無音のはずの漆黒。そこに聞こえないはずの音が聞こえる。
光。光。また光。漆黒の闇を切り裂く緑色の艦艇。
その正体は銀河共和国軍第13艦隊の艦艇2万隻である。
side ヤン・ウェンリー
(2万隻。さして重要でもないこの時期にこの出兵。一体なんの意味がある?)
(戦えば必ず人が死ぬ。それを分かっているのか?)
(私がイゼルローンを落として以来、共和国はこんな無益な戦闘を続けている・・・・これでは講和による戦争終結どころか殲滅戦になるぞ)
ベレー帽をだらしなくかぶりながらデスクに足を投げ出すさえない男。
もしもこんな姿を何も知らない人間が見たら驚嘆するか呆れるか。まあ後者の方が絶対的多数にはなれるだろう。
もっともその男の役職をしれば更に不安と不信が加わるかもしれない。
(人類の歴史上最も大きな事件はラグラン市事件とそこから集った4人の英雄たちであると言われている。あのシリウス戦役後に登場したのが銀河共和国。彼らのリーダーが生きていた事で人類は100年以上早く黄金期を迎えられた。その国で建国百周年を祝い、暦がシリウス暦から宇宙暦に変わり、帝国の登場で帝国暦が生まれた。いやはやそのまま人類が平和裏に進めば私も今頃は歴史学者の一人として生きていられたろうに・・・・それが親父の事故、共和国軍への入隊、極めつけはエル・ファシル・・・・まったく、いったいどこでボタンを掛け間違えたんだ?)
「閣下」
ヘイデルの瞳を持った金髪の副官の声に思案の海から引き上げられる。
「やあグリーンヒル大尉」
「お休みのところ申し訳ありません、ですが時間ですので、その」
「ああ、いいんだよ。そんなに申し訳なさそうにしなくても」
「ハイ。ムライ参謀長、パトリチェフ副参謀、ラップ作戦参謀、アッテンボロー、フィッシャー、グエン各分艦隊司令が席についております」
フレデリカ・グリーンヒル大尉の発言を受け、艦橋の司令席から作戦会議用の司令官席に移る。
side ムライ
「閣下、敵艦隊はこちらの2倍、約4万隻、三方向から方位せんとしています」
「ふーん、そいつは一大事だ。」
ジロリ。そんな擬音語が聞こえそうな目線でアッテンボロー少将を睨む
(全く困ったものだ。もっと共和国軍人として、特に将官としての意識をもって欲しいものだ)
「あ、いや、ですがね、その辺の事はラップ大佐やヤン提督がなんとかしてくれますって。ね?」
(何故そうも楽観的なのだ!! このままいけば我が艦隊はダゴンの殲滅戦で敗れた帝国軍と同じ目にあうのだぞ。)
「しかし、三方向から2倍の敵に包囲されては退却もままなりません。ここは戦わずにイゼルローン要塞に後退すべきかと。」
(慎重にことを進めるに越した事はない)
「なるほど、確かに参謀長の言うとおりですな。」
パトリチェフ准将が賛同する
「逃げる時間はまだありますからな。ダゴンの、しかも敗者の二の舞役は避けるべきでしょう」
エドウィン・フィッシャー少将も意見を述べる。
(そう、まだ逃げる時間はあるのだ)
「しかし、敵を前に逃げたならば最悪軍法会議で銃殺ですぞ? それならば一戦交えた方がよろしいのではないですか」
グエン・バン・ヒュー少将が交戦論を主張する。
「いやしかし、二倍の敵相手に戦うってどうやって?」
「それは・・・・」
「それにです、ラップ作戦参謀、この2倍の敵、ロボス元帥からの直接命令、こう、なんか・・・なにか作為を感じません?」
「アッテンボロー提督、そう言う事は私事に言うべきでいま言うことではないと思われますが。」
「確かに。今までは最低3個艦隊が帝国領へ侵攻して通商破壊作戦を展開していましたからな。妙といえば、妙です。」
「副参謀長も。あまりに不謹慎です。」
「まあ、なんです。800年近くに渡って共和国は自由の国ですから。ルドルフ大帝の築いた銀河帝国とは違いますし」
「で、戦うのか戦わないのか、勝つにはどうするべきか。」
第13艦隊ではこうした政治的な発言が一切制約されず、パトリック・アッテンボローの銀河NETでは「もっとも自由をもつ艦隊」と皮肉交じりに賞賛されていた。
(会議は踊る、されど進まず、か。やはり私の役目は常識論を唱えることでありヤン提督に一杯の水を注ぐことだけか)
「いいかな?」
混沌とし始めた会議にヤンの一言がのぼった。
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一月前 首都シリウスにて。
宇宙艦隊司令部に呼ばれたヤン・ウェンリー大将は思わず聞き返した。
その場にいるのはラザール・ロボス元帥、アンドリュー・フォーク准将の二名。
なんとも居心地の悪さを感じつつヤンは疑念を述べる。
「は、2万隻でありますか?」
「そうだ、2万隻の艦艇を貴官に与える」
「お言葉ですが、通常艦隊は13000隻を基本として中将をその任に当てるのではないでしょうか?」
「普段はそうだが、貴官は大将だ。しかも史上最年少30歳にして、な」
「はぁ」
「はぁ、では困るのだよ、大将。貴官は我が軍の英雄。あの難攻不落のイゼルローン要塞を半個艦隊で攻略した救国の英雄ではないかね?」
「あれはまぐれに過ぎま」
「まぐれだろうが何だろうが貴官は共和国の大将であり尚且つ英雄でもある言いたい事が分かるかね?」
「なんとなくですが、分かります」
「よろしい、フォーク作戦参謀、説明を」
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一ヵ月後、帝国領アスターテ星域
side ヤン
「という訳で、これが私の考えた作戦だ」
作戦構想を語り終える。
グエンはうなずき、パトリチェフはしきりに肯定し、ムライは唖然とし、ラップやアッテンボローはいたずらが成功したような顔で、フィッシャーは目を閉じ腕を組み、グリーヒルは畏敬の念を向けた。
「三方向から包囲される前に、2万隻の大軍を持って各個撃破に討って出る」
方針は決まった。後は実行するのみ。
「こういうのは好きじゃないんだけどね、今回ばかりは仕方ない。」
ヤンのつぶやきは表面上は誰にも、本当は副官のグリーンヒル大尉にだけ聞かれ、消えていった。