第21話
商業区内、某高級中華料理店にて
本日は魔殺商会とアルハザンの会談のために貸し切り状態であるが、普段は満員御礼の人気店だ。
無論、払いは金に汚い魔殺商会ではなく、アルハザン側にある。
「ほんっとうに申し訳ありませんでした!ほらザジ君も謝って!助けてもらったガーベス君は特にしっかりと謝って!!」
アルハザン側のメンバーは3人。
先程から頭を下げるアーチェスに、仏頂面のザジとガーベスだ。
対して魔殺商会側は鈴蘭を筆頭にみーこ、VZ、リップルラップルだ。
「ほら、こう言ってるんだしリュータも座ったら?」
「良いって言ってんだろ。不倶戴天だ。同じ空気吸ってるってだけでも気にいらねぇのに、同じ卓なんて囲めるかよ。」
「小僧、今日はお嬢はおらぬのかの?」
ついでにリュータもいる。
みーこの残念そうな声に、リュータも毒気を抜かれたのか、一転して苦笑しながら返した。
「あー、あいつ箸が苦手なんだと。」
「ふふ、左様か。お嬢らしいよ。しかしもったいないの。こんなに美味いものを食べられぬのだからの。」
「にゃ~!?みーこ様、それ私のフカヒレーー!!ひどーい!」
「マーボーなの。ヒリ辛で、美味しいの。」
フリーダム過ぎる面々は、アーチェスの真摯な謝罪など聞いちゃいなかった。
まぁリュータからすれば滑稽だったが、ザジとガーベスは勿論面白くない。
職員室に呼び出された悪ガキよろしく、「けっ!」という感じに不貞腐れている。
「アーチェス様。そうは仰いますが、オレを半殺しにしたのはそこにいるリュータ・サリンジャーなんですよ!」
「へぇそうかい?半殺しで済んで良かったなガーベス。オレも人殺しにならなくて良かったぜ。」
「貴様…ッ!!」
売り言葉に買い言葉。
リュータの言葉に激昂したガーベスが己の得物に手をかけ、立ち上がろうとする。
しかし、その瞬間にウェイターからメイドまで、その場にいた全ての店側の人間が思い思いの得物を抜き放った。
「く……!」
明らかどころか眩しい位の形勢不利に、ガーベスは剣を引いた。
事を起こそうものなら、ここは即座に敵地と化す。
増してや相手は聖魔王一派。
一見ウェイターやメイドであろうが、油断はできない。
更に言えば、目の前には聖魔王の擁する最大戦力であるみーこが坐している。
迂闊な事をすれば、ぱっくん、である。
「あたしらもこんな事より高級中華食べたいっすよぅ…。」
「だめだめ。クラリカさんはちゃんとお給料分働いてください。」
モーゼルを持った物騒なメイドががっくりと項垂れるが、彼女の名を聞いた瞬間にザジとガーベスは盛大に顔を引き攣らせた。
以前はよく聞いた名前の元神殿協会異端審問会第二部のシスターの存在に更に危機感が募ったのか、アーチェスは必死の形相で部下2人を宥めに走る。
「ほらガーベス君、皆さんに御手数掛けないで!元はと言えば私の言葉を乱暴に取り違えた君が悪いんですからね!座って座って!」
アーチェスの言葉にガーベスは漸く腰を下ろし、そっぽを向いた。
ザジはザジで頬杖をついて顔を横に逸らしている。
「本当にすみませんねぇ…何だかお騒がせしちゃったみたいで。」
「まぁいいけど…地下の事はどうなの?」
一切誤魔化さずに、鈴蘭は直球で切り込んだ。
「こんな事のために出てきたんじゃないでしょ?それなら通りすがりの参加者のフリをする必要は無いし。」
「あはは、流石にそう思っちゃいますよねぇ。魔殺商会のリリーさん……もとい、聖魔王鈴蘭様とお呼びするべきでしょうか?」
それまでの気弱な様子は消え、つい、と眼鏡の橋を持ち上げるアーチェス。
「私はどっちでも良いですよ。この場の人は皆知ってますし。」
「で、あそこに何があるの?」
にこにこと、笑顔で鈴蘭は尋ねた。
しかし、その瞳は一切笑っていなかった。
嘘偽りは許さない。偽ったら………解るな?
そんなプレッシャーを滲ませながら、聖魔王は詰問した。
それにザジとガーベスの2人は気後れした様に、グビリと喉を鳴らした。
「貴方達を追っているリュータが、その師匠である大佐のサインを見つけた。そこから進もうとした絶好のタイミングで、貴方達は現れた。撃ちあいをする内にうやむやにして、話し合いを理由にあの場所から引き離させた………ねぇ、あそこは貴方達にそんなに価値があるの?」
少し首を傾げながら、目は一切笑っていない鈴蘭。
これをもし元勇者現フリーターの青年が目撃してしまったら、即座に地球の裏側にまで逃げるであろう恐ろしさがあった。
「いえ、そんな大したものじゃなくて……アジトがあるんですよ。私達アルハザンのアジトが。」
「へ?あんなダンジョンの奥深くに?」
「はい、これが本当の抵抗地下組織…なんちゃって♪」
その時、空間が完全に凍りついた。
アルハザンも聖魔王一派も、問答無用で固まった。
まるで液体窒素で空間を満たした様に、その場の誰もが状態:沈黙&凍りとなっていた。
「………………………………………………親父。」
「あのー……私ったらまた滑っちゃいましたか?」
「………もう何っ度も言うけどさ、いい加減ギャグのセンスが無い事解れよな…。」
「えっと、ガーベス君は…。」
「申し訳ありません、ノーコメントという事で…。」
アーチェスに味方はいなかった。
「寒いの、寒過ぎるの……。もっと、ヒリ辛を持って来るの。」
リップルラップルに至っては震えながら召喚したであろう毛布を羽織って、追加の料理を注文していた。
それら諸々を無視して、鈴蘭は一切揺らがずに尋ねる。
「地下組織はいいよ、別に。私が知りたいのは何に抵抗しているか。それは、私達と相反する思想?」
「そうですね、そこだけははっきりさせておきましょう。」
そう言って一息入れるアーチェス。
その表情は真剣さも狂気も熱意も無く、ただ遠くを見ている、達観した風にさえ見える穏やかなものだった。
「私達アルハザンは、この世界に抵抗する者です。」
そして、世界に異を唱える男の昔語りが始まった。
丁度その頃、某アパートの一室にて
「………………。」
ひでおは部屋の隅で座禅した状態で完全に静止していた。
「あ、あの、ますたー?今度は一体何を…?」
「……………。」
パートナーたるウィル子が恐る恐ると言った風に話しかけるが、完全に無視。
ひではただ沈黙を保っている。
「だめねぇ、完全に考え事に集中してるわ。」
「前にもこういう事があったんですか?」
ヤンデレ一号純白魔法少女のマリーの言葉に、ヤンデレ二号グラップラーシスターことマリアが問いかける。
「たまにねぇ。並列思考の全てを一つの物事に集中させたりするとこうなるの。」
通常、どんなに集中していても人は外界からの刺激によって意識を内から外へと戻す。
ただ並列思考が可能な者は少々事情が異なる。
並列思考は本来使用されない脳の空き領域を効率的に利用するための技術だ。
しかし、全ての空き領域を使用すると、想定していない「刺激」には非常に無防備・鈍感になってしまう。
作業にあまりに熱中してしまうと、指や手に多少の怪我をしても痛みに気付かなかったりする事があるが、その拡大版だと思えば良い。
特にひでおの様に空き領域が殆ど存在しない程に並列思考を使いこなしている者はこの傾向が強い。
そのため、大抵の場合は並列思考の内一つ以上を必ず外界へ向けるように決められているのだが……。
「信頼されている、と判断して良いのでしょうか…?」
「けどますたーの事だから…。」
「友人以上恋人未満、といった所かしらねぇ?」
「…………切ないです。」
はぁ…とその場にいた三人の乙女が溜息をついた。
「いっそ何か悪戯でもしますか?」
「ほう?」
「へぇ?」
マリアの零した一言に、ウィル子とマリーがギラリと瞳を輝かせる。
「…言っときますが、冗談ですよ?」
「ウィル子、カメラってある?」
「PC内蔵のものならあるのですよー。」
笑顔のマリアの質問に、やはり笑顔で応えるウィル子。
……この二人、本質的には秩序を守る天使と混乱を齎すコンピューターウィルスと対極にありそうなのだが、嗜好の面は見事に一致しているらしい。
「や、止めなさい2人とも!淑女としてはしたないと思わないんですか!?」
これからどんな事が行われるのかを2人の雰囲気から察知したマリアが赤面しながら止めに掛かる。
もっとも、彼女1人が常識を声高々に主張したとしてもこの2人には意味が無い。
「あら?貴方は見たくないのかしら?」
「にほほほ、本当は興味ある癖に~。」
「失礼な事を言わないでください!婚前前の女性が男性に、い、如何わしい事をするなど言語道断です!」
しかし正論に意味は(この場においては)無い。
「まぁ待ちなさい。これは確認のためよ。」
「…一応聞いておきましょう。」
胸元に待機させている神器を何時でも取り出せるようにしながら先を促す。
「将来私達はハーレムだろうが何だろうが、ひでおと良い仲に成る事は決めているわね?」
「えぇ、その通りです。」
キリリと真面目な声音のマリーに、ついついマリアも真面目な調子で返す。
「でもその際、経験の無い私達でひでおは満足するかしら?」
「………………………………はい?」
あまりの言葉に目が点に成るマリア。
まぁ長い事一緒にいる相方が突然そんな事を言い出したらそうなるだろう。
「そう言う訳で、私達はひでおの(ピー)を確認して将来の予習をしておくべきなのよ。」
「なんでそうなるんですかぁ!?!」
余りと言えば余りの爆弾発言に、遂にマリアは神器を取り出し振りかぶる。
その威力はSランクの魔物も一撃で撲殺可能、マリーには屁でもないだろうがそれでもタンコブ位はできるだろう。
「あら、ここで暴れるの?」
そうだった。
ここはダンジョンでも戦場でも、ましてや区画全域が特殊装甲と各種防御・修復魔法で守られたイスカリオテではない。
マリアが全力で神器を振るえば倒壊の恐れすらあるごく普通のアパートなのだ。
「ッ!」
慌てて急制動をかける。
だが、神器「神聖具現」は全長3mの巨大な十字架、質量もそれ相応のものがあり、咄嗟だったので殆ど本気で腕を振ってしまった。
加速した神器を止めるために腕に逆向きに腕を動かすには、支えとなる足はどうしても踏ん張らなければならない。
結果として、マリアは隙だらけになってしまう。
「えい♪」
「んんッ!?」
勿論それを見逃すマリーではなく、一瞬にしてマリアは複数の拘束系の魔法でがんじがらめにされしまった。
……縛り方が亀甲縛りなのはネタなのか趣味なのか判断がつかないが、それはさておき。
「って、神器が起動しない!?」
「うふふふふ、対処済みよ。」
正確には神器を起動させるための感覚が誤変換或いは送信に失敗しているので、普段の様に起動できないのだ。
無駄な所で「億千万の目」としての本領が発揮されていた。
「うふ、うふふふふ♪」
「には、にはははは♪」
「あ、あぁぁああぁぁぁ…っ…。」
現状を把握したマリアが絶望の吐息を零すのに対し、電子ウィルスと堕天使は満面の笑みを零す。
邪魔者はいなくなった。
後は獲物(と書いてひでおと読む)をどう頂くか。
「さぁさぁお楽しみの時間なのですよ~。」
「うふふ、録画は任せたわウィル子ちゃん♪」
「電子機器ならお任せあれ!このカメラならブルーレイハイビジョンでばっちりなのですよ!」
「うふふふふふ…♪」
「にょほははは…♪」
「ごめんなさい先生…無力な私を許してください…。」
せめてばっちり心のマイピクチャに記録しますので。
マリアもまた2人と大して差は無かった。
(まさか、とは思っていたが……。)
ひでおは今までに得た全ての情報を整理していた。
異空間に浮かぶ大都市と、そこにいる人間とそれ以外に者達。
地下ダンジョンの構造と、そこに巣食う者達。
聖魔王一派の方針と、アルハザン側の思惑。
そして、金髪聖人ことバーチェス個人の能力とその思惑。
一つ一つはまるで別々の案件だが、「二度目」で得たひでおの内の膨大な知識と経験はそれらの隙間をまるで建築の様に埋め、繋いで、予想し得る複数の結果へと導いていく。
ことイスカリオテ最高幹部であった自分を含めた金髪聖人・蛇目シャギーの三人に関しては未来予知染みた予測が可能だ。
嘗て2000年もの間、死力を振り絞って働き続けたのは伊達ではない。
仕事を部下に押し付ける蛇目シャギーに、部下の仕事を手伝いまくった過労により倒れる金髪聖人に、何時果てるとも知れない白い山脈に挑むが偶に脱走を試みるえるしおん。
3人が3人とも他2人を生かさず殺さず、どれだけ効率よく仕事を押し付けるかを競い合っていたあの長い日々。
3人の内誰もが仕事漬けになってもそれを解決できるだけの能力があったからこそ、人外の知識すら利用した3人の不毛な戦いに終わりは無かった。
時に勝利し、時に敗北し、時に部下に休暇を出してその分働いていたえるしおん。
時に勝利、時に敗北し、時にフィエル・エルシア母娘の接待をさせられる蛇目シャギー。
時に勝利し、時に敗北し、時に休日の家族サービスで更に酷使される金髪聖人。
イスカリオテ機関上層部の面々の当たり前の日常であった。
懐かしい日々を回想するのはさておき。
多少この世界でのアーチェスと二度目における差異はあるものの、そこら辺はウィル子に情報収集してもらったので、それらを考慮に入れて修正を施していく。
更に比較的可能性の高い複数の結果を適宜情報を追加して再び比較・検討していけば、答えは徐々に少なくなっていく。
そして、結果は2つに絞れた。
(支配か、それとも死ぬ気か?あのバカ者が…。)
自分よりも馬鹿真面目な気質のあるあの男が何故、とも思う。
だが逆に言えばだからこそ、と思いもする。
しかし、しかしだ。
(止めねばなるまい。)
彼はこの世界に必要な人材だ。
能力・経験・人格・人脈。
武力と知名度ではダントツな聖魔王一派に足りてない数少ない要素をアルハザンは、アーチェスは持っている。
それに、彼ならきっと鈴蘭に突き付けるだろう。
「世界」というものの重さを、その底辺に住む者達の思いを。
それはきっと彼女を大きく傷つける。
だが、それは彼女が大成するには絶対に必要なプロセスでもある。
(となれば、オレがすべきはやはり……。)
如何にしてアルハザン側を止めるか、その一点に尽きる。
(幸い、この流れに気付いているのはアルハザンを除けば今現在オレだけか…。)
もしかしたらアルハザン側でも全員が把握している訳ではないかもしれない。
それだけ、ひでおが辿りついた可能性は破滅的で、独善的で、馬鹿らしいものなのだ。
(後は実際にこの目で見て判断すべきだな。)
思い立ったが吉日、ひでおは自己に没頭していた思考を外界へと向けた。
「えーと……。」
これは一体どういう事でしょうか?
ひでおさん達が住む部屋に、お隣さんとして作り過ぎた昼食の余りを持って来たのですが……何だか妙な事態に遭遇してしまいました。
ひでおさんが仰向けに布団の上で寝て、マリアさんが亀甲縛りで放置されて、ウィル子さんがビデオカメラで撮影していて、マリーさんがひでおさんを脱がそうとしていて……あれ?何だか脳が理解するのを拒否している様な…?
「ま、混ぜてください?」
『いかん!?いかんで御座るよ美奈子殿!?そっちに染まっちゃダメー!?!』
はっ、あまりの光景に思考が変な方向に。
えーとえーと、今本官がすべきなのは…
「む?何だ一体?」
ひでおさんが目を覚ました様です。
「あら、おはようひでお♪」
「……………マリー、取り敢えず服に手をかけないでくれ。」
押し倒されて着衣の乱れがあるひでおさん、馬乗りになって服を脱がそうとするマリーさん。
はぁはぁ息を荒げながら撮影するウィル子さん、縛られているのにしっかり事の成り行きを凝視しているマリアさん。
本官の頭の中で全てがぴたりと嵌りました。
同時に顔面に血液が集まるのが自分でも解ります……原因は羞恥:怒りがそれぞれ3:7位で。
「じ、児童福祉法34条違反容疑で全員逮捕ですー!!」
と、取り敢えず皆さんお説教です!
結局、何時も通り岡丸を振りかぶって突撃する美奈子(会計課勤務・交通課志望)であった。
どうも岡丸の声が最近知名度の上がってきた某パシリ忍者の声に変換されてしまうw