「ひ、火の秘薬!?」
キュルケは揺れる体をシルフィードの背中に乗せながら、自分の使い魔に指示を出しているタバサに聞き返した。
「おそらく・・・彼は錬金で火の秘薬のゴーレムを作り出した・・・・・・それも大量に」
「そんな・・・ジョルジュって土のメイジじゃなかったの?あんな大量に秘薬なんて作れるなんて...」
キュルケは先ほど響いてきた爆風と轟音を思い出すと、火のメイジとして羨ましさが沸き上がると共に、作り出された漆黒のゴーレムの威力に、背筋に寒気が走った。
下で対峙するフーケが作ったとみられるゴーレムは、その右腕部分が爆発によって大きくえぐられており、ジョルジュが作ったゴーレムよりも不格好に見えた。
「ホント...彼何者なのかしら?というか人なのかしら?ねぇタバサ、あなたどう思う?」
キュルケがタバサに尋ねた時、ジョルジュの周りの地面が再び盛り上がった。
どうやら先の爆発した3体に代わるゴーレムを作った様だ。
タバサはキュルケの方にチラッと顔を向けた後すぐに下を向くと、再度フーケのゴーレムに走って行く黒いゴーレムを見ながら答えた。
「火の秘薬の錬成なら私も出来る・・・だけどそれは「原料」があれば・・・・」
「それをジョルジュは普通に作ったワケね...それも「ゴーレム」として」
「少なくともそんな魔法は・・・・聞いたことはない」
「・・・・・・・・」
キュルケとタバサはしばし無言になり、次々と突っ込んでいく爆弾ゴーレムを見ながらその爆音と破壊力に青ざめるとともに、キュルケは戦いの事よりもこの後の事態を考えていた。
(今はフーケが攻撃されているから良いけど、もし「花壇」のコトがバレちゃったら私もあれを受けるの?あの熱い抱擁を受けるの??
ちょ、勘弁してよ...いくらなんでもあんなの「微熱」じゃ受け止めれ切れないわよ!!??なんとしてもフーケに全てをなすりつけて...)
そう考えているのはキュルケだけではなかった。
前に座る2人、ルイズとタバサも、下で爆発しているゴーレムを見てから、それぞれ考えを巡らせていた。
(・・・・・非常に不味い・・・・あれだけの数は私でも防ぎきれない・・・・・・もしあの一件がばれる様な事になれば・・・・・・シルフィードで退避。他は・・・やむを得ない)
(ジョルジュのあの魔法...私も出来ないかしら?それよりもどうしよ...花壇の事、バレたらあのゴーレムに襲われそうよね...もしそうなったらサイトでも死んじゃいそうだし...)
((ここはタバサとルイズ(キュルケとルイズ)(キュルケとタバサ)を囮にしてでも逃げる!!))
お互いがドロドロした思いを胸に秘めて見守る中、シルフィードは丁度、ジョルジュとフーケのゴーレムの間を通った。
それに併せるかのようにジョルジュのゴーレムがフーケのゴーレムに抱きつき、爆発音を響かせた。
火薬の特徴的な硫黄の臭いが立ち上り、上空にいるキュルケ達にも届いてきた。
キュルケの鼻に強烈な臭いが刺さり、二つばかりせき込むと、自然と目に涙が滲んできた。
隣で座っているルイズも同じ目に遭ったようで、鼻と口を手で押さえながらせき込んでいる。
キュルケは涙で少しぼやけた状態で、戦いの状況を見ようと地面の方を見たが、ジョルジュの周囲には、黒いゴーレムの姿はどこにも居なくなっていた。
それと同じく、彼の目の前に立っていた巨大なゴーレムもその姿を消していた。
「ちょ、ちょっと…え?なにあれ?てかあの坊や、土のメイジじゃないの?」
その問いは誰に言うわけでもなく、フーケは右半身がボロボロに崩れた自分のゴーレムを木々の間から見つめていた。
森の木々を縫って吹いてきた風は嫌に生ぬるく、少し経って鼻をついてきた硫黄の臭いにフーケは顔をしかめた。
「ちょっと!!あれはなんだい!?アンタの主人は土のメイジだろ!?火の魔法を使えるなんて聞いてないよ!!」
フーケは後ろを振り向き、遠くに陣取っているであろうアルルーナに大きな声を出した。
―ああ、あれは人間の言葉で言う‘火の秘薬’を錬金してゴーレムにしたモノですね。人間が、あれを作るなんて...さすが私のマスター―
「火の...秘薬?じゃあ、あのゴーレム全部が?・・・・冗談じゃないよ」
フーケは顔を元の方向に直すと、ジョルジュの周りにいるゴーレムの数を数えた。
1,2,3,4,5,6,7...指をゴーレムに向ける度にフーケの顔は青ざめていったが、数えている間にもう3体地面から出てきたことで、青く染まった顔は白へと変わった。
―あら?フーケ様こんな状況で化粧直しとはさすが名のある泥棒ですね。白い肌になって...髪の色と良く合ってますわ―
いつの間にかルーナが横へと移動していたのだが、フーケにはそんな彼女の言葉にも反応出来ない程固まっていた。
(ちょちょちょ...ッッ!!いくら私のゴーレムでもあんな数の爆弾ゴーレム受け止めれる訳ないだろぉぉぉ!!!てかあんなに火の秘薬を...それも何もない所で錬金出来るメイジなんて聞いたことないよ!)
胸に備わっている警報が彼女の胸の中でオーケストラを奏でている。
もう何でもいいから逃げたいのがフーケの本音であるのだが、
―フーケ様?どうしたのです?まさか逃げようなんて考えてませんよね?それはだめですよ。マスターを元の状態にするまで頑張ってください♪―
隣の使い魔から伸びてくる蔓が、首に優しく巻きついてくるため逃げる選択肢がないのだ。
フーケは無駄と知りつつも、隣で笑っているルーナに体を向けた。
ついでに顔がぎこちなく笑っていたのは精神的にも切羽詰ってきたためか。
「いやいやいや...だってさ?あんな爆弾人間作るなんて聞いてないよ?これはある意味契約違反ですよルーナさん?クーリング・オフしたってしょうがないレベルですよ?それに...」
フーケが自分のゴーレムに指を指したのと併せるかのように、ジョルジュのゴーレムが数対、彼女の再生し始めたゴーレムにぶつかり、爆発した。
壮大な爆裂音が森の中を駆け巡る。
爆風と共に飛んでくる土と煙が晴れ、フーケの指が指していたその先には、先ほどよりも大きく崩れているゴーレムが立っていた。
今度は右足を破壊されたらしい。
右に大きく傾いているゴーレムは、「立っている」という表現は既に似つかわしくなく、「片膝をついている」と言っていい。
これだけ土がある場所なら、本来なら少し壊れてもあっという間に再生するのだが、破壊される箇所が大きすぎてそれが間に合ってないのだ。
崩れながらも再生しながら動くゴーレムの背中には、もはや哀愁さえ漂っている。
「ほらほらほらぁ!!あんなバカげた破壊力に私のゴーレムももうダウン寸前ですよ!?再生が追い付かない威力なんて反則だい!!あんな特攻爆弾人間に爆破されるのは絶対嫌だよ!!」
彼女自身既に混乱している所為か、本来の口調とはかけ離れた言葉をルーナに投げかけた。
半ば、心の叫びに近い彼女の言葉にも、ルーナは涼しそうな顔を向け、
―何を仰っているか分かりませんが...そうですね。我がマスターといえども、あのような魔法は私も予想外でした。確かにフーケ様には荷が重いかもしれませんね―
「!!!!?そうだろ!?だったら―フーケ様―
フーケは本日再び、あの無機質な声を頭に響かせることになる。
―‘死ぬ気’でゴーレムを再生し続けてください。あなた様のゴーレムと地面に埋まってその良く動く口から私の子供を芽吹かせたいなら別ですが―
「精一杯ゴーレム作らしてもらいます」
それからしばらく、森のなかには土が盛り上がる音と爆音と硫黄の臭いが広がり続けた。
しかしそれもやがて止み、硫黄の臭いも森に吸い込まれていった。
爆発音のしていた場所には、まるで地滑りが起こったかのように盛られた大量の土と、空気を焦がした白い煙が残った。
その凄まじい光景が広がる場所から少し離れた森の中では、体から白い煙(湯気)を昇らせたトリステインの魔法学院秘書が倒れていた。
「しっかし...こう改めて見ると凄まじいわね~」
キュルケはこんもりと盛り上がった土の残骸を見ながら息をのんだ。
フーケのゴーレムが崩れ去った後、タバサ達を乗せたシルフィードはジョルジュのいる小屋の近くへと降り立った。
ジョルジュから立ち昇っていた黒いオーラは今やすっかりと消え去り、逆立っていた髪も元の状態に戻っていた。
ルイズが恐る恐るジョルジュに話しかけたが、驚くことにジョルジュは元の口調に戻っているばかりか...
「いんや~...またやっちゃだかオラ?」
ポカンとした表情でこうルイズに聞いてきたのだ。
ジョルジュの極端な変化に、ルイズもぽかんとした表情になり、
「またやっちゃだか...ってジョルジュ?あなた自分がやったこと覚えてないの?あんなに豹変してたのに」
ジョルジュは破壊の杖が入っていた木箱をまたいでルイズのそばまで歩いてくると、目を細めて申し訳なさそうに笑った。
「いや~オラ昔っからカッとなると頭がフットーしちまってなぁ~。その間なにしてたのか分からなくなっちまうだよ・・・ってあれ?なんで皆そんな口開いとるだか?えっ?オラなんか変なことしてだか?」
ジョルジュの答えに、ルイズやキュルケばかりでなく、タバサもぽかんと口を開けてしまっていた。
話を聞くと、どうやら‘花壇がぐしゃぐしゃになっているトコロを見たとこまで’は覚えているようだ。
「朝起きてオラが花壇を見に行ったら花壇がエライ事になっててな。其れから何してたがうろ覚えなんだよ...え~っとたしか...」
ジョルジュは頭に手を添えて、ひねり出すかの様に小さく声を洩らし、考え始めた。
すると、すぐに横からキュルケが、
「フーケを捕まえに来たのよジョルジュ!!‘フーケが’盗んだ破壊の杖を捜しに来たのよ!!覚えてなぁい!?」
キュルケの言葉にジョルジュはアッと閃いた様に目を開き、両手を前に合わせた。
「そうそう!!確かそんなんだったよ。あれっ?でもなんか他の理由もあったような...」
「いいえ!!!‘フーケ’を捕まえに来たのよジョルジュ!?? 他に理由は何もないわよ」
「そ、そうだかキュルケ?何かフーケを強調しながら言ってる気がするけど...」
「ななな、なに言ってるの?『フーケを捕まえて破壊の杖を取り戻す』。それ以上でもそれ以下でもないわ!!」
キュルケはジョルジュに再び怒りを昇らせないよう、あることないこと言い続けた。
とりわけ、「ジョルジュの花壇はフーケのゴーレムに壊されてしまった」という事は強調された。
ルイズとタバサはドキドキしながら二人のやりとりを見ていたが、やがてジョルジュが渋い表情を浮かべながら、
「う~ん...なんかイロイロ府に落ちないけんど...とにかく、オラはキュルケ達と「破壊の杖を取り返しに来た」って事だか?」
「そ、そういうこと♪」
キュルケは内心冷や冷やとしながらも、ジョルジュが「ま、花壇の事はクヨクヨしてもしょうがないか」と言った瞬間、ルイズ達の顔は自然とほくそ笑んだ。
(((計画通り!!)))
計画も何もあったものではないが、ジョルジュに見られないよう、そむけた彼女たちの顔はどこぞの新世界の神を彷彿させた。
それとも知らずに、ジョルジュは大きく伸びをすると、大きな欠伸をしながら三人に尋ねた。
「それで、破壊の杖はどうなっただよ?」
「あ、それならサイトが持ってて...」
ルイズはそう言いながらサイトがいるだろうシルフィードの方へ顔を向けたが、使い魔の少年の顔を見てギョッとなった。
先程までシルフィードに咥えられていたサイトの顔にはベットリと涎が付いており、顔は少しふやけた様に白くなり、髪の先端からはポタポタと涎が滴り落ちている。
破壊の杖とデルフを持ち、無表情で立つ自分の使い魔にルイズは声を掛けた。
「ちょ、サイト。アンタベットベトじゃない。一体何があったの?というか何がしたいの?」
ルイズの問いかけにサイトが大きな声を出す。
「オレが聞きてーよ!!シルフィードに咥えられたまま放っておかれたらそりゃ顔もふやけるわ!!」
そう叫ぶとサイトは片手に掴んでいたデルフリンガーを鞘に収めると、破壊の杖を両手で持った。
「破壊の杖ならココにあるよ。片手で持ってたから腕がちぎれるかと思ったぜ」
サイトはルイズ達がいる前に破壊の杖を置くと、パーカーの裾を持ち上げ、顔に付いた涎をガシガシと拭き始めた。
ルイズは破壊の杖を持ち、まじまじとそれを眺めた。
以前、一度だけ宝物庫の見学で見たことはあるが、改めて見るとやはり奇妙な形をしている。
黒っぽい金属で作られた杖は重く、大きな筒のように形作られた杖は、とてもじゃないが持っているのも一苦労である。
周りにはなにやらいろいろと付いているのだが、これらが何を意味するのか、ルイズにはさっぱり分からなかった。
「ホント、奇妙な形してるわねこれ。一体どうやって使うのかしら?」
ルイズがそう呟くと、キュルケも興味を持ったのか、ルイズのそばに来て、破壊の杖をコツコツと叩いたりした。
その横で、サイトはパーカーで顔の涎を拭き終えると、ジョルジュにそっと近づいた。
「あのさ、ジョルジュ、さん?あんたさっき」
「んあ?」
サイトが何か聞こうと声を出しかけた時、
「ハァハァ皆さん...ゼハゼハ無事でしたか?」
全員が声のした方に顔を向けると、荒い呼吸音と共にロングビルが茂みから出てきた。
「ミス・ロングビル!!ご無事でしたか・・・・って大丈夫ですか?ものすごい疲れているようですが?」
ルイズが心配そうに語りかけてくるが、正直返答するのも億劫である。
フーケは何とか笑顔を浮かべると、ルイズに言葉を返した。
「だ、大丈夫ですよゼハーゼハー...ちょっとハァハゴーレムが現れたので逃げてたのですが...オェ」
フーケの声を聞くと、「ちょっと」どころの話ではなく、先ほどまで全力疾走していたかのような感じに思える。
フーケはズルズルと重そうに体を動かした。
ルーナに脅しをかけられた後、さっきまで持てる力を全部ゴーレムに注いでたのだ。
体は鉛に錬金されたかのように重く、杖を持つどころか手足を動かすことさえもままならない。
(やば・・・・疲れすぎて気持ち悪くなってきた。足はもうガクガクだし...あのドS植物め...)
フーケは後ろを振り返り、ステップでも踏むかのように軽快に茂みから出てきたジョルジュの使い魔を睨んだ。
「ルーナ!!無事だっただか!?」
―ええ、ロングビル様と別れて周りを探索してたのですが、先ほど森の中で会いまして...―
ルーナは何食わぬ顔でジョルジュへと近づくと、ニッコリとほほ笑んだ。
フーケは汗にまみれた顔を腕の裾で拭った。
「それで...破壊の杖は?」
フーケが破壊の杖の無事を聞くと、ルイズがフーケの前に破壊の杖を差した。
「大丈夫ですミス・ロングビル。破壊の杖ならここに。だけどフーケは...ゴーレムはジョルジュが倒したのですが」
「そうですか、しかし破壊の杖が返ってきただけで十分だと思います」
フーケはヨロヨロと一歩、二歩と破壊の杖に近づいた。
それから両ひざに手を突き、
「では...フーケがまた現れる前に学院に戻りましょう。一刻も早くここから出るべきです」
フーケの提案もあって、ルイズ達は森の小屋を後にした。
しかしフーケ自身、すでに魔法の使用による疲労で歩ることすら困難であったため、タバサがレビテーションで彼女を浮かして運んで行った。
フーケは馬車の荷台に寝かされ、その横に破壊の杖が置かれた。
そして動けない彼女の代わりにルーナが手綱を引くことになり、一向は学院へと馬車を動かした。
(もういやだ...もう破壊の杖なんているか。というかこのドS植物と関わりたくない)
馬車の荷車に横になりながら、フーケはゼェゼェと呼吸しながら頭の中でそう思った。
一方、破壊の杖を無事取り返したルイズ達は任務を終えた緊張感から解放され、ホッと一息ついていた。
「それにしてもフーケったらなんであんなトコに破壊の杖を置いていたのかしら?隠す場所なんて他にあるのに」
キュルケが呟くと、向かいに座るルイズが言った。
「そんなの知るワケないでしょ。きっとなんか事情があったのよ。ま、こうやって取り返せたから私達としては良かったけど」
「まあ、何にしても皆無事で良かっただよ」
(どうでもいいから早く学院に着かないかな...)
他愛もない会話が横になるフーケを挟んで交わされるが、そんな中、サイトはじっとジョルジュの方を見て黙ったままであった。
ルイズはそれに気づき、隣に座るサイトを怪訝な表情で見た。
「ちょ、ちょっとサイト?さっきからジョルジュの事睨んでどうしたの?」
ルイズの言葉で、馬車の後方に座る全員がサイトの態度に気づいた。
サイトの様子に、キュルケも「ダーリンどうしたの?」とサイトの顔を覗き込むが、サイトはキュルケの肩を掴んで元に戻すと、後に座っているジョルジュに口を開いた。
「ジョルジュ...さん。アナタに聞きたいことがある」
サイトははっきりとした声でジョルジュに言った。
馬車の中に緊張した空気が生まれた。
ルイズとキュルケは突然の事にきょとんとしており、タバサは黙って本を読んでいる。
「突然なに言ってるのよサイト?ジョルジュに聞きたいことって「いや、いいんだルイズ」」
ルイズの言葉に重ねるよう、ジョルジュはサイトの方を向いて答えた。
ジョルジュは少し顔を下に向くと、
「丁度良いトコだよ。オラもサイト君に聞きたいことがあったんだ」
そう言いながらジョルジュは土で少し汚れた制服のポッケに手を突っ込み、何かを取り出した。
「コレ、さっきの小屋のトコでサイト君のポケットから落ちてきたんだけどさ...」
ジョルジュはサイトの目の前に手を伸ばす。
サイトはそれを一目見た瞬間、固まった。
ジョルジュの手には、根元が折れ、花びらが半分ほどの数になった花が乗せられていた。
「サイト君が涎拭いてた時にポロッと落ちたようなんだ。これさ、オラの壊された花壇に植えてたのと一緒なんだよ」
ニコッと笑うジョルジュの目は笑っていない。
サイトの頭に、昨夜の出来事が走馬灯のように思い浮かんできた。
『あの...これって...なんか不味いの?』
そう言って昨夜、自分が手に持っていた花がそこにあった。
ジョルジュは固まるサイトを他所に話を続ける。
「オラの花壇はフーケの所為か、文字通り『クチャクチャに壊れた』だよ。花壇の花なんて全部土に埋もれちまっただ。それなのにサイト君」
ジョルジュはズイッと体を乗り出した。
「なんでオメェさがコイツをポケットに入れていただ?ちょっと詳しく教えてほしいだよ」
そう言ってほほ笑むジョルジュの背後からは、チラチラと黒いオーラが立ち上りはじめていた。
馬車の後ろの空気が固まる中、手綱を引くルーナはジョルジュに併せるかのように、クスクスと笑った。
―内緒にすると言ったのですが...やはり隠し事は良くありませんわね。ねえ、皆様?―