タバサ達がサビエラの村に来てから3度目の夜がやってきた。
昨日の焼き打ちもあってか、家の外に出ている村人は一人もいない状態で、窓からランプの光が漏れていること以外に村には不自然なほど静まりかえっていた。
その村のとある一角、周りよりも小さく建てられているレオンの家を遠巻きに見る視線があった。
レオンの家から離れた場所に建てられている納屋に体を隠し、その影から僅かに顔を出して扉付近を見つめている。
トリステイン学院の制服に身を包んだその正体は、『ガリアの草食ガール(自称)』ことタバサである。
そのタバサのいる納屋にそっと近づいてくる者がいた。
小さい体を黒いローブで隠し、手には木の蔓で編まれたバスケットを持っている。
ブロンドの髪を光らせて近づくその正体は『サビエラ村の小悪魔アイドル(自称)』ことエルザであった。
エルザの接近にタバサが気づくと、クイクイと指で合図を送った。
エルザはコクンと小さく頷くと、早足に納屋の中へと身を隠してタバサの後ろに回った。
そしてバスケットの中から手のひらほどの大きさのパンを取り出すと、タバサの後ろからスッと差しだした。
「先輩、差し入れ持ってきました」
消えそうなほど小さな声であったが、タバサには聞こえたようで目線を目標から動かさず、黙ってエルザからパンを受け取った。
「先輩...ホシの様子はどうですか?」
エルザはタバサに尋ねながら再びバスケットに手をやる。
今度は金属で出来た小さな瓶を取り出すと、スッとタバサの前に出した。
タバサもやはり顔を動かさず、飲み物の入った瓶を受けとった。
「未だに動きなし・・・しかし油断は出来ない」
エルザから受け取ったパンを一口かじる。
中には肉とムラサキヨモギが入っており、中々食べごたえがありそうだ。
瓶の中身は蜂蜜の入った牛乳であり、タバサは一口飲むとほぉと満足そうに息を吐いた。
エルザも納屋から体が出ないよう壁に寄りながら、レオンの家に視線を送った。
「ホシは今夜動きますかねぇ?」
「ヤツは精神的に追い詰められているんだ...今夜、必ず動く・・・」
「でも勝手に動いていいんですか?上にこのこと知られたら俺達、怒られるどころじゃ済みませんよ?」
「ここで奴を逃がしたら、今までの捜査が全部無駄になる...クビくらい覚悟の上さ」
牛乳瓶を握る力が自然と強くなった。
タバサはチラリと後ろに目をやると、監視を続けるエルザにボソッと声を漏らした。
「お前は戻れ...これはオレのヤマだ。わざわざオレに巻き込まれることもねぇさ」
その言葉は純粋にエルザをこの事件に巻き込みたくないというタバサの気持ちの表れであった。
しかしエルザは肩をすくめると、
「何言ってんですか先輩。ここまで一緒にやってきたじゃないですか。最後まで付き合わせて下さいよ」
全く、お前って奴は・・・
タバサは「勝手にしろ」とだけ言うと、プイっと顔を前に向けた。
冷たい言葉を返されたエルザであったが、彼女にはほんの少し、タバサの口の端が笑っているのが分かった。
タバサは牛乳を一口飲むと、独り言のように呟いた。
「俺の後ろは...任せたぜ」
「任せたじゃないよぉ」
タバサの頭に軽い衝撃が響いた。
◆
「ななんあ何二人でやってるんだよぉ!?」
衝撃でズレた眼鏡を戻して振り返ると、エルザの後ろに不機嫌そうにタバサを睨んでいる少年がいた。
白い長髪は顔の半分を隠し、タバサと同じく学院の制服を着ているその正体は、「ドニエプル最強のヨウジョスキー(タバサ呼称)」ことノエルである。
「なんだよヨウジョスキーってぇぇ!?・・・戻って来たら二人で芝居がかったことしてるし・・・ちゃんと見張ってろよぉ」
「私は任務を遂行していた・・・しかし夜中の張り込み...この状況は私の読んでいる『メイジにほえろ』と全く同じ。・・・・一読者として再現するしかなかった」
「そんなの一人の時にやれよぉぉ...今やるなぁ」
「ちなみに再現したのは主人公が盗賊団の一味を捕まえようとする名場面」
「ちなみに私は主人公の後輩役だよお兄ちゃん!」
「ちなまなくていいから静かに監視してろよぉ...」
自然と溜息が出てきたが、ノエルは体勢を低くしてタバサとは反対側の壁に体を寄せ、納屋から少しだけ顔を出した。
レオンの家からはランプの光がわずかに漏れており、かすかに明るみを持っている。
しかしそれ以外はなんの変化もなく、地面に落ちている木の葉が風に吹かれて僅かに動くだけであった。
「ていうかよぉタバサぁ...二人ともなんで急に仲良くなってるの?さっき森で『彼女は吸血鬼...この村で何人もの人を犠牲にした。犯した罪は...重い』って言ってったんじゃ...」
ノエルはなんともなしにタバサに尋ねたのだが、タバサは目をきっと細くして力を込めながら言った。
「彼女は私と同じ『メイジにほえろ』を読んだことがある。あの本は魔法衛士シリーズの中でも最高傑作。あの本を愛する者に悪はいない。だから私は彼女を信用した」
「そ、それだけで...」
「でも私『はぐれメイジ 純粋派』の方が好き♪」
「訂正・・・彼女は私を弄んだ・・・巨悪そのもの」
「もうさぁ・・・どっちでもいいから静かにしてくれよぉ」
わずかに殺気立つ二人に忠告すると、ノエルはじっとレオンの家の前を見つめる。
タバサも同じく顔を向け直すが、ノエルの忠告を無視するかのように話しかけてきた。
「さっき・・・・あなたは『吸血鬼は一人とは限らない』と言った。そしてこの張り込み・・・ノリに任せていたがなぜこんなことを?」
「ノリって・・・」
ノエルがボソッと呟き、納屋の中が一瞬静かになる。
エルザは心配そうな顔でノエルの足を握っているが、ノエルの表情は変わらない。
エルザが動いたためか納屋の地面に散らばっていた藁がカサカサと鳴ると、ノエルは顔の向きを変えず話し出した。
「前も言ったけどよぉ...この事件は派手に死体が残り過ぎなんだよ...襲った村人の死体をわざわざ村の入口やベッドに残してる・・・よ、よく考えると不自然なんだ」
タバサはフムフムと軽くうなづき、エルザは感心するかのように口を開いている。
ノエルは一呼吸置くと、チラリとエルザを見た。
「吸血鬼であることを隠して...かつこれだけ派手に村人を襲う事が出来るのは限られてくるんだ...お、オレが考えたのは村長にエルザのような子供・・・そしてレオン達だった 」
不安そうにノエルを見ているエルザの頭にすっと手を伸ばすと、わしゃわしゃと頭を撫で始めた。
「うにゅ」とエルザが目を細め、気持ちよさそうにノエルの足下に近づく。
本人はなんともない行動だったのだろうが、横に立つタバサ中では何かが確信へと変わった。
そう思われているとは知らず、ノエルは再び話し始めた。
「え、エルザは吸血鬼だった。けどよぉ・・・そもそも村長やエルザが犯人ならオレやタバサなんかのメイジを来させるリスクは避けれるんだ...村長はもちろん、エルザも村長を屍人鬼にして操ればいいわけだしよぉ...」
「それで残ったのは...」
「仮に他の村人達だとしても...これだけ短期間に死体を残していれば正体は突き止められるって...とっくに村人に捕まるかオレ達より前に来たメイジにやられるさ...でもそれがないってことはよぉ、吸血鬼から正反対の存在...『探す側』にいる人間なんがエフッ!エフッ!!」
喋りすぎたのか、ノエルは口を押えてむせた。
「お前、静かにしろよ」とタバサから無言のプレッシャーが流れてくるが、エルザが差し出した牛乳を一口飲むと、ノエルは一回深呼吸をして話を戻した。
「ハァ・・・・・き、昨日の昼に、家族が殺された村人の家を回って分かったんだけど...全員に共通してる事があったんだ...どの家でも前日に、レオンがやって来たらしいんだ」
「・・・ッ!つまり...」
「レオンへの疑いは強くなったよ...それに、昨日の焼き打ちが決め手だった」
「焼き打ち?」
「レオンはタバサにこう叫んでたろぉ?『証拠がないだと!!息子のアレキサンドルが屍人鬼だったので十分だろうが!!』って」
ノエルは手にしていた瓶から一口牛乳を飲むと、タバサの方に顔を向けた。
「あの時...屍人鬼だと確認できたのはオレとタバサだけだったんだ。村長の家にもいず、マゼンダのいる小屋にいたレオンがどうしてそれを知っている?」
タバサの目が大きく開いた。
そう、あの時レオンは小屋の先頭にいた。
そしてレオンは、
―証拠がないだと!!息子のアレキサンドルが屍人鬼だったので十分だろうが!!―
―『アレキサンドルが屍人鬼だった』―
アレキサンドルを倒した時、確かにレオンは村長の家にはいなかった。
それなのにレオンはアレキサンドルが『屍人鬼だった』と知っていた?
タバサは手元に残っていたパンを口に放りこんだ。
胸の鼓動が少し早まったように感じられた。
「つまりレオンは・・・・屍人鬼であることを既に知っていた」
「そう、少なくともレオンはこの事件に大きく関係している...吸血鬼である可能性もある」
「可能性もある?」
タバサは思わず聞き返した。
「彼が吸血鬼ではないの?」
ノエルは答えようとしたが、口から声が出るよりも先に彼の指がそれを抑えた。
その行動にタバサとエルザにも緊張が走る。
先程までランプの光が漏れていたレオンの家はフッと暗くなり、木の扉が開いたのだ。
ギッと小さい音が納屋まで届き、家の中から出てきたのはレオンであった。
背中には大きい革袋が背負われており、辺りをキョロキョロと見回して人気がないのを確認すると、ゆっくりと扉を閉めて歩き出した。
タバサ達のいる納屋とは反対方向であり、村の外側へと歩いている。
(・・・・オレ達も動こう)
ノエルが指で小さく合図すると、足もとに牛乳瓶を置いて足音を立てないようにゆっくりと納屋を出た。
タバサもそれに続き、エルザはバスケットを持っていくか少しだけ悩むと、納屋の奥にバスケットをそっと置いて二人に続いた。
納屋から3人が出た後、二人に聞こえるかどうかの小さな声でノエルがさっきタバサが聞いてきた疑問を答え始めた。
(仮にレオンが吸血鬼だとしても・・・今まで隠していた正体がばれる危険があるほど村人を襲うかぁ?自分が飲むだけであれば...人一人を殺すほど血を吸う必要はないだろうよ)ヒソヒソ
(そうなの...?)ヒソヒソ
タバサがエルザに顔を向けて声に出さずに尋ねると、エルザも察したようでコクコクと首を縦に振った。
(うん...別に人が死ぬ位血を吸う必要はないよ?私だって普段は動物の血を吸っていたし...たまにおじいちゃんからこっそり貰ってただけだもん)ヒソヒソ
サラリと凄いことを言ったエルザであるが、今はそれをどうこう言っている空気でも状況でもない。
レオンにばれないように物陰に隠れながら跡を追跡していると、レオンは村長の家の方角とは違う、別の山の方へと入っていった。
そしてもう一度辺りを伺った後、レオンは森の茂みの中に消えていった。
ノエルは「サイレント」を唱えるために杖をそっと抜き出した。
(タバサぁ...ここからは常に魔法が撃てるようにな...)
(...わかった)
(さっきの続きだけどよぉ...一人だけなら人を殺すほど血はいらないんだ。なのに短い時期にこれだけ大量に人を殺してるってことは...)
タバサの顔が険しくなる。
そう、一人程度の吸血鬼であれば血は大量にはいらない。
つまり...
(まだ他にも吸血鬼がいるかもしれないということ・・・)
何とも厄介な任務になってしまった...
そう思いながらタバサは茂みの中に入っていくと、なぜだか従姉妹のにやけた顔が浮かんできた。
(ファッキン)
◆
夜の森は1メイル先も見えないほどに暗い。
タバサ達一行はエルザを先頭に、タバサ、ノエルの順に一列になってレオンの跡をつけていた。
吸血鬼であるエルザには昼間のように明るいのであるが、人間であるタバサ達にはこの暗さは酷である。
時折木にぶつかりそうになっていたのだが、しばらくすると目がようやく慣れてきたのか、レオンの後ろをスルスルと着いていけるようになった。
前を行くレオンは松明も持たず、しかし木や枝にぶつかることなく歩いている。
その様子を見てタバサは思わず声を漏らした。
(・・やはり彼は・・・・)
(ああ、吸血鬼だろうよ・・・・)
後ろからノエルの声が聞こえた。
(今の声・・・・聞こえたの?)
(ま、まあな・・・・オレだって一応風のメイジだし...)
タバサはなるほどと納得したようにうなづいた。
風を主とするメイジは他のメイジよりも音に敏感と言われている。
離れた場所の音や小さな音を聞きとれるようになり、その能力は人それぞれであるが中には人の心臓の音すらも聞き分ける者もいるらしい。
タバサも風属性のメイジであるため音には敏感である。
(だから...聞こえてたの)
タバサは先ほどノエルが話していた推理の中で、自身とレオンが言い争っていた言葉を言っていたのを思い出した。
あの時彼はまだ小屋の近くにはいなかった。
なのになぜ、あの会話を知っているのかと不思議に思っていたが、これでつじつまが合った。
(彼は・・・・風のメイジ・・・・初めて知った)
(お姉ちゃん達ストップ!!)
前を歩くエルザから合図が送られた。
後ろの二人は出来るだけ姿勢を低くすると、エルザの元に近寄り、エルザの見つめる方向へと目を運んだ。
目が慣れてきたことに加え、かすかだが森の中に差し込む月明かりのおかげでレオンの姿を捉える事が出来た。
レオンはこちらに気づいた様子はなく、立ち止まった後肩に掛けていた袋を降ろした。
すると音もなく、レオンの前にスッと黒い影が現れた。
三人の緊張が一気に高まっていく。
タバサは耳に感覚を集中すると共に、口から僅かに声を漏らす程度の大きさで詠唱を始めた。
いつ仕掛けても大丈夫なように、詠唱紡いでいく。
レオンが喋っている相手の顔は木々の間にあって見えないが、タバサの耳に段々と声が聞こえ始めた。
―・・・・・の、残りのモノです...―
―あら♪良かった。じゃあ中を見せてもらおうかしら―
聞こえてきたのは怯えるようなレオンの声と、相手の声。
相手は女性だろうか、透き通るように聞こえてくる声をタバサは聞き取った。
しかし、聞いた瞬間、今まで見たこともないような寒気がタバサを襲った。
不気味
タバサの体内にある危険信号が鳴り響く。
この相手は不味い。
得体の知れない恐怖がタバサの体を駆け巡る中、その先ではレオンとの会話が続いている。
―あの村はもう駄目?そうなの...残念だわ~―
―お、俺ももうあの村から出ます。や、約束通り、安全な場所まで連れていって下さい―
―え~?どうしよう...元々貴方が派手に動いたからでしょ~?私は知らないわよ~―
―そ、そんな!!?約束が違うじゃないか!!―
言い争いが始まったようで、耳を澄まさなくてもレオンの声は聞きとれるくらい声を荒げている。
タバサの体にまとわりつく嫌な感覚はねっとりと続いている。
危ない...これじゃ戦う時にやられてしまう...
タバサは一呼吸息を深く吸うと、頭の中に母を思い浮かべた。
(そう...私は死ねない.....お母様を直すまでは...)
頭の片隅に、まだ元気だった頃の母との思い出が蘇ってくる。
―シャルロット。おいで―
―フフフほら、ちゃんとした格好をして、お父様に笑われちゃうわよ。―
―いい?あなたは将来多くの人を導いていかなければなりません...―
―今回は秋の触手祭りよ!!!シャルジョセは載せて当たり前!他にも男の娘化したクラヴィルが部下に下克上されちゃうお話!!
カステモールが触手にハァハァハアハアハア...国境なんて無意味よ!思い切ってヴァリエール公爵も―
最後、変なのが混ざった。
そうこうしている内、レオンと謎の人物との話は終わりそうな感じになっていた。
―まあ、しょうがないわね...今まで頑張ってくれた御褒美に~いいわ。連れて行ってあげるぅ~―
―ほ、本当ですか!!?―
―その代り~...
「後ろに隠れてる」ウサギさんどうにかしてね♡―
(気付かれてたッッッ!!!!?)
タバサの体に電流にも似た衝撃が走る。
尾行は完ぺきだったはず!?なぜバレた!?いやそれよりも...
今すぐに動かなければ。
しかしタバサの体を何かが締め付けるように動かない。
レオンもこちらに気づいたようで、彼の顔はみるみるうちに歪み、既に牙をむいて臨戦態勢に入っている。
タバサも動かなければならないがどうしても体が言う事が聞かない。
(やられる...!!)
一瞬、頭にそう浮かんだ時、横からボソリと声が聞こえた。
「援護頼む」
ノエルが飛び出した。