何とも変てこなメイジが来たわね...
二日前、ドアの隙間から見た時に思った私の印象である。
『北花壇騎士団、タバサ。こちらはノエル』
『......ど、どうも』
最近やってくるメイジなんて、私の両親を殺した奴のように凄い高慢ちきな性格で、それでいて自分が世界の中心にいるかのような目をしている。
それがこれまで「30年」の間生きてきて、私が人間のメイジに持った印象。
だけど今度来た二人はまるで違った。
片方は女の子...なのに何を考えてるんだか分からない目をしている。
まるで人形のように、心を悟られないように自分を閉じ込めているみたい。
もう一人のメイジはもっと変。
だって人間のメイジは大抵貴族なんでしょ?
それなのに彼、お兄ちゃんの目ときたら...弱々しくて、「孤独」な、まるで誰も味方がいないって訴えかけてくるうような目をしている。
そう...今の私のよう
『おお、おいタバサぁ...だ、大丈夫なのかよぉ?ホントに吸血鬼なんてて、た退治出来るのかぁ?』
『な、なんか総合的に俺の方が忙しい気がぁ...』
弱々しい口調や動きに、思わず笑いそうになった。
なに?お兄ちゃん男なのに女の子の方に言われっぱなしじゃない。
面白~い♪人間にもあんな人がいるんだ。
思えば人間に興味を持つなんて初めてだと思うの。
だからだろうか、いつの間にか私はお兄ちゃんの事を引き留めていた。
『やめろよぉ...そんな目で俺を見るなよぉぉ...』
お兄ちゃんったら、私よりも大きいのに小動物みたい。
だけど最初に感じた雰囲気とは違く、優しく、暖かくて、なんだか居心地がいいの。
『お、そ、襲われたら...そりゃ戦うけど...自分から戦うのはまっぴらゴメンだ』
『誰かを殺すことはそんな簡単なことじゃねえんだ!!怒りにまかせて奪っていい命なんざ何処にもねぇんだよッ!!』
まだ二日間しか話したことないけど私は考えたの。
お兄ちゃんにずっと、この先も私の傍に居てほしいって。
◆
「だから血を吸わせて私の屍人鬼になってよお兄ちゃん」
「いやに決まってんだろぉ!!」
ノエルの叫び声がフクロウの鳴き声と共に辺りに響き、山全体を覆うように広がって行った。
山の中はうっすらと暗くなりはじめ、森では木や石に張り付いた苔が青白く光り始めている。
ノエルは顔をしかめながら体をもぞもぞと動かそうとするが、自分の体に巻きついている木の枝や蔓が邪魔をして3サントも動かない。
地面に群生しているムラサキヨモギがゆったりとした紫色を光らせ、縛られて動けないノエルを、青と紫が混じった明かりで何とも不思議な感じに照らしている。
そんなノエルとは対照的に、彼を捕らえたエルザはニコニコ笑いながらノエルの前にある石に腰かけ、どこからか摘んできた木イチゴを口に入れて嬉しそうにモゴモゴと動かしている。
「あのね、お兄ちゃん。私だってお兄ちゃんに嫌々な感じで吸いたくないの。だからね、「血液どころか身も心もいろんな汁もあなたものです」って言ってよ。それで屍人鬼になってよ」ムグムグ
「そ、そんなの言えるわけないだろうッ!!?なんだよそのトチ狂ったプロポーズゥッ!!」
「私のお父さん、お母さんにそう言って結婚したんだよ?」ムグムグ
「それは種族関係なしに可笑しいだろぉ...」
ノエルは大きな溜息を吐いた。
目の前に垂れた髪が、汗で顔に張り付いてうっとおしく感じる。
「ねぇお兄ちゃん、どうせ逃げられないんだし~痛くしないから吸わせてよぉ」ムグムグ コクッ
エルザは上機嫌に顔を綻ばせ、口を開いてノエルに笑いかけた。
エルザが開けた小さい口には規則正しく歯が並んでいるが、その中で通常よりも長く鋭い犬歯が4本、にょきっと生えていた。
先程から木イチゴを食べていた所為か、口の中は赤い果汁で染まっていかにも吸血鬼らしいのだが、鉄臭い血の匂いに代わって甘い匂いが漂ってくる。
「ぐ、屍人鬼は嫌だ。てかこれ外してくれよ...」
「んッ...だめぇ」
まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるように言うと、エルザは鼻歌を口ずさみながらノエルの目の前まで近づいてきた。
「だぁめだよお兄ちゃん。言われて外すんだったら最初からやってないよ?」
それならばとノエルは体に巻きつく木の枝を千切ろうと体をねじるように動かし始めた。
しかし体に巻きついている蔓や枝はがっちりと、腕や上体を木に固定している。
その上、人一倍体力のないノエルが力を入れた所で脱出するのは到底無理な話であった。
体力の無駄だなと察し、ノエルがぐったりした顔で動くのをやめた時、エルザは満足そうに口の端を釣り上げた。
「お兄ちゃんの力じゃ切れないよぉ。「魔法」でも使えたら話は違うけどォ、残念だけどお兄ちゃんの杖はここだしね~♪」
エルザはノエルの目の前で、見せつけるように木でできた「杖」をクルクルと回す。
それを見てノエルは恨めしそうにエルザを睨む。
「お兄ちゃんたら、私が見たいなぁって言ったらすんなりと渡してくれるんだもん」
エルザは指で遊んでいた杖を腰に差すと、蔓や枝で拘束されているノエルに近づき、ドサッと膝の上に乗っかるように腰をおろした。
乗った拍子にグェっとカエルのような声がノエルの口から出た。
エルザは両手をノエルの首の後ろに廻す。
「ねえ、何がだめなの?私の屍人鬼になるだけで力は強くなるし不老不死になれるんだよ?」
「べ、別に、そんなのいいし...」
「そ、それに、わ、私も、ついてくるんだよ?特別に、お、お兄ちゃんが望むなら...か、」
「か?」
「か、か、肩叩きとかもするし」
「お、おれはお前のおじいちゃんかよぉ」
「むーっ!」
エルザは頬を膨らまして上目遣いにノエルを睨む。
しばらくの間沈黙が続いたが、何か思いついたのかエルザは寄りかかるようにノエルに体を寄せると、
先ほどとは打って変わり、しおらしい小さい声でノエルに話し始めた。
「私の両親はね...メイジに殺されたわ。それからずっと、一人きりで生きてきた。今のおじいちゃんには感謝してるけど、それでもいつも不安で一杯だった。いつ、誰かが私の事殺しにくるかって」
エルザはさらにノエルに顔を近づけ、耳元で囁くように話を続けた。
「私ね、お兄ちゃんのこと気に入っちゃったの。メイジなのに小さな子供みたいに怖がりで、でも優しくて、それなのにマゼンダのお婆ちゃんを助けるのに火に飛び込んだり...不思議だよ、今までお兄ちゃんみたいな人に会ったことないよ」
「...」
エルザは顔を離すと、ちょうど二人が向かい合うように体を動かした。
蒼い瞳は涙で潤み、ノエルの全てを見通すかの様に見つめてくる。
「お兄ちゃんの近くにいるととても安心するの、まだ会って二日間しか経ってないけど、私、お兄ちゃんに傍にいてほしい。もう、一人はヤなの...」
「エルザ...」
二人の間に何とも言えない雰囲気が漂い始める。
ノエルはエルザに心なしか優しい目を向け、エルザはノエルを愛おしそうに見つめている。
二人の間に出来た甘い空間の中で、エルザはそっと本題を切り出した。
「屍人鬼に...なってくれるよね?お兄ちゃん」
「それとこれとは話が違う」
今までの空気が一瞬にして壊れた。
◆
「もう!!なんでそこで断るの!?普通は流れに任せて「これからは棺桶の中からトイレの中まで一緒についていくよマイ・クックベリーパイ」って言うのが男でしょ!?空気読んでよお兄ちゃん!!」
「だから何なんだよおぉその変なセリフぅッ!?オーク鬼ですらもっとましな口説き方するだろ!!」
「私のお父さんは毎日寝る前にお母さんに言ってたよ」
「お、お前の父親がクックベリーパイ好きな事しか伝わらねぇよ...」
ノエルの煮え切らない態度にしびれを切らしたのか、エルザは目の端を吊り上げながらノエルを睨む。
怒っているのだろうが、体は5歳児と同じくらいのためいささか迫力に欠ける。
「もういいッ!これが最後よ!!お兄ちゃんの血を吸っていいのか飲んでいいのかどっちなのよッ!?」
「答える意味ないだろうぉ」
「真実はいつも一つなのお兄ちゃん!」
「そんな血生臭い真実いらねぇ!!」
ノエルのツッコみを無視し、エルザは口を開けてにょっきと伸びた牙をノエルの首元に近づけていく。
「ちょ、ちょちょちょ待ってってぇお前!」
ノエルは顔を左右に振ってエルザに抵抗する。
しかしそれも無駄な抵抗であり、「大人しくしてよお兄ちゃんッ!!」とエルザが声を上げてノエルの顔を両手で横から掴むと、
後ろに生えている木に押し付けて動けなくした。
動けなくなったノエルに、エルザは満面の笑みを浮かべて首元に顔を寄せる。
彼女の牙の先端がノエルの首に触れた。
しかし、
「だから待てっていってるだろぉぉ!!」
「キャッ!」
ノエルは叫び声と共に、エルザのは勢いよく体を引き離された。
余りに突然の事に何が起きたか分からないエルザであったが、地面に倒された時に自分に覆いかぶさる人物を見て驚く。
エルザを押し倒したのは自分の魔法で動けない筈のノエルであった。
「え?なんで!?お兄ちゃん魔法が使えないはずじゃッッ!」
エルザは思わず口から漏らした。
ノエルはメイジだ。
メイジは杖を媒体にして魔法を操る。
逆に言えば『杖がなければ魔法は使えない』のだ。
今までに見てきたメイジ達も、例外なく杖を使っていた。
だから杖を奪った。
杖は今も自分の腰に差さっている。
だから目の前にいる彼は魔法が使えない筈であるし、ましてや彼を縛っている木の枝や蔓を切ることなど、自分よりも非力な彼に出来る筈がない。
エルザの疑問に、ノエルは律儀に答えようとするが何かを思い出したかのように止めた。
「それは・・あ・・秘密だ」
「もーっ!」
状況は形成逆転...と思いきやエルザは自分を捕まえているノエルの手首を掴むと、ギリギリと力を込めていく。
エルザを押さえつけていたノエルの腕から段々と力がなくなり、ゆっくりとエルザの身体から離されていく。
「なっ...?くっ」
「ぬぬぬっ...吸血鬼を舐めないでよお兄ちゃん。小さくてもお兄ちゃんよりかも力はあるんだから」
何気に辛辣な言葉をノエルにぶつけると、エルザはノエルの腕を引っ張り、入れ替わるようにノエルを地面に倒した。
しかしノエルも必死である。
地面に倒された勢いと、エルザとの体重差を利用してすぐに起き上がろうとする。
エルザもノエルを押さえつけようと激しい攻防を繰り広げる。
今までの事情を知っている者なら「いや、どっちも魔法使えよ」と言いたくなるが、当の二人はしばらく地面を転がるように、吸血鬼とメイジの緊張感があまりない戦いが続いた。
結局、少ししてから木に体を預けてぐったりとなった少年と、その少年に体を預けて呼吸する吸血鬼の少女が出来上がっただけであった。
「吸血鬼とはいえ...五歳児に力負けするなんて......死にたい」
ゼハーゼハーっと死ぬ一歩手前の人のような呼吸音が森に木霊し、生気が削られて汗まみれのノエルを見て、
「これでもお兄ちゃんより長く生きてるよ?もう、細かいことは気にしないでよ」
エルザはアハハハと楽しそうに笑い声を上げた。
「アッハハハハ♪やっぱり面白いねお兄ちゃん」
「ゼェーッ、ゼエーッ、うる...ゼハッ、さい」
そう言うノエルの顔はなぜかバツが悪そうにしている。
森の中はいつの間にかしんと静まり、エルザとノエルの呼吸音だけがゆっくりと響く。
「なあ...エルザ」
荒い呼吸音が静まった頃、ノエルは自分に寄りかかっているエルザに声を出した。
小さい声のはずなのだが、驚くほどはっきりと聞こえてきた。
「なにぃ?」
「ち、血を吸うだけじゃだめなのか?屍人鬼にするのは勘弁してくれよぉ」
「・・・?」
一瞬、エルザはノエルの言ったことが分からなかった。
「俺もよぉ..お前の気持ちは...少しは分かる気がするんだ。一人きりって...辛いモンな。
だから、死なない程度だったら、吸っていいいよ。だけど俺学校あるからさ...お前が俺についてくることになるけど」
「それって...一緒にいてくれるってこと?」
「ま、まあ、そ、そうなるよなぁ」
「あ、あう..」
まるで結婚の告白のようにノエルは恥ずかしそうに答え、言われたエルザ本人も目を潤ませて体をもじもじさせている。
今は薄暗くて分からないが、エルザの顔は赤く染まっているだろう。
先程まで僅かだけあった殺伐な空気はどこかに吹き飛び、森の一角がどっしりと甘い空気に包まれる。
それはエルザが先程木イチゴを食べたからだけでは絶対ない。
「や、やだ。それじゃあお兄ちゃんいつか逃げちゃうかも知れないじゃない。信じられないもん」
それでもエルザはノエルに言い返す。
しかしその態度は明確な拒否というよりも、恋人に駄々をこねるような感じである。
エルザは顔を下に向けてしばらく考える(ふり)素振りを見せると、ノエルにぼそぼそと尋ねた。
「じゃあ...証拠に、ちょっとだけ飲ませて?お兄ちゃんの血」
エルザの出した条件に、ノエルはしばらく黙ったままであったが、
「あ、...、分かった。吸うだけだぞ。屍人鬼にすんなよ」
そう言うと、ノエルはフーっとため息を出した後、顔を横にしてエルザに首を見せる。
先程地面を転げ回った所為か、小さな葉っぱが付いており、露と汗でほんのりと湿っている。
エルザはほぉっと息を吸うと、ノエルの首に鼻を近づけて2,3度呼吸する。
そしてゆっくりと口を開けると、ノエルの首に牙を...
「なにをしている」
立てようとしたところでエルザの行動は止められる。
まるで氷のように冷たい殺気が二人に届き、すぐに声のした方に顔を向けた。
彼らから2メイル程離れた場所、凍えるような目をしたタバサがそこに立っていた。
◆
「ホント...勘弁してほしい」
「だぁ、だからぁ...違うって」
その後、タバサの繰り出す魔法を何発か貰い、ボロボロになったノエルがタバサの前で正座しているという、学院では絶対ありえなさそうな光景が森に出来上がっていた。
ただでさえボロボロになったノエルのマントは見る影がなくなり、シャツも所々破けている。
ブツブツと小声で文句を呟くその隣には、ノエルに寄り添うようにエルザが座っている。
「整理する...この娘が吸血鬼で、私は眠らされ...あなたは屍人鬼にされそうになっていた」
「そう...だよ」
「その前に私は不屈の精神で夢から脱出し、シルフィードで村の上を飛んだ。その後シルフィードとあなたが一緒に来たというこの付近を捜した」
「し、シルフィードも来てるのか?」
「シャラップロリコンメイジ」
「・・・」
「そして私の懸命の捜索の甲斐もあり、あなたたち二人を見つけた。しかしあなたは血を吸われるどころか、逆に彼女を襲っていた」
「だからあぁ!なんでそこだけ変えるんだよぉ!?」
ノエルは立ち上がろうとするが、突然正面から来た衝撃で仰向けに倒れた。
タバサが一瞬で「エア・ハンマー」をノエルにぶつけたのだ。
エルザは「お兄ちゃぁん!」と叫んでノエルに近づき体を揺する。
タバサはこめかみをピクピクと痙攣させ、ボソボソと声を出す。
「因果応報...私が悪夢から逃げてきて、吸血鬼の正体も分かった。それなのにあなたは...吸血鬼ハンターではなく恋のハンターにでもなったつもりか」
「うう...な、何言ってるんだよぉ」
「違うよ!!お兄ちゃんは私の心を盗んだ恋泥棒だよ!!」
「お前ら少し黙れよぉ...」
ノエルはゆっくりと体を起こすと、体のあちこちから出てくる痛みに顔をしかめた。
それは無理もない。
マゼンダを救うために負った火傷はまだ完治してはおらず、
エルザの魔法で縛れた時、巻かれた蔓や木の枝によって擦り傷切り傷を負い、
二人で地面を転がった時に変な草に触ったのか皮膚は少しかぶれてしまった。
止めにタバサの魔法を数発当てられたのだ。
未だに体が動くのが不思議なくらいである。
タバサもさすがに察したのか、(なげやりに)「ヒーリング」を詠唱すると、ノエルに向けて杖を向けた。
淡い光がノエルを包む。
タバサが魔法の詠唱を終えてノエルの周りに浮かんだ光が消えると、ノエルはゆっくりと立ち上がった。
完治には程遠いが、体を動かす程度までには戻っている。
「うう...理不尽な攻撃がなかったら...」
「それは知らない。それよりも...彼女をどうするつもり」
「?」
何時も通りの目と共に、タバサは杖の先端を地面に座っているエルザに向ける。
その意味に気づいたエルザはビクッと体を震わした。
「彼女は吸血鬼...この村で何人もの人を犠牲にした。犯した罪は...重い」
死の宣告ともいえる淡々とした口調で、タバサはエルザに聞こえるようにノエルに言った。
エルザはすぐに立ち上がると、縋りつくようにノエルの背中へと回った。
ノエルの腰に手を回し、ギュゥと抱きしめる。
「ち、違うのお姉ちゃん!私っ、」
「黙ってて」
何か言おうとしたエルザを制し、タバサはノエルに視線を向けた。
「彼女をどうしようとあなたが決めていいとは思う。しかし、これでは事件を「ちょっと待てよぉタバサ」
タバサの言葉を遮り、ノエルが体の痛みに顔をしかめながらタバサに歩み寄った。
そして後ろに隠れているエルザの背中を掴んで、前へ押しやると、
「え、え、エルザが吸血鬼ってことは分かったよ。だけどよぉ...なん、何でこいつが村人を殺したのに関係するんだ?」
「?何を言ってるの?」
タバサはノエルの言ったことが理解できなかった。
自分の言っていることが可笑しかったか?
少しの間、タバサは考えをめぐらしたがやはり分からない。
「彼女が吸血鬼という事はあなたが証明した。そして村で起こっている事件に加え、村長の家では屍人鬼にも襲われた。彼女が吸血鬼である以上、この村の事件は...」
「そ、その考え方が違うんだよぉ...吸血鬼が犯人だと思っているからさ...そうなるんだよ...考えがそこで止まるんだよぉ」
少し下がった眼鏡を直し、タバサは苛立ちを隠すように杖を地面に刺す。
目の前にいるエルザは心配そうに顔を見上げてノエルを見ているが、ノエルは少し瞑った眼をこちらにジトーっと向けている。
タバサは思わずノエルに尋ねた。
「どういうこと?」
「じゃあ・・・タバサに聞くけどよぉ」
言葉を考えてるのだろうか。
そこまで言うとノエルは口を半開きにしたまま黙ってしまったが、やがてまとまったのかタバサに向けて言った。
「村に隠れている吸血鬼は『一人』とだれが決めたんだ?」
山の上では月がはっきりと形を浮かべ、宙に浮かんでいる。
しっとりと暗くなった森の中に聞こえたノエルの言葉は、まるで別人のようにタバサに聞こえた。