それいけぼくらのまがんおう!第13話
「戦慄!雨の中からこんにちは!」編
大出力の魔法攻撃を受けた際、先頭集団に属するそれぞれのペアの運転役の判断は正確だった。
即ち、ハンドルを切りつつ、ブレーキないしアクセルを踏み込んでの回避動作、それもプロ並の反応速度でそれを実行してみせた。
「うきゃあああぁぁぁぁ!!?!?」
危うくバランスを崩し、スピンしかけたディアブロの中で、鈴蘭が叫ぶ。
「一番物騒なのが来たぞ!」
冷や汗混じりに叫ぶひでおに反応し、更に追加の火球が降り注いでくる。
その大半は三台の中で最も先頭の一台、つまり、ひでお達に向かって降り注いでいた。
「リュータ達か!?」
返答の代わりに、今しがた追い付いてきた後方の車から更に多数の火球が飛んでくる。
そのどれもがひでお達目掛けて飛んできており、当たれば幾らこの車が頑丈でも耐え切れないだろう。
「ひえええぇぇぇぇぇぇ!?!?!」
叫びつつもハンドルを切り、火球の軌道を予測し、全弾回避し切るウィル子。
当たれば即死級の攻撃が次々と降ってくるのだ。
修羅場の経験が未だに少ない彼女にとって、如何程のストレスかは想像したくなかった。
「ウィル子、脇道!!」
「は、はいです!!」
そして、ひでおは現在の状況を顧みて、モアベターな選択を取った。
周辺に着弾する火球、それが誰のものなのかを見ずとも解ったひでおは即座にコースの変更、つまり、高速の直線コースから遮蔽物やカーブの多いテクニカルコースへの変更を指示した。
「ルートを再検索!なるべくカーブの多いコースを…!」
「解りました!」
だが、その判断は少々遅かった。
背後を見やるひでおの視界に、直撃コースの火球が見える。
弾道と車の機動性、路面の状況や風向き等を考慮し、数秒後の結果を予測する。
しかし、結果は無情なものだった。
(間に合わんかッ!)
直撃こそしないものの、車体の構造に大打撃、ないし至近弾の余波による横転は免れない。
だから、ひでおは数日前の様に、自分の内側から神器を呼び出した。
神器「狂い無き天秤」、代価を払う事で担い手の身を守る、この世でただ一つの天界由来の神器。
外見は真鍮に似た輝きを持つ天秤を先端にした2m足らずの白杖。
そんな芸術品にも似た美しさを持ったそれは、その名の通り、一切の狂い無く効果を発揮する。
「…………ッ……。」
身体の奥底からごっそりと何かが持っていかれる感覚。
魔導力ではない、魂や精力とも言えるものを代償にして、虚像の火球が作り上げられ、向かってくる本物へと衝突し、その射線を大きく反らした。
元より人と最上級の魔族の身、相殺できるとは思っていない。
しかし、本気ではない攻撃を僅かなりとも反らす事は脆弱な人の身でも可能だった。
「っく……!?」
「ますたーっ!?」
ぐらり、と姿勢を崩してひでおが座席に身を預けた。
その只ならぬ様子に、ウィル子も思わず声を荒げた。
たかが一撃、それも相殺ではなく反らすだけ。
だが、それでもひでおには負担が、それも普段よりもかなり大きな負担が圧し掛かった……それこそ、不自然な程に大きく。
それが意味する可能性を至ったひでおは、朦朧とする視界の中で常には有り得ない光景を見た。
視界を流れていく無数の数式。
主に0と1で構成されたそれらは、本来なら専門職の人間でもない限り、そこに含まれた意味を読解する事はできない。
しかし、何故かひでおにはそれらの数式が意味する事が理解できた。
都市全体の地図、絡み合うギア、燃料の噴射回数、その他諸々のレースに必要であろう情報……。
凡そ人間では理解できないようなそれらを見て、ひでおは己の意識が薄れていき、引き込まれていくのは感じ取った。
同時に、ひでおは己の意識の内、それらの数式の解析に回していたものを強制的に切断した。
「ヒデオッ!?えぇい、クソ!」
「翔希、後ろ!!」
急に路地に入ったひでお達に通信を繋げようとするが、その途端、今度は翔希とエリーゼ目掛けて、エルシアの光球が放たれる。
「…ッ!!」
車体を思いっきり傾け、回避する。
だが、その光は如何なる熱量、魔導力を持っていたのか、エリーゼが展開していたミスリル製のベールを蒸発させ、バイクのバランスを大きく揺るがす。
それを神業的なテクニックで立て直す内に、今度は代わりとばかりにリュータとエルシアが前に出ていく。
そして、その前を進む真紅のディアブロが先には行かせないと更に加速する。
結果、ひでお達を除く先頭集団の三台は、ひでお達とは一本違う道を通る事となった。
「ちぃっ!オレの狙いは川村ヒデオ唯一人!テメェらなんざお呼びじゃないんだよ!!」
『ふ、貴様こそ!軍人崩れ風情が出しゃばるな!』
『おいおい、オレを忘れてもらっちゃ困るぜ!』
ギリギリと風圧を感じながらも、誰一人として勝負を捨てるつもりの者はいなかった。
何時の世も、漢達とは早さ比べがしたいものなのであった。
「にしても、さっきのアレ。ヒデオの『奥の手』って奴か?エルシア、あれ知ってるか?」
「いいえ、初めてよ。」
そんな中、リュータは自分の狙う相手の装備について、底の知れないパートナーに尋ねていた。
ライバル視するヒデオが使った、エルシアの魔法すら無力化してみせた正体不明の神器。
先日の吸血鬼との勝負から噂される正体不明の神器と魔眼について、このお姫様なら何か知っているのではないかと考えていた………最も、期待していた情報は得られなかったが。
「ただ…葉月の作品じゃないわ。葉月のは冗談みたいなものでも、実用性が高いから。」
「あ?葉月って、あのドクターだよな?それに、実用性が低いって何でだ?」
リュータの疑問に、エルシアは一瞬の沈黙を挟みつつ、短く告げた。
「ヒデオには魔導力が無い。だから、魔法の類は使えない」
「そりゃどういう…?」
もう言うべき事は無い、とばかりにそれきりエルシアは黙った。
リュータも無理に聞くと身の安全は保障されないと感じたのか、それともレースの方に集中すべきと考えたのか、その事について聞くのは止めた。
彼はこの時何故この事を掘り下げなかったのかと、後に大きく後悔する事になる。
「…っ……ッ!!」
「マスター!!」
強制切断の揺り戻しに、朦朧だった視界が酷い頭痛ではっきりとした。
元々危険な魔導書による精神汚染対策の比較的原始的な手法なのだが、それ故に魔導力が無くともできるのが幸いだった。
御蔭で、情報過多から精神を保護するための気絶に陥る事は無かった。
「マスター、ウィル子には何となく解るのです…普段マスターが何を考えているのかが。」
「……それは……。」
ウィル子の言葉には、身に覚えがあった。
自分が言葉として放つ前に、ウィル子がこちらの意志を組み取って動く事は多々あった。
ついつい阿吽の呼吸とかそういうものだと思っていたが、どうやら2人の繋がりから来る共感とも言える現象が起こっていたらしい………それも、常時発動している事から結構強力な繋がりだ。
これは使い魔や召喚獣の契約、念話等で時折見られる現象だったのだが、ちょくちょく内心を読まれる事に慣れ切っていたがために、ひでおはその事に違和感を抱く事ができなかった。
「今マスターが目にしたのはウィル子のお仕事です。今はマスターの射撃や指示、エリーゼと翔希達の御蔭でトップを取れていますが……それだって、プロドライバーを真似るだけじゃなく、常に全ての制御プログラムを状況に応じて書き換えているからです。」
確かにそれ程までの仕事をしておきながら、使用しているのは最新式とは言えど、普通のノートPC。
先日、葉月も言っていたが、今のウィル子では、数式を処理するには圧倒的にマシンパワーが足りないのだ。
今しがた己が見た仕事を全て一度にこなす事など出来る訳が無い。
となれば、足りないものは他から持って来るしかない。
そして、神霊の類が最も効率良く力を増すために必要なのは、ただ一つ。
「そういう事か……。」
それは、ひでおが神器を使う度に、代価として差し出しているモノであり、全ての意志ある存在に平等に存在し得るものだ。
即ち、魂とも言える、存在そのものの根幹要素。
「おかしいとは思ってたのです。レースが始まってから、余りにも調子が良過ぎたので……。」
「いや、オレも気付いてしかるべきだった。」
そうだ、先程神器を使用した時、普段よりも代価が大きく感じられたのは、他からも吸い上げられていたからだった。
否、そもそも彼女の宿った旧式のPCを拾った時に感じた妙な悪寒。
旧式のPCではそもそも実体化など夢のまた夢であったのに、彼女はPCを拾って直ぐに実体化してみせた。
思えば、既にあの時から、このつながり始まっていたのだろう。
即ち、搾取する側と搾取される側は。
「どうやら、ウィル子は本当にウイルスで、マスターに寄生していないと何もできない。それどころか、このままじゃマスターの命だって……。」
そこから先は言葉が途切れた。
言うまでもない。
代価を払い切れなくなった時、それはこの関係の終わりと自身の死を意味している。
それは、神器を使う時には何時も思っている事だった。
だが……
「………まぁ、奇跡の代価としては、安いだろう。」
「え……?」
「ここまで、連れてきてもらった。」
そうだ、代価としては安い。
何故か拾った三度目の生、それを何処か燻り続けながら過ごす事は、如何程の苦痛だっただろうか?
例えマリーやマリア達がこの世界に訪れたとしても、彼女達の知覚と言えども絶対ではないのだ。
見落とすか、オレをオレとして認識できなかったかもしれなかった。
だが、今のオレは二度目程に殺伐としない状態でこちら側に関わり、それなりに物騒ながらも充実した日々を送っている。
そして、天文学的な確立で嘗ての同盟者と教え子にも再会できた事も重なり、二度目に残してきた憂いも払われた。
結果だけを言えば、普通の人生を送っていれば絶対に解けなかっただろう問題を解決する事が出来、尚且つ、(問題はあるものの)昔馴染とも再会できたのだ。
たかが寿命が縮まる程度、たかが存在がすり減る程度、この奇跡の前には安いと断言できる。
「それに……。」
否、これは余計だ。
そう思い、頭を振るって思考を切りかえる。
「レースはまだ始まったばかりだ……行くぞ。」
「は、はい!」
平静を取り戻したひでおを見て、ウィル子は嬉しそうに返し、ハンドルを握り直す。
車の状態は良好。
モーター、エンジン、共に適度に温まっている。
タイヤの摩耗も想定内。
被弾も必要最低限。
「実を言うと、マスターが気力に満ちている時は……」
ならば、後すべき事は……
「ウィル子も調子が良いのですよー!!」
ただ走り抜けるのみッ!!
ヴオオオオオオオオオオオンッッ!!!!!
風を大きく切り裂きながら、MNK-Eが第2チェックポイントを通過していく。
通常の市販車なら揺らぐ程の高速も学術都市の一品、表面に刻まれた模様によってダウンフォースを発生させる特殊装甲を持つこの車なら、小揺るぎもしないで済む。
そして、他の三台が我先にと後に続いていった。
「……………。」
「どうしました?」
高速で走り続ける中、ひでおが空を見上げていた。
ウィル子の疑問にも声を返さないその姿は、ただ周囲の状況に意識を傾け、何かを探っている様にも見える。
「空気が変わった、一雨来るぞ。」
見れば、徐々に黒い雲が流れてきており、都市内のリアルタイム天気予報でももうすぐ降りだすだろう事が予想されていた。
ひでおは大気中の温度・湿度の変化、雲の動きから天候の変化を予測してみせたのだ。
…魔導力も無いのに結構な人外ぶりを発揮する元財界の魔王様だった。
さておき
「うげ、雨ですか!?ウェット路面になれば、今まで以上の制御が必要に…!」
そうなれば、ひでおへの負担も増すだろう。
今は神器を使っていないからこそ多少身体が重い程度だが、今後より高度な制御が必要となれば、その負担は確実に大きくなっていく。
『さぁ、既に自然区に入った先頭集団、依然として熾烈なカーチェイスが続いております!…あっと!ここで後方から白い車が1台、無謀とも言える速度で追い上げてきます!これは早い!』
唐突に響いたその実況に、ひでおは自身の首筋がちりちりとしたのを感じ取った。
「……違うな、あの二人じゃない。」
ぼそり、と呟かれた相棒の言葉に、ウィル子は警戒を新たにしつつ、困惑した様に眼を向ける。
ウィル子はあの2人、マリアとマリーが今回は敵方(と言うか参加者)として向き合う事は、漠然とだがひでおから聞かされていた。
しかし、既にレースは佳境であり、半分近くを過ぎている。
なら、何処から来る?
嫌な感じを覚えつつ、ウィル子はハンドルを握り直し、レースに意識を向けた。
そして、後方にちらりと一台の車が目視できるようになると、ひでお達以外の先頭集団が途端に騒ぎ始めた。
『まだ追い付ける奴がいたのか!?』
『ふん!今更お呼びではない!!』
『おいおい、勝負の邪魔してくれんなよ!?』
威勢の良い、更なる敵の出現に対し挑発する様な三人の言葉が好戦的な笑みで放たれ……
『邪魔よ、ドン亀共。道を開けなさい。』
無線から流れ出るその言葉に、一同見事に凍りついた。
カアアアアァァァァァァァァァァッッ!!!!
直後、激しいエンジン音と共に、1台の白い車にひでお達を含んだ先頭集団全員が一瞬で抜かれた。
『いったあああぁぁぁぁぁぁぁ!!逆転~~っ!!たった今、一位を堅持し続けていたひでお&ウィル子ペアが5位に転落!情報によると、後から来た1台は美奈子&岡丸ペア!な、なんと30分遅れのスタートからの1位浮上っ!?先頭集団の並いる超高級車を相手に奇跡の大逆転を起こした1台の名は……!?!』
使い慣れた愛機の鼓動に美奈子は酔い痴れ、満足そうな笑みを浮かべた。
スプリンタートレノ、その原動機の名は4A-GE。
嘗て富士において、後にキングと呼ばれる男により奇跡の6連勝を果たした究極の名機である。
「何処の豆腐屋ですか~~~~っ!!」
「……まさか走り屋だったとなぁ…。」
ウィル子の叫びにうんうんと同意するひでおだった。
…と言うか、走り屋が警察官やってるってどうよ?
「い、今計算しましたが、あの婦警アベレージ150km近い速度で追ってきた事に…!」
「流石に予想外だな。」
非常識の世界にどっぷりと浸かっていたために、余り動揺していないひでお(感覚が麻痺しているとも言える)と違い、ウィル子の言葉に全員が切迫した表情となる。
見れば、美奈子の駆る白黒のAE86型スプリンターはコーナーの度にダンスの如くリアを躍らせ、なお距離を開けようとしている。
『おい社長!あのポンコツ、ロケットモーターでも積んでんのかよ!?』
『同感だ!峠でよく見るが、あんなに早さが出るもんなのか!?』
『馬鹿をぬかせ、クソガキども!そんなノズルが何処に見える!?あのハチロクはエンジン換装すらしてなかったんだぞ!』
『そうね、社長さん。』
先にも増して騒々しくなった三者の通信に、今度は美奈子の声が響く。
『でも、ハイカムにハイコンポ。サスは少しへたってるけど、タナベの15インチにSタイヤの七部山……十分過ぎる。』
『何?』
『聞こえなかったの?あんた達みたいなドン亀を置いていくには、
十分過ぎるって言ってるのよ!!』
続けられた言葉に、貴瀬・翔希・リュータのボルテージが上がっていき……
『私はシーサイドラインのダンシングクイーン!4AGを使わせた私は誰にも止められない!!』
ぶ ち ん ☆
そして、それにキレない男は(ひでおを除いて)この場にはいなかった。
『何処のシーサイドだ!テンロク風情が舐めるなぁぁぁ!!!』
『その勝負乗ってやらぁぁぁぁ!!!』
そして、美奈子の言葉に乗る様に、貴瀬とリュータの怒声がスピーカーから響き、ひでお達以外の三台が一気にスピードを上げていき、忽ちひでお達は6位に転落してしまった。
「ど、どうしましょう、マスター!?」
「取り敢えず、今はこのままで行こう。」
デットヒートを繰り広げている他の面子をさて置き、ひでおは現状維持に終始する事にした。
「余りブレーキを使用しないように。この先、下り坂がある。」
「あ、成程!」
普通自動車の中でも結構な重量級の者には、レースにおける下り坂は鬼門と言える。
盛んにブレーキを使用している貴瀬達がこのまま突っ込んでしまえば、下り坂で思う様にスピードは出せなくなる。
となれば、車重の軽い美奈子達と翔樹達が有利となるだろう。
今は差を付けられるだろうが、それでもコースアウトの果てに失格するよりも遥かにマシだろう。
「好機は必ず来る、危機もまた同様。なら、最高のタイミングで迎え撃つぞ。」
「は、はい!」
「あらあら、うふふ♪」
本当に、あなたって視てて飽きないわね。
私達の人格や能力、そしてレースの推移から何処で現れるかを推測する。
言う分には簡単だけど、実際の難度は言うまでもない。
クスクスクス!
そう、それでこそ私が、私達が惹かれた者!
簡単に捕まっちゃ詰まらない!
何年も何十年も何百年も、時と空間の狭間を漂って、漸く見つけたんですもの。
もう少し位、楽しんでもいいと思うのよ。
まぁ、マリアはもう焦れて仕方が無いって感じだけど……あの子を宥めるのは私の役目じゃないわ。
淑女を此処まで待たせたんだもの。
それ位はしてもらわなくちゃね♪
ねぇ、私達の イ ト シ イ ヒ ト