「いや、ホントノリで叫んじゃったんです。誓って言いますが、決してレミア先生の授業を妨害しようなんかこれっぽちも考えていません」
「教師を『お前』呼ばわりするなんて偉い度胸があるじゃないか。ゲルマニアでは通用したかも知れないが、なんで私にも通用すると考えたのかな?」
あのツッコミから数十秒後、頭にでっかいこぶを作ったフレイムは地面に正座の状態で座り込み、目の前にレミアが立っているという壮絶な状況にいた。
他の生徒はそれを離れてみており、時折、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
「レミア先生。フレイムさんも反省しているようですし、許してもらえないでしょうか?」
「ミス・フォルベルク、私はゲルマニアからの留学生だからといって客人扱いするつもりはない。次はないと彼に言い聞かせておきなさい。では授業を再開する」
レミアは一度フレイムの方を睨むと、他の生徒が見える位置に移動した。
フレイムは恐る恐る立ち上がると、冷めた目でこちらを見ているルーナに気まずそうに答えた。
「い、いや~ありがとね?ルーナさん。おかげで助かったよ」
「全く貴方という人は...前から馬鹿だとは思いましたがココまで馬鹿だとはヴリミルでさえも気づきませんよ。もうなんて言えばいいのか...ホント馬鹿ですね」
「ルーナ...お前、外で会ってからオイラの存在否定とオイラが馬鹿だってことしか言ってないんだけど」
「レミア先生にお前って叫ぶ貴方が馬鹿じゃなかったらなんなんですか?」
「あの、オイラ貴族のメイジっていう設定だよね?これって著しく名誉傷つけられている気がするんだけど・・・・ってあれ?ルーナってゲルマニアから来てんの?」
「それはあなたもでしょう。何を言ってるのですか」
「・・・・」
話しを聞いていると、どうやら自分とルーナは共にゲルマニアからの留学生らしく、実家の領地も隣同士であるらしい。
どんな設定だよと胸の中で毒突くフレイムの前で、教師となったレミアが喋り始めた。
「今日の授業では使い魔との信頼を築くための講義です。私たちメイジにとって、使い魔はなくてはならない存在。常に愛情を注ぐことが大切です」
(あれ?真面目に教えてきたぞ。意外)
いつもはそんな口調じゃないくせに、人間になって変わったのかとフレイムは思った。
「いいですか。常に愛情を注いで上げることが、使い魔との信頼関係を築く上で重要なのです。皆に私の使い魔を見せましょう。出ておいでノエル」
レミアはボソッと呟くと、胸の間からにょきっと白っぽいモノが出てきた。
それは蛇の頭であり、頭の次は胴体とずるずる這い出てきた。
ノエルであろう白蛇がレミアの首に巻きつくと、レミアは恍惚とした表情で紹介してきた。
「んんっ...ハァこれが私の使い魔のノエルよ。普段は怖がりだから、いつもは私の・・・」
「ちょっと待ってーッッッッ!!!最後まで言わせねえよ!!?」
フレイムはすかさず大声を出した。人間になってまともになったかと思ってた矢先、全然違ってた。
むしろこの馬鹿蛇、人間になってはるか遠くに飛んでいた。
「またお前か。いい加減にしないと授業妨害で処罰するぞ!!」
「処罰されるのはお前だよッ!!なに人間になっても同じことしてんだよ!!?こっちじゃ絵的にも文的にもアウトだよ馬鹿!!」
「何を言ってるか分からないが貴様にどうこう言われる筋合いはないッ!!!私とノエルは文字通り一心同体なのだ!!これこそ、メイジと使い魔の究極の愛の形!!なぁノエル?」
「もちろんさレミア(レミア裏声)」
「はあああああああああああんんん!!!ノエルううううぅ!!!」
「なにこの状況!?つーかホントにこの人教師かよ!?」
いくら人間になったばかりのフレイムでも、こんなのに教えてもらいたくない。
そんなコトを思っているフレイムの思考を察知したのか、ノエルを抱きしめながら悶えていたレミアはいつの間にか取り出した白い杖を構え、キッとフレイムを睨んだ。
その目はまさに、今から獲物を飲み込もうとする蛇の目のようだ。
「ところで貴様...さっきから私に喧嘩を売るとはよほど死にたいらしいな。いくらゲルマニアの貴族だからといえ、許してやるほど優しくないぞッ!!」
「ちょっ・・・・」
その後、再び授業が再開されたのは10分後、レミアの毒の水塊を飛ばす魔法「ポイズン・アロー」に、フレイムが餌食となってからである。
※
「ううう...あんにゃろう。まだ頭が重いよ」
授業はレミアの講義から、一人一人順番に使い魔の能力を見せるお披露目会のようなものに移っていた。
レミアに呼ばれた生徒が前に出て、使い魔の名前と能力を紹介していってる。
フレイムはそれを木陰に倒れた状態で、ボーとした目で見ていた。
自分に向って撃たれる毒の矢をなんとか躱していたが、やはりそこは生徒と教師の差なのか、最終的にはあえなく頭に喰らってしまった。
幸い、命を奪うような毒ではなかったので助かったが、未だに頭は重いし、体が痺れている。
頭の方でキュルケが気持ちよさそうに横たわり、舌で自分の毛づくろいをしていた。
ご主人、使い魔になっても変わんないな~などとフレイムが考えていると、空いている木陰の横の席に、誰かがスッと座った。
フレイムが顔を向けると、ルーナが呆れた表情で見ていた。
「フレイムさんもとんだ無茶をしますね。レミア先生はスクエアクラスのメイジなのですよ。教師になる前はトリステインの魔法衛士隊にも所属していたという話ですし」
「あいつ...そんな強いの?」
「アイツっていうんじゃありません。しかし今日はどうしたのですかフレイムさん?いつもおかしいですけど、今日は一段と変なことしますね」
「それは...」
フレイムはぼーっとルーナを見る。「オイラ、実は使い魔なんだよ」と言いそうになったが、グッと口にこらえた。
このまま理由を言ったとしても、どうせ信じてもらえないし。
ぼやっとしていた頭もだんだんとはっきりしてきた。フレイムは両手を使ってんしょと体を起こすと、地面に手をつけてゆっくりと立った。
体の痺れも抜けている。レミアの奴、オイラに手加減したのか?とフレイムは思ったが、どうも納得はできなかった。それはそれで腹立つ。
そうこうしている内に前ではヴェルダンデの番が終わったようだ。
顔を真っ赤にしたヴェルダンデが生徒達の方へと戻っていく。
隣についているやたらまつ毛の長い犬が、どうやらヴェルダンデの使い魔のギーシュのようだ。
「では次、クヴァーシル・ド・ミシュラン」
レミアの呼ぶ声に、丸眼鏡をかけた少女が前に出てきた。
ヴェルダンデと同じ茶色の髪は、フワフワとした感じに肩ぐらいまで伸びている。
キョロキョロと辺りを見回して、いかにも落ち着きない。
クヴァーシルをぼんやりと見ていたフレイムは、以前、舞踏会での会話を思い出した。
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『どうしたのよクヴァーシル?元気ないじゃない』
『あの太った主人にセクハラでもされたの?』
『私...もうマスターの部屋の臭いに耐えられなくて...ほら私そんな鼻が利く方じゃないでしょ?でも部屋の中にいると時々「ウッ!!」ってなるのよね』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(そういやアイツの主人って臭いが凄いんだっけ。ご主人も言ってたし)
後ろに座るキュルケを見ながら、フレイムはクヴァーシルのご主人である、マリコルヌを思い出し始めた。
何とも思いだしづらいが、確か金髪だったのと、なんかぽてっと太ってたことだけは覚えてる。後、しょっちゅう何か食べてた気がする。
(う~ん。こんなのが使い魔になるってことは...クヴァーシルみたいにフクロウとかにはなれそうにないしなぁ~豚...豚かな。それしか浮かばないなぁ)
あのデブっちいメイジが、どんな使い魔になってんだろと考えていると、隣にいたルーナがボソッと呟き、
「次はクヴァーシルさんですか。彼女、小型のオーク鬼を召喚しましたけど、ちゃんとしつけられたんでしょうか?」
(おっ!?近い?)
フレイムがそう思った瞬間、前に出てきたクヴァーシルがマントの下から鞭を取り出して、それを地面に大きく振りぬいた。
すると生徒達の間をかき分け、金髪のオーク鬼が四つん這いになって出てきた。
体はオーク鬼からすると小さくでぷっと太っており、肌は白い。所々に鞭で叩かれた跡や縄目の痣が浮かんでいるが、その顔は幸福そうである。
というか、フレイムの目にはマリコルヌにしか見えなかった。
「さあ、マリコルヌ出てくるんだよッ!!もたもたすんじゃないよっ!!」ビシィ!!!
「ぶひいいいいん!!!!」ハァハァ
「大丈夫みたいですね。召喚した時は心配してましたが、すっかり懐いているみたいで...」
「大丈夫じゃねえっ!!」
毒を受けてから叫んだ所為か、思ったよりも声が出ないばかりか頭がクラッと来たが、とても黙っていられなかった。
「なんでアイツだけ変化なし!?いや変化してるけど!スンゴく変化してるけどぉ!」
「うるさいですよフレイムさん。クヴァーシルさんがオーク鬼を召喚したのは貴方だって知っているでしょ」
「いやあれ違うって!オーク鬼違う!あれ只の人間だろっ!」
「はぁ、また貴方は変なことを...ですが顔はオークそのものですし、なにより」
ルーナが指をさすと、クヴァーシルが足元で腹を見せて倒れているマリコルヌの顔に足を乗せ、
「ほらぁ!!足をお舐め!!」
「ぶ、ぶひいいいぃん」ハァハァ
「鳴き声もオーク特有の豚っぽい鳴き方じゃありませんか」
「なんか違う!!間違ってないけど何か違うよっ!?」
というかクヴァーシル、性格変わりすぎだろ。
フレイムの心の叫びも周りには届かず、他の生徒達も若干引き気味であったが、クヴァーシルは恍惚とした表情を浮かべているマリコルヌにまたがり、ゆっくりと戻っていった。
レミアは懐から取り出した紙を見てチッと見ると、忌々しそうにフレイムを見ながら言った。
「誰かの所為で無駄な時間を使った。今日は次の生徒で最後となる」
(はいはい。悪かったなレミア先生。でもそんな時間かかってないだろ)
「最後はルーナ、ルーナ・エルンテ・アルルーナ・フォン・フォルベルク」
「はい」
ルーナは立ち上がって、腰についた草の破片を手で払った。
フレイムは慌ててルーナに尋ねる。
「お、おいルーナ。お前、大丈夫なのかよ?まだルーナの使い魔帰ってきてないんじゃないのか?」
ルーナはクスクスと笑い、フレイムに小さく呟く。
「ご心配には及びませんよフレイムさん。既にジョルジュは近くに来ていますから」
余裕そうな表情を浮かべてルーナはゆっくりと前へと歩き出した。
そして皆の前に立った。
「ルーナ。お前の使い魔は?」
「大丈夫ですわミス・レミア。もうそろそろ到着しますから」
「何を言って...」
レミアが何か言いかけた時、ルーナの前に上からドサッと白い袋が落ちてきた。
それとほぼ同時に、何処からか風を切る音が聞こえたと思うと、巨大なカボチャの人形がルーナの目の前に降り立った。
体は緑のローブで包まれており、下からは白い靴、横からは手袋をはめた手が見えている。
頭のある部分には赤とオレンジが混じったカボチャが乗っかっており、目や口の部分に穴が開いていて、カボチャの顔は笑っているように見えた。
頭には農民が使うような藁で編んだ帽子をかぶっていて、その体はかなり大きく、身長の高いレミアよりも頭一つ出ている程。
ローブの横から出ている土茶けた白色の手袋をはめた手には、蛇の胴体のようなものを抱え、体はそれにぐるぐると絡まれてる。
「痛っ!!ちょっとジョルジュッたら!もうちょっと静かに降りてよね!」
ジョルジュの背中から女の声が聞こえてきた。
すると帽子の上からひょこっと顔を上げて、金髪ロールの少女の顔と手が現れた。
ジョルジュはゆっくりと胴体を地面に下ろすと、少女は不満そうな顔でジョルジュから離れていく。
下半身部は蛇であるが、上体はまぎれもなく人間のそれである。
「ありがとうございますモンモランシーさん。ジョルジュを運んできてくれて」
「私は早く戻ろうって言ったんだけど、ジョルジュがいつまでもキノコ採ってるから遅くなったわ。朝にしか採れないって言うから着いていったら大遅刻よ」
モンモランシーはベシベシとジョルジュの顔を叩く。
叩かれる度、ジョルジュの目と口からチカチカと光が出てきた。
その様子を見ていたレミアが、イライラしたように口を挟む。
「ミス・フォルベルク、使い魔が来たなら早いとこ始めないか!貴様も早く、主のところに戻れ」
「ああ、すみませんミス・レミア。ではモンモランシー、ジョルジュが採って来たこれを...そうですね、アチラの木陰にいる方に預けておいてくれませんか?」
「ん?ああ、キュルケのご主人の人ね。分かったわ。じゃあ、ジョルジュ、ルーナに恥をかかせるんじゃないわよ」
地面に落ちた袋を抱えると、モンモランシーはズリズリと体を動かし、木陰でポカンと見ていたフレイムの前に袋を置いた。
「はい、じゃあ、確かに渡したから。それ、私やジョルジュが採って来たキノコだから、勝手に食べないでよ」
モンモランシーはぶっきらぼうに言うと、キョロキョロと周りを見て、ズルズルとフレイムから離れていった。
フレイムが袋の口をほどいて中を確認すると、中には茶色や濃い赤色をしたキノコが詰まっている。
「キノコって...このまま食べるわけないだろ」
まあ、使い魔の時はバクバクと生で食べていたが、この姿になってからは、今のところそんな気は起らない。
どうやら、ある程度人間の感覚になっているのだろうか。
フレイムはキノコの入った袋を背中の方に置くと、前でジョルジュと何かしているルーナを見ていた。
使い魔になったジョルジュは喋れない様で、ルーナの命令にも言葉を返さずに、チカチカと穴のあいた目と口から光を出して、答えていた。
(カボチャのゴーレムって...ジョルジュの旦那らしいっちゃらしいな...)
その後、しばらくルーナとジョルジュが魔法を繰り出すのを、目を細めながら見ていた。そしてルーナが一通り魔法を出した時、上のほうから鐘の鳴る音が響いてきた。午前の授業の終わる合図だ。
「ん、では授業はここまでとする。今日終わらなかった者は次の時間に行うので準備してくるように」
レミアはそれだけ言うと、「じゃあ、私たちも食事にしようかノエルゥ」とノエルに話しかけながら去って行ってしまった。
それを合図に、他の生徒達もガヤガヤと動きだす。
ルーナはジョルジュと共に、フレイムのいる木陰へと近づいてきた。
「終わりましたね。ではフレイムさん、食事にでも行きましょうか」
「んん~そうしよう。オイラ、今日はなんだか疲れたよ。お腹すいたし」
フレイムはお腹を押さえながらルーナに言った。
鐘を聞いた後、なぜだかお腹が凄く空いてきた。
レミアの毒にやられた所為で体力がなくなった為だろうか、一刻も早く料理にありつきたい衝動にフレイムは駆られた。
ルーナはクスクスと笑いながら、
「なにがお腹空いたですか。フレイムさんはレミア先生と争っただけでしょ?」
「だからこそだよ。あいつの毒の所為で体力がなくなったの!」
「はいはい。では幼なじみを餓死させるのも気がひけますし、早くいきましょうか。今日はロビンさんが席を取る日ですね」
ルーナはフレイムの手を取ると、昼食の席がある庭の方へと歩き出した。
この時、人間となったルーナの手の感触がフレイムに伝わってきた。
(あ・・・・・・・・)
雷の魔法を喰らったワケでもないが、フレイムの背筋に軽い電流が走った。
アルルーナとサラマンダーが手をつなぐことは、普段の生活どころか特殊な状況になってもありはしない。
当然、フレイムも今までもそんなことは意識した事もなかったのだが、女の子の手に握られるその初めての体験に、フレイムの胸になんだかむずかゆい思いがわき上がって来た。
(まあ、いろいろあったけど...人間ってのも悪くないかも...)
女の子に手を握られてちょっと舞い上がる。
なんだか思春期の少年のような思考を掛け巡らしているフレイムであったが、実際、今は16歳の人間なのだ。そう思ってもおかしくないだろう。
フレイムは手を握りながら食堂へと向かおうとしたが、一メイルも進まない内にルーナはピタッと立ち止まった。
「あ、そうだフレイムさん。ジョルジュが採って来たキノコはどうしました?モンモランシーから預かったと思いますが」
「あ~そうだった。うっかり忘れるところだったよ!」
口元から鼻歌をもらし、フレイムは浮かれた口調でルーナに言うと、くるっと顔を振り向けた。
案の定、フレイムが目をやった場所には、収穫したキノコを入れた袋があった
が、中のキノコは地面に零れている。
というか食べられている。
誰に?
フレイムの『使い魔』であるキュルケにだ。
「・・・・・・・ん?」パチパチパチパチパチ
数瞬、フレイムは何が何だか分からず、何度も目をしばたかせた。
いやいやいやご主人?というかキュルケさん?アンタなんばしよっと?
え?キノコ?食べてるの?あんなにあったのに?あと2株と半分しかないじゃん
ご主人であるフレイムの心を察したのか、キュルケは食べかけのキノコを口に入れながらフレイムの方を見た。
(美味しかったわ♪ありがとねご飯用意してくれて。ご・主・人・さま♡)
言葉は発していないが、フレイムにはそう聞こえてきた。
お腹がいっぱいになって満足したのか、キュルケは尻尾をふわっと浮き上がらせて立ち上がると、フレイムにウィンクしてさっさとどこかに行ってしまった。
後に残ったのは空っぽになった袋と、キノコ2株である。
さっきまでの幸せはどこかへ吹き飛び、フレイムの背中には電流の代わりに悪寒が襲う。
(ふ、ふざけんなああぁぁご主人!!それジョルジュの旦那が採ってきたキノコなんだよ!?残り二株ってどんだけ食べてんの?これでどうしろっての!?)
背中に伝わる寒気はどんどんと濃くなっている。
そしてフレイムは、この寒気が自分自身ではなく、『後ろの方』からやってくるのに気づいた。
壊れた人形のように、ゆっくりと顔の向きを直す。
いつの間にかルーナは手を離していた様で、彼女は数メイル離れた場所からフレイムを見ていた。
その顔は、どこか諦めた感じである。
「え、ちょ、やだルーナさん。そんな顔で見てないで助けて...」
ルーナに助けを求めようとしたフレイムが言いきらない内に、彼の視界を緑のローブが遮った。
フレイムが恐る恐る顔を上げると...
目と口の部分から血を流したジョルジュがそこにいた。
「いぎゃあああああー!!!」
フレイムの口から、この世の終わりのような叫びが庭に木霊した。
カボチャの顔に空いた穴から、ボタボタと血が垂れるこの状況。
使い魔とか人間とか関係なく怖い。
あわわわとフレイムの口から何か出てきそうになっているが、ジョルジュは無言のままフレイムに近づいてくる。
「ちょ、ちょ、ちょまってくださいよ旦那...あれはね、おおおおいらのご主人....いや今は違うけど、キュルケが勝手に食べちゃったんで、決してオイラだけが悪いってワケじゃなくて...」
しどろもどろになりながらも、フレイムはジョルジュを説得しようとするが、無言のまま血を流すジョルジュに、フレイムは今にも気絶しそうであった。
ふと、ジョルジュが口の中に手を入れた。何かを探るようにガシャガシャと動かすと、やがて口に入れていた手をゆっくりと取り出した。
血にまみれた鎌を掴んで
※
クエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!!!!
気づくと、見たことのある部屋の中にフレイムはいた。
心臓がバクバクと鳴っているのが自分でも分かる。
しかし、フレイムがいる場所は学園の庭ではなく、いつも自分が寝ている部屋の寝床。目の前には鎌を持ったジョルジュではなく自分の主人である、キュルケが驚いた顔で見ていた。
褐色の肌に胸元が開いた制服、尻尾も生えてはいないし赤い毛も生えていない。
「ちょっとフレイム?いきなり大声で鳴いてどうしたの。びっくりしちゃったじゃない」
(ゆ、夢...夢?)
フレイムは目を白黒とさせながら、部屋の中を見渡して、目の前の化粧台に座るキュルケ、そして自分の体と目を移した。
人間のような細い手足じゃなく、いつもどおりの赤い肌に黒い爪がある。
後ろ見れば、火のついた自慢の尻尾がチリチリと音を立てていた。
夢...夢だったのか?
フレイムはポカーンと空いた口が動かなかった。
それを見ていたキュルケが心配そうに近づいてきた。
「さっきまで気持ちよさそうに眠ってたのに急に大きい声で鳴くだなんて、びっくりしたわ。怖い夢でも見たの?」
キュルケが撫でながら話掛けてきたことで、フレイムはようやく、自分が元に戻っているんだなと確信を持てた。
頭に伝わってくるキュルケの手の感触が心地いい。夢の中では悪夢の発端を作ってくれたが、今はそんなことはどうだっていい。
(そ、そうだよな~!!いきなりオイラが人間になってるなんて..それにレミアが人間の先生だなんて...突拍子もいいとこだよな!あああ、良かったよぉ~!あやうくジョルジュの旦那にエライ目にあうとこだったもん)
ジョルジュが血まみれの鎌を取り出した場面を思い出すと、フレイムの体にぞわっと寒気が起き上がった。
ジョルジュは普段は優しいが、怒った時の豹変ぶりは使い魔の間でも有名であった。
それを実際に体験したフレイムの心の中では、
「絶対にジョルジュの旦那を怒らせちゃアカン」
ということが心に深く刻まれた。
フレイムはゆっくりと寝床から這い出てくると、安心した所為か空腹感が襲ってきた。
キュルケもそれに気付いたのか、
「そういえばもうすぐお昼ね。フレイム?今日は外で一緒にご飯食べようか♪」
と頭ももう一度撫でると、部屋の扉から廊下へと出て行った。
フレイムもその後ろについて部屋を出た。
「クエッ♪」
(ああオイラ...ご主人の使い魔がいいや。人間になるなんてもう頼まれてもいやだもんね)
いつもはそんなに感じなかったが、今日はやけに主人の優しさが身にしみる。
フレイムは意気揚々とキュルケについていき、既に頭の中は今日の昼ご飯の事で一杯になっていた。
しばらくして、扉が閉められたキュルケの部屋に、閉め忘れていたのか少し空いていた窓から風が入ってきた。
風の動きにつられるように、壁に寄せられたカーテンが僅かに揺れる。
その時、部屋の床にぽとりと何かが落ちた。
部屋に敷かれた色の良い絨毯とは違う、土に似た濃い茶色と深い赤色。
二色のキノコが、床に転がっていた。