ルイズ達がラ・ロシェールに到着したころ、ジョルジュ、モンモランシー、アニエスの三人は暗くなった森の、夜盗に襲われた場所から少し移動した崖の上にいた。既に辺りはしっとりと暗くなっていて、月の灯りと、アニエスが持ってきた松明が無ければ辺りは一メイル先も見えないだろう。
アニエスがおこした小さな焚き火の傍に、モンモランシーは荷物を椅子代わりにして座り込み、タバサ達が迎えに来るのを待っていた。
少し離れた場所には縛った夜盗達が転がっており、ジョルジュが錬金したゴーレムが彼らを見張っている。
「少し冷えてきたわね。やっぱり山の中だからかしら?」
昼とは違い、吐く息にも若干白色がかかる。モンモランシーが空を見上げると、木々の開けた上空には既に双子の月と星が彼女を照らしていた。モンモランシーの近くには周囲を見張っているアニエスしかおらず、ジョルジュはというと、夜盗達からなにか聞いた後にそのまま森の中へと入っていった。
「本当に申し訳ありませんでした。私の部下の所為でこんなことに・・・」
周囲を見張っていたアニエスはモンモランシーの近くに寄ると、片膝をついて頭を垂れた。もう何度も謝ってくる。モンモランシーは軽いため息を吐き、アニエスの方を向いた。若干彼女の顔が青ざめて見えるのは、自分の部下がした事を気に病んでいるためだろうか。
「いいわよアニエス。あなたの所為じゃなし、それに皆も無事だったんだから」
先程から同じやり取りをしているのだが、アニエスの気持と表情を見ると何とも言えなくなる。確かに自分の部下が貴族のメイジを馬で轢いてグリフォンを奪い、ルイズを連れ去ったのだから。身分詐称や貴族への暴行に加え、下手すれば貴族(ルイズ)の誘拐まで罪状が出てきそうな部下を出した部隊にはそれなりの処分があってもおかしくはない。
勿論、あのミシェル本人は死刑になってもなにも文句は言えない内容だ。その場でワルドに処刑されなかったのが不思議なくらいだ。しかも、ワルドにばれた後のミシェルの事を考えると余計そう思う。
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夜盗からの襲撃を凌いだ後、ルイズを連れてきたミシェルの悪事がバレてしまった。ミシェルは逃げようとしたが近くにいたアニエスにあっという間に捕らえられ地面に倒されてしまった。そしてワルドの指示でミシェルは縄で縛られてしまった。
『アニエス君、そのまま彼女を動けないようにしてくれ。このままラ・ロシェールを管轄している貴族に引き渡して王宮に送還してもらおう』
『ちょ、ちょっと先輩!!?ここは私の事を察して逃がすんじゃないんですか!?なんで捕まえるんですか?先輩に縛られるのはありがたいですけど今じゃないっすよ!こういうのはもっとムーディーな場所で・・・』
『なにバカなこと言っているんだこんな時に!お前は何てことしでかしたのか分かってるのかッ!?』
アニエスはミシェルの頭に拳骨を一度振り下ろした。鈍い衝撃が頭に伝わると同時にミシェルの口から「ぐぇ」とカエルの鳴き声のような声がもれる。
『勝手に私を追ってきたばかりか姫様の名を借りた身分詐称なんかして!おまけに魔法衛士隊のワルド殿を馬で跳ねるなんて、死刑になっても文句言えんぞ!?』
『私はただ、アニエス先輩の事が心配で!護衛と称して貴族のガキ達に夜の護衛もさせられるのかと思って・・・』
ミシェルの言葉に最初、何をいっているのか分からずにキョトンとしてしまったアニエスだが、意味が分かった瞬間、彼女の顔がみるみると赤く染まっていった。
『な、ななななにをいっとるんだミシェルお前はぁぁぁぁっ!!!??』
アニエスの声が森の中に木霊した。縄で縛られたミシェルの両肩を掴んで立ち上がらせ、尚も彼女になにか言おうとしたが、アニエスが喋る前にワルドが近寄って来て口を開いた。
『ミシェル君、君は僕の任務を邪魔したばかりかルイズを連れていくなんて。もし彼女が危ない目に遭ったら君はどう責任を・・・』
『先輩と喋ってんだから口挟んでくんな残念ヒゲ』
『・・・・・・・・・・・・・・・』
ミシェルの敵意がこもった言葉に、既に暗くなって寒くはなっているが、場の雰囲気はさらに冷たくなる。アニエスは目を丸くしてワルドを見ているが、ワルドの顔からは既に固まった頬笑み顔しか見れない。誰が見ても、ワルドの表情が作られているのが分かる。
『それと気安くミス・ヴァリエールの事をお名前で呼ぶなよ。子爵の癖にマナーがなってねえな』
思わずのアニエスの口から「もう止めて!」と出てきそうになった。しかしそれよりも早く、ワルドが声を震わせてアニエスに指示を出した。
『・・・・・・・えーとアニエス君?』
『ハィ・・・・ナンデショウカ』
怒りを滲ませたワルドにアニエスの背筋はギュッと締め付けられるような感じを覚えた。
『街に連れていくまでにも少々騒がしくなりそうだ。彼女が静かになる様に施したらグリフォンの後ろに積んでくれ』
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「アナタの部下のミシェルも凄いけど、子爵もよく我慢したわね。後ろから聞いてたけど、いつミシェルが殺されてもおかしくなかったわよ」
「ホントに私もそう思いますよ。」
アニエスは周囲の見張りがてら集めていた小枝を細くなった焚き火の中に入れていきながらため息を吐いた。
それから、さるぐつわを噛ませたミシェルをグリフォンに乗せた後に馬で追ってきたサイトとギーシュもこの場所までやってきた。当初は二人が乗ってきた馬で街まで行こうという案が出てきたが、長距離を走ってきたサイトとギーシュの馬にも限界がきていた。そこで街までワルドのグリフォンとタバサのシルフィードで運んでもらうという事になったのだった。
ワルドはルイズにグリフォンに乗るよう誘うのだったが、ミシェルの件もあってか乗るのをやんわりと断ってからシルフィードの背中に乗った。ルイズに断れると、ワルドは別の誰かを乗せるワケでもなくさっさとグリフォンに跨ってしまった。結局、ワルドはグリフォンにミシェルを、タバサのシルフィードにはキュルケとルイズ、そしてサイトとギーシュというアンバランスな分担でラ・ロシェールに行くことになったのだった。
「それにしてもあのワルド子爵も大丈夫なの?なんか既に傷だらけだったけど」
枝を入れられて再び勢いを戻した焚き火に手をかざしつつ、モンモランシーは初めて会ってから思っていた疑問をアニエスに尋ねると、アニエスも「そうですね」と呟き、少し考えるように首をかしげた
「ワルド殿は王宮では異例の若さで衛士隊の隊長になったと聞いています魔法衛士隊は大変な任務が多いとも聞きますのでその所為かもしれません」
「そうなんだ。だけどなんか感じ悪いわ。なんかやたらとルイズに絡んでいて、私たちなんかいないように話をすすめるしね。メイジとしてのどうなのよ全く」
「まあ、仕方ないですよミス・モンモランシ。朝からミシェルに馬で跳ねられてるんですから。怒っていない方が・・・・・」
自分で説明をしていて落ち込んだのか、アニエスの声はドンドン小さくなっていった。
「ホント、どうなることやら・・・ウウ」
「ちょ、ちょっとアニエス?」
過度なストレスの所為かお腹を押さえてしまったアニエスに、モンランシーが慌ててバックから応急用の薬を取り出してアニエスに渡す。そこへ丁度森の中に入っていたジョルジュが戻ってきた。
「ふぃ~寒くなってきただよ。タバサ達もそろそろ迎えに来てほしいだね」
ジョルジュは手を擦りながら焚き火の傍にくると、アニエスの横で手を前に出してあぶりはじめた。アニエスの隣にジョルジュが来た事に、モンモランシーはムッと眉をしかめた。
「あ、アニエスさんも座って少し休むといいだよ。オラとゴーレムが見張ってるから」
「いやいやとんでもない。ミスタ・ドニエプル、あなたこそさっきから動き続けているじゃないですか。ここは私が見張っていますから休憩をおとり下さい」
「んなことはねえだよ。アニエスさんこそ・・・・」
「で、で!なにか分かったのジョルジュ?」
アニエスとジョルジュの会話を遮る様にモンモランシーが大きな声でジョルジュに尋ねると、ジョルジュは「おおっ!」と少し大げさに声を出した後、火であぶった手を首の回りにあてつつ、モンモランシーの方に顔を向けた。
「いんやぁ、あの人たつさに何度か聞いたけんど、只の物盗りとしか言わねえし頑固だったぁよ。だども、ゴーレム使ったらやっと口割ってくれただぁ」
「ゴーレムってあそこの?」
モンモランシーとアニエスが夜盗達のいる方へ目を向けると、縄で縛られて倒れている夜盗達の間を、のろのろと動くゴーレムがいた。夜盗に襲われた際にジョルジュが錬成しようとしていたがタバサ達の登場で見られなかったが、気付けばいつの間にか造られており、今は月の光の中でゆっくりと動いていた。
(そういえば、ジョルジュの造ったゴーレムは何回も見た事あるけど・・・あのゴーレムは見たことないわね)
ジョルジュはゴーレム作成を得意としている。土のメイジとすれば当然の事かもしれないが、ゴーレムの質、大きさはメイジの魔力や技術によって異なる。ギーシュが造る青銅のゴーレム『ワルキューレ』とジョルジュの火薬のゴーレム『ジャック・ランタン』のように。そして動きの速さや滑らかさもメイジの技量によって左右されるのだ。今まで見たジョルジュのゴーレムの動きは相当スムーズであったが、今、目の前で動いているゴーレムの動きは、なんというか、生々しい。まるで本当に人間が動いているような感じがするのだ。モンモランシーとアニエスの背中にゾクッと寒気がはしった。
((こええ……))
モンモランシーとアニエスがそう思っていると、ジョルジュは一度細いため息をした。それに気付いた二人はジョルジュへと再び顔を向けた。心なしか僅かに険しくなったようにモンモランシーには思えた。
「誰かに雇われて襲ってきたってさ」
「「え?」」
二人は同時に声を漏らした。
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「なんですと!?」
ジョルジュの言葉に、隣で聞いていたアニエスが目を大きく開き、思わず声を上げた。彼女の声が暗い森の中に反射し、上空で長い間響いた。
「ちょっとジョルジュ、それ確かなの?」
アニエスに続いてモンモランシーもジョルジュに尋ねるが、ジョルジュは首を静かに達に振った。
「さっきあの人たちさ見てみたけど、みいんな歳くってて、体や目つきもすげかった。今日みたいな襲撃も一度や二度の筈じゃねえだ。おそらく傭兵や長い事盗賊稼業をしているだよ」
ジョルジュはそこで一呼吸おき、
「なのに、何でオラ達を襲ってきたのが気になっただよ」
「なんで?」
モンモランシーが尋ねるとジョルジュは彼女の質問に答えるように話を続けた。
「こういう人たつ程、『確実に』仕留められるヒトさ狙ってくるさ。しかもここはトリスタニアからラ・ロシェールへの通り道。商人の馬車なり行商人なんていつでも通るはずさ。わざわざメイジの、しかも複数相手に戦ってもなんの得にもならねーだ」
頭をポリポリと掻きながら喋る話の内容はかなり衝撃的なものだ。確かに、いくら彼らが優秀な傭兵や盗賊だとしても、複数のメイジを相手にするのはかなり無謀に近い行為だ。では、何故彼らが自分達を襲撃したのか。選択肢としては、『金品とは別の目的があるか、襲撃するだけの見返りや報酬を手に入れている』か。
焚き火の火が少し小さくなり、アニエスは再び火の中に枝を数本入れる。
「つまり、あの夜盗達が襲った理由は、物取りや人質なんかではないということですか?」
「うん、そう思ってオラのゴーレムを使ってさ、リーダーっぽい人にホントのことさ‘話してもらった’だよ」
どうやらジョルジュがさっき森の中に入っていったのはそのためだったようだ。盗賊の一人を連れていき、そこで口を割らせらしい。モンモランシーの方からだと、視界の端にのそのそと歩くゴーレムの姿が見えた。モンモランシーは思わず視界からゴーレムを外した。
「なんでも昨夜、街の酒場に仮面をかぶった男と女のメイジに話を持ちかけられたんだって。『数日中に馬に乗った魔法学院のメイジがやってくるから始末しろ』って言われて金貨を渡されたってさ」
ジョルジュの言葉にアニエス、モンモランシーの二人は驚いた。その盗賊が言った言葉、『魔法学院のメイジがやってくる』というのが本当であるならば、その仮面を被った男か女のメイジは、トリステインの王宮から情報を得ている事になる。それはつまり、
「ちょっと待って下さいミスタ・ドニエプル。どこかに裏切り者がいると?」
「王宮内部の人間か。あるいはそこから情報を受け取れる人間だよ。オラが学院長から任務を受けて、その翌日にはこうなんだからな。間違いなくオラ達か、ルイズ達を狙って来ているだよ」
「信じられないわ……」
彼女たちがショックを受けるのは無理がないだろう。二人ともトリステイン王国に仕える貴族と兵士なのだ。トリステインへの忠誠心からするとジョルジュよりも二人の方が圧倒的に大きい。ジョルジュは状況から判断してさらりと言ってしまったが、その事に気づいて後悔した。
その時、森の木を越して、街の方向から大きな風を切る音が聞こえてきた。おそらくタバサのシルフィードの羽ばたく音だろうとジョルジュは思った。モンモランシー、アニエスの二人も、その音に気付いて上を向いた。ジョルジュはすぐに二人に向けて喋った。
「これからラ・ロシェールにはいるけど、モンちゃんもアニエスさんも気をつけてな。何時何処で襲われるか分かんねえんだから、絶対一人で行動するのはだめだよ?」
ジョルジュの忠告に二人は「分かったわ」、「分かりました」と頷いた。そのすぐ後、空から聞こえてきていた羽の音はどんどん大きくなり、月の光によって黒いシルエットになったシルフィードが見えてきた。三人はシルフィードに居場所を教えようと焚き火の傍で手を振った。
(問題は、そのメイジ達がおら達とルイズ達、どっちに対してだったんだか・・・)
手を振っている間も、ジョルジュは夜盗の件に関して生じた疑問を頭の中で考えを巡らせていた。自分たちの方はタルブの村に畑の再興をしにいく任務で、さして重要でない任務に対して刺客を送る理由もメリットも考えられない。となると、後からついてきたルイズ達が、狙われる程の重要な任務に就いていると考えるべきだ。しかしジョルジュの頭の中にはまたややこしい疑問が出てきた。
(もしここでルイズ達を始末する気なら、あの人たちの中に‘メイジ’や‘メイジ殺し’の人がいなかったのも気になるだよ……もしかして襲撃自体、オラたちを始末するんじゃなくて、別の目的があるんだか?)
普段は畑や魔法の事を考えているから、こういう事を推理するように考えるのは苦手だ。一応、前世では金○一少○は全部読破したのだが。ジョルジュはゆっくりと降りてくるシルフィードを見ながら、先にラ・ロシェールに着いているルイズやサイト、ギーシュが何かに巻き込まれていなければいいなと、一抹の不安が彼の心をよぎった。彼らが魔法衛士隊の子爵と共にこんな所まで来ているという事はよほど重要な任務を任せられているのだろうか。
「ルイズ達・・・・やっかい事になんなきゃいいんだけんどなぁ~」
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タバサの迎えによってラ・ロシェールに着いたタバサ、ジョルジュの一行はシルフィードから降りると、シルフィードを連れて街中へと入って行った。街の中は店から漏れてくるランプの光や街灯の明かりによって照らされ、石畳の道は白く輝いている。店の中からは普通の観光客らしき人や、華やかな服装をしている貴族、さらに行商人や傭兵などが大声で話している音が湧き出てきていた。
街に入ってすぐに、ジョルジュ達はサイトとギーシュに合流することが出来た。どうやら入口の近くで待っていたらしく、ルイズとワルドの二人は宿で待っているとのことだった。宿に向かう途中、サイトとギーシュはタバサ達がジョルジュ達を迎えに言った後に、ミシェルを引き渡した事を説明し始めた。
「ワルドが門の前の兵隊となんか話した後、少ししたら5,6人兵隊が来てミシェルさんを連れてったんだ」
「引き渡した瞬間、彼女相当抵抗したね。縛られているのが疑いたくなるくらいだったよ。でもそこはさすが子爵、いやいや魔法を詠唱して一瞬で大人しくさせてしまったよ」
そう言うとギーシュはやれやれと言ったふうに首を横にふる。おそらく眠らせたんだろうね、とギーシュは付け加えたが、集団の後ろで聞いていたアニエスは頭を手でおさえた。
(ああ・・・とうとう。あいつだけ処分されて、部隊の方に影響がなければいいが・・・・・)
若干冷たい事を思っているアニエスだが、今回のミシェルの行為で部隊になにかしらの処分が下るとすると、隊を任せられている隊長、そして彼女を直接的に教育していた自分に振りかかるのだ。最悪、部隊を辞めさせられるかもしれない。そんなことになったら巻き添えをくらうという話では済まされない。
(そうなったら・・・・・・・とりあえずアイツ殺そう)
物騒な事をアニエスが考えていると、ジョルジュ達の目の前に豪華な外装をした大きな宿が見えてきた。港町となっているラ・ロシェールには多くの人が入ってくるためか、街中には多くの宿が建てられている。宿にも行商人が多く泊まる宿や貴族専門なんかもあり多種多様だ。ジョルジュ達が泊まる「女神の杵」は、そんなラ・ロシェールの中でも一番と言われるほどの貴族用の高級宿であった。
中に入ると、豪華な内装が施された広間で、行ったり来たりと落ち着きなく歩いているルイズの姿が見えた。サイトが声を掛けると、ルイズはすぐにサイト達に気付いたようで、早足で皆の方へと寄ってきた。
「ジョルジュ!モンモランシー!アンタ達大丈夫?また盗賊なんかに襲われなかったりしなかったでしょうね?」
ルイズの声は慌てたようにちょっと早口になっている。どうやら待っている間心配していたらしく、不安そうにモンモランシーとジョルジュを交互に見るルイズであった。
それを見てモンモランシーはふっと笑うと、ルイズに近づいてそっと彼女の頭に手を当てた。
「襲われていたらこんな綺麗な格好でココまで来てないでしょ。大丈夫よルイズ。そう何度も襲われていたら体がもたないわ」
呆れたよう言うとモンモランシーは手を動かしてルイズの頭を撫でた。彼女の答えに安心したのか、ルイズの表情が一瞬パァと明るくなったが、自分の頭を撫でられているのに気付いたのか明るくなった貌は赤くなり、「ううっ」と小さく唸った。それを隣で見ていたキュルケが言葉を挟む。
「そうよ。それに、アンタやギーシュならともかく、ジョルジュが守ってくれてるんだから心配ないわよ」
「ちょ、ちょっとキュルケったら」
「ツェルプストーッ!どういう意味よ!」
「そうだよ!なんで僕まで!」
キュルケの言葉をきっかけにギャーギャーといつもの言い合いが始まった。宿の広間が騒がしくなり、受付をしている他の客やボーイの視線を集めている。すると外へ出ていたらしいワルドが広間へ入ってきて、言い争いをしているルイズ達の方を見て笑みを浮かべた。
「はは。皆長い旅で疲れているかと思ったら、そこまで元気なら頼もしいよ」
ワルドの声に気づいたらしく、ルイズ達が一斉にワルドの声がした方へ顔を向けた。全員の顔を確認するように見渡し、「オホン」とわざとらしく咳をした後、
「これで全員そろったようだね。では食事をしながら、これからの事について話をしようではないか」
と、大げさに体を動かして方向転換すると、先導するかのように一階にある酒場へと足を進めた。
一階の酒場はレストランも兼ねているらしく、高級なワインなんかの外にもいろいろな料理がテーブルの上に並べられており、テーブルを囲んで座る宿泊客達は喋りながら料理を楽しんでいた。
酒場に入った一行は、まずはそれぞれの今後の事について話合おうという事に決まり、少し離れたテーブルに座り、夕食の料理を食べながら話し始めた。ちなみにタバサとキュルケはルイズ達と同じテーブルに座っており、話そっちのけで料理とワインを堪能している。
「先程の門番から聞いた後、宿を出て船着き場に行って来たんだが、やはりどの船も明後日を待たないとアルビオンへは向かわないそうだ」
ワルドは手元のワインの入ったグラスを指でなぞりつつ、困ったように言った。それを聞いたルイズは口を尖らせ、
「急ぎの任務なのに・・・」
と悔しそうに呟いた。
普段であればスヴェルの夜を待たずに飛行船はアルビオンへ飛んでいるのだが、現在アルビオンは内戦中であり、当然、人や物の流通は激減している。王党派貴族派が争っている船上に入って商売をすれば儲かるかもしれないが、どちらかに捕まれば品物どころか命の保証もない。さらに最近では商船の積荷を奪う空賊も出没もあるらしく、船側とすれば航行距離が短くなる時にまとめて荷物を運んだ方がいいわけだ。
「そうだ。タバサのシルフィードで運んでもらえばいいんじゃないかい?」
名案が浮かんだかのようにサイトは嬉しそうな顔をして言うと、ルイズはタバサに顔を向けた。先程から山盛りのハシバミサラダを食べていたタバサは、口の中にあるハシバミ草をもしゃもしゃと咀嚼して飲み込むと、小さく首を横に振った。
「アルビオンまでこの人数は・・・遠すぎる」
「タバサ、ホントの事を言うと?」
「メンドクサイしそこまでする義理なし」
ルイズが尋ねたタバサの本音に一同、ガクッと力が抜けたように肩を落とす。しかし、彼女はワルドに頼まれて来ただけであって、アンリエッタ姫から任務を授かったりしているわけではない。尚も頼もうとしたルイズだったが、その事に気付いてグッと唇をかんだ。
「それにこの人数を乗せて敵に遭ったら・・・・いくらシルフィードでも避け切れない」
タバサはそう最後に言うと、再びハシバミサラダに向けてフォークを突き刺した。ワルドも「仕方がない」と言ったふうな表情を浮かべている。
せっかく早くにラ・ロシェールに着いたのにここで足止めなんて・・・・・・・ルイズはもどかしい気持ちを飲み込むかのように、前菜として頼んだ野菜のテリーヌを口に入れ、ワインで飲み込んだ。
そうこうしていると、ジョルジュ、モンモランシー、アニエスの三人がテーブルを立って、ルイズ達が座っているテーブルへとやってきた。
「こっちは終わっただよ~ルイズ達は?」
ワインを飲んだ所為か、髪の色と同じくほんのり赤くなっていおり、自覚はないのか、機嫌良さそうにゆるんだ顔をルイズに向けて話しかけてきた。
「こっちも終わったわ。明後日にならないと船が出ないらしいから、それまではここにいる事になるかしら」
「そうか~オラ達は明日の昼からでも出発しようと思うだよ」
不機嫌そうに言ったルイズの言葉にジョルジュのゆるんだ顔が僅かに反応したが、すぐに表情を戻した。
空いている椅子を他のテーブルから拝借し座る前に、「あ」とジョルジュは小さく声を漏らすと、ペコリとワルドに向かって頭を下げて挨拶をした。
「すみませんです。ご挨拶が遅れましただ。トリステイン魔法学院の生徒でジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルと申しますだ。今日は夜盗に襲われている所、助けて下さってありがとうございます」
すると、ルイズの隣に座っているワルドもスッと椅子から立ち上がると、笑顔で返す。
「おお、そういえば君たちには自己紹介してなかったね。魔法衛士隊隊長のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。‘ルイズ’との任務に同行する事になったんだ。まあ、お互い目的は異なれどトリステインの為の任務に就いている時にこうして遭ったんだ。お互いに協力し合おう」
『‘ルイズ’との』という言葉に、サイトとギーシュはワルドには気付かれない程度に顔をしかめた。形式上の挨拶がすむと、次はモンモランシーが簡単に挨拶をすませ、椅子へと座った。ワルドは「さて」と声を漏らした後、服の中から鍵束を取り出してテーブルへと置いた。
「後は皆、各自で好きに過ごそう。部屋の鍵は今の内に渡しておいた方がいいね。これだけ大人数になってしまったから部屋が取れるかどうか心配したんだが、なんとか4つ部屋が空いていたよ」
ワルドはそう言って鍵をまとめていた紐を外した。
「まずミス・ツェルプストーとミス・タバサ」
ワルドは「いいね?」という風にキュルケ達を見る。
「ええ、もちろん」
「それとミス・モンモランシとアニエス君、そしてルイズと僕」
キュルケとモンモランシーに鍵を渡しつつ、ワルドは部屋割を告げていく。それを隣で聞いていたルイズはある事に気付き、はっとワルドを見た。サイトやキュルケも、ルイズと同じ事に気付いて顔を見合わせた。
「ギーシュ君とルイズの使い魔君、そしてジョルジュ君は3人で一つの部屋だ。狭くなって申し訳ないが我慢してくれ」
「ちょっと待って?わ、私は・・・・」
「え?僕と相部屋だが?それが何か?」
ワルドはさも当然の様に告げるが、ルイズは目を開いて「はぁ?」ととんでもない事を聞いた様な顔をしていた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってワドル、じゃなくてワポ、ちが、ワドルドォ・・・」
慌てて椅子から立ち上がって何か言おうとするのだが、あまりにも慌てている所為か、ルイズの口がうまく回っていない。ワルドはきょとんとした表情でルイズを見ている。
「あ、あのねワルド?まだ結婚している訳じゃないし、一緒の部屋はちょっと不味い気がするわ・・・」
「そんなことないさ。婚約者だからね、当然だよ」
ルイズの弁解にワルドは首を振ると、ルイズを見つめて言った。耳の中から、サーッと音が聞こえるのが聞こえてきた。自分の頭の血が下へ下へと落ちていっている音なんだなと、直感で彼女は感じた。
(ああ、『血の気が引く』って表現じゃなくてホントなのね。ふふふのふ~)
椅子から立ち上がった状態で動かなくなったルイズに、「ルイズ?どうしたんだい?」とワルドが声を掛けるが反応がない。真っ白くなってきたルイズを見てワルドはなにかピンと閃いたのか椅子から立ち上がると、「彼女は旅の疲れが出たのかな?」と言いつつルイズの肩に手を掛けようと腕を伸ばした。それを見ていたサイトは思わず立ち上がる。
「では諸君、僕は彼女を部屋に「ちょっとま「ほ、ほほほ!子爵、少々ルイズをお借りしますわねーーー!!」
ワルドの腕がルイズの手に掛る直前、寸でのところでキュルケがルイズを確保した。キュルケはそのままテーブルから少し離れた場所まで移動すると、「ちょっと女子集合!」と声を掛け、手招きをモンモランシー達にした。それを見たタバサがスッと立ち上がってキュルケの方へ行くと、モンモランシー、アニエスも戸惑いながらテーブルを離れた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ちょっとルイズしっかりしなさい!」
キュルケはルイズの肩をゆすりながら声を掛けた。ルイズはハッと気付いたようにキュルケを見ると、小さく口を動かした。
「・・・・・・・キュルケ」
「なによ?どうしたのルイズ?」
「人は本当の恐怖を感じると何もできなくなるのね。本で読んだことあったけど、まさか自分が体験するとは思ってもみなかったわ・・・」
「・・・そうね。フーケのゴーレムとかジョルジュが怒った時でもこんなことなかったのに・・・・・・ホント怖かったのねルイズ」
あの強気なルイズが「単純な恐怖」ではこうはならない筈。「女性としての危険」を感じたからこそ固まってしまったのだろう。それを感じたキュルケの目が潤む。キュルケは黙ってルイズの頭を撫でると、女性陣は円になって話し合いを始めた。この任務にはいってからこういう集団での話し合いが多くなったとルイズは思った。しかし議題は任務を助ける筈の味方についてのことなのだから何ともいえない。
「ルイズ、まずあなたの婚約者があまりにも露骨で気持ち悪いんだけど。どうすんのよコレ」
「私が聞きたいわよ!?キュルケ、ちょっと部屋変わってよ。アンタ前に『押しの強い情熱的な男』が好きっていってたでしょ」
「いやよ。押しの強い殿方は嫌いじゃないけど女の気持ちも考えずにガツガツくる人はホント勘弁。それだったらマルコリヌの方がまだ可愛げあるわ」
苦笑いを浮かべて話すキュルケ。というよりここで比較に出されるマルコリヌはなんなのだろう。遠い学友がけなされる中、モンモランシーが小さい声でルイズに耳打ちする。
「ねえちょっと?ワルド子爵、さっきからチラチラこっち見てるんだけど」
モンモランシーがテーブルに座る男性陣の様子を見てルイズに言ったが、慌ててルイズはモンモランシーに注意する。
「やめてよモンモランシー!怖くてさっきからテーブルの方見れないんだから!余計怖いわ!」
「もうさ、正直に男(ワルド)と一緒の部屋はいやだって言っちゃったら?私とタバサの部屋でもいいんだし。それかアニエスと」
「え!私ですか!?しかしルイズ殿とは任務が・・・・それにモンモランシー殿が」
キュルケは腰に片方の手を当て、もう片方の手でアニエスを指しながら提案した。突然に話がふられたアニエスはキョトンと目を丸くしたが、慌てて首を振ったが、キュルケは「大丈夫よ」と自信満々にモンモランシーを指差した。
「モンモランシーはジョルジュと一緒なら別に大丈夫だから。でしょ?」
「・・・・・・・・・」
「ちょっと、なに頬染めて押し黙るのよ」
ルイズがイライラした顔でモンモランシーにツッコミを入れる。そんな時、ハシバミサラダを食べつくしたタバサが言った。
「仮にも彼は魔法衛士隊隊長・・・・・・直接断るのはあまりにも無礼」
タバサはチラリとテーブルの方を見た後続ける。
「かといってルイズ=嫁が自己完結してある子爵に遠回しに拒んでも気付かない。強引にサイト、ギーシュ、子爵という三人を同じ部屋にしても、私のお母様ぐらいしか得しないこの内容では他の男性陣からも反対の声が上がりそう。誰にも文句を言わせず、かつ私たちが満足する部屋の分け方がある」
タバサの自信に満ちた言葉に、自然とルイズやキュルケ、モンモランシーやアニエスもタバサに顔を寄せてくる。
「た、タバサそんなのってホントにあるの?」
「ちょっとタバサ、方法ってなによ?」
「それは・・・・・・」
タバサはおもむろに制服のポケットに手を入れ、ごそごそと動かした。そして出てきた手に何か白いものを持って、ルイズ達の目の前に持ってきた。タバサ以外の女子四人はタバサの手に握られた物をじっと見る。なんでもない。タダの変哲もない小さく切られた数枚の紙であった。そしてタバサはボソリと呟いた。
「くじ引き」
「「「「はぁ?」」」」
タバサの言った事に思わず声が上がった。しかし、誰かが反論しようとするより先に、タバサの口から「但し・・・」と聞こえた後、タバサは続けた。
「・・・少し手を加えて」
いつも無表情な「雪風」の口が、僅かにニヤリと動いた気がした。