鳥のさえずりが聞こえてくる。
窓の外から入ってくる朝の光と鳥の鳴き声に、キュルケの使い魔であるフレイムは瞼を開けた。
(んあ・・・・もう朝か)
目を開けたがまだまだ眠たく、ジッとしていると自然と目が閉じていく。喉の奥からこみあげてきた欠伸を思いっきり口から出すと、目の端から涙が滲んできた。僅かばかりであるが、頭が軽くなった気がする。
昨夜は主人のキュルケが遅くまで起きていたのでフレイムも眠れず、寝不足気味なのだ。
だったら外で寝ればとフレイムも考えたが、外は外でうるさい奴らがいる。
例えば深夜徘徊してるマンドラゴラとか人間の使い魔とかシューシュー言ってる巨大蛇とか...
だったら、うるさくてもちゃんと寝床が作られている部屋の方が何倍も良い。
厳しい環境で育ったフレイムも、やはり整った寝床の気持ち良さには抗えなくなってしまった。
ぼやけた視界が徐々にはっきりとしてくる。『フレイムは今日の朝ごはん何出るだろう?』と考えながら部屋を見回した。
(あれ...?)
何かおかしい。
いや、別に部屋にあるモノの位置が変わっているわけでも変なものがあるというわけでもない。なぜか、いつもとは違う雰囲気が漂っている感じがする。
(・・・・ま、いっか)
しかしフレイムは特に気にすることもなく、再び眠ろうと目を閉じた。
どうせ御主人が起きないと朝ごはんには行けないし、さっきチラッとベッドの方を見たけど、そのご主人はまだまだ起きる気配はない。
だったらそれまで寝るのが利口だ。
そう頭の中で結論付けて二度寝しようとした時、ガチャッとドアが開く音がした。
「まったく...いつまで眠っているのですか。起きなさい!!」
訪問者の声が部屋に響いた。その声は当然フレイムの耳にも入って来たが、次にはフレイムの視界は反転した。
(おわっ!!)
閉じ切ったフレイムの目も開かれる。ごろんと腹を上に向けられたフレイムの前には、あまり馴染みのない部屋の天井と、
「また床で寝てるのですか?いい加減に起きて支度しなさい。もうすぐ朝食ですよ」
全く馴染みのない人間の少女がこちらを見ていた。
(ええええ~???誰?)
フレイムの頭は混乱した。自分でも頭は決して良い方ではないと自覚しているが、キュルケの使い魔である以上、自分と同じ使い魔と、主人での周りにいる人間の顔くらいは覚えているつもりだ。
今自分の目の前にいるのは使い魔でもなければ、自分の知っている人間でもない。
細い眼がスッとこちらを見ている。整っている顔立ちは主人であるキュルケとは違う美貌がある。
髪は植物のような緑色をしており、床からだと髪型は分からないが、花の髪飾りが額の所に見えた。
視界の端にマントの布と白い布が見えた。おそらく、御主人が良く着てる制服とやらを着ているのだろう。という事は御主人の新しい友人か?
どこかで見たような顔だな、ふと頭に浮かぶがフレイムにはどうもこの人間の少女を思い出せなかった。
(なんだよなんだよ?なんでオイラを起こすんだい。また床で寝て?ほっとけ。それならご主人を起こしてくれよ。ベッドで寝てるから)
全く、急に体をひっくり返されたのも腹立つが、いきなりそんなこと言ってくるのも腹立つ。フレイムは段々と、上から見てくる少女に怒りを覚えてきた。
「うるさいなぁ。オイラには関係ないだろ?オイラを起こすくらいならご主人を起こしてやってよ」
フレイムは面倒臭そうに手を少女の前に突き出した。
そこでフレイムは気づいた。
(あれ?オイラ今、喋ってなかった?)
勿論いつも喋っている。しかし今、「人間」の言葉を喋らなかったか?
(というか、前に突き出してる手...)
フレイムは自分が突き出した手をじーっと凝視してみた。
いつも地面を踏みしめているたくましい腕と、しっかりと獲物を捕える強い爪はそこにはなかった。
あったのは茶色い腕、そしてスラッと細くなった五本の指。爪はなぜか赤い。
フレイムの目がみるみる開かれていく。眠気が自然と飛んで行った。
ここにきて、ようやくフレイムは自分の異変に気づいた。
「はぁ、なにが関係ないですか。いつも起こしに来てあげているのですから、感謝くらいはして欲しいものですね」
少女はフレイムが出した手を掴むと、「フッ!」という声と共に、フレイムを上に持ち上げた。
フレイムも思わず立ち上がってしまう。
「あれー!!?」
フレイムの口から少し甲高い声が出てきた。
おいおいおいおいちょ、待って!オイラ今「立ってる」!!!!!??
フレイムはサラマンダーなのである。トカゲなのだ。それが「二本足」で立つなんてありえないではないか。
いや、仲間には二本足で立って走る奴もいるけど...
少なくとも、自分はそんな特技を習得した覚えはまるでない。
「全く、寝ぼけてるのですか?もう時間はありませんよ。ほら、変な声上げる暇があれば、そこの洗面台で顔を洗いなさい」
少女はくるっとフレイムを回して、洗面台と鏡のある方へとフレイムを押した。
ふらつきながら鏡の前に来たフレイムは、そこで鏡に映った自分を見た。
真っ赤な髪、茶色い肌、黒い目。ベッドで寝ている筈の主人と同じ様な雰囲気を持った顔である。目だけはなんとなく、いつもと同じに見える。
フレイムは手を顔にペタペタと当てながら確かめる。ついでに目や口なんかも動かしてみた。
間違いない。鏡の中の人間の手はオイラが動かしてるし、この顔もオイラのものだ。
「まじかよ・・・オイラ、人間になっちゃったの?」
フレイムの口はだらしなく開いたまま止まってしまった。
鏡の中の少年もそうしている。
ついでに目も飛び出しそうなほど見開いているが、鏡の中の少年も飛び出しそうだ。
こ、これが、オイラ?
頭の中にぐるぐるといろんな事が浮かんで来ては消え、そしてまた浮かんでくるが、現状を解決するモノは何一つとしてない。
そんな止まったままのフレイムの後ろから、モゾモゾと布が擦れ合う音が聞こえてきた。
ベッドの蒲団がめくれる音。ご主人が起きたんだとフレイムは察した。
フレイムはキュルケに助けを求めようと、すぐさま体をベッドへと向けた。
「ご主人!!大変だよっ!!オイラ人間にな...っち...まった」
ベッドに向けたフレイムの目は、先ほどよりも飛び出しそうな勢いで開かれた。
見方によっては半分出ているようにも見える。
オーダーメイドで作られせたキュルケのベッドには、彼女の姿はどこにもなかった。
代わりに一メイルはあろうかと思われるキツネが尻尾を丸め、気持ちよさそうに眠っていた。
赤の混じった体毛は朝日に反射してルビーのように輝き、寝顔もどこか、妖艶さをにじませている。
フレイムを鏡に押しやった少女はベッドの傍まで近づいていき、気持ちよさそうにベッドにまどろむキツネの体をゆさゆさと揺すった。
「全く主人もそうなら使い魔も同じですね。『キュルケ』も起きなさい。あなたのご主人はもう起きてますよ」
「え、いや、ちょ...キュルケって...え~」
フレイムは固まってしまった。キュルケと呼ばれたキツネは目を開けると、首を上に伸ばしながら「クァァァァ..」と息を吐いてベッドから降りた。
ベッドから降りた瞬間、いくつにも分かれた長い尻尾が優雅に部屋の中を踊り、そして床には垂れずにふわふわと宙に浮かんでいた。
フレイムがあっけにとられていると、またドアを開く音が聞こえてきた。
部屋に入って来たのは少女と同じ、学院の制服に身を包んだ少年であった。
身長は160サントあるかどうか、腕には長めのステッキを引っ掛け、黄色と黒の線が交互に入った帽子を頭に乗っけている。
「お早うございますフレイム氏・・・・っと、おはようございますルーナ嬢。また彼を起こしに来たのですか。わざわざ女子寮からご苦労様です」
「おはようございますロビンさん。あなたもフレイムさんを起こしに?」
「ははは、食道に行くついでに様子を見に来ただけですよ。それにしてもフレイム氏...あなた、また床で寝ていたのですか?使い魔を大事にするのは結構ですが貴族としてはどうかと思いますよ。いいですかフレイム氏?あなたの地元では別に良かったかもしれませんがここはトリステイン学院なのです。私やルーナ嬢だからいいモノを、他の誰かに見られでもしたらどうするのですか。貴族が相手に敬意を払うのは当然のことですがそれを知ら者もいるのですから、ちゃんとベッドを使う事をお勧めしますよ?ところで、ベッドといえばこの間...」
ロビンと呼ばれた少年は長々と話し始めるが、フレイムは止めなかった。というか全く聞こえていない。
ああ...まじかよ
フレイムの頭に、そんな言葉が浮かんで消えた。
部屋に立つ少女と少年、そして自分の足下に座りこんだキツネ。
いろいろと頭がこんがらがっているが、とりあえず今は...
「・・・・まあ、とにかくご飯食べにいこっか」
フレイムの口から言えたのはそれだけだった。
※
なんでオイラがこんな事に?
朝食後、フレイムは自室の椅子に座って頭を悩ませていた。
(なぜか)寝巻きだった服から学院の制服へは何とか着替えることが出来た。
布を巻かれる窮屈さから、なるべく楽にしようと胸元を開いた着方はキュルケにそっくりで、部屋に入るまでロビンになにか言われ続けたが無視した。
ちなみに肝心の杖であるが、不用心に机に置いていたのでそれを腰に差しておいた。
ベッドでは今は自分の使い魔となったキツネのキュルケが、舌でチロチロ舐めながら、尻尾の毛を整えている。
それを見て、フレイムはため息をもらした。
昨日までは自分が使い魔で、そこにいるご主人のキュルケがメイジであったはずだ。
それなのに今朝起きてみれば、それが全く逆になっているのだ。
急な展開についていけず、先ほどの朝食でもフレイムは終始、口を閉じていた。(喋らなかったというだけで、食べるものはきっちりと食べた)
「オイラがメイジかよ・・・・」
フレイムの口から、再び溜息が漏れた。
召喚されてからキュルケと一緒に生活を共にしてきたが、彼らが行っていることを見ていると『よくやるよな御主人たちは...』と常々思っていた。
自分はサラマンダーなのだ。人間のようにわざわざ昼寝出来る時間に本を開いて勉強して、日向ぼっこの時間にもだらだらと長い話に耳を傾ける。
一度、人間の授業を聞こうと耳を傾けたらすぐに眠りに入ってしまった。
こんな面倒なこと、人間にしか出来ないよ。
そう思っていたフレイムであったが、自分が今、まさしくそんな面倒な立場にいることを考えるとぞっとする。
今は無くなった尻尾の炎が消えてしまう気がした。
「やだやだ...はやいとこ元に戻る方法を考えないと」
というかオイラがメイジでご主人が使い魔になっていた。
となると、ルーナやロビンの本来の主人、ジョルジュの旦那やモンモランシーも使い魔になっているのか?シルフィードも?
他の仲間はどうなっているのだろうとフレイムが考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
フレイムは「あ~い」と返事をすると、一人の少年がドアを開いて入って来た。
黒い髪に幼さの残る顔。今の自分と同い年ではあるだろう少年の顔にはフレイムは見覚えがあった。
「フレイムなにやってんだよ。もうすぐ授業の鐘が鳴るぞ?いくぞ」
「さ、サイトか?」
「サイトか...ってお前、まだ寝ぼけてんのか?いいから早く出ようぜ」
部屋に入って来たのはサイトであった。
あっちでは主人が隣同士の部屋だったからよく見かけたし、以前は主人の命令で部屋に連れ込んだこともあった。
他の人間とは違う服を着ていたのは覚えていたが、今目の前にいる彼は、自分と同じ、学院の制服に腕を通していた。
「サイト...お前、メイジになったのか?えらくなったな~」
「フレイム、人が親切に呼びに来たのにそれはないぞ」
「だって。いつもお前朝からパンツを洗っては干して洗っては干してを繰り返してただろ?夜中には鞭で叩かれて...ホント良かったな~貴族になれて」
「してねえよ!!なんだ鞭にはたかれるってそんな趣味ねぇぞ俺は!?いいから行くぞフレイム。今日は外で使い魔と一緒に授業を受けなきゃならないんだから、お前のキュルケも起こせよ」
ああ、そうなんだとフレイムはサイトに相槌を打つと、座っていた椅子から立ち上がり、ベッドでくつろいでいたキュルケに恐る恐ると声を掛けた。
「ご主人...じゃなくてキュル、ケ?授業があるみたいだから一緒に着いてき...じゃなくて、行くよ」
フレイムは噛みながらキュルケに言った。使い魔になったとはいえ、キュルケを呼び捨て出呼ぶのも、命令するのも初めてなので変な気持になる。
意図が通じたのか、ベッドに横たわるキュルケの耳がぴんと上がり、体をひねりながらベッドから降りた。
それを見たサイトは、フレイムに怪訝な顔を見せた。
「お前なぁ...凄いの召喚したから使い魔大事にするのはいいけどよ、いい加減その口調と態度止めろよ。どっちが主人か分からねえぞ」
余計な御世話だよとフレイムは心の中でサイトに言い返す。
「まあ、それくらいお前の使い魔は立派だしな~。それに比べて俺の使い魔ときたら言う事聞かないは、気に入らないと引っ掻くは暴れるはでホント大変...」
サイトが自らの使い魔の愚痴を語り出した時、部屋の外から何か黒いモノがサイトの頭に乗った。
それは50サント程の大きさの、桃色の毛の猫であった。明るい桃色の毛が艶やかに伸び、猫なのにも関わらず黒色の服を着ている。
つり上がった目は明らかに怒っており、サイトの頭に上り終えると、サイトの額に前足を当てる。そして、「ンニャ゛ッ!!」と一声上げると前足を一気に引っ張っり上げた。
フレイムにはすぐに「あ、ルイズだな」と分かった。
「いででででデででッッ!!!!止めろルイズッ!!痛い痛い痛い!!せっかく治ったばかりなのに!!」
サイトは叫びながらフレイムの部屋を走りまわるが、ルイズの爪はがっちりとサイトを掴んでいるようで全く離れない。
暴れれば暴れるほどにルイズの爪が食い込んでいるのだが、どうやらサイトは気づいてないらしい。
「(メイジになってもサイトは変わらんな)じゃ、オイラ先行くからサイト、ドア閉めてってね」
そう言って「行くよご主...キュルケ」とキュルケに呼びかけ、フレイムは後ろ手でドアを閉めた。
ドアの隙間から「おいフレイム!!置いてくなってッ!ルイズをどうにかしてくれッ!!」と聞こえてきたが、とりあえず聞こえないふりしてドアを閉めた。
※
寮を出ると授業場所はすぐに分かった。
男子寮から外へと出ていく生徒達がちらほらといたので、そいつらについていくと、数十人の生徒達が集まっている場所へとやって来た。
サイトはさっき戸締りを任せたから遅れてくるわけだが、やはり以前、教室で会った人間達とは違う。使い魔もどこかしら異なるモノばかり。
フレイムがキョロキョロと辺りを見回していると、何処からか聞いたことのある声が聞こえてきた。
「きゅいきゅいん!いい、タバサちゃん?今日はお姉ちゃんのとっておきの魔法見せてあげるのね!!」
「・・・別にいい」
壁の方に生えている木の近くで、やたらと大声を張り上げている女の子がいた。
彼女が話しているのはどうやら木の根元に座っている、女の子だろう。
「あれは...シルフィードとタバサ?」
立っている女の子はシルフィードだと確定だ。だって、あんな馬鹿そうな大声と口調はあいつしかいないもん。
となると、座っている女の子は彼女の主人であったタバサという事になるが、一見、普通の人間と変わらない。
しかしフレイムが良く見ると、タバサの体が光っているかのように白い。
体もメイジの時と比べて一段と小さい。眼鏡をかけているのは前とは変っていないが。
「シルフィードの使い魔はフェアリーってことか?しかしあれをみていると・・・」
「んもう!タバサちゃん私の話を聞くのね!!」
「今・・・・読書中・・・・・後で」
「きゅい、何読んでるのね?」
「・・・・イーヴァルディの勇者シリーズ」
「きゅい?イーヴァルディの本にしては薄いのね。タバサちゃんの世界ではこれくらいのページなのね?」
「そう・・・・今、イーヴァルディが宿敵のライバルに攻撃を受けているところ」
「きゅいきゅい!!なんでどっちも裸なのね!?あ、でも確かにイーヴァルディが苦しそうな顔してるの!!」
「これから主人公が攻めに転じる・・・・」
なんの話をしてるんだあいつらは?というか、タバサはなんの本を読んでんだろ?
フレイムは心の中で疑問に思いながら、変な空間を作るシルフィードとタバサから離れ、他に誰かいないかと探した。すると、
「あ、フレイムく~ん!!」
女の子の声が後ろから聞こえ、フレイムが振り向くと、少し先の方から一人の女の子が走って来た。
茶色の髪を三つ編みにし、その付け根にはそれぞれルビーやサファイアなどの宝石で出来た髪止めを付けている。
首にはいくつもの首飾りをかけており、指輪も数えきれない。
ド派手な装飾に身を固めた少女を見て、少し戸惑ったフレイムだが、誰なのかはすぐにピンと来た。
「どうしたんだよヴェルダンデ。そんな重いものぶら下げて走ったら転ぶぞ」
「もう~!大丈夫だよ。それよりもさ、僕のギーシュ見なかった!?さっきから見当たらないんだよ」
ヴェルダンデに尋ねられたフレイムであったが、そもそもギーシュがどんな使い魔なのか知らないから、見たも見ないもない。というか見たくもない。
フレイムは「あ゛~」と口を濁した。
「さあ...オイラも今来たばっかだから、分かんねえな」
「そお?分かった。う゛~どこいったんだよぉギーシュぅ」
涙目になりながら辺りを見回すヴェルダンデの姿に、フレイムの胸が僅かにキュンっとなる。
しかしフレイムは冷静だ。落ち着け。こいつはこんな顔してるし、いやに宝石が似合ってるけど、
オイラと同じ「ズボン」はいてるんだから!!!!
「まあ、お前の使い魔に限って逃亡はないよ(溺愛してたし)。きっとそこらにいるだろうからもっとよく探してみなよ」
「・・・・フレイムくんも手伝ってぇ...」
「そ、それはヤダ。面倒くさいし」
「ううぅ...フレイムくんのケチ」
ヴェルダンデは「いいさ!もう宿題見せてあげないんだから」と言った後、つぶらな瞳に涙を浮かべ、走り去って行った。
「あいつ...雌雄どっちか分かんなかったけど、人間になっても分かんないな」
後姿を見送りながら、フレイムはポツンと漏らした。
「なにが分からないのですか?」
声を掛けられた方を向くと、ルーナの顔が至近距離に現れた。
突然の登場に、思わずフレイムは背中をのけぞらせて驚いた。
「うわふっ!!なんだよルーナか。びっくりさせんなよ」
「なぜ私がフレイムさんを驚かせなければならないのですか?勝手に驚いたのはそっちの方です」
むぅ、こういう人を小馬鹿気味にするような話し方は変わんねえな。とフレイムが思った後、ルーナの周りを見た。
どこにも使い魔らしいものはいない。ジョルジュの旦那も、どこかに行ってしまっているのだろうか。
フレイムはからかい半分にルーナに尋ねる。
「そう言えば、ルーナの使い魔は...ジョルジュはどうしたんだ?お前もヴェルダンデみたいに逃げられたのか?」
ルーナはフッと溜息を吐くと、今度は真剣に人を馬鹿にするような目でフレイムを見た。
「はぁ、フレイムさん。私が何の理由もなく使い魔に逃げられると思っているのですか?冗談は存在だけにしてください」
「え、ハナっから存在否定?」
「貴方が心配せずともジョルジュは森の畑にいますよ。何でも今日はキノコの収穫日なんだとか。モンモランシーと一緒に朝早く出かけて行きました」
「ええっ!!も、モンモランシーも!?」
「?驚くことですか?いつものことだと思いますが...まあ、彼には前日に時間を伝えてますから、多分大丈夫でしょう」
ルーナは淡々と言うがフレイムにとっては初めて知った事なのでそりゃ驚く。
いっつも学院の花壇で何か作っているジョルジュの旦那であるが、こっちでも場所は違えど、やっている事は同じらしい。(まあ、最近は花壇だけでなく外の方にも種をまいていることをフレイムは知っているが)
というか、使い魔になってもモンモランシーといちゃついてるんかい。
呆れて、フレイムの顔が引きつりそうになった時、生徒達の前に一人の女性が歩いてきた。
紫に近い長い髪が片目を隠し、髪の色と同じルージュを塗っている顔はかなり不気味だ。
背は女性としては高く、低く見ても180前半位はありそう。
出るとこは出ており、フレイムの主であるキュルケと同じような体つきであるが、不健康そうな白い肌は全くの正反対だ。
胸が開けた服と紫色のマントを身につけたその姿は、まさしく絵に出てくる魔女そのものであった。
「皆、揃ってるみたいね」
女性のメイジは生徒たちをざっと見渡すと、その顔には似合わないくらいはっきりとした声を出した。
それに気付いた生徒は、一斉に女性の方を向いてシーンと静まる。
フレイムも隣のルーナと同じく、女性の方を向いて姿勢を正す。
(あいつも元は使い魔なのかな?教師っぽいけど、一体誰なんだろ...)
フレイムが見当をつけながらその女性のメイジを見ていると、生徒が全員いることを確認して、続けて口を開いた。
「ではこれから使い魔との共同授業を始める。皆知ってるとは思うけど、この授業を受け持つ『毒雨』のレミアよ」
「いやお前が教師かよッッ!!!」
元使い魔には場の空気なんかは関係ない。
フレイムはその場で大声を張り上げてツッコンだ。