「ホラ犬!!ちゃんとついてきなさい!!アンタに財布預けるんだから落とさないでよ」
「イって~・・・まだ尻がジンジンする...ってルイズ。やっと着いたはいいけどどこ行くんだよ一体?」
王都トリスタニアのブルドンネ街。
人で溢れるこの通りを歩きながらサイトはルイズにそう尋ねた。
腰のあたりをさすりながら歩いているのは、人生で初めての乗馬に腰を痛めたからである。
トリスタニアに着いた後、ルイズは若干早歩きでテクテクと先へ歩いていくため、サイトは目的地も知らされぬまま後ろについて回っていっていた。
ルイズは前から来る人をかわしながら歩いていたが、ようやく目的地を話してくれた。
「もう少し歩いたところにピエモンの秘薬屋って店があるの。その近くに武器屋があるって聞いたんだけど...」
「おいおい...『聞いたんだけど』って行った事ねーのかよ?ホントあんのかよ武器屋」
サイトは疑念に充ちた目でルイズの後ろ髪を見てたが、ルイズはぐるっと振り向くとサイトを指差し、
「うるさいわね!!アンタはそんなこと考えなくていいの!!それよりもアンタ財布は大丈夫でしょうね?ここは人通りが一番多い場所だから、気をつけてないとスリやひったくりに会うんだから」
そう言われたサイトは多少不安を覚えたのか、パーカーのポケットに手を突っ込んで金貨が入っている袋があることを確認した。幸いポケットの中には革で作られた小袋が入っている。
ルイズは尚もブツブツと言いながら通りを進んでいくが、サイトはキョロキョロと通りを見ていた。
ここブルドンネ街はこの街一番の通りと言っていたが、サイトの世界と比べると狭い方であり、出店や商店が立ち並ぶ光景は、まるで祭りを開いている商店街ようである。
こんな狭いところでこんな沢山の人が歩いているのだから、確かにスリやコソ泥等も現れるだろう。
「大丈夫ダイジョーブ。ちゃんとあるから。しっかし、こんな狭いところが街の一番広い所って...」
そう呟こうとした時、サイトの横を2人の女性が通り過ぎた。
二人ともフードを被っていてよく見えなかったが、その間から覗く顔は少年が見たことがないほどの美しさを携えていた。
「うわ~すげえな...あんなスゴイ美人がいるとは...」
サイトは思わず見とれてしまい、足を止めてしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがて二人の美女は人ごみに消えていった。
「ちょっと何見てんのよ犬!!早く行くわよ!!」
付いてこない使い魔に気が付いたか、いつの間にかルイズはサイトの横にいた。
そして片方の耳をむんずと掴むと、美女とは反対方向へと少年を引っ張った。
サイトは耳を引っ張られる痛さに「分かった分かった!!耳つかむなって!」と慌ててルイズへと付いていき、再び通りを歩き出した。
「いや~まさか止まるのにあんだけ苦労するとは思わなかっただよ~」
ルイズとサイトがブルドンネ街の通りを歩いている頃、トリスタニアの商店街へと入る入口の近くにある喫茶店で、ジョルジュとモンモランシーが若干疲れた顔をして椅子に座っていた。
通りの外に椅子やテーブルが並べられ、店内ではあらゆる場所から仕入れてきた茶葉を使ったお茶が、芳醇な香りを湯気と共に立ち昇らせている。
2人が座っているテーブルにも、2種類のお茶が入ったカップが乗っている。
乗ってきたケルピーのマルチネスが目的地を通り過ぎた後、ケルピーの向きを変えて戻ろうとしたのであったがその度に目的地の場所を通り過ぎてしまった。
結局到着したのは最初に通り過ぎてから15分後であったのだ。(現在マルチネスはトリスタニアの近くにある川で水浴びをしている)
必死にマルチネスを操ろうとしたジョルジュもであるが、ケルピーに必死にしがみついていたモンモランシーの顔にも疲労が出ていた。
「馬から降りるのがこんな時間がかかるなんて...確かに早かったけど、はあ、また帰り乗ると思うとちょっと気が重いわ」
そう言ってモンモランシーはティーカップを手に取り、一口飲んだ。柑橘と林檎の軽い酸味と甘みが口の中に広がった。
ジョルジュも注文したお茶をすすりながらホッと息を吐いたが、ひとつ大きな欠伸をした後、モンモランシーに行き先を尋ねた。
「そういえばモンちゃん今日はどこにいくだか?」
モンモランシーは再びカップに口を付けた後、若干元気が出たのか明るい声で返した。
「この先にお母様が経営している化粧品店があるの。新しい香水のレシピが出来たからそれを渡しにね。お母様、ヒトが作った香水をちゃっかり名前なんてつけて売っているからホントはいやだけど...」
そうブツブツとモンモランシーは母親への愚痴をこぼし始めた。
ジョルジュはそれに相槌を打ちながら自分のお茶を啜っている。(色を見る限り緑茶のようであるが、飲んでみると烏龍茶のような味がする)
ジョルジュは香水の材料を作っている手前、モンモランシーが香水を作るのにどれだけ苦労しているかも知っている。
愚痴をこぼしながらもちゃんと作り方を教えてあげるトコロに、モンモランシーの性格がうかがえる。
「でもモンちゃん、なんだかんだ言ってちゃんと小母さんのコト助けてんだな。偉いだよ」
ジョルジュが笑いながらそういうと、モンモランシーはプヒーと息を吐き、カップに残ったお茶の残りを全て飲み干した。
カチャッとカップをテーブルに置くと、「そんなんじゃないわよ」というと、ガタっと席を立った。
どうやら出発するらしいと読んだジョルジュは、自分のお茶をグイッと飲み干すと椅子から立ち上がり、数枚の銅貨をテーブルに置いた。
並んで歩いている途中、モンモランシーはボソッとつぶやいた。
「卒業する前に家が潰れたら笑い話にしかならないわ」
ブルドンネ街から少し横に外れた通り、ドシャペル街という名の一等地に化粧品店『モンモ』は店を構えている。
はじめは別の場所で営んでいたが、ここ数年店で売り出されている香水『ド・リール』を始め、『カルヴァドス』や『アングレーズ』など様々な香水が貴族たちの間で広まり、急成長を遂げている店である。
この店は普通の店とは違い、女性であるならば平民や貴族と身分はお構いなしに入れる。
そのため広い階級層で客を捕まえているのが急成長を遂げた要因でもある。
尚、「つけチクビ」や「つけ睫毛」などの珍しいモノも店に並べられているが、あまり知られていない。
「モンモランシーあなたですか。今日はどうしたのです?ぶっちゃけお金なら貸しませんよ」
広い店内の奥、黒壇の色が付いた机を挟んで座っていたモンモランシーの母は娘を見てまず最初にそう言った。
店の中は高級感が漂う作りになっており、中央に大きな丸型のテーブルが置かれ、そこには様々な種類の香水が積まれている。
壁の棚には化粧水や髪油、口紅などの化粧品が多々揃えられており、値段も貴族でなければ買えない値段のものや、平民でも手の届くモノなどピンからキリまである。
モンモランシーは母の言葉はお構いなしに、机を挟んで立つと、懐から何枚かの束ねられた紙を取り出し、机の上に置いた。
「娘に会って出る最初の言葉じゃありませんわお母様。これ、新しい香水のレシピだから使うんなら勝手に使って下さい」
モンモランシーの母は紙を手に取ってペラペラとめくった後、ホーっと息を吐いた。
「まあモンモランシー...いつも悪いわね。それに今日なんてわざわざ店の方に届けてくれるなんて、何かよからぬことでも企んで...」
そういって動かした彼女の目線には、モンモランシーの横に立つ赤髪の少年ジョルジュが入ってきた。
ジョルジュは友人ナターリアの息子であるためよく知っているが、店で見るのは今日が初めてである。
ジョルジュも視線に気づき、ピンっと立ちなおすと、ペコリと頭を下げて挨拶をした。
「あ、お久しぶりですだ小母さま」
「ジョルジュではないですか。店に来るなんて珍しいですね。いつも娘を助けてくれて感謝してますよ」
モンモランシーの母はにっこりとほほ笑み、香水のレシピを手に取ると、机から立ち上がった。
立ち上がる時、「モンモランシー、ちょっと...」と呟いてモンモランシーを手まねきした。
モンモランシーは少し首をかしげながら母のあとについて奥へと歩いていった。
≪モンモランシー、ジョルジュは私もよく知ってますけどナターリアと親戚になるのはどうも気が進まないのですが≫
ヒソヒソと喋りかけられたモンモランシーは眼をキョトンとさせたが、やがて顔を少し赤らめると母の肩をつかみ、半ば引きずるようにさらに奥へと行った。
ジョルジュは二人が何を話してるのかは聞こえてないようで、キョロキョロと店の商品を見ている。
≪何勝手に話を飛ばしてるんですかお母様!!ジョルジュとはそ、そういったコトじゃなくてね、タダのと、友達...≫
≪あーハイハイ、もうネタは上がってるんですよモンモランシー。ぶっちゃけただの友達と一緒に親の店なんかに来るわけないでしょうが。今日び『ツンデレ』なんて流行りませんよ。もっとオープン感覚でいかないと≫
≪だからそうじゃないってまだそんなこと考えてなくて...って聞いてないし!!≫
モンモランシーが反抗する間もなく、モンモランシーの母はカーテンで仕切られている店の奥にズンズンと進み消えていった。
しばらくしてモンモランシーの前に現れると、手に何やら布の塊のようなものを持っており、モンモランシーにドサッと手渡した。
「ジョルジュ、あなたも来て下さい」とジョルジュも呼び、近くにやってくると彼の手にもドサッと渡した。
「まあ今日はぶっちゃけ来てくれて助かりました。今日は店の者がほとんど出払って人手が足りなかったのですよ。モンモランシー、ジョルジュ、少しの間店を手伝ってくださいな」
「「へ?」」
モンモランシーが渡された布を広げると、それはピンクと白の生地で出来たロングスカートのドレスのような服であった。
「ちなみにここでは私の事は『マダム・モンモ』と呼ぶんですよ」
モンモランシーの母、もといマダム・モンモはニコッとモンランシーの方を見た。
モンモランシーはしばらくの間、口をポカンと開けたまま動かなかった。
「い、い、いらっしゃいませ~ようこそ『モンモ』へ...」
外が昼を過ぎて少し経った頃、店の中には数人の客が入り、化粧品を手にとって喋り合う貴族の婦人たちや、メイドを連れて商品を物色する貴族の娘などが店を物色していた。
そんな店の中央で、モンモランシーは香水の説明を客の一人にしていた。
その姿は普段の学院の制服ではなく、ピンクと白のドレス調の服に金髪の縦ロールという、何ともお嬢様風な出で立ちだ。
顔も化粧を施されており、普段の彼女からは想像しにくいような大人の雰囲気を出した顔になっている。
香水の説明をしている彼女の前では、メイドを後ろに立てた12歳ぐらいの女の子が熱心に耳を傾けていた。
「そうですね。お嬢様程の年齢でしたら、こちらのハーブを使った香水がよろしいかと...」
「う~ん...そうね!じゃあこれをいただくわ!マリーナ!」
そう女の子が声を出すと、マリーナと呼ばれたメイドの女性が前に出てきて、モンモランシーから香水の瓶を一つ貰った。
そしてメイドには見向きもせず、女の子はまた別のところへと行ってしまった。
モンランシーはフゥと息を吐くと、顔には出さないようにブツブツとつぶやいた。
(たくっ...なんで私があんな女の子に敬語使わなきゃいけないのよ!!大体私が店員なんかやんなきゃいけないワケよ!?おかしいでしょこれ!?)
「なにブツブツ言ってるのですかモンモランシー。ナイスでしたよ。流石香水の製作者は知識豊富ですね」
モンモランシーは声をかけられた方を向くと、そこにはモンモランシーの母、マダム・モンモがいた。
マダム・モンモはモンモランシーの肩に手を置くと、店をぐるっと見渡しながらこう言った。
「私の店は女性が誰しも美しくなれることを売りとしているのです。それは身分関係なく、皆が『美しくなりたい』と思うからです。だからお客様は平等に、丁寧に接するのが店の方針なのです」
マダム・モンモは最後にボソッと「まあ、ぶっちゃけ金さえ払ってくれれば貴族だろうが乞食だろうが関係ありませんし」とモンモランシーの耳元で呟いてフフフと笑った。
モンモランシーはそれを黙って聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「最後の事は聞かなかったことにして、まあお母...マダム・モンモの経営方針は分かるし、イイことだと思うわ。中々そんな店ないからね。私は結構好きよ。でもねマダム・モンモ...いくらなんでも」
モンモランシーはそういって指をとある方向へと指差した。
そこには丁度先程香水を買った女の子とメイドと、
「ちょっと!!アナタ店員なの!?なんで男なのにドレス着てるのよ!???」
(あれはダメでしょオオオオォ!!!!)
ドレスを着たジョルジュがいた。
「ちょっとマダム・モンモ!いくらなんでもあれはダメでしょ!いくら新しいことが好きだからってあれはもうアウトよ!下手したら捕まるわよ!!」
モンモランシーはマダム・モンモに対して半ば叫ぶような表情で、しかし声は周りには響かないように押さえながら声を出した。
それも無理はない。
今のジョルジュの格好は、モンモランシーと同じ色合いのドレスに身を包んでいるのだ。
しかも何故かスカートの丈はモンモランシーのよりも短く、外に出ている足には二―ソックスが装備されている。
体つきの良いジョルジュの体にはキツイのか、腕や胸の辺りは少し張っており、傷だらけだった顔はマダム・モンモの魔法で隠されている。
しかしどこからどう見ても女性のドレスを着たごつい少年にしか見えない。
マダム・モンモはモンランシーに小さい声で話し始めた。
その顔は若干笑っている。
「落ち着きなさいモンランシープッ。今の時代プクッ美しくなりたいと思うのは女性だけではプスプスないのですよ。時代はプスー『女装』の域に到達すると私は考えて...フッフッフッ」
「嘘よね!!どう見ても嘘よねそれ!?もう笑っちゃってんじゃないの!どうすんのよアレ!!女の子下手したらトラウマになるわよ!!」
「いや~男物の制服がなくてね?でもどうせ来たなら試しに着させてみようと思ったんでだけども...似合ってないわね」
「今更それ!?」
モンランシー達が言い合っている間、何やらジョルジュも女の子と話し合っていた。
モンランシーが様子を見ていると、少し経って女の子がジョルジュから離れていった。
モンモランシーとマダム・モンモはジョルジュに近づき、小声で尋ねた。
「ねえジョルジュ、あんた何話してたのよ?」
ジョルジュはウーン少し唸ると、モンモランシーの方へ振り向き、
「『今度私の屋敷に来ない?』って言われただ」
二人は驚きよりも疑問しか生まれない言葉に首をかしげ、今度はマダム・モンモが尋ねた。
「あらそれは大胆ですね。他には?」
「なんか『今度お兄様があなたみたいな人集めてパーティするから』って言ってただよ。『あなたみたい』なってこんなドレス着て...」
「ジョルジュ、後で丁寧に断っときなさい」
モンモランシーの顔は少し青ざめていた。
「なんてコト...あの女の子の家庭が心配でたまらないわ」
口の中でモゴモゴと言いながら、モンモランシーは次に香水の前に訪れた婦人に香水のアドバイスをしていた。
それが終わると、またどこからかマダム・モンモがやってきて、
「時代は進んでいるのですよモンモランシー。ホラ見なさい。ジョルジュは普通に接客しているでしょ?ああやっていろいろ経験して成長していくのですよ」
「そんな危険な方へジョルジュを成長させようとしないでくれません?大体マダム・モンモさっきから何もやってないじゃないの。少しは接客でも...」
「せっかく店員がいるのだからそんな...ぶっちゃけ楽したいワケで」
「ホントにオーナーなの!?」
そんな2人のやり取りを、ジョルジュは入り口近くの商品の棚を拭きながら見ていた。
母娘でやいのやいのとやりとりしている姿は、なぜか実家での母とのやりとりを思い出す。
母様と友達だとは知っているが、どことなく性格が似ているのは気のせいだろうか。
そんな事を考えながら、スースーする下半身に違和感を覚えながらも棚の整理をしていたジョルジュに後ろから声が掛った。
「あの~すみません」
「あれ、モンモランシー、ジョルジュにまたお客様が来ましたね。あんな変な格好の人によく声をかけようとしますね」
マダム・モンモの声に反応して、モンモランシーはジョルジュの方に顔をむけた。
見ると革のフードをかぶった女性が二人、ジョルジュに話しかけてるではないか。
離れた場所であるのと、フードが邪魔で顔が見えないでいるが、隙間から覗く肌は白くてきめ細かいのが分かる。
モンモランシーとマダム・モンモはしばらく様子を見ていたが、やがて二人の客はフードに手をかけて後ろへ降ろした。顔を見た瞬間、二人は自然に息をのんだ。
一人は金髪を短く切り揃え、切れ目が特徴的な女性である。
そしてもう一人は、紫が混じったブロンドの髪を後ろで結わえ、パチリと開いた目がいかにも愛くるしい顔を出している。
いかにも清楚なオーラを出しているその顔は、二人が良く知る人物であった。
「あの、あ、あ、あの人というかあの方、は、は...も、もしや」
モンモランシーが言い淀む隣で、マダム・モンモはん~と少し考えた後、きっぱりと言い切った。
「完璧アンリエッタ姫ですね」
マダム・モンモが言った通り、ジョルジュが対応している客はトリステン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステインであった。
「しかし変装のつもりなんでしょうか?ぶっちゃけバッレバレですね」
「そういう問題じゃないでしょ!!」