「いいいいいぬうううううぅぅぅ!!!何処行ってんのよぉぉ!!!!」
品評会も終盤を迎える頃、控え場所でのルイズの苛立ちはピークを迎えようとしていた。
座っている椅子もガタガタと揺れるというよりも震えている。
これから壇上に上がる生徒の数もルイズを入れてあと数人。とうとう両手で数えるほどとなっていた。
その前に「準備してくるぜ!」といったきり、サイトがどこかへ消えたのはもう一時間も前の話だ。
最初のうちは安心していたが、他の生徒の名前が呼ばれていく度、自分の順番が近づくにつれて焦りと不安が膨らんでいった。
「次はマリコルヌ・ド・グランプレと使い魔のクヴァーシルです!」
壇上からマリコルヌの名前が呼ばれると、クヴァーシルを肩に乗せてマリコルヌが壇上の方へと歩いていくのをルイズは見て、膨らんだ苛立ちはいよいよ、焦りへと変わった。
「・・・!!次じゃないのッ!」
辺りを見回すが目に入るのは既に出場を終えた使い魔と、これから出る予定の生徒たちのみ。サイトの姿はどこにも見当たらなかった。
向かいのテーブルではタバサが椅子に座り、優雅に本を読んでいる。
ゆったりと椅子にもたれかかり、本を片手にお茶を飲んでくつろいでる姿は既に優勝を決めたかの様、そんな余裕を漂わせている。しかしそれも当然か。
タバサとシルフィードの演技はホントに凄かった。
きりもみ飛行やジグザグ飛行など、シルフィードのド派手な飛行には観客も大いに沸いた。
特に最後のは圧巻。
タバサが魔法で宙に浮かせた「花びら」の中を踊るように飛んだシルフィードには美しさすら覚えた。悔しいが、ステージ裏から見ていたルイズ自身も凄いと思ってしまった。
特に客席の方はまるで「操られてる」かと思うほどの歓声と拍手をタバサに送っていた。
まあ、やっていた方も大変だったようで、タバサが座る椅子の傍では、シルフィードが舌を出してぐったりと横たわっていた。
「きゅ、きゅい゛...(ハーハー、い、息が、酸素が足りないのねぇ...ていうかお姉さまの馬鹿!!ルーナちゃんの赤ちゃん、いつのまに用意してたのね!??)」
相当過酷であったのだろう。荒い息がルイズの座っている所まで聞こえてきそうだ。
その時、シルフィードの呼吸音に重なり、ステージの方から声が上がった。
「それでは次に行きます!ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと使い魔のサイトです!!」
「ええええ!!!?」
ルイズは飛び上がった。さっきマリコルヌの名前が呼ばれたばかりじゃない。早過ぎるわ!
顔を赤くしたルイズは戻ってきたマリコルヌを呼び止めると、少し距離を開けて叫んだ。
「ちょっとマリコルヌ!アンタ終わるの早すぎるでしょ!何してんのよ一体!!?」
いきなり怒られたマリコルヌは訳が分からないといった表情を浮かべ、
「なんだよ急にルイズ!?別にいいじゃないか早くたって!」
「程があるでしょ程が!行ってすぐじゃないの!このハヤコルヌ!」
「マリコルヌだ僕の名前はっ!!しょうがないだろ!挨拶した瞬間、クヴァーシルどっかに行っちゃったんだからさ!」
そう叫んだマリコルヌの周りには、確かにクヴァーシルの姿はなかった。
マリコルヌは半べそになりながら、自嘲気味に笑って続ける。
「ふ...フフフ、笑えよルイズ、皆何かしらやってんのに、使い魔と挨拶だけしか出来ないって...」
肩にくっついていたクヴァーシルの残した羽がさらに悲しさを表現してる。
それだけ言ってマリコルヌはフフフと笑いながらどこかへと行ってしまった。
後に残ったルイズの顔は赤から青へと変わっていた。
笑えない。
全くもって笑えない。
私に至っては挨拶すら出来ないかもしれないのだよ。
「ミス・ヴァリエール?ステージにどうぞー!!」
ルイズが現れないことを不審に思ったのか。司会の生徒が再びルイズを呼ぶ声が聞こえてきた。
(どうしよ!どうすんのルイズ!?サイトいないのに出なきゃいけないの!?)
顔からは汗がとめどなく出てる気がする。
司会の呼ぶ声は続く。
「ミス・ヴァリエール?いないのですか~ミス・ヴァリエ~ル?」
(聞こえてるわよ全く!出ろってか!?早く出ろってか!!?)
司会の声にすらも当たるルイズであるが、八つ当たりをしてもルイズの使い魔は出てこない。
司会の声がグルグルと頭の中で回る。客席の方からは出てこないのでざわめきが起こっているようで、ざわざわとした音も聞こえてきた。
「...分かったわ」
しばらく悩んだ後、ルイズの心は決まったらしく、ステージへの階段に足を掛けた。
「挨拶だけしよう。その後サイトをシバこう」
※※※※※
段を上っている時、ルイズは腰に差していた杖を抜いた。
壇上で何かをするためではない。挨拶がすんですぐにサイトへと魔法をぶつけるためだ。
ルイズがステージ上に現れると、登場したのがルイズ一人だけで、使い魔が見えないことに客席からはざわめきが起こった。
遠くから見ていたアンリエッタも、一人で出てきたルイズを見て心配そうな表情を浮かべる。
「ルイズ...一人でどうしたというの?」
アンリエッタの心配を余所に、静かな足取りでルイズがステージ中央までやってくると、生徒達が座っている席から野次が飛んできた。
「どうしたゼロのルイズ!?平民の使い魔に逃げられたのかぁ?」
周りの生徒から笑い声が出たが、ルイズの目がその声をかき消した。
いないわよ だからどうした?
その目はさっき誰か殺してきたんじゃないかと思えるほど、鋭く濁った目つきだった。
野次を飛ばした生徒の顔は血の気が引き、蛇に睨まれた蛙の如く固まってしまった。
ルイズは顔を元に戻すと、大きく息を吐いて、挨拶を始めた。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。えーっと私の使い魔ですが...」
そこまで言ったルイズは、口をつぐんだ。
さっき決心をしたのだが、やはりこれだけの人の前で
「使い魔に逃げられちゃったんですよ~全く嫌になりますわホホホホ」
などというのはかなり恥ずかしい。というか言いたいわけがない。
チラッと確認したが、幸いルイズの両親は来てないようだった。
しかし一番後ろでは、あのアンリエッタ姫が見ているのだ。
(姫様が見ているこの場所で使い魔に逃げられたって言えと?ぐううううっ…)
言おうとしている言葉が口の中から出てこない。
それはルイズの貴族としてのプライドからかそれとも怒りからか、口を開こうとするとルイズの考えとは無意識に唇を噛んで、言葉を塞き止める。
噛んだ拍子に切ったのか、口の端から血が流れてきたのを口元を流れた温い感触でルイズは感じた。
黙ったまま、口の端から血を流し始めたルイズに、怖さと不思議さで客席からざわめく音が大きくなった。
いっそのこと全員爆発すればいいのに。もはやルイズの怒りはサイトだけにとどまらず、目の前にいる全てに怒りが広まってきた。
ルイズの使い魔への怒りが段々と無差別になっていく中で、客席の観客はさらに驚いた表情でこちらを見ている。
(なによっ!使い魔なしで来たのがそんなに珍しいっての!?)
思わず杖を振りかぶりそうになったが、杖に力をこめた時、ルイズはあることに気づいた。
観客が自分を見ていると思っていたのだがなんだか様子がおかしい。
自分というよりも、自分の後ろを見ているような...
その時、ルイズは背後から気配を感じた。それと同時に後ろのほうでポタッ、ポタッと何かが垂れる音が聞こえてきた。
首だけ回し、後ろの方を見てみる。しかし何もない。と思ったルイズの目が少し上を向いた時、
上半身だけの人間が二人、宙に浮かんでいた。
※※※※※
キャー!
何だあれは!
ミス・ヴァリエールの使い魔か?
そんなわけないだろ!!
突如として現れた二体のお化けに、ルイズの背後から観客の生徒や貴族が悲鳴や声を上げるのが聞こえてくる。
中には席を立ちその場から逃げようとする者もいた。
ルイズもあまりの光景に悲鳴も出ない状態である。
しかしそれは当然だろう。今まで何もなかったはずの場所に、人間が上半身だけ浮かび上がっているのだから。
宙に浮かんでいる人間の上半身は、まるでなにかに『吊り下げられている』かのように腕をだらんと垂らしている。
浮かんでいる体は二体で、寄り添うようにして浮かぶ体は何かの液体がべっとりと付いており、ブラブラと動く4本の腕から伝って舞台床に落ちていた。
四つの白い目を向けてくる二体のお化けにルイズは体を震わせていた。
逃げたくても恐怖で体が強張って動かず、宙に浮かぶ上半身から目を逸らしたくても逸らせない。
震えるルイズの口から小さく声が漏れた。
「ちょ、ちょなによこれ...ん?」
ルイズが何かに気付いた。宙に浮かんでいるお化けのうち、片方の服に見覚えがある。
学院の制服だ。内側に着るシャツだけで、所々に穴が空いているようだが...というよりも、その制服を着ているお化けの顔も見覚えが...
その時、宙に浮くお化けのすぐ後ろに、紅い鱗が次々と浮かび上がった。
灰色の蛇腹を持ち上げた巨大なコアトル、レミアが姿を現したのである。
上半身だけのお化けは宙に浮かんでいたのではなく、レミアが口に咥えていたのだった。
「な・・・なんでレミアがここに」
さっきから驚きっぱなしである。
今まで何も見えなかったのに、いつの間に後ろにいたのか。
頭の中でふとそんな疑問がよぎったが、大きなレミアの目がルイズを睨みつけると、その疑問も消え、ルイズの口からヒッと小さな悲鳴が漏れた。
レミアは少しの間ルイズを睨んだ後、スーッと頭をステージの舞台まで下げたと思いきや、口に咥えていた人間をベッと吐き出した。
吐き出された勢いのまま、それは二回三回と転がって止まる。ルイズはそれに恐る恐る近づいて、レミアの唾液でベトベトになっている「それら」を改めて見たとき、ルイズの体が恐怖とは別にわなわなと震えだした。
「さ、サイト?なんなのよその格好は...」
ルイズが呟いたのと同時、舞台の後方の席からも声が漏れた。
「み、みみみミシェルか・・・?」
レミアの口から出てきたのは、サイトとミシェルであった。
唾液がべっとりとついているという姿はどこをどう見てもまともではなく、ミシェルは身につけている鎧が微妙にとろけている。
サイトに至っては学院の制服がドロドロに溶け、所々から肌が見えていた。
すっかり丈の短くなったスカートはめくり上がり、見えちゃいけない所までもがチラッチラッ、見えそうで見えないような状態だ。
あまりに悲惨な使い魔の姿に、ルイズもなにが起こっているのか、というよりも何があったのか全く分からない。
「ななななんでこんな...」
ルイズをよそに、レミアは再度口から何か吐き出した。
ベタベタになったそれは、サイトと一緒に消えてたデルフリンガーであった。
「あ、嬢ちゃん...おれっち大丈夫かな?溶けてない?」
「ボロ剣...!!アンタまでなんでこんな」
ステージに転がったデルフリンガーの元に駆け寄ったルイズは柄に手をかけようとしたが、デルフリンガーはどうやらレミアに完全に飲み込まれていたらしく、黄色っぽい胃液がべっとり付いているのに気づいて手を引っ込めた。
横たわったままデルフリンガーは、何か伝えようとしているのか、鍔を動かし始めたのだが胃液の所為か、いつもの金属音は出てこなくて、「ネチャッ、ヌチャッ」と湿っぽい音が響いてきた。
「まあ、ぶつかったおれっちが悪いかも知れないよ?だけど投げ捨てた相棒も悪いし、投げる原因になったそこの姉ちゃんにも非があるんだ」
「だからなにがあったのよアンタ達に!?」
「ソイツガ・・・・ダヨ」
「え?」
ふいにルイズの頭の上から、知っている声がぼそりと聞こえてきた。
その声は囁くような、かすれた小さい声だったのに辺りに響き、不思議な事に客席の方にも届いたらしく、声を聞いた生徒や貴族が座っている席はシーンと静まり返った。
ドクン ドクン
「ソイツガ・・・・・・・・ダヨ」
ルイズの背筋が、氷を詰められたかのような寒気がのぼってきた。
心臓の音が耳に入るほど静まりかえった周囲の目線は、声が漏れてきたと思われるレミアへと集まっている。
ドクンドクン ドクドク ドク
「ソイツガァ・・レミア・・・・・・ダヨォ」
心臓の音が早くなってきた。
ステージに上がってからさほど時間が経ってないはずなのに、季節が変わったかのように寒気を感じる。おそらくそう思っているのはルイズだけではないだろう。
胸のあたりが苦しくなってきた。頭もぼやっとする。いつの間にか呼吸をしていなかっのに気づいたルイズが空気を吸おうと口を開いた時、レミアの口も再び開いた。
大蛇の口の中から、目をギラつかせたノエルが飛び出してきた。
「そいつがぁレミアにぶつかってきて怪我させたんだよおおおぉぉぉぉ!!!!」
「「「「「「「ギャアアアアアアアアアアアァァァッッッ!!!!!」」」」」」
品評会も終盤を迎えたルイズの番で、客席からこの日一番の大声が上がった。
※※※※※※※※
結局、品評会はレミア&ノエルのホラーショーで幕を閉じた。
一応残りの生徒も出たには出たのだが、ノエルとレミアの後ではあまりにもキツかった。ちなみにノエルとレミアはルイズの番であったのに出てきたため失格、優勝はタバサとシルフィードの手に渡ったのであった。
こうして様々な思惑が交差した使い魔品評会は終わりを迎えたのだった。
「じゃ、犬。覚悟はいいかしら?」
場所は変わってルイズの部屋。
ベッドの上で苛立った顔で仁王立ちしたルイズの視線の先には、レミアから吐き出されたままの恰好で正座しているサイトがいた。
品評会に出てから着替えはさせてもらえず、ボロボロの制服を着て床に正座させられている。
そのサイトの姿はどこの世界で見ても、明らかにイジメに遭っている姿だ。
ルイズが手の中でペシペシと音を立てている鞭が、いかにも場の雰囲気とマッチしている。
ちなみに胃液にもまみれたデルフは部屋の隅にむなしく転がっていた。
「OKルイズ。とりあえず俺の話を聞いてくれよ。そして着替えさせてくれよ。あの蛇に咥えられてついた唾液が渇いて凄い事になってんだけど...」
サイトが話す度、顔からパリパリと乾いた唾液が剝がれてくる。
レミアの腹から出て気づいた後、顔は洗ったのだがまだ付いていたらしい。
床に落ちる唾液のカスにますます苛立った顔になるルイズ。
ひくひくと口の端が痙攣しており、それと一緒に眉毛もピクピクと動いてる。
「あああああああらぁ、似合ってるじゃないサイトぉ?いつもの服とは違ってとおおおおっても素敵じゃない」
最初と最後の言葉が変になっている。
歪んだ笑みを顔に貼り、ルイズは人形のような目でサイトを見た。怒りの所為か、体中からなにか立ち上っているようにサイトには見える。
やっべ目が笑ってねえよご主人さま...
思わず「ルイズ、お前はジョルジュさんか」と思わず突っ込みそうになったが、流石に空気を読んだサイトはグッと口の唇を噛んだ。
そんなサイトの様子をルイズは相変わらず人形、いや死んだ魚のような目を向けてベッドからストンと降りた。それと同時に、ルイズの小さな手に持った鞭がギュウウッと強く握り込まれる。
「フ、フフフ...あ、私の制服をボロボロにした挙句皆が見ている前で..こここんな恥ずかしい%6“3##3アボッ=?”」
最後は何言っているか分からないルイズだが、とっても怒っている事はサイトでも分かった。
というかさっきから分かっていたことなのだが、鞭がミシミシときしむ音が大きくなってきているのと、ルイズの顔が段々と洒落にならなくなってきているので分かる。
「な、なあルイズ?さっきも言ったと思うんだけどさ?品評会の準備をしてる時にあの女剣士が現れてさ?いろいろと絡まれそうだったから逃げようとしたら転んじゃって、その拍子にすっぽ抜けたデルフがレミ...ア?に当たっちゃってさ。それであんな事に...ほら、俺悪くなくね?」
サイトも身の危険を感じたのか、正座を崩してルイズを説得しながら後ずさりし始めた。
しかし、その動きがルイズの引き金を引いてしまった。
「どこに行こうとしてんのよサイトおおおおぉおっっ!!!」
「うあああああ!!!」
大声と共にルイズが鞭を振り上げ、サイトに襲いかかって来た。
恐怖で叫び声を上げたサイトに、ルイズは容赦なく鞭を振り下ろしてくる。
「いてっ!ちょ、ホント止めてッ!いたッ!ルイズッ!」
「このッ!この犬ぅ!私に!恥を掻かせて!」
「ちょ、ルイズ!待て、話を聞いてアーッ!」
サイトは立って部屋の中を逃げ回るが、興奮したルイズは顔を赤くしながらブンブンと鞭を振り回す。
これだけ聞けばルイズが使い魔のサイトを虐待しているのだが、奇麗な部屋の中でボロボロのスカートとシャツを着たサイトを鞭で打つルイズ。
見る人が見ればそっち系のお店のサービスと思えるような光景である。
ルイズの鞭を何度も浴び、サイトが着ている制服は先程よりも崩れてきていた。
もはや「服」とは言えない布面積で、肌が見えている場所からはルイズの鞭が打った跡が赤くなって見えてる。
しかし、そんなことは関係ないとばかりに、ルイズは執拗にサイトを鞭で追う。
「痛っ!ルイズ!悪かった!俺が悪かったからもう許して!」
床に倒れたサイトは涙目になりながらルイズへと謝るが、ルイズの顔は上気した感じでうっとりとした目をサイトに向け、息を荒くしながら鞭を構えている。
もはや当初の目的は忘れているようだ。
「このぉ!犬ぅ!」ハァハァハァハァ
「ルイズぅ!?ちょおま、何新しい系統に目覚めようと...」
「黙れ小僧!!」
「美○さん!?」
その時、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。
トン・・・トン、トントントン
初めに長く二回、それから短く三回と規則正しいリズムでドアがノックされた。
そのノックの仕方にルイズが反応して、鞭を持つ手が上で止まる。
お仕置きが止んだサイトは急いで立ち上がろうとするが、それよりも早く部屋のドアが開かれ、黒い頭巾をかぶった少女が二人の目に入ってきた。
ルイズとサイトは固まった。
((えええ~何も言ってないのに入ってきたよこの人?))
普通、他人の部屋に入ってくる時はノックをして、部屋の中の相手がドアを開くか声をかけるかで招き入れるものだ。
それなのにこの少女ときたら何も言ってない内にドアを開いてきやがった。
黒い頭巾を被っているせいで、ルイズ達には少女の顔は見えないが、少女のほうからは鞭で少年をしばき上げているルイズの姿がきっちりと写っているだろう。
少女と二人の間に少しだけ静かな空気が流れたが、やがて少女は無言で部屋のドアをゆっくりと閉めた。
パタンと扉の閉まる音の後、少女が駆け足で廊下を走る音がルイズにも聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと待って!ってサイト!早くあの娘のこと追うわよ!絶対勘違いされたわッ!!口止めしなきゃ」
「口止めってルイズ...というか勘違いつーか、もう、見たまんま正解のような気がするんだけど…」
「ばかあッ!!こんなことが学院中に知れ渡ったらとんだ恥じよ!!」
そう叫んでルイズは部屋のドアを勢いよく開くと、先ほどサイトを追っかけていたのと同じ速さで少女を追いかけて行ってしまった。
後に残されたサイトはぼんやりと開いたドアから見える廊下を見ていた。
廊下の遠くのほうからは、「マッテー!!」と叫ぶルイズの声が聞こえてくる。
ちなみにルイズの手にはまだ鞭がしっかりと握りしめられているので、周りから見たら鞭を持って少女を追いかけまわす危ないラ・ヴァリエールにしか見えない。
「なあデルフ...俺、今日女装して蛇に食われそうになっただけじゃね?」
サイトが床に転がっていたデルフリンガーにそう呟くと、錆びた金具の音と一緒にデルフリンガーの声が聞こえてきた。
「相棒、おれっちなんか久しぶりに登場したのに蛇に呑まれただけだぜ?」
※※※※※
「すまんのぉジョルジュくん。品評会が終わって疲れてるじゃろうに、呼び出してしまっての」
「いや...オラはそんな気にしてないですだ。だども...どうしたんだこんな集まって?」
「私も聞きたいわ。人がせっかく新しいお酒が入ったから気持ちよく飲もうとしていた時に・・・もう」
ルイズが追跡者となっている頃、女子寮から離れた学院長室に呼び出されたジョルジュは、部屋の中の景色に困惑していた。
いつもなら中央の席にオスマン校長が座っていて、隣の席にミス・ロングビルが座っているのだが、今夜はそこにミス・ロングビルの姿はなく、代わりに姉のマーガレットがふんぞり返って座っている。
オスマンの隣には真っ黒な顔をニコニコと笑い顔を浮かべた父バラガンがおり、オスマンの後ろではサティが、なぜかオスマンの肩を揉んでいた。
ドニエプル家の者が実家以外で多数集まっているという、なんとも変な光景である。
バラガンはニカニカと笑いながらジョルジュとノエルに近づいていくと、
「ジョルジュ!!今日の品評会良く頑張ったっぺなぁ!オラ嬉しくて涙出そうになったぺよ!」
そう大声を出してジョルジュの肩をバシバシと叩いた。
肩に来る重い衝撃に、ジョルジュは困った顔で苦笑いを浮かべると、バラガンに自分を呼び出した理由を尋ねた。
「おとん、なんで学院長室にオラのこと呼んだがぁ?それにマー姉まで...」
「ちょっと話したいことがあってな。ステラやノエルにも言うことがあんだけど、まんずはジョルジュとマーガレットに話さなきゃいけないことがあってだな」
バラガンが続けて言おうとすると、オスマンは慌ててバラガンを止めた。
「ちょっとバラガンや。その後は儂の事は儂が言おう。詳しいことは...」
「その通りよオスマンお爺ちゃん!早いとこ終わらせて私を部屋に戻して!せっかく酒のお共に作った料理が冷めちゃうし!」
そうオスマンの言葉を推しながらも、ロングビルの机にあるノートを読むマーガレットに慌ててオスマンは注意する。
「ちょ、ミス・ドニエプル!ミス・ロングビルの机荒さんといて!!今休暇中で戻ってきた時に置いてる位置が変わってたらワシが怒られる!」
「そんな固いこと言わないでよお爺ちゃん♪」
「いやいやお主のお爺ちゃんになった覚えはないからね!?てかもう酔ってる?」
「マーガレット姉さん。人の物を勝手に漁るのは良くないよ。誰だって見られたくないものはあるんだから」
「おおっ!!よくぞ言ったミス・ドニエプル「何よお爺ちゃん?」ええい紛らわしいわい!!サティちゃ...ってあれ?なんで儂の頭を左右から掴むんじゃ?」
「うん。オスマン校長の姿勢が微妙に歪んでいるから、ちょっと首から骨を矯正しようかなって...」
「いやそこまでやってもらうのも気が引けるっちゅーかね?そういうのは...」
「フンッ!!」
オスマンの視界が黒く染まった。
数分後、マーガレットが魔法でオスマンを治療し終えると、全員が先程と同じ位置に戻って話は再会された。
「ふう・・・ご先祖様が川の向こうから手を振ってるのが見えたわい。じゃ、バラガン。もういいかの?話始めて」
「お願いしますだ」
オスマンの言葉に恭しく頭を下げて答えたバラガンを見て、オスマンは顔を机の向かいに立つジョルジュへと向けた。
その顔は先ほどまでとは変わり、真面目そのものである。
「さて、お主をココに呼んだのは他でもない。お主の父親バラガンから頼まれたことじゃが、お主に正式な王宮からの任務が来ておるのでな。お主が学院の生徒じゃから立場上、身を預かっておる儂が言わねばならんのじゃ」
「任務?」
ジョルジュは思わず聞き返した。
オスマンはジョルジュから目を離してすぅと息を吸うと、再びジョルジュを見て口を開いた。
「そう。期間は大体一ヵ月、タルブの村に行ってくれんかの」