モンモランシーとジョルジュが集合場所に着いた時、既にあちらこちらに学院の生徒が集まっていた。各々グループを作って話していたり、一人でいたりする者もいる。
皆それとなく緊張しているのだろうか、普段とは違う空気が立ち込めている。
「いや~間に合って良かっただよ~」
「アンタが遅かったからでしょ。ほんと間に合って良かったわ。あっ、向こうでコルベール先生が出席を確認しているから行きましょ」
2人は20メイル程先にある、とりわけ生徒が集まっている場所へと歩いていった。その集団の中心には、今回の儀式の責任者でもある教師、ジャン・コルベールがおり、羊皮紙に出欠の確認を書いていた。羊皮紙には、今年で2年生となる学生の名前が書かれており、この場にいる者には名前の横に丸印を記している。もう、ほとんどの生徒がいるらしく、丸印が付いていない名前はジョルジュとモンモランシーの二人と、数名程度であった。
「コルベール先生!!今きただよ~!!」
「ん、おおっ、ミスタ・ドニエプルとミス・モンモランシですね。君たちも来たと・・・っと、そうなるとあとは3名ぐらいですね」
「先生、あとどれくらいで始まるだか?」
「みんなが揃い次第、説明をしてから始めますよ。召換は一人ずつ行いますので、呼ばれるまでは、比較的自由にしてくれても大丈夫ですぞ」
「分かっただ。ありがとう先生。」
2人がコルベールのもとを離れ、どこか腰かけるところはないかと探していると、数本の木が生えているその下に、見知った姿の女生徒がいた。
同じ場所をぐるぐる行ったり来たりして、何かブツブツ言っている。彼女の特徴でもある桃色がかかったブロンドの髪は、歩くごとに左右に揺れていた。
「・・・・・おおっ、ありゃルイズじゃねーだかよ。何やってるんだあ?そこらへん行ったり来たりして」
「あの子なりに悩みまくってるんでしょ。ちょっとあっちに行きましょ」
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは今日の召喚の儀式の手順を、昨日から今に至るまで何度も確認していた。
今日の召喚の儀式は、一年生である彼女たちの進級試験も兼ねている。これで成功しなければ2年生に上がることができず、学院を去らなければならない。
それはヴァリエール家という大貴族の娘として産まれてきた彼女にとって、あってはならないことであった。ルイズは、この一年間における授業の成績は目を見張るものがあった。座学においては学年の中では1,2を争うほどの出来だ。
しかし、彼女はこの学院での生活の中で、魔法を成功したことはなかった。コモンマジックも系統魔法も、彼女が唱えるといつも爆発を起こしてしまう。
そんな彼女はいつしか、魔法の成功率ゼロ、「ゼロのルイズ」と呼ばれるようになっていた...
・・・よし、召喚の手順は完璧に覚えたわ...今日は何が何でも成功させてやるんだから!!由緒あるヴァリエール家の娘として、立派な使い魔を召喚してみせるわ。
そしたら誰も、私の事を「ゼロ」なんて呼ばせないんだから...!!
彼女の気持ちは時間と共に徐々に張りつめっていたのだが、そんな時、不意に彼女の背中から声がかかったのであった。
「あんた、なにそんな緊張しているのよ?」
「ルイズ、オメェ一人で何ブツブツつぶやいとるだぁ?」
ルイズが振り向くと、目の前にはモンモランシーとジョルジュ、いつもの二人組がいた。モンモランシーはこちらを心配するような目つきで、ジョルジュはいつも通りの、少し気の抜けた顔をこちらに向けていたのだった。
ジョルジュとモンモランシーは、ルイズにとって気の許せる数少ない友人であった。ジョルジュとは小さい頃には一度会っているのだが、学院に入学するまでに2人は再び顔を見せることはなかった。再び出会ったのは魔法学院の寮に入った日。寮の窓から下を眺めた場所に、ジョルジュが土を耕しているのを見て、彼女はかつて屋敷にきた少年の事を思い出した。
そして、彼と無性に話したくて、寮を出て少年に話かけた時のことを今でも覚えている。
「ちょっとアンタッ!!」
「ん?」
「わ、わたしのこと覚えてる?」
「なにさ急に...ってあっ、オメェたすか、ヴァリエール公爵んトコの娘さんでぇ~ルイズじゃねえべか?」
お、覚えててくれたっ!!
「フ、フンッ。良く覚えてたわね!!まあ由緒あるヴァリエール家の娘だから覚えてて当然でしょうけど...」
「だって~オメェさん...オラがオメェさん家に行った時、お姉さんだか?ほっぺ引っ張られて泣いてたでねぇかよぅ。忘れられねぇだよ~」
「そ、そんなことはいいわっ!!もう忘れなさい!!...それよりもあんた、入学初日に土いじくって何してんのよ?」
「モンちゃんがさ~。香水のための花育ててほしいっつてだな、先生に許可さもらって幾つか花の種蒔いてるだよ」
「誰よモンちゃんって...」
その会話がきっかけとなり、次の日から二人は気軽に話すようになった。やがてジョルジュの紹介もあって、モンモランシーとも知り合いとなった。それからルイズが落ち込んだ時や、魔法に失敗して落ち込んでいた時に、二人が励ましてくれるようになった。
「モンモランシーにジョルジュ...フ、フンッ!!別に緊張なんかしてないわよ!!」
「そう?どうでもいいけどアンタウロウロし過ぎよ、アンタが歩き回ってたところなんか草がなくなって道になってるわよ」
「そ、そんなわけないでしょ!?それよりも何しに来たのよ!!」
「ホラ、召喚の儀式が始まっても、順番が来るまで時間があるでしょ?だから話相手にでもなってもらおうかなって...」
「しょ、しょうがないわね...いいわ。私の番が来るまで話相手になってあげるわ」
若干顔を赤くしながらルイズはそう言うと、おもむろにジョルジュの方を向き、指をさし言った。
「ところで、私の心配よりもあんたのお兄さんを心配した方がいいんじゃないの?ジョルジュ。あれを見なさい。アイツの周りだけ空気が沈んでるわよ」
そしてルイズはジョルジュから指をそらし、別の方向を指した。3人の場所から離れた先には、膝を曲げ、腕で両足を抱え込んでいる、いわゆる体育座りのような体勢をとってしゃがんでいるモノがあった。
マントを着けていなければメイジとは分からないだろう。
頭から生える白い髪は、顔が隠れるほどに伸びており、表情は確認できない。しかしなにかを呟いている声だけはしており、2メイル周辺の空気は若干黒いオーラを漂わせていた。
「ノエル兄さは大事な行事となるといっつもあんな感じだよ?ああやって一人の世界に入り込まないと死にそうになるって子供の時に聞いたことがあるだ」
「なによソレ!?どんだけ心が弱いのよ!?」
「何でもあのせいで、学院に入るのが一年遅れてしまったって、母様言ってただ」
「まあ...あんな感じじゃあ貴族としてというより、人として大丈夫か疑いたくなるわね...アンタのお姉さんといい、なんであんたの家ってこう極端な人が多いの?」
モンモランシーがジョルジュにそう尋ねると、ジョルジュはケラケラ笑いながら言った。
「そんなこと言うなだよ~みんな個性的なだけさ~」
「「個性的すぎるわ!!」」
ジョルジュの一つ上でもある兄ノエルは、生まれつき極度の臆病、人見知りであった。
それは成長するにつれてだんだんひどくなり、屋敷の者としかうまく喋れないどころか、顔を合わせるのもできなくなってしまった。
そんなノエルは、自分とは正反対の性格である弟をうらやましく思うと同時に、弟の周りに自然と人が集まっていくことに嫉妬を覚えるようになった。
そのため、貴族らしからぬ行動をするジョルジュを「貴族の恥さらし」とよく呟いているのだが、母にはよく「あんたは人としてヤバい」とよく言われていたのだった。
彼もジョルジュと同様、15歳の時に魔法学院へ入学する予定ではあったのだが、家を離れる恐怖と、学校生活での心配に過剰になりすぎてしまい、結局、屋敷を出ることすらできなかった。
それから一年たって、ようやく本人が学院へ行く心の準備が出来たというので、弟のジョルジュと共に魔法学院に入ったのだが...一年たっても性格は変わらず、友達と言えば時折話しかけてくる数人の男子だけであった...
そんなノエルを見た三人の話は、今年入学したジョルジュの妹に話題が移っていた。モンモランシーが今気づいたかのように言った。
「そう言えばお母様から聞いたんだけど、あなたの妹今年入学してきたんでしょう?もう1年生の間じゃ話題になっているじゃない」
「ステラのことだか?ステラは頭がいいからな~。きっとうまくやれっと思うだよ」
「ちょっ、あんた妹もいるの!?いったい何人兄妹いるのよ!?」
ルイズはジョルジュの兄妹に関しては、上の兄と姉だけしか知らなかった。なので妹もいると知った彼女は眼を見開いて驚いた。
「ん~ヴェル兄さとノエル兄さだろぅ。あとマー姉とステラにサティっていう11歳の妹もいるだよ。サティも今年入学する予定だったけど、ヴェル兄さがそれを中止させただよ」
「じゅっ、11歳で入学!?そんなの前代未聞よ!!そんな幼い子が学院で生活できるわけないじゃない!!」
「サティは並の11歳じゃねぇだよ。それに母さまは育児を放...早く自立させるために学院に入れようとしたんだよ。だどもヴェル兄さが実家帰ってきてそれ聞いたら、「魔法学院はそんな甘いトコロじゃないっぺ!!」って母さまに言ってな、今はヴェル兄さがサティの家庭教師になってるだよ」
「あんたのトコロのお母さんもトンデモない人ね...」
ジョルジュの話でルイズが彼の家族にあきれた時、「皆さん静かに」と教師のコルベールが生徒たちの真ん中に立ち、話を続けた。
「全員揃いましたので、今から召喚の儀式をとり行いたいと思います。落ち着いて、みなさんがいつも通に魔法を行使すればきっと成功します。それでは今から名前を呼ばれた者はこちらに来てください。召喚の儀式を行ってもらいます。」
コルベールが一人目の名前を呼んだあと、ルイズはモンモランシーとジョルジュの方に再び顔を向け、二人の顔を見つめながら、虚勢を張るように言った。
「まあ、せいぜい失敗しないようにすることね。」
「それはアンタでしょ?ルイズ」
「なに言ってるのよ!!見てなさい!!クラスで一番素晴らしい使い魔を召喚してやるんだから!!」
「ハイハイ。せいぜい気張りすぎて失敗しないようにね」
「ルイズもモンちゃんもきっと成功するだよ。オラも二人に負けねぇよう頑張るだ」
三人がそんな会話をしている頃、広場でうずくまっているノエルからは、相変わらず消え入りそうな声が出ていた。
「・・・・もうやだ死にたい死にたい絶対失敗する失敗する失敗する失敗する畜生ジョルジュの奴め奴め奴め奴めああああんなに女の子と女の子と喋りやがって喋りやがって畜生畜生畜生おれも話したい話したい話したいくそくそくそくそくそもうやだ生まれてきてすいません・・・」
ちなみに彼の番は結構、最初の方だったりする。
「トコロでさっきから気になってるんだけど...ジョルジュアンタなに持ってるのよソレ?すごい臭いんだけど!?」
「これか?マー姉に景気づけにってくれたお酒だども...」
「ちょっとソレ、ホントにお酒なの!?栓が閉まってるのに暑い日の時のマリコルヌの臭いがするわ!!」