「そう言えば今日フリッグの舞踏会、何着てく?」
「どうしよ~??やっぱり新しく買ったドレスにしようかな~」
「あなたはやっぱりあの人と?」
「やだ、こんなところで聞かないでよ」
「今年こそ女の子と踊るぞ!!」
「ギーシュはケティとかい?」
フーケの事件が起こったにも関わらず、別段、生徒に被害はなかった所為か、教室ではフーケの事などは忘れられた様に今夜開かれる予定のフリッグの舞踏会の話題でもちきりとなっていた。
授業の合間の休み時間、教室のアチラコチラではどのような服装で舞踏会に出ようか、誰を誘うか等という会話で溢れかえっていた。
そんな教室の中で一人、モンモランシーは椅子に座ったままブスッとして机に突っ伏していた。
「モンモランシー?で、あなたはどうするの?」
「へ?」
不意に声を掛けられ、モンモランシーは机に突っ伏していた頭を上げた。
いつの間に集まったのか、目の前には彼女が良く香水を売る同じ教室の女の子数人が立っていた。
「やっぱりモンモランシーは『あの』ジョルジュと?」
「いや、何の話よ一体...」
「とぼけちゃってぇ!!今夜の舞踏会の事よぉ!!愛しい殿方との思い出を作る日なのよ今夜は!!」
モンモランシーは大きな声でまくしたてる目の前の女の子に、なだめるように手を前に出した。
別に気にしてないわけでもなかった。
今夜、舞踏会があることは知っていたし、いろいろと思うところが彼女もあるわけなのだが、ジョルジュやルイズがフーケの捜索に向かったという話を聞き、舞踏会の事は頭の隅に追いやられていのだ。
「落ち着きなさいって...別、別に今日どうこうするなんて考えてなかったし。ま、まあ、あっちも今夜の事なんて考えてないだろうからさ、普通よ普通」
モンモンランシーは少しつっかえながらも目の前の女子たちに言った。
モンモランシーの答えに、女の子達はハフゥっと大きく息を吐き、羨むような目をモンモランシーに向けた。
「はぁ~スンゴイ。何がスンゴイってフリッグの日にも関わらずこのモンランシーの落ち着きっぷり。余裕タップじゃない!?がもう夫婦じゃない?ってとこまで来てるよね」
「いや、そんなんじゃ...」
「うん。もうあれだね。ジョルジュと一緒に恋人の階段フライってるよね」
「いや、なに言ってんのよ」
女の子達はその後、モンモランシーを取り巻いて話し始めた。
モンモランシーも事あるごとにジョルジュとの関係を聞かれ、その度に「別にそんな特別な関係じゃない」等と切り返した。
いつの間にか周りの男たちが聞き耳を立てていたのは彼女たちの知るところではないが。
「・・・・・早く戻って来ないかな...」
モンモランシーは周りでヤイヤイ騒ぐ女子の喧騒にぐったりしながら、まだ鳴らない授業の鐘と、赤髪の少年の帰宅を願っていた。
「あ、あれがフーケが潜んでると思われる小屋です」
―随分と変わった場所を隠れ家にしたのですね。ロングビル様?―
「そ、それは私が知るところではないですよルーナさん...私はあそこにフーケらしき人が入っていったと聞いただけですから...」
「よし犬、Go」
「ちょ、ちょっと待てよ!!何でオレが行くの決定事項なの!?もうちょい話し合ってからじゃ...」
学院では既にフーケの事はあまり関心を持たれていないことは知らないフーケ捜索隊一行は、既に馬車から降りており、
フーケが隠れ家として使っていると思われる小屋の前の茂みまで来ていた。
今は茂みの中に大人数を潜ませ、ヒソヒソと作戦を立てていた。
茂みの隙間からロングビルやルイズ、キュルケがボロボロになった小屋の方を見ており、その後ろにはサイト、タバサ、ジョルジュ、ルーナが膝をついて後ろから小屋を見ている。
本来ならしっかりと隠れているのだろうが、ジョルジュの放つ黒いオーラの所為で、周囲がどんよりと濁っていた。
ルイズは小屋を発見してからすぐサイトに中へ行く様言ったのだが、急に言われたサイトは当然の如く拒否した。
「何よ、空気読めないわねアンタ。男なんだから『ここはオレに任せろ!!』ぐらい言いなさいよマリコルヌなの?アンタは」
ルイズは後ろを振り向き、半ば呆れたような目をサイトに向けた。
サイトはご主人様の切り返しに、思わずツッコむ。
「いや訳分かんないから...つーかチョビチョビ出てくるマリコルヌって誰よ?」
どっかの貴族か?
サイトは未だ遭った覚えのない人物と比べられて少しムッと来た。
ルイズへ語尾を強めて言ったのだが、関係なくキュルケがルイズに続く。
「そうよサイトぉ。ここはビシッと行かなきゃ。サイトからマリコルヌになってしまうわ」
「何なの、お前らの頭の中のマリコルヌって!?なれるモンなの!?」
だから誰なんだよマリコルヌって!?
そんなコトを思っているサイトの横では、タバサが先程までの会話から何事かブツブツと呟いている。
(・・・・お母様>キュルケ>ハシバミ草>>あの時のお酒>壁>サイト≒蜂蜜まみれのマリコルヌ)
「タバサ...ものすごい失礼なこと考えてね?なんかベトベトな奴と同じに考えてね?」
サイトの頭の中に、直感的に体が液体まみれの男がモヤモヤと浮かんできた。
昔、TVで見た気がするのはなぜだろう。
サイトは胸に沸々とこみ上げる怒りを留め、ガサッと立ちあがった。
「分かったよ!行って来てやるよ!!フーケがなんぼのモンじゃい!!ゴーレムだろうがなんだろうがデルフリンガーで一刀両断にしたるわ!!」
サイトはそう叫ぶと、背中に背負ったデルフリンガーを鞘から抜いた。
そう言えば随分と忘れてた気がするが...
「おおおお!!!相棒!!やっとオレの登場ってワケか!!?初登場からあんまり触れられないから忘れてるんじゃねぇかと思ったよ!!」
(そう言えば...忘れてた)
デルフリンガーの言葉に、サイトは今まで忘れてましたとはとても言えず、いささか歯切れの悪い返事をデルフリンガーに返した。
「わ、わわ、忘れるわけないだろう!!なに言ってのさデルフったら!!や~ね!!!」
「相棒!!?何で急に口調がお姉言葉に!?」
「行くぞデルフ!!」
デルフリンガーに問い詰められる前に、サイトは小屋に向かって地面を蹴って向かった。
そんなサイトの様子を、茂みから眺めていたルイズ達は「忘れてたな...」と頭の中で思った。
「どらっしゃぁぁ!!」
小屋の扉を蹴り、勢いよく中に入ったサイトに襲いかかったのは、小屋の中で舞い上がった埃であった。
「ぐはぁ!!こ、孔○の罠か!?目が、目がぁぁぁ!!!」
サイトはデルフを持つ手を片方外し、涙と埃で霞む目に手をあてた。
目を押えて剣を突き出している姿は、某ラピュ○王を感じさせる。
「なにやってんだよ相棒~。何も考えずに飛び込むからだよ。てか、罠もなにもねぇ~って。ほら、もぬけの殻だぜ」
「んあ?」
サイトは涙ぐむ目を抑えながら、小屋の中を見渡した。
壁の隙間から日の光が射し、埃がサラサラと輝いている。
ざっと見渡したところ、床には木切れや埃の積もった布が散乱し、人が住んでいるとは思えない。
「誰も...いないというよりも何もないって言った方が良いのかな?デルフ」
「とにかくフーケはいないだろうよ相棒」
デルフのしゃがれ声に、サイトはホッと安堵の息を吐くと、小屋の外に出てルイズ達に合図を送った。
合図が届いたのか、ルイズとタバサ、キュルケとジョルジュが小屋の方へと向かってきた。
小屋に到着するなり、ルイズは埃にせき込みながら床に散らばった木切れをつまんだ。
「罠なんかは...なさそうね。ホントに破壊の杖なんてあるのかしら?」
「それは探さなきゃ分かんないだろうよ...ってあれ?ロングビルさんとルーナは?」
サイトの疑問に、キュルケが髪に突いた埃を払いながら、
「ミス・ロングビルとルーナは二人で周りを偵察するんですって。ルーナとジョルジュは離れてても意志疎通できるらしいから...」
そう言いながらキュルケはチラッと顔を後ろに向ける。
薄暗い小屋の中に入り、一層黒く見えるジョルジュは床の板きれやガラクタを持ち上げながら破壊の杖を探していた。
サイトはそれを横目で見ながら、背中に冷汗がつたるのを感じながらルイズ達に言った。
「そ、そうなのか...まあ、見た通りフーケらしき人は見当たらないよ」
ルイズは小屋の隅の方を見ながら、
「こんな小さな小屋に隠れる場所もないし...逃げちゃったのかしら?」
と呟いた。それに続いてキュルケも
「そうね...残念だわ」(せっかくフーケに花壇の件もなすりつけるチャンスだったのに)
「ホント...ザンネンダヨ...」
「「「・・・・・・・」」」
ボソッとジョルジュの口から出たセリフに、ルイズ達の背中は悪寒が走ったように震えた。
「よ、よ、よーし!!とにかく破壊の杖があるかも知れないぜ!?とりあえず小屋の中を探そうぜ!!」
サイトの声に、ルイズやキュルケが呼応し、小屋の中をしばらく探し回った。
しかし一通り探したのだが、破壊の杖らしき物はどこにもなかった。
「どこにも見つからないわね...フーケが持っていったのかしら?」
ルイズの言葉に、サイトとキュルケも手を休めて息を吐いた。
キュルケは額に掛った髪を払い、
「そうかもね。大体、宝物置いていく泥棒なんて聞いたことないわ。フゥ、疲れたわ。一旦休憩しましょうよ」
そう言うと、キュルケは小屋の外へと歩きだした。
不意に、今気づいたのかルイズが声を上げた。
「キュルケ?そう言えばタバサは?」
「タバサなら小屋の外で待ってるわよ。こんな狭い小屋に全員入っても意味ないからって...あら、タバサ?」
キュルケは小屋の外に待機しているタバサを凝視した。
タバサは下に細長い木箱のようなものを置き、それに腰かけながら本をめくっていた。
一人だけ休憩しているタバサに、キュルケは少しいらっとしたが、それ以上にタバサが腰かけている木箱が気になった。
「タバサ?その腰かけてる木箱どうしたの?」
タバサは視線を本に向けたまま、ページに指をかけながら、
「・・・・小屋の中で・・・・・・重かったけど座るのに丁度いい」
「・・・・中見たの?」
キュルケの問いに、タバサは黙ったまま首を横に振る。
「みんなー!!まだ調べてないのが外にあるわよー!!」
キュルケの声にルイズら全員が小屋の外に出てきた。
キュルケは本を読んだままのタバサを抱えると、ルイズとサイトが木箱の上の蓋をギシッと持ち上げた。
木箱の中は最近使われた様で、中には布に巻かれた1メイル程の棒状の物が入っていた。
「サイト、どう思う?やっぱりこれかしら?」
「まあ、流れ的にそうだろうよ。あのオスマンのじっちゃんが言ってた特徴とかぶってるし...」
サイトとルイズが布に巻かれたものを見ている横で、タバサを胸に抱えたキュルケが口を尖らせた。
「ちょっとぉ、何いつまでもそのままにしてるのよ?ホントに破壊の杖かどうか確認しなくちゃ!早く布取っちゃいなさいよぉ~」
「うるさいツェルプストー!!」とルイズが言う間に、サイトは巻かれている布をクルクルと取り払った。
キュルケ、ルイズが木箱の中に視線を集中させる中、布が外された先端部から次第にその形が見えてきた。
「・・・・・・こ、これが破壊の杖?ずいぶんと変な形をしてるのね」
「・・・・・重そう」
「でも、間違いないわよ?あたし、宝物庫を見学した時に見たもの」
ルイズら三人娘が、木箱に納まる奇妙な形をした杖をジロジロと見る中、サイトにはまさかというべき衝撃を受け、驚きの表情を浮かべた。
「ま、マジかよ...これって......」
本やテレビの中でしか見た事はないが、その形をしたモノは間違いなく「自分の世界」のモノ...それは
「・・・・・・ロケットランチャー?」
「え?」
サイトの背後から、木箱の中にあるモノの名前が飛び出した。
サイトがすぐに後ろを振り向くと、未だに黒いオーラを立ち昇らせるジョルジュがそこに立っていた。
サイトは立ち上がると、ジョルジュの方へ一歩近寄った。
「今、なんて...」
ゴゴゴゴゴゴゴメキメキメキッ!!!!!!
サイトがジョルジュに尋ねる前に、木の折れる音と、土が盛り上がる轟音が響き、サイトの声を遮った。
ルイズ達が音のする方へ眼をやると、森の奥で木よりも高い土の山が出来、やがて枝や草を混じらせたゴーレムへと変形していった。
ルイズ達の緊張感が一気に高まった。
「ゴーレム!!ということは土くれのフーケがこの近くに!!?」
ルイズの声に、キュルケがすかさず反応する。
「でしょうね!!だけどなんでこんなタイミングで...ってちょっと!!こっちに向かってくるわよ!!?」
キュルケの言葉通り、ゴーレムは木々を倒しながらルイズ達の方へ近づいてきていた。
サイトはすかさずデルフリンガーを構え、ルイズ達も杖を構えるが、サイトの肩が後ろからポンっと掴まれた。
何事かとサイトが振り返ったが、一瞬、彼はホントに異世界に来たのだなと確認することになる。
そこには...
「ルイズタチハハナレテルダヨ」
人ならざる者が立っていた。
ゴーレムが現れたのが合図であるかのように、ジョルジュの周りを漂うオーラはピタッと止み、代わりに漂ってきた「殺気」にルイズはおろか、あのタバサさえも杖を持つ手を震わした。
その時の状況を、当時その場にいたKさんは語る。
「ええ、目の前にフーケのゴーレムが迫ってるんですけど、そちらには全く恐怖はないんですね。それよりも皆思ったと思いますよ。『フーケ終わったな』って」
全員が(ジョルジュに)固まる中、ジョルジュは破壊の杖の入っている箱を跨ぐと、腰に差している杖を引き抜き、小声でルーンを唱え始めた。
その直後、
目の前の地面が黒く変色し、盛り上がり始めた