表の観客席が人で埋まった頃、ステージ裏手では集まった生徒達の間に緊張がピリピリと駆け巡っていた。
ステージ後ろは今日の品評会に出る生徒達の待機場所として設けられており、簡単な椅子やテーブルが置かれている。
舞台裏とステージを隔てている白幕の横端には石を削って作られた段があり、それを上ると丁度ステージの端に入れるように備え付けられてあるのだ。
観客席は既に満席状態だ。観客席の手前には学院の1,3学年の生徒達、その後ろには来賓として呼ばれた各地域の貴族たちが座っており、さらに後方には国の重役である大臣も座っていた。
そしてその最後尾、「トリステインの白百合」と呼ばれるあのアンリエッタ姫殿下がいる。
幕の隙間から観客席を覗いていたルイズは、その人の多さに思わず唾を飲んだ。
「お、思ってたより人がいるじゃない・・・」
前回は見る側だったルイズであるが、去年よりも明らかに人が多い。
大抵は生徒の親と学院近くの領主、それと王宮から呼ばれた大臣が数人程来るぐらいなのだが、今年はそれをはるかに上回っている。
やはりアンリエッタ姫が来ているからなのか。ルイズは観客席の一番奥にあるアンリエッタ姫が座る席に目を移した。
その時、
「何しているんだいルイズ?」
急に背後から声を掛けられ、ルイズが「ヒャワッ!!」と声を上げると、近くにいた生徒達がルイズをジロッと見た。
檀幕の隙間から顔を抜いて後ろを振り向くと、辺りをキラキラとさせながら笑うギーシュが、なぜか上半身裸でいた。
「フフンッ、なんだいルイズ、ヴァリエールの息女ともあろう君が、覗き見なんて感心できないよ」
「うっさいわよギーシュ!それよりなによアンタのその格好!?」
「なにって...ステージの衣装に決まってるじゃないかぁ♪どうだい?美しいだろ?」
くるりと回ってポーズを取るギーシュだが、衣装というのはあまりに際どい。
上裸に下は腰布一枚、体には錬金で作ったのか、バラの花びらが体中にひっ付けられている。
ポーズを付けたギーシュの傍に、黒い蝶ネクタイをつけたヴェルダンデがやって来た。
こちらは見る人によっては可愛いのだが、隣にいる主人が、それが見事打ち消している。
「ギーシュ...ホントにそれで行く気?」
「当然じゃないか!僕とヴェルダンデという芸術を最も華麗に美しく魅せるのはこれしかないよ!ルイズ、君には悪いけど、これで僕の優勝は揺るがないさ」
ギーシュ本人としては至って真面目らしい。右手を上げてポーズをとると、高らかに優勝宣言をしてきた。
ルイズは体から、急に力が抜けてくる感覚を覚えた。さっきまで緊張していた自分が馬鹿に感じた。
なぜか涙が出てきそう。
その時、表にいる司会役の生徒の声が聞こえてきた。
「では、品評会のほうに移りたいと思います!まず最初の学生は、ギーシュ・ド・グラモンとその使い魔ヴェルダンデです!」
その言葉に反応したギーシュは、「ではルイズ!僕は呼ばれたから行ってくるよ!」というと、生徒達が集まっている後ろの方を向いて、
「では行ってくるよ諸君!後ろから僕とヴェルダンデの芸術をしっかりと見ててくれたまえ!」
と大きく声を張り上げ、腰布をヒラヒラさせながら意気揚々と段を駆け上がっていった。
ギーシュが上がった瞬間、観客席から黄色い声か悲鳴が聞こえ、その後はなにも聞こえなくなった。
一体何が起こってるのかしら...
ルイズは逆に見てみたいという気持ちにはなったが、やはり怖くて覗けない。
そんなことを考えながらウロウロとしていると、片手にお菓子の乗った皿を持ったサイトがやって来た。
「すげーなギーシュの奴、貴族なのにあんな体張るなんて...」
「て、あ、サイト!アンタどこ行ってたのよ!?」
「なにってさ…ホラ、俺らの番って大分後だろ?だから給仕室のところ行ってシエスタから食べ物貰って来たんだよ」
口調を尖らせてサイトはお菓子の乗った皿をルイズの前に出した。白い深皿にはクッキーやカップケーキなどがのっかている。
「アンタ、またあのメイドと遭ってたの!?」
ルイズに指摘され、サイトの顔がしまったという表情を浮かべたが、悟られないようにすぐに表情を戻す。
「いまさら慌てたってしょーがねーじゃんよルイズ。ほら、お前も食べて落ち着けって」
「ちょっと話を逸らさなンムッ!」
サイトが皿からクッキーを一枚取ると、まだ何か言ってきそうなルイズの口に放り込んだ。
突然口の中に入れられて驚くルイズだが、味が良かったのか、渋々とした顔つきでクッキーを齧った。
「・・・・アンタホント大丈夫なんでしょうね?今日は姫様もいるのよ?」
「任しとけってルイズ。こういう滑れない状況でこそ、俺の力は発揮されんだから!」
自信満々にガッツポーズをとったサイトの左手のルーンから、なぜか光が出てきた。
こういうときは頼りになる使い魔なのだが、何故だか今日はいまいち安心できない。
口の中のクッキーを飲み込んだ時、ギーシュが壇上から降りてきた。その顔はなぜか汗まみれで、下を唯一隠している腰布も一層際どくなっている。
そして満足げな表情は、なにかをやりきった感を醸し出してる。
しかし拍手も歓声もなく降りてきたギーシュが何をしてきたのか、ルイズは怖くて聞けなかった。
※
品評会はギーシュの出し物 『芸術 僕と悲しみとヴェルダンデ』 を皮切りに、順調?にスタートした。
プレッシャーで失敗する生徒や、直前になって使い魔に逃げられる生徒も見られたが、
キュルケのフレイムが大きく火柱を吹いた時には今日一番の歓声が上がった。
それを最後尾で観ているアンリエッタは、アニエスが貰って来たお菓子を頬に詰めて声を上げていた。
「んむ!?凄いですねあの使い魔はアニエス!モグモグ見たところサラマンダーのようですが…モクモク」
「姫様、モノを口に入れながら喋らないで下さいよ!ほら、大臣の方々がこっちを見てますよ。ああ、ほっぺにお菓子が...」
アンリエッタの傍に立っているアニエスはポケットからハンカチを出すと、アンリエッタの頬についたクッキーの欠片をハンカチで拭きとった。
「いいじゃないですかアニエス先輩。物を頬張りながら嬉しそうに喋る姫殿下…これは良いものだ」
そう言いつつアンリエッタの隣に座ってお茶を飲むミシェルの頭を、すかさずアニエスのチョップが襲う。
「つかお前はなんで当たり前のようにいるんだミシェル!?とっとと持ち場に戻れ!」
「お言葉ですがねアニエス先輩...姫様とアニエス先輩がいる天国ともいえるこの場所から、なんで汗臭い野郎共のいる戦地へと戻らなければならないんですか!?」
「お前の見張り場所だからだよ!!しれっと姫様の隣に座りおって!」
ミシェルを席から退かそうとアニエスはミシェルに掴みかかろうとしたが、アンリエッタはにこやかな顔で、
「良いではありませんかアニエス。私もあなたの他にも話相手が欲しいと思っていたところですし。大勢で見たほうが楽しいですわ」
「しかし姫様!コイツは...」
「アニエス、この方は貴方の部下なのでしょ?だったらそんなに無下に扱ってはなりませぬ」
「一応部下みたいなものですけど...!!部下というよりは危険物ですけど...」
「アニエス先輩、姫様の言う通りですよ。カリカリしすぎです」
「お前の所為でカリカリしてるんだ馬鹿者!」
ああもう、この変態斬ってしまいたい。
頭のつむじから血が出そうなほどいきり立つアニエスであったが、こんなところでそんなことをした瞬間、間違いなく捕まって死罪確定である。
なぜ給仕室から付いてきたこいつを途中で捨ててこなかったのか。アニエスは心の中で本気で悔やんだ。
そんな彼女の事など露知らず、アンリエッタはギリギリと顔をしかめるアニエスを嗜めた。
「アニエス、せっかく御呼ばれした品評会なのです。私たちは生徒さん達と使い魔の有志を見に来たのであって、あなたの怖い顔を見に来たのではありませんよ」
そう言うとアンリエッタは、空いている隣の場所をぽんぽんと叩き、
「さ、ここに座って一緒に見ましょ?アニエス」
「え゛?」
アニエスは最初、何を言われたか分からなかった。
座る?何処に?姫様の隣に?誰が?
急に固まったアニエスが何か言おうとする前に痺れを切らしたのか、アンリエッタは席から身を乗り出してアニエスの腕を掴むと、自分の方へアニエスを引っ張った。急に引っ張られたことでアニエスは体のバランスを崩し、アンリエッタの隣にポスッとはまるように腰を降ろした。
前から見ると、右にミシェル、左にアニエスが座ってその間にアンリエッタがいる形になる。「両手に花」といえなくもないが、見る人が見れば「両手に剣」とも見て取れる。
「いけません姫様。私如き隣に座らせては...」
座ってから状況を把握したのか、アニエスは顔を赤らめると慌てて席を立とうとする。
が、それをアンリエッタの手がアニエスの両肩を抑えてそれを制した。
「あら、馬車では一緒に乗っていたのに、私の隣に座るのは駄目なのアニエス?」
「あ、あれは護衛のためにです...こんな、姫様の隣に座るなど...」
「では私の隣で護衛して下さいアニエス♪さ、お茶でも飲みましょ」
アンリエッタは前に置かれたテーブルからポットを持ち上げて、ティーカップにお茶を注ぐと、カップと皿をアニエスに渡した。
顔を赤くしたままアニエスはアンリエッタからカップを受け取った。まだ心臓が鳴っている。いつもは子供のようなのに、偶に強引になる。
ひどく喉が渇いたので、貰ったカップに口をつけた。全く味が分からない。
それを見てアンリエッタは微笑んでいるが、その後ろではミシェルが湧き出る欲望と出てきそうな鼻血を押さえながら、一連の光景を目を光らせて見ていた。
(ドゥフフ..顔を赤らめたアニエス先輩にそれを見てほほ笑むアンリエッタ姫様って・・・・なんという楽園。あんな男臭い場所から逃げて先輩に無理やりついて来て良かった~。しかし出来れば、出来れば私を真ん中にして欲しかった!左右にアニエス先輩と姫様ってとんでもハーレム状態じゃないですか!ウヒヒヒああ、もうこのまま3人でベッドに...ンフフフフ~♪)ハァハァハァ
「ミシェルもどうですか?お茶のお代わり」
「はっ!『いただきます』姫様」ニヤリ
本当の危険とは身近に潜んでいる。そんな言葉がまさしく当てはまる状況であった。
※
『ちょっとフレイム氏!!なに本気でやっているのですか!』
『なにがよ!?オイラはご主人の命令を聞いただけだって!そんなに火力も強くなかったじゃん!』
場所は戻って舞台裏。既にステージに上がった生徒は表の観客席に座って見ているが、役目を終えた使い魔は品評会が終わるまで自由に散らばっている。
しかし既に品評会に出たフレイムとロビンは、他の使い魔も控えている舞台裏に戻って鳴き合っていた。
『今回の品評会でレミア嬢を優勝させると話したではないですか!そのために優勝候補の貴方が落ちなければならないというのに...なんですかあの歓声は!作戦も貴方の頭もパーじゃないですか!?』
『んだよ!そこまで言われなきゃいけないかロビン!?オイラは只火を吹いただけだろ!?優勝しねえって!』
フレイムは二度三度、口から火の粉を漏らすと、うんざりした表情で舌を出した。
手を抜いていたのは本当だ。だけどそれで拍手が来るのは仕方がないじゃん。
それで怒られるんだから気分は良いはずがない。苛立ちげに周囲を見て、再び火の粉を吐いた。
『つーかその優勝させなきゃいけないレミアはどこいんだよ?今日全然見かけねえんだけど...』
フレイムは辺りをキョロキョロと見渡しながら呟くが、これからの出番を待つメイジや使い魔達はいるのだが、肝心のレミアはどこにもいない。
ロビンも目をグルグルと回してみるが、ロビンの小さな目には草と檀幕が見えるのみで、他に何も見えない。遠くにメイジが2,3人いるが、レミアの姿らしきものはいなかった。
しかしロビンは回していた目をフレイムの背後で止めると、ゲコゲコと低い声を鳴らした。
『見つけましたよフレイム氏、貴方の後ろにいますね』
『え?』
フレイムはぐるっと背後を向くが、草の地面と舞台の土台が見えるのみで、レミアの尻尾すら見つからない。
『おいロビン、どこにもいないじゃん?いくらちっこいお前でもあのデブった体を見分けるくらいは出来るだろ?嘘突くなよ...』
『ここにいるよ』
『クエッ!!?』
『ゲコッ!?』
急に目の前から声が聞こえ、フレイムは思わずビクッと火の粉を吐いて後ずさった。
宙に舞った火の粉が不自然に止まり、消える。そして先ほどフレイムが振り返った場所、否空間に紅色の鱗がボワッと浮き上がり、レミアが姿を現した。
レミアの出現にフレイムは何度目かの火の粉を口から出した。
『遭ってそうそう私に火ぃ吐きかけるなんざ...死にたいのかいヒトカゲめ』
『いやいやえーッッ!!!?驚いたのはオイラの方だよ!何処に隠れてたんだよレミア!!全く気付かなかったぞ!』
『擬態だよ』
そう言うとレミアはシューっと舌を震わせる。するとレミアの体が一瞬黒ずんだかと思うと、段々と薄くなっていく。やがて周りの景色と同化してしまった。
フレイムはレミアがいる場所を注意深く見てみる。
が、なるほど。レミアがいるであろう場所がかすかに歪んでいる様には見えるが、ちゃんと見てなければ気付かないくらいに周囲と同化している。レミアは元に戻ると、口の端をニヤッと上げた。
『私がノエル様と一つになった時に使える能力さ。これで体を隠してしまえば、人間のメイジなんかには、見つけることは出来ないよ』
『なんだお前、そんな大技隠してたのかよ…て、ちょっと待って。なんでロビンは分かったんだよ?』
『わ、私を誰だと思ってるのですかロビン氏?由緒正しきカエルの一族ですよ?レディを見つけることぐらいた易いものです。(偶然とは恐ろしいものですね...冗談のつもりがホントにいたとは)』
『いや、ワケが分かんねえよ』
『まあ、年がら年じゅう尻尾で火ぃ焚いてるアンタにゃ私を見つけることなんざ出来ないだろうよ』
『ちくしょう当然のようにけなされたよ。つーか待てレミア。「一つになった時」?何処にノエルの旦那が・・・』
フレイムが目線を元に戻すと、レミアの丁度胃がある部分がポッコリと膨らんでいる。
『お前...もうノエルの旦那腹に収めてんのかよ。レミアの番って最後だろ...』
『当たり前だろ!ノエル様を一人にしちゃ、またあの吸血鬼がノエル様に付きまとうんだから!!それにね、ノエル様は昨日まで体調が良くなかったんだ。だから今までノエル様と「一緒に」練習してたんだよ』
『ほう、そうなのですか』
「一緒」の部分を強調させて、嬉しそうに舌を震わせるレミアにロビンが相槌を打つと、気分が良くなったレミアはシューシューと鳴き声を出してクルクルと地面を転がり始めた。
フレイムとロビンは、地面を転がるレミアの体内にいるノエルが、どうなっているのか心配になってきた。
レミアは転がるの止めると、上機嫌にフレイム達に言った。
『フフフフフフ...だけどね、本番はこんなもんじゃないよ。舞台に上る前にノエル様が私に「サイレント」をかけるんだよ。それで人間に気づかれないように舞台に上って、いきなり登場してやるのさ』
レミアは首を空にもたげ、うっとりとした目をしながらニヤリと笑った。その瞬間、ロビンとフレイムの背中にゾクリと寒気が走った。
『ああ...誰も気づかない世界でノエル様と二人っきり...なんて素晴らしいんだろう』
一匹、恍惚な顔をするレミアだが、近くにいるカエルとトカゲにはこの巨大蛇がなんとも恐ろしく見えた。
まあ確かに、巨大なコアトルが音もなく急に舞台に現れたら、そのインパクトは計り知れない。
優勝を十分狙えるとは思う。フレイムとロビンがそう思っていると、レミアの腹部がコツコツと、内側から叩いているように動いた。するとそれに答えるかのように、レミアが体をブルッと悶えさせた。
『あんっ...ノエル様、お食事ですね。フフフ、分かりました。すぐに移動しますぅ...』
((ヒイイイイイィッ!!))
ノエルには伝わってないだろうが、普段は絶対聞かないであろうレミアの甘ったるい呟きに、フレイムとロビンは先ほどよりも強い寒気を感じた。フレイムに至っては尻尾の火が一瞬消えたくらいである。
しかしそんな二匹の事など眼中にないであろうレミアは、ズリズリとその巨体を引きずって、校舎の方へと去っていった。
別に優勝させなくても良くね?二匹はそれを見送りながらふと、思った。
「それでは次に行かせて頂きます!ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルと使い魔のルーナです!」
舞台の方からメイジの声が聞こえてきた。それに呼応するかのように、舞台近くの場所からも声が聞こえてきた。
「よおしっ!オラ達の出番だよルーナ!」
―ハイ、頑張りましょうマスター―
よく聞く訛り声と頭に響くその声に、二匹がその方向に顔を向けると、舞台の近くに気合の入ったジョルジュとルーナを発見した。
ロビンは目をキョロキョロと動かし、フレイムの鼻にピョンと飛び乗った。
『いけませんフレイム氏!すぐにルーナ嬢の元へ行って下さい!』
『えっ?なんで?』
『アナタの事もありましたし、ルーナ嬢も本気を出すかもしれません。私たちの目的はレミア嬢を優勝させること。念のためにルーナ嬢にもう一度言うのですよ』
『まだやんのこの作戦?もういいってロビン。誰が優勝しようともう関係ないだろ?レミアもノエルの旦那と元に戻ったようだし・・・』
『何を言っているのですかフレイム氏!口に出したことを最後までやり遂げるは紳士としての責務!さあ、急いで下さい』
フレイムは面倒くさそうに体を地面に付けた。このカエルは...体は軟らかい癖に頭は石頭なんだよな。
フヒーッと火の粉を口から出す。辺りに生えている草を僅かに焦がした。
それで決心したのか、フレイムは腹を地面から離すと、ロビンを鼻先に乗せてペタペタとルーナへと走って行った。フレイムが走る中、ロビンがその鼻先で大声で鳴く。
『ルーナ嬢!ルーナ嬢!』
ルーナが段に足を掛けた時、ようやくロビンの声が届いた。ルーナは顔を振り向かずに、いつもと変わらない口調でロビンに語りかけた。
―ロビンさん?一体どうしたのですか?―
『いえ、ちょっとした確認をしたくて・・・・ルーナ嬢、あの時私が提案した作戦は覚えてますか?』
フレイムも走るのを止めてルーナの返答を待つ。使い魔同士の間に一瞬の静寂が生まれ、そしてその後にルーナの声が聞こえてきた。
―大丈夫ですよロビンさん。「最善を尽くします」から―
その言葉が聞こえた後、ジョルジュの後に続いてルーナの姿は消えていった。
ロビンはゲコゥと一息鳴くと、フレイムの鼻をてちてちと歩いた。
『いやいや。どうやらルーナ嬢は覚えていてくれてたらしいですな。これで後はレミア嬢がしっかりと披露してくれれば...』
ロビンは地面に飛び降りると、『いやはやフレイム氏、走って下さり感謝しますよ』というと、ピョンピョンと飛び跳ね出した。
フレイムはそれをうっとおしそうに見た後、ルーナのいる舞台の方に目をやった。
厚い幕が遮っていて、彼女がジョルジュと何をするのかは分からない。しかしフレイムには、ルーナのやる気は分かった。
(あいつ...優勝する気満々じゃん)