ジョルジュとルーナがステージ上に上がると、二人は手をつないで客席の方に頭を下げた。
客席から拍手が送られ、ジョルジュは前日に覚えたセリフを頭に浮かべながら喋り出した。
「トリステイン魔法学院二年、ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルです。そして私の使い魔である...」
続いて顔を上げたルーナがニコリと笑った。
―アルルーナのルーナでございます。皆様、ぜひお見知り置きを―
ルーナが挨拶すると、席の方から、特に貴族が座っている来賓席からはざわざわと声が生まれた。
トリステインの貴族、特にメイジである彼らからすれば、あれだけ大きなマンドレイクなど本でしか見たことがないし、ましてや喋れる個体など聞いたこともないのだ。
トリステインの学生の中には慣れている者もいるが、普通は頭に響いてくる彼女に声に驚くのは、至極当然といえよう。
最後尾から舞台を見ていたアンリエッタとアニエスらにも、頭に直接届いた声に、
「わっ!凄いアニエス!こんな遠くなのにはっきりと聞こえて来ましたよ!」モクモク
「ぐああっ、背筋がビクビクする...!なんだこのむず痒い感覚は」ゾワゾワ
「私はなんともないですが...人によって違うんですかね」(悶えるのを堪えている先輩、たまんねえなオイ)ゾクゾク
アニエスのむず痒い感覚はルーナの所為か、それともミシェルの所為かは分からないが、ステージの上にいるルーナからジョルジュに目を移したアニエスは眉をひそめた。
「あれ...?あの生徒、どこかで見たことがある気が...」
アニエスの疑問を余所に、ルーナは笑みを浮かべたままジョルジュの手を引いて2,3歩前に出た。
その歩く動作や姿勢はそこらの貴族令嬢よりも優雅に見え、一部の客席からはホォっとため息が漏れる音が聞こえてくる。
後ろの隙間から顔を出して覗いていたフレイムは、ルーナの動きを見て思った。
(あいつ完全に勝つ気じゃねっ!?明らかに対人用に準備してきてね!?)
―それでは皆様、席の足下をご覧ください―
ルーナはしなやかに手を動かし、観客の足下を指すと、客席にいる貴族や生徒の視線はステージから足元へと向けられた。
席の下や地面には、赤や白、青など多くの花が咲いており、一つ一つの色が混じって鮮やかな色の絨毯を作っていた。
品評会が始まる前から漂っていた甘い香りは、どうやらこの花達から出ているようで、客席に座る時際に花が潰れたりしたため、花の香りはさらに強くなって会場を包んでいる。
―この花達は我が主人であるジョルジュが、今日の品評会のために咲かせた花達でございます―
ルーナが紹介した後、ジョルジュは杖を取り出すと詠唱を紡いで杖を振った。
すると、花びらの色が徐々に変わり出したのだ。
会場一帯に咲く花弁が色を変化させ、まるで花の絨毯が動いているように見えた客席からはオオオッと歓声が沸き上がった。
その反応にルーナは満足げな表情を浮かべた。
(ここまでは計画通りですね...フフフ)
品評会の数日前、ジョルジュとルーナは会場となるこの場所に、花の種を植えていた。
品評会までの時間を考え、比較的に成長の早い品種を選んで種を蒔いたのだが、その中に「虹色草」といわれる花の種を混じらせていた。
「七日草」、「ディテクト・フラワー」などとも言われるこの花は、山間部などに咲いているのだが、メイジの魔力に反応してその花びらの色を変えるという変わった特性を持っている。
花や種が魔法の材料なんかに使われるのだが、「七日草」の名称の通り、成長も早いがすぐに枯れてしまうという特徴もあり、一般には出回ってはおらずあまり知られてはない花である。
マジックアイテムを専門に扱う人ぐらいしか花や種を見る機会はなかなかなく、ジョルジュも以前、トリスタニアのマジックアイテムの商店で偶々種を入手したくらいである。
その種を観賞用として室内で栽培していたのをルーナは目をつけた。なんといっても彼女はアルルーナ。植物の知識はジョルジュよりも幅広い。
もちろんジョルジュが持っている種だけでは、とても品評会の広い場所全部には撒けない。
そこでルーナは他の花も混ぜることで、会場全体に行き渡らせることを提案した。
そしてジョルジュが魔法をかけて虹色草の色を変えることで、あたかも会場全体に咲く花が色を変えたような錯覚を作るという、会場全体を利用して観客の心を捕える作戦を計画したのだった。
その作戦は見事に功を奏し、客席の貴族たちは好意的な目をこちらへ向けてくれている。
(オオオッ~!!作戦が見事はまっただよッ!流石ルーナ!)
ジョルジュは息を切らしながらも心の中で喜んだ。虹色草の色を変える際、ジョルジュは花の咲いている場所全体に魔法を掛けているので、体力的に結構しんどいのだ。
なので上手いこと客席の心を掴んだことが素直に嬉しかった。
そしていよいよ、ルーナとジョルジュのステージは本筋にはいった。
―それでは私の特技であります、故郷の歌を歌わせていただきます―
ルーナはさらに一歩前に出ると、両手を広げて口を開く。
すると頭上に大きな紫と白の二色が混じった花が咲き、それと同時に客席にいる全員の頭の中に、美しい歌声が響き始めた。
その声はルーナがこれまでに出したことがないほど、美しくも凛とした、まるで一輪の花を思い浮かべさせた。
歌声が響いたのと同じく、ジョルジュがエイヤと杖を振ると、地面に咲く花が再び色を変え出した。
頭に響く歌声、会場を漂う甘い花の香り、そして色が変わる地面と、ジョルジュの魔法とルーナの歌声が合わさった芸に、客席に座る生徒や貴族たちはまるで楽園にでも引き込まれたかのように、段々とうっとりとした目つきになっていった。
「オオオ...なんと素晴らしい...」
「ああ、癒される...」
賛辞の声とため息が漏れてくるのは、後ろの方でも同様で、アンリエッタもうっとりと眼を細めて、ルーナの声を聞いている。
「ふああ...なんて美しい歌声なのでしょう...癒されますわね~」
(おいミシェル...そんなに良いのかこの歌?確かに上手いとは思うけど)ヒソヒソ
(先輩もですか?まあ、姫様も含めて貴族の皆さま方は満足してらっしゃるようですからなんとも言えませんが...やはりこれも魔法と関係があるんでは?)ヒソヒソ
そして歌が終わり、頭からルーナの声が頭から無くなると、客席から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
ジョルジュも笑顔でその拍手に応える。魔法を出し続けていた緊張から解放された事と、鳴り響く拍手に自然と顔が綻んだ。
ルーナも笑顔を浮かべてジョルジュの元へと寄ると、最初と同様に手をつなぎ、客席へと深く頭を下げた。
―皆様、どうも、ありがとうございました―
「ありがとうございました」
再び起こった拍手を背に、二人は壇上から降りて裏手へと回ると、堪らずジョルジュがルーナの肩を掴む。
「やっただよルーナ!大成功じゃねえだか!さっすがルーナだなぁ、全部おめえの言う通りになっただよ」
喜ぶジョルジュに、ルーナは肩に置かれた手を取るとギュッと握り、
―フフフ、ありがとうございますマスター。マスターの協力あったから成功したのですわ―
お互いを讃え合うその姿は、正に主人と使い魔の理想的な関係といえよう。周りにいたまだ出ていない生徒から、半ば睨むように見られているのに気づいたジョルジュは、慌ててルーナと目を合わした。
「じゃ、じゃあオラは客席の方に行くだよ。ルーナは疲れただろうからゆっくり休んでたほうがいいだ」
―そうですわね...では終わるまで休ませて頂きますわ。マスターもお体に気を付けてくださいね―
「んだ。じゃあなルーナ。あ、肥料はいつもの花壇のところにあるだからな」
―ええ、分かりました―
それだけ交わすと、二人は握っていた手を離した。そしてジョルジュは品評会が続いている客席へと向かった。
ジョルジュが見えなくなるまでその場に立っていたルーナだが、ジョルジュの姿が見えなくなった後、彼女の表情から笑みが消えた。
―ああ...マスターがあれほど喜んで下さったのは私としても嬉しいですが―
普段と変わらない口調で呟いた言葉には、明確な悔しさが滲んでいた。
細めた紅い瞳が静かに燃えているかのように見えたのは、計画を失敗させた「誰か」への怒りからだ。
彼女はクルリと控え場所からさらに離れた場所で、コチラを見ている一人のメイジへ、その紅い瞳を向けた。
―邪魔してくれましたね。タバサ様―
冷たい殺気を込めた言葉を飛ばすと、ルーナは静かにその場を去った。
それを見ていた青髪のメイジ、タバサの眼鏡の奥にある目が、キラリと輝いた。
「やはり...私の思った通り。あなたの企みは...私が止めた」
※※※※※※※※※※※
ルーナの計画とはなんであったのか。
それは実に簡単な答えだ。即ち「ジョルジュを優勝させること」。
正確には使い魔である自分が優勝するということであるが、使い魔の功績は主人のもの。
つまり自分の優勝は主人の優勝となるのだ。
レミアを優勝させてあげようとロビンに相談を持ちかけられたが、主人を大事にする彼女がそれを簡単に逃す筈がない。
その日からルーナの思考は、品評会でどうやって優勝するかで占められたのだ。
この言い方は正確には正しくはない。なぜなら彼女は、「既に」優勝する手段を持っていたのだから。
しかしそれにはある問題をクリアする必要があった。品評会の際、いかにバレずに行うか。それが重要であった。
彼女は考えた。そして自分と主人の相性が最高であることと、自分たちの勝利を確信したのだった。
作戦は品評会の数日前から進行していた。
ジョルジュとルーナは品評会の会場となる場所に、花の種を蒔いていった。
その中に「虹色草」の種を混ぜることで当日、花を咲かせた虹色草にジョルジュが魔法をかけ、花びらを変色させて観客の心を掴む。
会場全体を利用するという何とも大胆な作戦である。
しかしジョルジュはこの作戦の真意を知らなかった。
混ぜられた種は「虹色草」だけではなく、ルーナの体内から出た種、いわゆるアルルーナの種も地中に埋められたのだった。
これがルーナの本当の作戦であった。マンドレイクは秘薬の材料として使われることからも分かるように、その体内には様々な症状を引き起こす成分が含まれている。
その中には催眠作用を持つものもあり、マンドレイクの亜種であるルーナの子供たちは、正にその催眠作用を持っていた。
品評会当日、客席のメイジ達が色の変わる花に目を奪われている時、同時にルーナの子供たちが一斉に目を開く。
他の花達が漂わせる甘い匂いに紛らせて催眠作用のある匂いを花びらから一斉に飛ばし、メイジ達を催眠状態へと導くのだ。
後はルーナの思いのままである。これがジョルジュを優勝へと導く作戦であった...
――――
――
―
「...それを私が阻止した」
「...怖すぎるにも程があるのね」
品評会が続く控え場所の隅っこで、タバサはルーナの企てをシルフィードに説明した。
聞いている最中、開きっぱなしだったシルフィードの口から、やっと搾り出たかのような声が出てきた。
「きゅいきゅいルーナちゃんがそんな洗脳紛いなことする筈ないのね!お姉様は考え過ぎなの!」
「ルーナの性格からして・・・・ジョルジュを負けさせる事など絶対する筈がない・・・・それどころか確実に勝利するために手を打ってくることは分かっていた」
そう言うとタバサは杖を振り上げて「レビテーション」を唱えた。すると近くの草むらからガサガサと音がして、中から大きな麻袋が宙に浮かび上った。
厚手のいかにも丈夫そうなその袋の中では、何かが無数に蠢いている。
「夜中の内に引き抜いたルーナの子供・・・それにさっき見た彼女の表情...動かぬ証拠」
「きゅい~!違うの!ルーナちゃんはそんな黒い事はしない...と思うの!その子供たちは...あれ...あれするためなのね?」
「言い訳など不要...これで彼女は優勝戦前から一歩後退した」
一瞬、タバサの顔が勝利を確信した笑みに歪んだ。
タバサの考えでは、ルーナはメイジ達の中にいる「審査員」を催眠状態にし、優勝を確実にするという計画であった筈だ。
それが出来なかった以上、ルーナの審査対象は彼女の使い魔としての希少さと、ステージ上で歌を歌っただけとなる。
花の色を変えたのはジョルジュであるから、直接採点には響かないだろうと踏んでいる。
となると後は純粋な使い魔勝負だ。
「名探偵タバサ・・・・・真実はいつも一つ・・・・私の優勝」
(うわ、お姉様のあんな歪んだ笑顔見たことないのね)
振り上げていた杖を下げると、ルーナの子供たちが入っている袋が再び草むらの中へと消えた。その時、ステージの方から声が聞こえた。
「それでは次の学生はミス・タバサと使い魔のシルフィードです!」
「シルフィード...失敗は許さない、分かってる?」
「きゅ、きゅい~~」
タバサはシルフィードに飛び乗ると、なんとも切ない顔になったシルフィードが翼をはためかせ、ステージへと飛んで行った。
しばらくして歓声が沸き上がるのが聞こえてきたが、一部始終を見ていたフレイムは一言ボソリと鳴いた。
『・・・・ドロドロしすぎじゃね?』
※※※※※※
「まったく、アニエス先輩ったら人使いの荒い...」
タバサとシルフィードがアクロバティックな飛行をしているその頃、ミシェルは会場から離れた学院の庭を歩いていた。
その手にはお茶のポットと、菓子が入ったバスケットが掴まれている。
本来はアンリエッタ姫に食べてもらうものであったのだが、アニエスやミシェルも一緒に飲食していた所為ですっかり無くなってしまった。
品評会はまだまだ続く。そこでアニエスは「ミシェル!姫様が頂くお茶とお菓子のお代わりを持ってきてくれ!」とミシェルを使いにいかせたのであった。
ミシェルは渋ったが、アンリエッタ姫の背後からアニエスが無言の表情で「行かないと斬る」と割と本気だっため、現在ここに至っている。
「アニエス先輩とやり合ったら酷い目に遭うからな。だがああいうツンSな所もイイ...」
仏頂面に見えるミシェルの顔が少し赤くなる。頭の中は剣の試合で負かしたアニエスを手籠にするという設定で妄想が始まっていた。
彼女のそういった想像力はトリステインでも五本の指に入る。思わず声を漏らしてしまった。
「フウ、フウ、フフフ約束したじゃないですかアニエス先輩...私が勝ったら何でも言う事を聞くって...え?訓練場で不謹慎だ?それがいいじゃないんですか」
自然と口がニヤけてくる。周りから見ればクールに笑っているように見えるのだが、頭の中はある意味虚無な事でいっぱいいっぱいである。
そして彼女の世界でアニエスの鎧を脱がし、練習着だけになった時だった。彼女は現実の世界で、手に持つお茶のポットが視界に入った。体に電流が走る。
「な、なんということだッッ!!ま、まさかこんなことを思いつくなんて...こ、これはヴリミルのお告げなのか?」
ワナワナと体が震えてきた。ティーポットを持つ手も小刻みに震えている。
ミシェルは辺りを見回した。遠くの建物でメイジが2,3人喋ってるだけで、他には誰もいない様。
「や、やるのかミシェル!?やっちゃうのかミシェル!?だがこれは千載一遇のチャアアアンスじゃないか?だ、だがしかし...」
ミシェルの頭の中で天使と悪魔が囁き合うが、どちらも意見が同じだったため、彼女の迷いは5秒ほどで決断に変わった。
「よし大丈夫だ。たしか私の故郷には「ア゛・ヴァァ茶」というのがあったし...」
時間はない。遅くなれば先輩に疑われる。自分に言い聞かせながら茂みに身を隠した時だった。
「ん?」
茂みの中に、人影を見つけた。
※※※※※※※※
「どうだデルフ?似合ってるか?」
「おおお、いいんじゃねえか相棒。結構似合ってるぜ」
木に立てかけたデルフリンガーの反応に、サイトはニヤッと笑った。
「いや~俺だってもうちょいやれる事あんだよ?だけどさデルフ、急に言われてウケル事っつたらコレくらいなもんだろ」
そう言って両手を上げたサイトの姿は......メイジだった。
白い長そでのシャツにスカート、そしてニーソックスを身につけたサイトが、そこにいた。
頭にはいつの間に用意したのかピンクのカツラを乗せており、スカートはルイズのを使っているためか、ちょっと際どい。
だがシャツは意外にもちょっとキツイくらいなので、遠目で見れば女子生徒に見えるかもしれない。
サイトの出し物、それはズバリ、ルイズのモノマネであった。
「しかし相棒...よく嬢ちゃんが承知したなぁ~そんな格好」
「いや?ルイズには『次々と衣装を変える早着替え』をやるっていってる」
「あれぇ?」
「考えてもみろよデルフ。早着替えなんかやってもウケるわけないだろ?それよりもここは学院なんだぜ。だったらウチのご主人様をいじった方がウケるに決まってんじゃん」
「ええ?じゃあ相棒、その服とかスカートは」
「こっそり借りた」
(!!今度の相棒はなんて命知らずなんだ・・・ッッ)
「まあ、デルフ。俺の作戦を聞けって」
サイトは小声で囁くように、デルフリンガーに今回の計画を説明した。
まずはルイズの登場の時、わざと遅れていく。
当然、ルイズはサイトが来ないことに焦ったり怒ったりして、サイトが来るのを待つだろう。つまり、司会の紹介があった後すぐには壇上には上がらない。
そこで表のほうからルイズに変装したサイトが登場。
ルイズは驚いて壇上に上がり、自分がいることに仰天する筈。観客も驚く筈だ。
「そこでネタばらし!すごいよコレ。ドッカンと来るぜ!!」
「相棒が先にドッカンといくと思うんだけどね~それに相棒、嬢ちゃんの格好して上がるだけなら、嬢ちゃんに言ってた早着替えの方が面白そうだぜ?」
「ふふふ...デルフ。それは俺だって承知済みよ。仕様がねえ、デルフだけには見せてやるよ。秘密兵器を」
サイトは胸の真ん中に指を当てると、顎を少し突き出した。そして、
『ちょっと犬!なにやってんのよッ!!』
「!!!」
デルフリンガーは鍔を思わず鳴らして驚いた。サイトの口から出た声は、いつもの少年の声ではなくもっと高い、ルイズの様な女の子の声だった。
「ふははははどうだデルフ!ルイズの声に似てるだろ!?」
「おおおっ凄いぜ相棒!なんでそんな声が出るんだい!?気持ち悪いぜっ」
「声マネが得意なんだよ俺♪密かにルイズの声も練習してたんだ。この声でステージに登れば、皆驚くだろ?」
「た、確かにこれはインパクトありそうだぜ」
「だろ?さぁ~てと、俺の服はもう隠したし、時間が来るまではここに潜んでいれば...」
「おい、何をやってる?」
心臓が口からでるほどサイトは驚いた。というか左心房辺り出たかもしれない。
それぐらいサイトは驚いた。
慌てて振り向くと、そこには鎧を身につけ、マントを羽織った女性がこちらに近づいて来た。
腰に差していた剣を見て、サイトは思わずゴクッと唾を飲んだ。
(おい相棒!!この姉ちゃんトリステインの剣士だ!不味いぜ、今の相棒の格好じゃ何言っても変態確実だぜっ!)
デルフリンガーが小声でサイトに伝えると、サイトの顔がサッと青くなった。
確かに、茂みで女子生徒の制服着ているとなると、変態以外の何者でもない。
(まじかよデルフ!?くおぉぉ~ならば...)
『な、なんですか剣士様?』
サイトは胸に手を当てると、誤魔化すため、半ば苦し紛れにルイズの声で答えた。
女の剣士は2,3歩の間合いまで近づいてきたので、サイトは木に立てかけたデルフリンガーを隠すように後ろに下がると、デルフを木と自分の間に挟むような位置に立った。
「こんな茂みで何をやっているんだ?」
(どうすんだよ相棒!?)
(焦らすなよデルフ!こ、こういう時は...)
サイトは出来る限り恥ずかしそうにもじもじと体を動かしながら、ポツンと答えた。
『と、トイレ行こうとしたんですけど...あの、その...我慢できなくて、ここで...』
最後は口ごもりながら、チラッと剣士の方を見る。
空気が死んだのを、デルフリンガーは感じ取った。
ちなみにサイトの設定では、顔は羞恥心で赤く染まっている。
(ばっかじゃねえの相棒!?オメー言い訳するにもそれはねえだろ!なんで貴族の娘っ子がこんなトコで用足してんだよ!?)
(い、いやほら...貴族って昔は外でしてたって『世界の歴史 10』で読んだことあるからさ?それで...)
(どんな田舎の話だよそりゃ!?いくらなんでも通じるわけ)
「そ、そうであったか」
((あれ、通じた!?))
二人の予想とは裏腹に、女剣士が納得してくれたのに驚いた。
サイトとデルフリンガーには驚きなのだが、一応サイトが着ているのはトリステイン魔法学院生徒の制服である。
すなわちどれだけ怪しかろうと、制服を着ていれば貴族の娘という可能性はあるワケである。
トリステイン国の剣士といえども、一介の平民が「お前みたいな生徒がいるか!怪しい奴め!!」とでも言って、違ってでもしたら「貴族の娘を侮辱した不届き者」として瞬時に首が飛ばされるだろう。
なので、変装しているという明確な証拠がなければ、サイトを捕える事は出来ないのだ。
と、いうのが普通の見解なのであるが...
「知らなかったとはいえご無礼失礼しました」
『い、いえ、気にしないで下さい』
極度の緊張の所為か、いつの間にか自然とルイズの声が出るようになっていた。どうやら変装だとバレテいないようだ。
このまま逃げ切れそうだとサイトは安堵の表情を浮かべて胸をなで下しかけたが、女剣士がズイッとサイトの前に詰め寄って来た。
『あ、あの...?』
「ミシェルと呼んで下さい貴族様。フフフ」
『え...っとミシェルさん?顔が近...』
急にミシェルに詰め寄られ、サイトの顔は本当に赤くなってきた。
「見たところ顔色が優れてないではないですか。もうすこしここでハァハァ休まれた方がよろしいかとジュルリ」(男っぽい顔つきだな。だがボーイッシュな女の子も偶には...)
体がやけに近いというか密着しそう。
普段のミシェルなら、女装した男などすぐに見分けられるだろう。
しかし勝手に上げたテンションからか、今の彼女には、サイトがボーイッシュな女の子に見えていたの。
サイトは感じ取った。ここで逃げなければこのミシェルという女性に、なにか大切な物を奪われると。
後ろ手でデルフリンガーを掴む。ルーンが光ると同時にサイトは地面を蹴った。
『じゃ私はこれで』
「あ、ちょっ...」
いきなり動いたサイトに思わずミシェルは手を伸ばした。
ミシェルの手がサイトが履いていたスカートに手がかかり、急に引っ張られた所為でサイトは前方へと体が倒れた。
「ふぐぇ!!」
サイトは地面に体を投げると同時に、手に持っていたデルフリンガーを離してしまった。
デルフリンガーが弧を描いて飛んでいき、
ゴンッ
何かに当たった。