さて、アスターテ星域会戦の前に銀河帝国設立を振り返ってみよう。ルドルフの築いた帝国は100年ほど共和国の探知外に存在した。
彼らの言う長征1万光年は伊達ではなかった。以後国家建設と打倒共和国を合言葉にゴールデンバウム王朝の黄金期が始まる。
彼らはヴァルハラ星系第3惑星に首都「オーディン」を築き上げた。
またノイエ・サンスーシに代表される古典的な建物は、宇宙暦550年代に登場し、580年代に成熟した政治家、共和国再興の父アーレ・ハイネセンによる対外宥和政策の間隙をもって建設されている。
何故ルドルフはイゼルローン回廊開拓に成功したのか?
それは、彼個人が一種の株式の株券でありヒーローであったからだと言われている。
長征において幾人もの人々、支持者を失ったルドルフではあったが、共和国に残した親ルドルフ的な政治的な基盤、軍部からの支援、企業や民間支持団体からの大規模な援助はイゼルローン回廊開拓に大きく役立った。
確かにルドルフ=地球政権という構図があったが、それを信じない人々も存在し、サルガッソスペースより先に存在するであろう恒星系に莫大な富を夢見た人々がいたのだ。
そんな彼らの欲望、あるいは願望を利用したルドルフは驚くべき程の犠牲の少なさで宇宙の暗礁宙域を突破した。
・・・・・そして、自らの痕跡を抹消し一切の連絡をたった。
余談だが、このルドルフ艦隊消失事件は共和国国内に大きな波紋を呼んだ。
彼らが数億の民と共に全滅したのだと考えられ、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは国葬を持って処遇された。
なお、大規模な資金援助をした団体の半数は倒産や解体を余儀なくされルドルフ不況というべき状態に共和国は入ってしまう。
やがて銀河帝国と銀河共和国が接触すると共和国の市場開拓、経済原理という状況と負い目もあった事から数十年の蜜月時代を迎える。
接触時、銀河共和国大統領を務めていた第二の国父アーレ・ハイネセンはこう語ったという。
「我々の先祖は罪深いことをした。いくら急進的とはいえ、その思想を持って個人を抹殺するなど民主主義の行うべきことではない。失意の中に消え去った彼、ゴールデンバウム氏の為にも、また我が国民にいらぬ犠牲を出さぬ為にも我々は銀河帝国と不可侵協定、ならび相互通商条約を結ぶべきであろう」
宇宙暦796年 アスターテ星域
side ヤン
第13艦隊は勝利を収めつつあった。
ヤンの構想どおり比較的近距離にいたエルラッハ中将の艦隊は約1.6倍の第13艦隊の強襲をうけ前方集団3000隻が瞬時に壊乱、その後艦隊中枢に第13艦隊得意の一点集中射撃を受け指揮官であるエルラッハ中将が戦死、その後は残敵掃討といって良い段階まで追い詰められていた。
(・・・・そろそろ頃合か)
「グリーンヒル大尉」
「はい、なんでしょう?」
「敵艦はあとどのくらい残っている?大雑把な数で良いんだ」
「そうですね、報告によりますと残り2000隻程、更にその半数が損傷しているとの事です」
「そうか、ならば良いか。ムライ参謀長」
「ハッ」
「アッテンボロー少将達に連絡。フィッシャー少将の指導の下艦隊を急ぎ再編せよ、とね。」
「眼前の敵を放置して、でありますか?」
「パトリチェフ副参謀長の意見はもっともだ。でもね、もはや敵は艦隊と呼べるものではない。放置しても構わないさ」
(それにこれ以上の殺戮は無意味だ)
「なるほど」
「それに戦いはまだ3分の1が終わったに過ぎない。更にロボス元帥の厳命でここで引く事も出来ないからね」
「それとだ、グリーンヒル大尉、敵艦隊に向け通信を送ってくれ。内容はこうだ『これ以上の追撃はしない、生存者の捜索・救出と貴官らの退路は保障する』、以上だ」
それから30分、銀河共和国最精鋭と謳われた第13艦隊は整然と列を整え漆黒の中に消えた。
side ゼークト艦隊
「どう言う事だ!! 敵は密集隊形をとり我々を迎え撃つつもりではなかったのか!?」
艦隊司令官の怒号が艦橋にいる幕僚たちに降り注ぐ。
「閣下」
「新任のオーベルシュタイン大佐か。なんだ。何か策があるのか?」
「ハイ。今すぐ艦隊を転進させるべきです」
「窮地にある味方を見捨ててか!?」
「残念ながらエルラッハ艦隊は既に壊滅しているものと思われます。なによりこの『我、敵艦隊と交戦中至急来援を請う』という文ですが、本当にエルラッハ艦隊から発信されているかが怪しいものです」
「卿の意見ではこれは敵の偽電だと言いたいのか?」
「左様です、ここは敵の手に乗らず」
「いや、ここで味方を見捨てるわけにはいかん。唯でさえ国力で劣るわが国が味方を見捨てたとあっては平民階級に動揺が走る」
「しかし、今ここでは生き残ることが最優先。政治的な問題は帰国してからの宣伝でどうとでもなりますまい」
「・・・・だが」
「それに、国力の点をご指摘なさるのでしたら既に一個艦隊を失った以上全軍撤退をも視野に入れるべきではないかと」
「・・・・・・・」
「いや、敵将はまだ若い。それに対してエルラッハ中将は歴戦の勇士だ。今尚彼の艦隊を惹き付けているに違いない」
「閣下! それは希望的な観測に過ぎません。ランテェスターの法則を考えるまでもなくエルラッハ艦隊は」
「もう良い!!全艦全速前進。艦隊の最高速度でエルラッハ艦隊を救援に」
その時、艦橋が揺れた。
そしてスクリーンに多くの光の華が咲いた。
「なんだ、どうしたのだ!」
「左舷後方に敵艦隊。ジャミングが激しくそれ以上のことは分かりません」
「何!」
「閣下、敵はやはり戦場を移動したのでしょう。ここは迎撃を」
「やかましい。言われなくともわかっておるわ」
このやり取りの間にも戦火は拡大していく。
そして義眼の参謀は、最早見切りをつけていた。
(ゼークト提督も所詮この程度の人か)
side 第13艦隊
「よーし、後はドンちゃん騒ぎだ。」
「はは、こいつは良いどっちを向いても敵ばかりだ。撃てば当たるぞ。弾薬を惜しむなよ」
「慌てず、焦らず、敵艦隊の通信量が多い部隊を集中して叩くのです」
第13艦隊は敵の後背を取った。圧倒的な有利の下、ヤンはグエン分艦隊を先頭に突撃を命じた。
それを支援するアッテンボロー、フィッシャーの両艦隊。
「ヤン提督、敵がワルキューレを発進させつつあります」
「了解した、ラップ大佐。各艦に伝達、敵空母部隊に砲火を集中させよ、と」
「ハッ」
(どうもラップに敬語を使われるのは違和感があるな・・・やりにくい)
戦闘開始から1時間後、ゼークト艦隊はエルラッハ艦隊同様の損害を出してしまう。
違うのは指揮官が未だ健在かどうかといった程度であろう。
「敵艦隊司令に連絡を入れてくれ。降伏せよ、しからざれば退却せよ。追撃はしない、とね」
side ゼークト艦隊
「降伏だと!? しかもそれが嫌ならば逃げろだと?馬鹿にしおってからに!!」
「通信相手はヤン・ウェンリー大将です」
「あの、あの、あのヤン・ウェンリーか!!!? イゼルローンのみならずここでも恥辱を受けろというのか!!!」
「か、閣下」
「砲撃だ。これほど無残に敗北して我々はおめおめ帝都には戻れん。よもやここにきて命を惜しむ者はおるまいな」
side 第13艦隊
「ヤン閣下、返信です。」
ラップ大佐が手を震わせながら続ける
「読みます。『汝は武人の心を弁えない卑怯者である、我、無能者とのそしりを受け様とも臆病者と誹りは感受できず。この上は皇帝陛下の恩顧と帝国の繁栄の為全艦玉砕し帝国軍の名誉を全うすべし』以上です」
「武人の心だって!? 臆病者の誹りは受けられないから玉砕するだと!!」
普段のヤンらしからぬ態度に幕僚たちの視線が集まる。
「敵旗艦を判別できるか?」
(死んで詫びるなら一人で詫びれば良い。なぜ部下を巻き添えにする!)
「出来ます」
「集中的にそれを狙え。これがこの戦い最後の砲撃だ」
「照準完了」
「撃て」
ゼークト艦隊旗艦は消滅した。ゼークト提督は戦死し、他の生き残った艦艇も四散して逃げ散っていく。
そんな中、砲撃で撃沈される前に一機のシャトルがゼークト艦隊旗艦から脱出した事を気に留めたものはこの時点では誰もいない
宇宙暦796年1月、アスターテ会戦前半戦と後に言われる戦いは終わった。
これ以上の犠牲を出したくないヤンは、艦隊を帰路に着かせようとしていた。