1.サイト×○○○
外はすっかりと暗くなり、魔法学院を夜の闇と月の光がすっぽりと覆った。
舞踏会の会場となっている食堂の2階では、壁にかけられたランプの光や、天井に吊下げられているシャンデリアの光が会場を照らし、昼間よりも明るく感じる。
舞踏会は始まったばかりというのに賑わっており、そこかしこから学院の生徒や教師たちの声が飛び交っている。
料理に夢中になっている生徒や、女子生徒を口説いている学生も目立つ。
サイトはテーブルに乗っている料理を頬張りながら、自らが主人の到着を待っていた。
「遅ぇなルイズのヤツ...あんだけ部屋に急がせたくせに『私は今からドレスに着替えるからアンタは先に行ってなさい!!』って、おれパーカーのまま来ちゃったじゃん」
そう言ったサイトの服は、いつも通りのパーカーにデルフのセットである。
会場に来る前には汚れは払ったのだが、元々生徒の服装とは全く違うため、舞踏会での中では一層その異質さが目立つ。
サイトはブツブツと愚痴を言いながら、皿に盛ったリンゴのパウンド・ケーキを頬張った。
コチラの世界に来て、久々に豪勢な食事を目の前にしたサイトは、今のうちに喰いダメしようと様々な料理を皿に盛っては口に運んでいた。
ちなみに今はフルコースの一週目である。
皿に乗っているケーキが終わればニ周目開始だ。
口の中に広がる甘さを堪能していたサイトは、ふと視線を移したバルコニーに、紅い髪の少年を発見した。
「あ、あれってジョルジュさんか」モゴモゴ
サイトは口を動かしながら、じっとジョルジュの方を見た。
捜索の時にボサボサしていた髪は整えられ、後ろの方は奇麗にまとめられている。
黒を基調とした服はいかにも高級そうで、服の色によって髪の色がより強調されていた。
サイトは皿のケーキがなくなると、近くのテーブルに皿を置いてバルコニーへと向かった。
会場の外に出ると、舞踏会の熱で暖まった空気とは違い落ち着いた空気が流れていた。
この世界にきてからおなじみとなった二つの月は、片方は少し欠けた顔でバルコニーを白く照らしていた。
「ん?おお!!サイト君でねぇか。ルイズはどうしたんだ?」
ジョルジュもサイトに気づき、昼ごろとは打って変わった口調で(元々こちらの方が通常)話しかけてきた。
「ルイズは準備が長くなるらしくて、先に会場に来させられたんですよ。あの、ホント今回は済みませんでした」
サイトは少し緊張を含んだ声で、ジョルジュに頭を下げた。
ジョルジュは「イヤイヤ!!もういいだよ終わったことだし」と困った顔でサイトに近づいた。
昼間とは全然様子が違う様に、サイトは「これが素の状態なのかな?」と頭の中でふと思った。
「モンちゃんも同じこと言ってたし...やっぱ女の子は準備に時間かかるだなぁ。‘どの世界’でも一緒だよ」
「ッッッ!?」
ジョルジュが笑いながら言った何気ない一言は、サイトの胸をドキンと跳ねあがらせた。
それを知ってなのか、ジョルジュは近くの椅子に座るとフゥと息を吐き、サイトに言った。
「サイト君が聞きたい事はそういうことだろ?なんで異世界の人間が自分の世界の武器や『正座』なんかを知ってるかって」
やわらかい風が二人の体に吹いた。
サイトは言いたい事を見事に当てられ、首を大きく縦に振った。
「そ、そうっす。ホントはもっと早く聞きたかったんすけど、聞ける雰囲気皆無だったし...で、なんでなんすか?なんでアンタはオレの世界の事を..」
サイトはジョルジュに迫ったが、ジョルジュはサイトを手で制した。
「落ち着くだよサイト君。そうだね...まず何から話そうか」
ジョルジュは何かを思い出すかのように空を見上げた。
そして少しした後、ジョルジュはサイトに話し始めた。
2.タバサ×キュルケ×○○○
「タバサぁ~?タバサ何処ぉ~?」
会場の壁際に置かれている料理の列を眺めながら、キュルケは青髪の友人の行方を捜していた。
胸元が開けた白いドレスが彼女の身を包んでおり、褐色の肌と合わさったその姿は、いつも以上に彼女を扇情的に魅せていた。
その証拠に、先程まで彼女にダンスを申し込んできた男性の数は30は超え、タバサを探している今も、近くの男子生徒の視線を釘付けにした。
キュルケは近くのボーイが運んできたグラスを一つ受け取ると、ワインを一口含んで喉を潤した。
タバサと一緒に来たのはいいが、会場に入ってからタバサと別れてずっと踊りぱなしだったため、ひどく喉が渇いていた。
キュルケはワインを飲みながら、料理が並ぶテーブルに次々と視線を移した。
「タバサの事だからこのあたりにいそうなんだけど...っていたいた!タバ!...サ」
キュルケが何度か辺りを見回すと、一つテーブルを挟んだ場所で料理と格闘するタバサがいた。
黒い細身のドレスが青い髪と白い肌に相まって、実に可愛らしいのであるが、周りに積まれた白い皿の塔がそれをかき消していた。
キュルケはタバサがいるトコロへと近づくと、彼女の脇に重なる皿の数にあきれ果てた。
その数は10や20ではない。
「!・・・・キュルケ」
「タバサ...アンタどんだけ食べてるのよ。というかよく入るわね」
タバサは既に完食した目の前の空いた皿を端にどけると、キュルケの方をちらりと見た後にボソッと呟いた。
「舞踏会はいい・・・・たくさん食べれる」
「たくさん食べれるってタバサ...せっかくの舞踏会なんだから食べるだけじゃなくて踊ったりもしましょうよ。誰か誘いにこなかったの?」
「何度か声をかけられたが・・・・比べるまでもない・・・・・愚問」
キュルケは額に手を当て、ハァとため息を吐いた。
せっかく舞踏会に来たのだから誰かと喋ったり踊ったりすればいいのに・・・・
「キュルケも食べるべき・・・たくさんある」 ゴキュゴキュ
タバサは傍に置いてあった飲み物を一気に飲み干して(グラスの中の液体の色がなんか変だった。もしやオリ酒?)ケフッと息を出すと、
空いた皿が目立ち始めたテーブルの中央に置かれたハシバミサラダへと再度、手を伸ばした。
タバサの手がサラダの皿へと届く手前で、同じ方向に伸ばす手が重なった。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
タバサが横へと振り向くと、片方の手にからになった皿を持っているノエルがいた。
いつも顔を隠している白い長髪は後ろに流して整えられており、相変わらずどよんとした目がタバサを見ている。
「なななんだよ、タタタタバサぁ」
「・・・・これは私のハシバミ草」
「あら、ノエルじゃない。意外だわ。舞踏会には出ないと思ってたのに」
キュルケはタバサの隣に陣取っていたノエルに気づき、思わず声を出した。
人見知りの塊であるノエルがこんな大多数がいる会場にいるのはホント珍しい。
学院のイベントでは決まって自室に籠っていたりするので、ノエルとの遭遇は素直にキュルケを驚かした。
確か教室以外で会ったのは、彼がコアトルの口の中にいた時だった気がする。
「おおおおお、俺だって舞踏会の食事たたべ、食べたいさ」
ノエルは体を少し震わせると、キュルケから視線を外してハシバミサラダの盛られた皿へと再び手を伸ばした。
「待って」
しかし彼の手首をタバサがガシッと掴んだ。
ノエルはジロリとタバサを睨むと、面倒くさそうな表情を浮かべて、
「ヒッ、な、なんだよ!!じゃ、邪魔すんなよタバサぁ!!」
「そのハシバミサラダは私が取ろうとしたもの。横取りは許さない」
「えええええ~?」
タバサの言葉に、ノエルの白っぽい顔が理解不能といった表情を作る。
キュルケはタバサが人に突っかけるトコロを見てまたも表情を変えずに驚いた。
今日は珍しいことが続けて起こるものだ。
「べ、別に料理はたくさんあるんだから、ち、ち、違うのを取ればいいじゃないか」
「・・・・ハシバミのサラダ・・・・・・・それしかない」
タバサはノエルをじっと見て言った。
キュルケは二人が手を伸ばしているハシバミのサラダを見た。
体にはいいものらしいが、あのバカげた苦さと、噛んだときに鼻に抜けてくる臭いは思い出すだけで嫌になる。
(あんなの良く食べようとするわね~別に争うものでもないと思うけど)
キュルケは以前にタバサに食べさせられたハシバミ草の味を思い出し、手で口を覆った。
「おおお脅したってあ、あ、上げないぞ。それ、それに、オレだってハシバミ好きだし...」
「私の方が何倍も好き」
「いやオレの方が好きだし」
「私はハシバミ愛好家」
「いやオレはハシバミ検定1級だし」
「それなら私は特級」
「いやオレはマスター・オブ・ハシバミだし」
「実は私はハシバミ・クイーン」
キュルケは二人の後ろで言い争いを眺めてた。
何が彼らをここまで言わせるのか。
というかなんだよハシバミ検定とかハシバミ・クイーンって。
思わず心の中でツッコミを入れたが、切りがない二人の言い争いを止めようと二人の間に割って入った。
「ちょっとぉ、タバサもノエルもこんなトコで争わないの!二人で分けて食べればいいでしょ」
しかし二人はじろりとキュルケを見ると、口々に言い返してきた。
「邪魔しないで・・・これはハシバミストとして譲れないこと。「微臭」は口出さないで」
「「微臭」って言うな!!何よハシバミストって!?聞いたことないわよ!!」
「は、話に入ってくるなよキュルケぇ。ちょ、香水臭いから離れてくれよ「微臭」」
「いい加減にしろおおおおおぉ!!!」
キュルケは大きな声を上げると、二人に飛びかかった。
その後は3人で髪を引っ張るやら頬をつねるやらの乱闘になった。
結局、誰がハシバミサラダを食べるかが決まったのは、それから少し経ってからだった。
3.フーケ×○○○
「ミス・ロングビル、夕食をお持ちしました」
「ありがとうございます。そこのテーブルに置いて下さい」
メイドはベッドの近くに置かれた小さなテーブルに、幾つかの料理が並んだ銀のトレーを置くと、頭を下げて部屋から出て行った。
フーケは窓の外から流れてくる風に体を当てた。
開けた窓からは、舞踏会の華やかな音が聞こえているが、その微かな音がよりフーケの心を和らげた。
「ああ~気持ぢぃ~。ホントに今日は疲れたよ」
そう独り言を呟いたフーケの目には、光るモノが見えた。
捜索から学院に戻った後、魔力を使い切ったフーケにはもはや歩くのさえ拷問であった。
馬車から下りた後すぐ部屋のベッドに横たわると、底なし沼にはまったかのように体が沈んでった。
途中、ハゲがわめきながら部屋に入ろうとしてきたので、最後の力を振り絞って扉に「ロック」をかけた瞬間、意識が闇に堕ちた。
目覚めた時は既に陽は落ち、生徒のざわめきが遠くから聞こえてきた。
ベッドで目を覚ました後、フーケの体力と精神力はある程度化回復していたが、体は汗と土にまみれていた。
ベッドから起きた後、すぐに浴場へと足を運び、これまでの溜まった疲れと汚れを洗い流した。
部屋に帰る途中、偶々出会ったメイドに食事と飲み物を持ってきてくれるよう頼んだ。
そして現在に至っている。
「ホントに今回はヤバかったよ...もうあんな自爆ゴーレムやどS植物の相手はしたくないね...とにかく!今日は部屋でゆっくりするぞ~」
フーケはまだ少し濡れている髪を撫でながら、トレーに乗っているシャンパンの栓を開けてグラスに注いだ。
グラスの中の注がれるシャンパンから泡が立ち、シュワシュワと小さな音を立てている。
フーケは喉をコクリと鳴らし、シャンパンを一息に飲んだ。
シャンパンはこの世のものとは思えない程極上に感じた。
まるで砂に流した水のように、風呂から上がったばかりの彼女の火照った体に沁み渡る。
(ああ......この一杯のために今日があった気がする)
フーケの目に、自然と涙が浮かんできた。
これまでの苦労が今、報われた様に感じたからであろうか。
フーケは椅子に座ると、シャンパンの瓶を再び傾けた。
そしてトレーに乗っている幾つかの料理に視線を向けると、笑顔を浮かべながらハムやチーズのカナッペに手を伸ばそうとした。
その時、
コンコンコンコン
誰かが扉をノックする音が聞こえた。
「...全く、人が楽しんでんのに誰だってんだい」
フーケは掴んだカナッペを皿に戻すと、渋い表情を直し、扉へと向かった。
「ああ!!やはりいらしたのねミス・ロングビル」
「ミセス・シュヴルーズ?一体どうしたのですか?」
フーケが扉を開けると、そこには派手なドレスに身を包んだシュヴルーズが立っていた。
すこし太めの体は赤いドレスと宝石が飾られ、扇を持つ手の指には指輪が2,3個つけられていて、いかにも派手だ。
「いえね、これから私も舞踏会に行くつもりなのですけど、もしかしたらまだいらっしゃるかなと思ってきたんですの。どうですかミス・ロングビル?一緒に舞踏会にいきません?」
シュヴルーズの言葉に、フーケは今日が舞踏会なんだと再度思い出した。
フーケは苦笑いを浮かべ、まだ重さの残る手をあげると、
「お、御誘いは嬉しいですがミセス・シュヴルーズ。私は疲れてしまいまして、残念ですが今日は部屋で休んでますわ」
フーケの返答に、シュヴルーズは残念そうな表情を浮かべた。
「そう・・・アナタと行けば若い男をエフンエフン楽しい舞踏会になると思ったんだけど...仕方ないわね」
少し本音が漏れてた気がするが、相手するのが面倒臭いフーケは愛想笑いをしながら扉を閉めた。
扉の外からは「どうやって若い子をツカマエヨウカシラ...」と小さく聞こえてきたが、無視した。
「冗談じゃないよ。なんでアンタの男漁りに私が付き合わなきゃならないんだい。てか歳と立場を考えろっての」
フーケはブツブツと文句を言いながらテーブルへと戻ると、先ほど掴んでいたカナッペをひょいと口に放り込んだ。
軽くトーストされている薄切りのバケットに、上に乗っているハムとチーズが何とも言えない味を醸し出した。
「ウマッ!流石この学院のコックは腕がいいね。酒を飲むにはぴったりだね」
フーケは満足そうに笑顔を浮かべると、シャンパンの入ったグラスを手に取った。
その時、
コンコンコン
再びドアを叩く音が聞こえた。
フーケは先ほどよりも渋い顔になったが、すぐに戻すとドアノブへと近づいた。
「お、ミス・ロングビル!!どうじゃ調子は?」
ドアの前にはオールド・オスマンがひげを撫でながら立っていた。
「いや~具合が悪いと聞いたから心配して来たんじゃが、どうやら大丈夫そうじゃのぉ。それでどうじゃ?ワシと一緒に舞踏会行かない?」
オスマンは親にせがむ子供のような目でフーケに尋ねてきた。
フーケは軽い眩暈を覚えたが、一つ息を吐くと、
「御誘いは嬉しいですがオールド・オスマン、私フーケの捜索で疲れてますので今日は休ませていただきます」
「そうかい?じゃあ、ワシが付きっきりで看病してあげ...」
「では楽しんで来て下さい」 バタン
オスマンが言う終える前に、フーケはドアを閉めた。
ドアの向こう側からは「イケズジャノォ~」と聞こえてきたが、やはり無視した。
「ふざけんなくそジジイ...舞踏会よりも養護施設に行きな」
フーケはブツブツと文句を言いながらテーブルへと戻ると、カナッペをもう一つ口に入れた。
すると、
ドンドンドンドン
ドアを強く叩く音が聞こえてきた。
フーケはドカドカと乱暴に足音を出し、ドア越しまで戻ってドアを開いた。
「ミス・ロングビル、私だ。ギトーだ。どうかな。一緒に舞踏会にでも...」
「間に合ってます」 バタン
フーケはドアを閉めた。
ドアの向こう側からは「マテぃ!!断るのハヤスギルゾ!!」と聞こえてきたが、当然無視した。
「顔のギトギト何とかしてから出直してきな」
フーケはイライラとしながら、テーブルへと戻ると、
コンコンコンコンコンコンコンコンコン!
ドアを激しく叩く音が聞こえてきた。
フーケは無言でドア越しまで近づき、ドアノブを掴んだ。
「ミス・ロングビル!?私です。コルベールです!!あのですな!もしよ...」
カチャリ
フーケはドアの‘鍵’を閉めた。
ドアの向こう側からは「ミス・ロングビル!?ワタシダケアツカイガヒドイデスゾ!?」と聞こえてきたが、なに言ってるか分かんなかった。
「たくっ!!疲れてるんだから一人にさせろっつーの!!もう...あれだ、次誰か来たらもう容赦はしないよ。魔法でもぶつけて...」
「土くれのフーケだな」
扉とは違う方向から聞こえた声に、フーケはハッとなって顔を上げた。
いつの間に入ってきたのか、窓のそばに何者かが立っていた。
声からすると男だろうか。
顔は白い仮面に覆われて誰か分からず、身に着けているマントが風によって軽く揺れている。
仮面の男は窓枠に体を預けると、まるで全てを見透かしてるかのように言った。
「隠しても無駄だ。我らはお前のコトは何でも知っている」
仮面の向こうからクククと笑い声が聞こえてくる。
フーケは黙ったまま、仮面の男を見ていた。
「近い将来、アルビオンでは革命が起こり、無能な王家は潰れる。そして有能な貴族が政を行うのだ。土くれのフーケよ。我らに協力する気はないかね?」
フーケは今の状況を把握し切れてないのか、顔を軽く下に向け、男の質問に何も答えてない。
男はそれを否定と受け取ったのか、ククククと笑うとさらに続けた。
「まあ、嫌といっても協力してもらうがな。土くれのフーケ、いや...」
仮面の男は一歩、フーケに近づいた。
「マチルダ・オブ・サウスゴー「アイアン・ボール」チャヴォッ!!?」
仮面の男が前に出た瞬間、その目前にはメロン程の大きさの鉄球が迫っていた。
突然のコトによけられぬはずもなく、パンッと仮面が割れる音と骨が折れるような鈍い音が部屋に小さく響き、鉄球の衝撃で仮面の男の体は窓から落ちていった。
フーケは伸ばした杖の先をフッと吹くと、ヤレヤレといった感じでテーブルの椅子へと向かった。
「ったく!!今度は窓からかい!!なんかブツブツ言ってたけど、女の個室に無断で入ってくる男なんざ碌なもんじゃないよ!!」
フーケは椅子に座ると、杖を軽く指でクルクルと回し、今唱えた呪文を思い返した。
「以前唱えた時よりも大きさも早さも上がってたね。こんなに疲れてるのに?」
フーケは少し考えたが、「ま、今はいいか」と呟いて杖をテーブルのそばに置いた。
そしてシャンパンの入ったグラスを持つと、またもや一気に飲み干した。
招かれざる客達のおかげで炭酸は大分抜けていたが、やはり味は素晴らしい。
「ここまでしたんだし、もう誰も来ないだろうよ。さ!今日の苦労を労おうかね♪」
フーケは笑顔を浮かべながらシャンパンを再度グラスへ注ぎ、鶏肉のソテーに手を掛けた。
彼女一人での晩餐は、窓から聞こえてくる楽器の音と、風の音と共に始まったのであった。
翌日、彼女の部屋の外には割れた仮面と少量の血痕があったが、誰のモノかは分からなかった。