村はすっかりと夜に包まれ、避難場所となった村長の家では村の娘と子供たちが割り当てられた部屋で眠る準備をしていた。
家の外には数人の男たちが松明と武器を持って辺りを見張っており、時間毎に交代するということで家の中にも数人の男たちが広間で備えている。
昼間はどんよりと太陽を覆っていた雲も半分はどこかへと飛んで行ってしまい、雲の隙間からは双子の月の片割れが顔を出しており、月特有の淡く蒼い光を放っていた。
切り札とも言うべきメイジ二人も、二階の一室で夜が更けるのを窓から見つめていた。
「あなたに聞きたい事がある」モグモグ
「な、なんだよ」
タバサは先ほどから食べているムラサキヨモギの山盛りをテーブルに置くと、ベッドに腰かけながらぼーっとしていたノエルに尋ねた。
「この村での事件・・・・あなたはどう思う」
タバサは目の奥をキラリと光らせた。
ノエルは少しの間、考える様に顔を天井に上げると、扉の手前に置かれた椅子に座っているタバサに顔を向けて、問い返した。
「お...お前はどう考えてん...」
「答えて」
「・・・」
タバサにキッパリと返されてしまったノエルは怨みがましく顔を歪め、顔を下に向けると再び考えるように押し黙ってしまった。
これだけみると何でもない会話であるのだが、トリステイン学院でも1,2を争う無口二人がこれだけ会話を繰り返しているのは奇跡に近い。
おそらく、今の光景をキュルケが見れば
「まあ、タバサ!!あなたにも春が来たのね!!ウフフのフ~♪」とか言ってくるであろうし、事実、タバサの頭にふと浮かんできたキュルケが想像どおりに茶化してきたため、タバサはむっと顔をしかめた。
そうしている間に考えがまとまったのか、ノエルはゆっくりと顔をあげると、小さい声で話しだした。
タバサもそれに気付いて耳を傾ける。
「あらかた...候補はいる...」
「それは吸血鬼のこと?」
「正直全く自信ないんだけどよぉ、そもそも...この『事件自体』奇妙だよ」
「???それは何故?」モグモグ
「聞きながらヨモギ食ってんじゃねぇよぉ!!」
ノエルは思わずベッドから立ち上がって声を大きくしたが、当のタバサは「早く、続きを」とばかりに目線でノエルに促し、口にヨモギを詰め込み続ける。
ノエルは諦めたようにベッドに腰を落とすと、タバサの咀嚼する音が響く中で再び話し始めた。
「今まで殺されたっていう死体だけど...なんでわざわざ残してんだよ?」
ノエルの言葉に、タバサはムラサキヨモギを飲み込んでから首をかしげた。
「だって相手は吸血鬼なんだろう?村にいるって分かったら今みたいに村人達から狙われるってのに...それなのに最初っから死体残してるし...」
「・・・・」モシャモシャ
「オレなら...オレなら死体を隠す...山の中に捨てれば見つけられづらいし、獣が死体を食べちまえば誰の仕業かも分からなくなる」
「発想こわ」ムッシャヌチャムッシャ
タバサはノエルの考えに若干引いたが、ノエルの言いたい事は理解できた。
確かに今までの犠牲者は人目につく場所で発見されている。
村の入り口や山道の傍、そしてベッドの上。
ノエルの言うように、血を吸った後に死体を消してしまえば犯行を隠せるかもしれないのだが、それをやらないのは、単に人間を「餌」としてしか見てないからか、
それともそこまで考えていないのか...
タバサは頭をひねりながらノエルにフォークを向けると、疲れたように眼を細くしているノエルに尋ねた。
「マザッタ親子については?・・・彼女が吸血鬼だと?」モシャモシャガリッ
「『マゼンダ』だろぉ...お前ホントにガリアの騎士ィ?」
ノエルはガクッと肩を落としたが、重そうに上体を伸ばしてベッドに座りなおした。
「あれは怪しいけどよぉ...なんか違う気がするよ」
「それはなぜ?」ケフッ
「村人の話だとあの親子が来てから事件が起こり始めたっていうけど、もしあの親子が吸血鬼ならわざわざ村に住みつく必要がないだろうよ。
だったら血を吸ったら別の村か街に行くべきだ。なんなら村人の一人を屍人鬼にして、必要な時に村人を攫って血を吸えばいいんだし」
「あなたが吸血鬼のように思えてきた」
タバサにキッパリといわれ、ノエルは何か言いたそうに体をプルプルと震わせてタバサを睨むが、部屋のドアからコンコンと太鼓を叩くようなリズムでノックの音が聞こえてきた。
二人共、顔をドアへと移す。
近くにいたタバサが「だれ?」と声をかけると、低い位置から「私、エルザ」という小さな声が返ってきた。
ガチャっと扉が開くと、白いパジャマに身を包んだエルザが姿を現した。
「お前何しに来たんだよぉ...もう遅いんだから寝ろって」
「その前にお兄ちゃんとお話したくて...来ちゃった♪」
エルザは当たり前のような口調で答えると、ノエルが追い出そうとベッドから立ち上がる前にベッドに向かって駆け出した。
そしてウサギのように飛び跳ねるとクルッと体をひねり、膝の上に乗るような形でノエルに飛び込んだ。
「おまっ!!ちょ...どけよぉ。つーかホント寝ろよお前」
「ちょっとくらいいいでしょお兄ちゃん?エヘヘ...よいっしょ」
エルザは一度体を浮かすと、椅子に座り直すように体をノエルに密着させ、ポスンと小さい体をノエルに埋めた。
水浴びでもしてきたのかエルザのブロンドの髪はしっとりと濡れており、パチリと開いている蒼い目をノエルに向けて、エルザは顔をノエルの胸にこすりつけるように寄せた。
タバサから見ると、ノエルが大きな人形かじゃれる小型犬でも抱いているように見える。
「・・・・ペドヤロウ」
タバサはボソッと呟くと壁に立てかけていた杖を掴み、先端をノエルに向けた。
「ちょっと待てよタバサぁ!!なんでそうなるんだよぉ!?」
ノエルは大声で反論するが、そう言いつつもノエルの手は膝に座ったエルザの頭を撫でている。
「フニャー」とエルザから猫が甘えるような鳴き声が聞こえると、タバサの目つきが鋭くなった。
「ここに来て日は経っていないのに・・・あなたたちの仲の良さは異常」
「知らねえよ!?こいつがなんでか懐いたんだよぉ!!」
「お兄ちゃんねぇ、エルザといっぱいお話してくれるんだもん♪お菓子もくれたし」
タバサは詠唱を始めた。
「エルザ・・・そこをどいて。私は彼を殺さなければ」
「ままま待てよぉぉ!!?なにも悪いことしてないだろおぉ!?」
「お母様が言っていた。『幼児に妙に優しい男はみなロリコン』だと」
タバサは詠唱を続けながら、かつて母と話した光景を思い浮かべた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『いいシャルロット?小さい子供に変に優しくしてくる男はみんなロリコンだから気をつけなさい』
『お母様、ロリコンってなに?』
『小さい女の子でハァハァする人をいうの。シャルロットはそっちのほうに素質がありそうだし...危ない人を見たら気を付けるのよ』
『お母様はロリコンじゃないの?』
『もう、シャルロットったら。大丈夫、お母さんは小さい女の子には興味ないわ。むしろ男の子が大好物なの』
『...?』
『まだシャルロットには早いかしら...いいシャルロット?「ロリコンは犯罪、男の娘は正義」って覚えていなさい』
『分かった!!』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「・・・・あなたがいかに危険な存在か分かった?」
「お、お前の母親が変なのは分かった」
「お姉ちゃんのお母さんの方が危険だよ」
「ファッキン」
タバサは杖を構え直すと、詠唱を唱え続けた。
唱えている魔法は「ウィンディ・アイシクル」の様であり、部屋の中に徐々に氷柱が空中に出来始めてきた。
唖然とするノエルとエルザに、タバサは軽い口調で言った。
「とりあえずノエル・・・アナタのようなロリコンハシバミストは吸血鬼より先に始末する」
「タバサぁ!??おおおおお、おつ、ちつけよぉ!」
タバサの目つきと雰囲気で心の底から警報でも鳴ったのか、ノエルは舌を噛みながらもタバサを止めようとするが、その言葉も空しく、彼女の詠唱はスラスラと続いていく。
そしてタバサが最後の単語を言おうとした瞬間、
「きゃああああああああ!!」
窓が割れる音と共に、空気を引き裂くような悲鳴が一階から聞こえてきた。
◆
悲鳴が聞こえてきたと同時、ノエルはすぐさまベッドから立ち上がると膝に乗っていたエルザをベッドに放り投げて部屋から飛び出した。
飛び出た後に部屋から小さい悲鳴とタバサの声が聞こえたが無視して階段を駆け降りた。
ノエルが降りてきた一階は大変な喧騒に包まれていた。
慌てふためく大人たちに泣き叫ぶ子供の声で誰がなにを喋っているか全く分からない。
そんな中、広間の隅にある部屋から一際大きな悲鳴が聞こえてきた。
そこは村の娘たちが寝室に使っている場所である。
ノエルはぐちゃぐちゃと部屋を走り回る村人達にぶつかりながらも部屋の中へと飛び込んだ。
部屋の中は凄まじい状況だった。
壁に設けられた窓ガラスは割れて辺りに散らばっている。
部屋の隅では娘たちが固まって震えており、皆一様に部屋の中央に恐怖をにじませた視線を向けている。
娘たちの視線の先には、一人の男が血走った眼を光らせて立っていた。
脇には男に捕まった娘が抱えられ、涙でぐしゃぐしゃになった顔をノエルに向けて声を絞り出している。
「ひっ、ひっ、だ、たすけてぇ~ッ!」
「アレキサンドルだ!!アレキサンドルが襲ってきたぞッ!!」
家の外から村人の声が聞こえ、男はノエルが来たのを危険と考えたのか、ノエルを睨みつつも窓の方へ後ずさる。
男は確かにアレキサンドルであった。
しかしノエルが今日の昼に見た時のような人間味のある雰囲気は完全になくなっており、日焼けをした肌には血管が浮いて口の端からは泡が出ている。
フー、フー、っとアレサンドルの口から洩れる息遣いは部屋の中に響き、まるで獣の唸り声のように聞こえる。
ノエルは腰にさした杖を一息に抜くと同時に、詠唱を唱えて杖を構えた。
しかしノエルが魔法を撃とうとした瞬間、
「がああああぁ!!」
「なっ!?」
危険を察したのか、アレキサンドルは脇に抱えた娘をまるで小石でも投げるかのようにノエルに投げつけてきたのだ。
それと同時にアレキサンドルは割れた窓から外へと飛び出した。
高速で飛んできた娘にノエルは正面からぶつかってしまい、その衝撃で部屋の外へと体が飛ばされた。
倒れた拍子に床に背中を打ちつけ、腹と背中に同時に来た衝撃にノエルは「ぐうっ!」と呻き声と共に空気を口から吐き出した。
「だから・・・戦うのやなんだよぉ」
ノエルはぼやきながら娘を隣にどかすと、すぐに立ちあがって部屋に入るが既にアレキサンドルは窓の外にいる。
アレキサンドルはこちらを見てにやりと笑ったかと思うと、踵を返して家から離れようとした。
しかし次の瞬間、
「ウィンディ・アイシクル」
ドサドサドサっとアレキサンドルの頭上から大量の氷柱が降り注ぎ、それが何本もアレキサンドルの体を貫いた。
「ギャアアアアアアアッ!!!!」
氷柱が刺さったアレキサンドルは地の底から湧き出るような叫び声を上げ、やがて叫び声は小さくなり、氷柱と共に地面へと倒れた。
それと同時に上からタバサが飛び降りてきた。
「た、タバサぁ」
「・・・計算通り」
タバサは窓からのぞくノエルに振り向くと、無表情な顔の前で親指を立てた。
「先ほどの詠唱はこのため・・・・敵が来ることを予想してのこと」
「そ、それは偶々だろう?」
ノエルは窓から外に飛び出てタバサに近づき、倒れた死体に目をやった。
男は確かにアレキサンドルであった。
体はタバサの魔法で所々崩れてしまっているが、体は昼に見た時より一回り大きくなって見える。
死に際の形相は大きく歪み、うつ伏せに倒れているにも関わらずこちらを睨んでいるかの様に血走った目が開いている。
ノエルは体をブルッと震わし、隣に立つタバサを見た。
タバサの顔はいつもと変わらず無表情で、ノエルと目を合わせるとぽつりとつぶやいた。
「・・・彼は屍人鬼のよう」
「あ、ああ。そうみた...」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
村の広場の方から歓声が聞こえてきた。
二人ははっとして広場の方を見ると、村の一角にポツポツと小さな光が集まっているのが見えた。
その光の集まりはホタルか何かの生き物のようにとある場所へと集まると、一つの塊になって村の外れへと動き始めた。
それを見てノエルの表情は目を開いたまま固まり、タバサも顔をしかめた。
「な、なあっ!!あれって...まさか」
「まずい」
タバサは軽く舌打ちをした後、素早く「フライ」の詠唱を唱えてマゼンダのいる小屋へと飛び立った。
◆
タバサがマゼンダのいる小屋に着いた時、目に入って来たのは小屋の前に押し寄せる村人達、そして小屋に向かって投げつけられるおびただしい数の松明であった。
タバサは人をかき分けながら前へ行くと、集団を率いてきたらしいレオンが口から唾を飛ばしながら勢いよく声を張り上げていた。
「アレキサンドルが村長の家を襲った!!やはり奴が屍人鬼だったんだ!!もうこれ以上黙ってはいられねぇ。皆!!吸血鬼のいるこの小屋を燃やしてしまえ!!」
そう言うとレオンは手に持った松明をマゼンダの小屋へと投げ入れた。
レオンに続くかのように、周りの村人達も声を上げて松明を小屋へと投げ込んでいく。
「燃えちまえ!!吸血鬼め!!」
「ざまあみろッ!!人間をバカにした報いだ!!」
「ハハハハハハハハハハッ!燃えろ燃えろぉ!!」
半ば狂気じみた村人達の行為にタバサは眉をひそめると、小屋の前に陣取るレオンに険しい表情で睨みつけた。
「何をやっている。彼女が吸血鬼だという証拠はないのに」
タバサに気づいたのか、レオンはタバサを見てあからさまに顔をしかめて舌打ちをすると興奮して血走った眼をタバサに向けた。
「証拠がないだと!!息子のアレキサンドルが屍人鬼だったので十分だろうが!!それにな、騎士様のいう証拠ならあるんだよ!」
そう言うとアレキサンドルは腰に手をやってまだら模様の布きれを取り出すと、タバサに投げつけた。
「それは殺された娘の家の煙突に残ってたもんだよ。今日見つかったんだ。そんな妙な色合いの布、
この辺りじゃ誰も使わねえし使っていたのはここの婆さんだけなんだよ!!これでもまだ証拠じゃないのかい?『騎士様』?」
レオンは口の端を上げてにやけた笑みを浮かべる。
それを見たタバサはレオンを睨むが、証拠を出てきた以上何も言えない。
それにタバサもマゼンダに会った日、確かに彼女はその色の服を着ていたのだった。
タバサを言いくるめたのに気を良くしたのか、レオンはさらに自慢げに笑い、小屋の前で高らかに声を上げて村人に小屋へ松明を投げるよう煽る。
やがて松明の火が小屋に移ったのか、小屋からチラチラと炎の光が見えるようになり、火の光と共に、黒い煙も上がり始めた。
「・・・・!不味い」
小屋に着いた火は見る間に膨れ上がり、煙はもうもうと高く上がっていく。
タバサは火を消し止めるために魔法を唱えようとしたが、ガシリと両手を掴まれる。
「!!!」
「騎士様は邪魔しねぇでくれ!!吸血鬼は殺さなきゃなんねぇんだから!!」
タバサを掴んだのは村長の家でも、レオンの考えに賛同していた村の若者たちだった。
「くっ・・・!離して」
タバサは力づくで村人達から逃れようとするが、いかに凄腕のメイジである彼女であっても数人の男に力で勝てるわけがない。
タバサの抵抗も空しく、小屋が火に包まれていくのを黙って見ているしかなかった。
(なんてこと...一番恐れていた事態が...)
既に小屋を囲む村人達の目には狂気が宿り、小屋が崩れ始めるのを見て大きな歓声を響かせる。
手遅れか...
タバサがそう思った時、すぐ後ろの方から村人の歓声とは違う声がものすごい速さでタバサを通り越して小屋へと飛び込んだ。
「ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
タバサの目に見慣れた学院のマントと、伸びた白い髪が入った。
小屋へ飛びこんでいったのはノエルだった。
「ゲフッ!!ゲフッ!!オェッ!ア゛ア゛アッ!」
煙にむせる声が聞こえてきたがそれはすぐ消えた。
村人達も不意に小屋へ飛び込んだノエルに驚いて目を見開いた。
タバサを掴んでいた若者たちの力も緩まり、タバサは瞬時に体を強くねじって村人からの拘束から逃れる。
若者たちもそれに気づいてすぐにタバサを捕まえようとするも、それよりも早くタバサは詠唱を紡いだ。
「ウィンディ・アイシクル」
タバサの前に一本だけ生成された氷柱が小屋の壁へと撃ち込まれる。
氷柱は火でもろくなった木の壁を壊し、溶けた氷柱がわずかではあるが周囲の火を弱めた。
それを待っていたかの様に、空いた穴から火に包った白髪のメイジが飛び出て来た。
その両手には毛布にくるまったマゼンダがいる。
「ブハァァッ!!」
ノエルは地面に倒れると、腕に抱えていたマゼンダを離した。
それを見た瞬間、村人達の間から「ま、マゼンダだぁ~!!」、「吸血鬼が生きてるぅー!」
などと悲鳴にも似た声が上がり、逃げ出す者も何人かいた。
タバサはすぐマゼンダの元へと走り寄った。
煙を吸ったのとショックで気絶しているようであるが、幸い息はしている。
しかし隣で倒れているノエルはより深刻であった。
燃えている小屋に無理やり飛び込んだ所為でマントはブスブスと焼け焦げて数か所から小さい火が出ている。
タバサは杖を掲げて「コンデンセイション」の詠唱を行うと、空中に作られた水をノエルにかけ、体を仰向けに転がした。
ノエルの白い髪と顔は黒くなり、煙を大量に吸ってしまったためかぐったりとしている。
「無茶をする...」
タバサはすぐに「ヒーリング」をかけようと詠唱を始めようとしたが、周りに漂う殺気に詠唱を止めて顔を上げた。
いつの間にか、タバサやマゼンダを囲むようにして村人達が立っている。
顔を怒りや恐怖に歪ませながらタバサと倒れているマゼンダ、ノエルを射殺すような目で睨みつけていた。
「なぜ婆さんを助けた!!そいつは吸血鬼なんだぞ!!」
レオンが怒鳴ると、周りから「そうだそうだ!」と声が上がる。
レオンは倒れているノエルを一瞥して、
「わざわざ吸血鬼を助けやがって...おい皆、マゼンダの婆さんを殺すんだ!生かしておいたら必ず復讐に来るぞ!」
その言葉にわーっと歓声が上がり、囲んでいる村人達の中から鎌や松明を手にした村人が前に出てきた。
タバサはそれを止めようと杖を構えた時、倒れていたノエルがむくっと上体を起き上がらせて口を開いた。
「か、勝手な...ことを、言いやがってぇ....」
煙で喉をやられたのか、ノエルの声はかすれ、苦しそうに表情を歪める。
しかしその目は普段からは考えられないような怒りが満ちており、村人達もノエルの雰囲気に戸惑うが、誰かが怒鳴り声を出した。
「マゼンダは吸血鬼なんだ!!それを殺して何が悪い!!これ以上誰かが殺されるのを待ってろってか!?」
「そうだ!!余計なことしやがって!」
「黙れええッ!!」
ノエルは目を見開いて声を張り上げた。
その声や表情は、今まで学院で見たノエルとは全く別のものであった。
辺りがしんと静まり返る。
「この婆さんが吸血鬼だという証拠?たかが布きれで決まるわけがないだろう!!大の大人たちが寄ってたかって人一人殺そうとしやがって!!」
まるで烈火のごとく大きな声を出しながら、ノエルはぐるっと囲む村人達を顔を睨みつける。
タバサは杖を握る手が、自然と強くなっていたのに気づいた。
「誰かを殺すことはそんな簡単なことじゃねえんだ!!怒りにまかせて奪っていい命なんざ何処にもねぇんだよッ!!」
凄まじい形相で喋るノエルに、村人達は誰も手をつけられず黙って聞いていた。
しかし最後の言葉を絞り出した瞬間、ノエルはフッと白目を剥き、気絶してしまった。
小屋を燃やす炎の音が、気絶したノエルを茶化すかのようにパチリパチリと聞こえてきた。
◆
結局、タバサと村人達の争いは後から遅れてやってきた村長によって何とか収められることとなった。
レオンや数人の村人は納得せず、敵意をこめた視線を最後までタバサに送っていたが、村人全員が家に戻り、外に誰もいなくなると村は嘘のように静まり返った。
タバサは気絶したノエルとマゼンダを「レビテーション」で浮かしながら村長の家まで運ぶと、ノエルを二階の部屋に、そしてマゼンダを自分が借りている部屋へとこっそり運んだ。
「い、いてぇ・・・」
「あなたは無茶しすぎ」
日も沈みかけた夕方、ようやく目を覚ましたノエルはベッドで顔をしかめた。
それを傍に立って見ていたタバサはボソッと小さい声で返す。
ノエルはベッドから上体を起き上がらせようとするが、火傷の痛みで思うように体は動かない。
タバサの治癒魔法「ヒーリング」である程度は治療できたものの、やはり完全に治っているというわけではないのだ。
「あ、タバサぁ...ばあ、婆さんは?」
「私の部屋で寝ている。煙は吸っていたが命に別状はない」
「そ、そうか...」
ノエルは目を細めてフッとほほ笑むと、体に走る痛みをこらえてベッドから立ち上がった。
マントはすでに焼け焦げてしまっているが、ノエルは構わずそれを身につけた。
タバサはポツリと声を出した。
「ごめんなさい」
「えっ?」
タバサの意外な言葉に、ノエルは聞き返す。
「これは元はといえば私個人の任務・・・それなのにあなたを勝手に連れて来ただけでなく・・・・・・怪我までさせてしまった」
「よ、よしてくれよぉ...お前に謝られるとぉ、変な気分になる」
ノエルは肩をすくめると、ドアの近くまで歩いていった。
「それに...こ、小屋に飛び込んだのはお前のためじゃねぇよ。き、貴族なんだからよぉ...平民は助けなきゃいけねぇだろぉ」
ノエルは照れ臭そうにはにかむが、後ろの方でトサッと何かがベッドに落ちたような音が聞こえた。
ノエルが振り向くと、タバサがベッドに仰向けに倒れており、杖を持ったまま静かに寝息を立てている。
突然のタバサが寝たことに、ノエルは首をひねった。
「た、たば、タバサ?なんだよ...つ、疲れてたのか?」
ノエルが腑に落ちずにドアの前でじっと立っていると、彼のすぐそばでノックの音が聞こえてきた。
急に聞こえて来た音にノエルは思わず体をビクッと震わせた。
「ひっ!だ、誰だい?」
ノエルは恐る恐る尋ねると、ドアの低い位置から返事が返ってきた。
それはこの村に来てからよく耳にしている少女の声であった。
「お兄ちゃん?私、エルザだよ」