魔法学院を出発して大分経った頃、ルイズはグリフォンの背中からチラチラと下を見下ろして、背後に跨るミシェルを見た。
「あ、あの!ミセス・ミシェル?」
周囲に鳴る風切り音に負けない様に語気を強め、ルイズはミシェルに呼びかけた。
ルイズの声に気付き、ミシェルはルイズの背中越しにほほ笑んだ。
「ミシェルでいいですよルイズ様。‘姫様直属’とはいえ、私は平民の身ですから」
ミシェルの答えにルイズは「えっ?」と驚く。
いくらなんでも姫様の親衛隊程の人が平民でいいの?
「それで、どうなされました?ルイズ様」
ルイズの疑問を他所に、グリフォンの手綱を器用に操りながらミシェルはそっとルイズの肩に顔を近づけ、大きく声を出したルイズとは逆に囁くように言った。
ルイズの背中に本日、何度目かの悪寒が走る。
このミシェルと名乗った彼女、まだ会ってから半日程しか経っていないが、その身のこなしと冷静な表情、そして口ぶりからは鍛え込まれた軍人にしか見えない。
しかし、平民であると言いきってしまうのにも驚いたが、だがそれよりもその、偶然なのかなんなのか、
やたらと近い。
本来であれば、いくらアンリエッタから直接護衛を任されたといえ、大貴族の娘でもあるルイズに気易く触れていいモノではない。
いつものルイズであれば
『ぶ、無礼者!!貴族にこのような真似を・・・』
と言っている様なものであるが、グリフォンの上で不自然な程に体を寄せてくるミシェルに見知らぬ怖さを感じ、大人しくなっていた。
「じゃ、じゃあミシェル?ちょっとペースが早すぎないかしら?ギーシュもサイトも着いてきてないわ」
ルイズはなるべくいつも通りの口調を意識してミシェルに尋ねる。
魔法学院を出発して既に昼を過ぎた頃だ。太陽は真上よりやや西側に傾き、頬に暑さを感じる。
しかし後ろからついて来ている筈のサイトとギーシュの姿は、グリフォンの背中から見ても視界には捕らえる事が出来なくなっていた。
ミシェルが合流した後、当初の計画通りラ・ロシェールまで馬で行こうとしていたルイズであったが、突然ミシェルが「ルイズ様は私とグリフォンで行きましょう!」と提案すると、半ば強引にルイズを乗せて飛び立ってしまったのだ。
なにも分からないままルイズは地面から離れてしまったワケで、急な展開にポカンとしていた二人の顔がいやに印象的だった。
出発前に現れたスパイ(なのかははっきりしていないが・・・)の事もあり、バタバタとした出発となったが、元々馬とグリフォンでは当然、移動速度に大きな差がある。最初は必死についていこうとしていた二人がかろうじて見えていたが、案の定差が出来てしまい、見えなくなってしまった。
二人がある程度心配だって事もあるのだが、ルイズとしては彼女と二人きりになった事に対し、沸々と言い知れぬ不安が生まれてきていたのだった。
ルイズの口から出た言葉は遠まわしに、
二人を待たないかとミシェルに提案するものであった。
しかし、
「それはそうです。元々置いていくつもりですから」
「へ?」
はっきりと言いきったミシェルに、ルイズは一瞬、キョトンとしてしまった。
置いて行く?誰を?
「ええええ!?置いてくの確定なの!?」
一旦停止したルイズから驚きの声が上がったが、ミシェルの表情は変わらない。
「落ち着いて下さいルイズ様。ちゃんと考えのあってのことです」
そう言うとミシェルはグリフォンに付いている手綱を操り高度を下げた。
「学院にあのスパイがやってきたのからも分かるように、敵には既に貴女方の情報が漏れています」
「そ、そうなの?」
思わず聞き返してしまったルイズであるが、考えてみればそれは当然である。
自分達が出発する直前でやってきた魔法衛士隊を名乗ったあのメイジ。
もしも彼女が言うようにあのメイジが敵のスパイであれば、敵は出発時にこちら側を襲えるほど、情報を完璧に掴んでいるのだ。
ルイズの頭の中に、昨夜のアンリエッタの様子が浮かび上がってきた。
『この任務にはトリステインの未来がかかっています』
(何が「トリステインの未来がかかっています」よ!情報ダダ漏れじゃないのよ姫様!!)
危うくスタートする前にゲームオーバーするところだったのだ。
あの時見たアンリエッタの見せたドヤ顔がルイズをムカムカさせた。
顔をしかめたルイズに、ミシェルは淡々とルイズに説明していく。
「ただ、敵もスパイが見破られるのは予想外だった筈です。情報を最大限に利用し、ルイズ様達が出発する前に仕掛ける事が出来たのですから、敵にとしても作戦が失敗する筈がないと思っているでしょう」
確かに、姫様が護衛としてメイジを送ってきたと言われれば、ルイズ達は疑う事はない。
しかもそれが国内でも精鋭中の精鋭、魔法衛士隊からの派遣とあれば、十中八,九信じてしまう。実際、彼女が来なければ間違いなく相手の思い通りに信じ込んでいただろう。
ルイズは唇を少し噛んで、
「危ないトコロだったのね・・・」
「ええ。しかしそれが逆にチャンスになっています。敵が作戦を失敗した事が分かり、次の手を打つまでに時間が出来た筈。ですから出来るだけラ・ロシェールに近づく必要があります。このまま着いてしまえばその分襲われる危険がなくなりますしね」
ミシェルは手綱を手前に絞り、「ハァッ!」とグリフォンへ掛け声を掛けた。声と手綱に反応したグリフォンは再び高度を上げると、その飛行速度を速めた。
前方から吹き付けてくる風の塊が強くなり、ルイズの髪を後ろへと流した。
「幸い、敵が乗ってきたグリフォンを利用できるワケですし、お連れのふた方には申し訳ないですが今回の任務の‘最重要人物’であるルイズ様を先にラ・ロシェールへお連れする事を優先させて頂きます」
「さ、最重要人物って・・・」
ルイズは頬を緩むのを自覚し、顔を下に俯けた。この任務を直接受けたのは確かにルイズであるが、ここまではっきりと言われると少し恥ずかしくなる。
それと同時に、ルイズは後ろに跨るミシェルに驚かされていた。
先程から体を密着させてくるのは気味が悪いが、冷静な物腰や易々とグリフォンを操る様子は、とても平民とは思えない。
(しかもここまで考えて行動するなんて・・・だけど、なんか怪しい)
ミシェルに頼もしさと不気味さを覚えるルイズ。そして彼女の直感は正しく、ミシェルの胸の中にはしっかりと己の欲望がひしめいていた。
(フフフ・・・ルイズ様と二人きり・・・)
ミシェルは口から出そうになった涎を肩で拭った。
正直、その場のテンションでアニエスを追って学院に来たのだが、まさかここまで事が上手く運ぶとは思っていなかった。
(幸い、ルイズ様達が向かう場所もアルビオン。そうなるとタルブへ向かっている先輩もきっとラ・ロシェールを通るからこの道を走っている筈)
ルイズの達がアルビオンへ向かう事は、ミシェルがグリフォンで飛び立つ前にそれとなく聞いていた。そしてソレを知った時、ミシェルは心の中でほほ笑んだ。
アルビオンへ行くには港町ラ・ロシェールから船で行かなければならない事はミシェルも知っている。
そしてアニエスらが向かっているタルブへも、ラ・ロシェールを通らなければいけない。
目的地は違えど、そこに向かう道筋は重なっている。アニエスを追うにはこれほど都合の良い物はない。
しかも幸運にもミシェルは子爵から借りた(パクった)グリフォンで移動中だ。
これならラ・ロシェールに着く前にはアニエスに追いつけるだろうし、オマケの野郎共も撒けて一石二鳥、いや、『三鳥』だ。
(先輩も追えて、尚且つこんな可愛い女の子と二人きりランデブー!!うほほい何これ?誰得?私得だ!ヒョーッ!!)
胸の奥底から沸き上がる感情を顔に出さないよう、ミシェルはぐっと唇を噛んだ。
しかし楽しむ時は楽しむのがミシェル流。体勢を直すフリをしてさらにルイズに密着する。
風になびいているルイズの髪が鼻をくすぐり、少女の匂いがミシェルの体に充満していく。
(ヤバい、ヤバいよルイズ様。めっさいい匂いやし!さすが大貴族のご令嬢だけあってかぐわしい香り漂わせてくるし!グヘヘ堪らんなぁ・・・)
ミシェルの得体の知れない何かを感じ取ったのか、ルイズの体が再度震えた。
(待っていてください先輩!!貴女のお口の恋人ことミシェルが性悪貴族から救って差し上げます!!そしてラ・ロシェールでルイズ様も交えて・・・うほっ♪)
(なに、この不安感は?ちょ、サイト達早く来てくれないかしら!?)
背後でミシェルの欲望が渦巻く中、ルイズは胸に湧き上がる不安を持ったまま、既に見えなくなった使い魔と仲間がいるであろう後方に目をやった。
だが突如、グリフォンの速度が上がった。
「きゃッ!」
突然上がった風圧にルイズは驚き声を上げた。
そして何が起こったのかと思い、ミシェルの方へと向く。
「ちょ、ちょっと!一体どうしたの!?」
「捕まって下さいルイズ様!少々急ぎます!」
ミシェルはそれだけ言うと、目をカッと開いて手綱に力を込めた。
グリフォンの速度がさらに上がる。風が刃物のようにヒュンヒュンと音を立ててルイズの耳を通り過ぎていった。
「急ぐって!?もう、なんなのよぉ!」
あまりの早さに目を閉じてグリフォンに捕まるルイズ。
ミシェルはそれに覆いかぶさるように身を低くすると、まるでグリフォンと(ルイズと)一体化するかのように、空を滑っていった。その姿はまるで、白い弾丸のよう。
やがて遠くに大小の山々が見えてきた。雄大な巨木で構成された山の緑が太陽の光を反射し、所々でユグドラシルの木々がその体を輝かせている。
まるで一枚の絵のような美しい情景である。だがミシェルのその目には、ユグドラシルの美しさは全く眼中に入っていなかった。
(見つけましたよ!マイ・スウィート・ハアアアヌイイイィー!!!)
ミシェルはグリフォンを操り、地面に飛び込むかの如く滑空していく。
急激に高度を下げていくグリフォン。それに併せて、彼女が遠目で捉えていた姿が大きくなっていた。
彼女にも馴染みのある、トリステイン兵士に配給されるマント。
そして彼女が愛する金髪のショートカットが。
※※※※※※※※※※※※※※
「んで、私を見つけたというんで空から追ってきたと?ミシェル」
陽が落ち始めて薄暗くなってきた頃、アニエスはきびしい表情をして、ラ・ロシェールへと続く山道の真ん中で座らせたミシェルに尋ねた。
学院を出てから半日以上が過ぎ、暗くなりつつある空が道を薄黒く染めつつある。
「あ、あの先輩。この体勢はキツイんですけど・・・」
ラ・ロシェールは地理の関係上、トリステイン国内では最も浮遊大陸アルビオンと接近する場所にあり、そのため飛行船による両国間の貿易が盛んな街だ。
当然の人の行き回も多い街であるため、街への道はそれなりに整備されているのだが、それでも山道であるためか、
地面は木の枝や落ち葉が積り、辺りに生える木々の根が道を歪ませていた。
そんな道でミシェルは正座の形で座らされているのだから、堪ったものではない。
「私、どちらかというと攻める方なんで、こういうのはちょっと・・・」
「よし、まだ殴られ足りないらしいな。ああん?」
「すんませんでしたー!」
頭上で拳を握りしめたアニエスのゲンコツが降りる前に、ミシェルは深々と頭を下げた。
その奇妙な光景をルイズ、モンランシー、ジョルジュの三人は少し離れたところで眺めていた。
「・・・なんなのアレ?」
近くにある石の上に腰掛け、呆れた表情を浮かべながらモンモランシーは呟く。
馬で旅していた途中、いきなり頭上から「アニエス先輩!助けに来ました!!」と叫び声が聞こえてきたと思えば、ものすごいスピードでグリフォンが接近してきたのだ。
モンモランシーの隣に立っていたジョルジュは、アニエスとミシェルの方に向けていた顔をくるっと向け、
「なんか話聞いてると、ミシェルさんはアニエスさんの部下じゃねえだか?」
とモンモランシーに聞くが、モンモランシーはぶすっとした表情を浮かべたまま、
「誰だかしらないけどいい迷惑よ。こっちは敵が来たかと思って必死で逃げ続けたのよ?」
と怒りが収まらない風な声でジョルジュに言った。
魔法学院からラ・ロシェールまでの道のりはかなり遠い。
平坦な道から徐々に傾斜を帯びた山道になるため、通常は馬を換え、二日はかかるだろう距離なのだ。
タルブへと向かうジョルジュ達も、駅馬車で一泊しようと計画していたのだが、そんな時に突如、ミシェルとルイズの乗ったグリフォンが現れた。
迫ってくるグリフォンに敵襲と勘違いしたアニエスはジョルジュ、モンモランシーをつれて馬を走らせる。
森の中に入っても尚も執拗に追ってくるグリフォンを撒こうと馬を走らせたため、アニエスがミシェルと気付いた時には既にラ・ロシェールと目と鼻の先まで来ていたのだ。
しかし、
「どうすんのよ!?こんな所で馬をつぶされちゃって!」
モンモランシーは大きな声を上げ、道のわきで座り込んだ馬を指差した。
本来であれば途中の駅馬車で馬を換える筈がそのまま山へと入りこんでしまったため、乗り続けた馬に疲れが溜まってしまったのだ。
幸い、馬が完全に潰れる前にミシェルが敵じゃないと気付いたため、馬を死なすところまでは行かなかったが、それでも一度座ってしまった馬が動くには時間がかかる。
近くに馬を換える場所も近くになく、モンモランシー達はラ・ロシェールを前にして立ち止まる事になってしまったのだ。
「どうしてくれんのよルイズ!アンタ達の所為なんだからどうにかしなさいよ!」
「知らないわよ!!というか私も被害者よッ!何がなんだか分かんないウチにこんな事になってるんだもん!」
モンモランシーは先程から黙ったまま座り込んでいたルイズに向かって当たるが、ルイズもそれに反応して言い返す。
「知らないってあの変な兵士はルイズのトコの護衛でしょ!?何しに来たか知らないけど、私たちの邪魔しないでよ!」
「私が命令した訳じゃないわよ!それにあのミシェルって人だってよく知らないし!?なんか急に髭が来たと思ったらやって来て『グリフォンに乗ろう』とか言い出すし!?
おかげでサイトとギーシュは置いてかれちゃったし!?」
「なに変な喋り方してんのよアンタは!?それに何が言いたいのか全く分かんないわ!誰よ髭って!!」
「いきなりグリフォンで現れたの」
「なにソレこわ!」
「オラ達も最初、アニエスさんになんか変な目で見られてただよな」
「シャラアップジョルジュ!!」
それからしばらくの間ルイズとモンモランシーの言い争いは続いた。アニエスの方も説教は続いているようで、アニエスの怒声が響いて来る。
「大体ミシェル!あのグリフォンどこから持って来たんだ?...おい、お前もしかしてあれ・・・」
「いやだなぁ先輩。あれはあれですよ。なんていうか」
「なんか見覚えのある紋章見えるんだが?というかあれって魔法衛士隊の・・・」
「・・・借りました。トニーから」
「嘘つけえええ!トニーがグリフォン持ってるワケないだろうが!」
アチコチから怒声が飛んでくるが、しかし誰もが疲れている所為か、やがて辺りは静かになり、モンランシー、ルイズは二人してフラフラと腰を落とした。
ふとジョルジュは上を見上げた。今まで木の上に見えていた太陽は、道の上に出来ている崖の背後に隠れ、道に伸びていた影はずっと濃くなって先を暗くしている。
アニエスの説教も終わったようで、涙目のミシェルを後ろに連れて、疲れた表情を浮かべながらジョルジュ達のほうへと近づいてきた。
「まずミス・ヴァリエールに謝罪させて頂きたい。私の部下が大変な事をしでかしてしまったようで・・・」
「そ、そうよ!いきなりやって来てグリフォンに乗せられたと思ったらサイト達も置いてっちゃうし」
深々と頭を下げたアニエスにルイズは大声を出す。その声に反応してアニエスはさらに頭を下げるが、アニエスの横に動いたミシェルがぼそりと、
「私としてはルイズ様がいれば野郎共は・・・」
小さく呟いたのでアニエスの平手がミシェルを叩いた。
ルイズはまだ何か言おうとしていたが、それを遮る様にモンモランシーがアニエスに尋ねる。
「それはそうとしてアニエス。これからどうするの?ラ・ロシェールまであと少しだけど、馬はあんな状態だし」
モンモランシーの問いにアニエスは顔を上げ、
「幸いグリフォンは動けるようなので、モンモランシー殿らは先にラ・ロシェールへ向かって下さい。私とアニエスはルイズ殿のお連れの方達を待って街に向かいます」
「そうね。今の状況だとそれがいいかしら。ジョルジュはグリフォンに乗り慣れてたし」
モンモランシーは納得したかのように息を吐く。幸いラ・ロシェールまでは残り僅かだ。
グリフォンで行けばすぐの距離であるため、街に着いた後にアニエスらを迎えに行くことも可能だ。
未だ何処に居るか不明なサイト達までは知らないが、少なくともこの場での野宿は避けられるだろう。
そうとなればすぐ行動するべきだ。アニエスが横にいるミシェルの肩をたたき、
「というわけだ。分かったなミシェル」
と言ったが、ミシェルはあからさまに嫌そうな顔をアニエスに向ける。
「そんなぁ、先輩と二人きりになるのに野郎を待つんですか!?」
「この状況の発端はお前なのにブレないなお前はもう!」
この人たちホントにトリステインの兵士なんだろうか?ルイズとモンモランシーがそう思った時、目の前に複数の光が降ってきた。
「え?」
ルイズらがそれを松明だと認識する前に、ジョルジュの声が辺りに響いた。
「皆!木の陰に隠れるだ!」
次の瞬間、数本の矢がルイズ達を襲った。
※※※※※※※※※※※※※※
ヒュンッ!
何か振りぬいた様な乾いた音が通り過ぎた。ルイズが音のほうへ顔を向けると、後ろの木に矢が突き刺さっていた。
ジョルジュはすぐに杖を出し、矢が飛んできた方を睨む。
切り立った崖の方、松明を掲げた数人の集団が見える。数は正確に把握出来ないが、掲げられた松明の数からして10人以上はいるか。
「何!何なの!?」
「いいからルイズ、木に隠れる!」
急な事態に慌てふためくルイズの手を引っ張り、モンモランシーは後ろの茂みへと身を隠した。
ジョルジュは素早く詠唱し、ゴーレムである「トール」を5体錬金すると、前に並ばせて壁とした。鉄で出来たゴーレムの体に、次々と矢が刺さった。
その間にジョルジュも茂みへ身を隠し、アニエス、ミシェルもそれに続く。
「大丈夫ですか!!」
木を背にして屈んだアニエスが声を出す。
ルイズはそれにいち早く反応して「ちょっと、一体何が起きたのよ!?」と顔を上げるが「危ないでしょ!」とモンモランシーに頭を押さえつけられた。
「おそらく夜盗かと・・・くそっ、一か所に長く留まった所為か」
アニエスが苦い顔をして崖の方に目をやる。その横を矢が通り過ぎ、草の生えた地面に刺さった。
剣を抜いたはいいが、崖の上から飛んでくる無数の矢によって身動きが取れない。
その間にも、崖の上からは次々と松明が投げられてくる。
「やつら、松明を目印に攻撃してきてるな」
「先輩が大きな声を上げるからですよ。だから言ってるじゃないですか喘ぎ声は私の胸の・・・」
「よし、お前ちょっと突撃してこい」
手前の木の陰にいるミシェルにツッコミをいれたアニエスだが、それで事態が好転するとはもちろん考えていない。
この状況で剣士一人が突撃したところで、無駄に命を散らすだけだ。
どうにも出来ずにアニエスが唇を噛んでいると、ルイズと身を潜めていたモンモランシーが前にいるジョルジュに声を掛けた。
「ジョルジュ!どうするの!?」
モンモランシーは腰から杖を抜いて崖の方に向ける。
今はジョルジュの「トール」によって矢の大半は防がれているが、間を抜けてきた数本が木や地面に刺さっている。
それにいくら鉄で出来ているからとはいえ、これだけ矢を浴び続けていればいずれ壊れてしまう。ジョルジュは体を低くしたまま叫んだ。
「ルイズ!援護頼むだよ!新しいゴーレムさ作るまで時間を稼いでほしいだ!」
「わ、私!?」
ルイズが聞き返すがジョルジュはそれに反応せず、詠唱を始めた。
「何ボケっとしてんのよルイズ!」
「で、でもモンモランシー・・・」
考えて見ればこういった状況で魔法を唱えるのは始めてだ。ルイズの、杖を持つ指が震える。
「私、魔法出来な・・・」
「いつもの爆発でいいのよ!ホラ!アソコに狙って撃つの!」
だがルイズが言う前に、モンモランシーは震える声で指を崖の方へと指した。
先程から冷静を装っていたモンモランシーであったが、彼女もこういった事は経験しておらず、目をぐるぐる回してパニックになっている。
だがそんな彼女の様子を見たからなのか、ルイズの心は決まった。
「ああもう、こうなったらヤケよ!」
ルイズは指の震えを隠す様に強く杖を握り締めた。
こういう時にこそ力になれないで何がメイジよ!
ルイズは崖の方に杖を向け、ファイアーボールを詠唱した。
杖からは火球は出ない。その代わりに崖の上部で爆発が起こった。
土が舞い上がる音が聞こえ、矢が放たれなくなる。だがルイズは構わずにファイアーボールを撃ち続けた。
詠唱の数だけ、崖の至る部分で爆発が起こる。
「ちょっとルイズ!無茶しないでよ!?」
「分かってるわよモンモランシー!!ファイアーボール!」
ルイズは詠唱を続ける。爆発音が重なる様に響き渡り、土埃が離れた場所にいるルイズ達へと届いてきた。
ジョルジュも詠唱を唱え終えたらしく、杖を崖の方に向けた。すると崖の一帯が紅く、変色し始めたではないか。
ルイズやモンモランシーは驚きの目でジョルジュを見る。
((え、ジョルジュさん何するの?))
「・・・・」
ジョルジュが最後の詠唱を詠もうと口を開く。だがその時、崖の上に巨大な竜巻が起きた。
風圧はルイズ達のいる木の茂みにも流れ込み、夜盗達の声も共に運んでくる。
ジョルジュも思わず詠唱を止めて空を見上げた。ルイズ達も崖の上を見上げると、そこには見覚えのある龍がいた。
「あれは・・・」
「う、ウィンド・ドラゴンか?」
「シルフィード!!?」
いつの間にいたのか、青い翼をはためかせてシルフィードがルイズ達の真上に浮かんでいた。
ルイズ達が茂みから出てくると、シルフィードはきゅいきゅいと鳴きながらゆっくりと降りてきた。そして、
「じゃーん。お待たせー♪」
軽い調子の声と共に、キュルケが降りてきた。
「キュルケ!アンタ何しに来たのよ!?」
ルイズがキュルケに歩み寄って問いただすと、キュルケは肩をすくめ、
「ん~昨日言ったように行く予定は無かったのよ?だけど」
「・・・頼まれてやってきた」
シルフィードに乗った状態のまま、タバサがひょこっと顔を出してルイズに言った。
ルイズはきょとんとした表情でタバサを見た。
「頼まれたって...誰に?」
「僕が頼んだんだ」
シルフィードの後方から男の声が聞こえてきた。
ルイズ達が声のした方へ視線をむけると、ルイズには見覚えのある男がシルフィードから降りてきた。
長身でいかにも高そうな服を身に纏い、小さな傷をつけた顔に髭を生やした貴族の青年。
朝、ルイズの目の前でミシェルに馬で飛ばされた男がそこにいた。
「えっと確か名前は・・・・」
「ワルドだ・・・グリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ」
キュルケが紹介しようとする前に、男は自分の名前を名乗った。
その声には明らかな怒りが滲みでている。
急な来訪者にルイズを含め、ジョルジュ、モンモランシーもポカンとしているのだが、ワルドはその後ろにいる、アニエスとミシェルを睨んで言った。
「さて、そこにいる兵士。どっちが私のグリフォンを奪ったのかね?」
ワルドの突然の登場に、全てを悟ったアニエスがぎこちなく横を向く。
そこにはものすごい気まずそうに目をキョロキョロとさせたミシェルが汗をダラダラと垂らして立っていた。
その挙動は決して次の襲撃に備えて周囲を警戒しているワケではなく、何か言い訳の材料が無いかと必死に探している様子だった。
そして今のところ、ミシェルにあった手は、
「・・・・テヘ♪」
笑うしかなかった。