使い魔品評会といえば、毎年学院で行われる恒例行事の一つである。
簡単に言えばその年に召喚された使い魔を公式の場で見せ合う、言わばお披露目会のようなものなのであるが、その規模は何故か大きい。
学院の生徒、教師陣は勿論であるが、国のお偉方もやってくるこの行事は、2年生の生徒達にとっては、その年活最大のイベントと言っても良いぐらいなのである。
召喚された使い魔がどれほどなのかと使い魔を見るだけではなく、召喚後の短期間にどれだけ使い魔と親しくなれたのかも見られるという、メイジ本人としての力量も見られるのだ。
そのため生徒は品評会のために色々と準備をするのだが、生徒によっては召喚した後から準備をしている強者もいるくらいだ。
なんせ使い魔とメイジとしての力量が試されるこの品評会、もちろんその中で優勝でもすれば大変な名誉であるし、過去にはこの品評会で魔法衛士隊にスカウトされた生徒もいるのだから、いかにこの品評会に力が入っているかが分かる。
しかも今年はあのアンリエッタ姫がやってくるということで、学生たちのテンションは例年以上になっていた。
そんな大々的な行事も既に開始まで秒読みの段階、朝の教室でも品評会の話で持ち切りなのだがその中で一人、机に突っ伏している少女がいた。
その少女の名はルイズ。彼女はワイワイと騒いでいる教室の空気と反比例して、落ち込んでいた。
原因はいうもなし、使い魔品評会の事であった。
(どうしよう...もうすぐ品評会じゃない...)
もちろんルイズも品評会の事は頭にあった。
しかし、使い魔であるサイトがギーシュと決闘し、フーケの捜索に参加したりと、慌ただしい日々を過ごしている内にすっかり忘れてしまっていた。
いや、忘れようとしていた。
(姫様の前で...どう発表すればいいのよッ!!?)
ルイズの悩みは彼女の使い魔、サイトの事であった。
ギーシュとの決闘以降、学院の中でサイトの名は結構広まっている。
「貴族に勝った平民」として学生の間ではちょっとした話題になっており、使用人たちの間では「我らが剣」と言われて英雄扱いされている程だ。
しかし、品評会は学院の人間だけではなく国のお偉方が見に来るのだ。
いくらサイトが使い魔でも、そんな大事な場所でサイトを上がらせて、
『これが私の使い魔、平民のサイトですわ!!オホホホホッ!!』
なんて言えるだろうか?否、言えない。絶対冷やかな目で見られるか、笑われるだろう。
人一倍、人目を気にする彼女としては当然気が進むはずもない。
特に今度の品評会では『あの』姫様がいるのだ。ルイズの気持ちはさらに落ち込んできた。
なにか一つでも自慢できるものか、芸でも出来れば少しはマシなのだけれども、
(サイトって何か出来たっけ...少し剣が出来て...あ、あと最近下着洗うの上手くなったて言ってたわね)
そう言えばサイト、使い魔になってから下着の洗濯が上達したと先日話していた。
何でもシルクの下着はもうお手の物だとか。それならば...
『これが私の使い魔、平民のサイトです!!特技は下着洗いですわッ!オホホホホッ!!』
先程よりも重たく感じる頭を、ルイズはさらに机に押し付けた。
なんでわざわざそっちを言う?「剣が使える」方が何十倍もいいのになんで「下着上手に洗える」のを全面的に押し出したのか。
自分への恥ずかしさと馬鹿さに、このまま机になれればいいのにと考えていたが、その時、ふと横から声をかけられた。
「ちょっとルイズ、何うつむいてるのよ。朝から元気ないじゃない」
その声にルイズはぴこっと耳を動かして顔を上げた。
いつの間に教室に入って来たのか、モンモランシーがルイズのすぐ横から、慈しみに満ちた目をこちらに向けている。
彼女のシンボルでもある金髪の縦ロールは軽く揺れながらキラキラと光り、ふんわりとミントの香りが漂ってくる。おそらく新しく作った香水なのだろう。今まで嗅いだ事のない匂いだ。
「ほっといてよモンモランシー。今、考え中なの」
「考え中って...どうせ品評会のことでしょ?ルイズったら考えすぎよ。只、使い魔を紹介すればいいだけじゃない」
「私の使い魔はその紹介だけでも大変なのよ...」
普通に紹介出来る使い魔ならこんなに悩まない。
モンモランシーの使い魔はルイズの嫌いなカエルだから別段羨ましくないが、上機嫌に話してくる彼女にルイズは軽くイラついてきた。
モンランシーは自覚がないだろうが、舞踏会以降、ルイズはおろか教室の女生徒にとって、彼女はかな~りいやな存在と化している。
別にイジメをしているとか、誰かの悪口を言っているわけではない。彼女自身は普通に振る舞っていると思っているのだが...
早く授業が始まらないかと、ルイズはなんともなしにモンランシーを挟んだ隣の方へと目をやったが、いつもなら隣にいる筈のジョルジュがいない。
思わずモンランシーにジョルジュのことを尋ねそうになったが、声を出かかったその瞬間、口から声が出る前にルイズ自身の手がそれを塞いだ。
(あ、危なかったわ~)
ルイズの背中につーっと汗が流れたのなど知らず、モンランシーは左の薬指につけた指輪を見て顔を綻ばしている。
そう、彼女に「ジョルジュ」、「指輪」、「舞踏会」なんかのフレーズは今の学院では御法度なのである。
その理由は、彼女の左薬指に光る小さな指輪であった。
※
舞踏会以降、モンモランシーは左の薬指に指輪を常に付けていた。
宝石ではなく、蔓と花で作られた変わった指輪であるが、彼女を知る者にはその送り主は言わずとも分かる。
指輪の話題は当然、教室の中で一気に広まった。
一度、教室の女子が集まってそのことを問いただした時、モンモランシーは指輪を嬉しそうに見つめながら、
『これ?この指輪ね...舞踏会の日に、ジョ、ジョルジュから貰ったの』
そして、その後に顔を真っ赤にしながらプロポーズに近いセリフを言われたことを話すと、女子のテンションは最高潮になった。
愛する人に舞踏会で指輪をもらう。
それでプロポーズ&一緒にダンスなど、勝ち組以外の何者でもないではないか。
モンモランシーはそのことを嬉しそうに女生徒達に話し、その後ののろけ話も当初は皆、黄色い声と暖かい目で聞いていたのだ。
いいなぁ!
羨ましい!
私もあの人に言われたいわ!
死ねばいいのに!
ルイズも最初のうちはとても羨ましかった。
そりゃ、ルイズも17歳の立派な乙女なのだ。
そんなロマンチックなシチュエーションで指輪をもらってそんなこと言われたいと思う。
しかし、人の幸せというのは2日も続けば「幸せボケ」となり、それ以上続けば「幸せバカ」となることを、教室の生徒達は知ることになる。
舞踏会から数日経っても、モンモランシーののろけ話は決して止むことはなかった。
少しでも指輪かジョルジュの事を口に出せば、昨夜二人で夜の散歩をしたとか、香水の材料を探しに森の泉に行って来たとか、髪を梳かしてもらったとか、そんな話を幸せそうな顔で休みなしに聞かされるのだ。
本人は幸せいっぱいなのだろうが、聞いてる方としては溜まったものではない。
唯でさえ、モンモランシーとジョルジュは二人でいることが多い。以前はモンモランシーも人前では自重していた様に見られていたが、ここ最近は教室だろうが食堂だろうが人目を気にせずにジョルジュにべったりとするようになった。しかも、ジョルジュの方は自覚なく彼女に応えるから余計にタチが悪い。
今まで『トリステイン学院 恋人の会』では、モンモランシーとジョルジュの二人は「ベストカップル」として認定されていたが、(かつてはギーシュやマリコルヌなんかがそれに異議を唱えていたが、無視された)それがここ最近のモンモランシーののろけ具合に、遂に3代目会長のキュルケは『スクエア級のバカップル』の称号を密かに送ったのであった。(男は勿論、女性から見ても「死んでくれ」と思えるレベル)
そんなモンモランシーは今日も絶好調である。
「ジョルジュ、朝からオールド・オスマンに呼ばれたのよ。一体何があったのかしら」
(聞いてない、別に聞いてないわよモンモランシー...)
ルイズは心の中でツッコむが、モンモランシーが次に何か言う前に、ルイズは口を挟んだ。
「そういえばモンモランシーぃ?さっき品評会の事言ってたけど、アナタこそ準備してるの?」
「私?そうねぇ...まあ、無難に行くつもりよ。ロビンの事悪く言うわけじゃないけど、やっぱり他の人のを見ると、賞なんて狙えそうにないもの...」
そう言うと、モンモランシーはチラッとキュルケとタバサの座る席を見た。
鏡を見ながら化粧を整えているキュルケが、隣に座っているタバサに話しかけている。
「ねぇ、タバサもちゃんと品評会の準備してるの?あなた最近どこか出掛けてたじゃない?」
「・・・大丈夫。私の勝ちは揺るがない」
「あら、自信満々ね。でも私のフレイムも優勝目指してるんだから、友人だからって勝ちは譲らないわよ♪」
「・・・負けない」
何とも余裕のある会話が上の方から聞こえてくる。
しかし、キュルケはサラマンダー、タバサはウインドドラゴンと、二人の使い魔を見ればそれも当然のことであるが、ルイズにはそれが悔しい。
ルイズが唸っている横で、モンモランシーはタバサのいるさらに隣を指で刺した。
「あの二人が本命だろうけど、ノエルのコアトルも案外凄いわよね」
「そういえばそうね...なんだかんだでコアトルって結構珍しいし、それにノエルのコアトルって何か凄い大きくなったわね」
「そうなのよ。もしかしたらノエルのコアトルが優勝するかもしれないんだけど...それより...あの娘誰?」
モンモランシーが指差した席には、ブカブカの制服を着た小さい女の子が座っている。
多く袖の余った長袖の制服に身を包んで、教室の中にも関わらずつばの広い帽子をかぶっている。
ニコニコと蒼い瞳を輝かせながら席に着いているが、どっからどう見ても学院の生徒じゃない。
タバサもそれに気づいたようで、隣にいる少女に声をかけている。
「・・・なぜあなたがここにいる・・・彼は?」
「ん~お兄ちゃんのこと?お兄ちゃんねぇ、なんだか今日はガッコー行きたくないってベッドから出てこないから~エルザが代わりに来たの♪」
「・・・その制服は・・・・」
「これ、お兄ちゃんの服だよぉ。だって生徒なんだから制服着てこなくちゃダメでしょ?だからお兄ちゃんの借りて来たの」
「・・・・あの若白髪め」ギリギリ
「あら、そういえばタバサ、その隣の子だれなの?タバサの知り合い?」
「・・・・この娘は・・・・・わ」
「お姉ちゃんこんにちは!私エルザっ!ノエルお兄ちゃんのぉ~使い魔になるのかしら?」
「え、ノエルって、ちょ、どういう事なのタバサッ!!?」
「・・・・・おい小娘」
「あれっ?違う?だってノエルお兄ちゃんが私のご主人様になったんだからぁ、人間でいうとつか「ちょっと黙ってろ」ムガムガムガッ!?」
「タバサッ!?そう言えば貴方と一緒にノエルも見なくなったけど、あなた彼と何か...ムガッ」
「二人共喋るな」
何故だかタバサがキュルケ、そして女の子の口を押さえつけて揉め初めた。
ルイズとモンモランシーも様子を見ていたが、結局あの女の子が誰なのかは分からないままである。
奥の席で、ハァハァとマリコルヌが息を荒げていたのと、ガタガタと机が動いていたのは見なかったことにした。
「・・・・しかし、タバサのドラゴンもそうだけど、キュルケはサラマンダーにノエルはコアトル、ルイズもサイトって人間の使い魔召喚してるし・・・うちのクラスって凄いのか変なのか分からないわね」
ボソッと呟いたモンモランシーの言葉に、ルイズはつい反応してしまった。
「まあ、珍しさじゃ他のクラスには負けないけど...それに、ジョルジュのルーナだって、あっ」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
先程までの雰囲気とは明らかに違う、甘い空気を漂わせ、モンモランシーはルイズに少し寄って饒舌に語り始めた。
「ジョ、ジョルジュはそういうの気にしないと思うわ?そ、そう言えば聞いてよルイズ。ジョルジュッたら酷いんだから。昨日の夜にジョルジュに髪を梳かしてもらったんだけど、『あれ?モンちゃん枝毛あるだよ?』なんて言うのよ?酷いと思わない?だっていくらジョ、ジョルジュと私の間だからって、そういうのは・・・・」
ああ、モンモランシー...あんたそんなこと言うコじゃなかったのに...というか何よ枝毛って...知らないわよアンタの髪が枝毛だろうが直毛だろうがチリ毛だろうが。
早く授業、始まらないかな。それかこの金髪ロールの飼い主来ないかしら。
教師でもジョルジュでもいいから早く来て欲しいと願うルイズの耳には、聞きたくもないのろけ話とマリコルヌの荒い息遣いが届いてくるのだった。
「ね、ねえルイズ、聞いてる?ジョルジュって結構香水にうるさいみたいなの。この間もね、新しいのを作ってたんだけど...」
「ハァハァハァ・・・エルザタン...ブカブカの服・・・・ハァハァハァハァハァハァ・・・イイ」
※
混沌とした教室での授業も終わり、夜を迎えた学院内では2学年の生徒達が動き始める。
終始話題となっている品評会までは既に間近に迫っており、各々使い魔と準備を進めているのであった。
ある者は自室でスピーチの練習を、またある者は外で使い魔と行う芸の練習をしているが、それは全く準備をしていなかった彼女も例外ではない。
「とにかくッ!!もう品評会まで時間がないのッ!サイト、アンタなにか出来ないの?」
「何って...お前のパンツの洗濯とか?」
そう言うと、藁束から立ち上がったサイトは近くに置いてあった洗濯かごからルイズのパンツを取り出すと、ベットに腰かけているルイズに向けると、
「いや~俺ってこういうのに才能あるんじゃないかな?洗いづらいシルクのパンツも今じゃどんなに汚れていても真っ白に洗える自信があるね」
首をうんうんとうなづかせながら、自信たっぷりに喋るサイトではあるが、それとは裏腹、ルイズの顔は血管が浮き出そうなほどに赤くなっている。
「あ、ああああ、あんたねえええぇえ...そ、そおんなのを貴族の前で見せるつもりぃ?」
「逆に新鮮じゃね?あ、そうだ!いっそシエスタからメイド服借りて『特技は下着洗いです♡』って言った後にパンツ早洗いするってのは?ほら、なんかのマンガで読んだけど貴族って結構特殊な趣味の人多いんだろ?だから俺の女装とお前の下着で観客のハートをガッチリ掴んで...」
「その前に私のハートが停止するわあああああっ!!!」
ルイズはベッドから勢いよく飛ぶとサイトの顔面に膝を突き刺した。
「ベンッ!!」
サイトは奇妙な声を出しながら床にダウンする。それを見下ろしながらルイズは叫ぶ。
「あんたねぇ、そんなもの品評会で見せれるわけないでしょうが!今回は王宮から姫様も来るのよッ!?ただでさえアンタを人前で紹介するのも一苦労なのにメイド姿でああああアタシのパンツ洗うですってぇ!?どう考えればそうなるのよッ!」
「け、健全な少年の頭の中はいつだって無限の想像力があるんだ...」
「消してッ!お願いだからアンタの頭の中ゼロに戻しといてよ!!」
「ルイズも『ゼロ』なだけに?」プッ
「そうね、じゃあ手始めにアンタの存在を『ゼロ』にするわ」
いつの間にやら手に持っていた杖をゆっくりと自分に向けながら詠唱を唱え始めたルイズを見て、サイトは倒れていた床から慌てて立ち上がると、手を前で横に振りながらルイズに言った。
「ちょ、落ち着けってルイズ。要はあれだろ?貴族や姫様なんかのお偉方にウケる芸を見せればいいってことなんだろ?」
その言葉にルイズはピクッと反応した後、杖を降ろした。だがその目はうさん臭そうにサイトを見ている。
目の前のサイトはなぜが自信がありそうな表情をしているが、これまで共に生活してきた中で、彼のこういった顔をしている時は大抵ロクなことがない。
「そう簡単に言うけどね、タバサやキュルケの使い魔もいるのよ?並大抵のことじゃ驚かないわよ」
ルイズは注意するようにサイトに言うが、サイトは余裕そうな顔を浮かべながらルイズに親指を立てる。
「大丈夫だって。他の使い魔には到底マネ出来ないようなモン、見してやるからよ!」
自信満々言うサイトに、ルイズは「ま、まあ、犬がそれくらい言うんだから、大丈夫なのかな?」とちょっと胸をどきどきとさせながら思ってしまった。
顔をちょっと赤くさせながら、ルイズは胸を張りつつサイトにもう一度言う。
「ほ、ホントに大丈夫なのね?皆がアッと言うようなことをやってくれるのね?」
「ホントはもう少し準備する時間が欲しかったけど...まあ任せとけって。こう見えても、あっちの学校じゃ『一発屋平賀君』って呼ばれてたんだ。文化祭、修学旅行、人が集まる場所でオレが活躍しない時はなかったんだからな」
「・・・?なにが分からないけど、そう、それなら安心だわ」
品評会は案外上手くいくかもしれない・・・
それどころか、優勝も出来ちゃったりするんじゃないかしら!?
さっきまで紹介すら危うく思っていた彼女の心は180°転換し、優勝すら確信しており心の中でほくそ笑むルイズであった。
自分の使い魔が何をするのかを聞いた後、彼女は部屋の中で再び叫ぶ事になったのだが
※
(ああ...わが主、あなたを欺く使い魔をどうかお許しください)
ルイズの部屋から離れた場所にあるモンモランシーの部屋では、使い魔のロビンがテーブルの中央に座りながら、目の前にいる主人に対して、心の中で謝罪をしていた。
その体にはモンモランシーと同じ赤い色のリボンが巻かれており、彼の周りにはテーブル脇に散らかるフラスコと同様に、様々な色のリボンが散らばっていた。
「うん...やっぱり私と同じ、赤が似合うわねロビンには。品評会の時にはこれで出よっか♪」
モンモランシーが尋ねるように言うと、ロビンは肯定の意味を持って一度大きくゲコッと鳴いた。
それが通じたのか、モンモランシーは嬉しそうに笑うと、先ほどから座っていた椅子から立ち上がり部屋の中を歩きだした。
「後は何か特技なんか見せれればいいんだけど...ロビン、何か出来る?」
モンモランシーがロビンを見つめて聞くが、ロビンは申し訳なさそうに顔を横に振り、ゲコッと一声鳴いた。
「そう...」と声を漏らし、再度思案にふけるモンモランシーを見て、ロビンはしゅんと頭を下げた。
(主...本当に申し訳ありません。貴方様に嘘をつくのは身を焼かれるように苦しいのです。しかしレミア嬢を助けるためには仕方のないことなのです)
ロビンの表情はいまにも泣きそうに黒い眼を潤ませている。
正直、カエルが泣くのかは分からないのだが、何故、彼がこのように葛藤しているのかというと、朝に集まった時に彼が言った言葉から始まる。
私どもが協力して、レミア嬢を優勝させましょう。
レミアが再びノエルに振り向いてもらうため、ロビンは使い魔品評会で優勝することをレミアに提案した。
実際、レミアは使い魔としては珍しいコアトルであり、大きさだって今やシルフィードだって飲み込める程のとんでもサイズである。
メイジとの親密度も行き過ぎなほどであるし、そのままでも優勝する可能性は十分なのである。
しかし、それをより堅固なものにしようとロビンが提案したのは、今集まっている使い魔がレミアよりも目立たなくなる事、ぶっちゃけて言えば手を抜くという事だ。
幸い、集まっているシルフィードやフレイム、ルーナなんかはレミアと同じ優勝候補のメンバーなのだ。この三匹が優勝戦前から外れれば、あとはレミアの独壇場であるといってもいい。
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『そんなんで上手くいくのか?他の奴が優勝したらどうすんだよ?』
『少なくとも我々が候補から抜けるだけで、よりレミア嬢が確実にはなりますよフレイム氏。君も同期であるレミア嬢が困っているのですから、協力していただきたいですね』
『きゅいー!!わかったねロビンちゃん!私は協力するね!!』
―私はマスターの意向に従いますから...まあ、前向きに検討しますわ―
『オイラのご主人はあまりやる気ないから多分大丈夫だぞ』
『皆さんお願いしますよ。私も出来る限り協力はしますから。これでどうでしょうか?レミア嬢』
『ううう...みんなありがとう...私、絶対優勝するわ。そしてノエル様をあの吸血鬼から取り戻すわ』
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そんな会話がされたのが今日の朝、それ以降、ロビンはフレイム達に会っていないが、上手くやってくれることを切に願っていた。
(私だって...ホントは主に見せたい特技が沢山あるのですが・・・)
実はモンモランシーに言ってはいないのだがロビン、体は小さいけれども驚く程芸達者なのである。
自分の体を赤や白や緑と何十色にも変えられ、口から飛ばす水鉄砲は10メイル先のハエだって撃ち落とす。
バランス感覚は抜群で、塔のてっぺんまで昇ったと思えば糸の上でもなんなく渡れちゃう。
おまけに「精霊語能力検定」を3つ(水、沼、森の精霊と会話が出来る)も持っている等以外にも凄いのだが、ロビンは今回の品評会でも、それを封印するつもりなのであった。
そんなロビンの心情を知るはずもなく、モンモランシーは椅子に座ると、ロビンの頭を撫でながらブツブツと話し始めた。
「まあ、紹介だけでいいかしらね...別にどうしても何か見せなきゃいけないってワケじゃないし...」
(あああ...ホントに申し訳ありません主。あなたに忠誠を誓った身であるにも関わらずこのような行為に及ぶことをお許しください)
「こういう時、ジョルジュがいてくれたらいいんだけど...って違うわよロビンッ!?別にアイツがいい案出してくれるかなってことで、別にアナタがどうってことじゃないわよ!?」
(ん...?主、なにやら話の方向がおかしくなってますぞ)
「大体、ジョルジュったら夕食終わってから品評会の準備するからって、『これは別々にやるべきだよ』って、何よ、まるでずっと一緒に...いるみたいに・・・」
(主...朝食からベッドに入る直前までいれば、それは『いつも一緒』ですよ)
「そんなにいつも一緒にいないでしょ」
(最近はアナタとジョルジュ殿が別々にいる所を見る方が珍しいですぞ)
「ジョルジュたら、『お楽しみは当日でだよ!!』って、何お楽しみって・・・まさか!?ダメよ!いくら仲が良いからって私たちまだ学生なのよ!!」
(主、ジョルジュ殿は品評会での事を言ってるんですよッ!?決して主が思ってることではないですよ!?)
「や、っぱり、始めって肝心なのよね?本にもそう書いてあったし...でも、あ、そう言うのは...ちゃんとプロポーズした後に...」
(あの!?もう品評会の事は良いのですか?って最近こういうのを多いですよね主?)
ロビンの抗議など聞こえるはずもなく、いつもは聡明な主人のモンモランシーは、今はベッドでゴロゴロと転がりながら叫び声を上げていた。
ああ主よ...貴方は変わりました...そんな性格ではなかった筈なのに...
それでも私はあなたについていきます。
そう思いながら、ロビンは身もだえする主人を優しい目で見守るのだった。
「・・・・・・そう」
「きゅいきゅい、そういうことなのね!だからお姉様、今回はレミアちゃんに...」
「だったら・・・・尚更優勝を目指す」
「ええっ!?」
「あの白髪に勝ちを譲るのは私のプライドが許さない・・・・・絶対勝つ」
「ちょ、お姉様?私の話聞いてたのね?勝っちゃだめ・・・」
「優勝しなければシルフィード、当分肉も魚もなし」
「きゅいーッ!!?」