紅い火柱は、まるで噴水から出る水のように、勢いよく空へと昇った。しかし、その火柱の火が霧散した後、先ほどとは変わらぬ様子で立っているギーシュが見えてきた。
ギーシュにはなにが何だか分からなかった。
突然ワルキューレが2体、焼かれたかと思ったらあの紅い髪の少女が決闘の場に入ってきた。
ルイズに何か喋っていたようだが、こちらを向いた瞬間、火の柱が目の前に現れてあっという間に消え去った。
ギーシュは急な展開に頭の思考が付いていけなかった。
しかし火柱が消え去った後、紅い髪の少女、ステラのその横には先ほどまで自分と闘っていた平民がいつの間にか立っているのが見えた。
平民の手は、ステラの右の裾をつかんで彼女の杖の先をわずかばかり下にそらしていたのだ。
「…ヒラガさんでしたっけ?私に何か御用ですか?」
ステラは鬱陶しいものを見るかのような目でサイトを睨んだ。
その目と不気味なほどにはっきりとした声に、サイトは一瞬背中に寒気を覚え、掴んでいた彼女の裾から手を離した。
しかしすぐにステラを睨んで、
「それはこっちのセリフだ。あんたには朝食の時に助けて貰ったけど...ヒトのケンカに割り込んで来て、何する気だよ?」
ステラは首を左右に振ってからフーっとため息を吐いた。
「なにって...さっきあなたの主人にも言ったはずですが。「あのふざけたツラ、焼きに来た」と」
そう言いつつ、ステラはギーシュに指をさした。
辺りはシーンとなっていたが、やがてギーシュの頭はステラの言葉を理解する内に、沸々と怒りが込み上げてきた。
そしてギーシュは彼女へ大きな声を上げた。
「ふざけるな!!僕はそこの平民と決闘をしているんだ!それを邪魔して、不意打ちで僕のワルキューレを溶かした揚句、あろうことか僕を焼くだと!?決闘の邪魔をするなんて・・・君には貴族としての誇りと礼儀はないのか!!
ギーシュの声が広場に響き、やがて周りの生徒達もステラへ罵声を浴びせ始めた。
「ひっこめ一年!!俺達は決闘を見に来たんだ!!お前なんかお呼びじゃあないんだよ!!」
「せっかくイイ所で乱入しやがって!!貴族の風上に置けない奴だ!!」
「貴族の誇りを汚すな!!」
ギーシュの言った言葉につられて多くの生徒がステラを罵声が辺りに響いた。
ギーシュは観衆を見方につけたことでその顔に自然と笑みが浮かび、サイトは周りの雰囲気が急に変わったことについていけず、ステラを責め立てるのを彼女の横で見ているしかなかった。
ステラは自分に向けられた罵声を受け、目をつむって黙って聞いている。
その姿を見て、ギーシュはここぞとばかりに大きな声を彼女へと向けた。
「確か君はジョルジュの妹だったね?全くこれだから世間知らずの田舎者は!!兄が礼儀知らずならその妹も「黙れ」ッッッ!?」
ステラの一言に、すべての生徒が喋るのを止めた。
たった一言しか出さなかった彼女の声は重く、ギーシュにはまるでナイフを胸に突きつけてくるかのようなプレッシャーが彼女からにじみ出てくるように感じられていた。
彼女はゆっくりと目を開くと、広場にいる全員に聞かせるかのように、
「グダグダグダグダうるせーんですよこのボンボン金髪バカが...いいですか?別にお前がドコの誰と決闘しようが何だろうが興味はないんですよ。だけどね、自分を好いてくれていた女を、私の大切な友達を泣かせといて…決闘ごっこしているアホに礼儀なんて必要ないんだよ」
ステラは杖を再びギーシュへと向けた。
そしてギーシュの方をまっすぐと睨んだ。その眼光は既に少女のものとはほど遠く、歴戦の戦士のように感じられる。
ステラの横に立っていたサイトには、彼女から漏れる並々ならない怒りがまるで槍のようにギーシュへと向いているのが見てとれた。
ステラは一度目をつぶり、すぐに目を開けると
「何か言いたいんならどうぞ言ってくださいな。あなたの決闘ごっこの邪魔をしたことは先生方にでも相談してください。だけどね…ケティさんを侮辱したケジメだけはつけてもらいますよ…」
先程の冷たい声をそのままに、ステラはギーシュへと呪文を唱えた。
ステラの怒りに当てられたギーシュは慌ててワルキューレを動かそうとしたが、既にギーシュの足下は赤く光っている。
誰もがギーシュが焼かれると思ったその時、人だかりの中から少女が飛び出し、ステラへと飛びかかった。
「ララタックル!!」
掛け声と共に飛び出してきたその少女はステラの同級生、ララであった。ララはステラの横からステラへと飛び込んだ。
半ばタックルのような勢いと、全く予想外の事に、ステラはララの突進をモロに受け、体を横へと飛ばされた。
一同が再びポカンとなる中、地面に倒されたステラはググッと状態を起こした。
そして未だに自分の腰にひっついているララを確認すると、少し弱った声を出した。
「ラ、ララ…何をするんですか急に」
その声にララは反応し、ガバッと顔を上げた。その表情は明らかにパニック状態であり、彼女の眼はグルグルとそこかしこに回っている。
「ああああ~ッッ!!良かった~まだ誰もヤッてないよね?ヤッちゃってないよねステラ?やってても私は見てないよ?ええ見てませんとも。仮に何人かヤッゃってても私とケティはアンタの味方だからね?とりあえずはここから逃げ…」
「落ち着きなさいララ!!私は「まだ」誰も殺してません!!少し周りを見なさいな」
「「まだ」って言ったね!?まだってことはこれから実行しようとするんでしょ!?ダメだっていくらあの金髪バカがムカついててもいくらあんたで・・も・・・・・・」
ようやく落ち着いたのか。ララはきょろきょろと辺りを見回した。
辺りにはぐるっと魔法学院の生徒が囲み、横にはあのルイズ嬢の使い魔であっる平民が血だらけになって立っている。
その反対には青銅のゴーレムが4体そびえており、その向こうではケティにぶたれた金髪バカがプルプルと震えていた。
「フフフ…どうやら今年の一年生はずいぶん礼儀知らずが多いようだね…いったい決闘を何だと思っているのか…
ギーシュはゆっくりとバラを上げた。ステラとララは一緒に立ち上がると、最初にステラが口を開いた。
「だから何度も言ってるでしょこの金髪バカが。決闘ごっこをやる前にケティさんへの謝罪として素直に焼かれろと…」
「バカあんた。仮にも大貴族の息子さんなんだからそんなことしたら私たちがエライ目にあうじゃない。下手したら退学モノよ?そういう時はネチネチと靴に何か仕込むとか…」
二人は口々に話し始めた。先ほどから二人の話を聞いている周りの生徒たちからはクスクスと嘲笑がもれ始めた時、ついにギーシュの怒りは爆発した。
「反省する気はないようだね…いいだろう!君たちも少し罰を受けるべきだ。ゆけワルキューレ!」
ギーシュがバラを振るのと同時に、ワルキューレが二人めがけて突進してきた。
ステラはそれに気づき、迎え撃とうと手を伸ばしたが、その手には彼女の杖が握られていなかった。
はっと地面を見ると、自分が愛用している木に茨を絡ませた杖が転がっていることに気づいた。
先ほどのララの突進の拍子に、杖を離してしまっていたのだ。
ゴーレムが目の前に迫り、拳を振りかぶっている。
ララは「み゛ゃーーー!」っと叫んでいて、ステラはララをかばうように彼女の前に出た瞬間、
ステラたちの前に誰かが割り込んできたかと思うと青銅のゴーレムはギャンッと言う音を出し、上半身と下半身を離して崩れ落ちた。
私の魔法でもない。ましてやララがやったわけでもない。
そう考えたステラの目の前には、先ほどまで血だらけで剣を握っていた平民、サイトが立っていた。
「待てよ。お前のケンカの相手は俺だろ。こんな時にも女の子に手を出すなんて相当の遊び人だなテメーは」
ゼー、ゼーとサイトは大きく呼吸をしながら剣の切っ先をギーシュへと向けた。
その体には血がところどころに付着しており、瞼は腫れてふさがりかけている。
その姿に、ギーシュは気圧されながらもすでにふらふらになっているサイトを見ながら指をさした。
「ふ、ふん。見て分かるだろ?せっかくの決闘がこの娘たちに中断されてしまったんだ…ワルキューレも彼女に2体焼かれてしまったしね…興が削がれたよ。僕は彼女たちにちょっとお仕置きをしようとしたんだ。まあ君にとっては命拾いしたんだからこれからは…」
ギーシュが言い切る直前、サイトは手にした剣を両手で握り締め、まっすぐギーシュを見据えた。
そしてギーシュへ
「ふざけんなよ…オレはまだ降参してねえんだ。いいか、テメーがどんだけ偉いか知らないけどなぁ、ケンカは決着がつくまでやるんだよ!!お前の勝手で決めるんじゃねえよ!!」
サイトの言葉に周りの生徒たちはザワザワと騒ぎ始めた。
サイトの体は、すでにワルキューレに打たれて立っているのがやっとであろうことが、他の者が見ても明らかだった。
「調子に乗るなよ平民が…ワルキューレを1体切っただけで勝つ気でいるのかい?まぐれは続かないよ。君のその頑張りに免じて見逃してあげようというんだ。素直に聞くことが賢明だと思うがね」
ギーシュの言葉に反応し、後ろで見守っていたルイズが大声でサイトに声を掛ける。
その目には涙が流れていた。
「ギーシュの言うとおりよ!!アンタフラフラじゃない!!それ以上やったらホントにアンタ死んじゃうわ。もう十分でしょ!?」
ルイズの声を背中で受け、サイトは振り返らず、しかし心なしか堂々とした様子で言葉を返した。
「言ったろ?自分のケンカは自分で決着つけるって…ボコボコにされようが乱入されようがそれだけは譲れねぇ…あいつに「参った」って言わせるのは譲れねぇんだよ…」
「そ、そんな体で、まだ3体いるワルキューレに勝てると思っているのかい?いいだろう。貴族である僕が君のその舐めた態度を・・・」
「グダグダ言わずに決着つけるぜ…お前のその高慢な態度ごとぶった切ってやるよ!!」
サイトがそう言うと、左手のルーンが再び輝きだした。それは先ほどの光より、大きくそして強い光を放っていた。
サイトは地面を蹴り、向かってくるワルキューレに突進していった。
体からは既に痛みが引き、自分でも信じられないくらいの力が奥底から湧き出てきた。
「ふざけるな!!ゆけワルキューレ!!!」
ギーシュのバラが振られ、3体のワルキューレは動き出した。
ワルキューレが手にした槍をサイトへと突き出した。
それに合わせるかのようにサイトは体をひねる。
槍の柄に沿ってワルキューレへ近づき、横なぎに剣を振った。脇から刃が通った青銅の体は宙へと舞った。
続けざまに後ろから2体目が剣を振り下ろしてきたがサイトはそれを剣で受け止め、それと同時にはじくとワルキューレを肩から一気に切り裂いた。
「オオオオッーーー!!」
雄たけびを上げ、サイトはギーシュへと突き進む。
ギーシュは慌てて残りの一体を自らの前に出すが、勢いの止まらないサイトは、ほんの一瞬で青銅のゴーレムの首を切ってしまった。
その勢いのまま、サイトはギーシュへと接近してその刃を振り下ろした。
「サイトッッ!!」
ルイズの声が当たりに響き渡った。
周りの生徒は一瞬、ギーシュが切られたと思い目を瞑ったが、しばらくして目をあけると、眼前の光景は、顔が固まったギーシュの顔と、
ギーシュの手に握られていた造花のバラの先が地面にポトリと落ちている光景であった。
「おい、何か言うことあんだろ」
サイトは腫れているその目でギーシュを睨んだ。ギーシュはズルズルと崩れ落ち、
「ま、参った…」
とだけ口にした。
その数秒後、あたりは大きな歓声に包まれた。
「へ、平民が勝ったぞ!!」
「バカ、途中乱入されたんだからこの勝負無効だろ!!」
「これって平民の勝ちなの?」
「メ、メイジが平民に負けただと・・・」
勝負の内容が問われる中、サイトは手から剣を地面に落とし、ギーシュへ言った。
「この勝負、お前が出した剣を握った時点で俺の勝ちはねえよ…お前の勝ちだ。だけどな、ケリは…俺の意地だけは…み…せた」
最後まで言い切らず、サイトはその場にゆっくりと倒れていった。
ルイズが「サイトッ!」と叫んでそばに駆けよってきた。
サイトは気を失っているらしく、呼吸はあるのだがピクリとも動かない。
ルイズは直感的にサイトが危険な状態であると気づいた。すぐに治癒をしたいのだがゼロの自分では治癒魔法は出来ない。
誰かに助けを求めようとルイズは顔を上げた。
するとサイトの体は地面へと倒れずに、ふわりと宙に浮かんだ。
ルイズが後ろを振り向くと、杖を前にかざしているステラとその後ろをついてきているララが見えた。
「あ、アンタ一体…」
ルイズがステラに尋ねると、ステラは首を左右にゆっくりと傾けながらしゃべった。
「・・・ヒラガさんはそこの金髪バカをのしてくれましたしね。それに彼の状態を見るとすぐに医務室に運ばなくてはいけませんし、医務室までこのまま運ばせていただきます」
「そうです!!すぐに治療しないと結構やばそうだし、治癒の魔法をかけながらいきますんで、ミス・ヴァリエールも一緒ついてきて...」
ステラとララの言葉に、ルイズはすぐに大きな声で返した。
「あ、当たり前でしょ!!私が怪我している使い魔をほって置くわけないでしょ!!しっかり運んでよ!!落としたら承知しないんだから!」
そういったルイズを横目でチラリと見て、ステラは
「アンタじゃあるまいしそんなことしませんよ。ほら行きますよ」
といって建物へと歩き始めた。それに続くようにルイズとララがサイトの周りに付きながら歩いていった。
ルイズはふとサイトの顔を覗き込んだ。
瞼は腫れており、ところどころに赤紫色のあざが出来てしまっていたが、その顔はどこか、微笑んでいるように見えた
パートA終了 19話へ続く