「タルブの村にオラが?」
ジョルジュはオールド・オスマンに聞き返した。
「そうじゃ」
オスマンがジョルジュに相槌を打つ。しかしジョルジュはまだ事態を把握していない様子で、煮え切らないカボチャのような表情でオスマンの方を見ていた。
そんなジョルジュの様子をオスマンは予想していたようにフォフォフォと小さく笑い声をあげた。
「まあ、いきなりこんな事言われてもピンとはこんじゃろうな。詳しいことはバラガン、お前さんの方から言った方が早いじゃろ」
そこまで言って、オスマンは机の上に置いていたパイプを手にとって口にくわえると、魔法で火を点けた。
少ししてから、パイプの口から髪のように細い紫煙が漂い始めた。
するとオスマンがパイプを吸い始めたのを見計らったように、バラガンがジョルジュの方に目を向けて口を開いた。
「ジョルジュ、タルブの事はどのくらい知っているっぺ?」
急に振られた質問に、ジョルジュはぼんやりと口を開きっぱなしにしながらも、少し目を細めてから答えた。
「そりゃあ、タルブの村っていえば、トリステインでも有数のワインの生産地でねえか」
ジョルジュの言うように、タルブの村はトリステインで5本の指に入るほどのワインの生産地である。
トリステイン国内では内陸部にあるということに加え、ラ・ロシェールがある山合いの場所から降りた場所に村があることから、比較的雨の少ない乾燥した気候である。
大昔に山から送られてきた水はけの良い土壌が北側に広がり、この村で代々良質のブドウが採れるのを助けていた。
良質のブドウが採れるというとことは、必然的にそこから生まれる加工品の質も高くなるわけだ。
「いいわよね~タルブのワインって~♪この前『タルブのしずく』とか飲んだけどぉ、あそこのはどれも味が良いのよね」
ロングビルの机に腰掛けていたマーガレットが話に入ってきた。
マーガレットの話に付け足すように、ジョルジュも口を開く。
「というかそもそも、タルブの村っていったら『母さまの実家』の近くにある村でねえか。いつか母さまに、山菜料理も旨いんだって聞いたことあるだよ」
「あら♪良いわね♪♪山菜料理とタルブのワインで…そうなると赤よりも白の方が…」
「うっほん!オエッ!話を続けるっぺよ」
話しを戻そうとバラガンが咳を一つついた。ついでに一つむせたがマーガレットとジョルジュが話を止めたのを見ると、少し掠れた声で話しを戻した。
「まあそうだっぺ、うん。んで、ジョルジュに頼みたいのはそのタルブの村で栽培されてるブドウについての事なんだ」
「どういうことさ?」
「先日なんだけどな、王宮でピレネー男爵から実家の葡萄畑がマズい事になってるって相談されたんだっぺよ」
「ピレネー?ピレネー男爵って『女男爵』で有名なあのピレネー?」
マーガレットが思い出したかのように声を上げると、バラガンが「そうそう、その人」と頷いた。
「男爵の実家ていうんが、父親のアストン伯が領地にしてるタルブの事なんだけどな。最近、葡萄の蔓が枯れたり実をつけなくなったりするのが目立ってきたんだと」
バラガンが葡萄畑の事について話すと、ジョルジュの目がすっと細まった。
その横からマーガレットが机の羽ペンを指でいじくりながら口を出した。
「でもそれってアストン伯の領地の問題ってことでしょ?それがなんでジョルジュの任務になるの?それも王宮からの任務って...」
マーガレットの問いにバラガンは待ってました少しの間考える素振りをすると、わずかに喉を鳴らしてマーガレットの方を向いた。
「そこなんだっぺよ問題は。男爵に相談されてから調べてみたんだども、ここ数年、タルブで採れるブドウの量が減り続けてるんだっぺよ。10年前の収穫量と比べると3分の2しか採れてねーんだ」
バラガンがそこまで喋った所で、パイプを吸っていたオスマンが煙を吐きながら言った。
「タルブとその周辺地域は、ドニエプル程ではないがトリステインの重要な農作地帯の一つじゃ。しかもタルブのブドウから造られるワインはトリステイン国外への貴重な輸出品にもなっておるしの。今さらと言えばそれまでじゃが、鳥の...マザリー二枢機卿がバラガンの報告でやっと対策を打つことにしたわけじゃよ」
「このことを枢機卿に伝えたらすぐに書類さ書かれてな。タルブにあるブドウ畑の収穫量を元に戻せってオラの所に任務が来たわけだっぺよ。だけどな...」
バラガンはそこで言葉を区切ると、みるみると困った表情になり、気まずそうに口を開いた。
「オラは明日にでもステラとノエルを連れて家に戻らなきゃいけねえっぺよ。母ちゃんに言われてるし!!まだダングテールの整地も終わってねえだし、オラがタルブに行ければいいんだけど忙しくて無理なんだ。だからこの事はジョルジュに任せることにしたんだっぺ・・・」
バラガンがそこで話を終えると、オスマンがパイプを置いて懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこにはトリステイン王室の印と共にタルブの村での任務の内容と期間、任務に就く者の名前、ジョルジュの名が右下の方に書かれていた。
書類の下には推薦人としてバラガンの名前が一番下に、はっきり書かれている。
「ほれ、これが王宮からの書類じゃ。面倒くさいんじゃが、王宮からの任務という事でフーケの時みたくほいっとお主を出てかす訳にはいかんのじゃよ。一応この学院で預かっとるからのぉ。まあ、あとは言わんでも分かるじゃろ?急な話で混乱しているかも知れんが、お主の知識と経験があれば十分やれると思うのじゃが...どうじゃ?」
建前上、オスマンはジョルジュへの意思確認のために尋ねたが、王宮からの任務を断れる貴族はいない。
ましてや既に書類に名前が書かれている以上、もはやジョルジュがタルブへ行くことは決定事項なのだ。
しかし、オスマンはジョルジュの能力は十分に知っている。
メイジとしての力もそうだが、植物への知識の高さは国内でも各段に高い事は、学院の誰もが認めるところだろう。
きっと十分にやれる。フゥと息をついてから、机の上に置いたパイプを再び口に咥えたオスマンは嬉しそうに笑って煙を吸った。
そんなオスマンの表情とは対照的に、床を見ていたジョルジュの表情は硬かった。
顔を下に向けていたため、その事は部屋の誰も気づくかなかったが。
ジョルジュは顎に当てていた手をゆっくり降ろすと、細めていた目を広げて顔を上げた。
オスマンとバラガンの方を向き、
「分かっただよ。うん、どこまで出来るか分かんねえけども、精一杯やってみるだ」
ジョルジュは小さく、しかしはっきりと頷いて答えた。
「それでこそトリステインのメイジじゃ」
その答えにうむ、とパイプを口から離してオスマンが満足そうに頷くと、バラガンも真剣な目でジョルジュを見て、
「おめえなら大丈夫っぺ!大変だろうけどしっかりやってくるだ」
「ふむ、ではあとはこれに儂がサインしてと・・・あ、ちなみに明日の朝に、王宮から使いが来るらしいぞ。何でもがタルブに無事着くまでの護衛じゃと」
オスマンは喋りながら羽ペンの先をインク瓶につけ、書類にペンを走らせた。
その間、オスマンの隣に立っているバラガンは終始笑顔を浮かべていたが、ふと思い出したようにマーガレットの方へ顔を回した。
羽ペンをいじくっていたマーガレットはバラガンがこちらを向いた事に気づくと、あらか様に嫌そうな顔を浮かべる。
「マーガレット」
「無理、パス」
即答であった。
「まだなんにも言ってねえっぺよ!!人の話さ聞いてから答えろってッ!」
バラガンは大声を上げたが、マーガレットは一度大きく欠伸をすると、落ち着いて切り返す。
「どうせ『おめえもジョルジュと一緒にタルブさいってくれないっぺか?』って言うつもりだったんでしょ?」
「ぐっ・・・!!まあそうだっぺ。いくらジョルジュが任されたからって、一人でタルブさ行かすのも心配なんだっぺよ。おめえならジョルジュの事助けられるっぺ?だから一緒に...」
「はぁ~相変わらず心配症なんだから。ジョルジュは変で抜けてて畑フェチだけど実力は知ってるでしょ?別に一人で行かせても問題ないわよ」
「マー姉さらっと酷いだよ!!?」
ジョルジュが言い返すが、マーガレットは聞こえないふりをしてもう一度大きく欠伸をした。
小さいころから、物事に飽きてくると大きな欠伸をするのが彼女の癖だ。
マーガレットは椅子から立ち上がると、「話はもういいでしょ?私はもう部屋に戻るわよ」と言って、扉の方にのそのそと歩いていった。
そんな態度を見かねたバラガンが、大きな声をあげて彼女を引き止めようとした。
「待つっぺマーガレット!!」
「無理。私にだって予定があるんだから~。それに、ジョルジュと一緒に行くんなら私じゃなくてさ...」
扉の前で立ち止まったマーガレットはドアノブにそっと触れると、くるっと部屋の奥に顔を向けた。
顔をしかめたバラガンも、部屋にいた全員がマーガレットに視線を集めた。
「この娘が一番じゃない?」
マーガレットはフッと笑って触れていたドアノブを掴み、一気に扉を開いた。
勢いよく開けられた扉から入り込んできた冷たい風が、ジョルジュたちの髪をなびかせる。
目を風になでられたジョルジュは目を瞑っていたが、やがてゆっくりと目を開けて扉の方を見て、ぼそっと声を漏らした。
「モンちゃん?」
マーガレットが開けた扉の前には、気まずそうな表情を浮かべて立っているモンランシーがいた。
「あ、ははは...ドウモ~」
彼女の口から、気まずそうな声が漏れた。
※※※※※
「ホント、いつ以来かしらね...ルイズ」
「そ、そうですね...いつ振りでしょうか姫様」
院長室でジョルジュたちが話の真っ最中である頃、ルイズの部屋ではなんともいえない空気が流れていた。
あの後、ルイズはサイトにSえ…もとい、躾をしていたところを見られた少女を必死で追いかけ、寮から出る寸出のところで捕まえたのだった。
誤解を解こうと強引に部屋に引っ張ってきたのだが、少女が部屋の中で頭巾を取ると、ルイズは口から何か飛び出すのではないかというくらい驚きを見せた。
『ひ、姫様!!!?』
『ホ、ホホホ、こんばんは…ルイズ・フランソワーズ。いや、ルイズさん』
頭巾の下からトリステイン王女、アンリエッタが出てきたのだから。
その後は大変であった。
ルイズはアンリエッタが見た事について誤解を解こうとアンリエッタに近寄ろうとするのだが、表情は崩さないものの彼女はベッドにも腰かけようとせず、
ルイズから一定の距離を保とうとするのだ。
ルイズがアンリエッタに一歩近づくと、その歩調に合わせるかのようにアンリエッタも一歩離れる。
ルイズがもう一歩近寄ろうとするとその分、アンリエッタも距離を開けた。
『あのですね姫様、違うんです。あれは私の犬…じゃなくて使い魔を躾けるために行っていたものでして…』
『いやですわルイズさん…そんな堅苦しい言葉使いは止めて下さいなホホ…貴女と私の仲ではないですか...』
『勿体ないお言葉..ってなんで敬語なんですか!?』
『だだだ大丈夫ですわよルイズさん?あなたの実家には何も言いませんから。何も見てませんから!?…でも私は貴方がどんなに変わっても友達・・・よ?』
『疑問系にしないでください!すごい不安になりますから!!』
そんな二人の攻防がしばらく部屋の中で行われた後、ようやくアンリエッタはルイズのベッドに腰を下ろしたのだった。
ルイズとサイトはそんなアンリエッタの前に立ち、二人して気まずそうに目を泳がせていた。
部屋に再び沈黙が流れる。風系統の魔法なんか唱えてもないのに、部屋の中が息苦しく感じられた。
(ちょ、ちょっと犬!!姫様が居るのにぼっと突っ立てないでよ!この空気なんとかして!)
堪らなくなったルイズは隣で立っているサイトのわき腹を小突いた。
(はぁっ!?)
急な主人の無茶振りにサイトも目を見開いてルイズに言い返す。
(無茶をいうな無茶を!!こんな班分けに失敗した修学旅行のような雰囲気の中で俺が何出来るんだよ!?一発芸でもしろってか!?なにやっても大怪我するわ!!)
(一発でも二発でもいいからどうにかしなさいよこの空気!使い魔でしょ!?せっかく姫様がこんな所に来て下さったのにいつまでも気まずい雰囲気なんて…)
(気まずい雰囲気っておま、大体あんな所見られた時点で既にアウトだよ。もうスタート地点から間違ってんだよ)
二人はいかにこの気まずい雰囲気を脱出するかを小声で言い争っていたが、お互いの主張に熱くなっていき、段々アンリエッタが居ることを忘れかけていた。
さすがのアンリエッタもそれに気付いたようで、ベッドの端に置いた手を挙げ、ルイズ、サイトの方へと伸ばして声を掛けたが、
「あの...ルイ(姫様も姫様で悪いだろ!?ノックもせずにいきなり入ってきたじゃん!!あれは反則だよ!パ○ス待たずしてスラ○ム倒すぐらいの暴挙だよ。空気読んでないよ!?)!!!!
「ちょ...(なに訳わかんない例え出してんのよ!!誰よパパ○って!?しょうがないじゃない姫様が空気読めないのはいつものことなんなんだから!!)!!!!!!?
「あなた達...(大体、姫様も社交性なんかが足りないのよ!!自分から部屋を訪ねてきて勝手に逃げるし、部屋に戻っても私の事警戒するし...)いい加減にしなさーい!!私の事好き放題に言わないくれません!!?そりゃ、友人が鞭持って殿方叩いてたら逃げるに決まってるでしょ!!」
我慢できなくなったアンリエッタはベッドから立ち上がると、大声を出して二人に抗議した。
先程までの気まずい空気は吹っ飛んだが、ようやく落ち着いたのはまたしばらくしてからだった。
※※※※※
「も、申し訳ございません姫殿下!つい熱くなってしまって...」
「気にしないでルイズ。私も熱くなってしまったごめんなさいね。ほら、私“空気読めない”でしょ?“空気読めない”王女でごめんなさいね?」
「「ホントすみませんでした」」
三人の言い合いが収まった後、つんと顔を上に向けたアンリエッタにルイズとサイトは床に顔がつくほどまで低くなって謝った。
サイトに至ってはもはや土下座で謝っていた。
まあ、一国の王女に向かって「空気読めない」だの「社交性が足りない」だのと言ったのだから当然と言えば当然だ。
それを再び腰を下ろしたベッドから見ていたアンリエッタは、ふぅと一つ息を吐いた。
そして堪え切れなくなったかのように、彼女の口から「フ、フフ、フフフ...」と笑い声が漏れてきた。
「フフフ♪顔を上げてルイズ。大丈夫、もう気にしてないわ」
アンリエッタは目に涙を浮かべて頭を下げているルイズの肩に手を置き、顔を上げるように言った。
そしてサイトの方にも顔を向け、
「さ、使い魔さんも顔を上げて。えっと...?」
「コラ、さ、サイト!!姫様にご挨拶!!」
「うぇ!?えっと、ひ、平賀サイトと申し上げまする?以前ちが以後、おしりみおきを...」
「フフフ、そんなにかしこまらないでください♪」
「ハゥ♡」
透き通った声がサイトの胸を射抜いた。
サイトが顔を上げるとアンリエッタの可愛らしく、絵から出てきたのかと思うほどの美貌を備えた顔が正面にあった。
部屋に入ってきた時や言い合いをしている時に気付かなかったのが可笑しいくらいだ。
サイトの胸は、初恋にでも掛ったかのようにキュンと締め付けられた。
ちなみにそんな彼は知るはずもないが、品評会と今回の訪問に見た際の印象から、アンリエッタにはサイトは『常に裸の人』というイメージが出来上がっていた。
アンリエッタは小さく笑いながらルイズを隣に座らせた。(ちなみにサイトはルイズの指示で藁束の上に帰還させられた)
「はぁ~ホント、いつ振りかしら。あれだけ大きな声で言い合ったのは。ルイズだけよ。私のありのままの姿を見せられるのは」
「そんな...姫様」
ルイズが何か言おうとする前に、目に溜まった涙を指で拭ったアンリエッタは口を開いた。
その声はさっきまでの明るい声とは違い、低く、明らかにテンションの落ちた口調だった。
「ルイズ。結婚するの、わたくし」
「お、おめでとうございます...」
ルイズはわずかに目を伏せた。なんとか声を出せたが、その声はルイズ自身でも分かるくらい沈んでいた。
ちなみにサイトは「マジで?」と言いたそうな顔になっていた。
「嫁ぎ先は?」
「・・・ゲルマニアです」
「ゲルマニアですって!あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」
絞り出したようなアンリエッタの答えに、ルイズは思わず憤慨してベッドから立ち上がった。
話を藁の上で聞いていたサイトは、壁に置いてあるデルフリンガーに顔を近づけて尋ねてみた。
「な、なあデルフ?ゲルマニアって言ったら、キュルケの実家がある所じゃないか?」
「そうよー。なにダーリン?ゲルマニアって聞いたら私の事浮かんだの?嬉しいわー♪」
「そうだけど...ってデルフ?お前声急に変わってないか?というか後ろから声が聞こえ・・・」
サイトも含め、ルイズもアンリエッタも皆、同じ方向に目を向けた。
いつの間に入ってきたのか、キュルケがサイトの背後に立っていたのだ。
ルイズたちの視線に気づいたのか、キュルケは色っぽく微笑みながら「ハ~イ♪」と手を振ってそれに応える。
「ちょ、ちょっとキュルケ!!アンタ何勝手に部屋に入ってきてるのよ!!?信じられないわ!」
ルイズは大声を上げてキュルケを指差すが、キュルケは髪を掻きあげ、呆れたように答える。
「それはこっちのセリフよヴァリエール。こんな夜中に馬鹿みたいに騒いで。文句言いに来たのよ。そしたらびっくり、アンリエッタ姫殿下がいるじゃないの」
そう言って笑みを浮かべるとキュルケはルイズから視線を外し、隣に座るアンリエッタを見た。
アンリエッタはキュルケの視線に気づき、肩を少しすぼました。
「あの、あなたは?」
アンリエッタがおずおずと尋ねると、キュルケは恭しく頭を下げて床に膝をついた。
「申し遅れましたアンリエッタ姫殿下。わたくし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します。以後、お見知りおきを」
いつもからは想像も出来ないくらい丁寧に名乗ったキュルケは、アンリエッタが「顔を上げてください」と言うのを待って立ち上がった。
それを苦虫を噛んだかのような顔で見ていたルイズは、キュルケが立ち上がったのを見計らって気まずそうに聞いた。
「キュルケ...あんた、いつから部屋の会話聞いてたの?」
先程、思い切り「あんな野蛮な成り上がりどもの国!」と言ってしまったルイズとしては、いくら宿敵とはいえ気まずさは半端ではない。
それを知ってか、キュルケは意地悪そうに目を細めると、口をすぼめた。
「そうね~♪それほど前じゃないわ『ちょ、ちょっと待って!ってサイト!早くあの娘のこと追うわよ!絶対勘違いされたわッ!!口止めしなきゃ』って所くらいからかしらぁ?」
「そ、それならいい・・・訳ない!!ほっとんど始めっから聞いてたんじゃないッ!!」
「当たり前でしょ?アンタ『サイレント』も掛けてないんだから、私が魔法使ってなけりゃ嫌でも壁から聞こえてくるわよ。アンタ気づいてなかったの?馬鹿ね、ホントヴァカね。誰が野蛮で成り上がりどもの国よ、失礼ね」
「ぐ、ぐぅぅぅ...」
「あのキュルケさん?出来れば、私がここに居ることは内密にしてもらいたいのですが...」
「ええ、いいですわよ姫殿下。殿下もこんな幼馴染を持つと苦労しますわね♪」
「ええ、まあ」
「え、姫様そこ否定なし?」
「ま、ルイズが私の国を酷く言った代わりと言ってはなんですが、私もお話に参加させて頂きますわ♪」
そう言ってキュルケもルイズのベッドに座った。ルイズは「ツェルプストー!姫様の隣に勝手に座らないで!」と叫ぶが、
アンリエッタはルイズを宥めながらキュルケと同様、自分の隣に座らせたのだった。
人は違えど、アンリエッタを中心にルイズ、キュルケが左右に座った光景は昼間の品評会の時そのものであった。
それからはキュルケも加わり、アンリエッタ、ルイズ、キュルケの三人でアンリエッタの結婚についての話が始まった。
完全に蚊帳の外に出されたサイトは藁束の上に座って、ポカンと話を聞いていたのだった。
(あれ、俺って空気?)
アンリエッタの結婚は、トリステインがゲルマニアとの同盟を結ぶためのものだった。
現在、ハルケギニアの国家の一つであるアルビオン王国では貴族による反乱が起こっており、現国王ジェームズ1世が率いる王党派が反乱軍である貴族派にやられるのは
時間の問題であると、トリステインの王宮では予想されていた。
そして王宮ではこの貴族派の連合軍「レコン・キスタ」がアルビオンを征服した後は、次なる標的にトリステインを定めると考えていた。
昔はともかく、今のトリステインにはその襲撃を迎え撃つ力は最早失っており、トリステインは近隣諸国と一刻も早い軍事同盟を結ぶ必要があった。
外交による努力の結果、トリステインの北に位置する大国ゲルマニアとの軍事同盟が結ばれることになる。
しかしその条件として、ゲルマニア皇帝アルブレヒト3世はアンリエッタとの婚約を出して来たのだった。
「そういう訳なのです・・・トリステインの未来のため、同盟を結ぶために婚約が決まったの」
話を終えたアンリエッタは、何かを体から追い出すかのようにフゥ~と長いため息を吐いた。
婚約の事を話している間、アンリエッタの声は終始トーンが下がっていた。国のためとはいいつつも、やはり愛してもいない男の元へ嫁ぐのには抵抗があるのだろう。
話している間、ルイズ、キュルケにはありありと伝わってきた。
キュルケはアンリエッタの話を黙って聞いていたが、話が終わるとその時を待っていたかのように、すぐに彼女に問いかけた。
「姫殿下...他に好いてる殿方がいらっしゃいますわね?」
「ふぁ!?」
「ちょ、ちょっとキュルケ!?」
突然の問いにアンリエッタの口から驚きの声が漏れた。
ルイズが何か言っているようだが、キュルケは無視してアンリエッタの手を取ると、その手を強く握った。
「分かる!分かりますわ姫殿下!いくら国のためとはいえ、望まない結婚なんてしたくありませんわよね!あんな油ギッシュなオジサンよりも本当は彼の元に行きたい...そう思うのが女ですものね!分かるわ~!!」
自分の国の皇帝をさりげなくけなしているキュルケであったが、ゲルマニアの皇帝であるアルブレヒト3世は既に40を超える歳だ。アンリエッタとは親と子程の歳の差がある。
キュルケも実家でとある老貴族と結婚させられそうになった経験があるため、政略結婚をさせられるアンリエッタの気持ちは痛いほど分かったのだ。
「キュキュ、キュルケさん!?あの、私は...」
急に手を握られて慌てたアンリエッタであるが、キュルケの質問には答えず、顔を下に向けたまま黙ってしまった。しかし、それは「肯定」と同然であった。
アンリエッタの様子にさすがのルイズも気づき、口を両手で押さえた。
「姫様、ホントですの?」
「そ、それは・・・・・」
アンリエッタは一瞬返事をしようとしたが、口を閉じた。
まるで言い出そうか出さないかと悩んでいるようであった。
しかし多少の沈黙の後、キュルケが握っていた手をゆっくり離したのを合図にしたかのように、アンリエッタは意を決したように顔を上げた。
ベッドから立ち上がり、ルイズ、キュルケのいる方へ振り返る。ルイズも慌てて立ち上がり、キュルケも釣られるように立つ。
二人が立ったのを見たアンリエッタは胸の前で両手を合わせ、ルイズに顔を向けて絞り出すかのように声を出した。
「実は...ルイズに頼みがあるの」