
 そう、まるで韓遂の描いた理想を後押しするように、運がついてきた。
 不確定要素が増えれば増えるほど、韓遂の思惑にカチリと嵌っていく様は、ある種の恐れを彼女に抱かせた。

 耿鄙という、意図しないタイミングで表れた官吏の排除。
 馬家を叛乱軍に参加させること。
 "天の御使い"すら無理やりに巻き込むこと。
 
 うまくいった。 それは喜ばしい。
 だが、うまく行き過ぎた。 これには恐れを覚える。
 韓遂はそういう人間であった。
 
「こうも上手くいくと、どうにもねぇ……」

 そう、彼女が根拠地へ戻ったのは万が一に備え、雲隠れする準備を整える為であった。
 確かに、辺章と馬家が協力すれば、郿城でぶつかる戦は勝利の二文字が踊るであろう。
 ここ西涼だけではない、大陸の至る場所で乱の起きている今、勝てる可能性はかなり大きい。
 だが、戦は水物であることを韓遂は知っている。
 少なくとも、絶対に勝てるという戦争など無いということを彼女は理解していた。
 それは漢という巨龍を築くまでの歴史においても、証明されている。
 逃げる備えを整えてから、韓遂は戦の中心、郿城へ足を向けた。
 

 
―――・



 そうした備えをしたことは、やはり正解であったのだろう。
 郿城での戦いに布陣している、叛乱軍の天幕に入り込んだ韓遂は自分の用心深さに感謝した。
 どちらかといえば、戦況は未だに叛乱軍の方が有利。
 味方となった馬家も、郿城に攻勢をしかけている。 兵数差もあるようだ。
 だが、まだ"勝って"いない。
 天幕の中に設置された、動物の毛皮のようなものが被さった長椅子に腰をかけ、足を伸ばす。
 戦場に居るというより、自室で寛いでいるかのような体勢で韓遂は物思いに耽っていた。
 
 何時までそうしていたか、やがて天幕の中に一人の大柄な男が姿を表した。 

「韓遂……」
「辺章、まだ終わってねぇのか」
「っむ……だが勝てる。 官軍は亀のように、びびっている」
「そうみたいだな」
「今度こそ、俺の勝ちだ」

 辺章は韓遂から
 相槌ひとつ、辺章が座れるようにと居住まいを正すと、辺章はドカリと尻を下ろした。
 前線に立って戦っていたのか、血の匂いが韓遂の鼻腔を擽って僅かに顔を顰める。
 そんな彼女に気付いていないのか、辺章は韓遂の側頭部に手を添えると、力を込めて引っ張った。

「なんだい? 盛ってるのか?」
「韓遂、もうすぐ長安が、手に入る。 良い酒を呑もう。 羌には無い、旨い酒を」
「……男は野蛮だねぇ」

 韓遂の腕が伸びて、辺章の頬に当てられた。
 お互い、抱き合うように絡み合い、韓遂はそっと辺章の耳元に口を寄せて囁いた。

「アンタなら手に入れられるさ。 アタシが見初めた男だよ」
「ああ、一緒に、呑もう。 金も、飯もだ」
「子供みたいだね……」

 二人の唇が合わさって、ギシリと長い椅子が揺れた。

 長い抱擁を終えると、辺章は上半身だけ身を起こし、韓遂の額に手を当てて長い赤い髪を掻き揚げる。

「良い女だ、お前は」

 天幕の布が揺れて、外からの風が入り込んだのはその時だった。
 韓遂が下になって組み敷かれている姿勢のまま、入り込んできた兵を見上げる。
 辺章は仕方なく立ち上がり、報告を促した。 

「馬家の馬岱という将から、疲労の少ない兵を率いてこちらに合流すると」
「分かった」

 韓遂も同じように、一つ乱れた髪を手で梳くと、腰を上げて飛び出して行った兵を追うように天幕の外に向かう。
 彼女の様子に気がついた辺章は、思わず手を伸ばして引きとめようとしたものの、その手は届かなかった。
 興が削がれた、と呟いて外に出る韓遂に、辺章は不機嫌そうな顔を隠さずに舌打ちひとつ。
 卓の上に乗せられた酒をヤケクソ気味に煽り、長椅子へと音を立てて座り込んだ。
 口から零れた酒を腕で拭いながら、辺章は荒く息を吐き出した。
 
 辺章も韓遂が何をしようとしているのか、その目的は知らなかった。
 作戦そのものも、彼女に言われたままに従って、兵を動かしている。
 馬家がどういう経緯で王朝に楯突く事になったかも、興味は無い。
 辺章にとって重要なことは、郿城を抜き、長安を獲る。 韓遂が自分に望んだ"それ"だけだ。
 いつからか分からないが、傍に居る事が当たり前になった女。
 日々を過ごしていく中で自分の心情を、言葉にする前から理解してくれる、理解者になっていた。
 
 自らの大事な人となった韓遂を頭の中で思い描いていると、先ほどの身体の火照りが再度沸き立った。

「くそ……あの雑兵め」

 悪態一つ。
 辺章は椅子の上で横になると、振り払うように首を振って目を閉じた。



 天幕を潜って外に出た韓遂は、辺章と同じように口元を腕で拭った。
 ついでとばかりに口内の唾液を吐き出して、陣から戦場となっている郿城を睥睨する。
 数えるのも馬鹿らしい程、無数にある叛乱軍の天幕。
 この時代、この場所で、これだけの人数が集う戦はそうそう無い。
 大半が自軍であることを鑑みれば、負けを考慮することが馬鹿らしく思えてくる。
 韓遂は首を一つ振る。
 決め付けてはいけない。 信じてはいけない。 結果はまだ何も出ていないのだ。
 順繰りに視線を巡らして、韓遂は目的の場所を目に留める。
 東端に、馬家を示す旗が風に煽られて揺らめいていた。

「ふっ、顔でも見に行くか」

 巻き込んだ事に、彼等が気付いているか居ないのか。
 それもまた、彼女にとって確認すべき重要なものである。
 この乱がどう決着を迎えようと、自分はこの先を生きて見届けなければならないのだ。

 韓遂は手近な馬を捕まえると、東端を目指して走り出した。



      ■ 嘘言に踊る



 馬超が天幕を潜ると、上半身を突っ伏して卓をバッシバッシと叩く少女が唸っていた。
 自軍の兵から簡単な戦況は聞いていたが、長安から戻ってきたばかりの為に詳細を聞こうと思っていたのだが。
 明らかに様子の可笑しい荀攸は、若干近寄りがたかった。
 
「お、おい。 平気か?」
「……ば、馬超殿……? やっと来ましたねっ!」

 顔を引きつらせながら安否を確認した馬超の顔を、荀攸は真っ赤な顔で見上げつつ声をあげる。
 その余りの顔色の悪さと想像していなかった大きな声に、馬超は思わず身を引いてしまう。
 目つきも、だいぶ据わっていた。

「酷い顔だぞ、少し寝た方が―――」
「いえ……大丈夫ですよ。 ちょっと胸とお腹と頭が痛くて、血が顔面に集っただけですから」
「いや、それ大丈夫じゃないだろ」
「問題ありません、私は健常です、ふふっふ……」

 無理して笑おうとしたのだろう。
 幽鬼染みた顔に空虚な笑みを浮かべて上半身を起こす荀攸に、馬超は本気で彼女の容態が心配になった。
 寝る事を薦めたが、あっさりと断られる。
 荀攸と馬超は、寝た方が良い、問題ない、何度か同じようなやり取りを交わしていたが、先に折れたのは馬超であった。
 後で寝かしつけようと心に決めて、気分を切り替えると本題に入る。



「それで、馬超殿。 長安の方はどうなりましたか」
「ああ、一刀が上手くやってくれた。 長安の方はあたし達の事、分かってくれたよ」

 馬超がそう言うと、荀攸は思わず椅子から腰を上げそうになった。
 この場についてきてしまったからには、一刀と馬超の説得の成功に全てを託していた。
 だが、失敗する可能性のほうが遥かに高いと思っていた荀攸にとっては何よりも欲していた言葉であった。
 荀攸は知らず笑みを浮かべ、馬超も釣られて表情を崩す。
 大きな厄介ごとが一つ片付いたのだ。
 
「こっちはどうなんだ?」
「こちらも順調です。 多少、馬軍にも被害はありますが大半は叛乱軍へと受け流してます」
「じゃあ、後は……」
「ええ、後は」

 一刀が郿城に到着するのを待つばかりとなる。
  この戦場で馬家が『叛乱軍を裏切る』合図を待つだけだ。
 
「ただ、一つ気がかりな事が」
「何かあるのか?」
「ええ、韓遂がこの戦場に姿を見せていないのです」
「何!? まさか、逃げやがったっていうのか!」

 馬超は蹴倒すような勢いで椅子から飛び上がって激昂した。
 彼女からしてみれば、韓遂がこの場に居ない事は不快極まりないだろう。
 戦力の足しになるようにと裏で画策され、非の無い董卓軍を打ち破ったばかりか、巻き込むだけ巻き込んで逃げ去ったのかもしれない。
 余りにも不義理なその行動、馬超には許せるものではなかった。
 荀攸に宥められ、深呼吸をして腰を降ろす。
 どこまで、何処まで人を馬鹿にすれば気が済むのか。
 煮え立った頭はどんなに落ち着けようと頑張っても、できなかった。

「気持ちは分かりますが、居ない相手に激昂していても疲れるだけです。 目の前の事から手をつけましょう」
「ああ……」

 唸るような低い声で相槌を打った馬超に、荀攸は少し時間を置くべきかと口を閉ざした。
 天幕の外の喧騒だけが、しばし彼女達の耳朶に響く。
 荀攸は、ふと韓遂の目的が何であるのかを脳裏に過ぎらせた。
 郿城での戦い、それが彼女に明確な目的があるのならば、この場に居ないのはおかしい。
 目的が無いのならば、それはまるでこの戦いを引き起こす事そのものが望みの狂人のようだ。
 
「荀攸―――」
「邪魔をするよ」

 馬超が何かを問おうとした時だった。
 覆いかぶさるように、天幕の入り口から声が降って首を巡らす。
 先ほどまでの話題の中心だった、韓遂が不敵に笑みを浮かべて立っていた。
 韓遂を視界に収めた瞬間、荀攸は誰にも聞こえないように舌打ちを一つ打っていた―――同時、馬超は叫んでいた。
 
「韓遂!」
「……うるさいねぇ。 そう叫ばなくても聞こえるよ」
「っ……」

 何かを言いたげに押し黙る馬超。
 ここで自分の感情を優先させて、一刀や荀攸のくれた希望を砕くわけにはいかなかった。
 目の前に諸悪の根源が居るのに、それを糾弾することが出来ない。
 馬超にはかぁっ、と熱くなった顔が自覚できた。
 その表情に明らかな怒気を感じ、笑みを崩さないまま立つ韓遂は、馬超が自分の謀略を知ったのを察した。
 
「何しにきましたか?」
「いや、少し"準備"があってね。 つい先ほど着陣したのさ。 ついでに"味方"になってくれた馬超殿の様子を見にきたのさ」
「そうですか」
「っ……」

 煽るように味方という部分を強調した言葉に、馬超の歯噛みする音が天幕に響く。
 淡々と応対する荀攸と、視線を逸らして黙る馬超に、韓遂は張りつけていた笑みを深める。
 油断せずに馬家の天幕に訪れた自分を褒めたかった。
 馬超の自分への応対から、叛乱軍と手を組むのが不本意であることは確実。
 更に、予想外ではあったが、この場に居ないはずの人物が居ることも判った。
 顔を背けて不機嫌な顔を隠そうとして失敗している馬超から目を離し、荀攸へと向けた。
 
「ところで」
「何でしょう?」

 漢王朝の官吏として武威に訪れた。
 居るはずの無い人物へ。
 韓遂は口を開く。

「あんた、何を考えているんだい?」

 王朝に牙を突き立てた筈の馬家に、未だに居るのは何故か。
 あまつさえ、従軍し大将の天幕の中に居るのは。
 韓遂は、ある程度の予測を持って荀攸へと尋ねていた。
 この年若いと言える少女が、武威に居た頃から韓遂の行動を怪しんでいたのは分かっていたのだ。
 馬超が謀略に気付いたのも、恐らく荀攸が報せたものだろう。
 つまり、彼女が馬家に従軍しているのは真実を知って馬家を救おうと足掻いているからかも知れない。
 或いは―――

「……秘密にしておきたかったのですが、味方に疑われては仕方ありません」
「納得できるものだと良いんだけどねえ」
「信じるのは貴女次第でしょう、私にとっては真実の理由です」
 
 或いは、謀略を察した賢しいその知を持って、現況を覆す自信があるのか。
 頭の中で真意を探ろうと腕を組んだ韓遂は、しかし、荀攸の言葉に耳を疑うことになった。

「私が馬家に手を貸したのは―――」
「……?」
「……荀攸?」

 何故か頬を赤く染め始め、言いづらそうに口を開閉し、両手を合わせて指先を捏ねる。
 突然の不審な態度に、韓遂は思考を打ち切り、馬超は怪訝な様子で彼女を見やった。
 そして、意を決したかのように口を開く。

「―――貸したのは、その……一刀様がそう望んで、その望みに付き従うと決めたから、です」

 嘘は言っていない、それは確かである。
 だが、態度には問題があった。
 恥ずかしげにそう言い切って、荀攸は赤くなった顔を隠すように俯いたのだ。
 二人共、何を聞かされたのか、何を言ったのか、頭の中で整理するのに時間がかかったのだろう。
 天幕の中に一種、不気味な沈黙が舞い降りる。
 荀攸の言葉の中に在った真意、それを理解するに連れて釣られた様に顔を赤くする馬超。
 誰かの喉を鳴らす音が、天幕に響いて、それが契機になった。
 
「な、な、な、何、何を―――」
「……つまり、アンタはアレに惚れたってことかい?」
「っ、はい。 私は一刀様に身も心も捧げましたんです」
「みみみみ身ぃっ!?」
「え、ええ、武威の地で、その、つまり、一刀様を受け入れ、一刀様の為に尽くそうと……その、あ、愛ですね」
「ああああい、愛!?」

 俯いた表情を上げて、荀攸は陶酔しているかのように言葉を連ねた。
 覚悟を決めたからか、彼女の口から甘い言葉や爛れた言葉が連弩のように放たれる。
 腕の中で女の幸せを得た、だとか、唇を重ねた時に頭の天辺まで稲妻が走ったようだ、とか。
 具体例のようなものを挙げ、顔を真っ赤に染めながら告白する荀攸を見て、韓遂は計りかねた。

 というか、何だコイツ、と引きそうだった。

「そ、それで、その、あの、肉……いや、えっと」

 何故かテンパっている馬超が、なおも詳細を聞こうと意味不明の言葉を投げかけ

「え、ええ、はい。 想像通り、な、舐めました、その、ねっとり」
「ねっとっっっ!?」

 そろそろ顔で茶が沸きそうなほど紅潮した荀攸が、律儀に馬超の問いを察してそれに答え

「ああ……うん、まぁ分かったさ。 同じ女だ、そういうこともあるだろうさねえ」

 韓遂は目の前の賢しい少女が色ボケしたのだろうと、投げやりに断じた。
 事実、遥か昔、まだ少女であった自分が異性に陶酔したことがあるのも、荀攸の言に納得できる物を生ませていた。
 そうした時、女は道を違える事も稀にある。
 理屈とは関係なしに、世界が想う人と自分だけになってしまう事が。
 それに、そう。
 "天の御使い"には色々な噂があったが、艶かしい話も多くあったと韓遂は思い出した。
 
「ご納得いただけましたか!」

 卓を強く叩いて、これ以上ないくらいに必死な様子な荀攸に、韓遂は薄く笑いながら頷きつつ、後ろに一歩。
 先ほどまで怒気を露に顔を赤くしていた馬超が、違う意味で顔を赤くして荀攸に問い質そうとしている姿を納め、更に後ろに一歩。
 まるで問い詰めるように詳細を求める少女を一瞥し、聞くつもりもないのに勝手に口が開いた。

「……まさかとは思うんだが、アンタもそうかい?」
「は、はハァ!? ばばば、馬鹿なこと言うなっ! ななん、何であたしがっ!」
「いや、大体分かった、うん、もういいさ」

 口で否定しても、態度から当たりはつく。
 疲れたように手を振って、韓遂は初々しい桃色空間が広がる現在地から、自分の天幕に一刻も早く戻って寝たくなった。
 つまりこうだ。
 馬超は、自分が仕掛けた謀略そのものは許せないが、共に巻き込まれて懸想した"天の御使い"はこの乱を受け入れたのである。
 惚れた男が追放された漢王朝に刃向かう決意を固めてしまったのだ。
 情愛と義理とか、そんな感じのアレがぶつかりあって、自分を見ても襲い掛からずに顔を歪めて直視できなかったのだろう。
 多分。
 それでもういい、と韓遂は納得することにした。

「まぁ、その。 ここだけの秘密でお願いします」
「む、むむむ―――っいや、分かった……」
「秘密は守るから、帰っていいかい?」
「どうぞどうぞ」

 やたらと疲れた表情を残し、韓遂は天幕をくぐって立ち去った。
 残されたのは、息を荒くして頬を染めた少女が二人。
 チラチラと視線を投げかけては地面に落とす馬超と、その場で拳を握って卓の前で立ち尽くす荀攸。
 
 しばらく続いた何とも言えない空間を切り裂いたのは、声を震わせた荀攸の口からだった。

「馬超殿……」
「は、ひゃい!?」
「韓遂殿の気配は消えましたか?」

 言われ、馬超は素直に従って気配を探った。
 動揺はしていても戦士として、将として優秀な馬超にそれらしき気配は見当たらなかった。
 おずおずと荀攸へと視線を返し、首を振る。
 荀攸は馬超をしっかりと見返して、乾いた笑いを吐き出した。

「ふ、ふっふふ……」
「じゅ、荀攸……」
「なんで、私が、こんな恥ずかしい事を言わねばならないのですかぅ!」

 天幕が揺れたかと思うほどの大声で、馬超へと向かって叫ぶ。
 卓をばっしばっしと音が鳴るほど叩き捲くり、狂乱した彼女に馬超が慌てて―――
 
「な、それはだな、えーっと、か、韓遂が聞いたから!?」
「そうです! あああ、何で私が真意を隠す為に嘘をベラベラ喋ららららぁっ!(↑) この時に備えて練習はしていましたが、っ、それすら気に入りませんがっ!
 下手に知恵の回るオバンのせいで、煙に巻きつつ、なおかつ説得するにはあの方法しか選べなかったんですよ!?
 他にありますか! あったとしても、時間が必要でした、ええ、わかっていると思いますけど私にはアレしかなかったんです!
 一刀様は異性として嫌いじゃないですが、いえ、確かに自分が今回の一件だけは引き受けると頷きましたが、それとこれとは話が別! 一緒ですけど!
 じゃなくてですね、そうです! 馬超殿がアレコレ聞くのが悪いのです! なんでですか! 彼女がこの場に居る限りこちゃえるしか無いでっしょう? 分かってるんですかっ!?」
「なな、な、あたしが悪いのかっ!?」
「そうです! そうです! そうですよっ! げほっ、まだ私だってそういう経験っ、そりゃ読んでは居ましたが、いえ、っていうかですね、そもそも、なんでいきなり馬超殿が一刀様に懸想してるんですかっ!?」
「んぁっ!? ばばばば、馬鹿言うなっ! 何であたしが一刀に惚れ、ほ、惚れてりゅなんてっ!? 何を根拠にっ!」
「顔です! それと態度!」
「☆□△○×!?」

 まるで迷宮入りしそうな事件の真犯人を指すように、擬音が鳴り響きそうな勢いで人差し指を突きつける。
 指し示された馬超が、あんぐりと口を開けて意味不明の言葉を投げた―――のも束の間、何かを閃いたのか同じように、物凄い勢いで指を荀攸に向けて

「違う違う違う違うっ! あたしが変な顔で態度なのはっ、荀攸がちちち、チンコ舐めたとかっ―――」
「わああああああっ、なな、何を仰ってるんですか馬鹿ですか何考えてチンコなんて、卑猥なこと言わないで下さいっっ!
 それにそう誘導したのはです、ば、馬超殿です私じゃないですから勘違いしないで欲しいですね!」
「そんな訳、あたしは普通に聞いてただけだしっていうか荀攸が、そうだっ! アタシは悪くないし先に言ったのは荀攸だし、このっエロエロ軍師!」
「えろっ!? っ、ええ、分かりました、いいでしょう、認めましょう。 確かに私は艶本も読みますし房中術の本も持ってますけど、桂花ちゃんが渡してくるだけで、後学のために知識は詰め込みますが、それは認め―――」
「そ、そらみろっ! へへへーん、あたしのせいじゃない! 認めたって言った!」
「れれれ、冷静に話を聞いたらどうです馬鹿超どのっ! 
 それにそう! 
 論点がずれてます、ふ、軍師である私に舌戦を仕掛けるなど愚かです一刀殿に恋慕を抱いた馬超殿にか、っ、勝ち目はありませんのです!」
「んっ、なぁっ、ずず、図星を突かれたからってそういう、馬鹿って言った方が馬鹿だし一刀の事だって荀攸がねっちょり舐めたって事に関係な―――」
「ねっちょりなんて舐めてませんがっ!?」
「舐めたって言ったしアタシは聞いたっ!」

 もはや止まりそうもない二人の口論に、天幕の外にいた将兵は華麗にスルーした。
 時たま外にまで響く天代のナニがどうとか、そういうアレな話が聞こえてきたのが大きい。
 いや、そうでなくても女性の修羅場に下手に顔を突っ込むほど、彼等は愚かではなかったのである。

 馬岱と交代し、自陣の天幕に戻ってきた馬鉄もまた同様である。
 報告を任された兵が、困った顔で彼に尋ねた。

「馬鉄様、放っておいてもよいのでしょうか?」
「ふざけろ、あんなのに突っ込んでいられるか。 お前が行きたいなら―――」
「結構です」
「正しい判断だな、それよりもお前、蒲公英には何も言うなよ」
「は、はぁ……」

 小一時間ほどの待機の末、馬鉄はようやく帰陣の報告に向かった。
 この程度で済んだのは僥倖であろう。
 馬岱と自分が交代しなければ、おそらく三倍、いや、下手をすれば明日にまで持ち越しかねない勢いだった。
 何故、戦場でこんな溜息をつかねばならないのだろうか。
 馬鉄はそんな疑問を、必死に押し込めて天幕を潜った。

 結局、二人が出した結論は下世話な噂を持つ一刀の存在と、韓遂のオバンのせい、という物で纏まったそうだ。



      ■ 天からの兆



 騒然としたその日の夜。
 闇夜を切り裂いて、夜天が涙を流すように、大きな一つの流星が滑り落ちた。
 
 本隊が郿城に攻め入っていると確信した孫堅は、糧食を絶つ事で早期に決着をつけようと目論んでいた。
 その彼女の頭上を追い越すようにして流れた流星に、孫堅は立ち上がる。
 吉兆であると、兵を鼓舞する為に。

 主戦場となった郿城においても、その大きな流星は確認された。
 賈駆も皇甫嵩も、飛び起きて互いに顔を合わせると、夜中であるにも関わらず大声を張り上げた。

「星を見よ! 天が我等を勝者と定めた! 天の御使いが郿城に向かっている!」
「天の御使いが増援に来るぞ! 見よ、あの大きな流星を! あれこそまさに、天が我等についたという証ぞ!」

 投げ入れられた、馬家を示す押印がされた書簡の内容に賭けた瞬間だった。
 書き綴られた内容を信じた……というよりは、手っ取り早く疲労しきった自軍にとって精神的な支えが緊急に要されたが故であった。
 “天の御使い”が描いたという、埋伏の毒の計。
 兵数差からジリ貧であることに違いない現状、これを受け入れ鼓舞することが最も長く防衛を続ける事が出来るという判断だった。

 そして―――

「馬超殿」
「ああ」
「今の流星、使えます。 すぐに賊軍の鼓舞に向かってください」

 てっきり自軍の鼓舞であると思った馬超は、眉を顰めた。
 荀攸は笑みを深め、ゆっくりと説明する。

 一刀も馬超も、もちろん荀攸も、韓遂を逃すつもりなど全く無い。
 兵が勝てると信じて戦っている限り、将は逃げられないのだ。
 将が逃げてしまえば、どれだけ精兵が揃おうと、戦意を挫かれてしまうのだから。
 辺章はもとより、保身に余念の無い韓遂も自分を守る為に撤退を躊躇うはずだ。
 なにより、わざわざ馬家の天幕を訪れたという事実があることが、韓遂は自身の安全を優先するという事を知らせていた。

 そして、一番大事なのは、賊軍の知恵となる韓遂は今の流星を利用するか否か必ず迷うことにある。
 韓遂自身が言い放った"準備"という言葉を、荀攸は聞いていた。
 保身から来る準備は何か。
 深く考えなくても、逃げるための準備であるに違いない。
 その思考を裏返せば、韓遂はこの郿城の戦いは必ず勝てるとは思っていないという事になる。
 下手に流星を見て自軍を鼓舞することは、自らの逃げ時を戦の趨勢に委ねることを意味するのだ。

 自分が生きる事を優先する彼女に、この流星は利用できないと荀攸は確信した。
 
「これこそまさに、天からの贈り物。 この戦、勝てます」
 
 続く荀攸の断言に得心すると、その身体能力から弾かれたように辺章の陣へと飛び出していく。

―――・

 闇夜を切り裂いた流星は、光の尾を残して地平線の彼方に消え去った。
 郿城に突き進む一刀と華雄は、食事の手を休めて流星が流れ落ちるのを見送ってから顔を見合わせる。

「貴様の肩書きは"天の御使い"だったな」
「ああ!」
「いくぞ! 食事は止めだ! すぐに出発するぞ!」

『なぁ、郿城の手前で演説をかますのはどうだ?』
『採用』
『本体、火を焚いて儀式みたいなのしろ、なるべく目立つ場所のが良いよね?』
『良いね! "天の御使いが呼び寄せた勝利の流星が郿城に向かった"って思わせるんだな』
『じゃあ俺に任せて! その辺の集めてすぐに道具を作るよ!』
『"南の"は得意そうだな、任せた』
『諸葛亮に習って、羽扇があれば良かったんだが……』
『形はそれっぽいので良いんじゃないか? 夜だし、シルエットで十分だろ』
「よし……」

 馬に乗り込み、周囲の兵へと口を開こうとした華雄を慌てて一刀は追った。
 
 流星が流れ、兵が気付かない距離まで金獅で移動した一刀は、"勝戦の儀"の準備を半刻と経たずに終える。
 そうして目立つ場所で火を盛大に焚くと、十分に兵の目をひきつけてから、儀式を執り行った"振り"をやめたのである。

「休憩を終えたな! 聞け! 今"天の御使い"が我等の勝利を願う儀を終えた!
 先ほどの流星が、その答えだ!
 我が精兵なる董卓軍の者よ! 郿城で勝利を待つ友の為に、天が定めた勝利の為に! 一刻も早く郿城へ向かうぞ!」




「オオオォォォオォォォォオォォオォォォォオオオォォォオオオオオォォォオォオォォオォォォオオォォォ!」


―――郿城に布陣した辺章軍が

―――郿城に篭る官軍が

―――狭道を押さえる孫堅の軍が

―――援軍に突き進む董卓軍が

 気炎を上げた軍勢は咆哮した。
 "天"が定めた勝利に向けて。

 闇夜を切り裂いた明光の流星はこのとき確かに、天を分けた。
 
  
  
      ■ 外史終了 ■
  
 
 


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