銀河共和国。それはシリウス戦役を母体に誕生した星間国家である。
シリウス戦役の後、人類は地球のくびきを脱し黄金時代を迎える。
百年続いたシリウス暦は、宇宙暦へと改定された。それから300年、人類は穏やかな、しかし確実な停滞期に入る。
宇宙暦300年代、新進気鋭の若き英雄がシリウス政界に登場した。彼の名はルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。人々は熱狂し、人類社会は彼を中心に新たな開拓時代へと突入した。
フロンティア・エイジ。宇宙暦200年代後半から300年代を指す言葉である。
だが、彼は急進的過ぎた。ルドルフ=地球(圧制)政権という構図ができ始める。それは彼の命まで危険にさらし、彼はニュー・ランド(彼の名づけではノイエ・ラント)にはんば亡命する形で彼の支持者(この時点で数億人、後に共和国全白人人口の半分、数十億)と共に共和国を後にする・・・・・・彼個人の深い憎悪を抱きながら。
それから300年、両者は国力の差もあり何もなかったが、オストマルク大公らの帝位継承権争いが火種となり銀河帝国軍が、協定により不可侵地帯であったイゼルローン回廊を突破、ダゴン星域会戦を契機に両者は戦争状態へと突入した。
そして、150年近い月日が流れた。
アスターテ星域
side キルヒアイス
「星を見ておいでですか?」
赤髪の青年は10年来の親友に声をかける
「ああ、星はいい・・・・・だが」
金髪の青年は途中までは機嫌よく、途中から棘のこもった声で答えた。
「作戦会議で何かありましたか?」
「キルヒアイスは鋭いな」
「艦隊、についてですか」
(でなければ説明がつかないものな)
「そうだ。わざわざ倍の兵力を3つに分派している。シュターデン中将は例のダゴン星域会戦を再現したいのだろうが・・・・」
「もしも敵艦隊が各個撃破に転じたならば、という事ですね」
「エルラッハ艦隊12000隻、ゼークト艦隊13000隻、本体15000隻。どれをとって見ても敵に劣る」
「気にしすぎ、とシュターデン提督に言われましたか?」
「ああ、ついでに俺が同じ中将であるのが気に食わないらしい。指揮官は私だ、とまで言って下さった」
(怒ってるな、これは。心底。)
「ですが、決まってしまったものは仕方ありません。それより策がおありなのでしょ?」
その言葉にラインハルト・フォン・ミューゼル中将はにやりと笑った。
「共和国軍が無能でなければ、武勲を立てる機会が回ってくるかも知れぬな」
(ご自分が戦死する、とはお考えにならないのか)
のちのローエングラム王朝建国者とその最大の功労者はまだ見ぬ敵と古きに固執する味方に挟まれながら星の海を征く。
ところかわり、銀河共和国首都シリウス星系4番惑星シリウス
宇宙艦隊司令部
「まもなく、ですか」
「そうだ、まもなくだ」
「これであの生意気な青二才も終わりですな」
「めったな事を言うものではないよ、准将。我々は彼の友人だぞ?」
「そうでした、友人でした。であるからには・・・・・」
「そう、であるからには、彼の勝利を期待しなければならぬな」
准将と呼ばれた男が声色も変えずに続ける。
「共和国の主要メディアは抑えてあります。二倍の敵に立ち向かうことが如何に愚かな事か。それを宣伝してくれるでしょう」
「よしんば戦わずに逃げ帰ればそれはそれ。それを理由に彼奴らをまとめて更迭できる」
「辺境の分艦隊司令官にでもしますかな」
「さて、な。まあ国葬あたりが妥当だろう」
「奇跡の魔術もネタ切れであると思いたいものです」
アンドリュー・フォークは心のそこで思った。
自分こそ英雄にふさわしい。分裂した銀河を統一するのはヤン・ウェンリーなどという冴えない男ではなく共和国士官学校主席卒業の自分にこそふさわしい、と。
ラザール・ロボスは思った。これであの小生意気で目障りな大将を排除できる。万一勝利したならば、異例の上級大将昇進もありうるが・・・・まあ、2倍の敵に3方向から包囲させるようフェザーンを経由して小細工したのだ。負けてもらわねば困る。シドニー・シトレ。やつを蹴落とすためにも。
side フェザーン自治領
禿の男といかにも神経質そうな男の二人が、一目見て安物ではない、豪華なインテリアに囲まれている部屋で話し合っている。
一人は第四代フェザーン自治領主、アドリアン・ルビンスキー、もう一人は首席補佐官のボルテックである
「共和国の件はそれでよい。イゼルローン陥落以降、共和国は些か図に乗りすぎている」
「はい、此度の遠征で2万もの艦艇を失えば暫らくは大人しくなるでしょう」
「国民感情もあるしな」
フェザーン自治領は今から100年ほど前に地球出身の商人にして共和国中央議会代議員でもあったレオポルド・ラープが共和国、帝国双方に合法・非合法の各手腕を用いて建設した事実上の独立国家である。国防兵力として約二個艦隊を保持し、帝国、共和国間の交易を独占すること、過剰な反応を両陣営から買わぬことを念頭に今日では共和国・帝国・フェザーン=6・5・2の微妙な均衡を維持してきた。
「ですが、自治領主閣下。」
「ん?」
「あのイゼルローン攻防戦があったからこそ帝国は曲がりなりにも共和国と対等であった訳で、要塞が落ちた今となっては・・・・」
「均衡が崩れつつある、と言いたいのだな?」
「ケッセルリンク補佐官のレポートでは既に共和国6・帝国4・フェザーン3となっております。このままですと」
「うむ、共和国が帝国を併呑するのではないかと、そうなればフェザーンの価値も急速に薄れるのではないか、そう言いたい訳か」
「ご明察、恐れ入ります」
「なに、案ずるな。その為に帝国に共和国の情報を流したのだ」
(もっとも、あの艦隊はヤン・ウェンリー指揮下の艦隊。はたしてロボス元帥の思惑通りに行くかな?)
side 銀河帝国 フリードリヒ4世
「此度は勝つか」
やる気のない、といわれならがこの数年間貴族の自尊心をくすぐり平民への重税を課すことなく共和国の侵攻に対応してきたフリードリヒ4世が国務尚書リヒテンラーデ侯の報告を受ける.
この灰色の皇帝とまで言われた彼がやる気をだした、と、言われるようになるのはヤン・ウェンリーのイゼルローン陥落以降断続的に行われてきた共和国軍による帝国領侵攻作戦に端を発した。イゼルローン要塞建設の契機はブルース・アッシュビー貴下の宇宙艦隊による侵攻、いわゆる第二次ティアマト会戦まで遡る。
共和国軍に惨敗した帝国軍は恐れた。大規模な侵攻を。如何に多産政策を奨励したとはいえ絶望的な国力差は変わりはしない。故に恐れた。
結果論ではあるが、帝国の不安は杞憂に終わる。
共和国が本気で攻めて来ないのは、攻めた場合の犠牲、全土制圧成功時の経済的な負担と増税(何せ英語(銀河語)とドイツ語(帝政ラテン語)と言語に通貨、標準規格まで全て違う)、それによる有権者の反発を恐れてのことである。
また、時の為政者ら、つまり共和国議員達が、言葉にはしないが帝国下級貴族の持つ『高貴なる義務』の名の下に行われる無軌道なゲリラ戦を恐れたのだ。
「真に。陛下の温情で軍部も二倍の艦艇を動員できました」
「これで勝てぬようではゴールデンバウム王朝も終わり、という訳じゃな」
(国運をかけ軍事費の半分を投入し、その建設過程で失われた艦隊10個以上。そのイゼルローン要塞が無欠占領されるとは・・・・四半世紀もの間、国力に劣り、政治的に相容れぬ我が軍の攻勢に耐えてきた共和国のフラストレーションは如何ばかりの事か・・・・)
「陛下!?」
「なに、冗談よ」
(もっとも、こんな腐敗した国なぞ滅びても良いのやもしれんがな)
「それより此度の情報、妙に的確すぎる。フェザーン以上に共和国にも網を張るよう軍部に通達せよ」
(・・・・フェザーン。共和国は大義名分がなければ軍事侵攻できぬ。となれば彼奴らの存在が第二のイゼルローンとなるやもしれぬ。そして共和国内部の不協和音・・・・まだ滅びるにはいかぬ。まだ、な)
「御意のままに」
フェザーン、共和国宇宙艦隊司令部、銀河帝国、それぞれが第13艦隊の敗北を予見しながらアスターテ会戦の火蓋が切って落とされる。それは停滞の終わりであり、新たな英雄たちの登場でもあった。