ちるのに憑依 そのろく
「博麗さん、いろいろお世話になりました。」
博麗さんからもらった物(すぺるかーど、お古の着物、抱き枕)を風呂敷に詰め終わったので、最後に挨拶をする。
このままここで暮らすのもいいなぁと思ったけど、さすがに厚かましいと思うし、元大人としては子供に何時までも泊めてもらうのもどうかと思う。何より本人に涼しくなったら出てきなさいって言われてるし。
「ん。私がいなくても人里で暴れたりしないでよー?」
「あのときは童心に返りすぎてただけだよ。もうしないと思うよ?」
「・・私に聞かないでよ。」
暴れたら、またボロボロにされそうで怖いし。こおりぱわーも博麗さんの前では形無しだからなー。こおりぱわーの特訓のときにはよくボロボロにされてた。
でも最近はあんまりそういう事もなくなってきてたな。されても手当とかしてくれるようになったし。
妖精はなんだか知らないけど傷とかは勝手に治る。今のところはあまり大怪我したことはないけど、かすり傷とかは、ほっといてもすぐに治った(服もついでになぜか治った)。だからなのか、最初は傷だらけにされてもけっこう気にも留められなかったんだけどね。
普段は周りに無頓着で少し冷たい所もあるけど、優しい人なんだと思う。能力の特訓もずっと見てくれたし。最初の出会いは少し酷かったけど、逢えて本当によかった。
「夏になったらまたきなさい。あんたがいると涼しくて気持ちいし、暇しないで済むからね。」
「・・・うん。」
あ、あれ・・・?
「・・・・・ん?」
「・・うわ・・・ッ」
やばい。また涙が出てきた。この身体になってからほんと涙腺が緩い。昨日散々、泣き腫らしたんだけどな。
この幼女ぼでぃが原因なのか、やっぱり。そうだとしても元大人を自負しているオレとしては、羞恥刑もここに極まりって感じできつい所がある。
博麗さんと一段お別れなのかと思ってしまったら最後、もう涙の大洪水。むしろここまで泣いたのは久しぶりで少し気持ちい。
そんなオレの様子に呆れたのか、博麗さんがため息を零す。やっぱりはずかしぃ。
「なんで泣くのよ、今生の別れでもあるまいに。泣きすぎよ『チルノ』。ほら、涙拭いてあげるから。」
「・ッ・・あっ・・うっ・・」
やっぱり優しい人だ。面倒くさそうに、冷たそうにしながらも、オレが困ったり落ち込んだりしていると何だかんだで優しくしてくれたり、助けてくれたりする。
今だって、普段は「あんた」とか、「家具」とか言ってまともに名前も呼んでもらえないのに、こういうときには必ず名前で呼んでくれる。末っ子の言っていた「つんでれ」ってこのことかもしれない。
「ほら、荷物をちゃんと首にぶら下げなさい。後、落ちないようにしっかり手で握る。」
「・・っ・・・うん。」
発作みたいに呼吸が落ち着かなくて声が出しにくいので、しっかりと頷いて答える。くそ、ほんと涙腺もろすぎだ!いちおー精神だけなら大人のはずなのに、これじゃ笑い話どころか首吊りもんだ。精神は肉体に轢かれるって聞いたことあるけど、洒落にならない。お巫山戯でない。
荷物を包んだ風呂敷を背中に回して、手綱をしっかりと首の前で結び、そこを両手でしっかり掴む。う、少し重い。
「人里までは、一度一緒に行ったから分かると思うけど、念のため魔理沙が案内してくれるそうだから。」
「魔理沙が・・?」
その送ってくれる張本人はいないけどと、疑問に思っていると、後ろから突然声がかかる。
「よっ、チルノ。迎えに来たぜ。」
箒に乗って浮かんでいる魔理沙がいた。今着いたみたい。
魔理沙は箒から降りると、オレの隣に立ってまた頭をなでる。もう諦めました。
「出発の時間に来るなんて、何やってたのよ?」
「パチュリーから借りてた熱の魔法を制御することについて書いてあった書。返すのすっかり忘れてただけなのに、パチュリーがうるさくてな。総合すると、全部パチュリーが悪い。」
どんな理論だ。あまりに自信満々にそう断言するので清々しいぐらいだ。本気でその「ぱちゅりー」って人が悪いって思ってそうなので余計にたちが悪い。いや、絶対思ってる。絶対。
「訳の解らないことをいってんじゃないわよ。結局、魔理沙が悪いんでしょ。」
「酷いぜ。人間の一生なんて短いんだから、少し返すのが遅れたからって気にするなよな。」
「はぁ、あんたのことだからまだ返してない本が有るんでしょうね。」
時間の体感速度は同じだと思うんだけどなぁ。とにかく、オレは魔理沙には絶対に物は貸さないと心に決めた。
・・・・・・
「チルノ、そろそろ行くぞー。」
「あ、そーだねー。」
「暗くならないうちにさっさと行ってきなさい。」
朝のうちに出るはずが、お茶を飲みながら雑談をしているうちに、もうお昼になってしっまていたようだ。お天道様はいつの間にか頭の上に移動していて、朝に鳴く鳥の囀りも今は聞こえない。
床に置いた風呂敷をもう一度、首にかけ直す。うわ、やっぱり重い。
「博麗さん。改めて、ありがとうごじいましたっ。」
「はいはい。あんたの冷気も自力でほとんど抑えられるようになったし。念のためにいつもの御札を巻いておけば、人里で暮らす分には十分でしょう。」
「うん。」
「お?チルノ、冷気制御できるように成ったのか。よかったな。」
「まだ少しだけだけどね。」
やっぱり少し嬉しいので照れ笑いを浮かべてしまう。
こおりぱわーの特訓はギリギリ夏の終わりに間に合ったって感じだ。取り敢えず、周りの冷気はほとんど抑えられるようになったと思う。博麗さんは気にならないと言っていた。こおりを作ることに関しては、大きさの調整が出来るようになった。形とかは全然だけど。
「紹介文書いておいたから、これを長に渡しなさい。」
博麗さんは懐から封筒を取り出すと、私の前にしゃがんで手渡す。
「ありがとう。」
あと・・・と博麗さんが続ける。まだあるのかと思っていると
「その博麗さんって言うのやめなさい。魔理沙みたいに霊夢でいいわ。」
・・・え?
「なんか博麗さんって呼ばれるの、慣れなくてね。みんな霊夢って呼ぶし。」
「なんだチルノ、まだそんな他人行儀にしてたのか。もっと馴れ馴れしく行こうぜ?」
「あんたは馴れ馴れし過ぎなのよ。」
がははと笑う魔理沙。オレも釣られて自然と笑みになる。
博麗さん、いや、霊夢には、なんとなく名前を呼びずらいところがあった。周りには興味は何もないって感じの寂しい雰囲気。オレにはその雰囲気が苦手で、少し近づきにくかったみたいで、無意識のうちに霊夢とどこか線びきをして会話していたんだと思う。それが博麗さんと呼ぶ形で現れて、距離を常に気にした窮屈な関係になってしまった。
魔理沙のときはむしろ逆で、あのどこか男勝りな性格は付き合い安かったし、こちらの懐に簡単に入ってくるので、話していてとても気持ちよかった。だからすぐに魔理沙と呼べたし、心から会話ができた。
霊夢も、魔理沙と三人で会話しているうちに思っていたほど冷たい人ではないことはすでに分かっていたんだけど、一度引いた線はなかなかに超えにくくて、今日まで来た。馬鹿だったと思う。霊夢も同じ暖かい心持った人なのに、いつの間にかに壁を作って。ただ名前をよべばそれでよかったことに今気付いた。
元々オレは人付き合いは苦手な方で、学校や会社でも友達だとしっかり言える人あまりいなかった気がする。会話はするけどどこか他人だった。本音で語り合える周りの人たちを羨ましく思っていたけど、こんな簡単なことだったのかもしれない。
これはオレだけだと思うけど、それが分かったことがとても嬉しくて、涙を流して笑った。
「よし。じゃあ行ってきます霊夢。」
「行ってくるぜ霊夢。」
涙を拭って、最後は笑って別れよう。行ってきますって。
「いってらっしゃいチルノ。」
霊夢も同じく笑顔で送り返してくれる。
「む。霊夢、私にはないのかよ。」
「魔理沙は家の住人じゃないでしょうが。」
「いつもお邪魔してるじゃないか。」
「なら、またねのほうが正しいわね。」
「それもそうだな。」
この幻想郷と言う場所は、電気もガスもないけど、大人になって初めて心から友達と呼べそうな人ができた。人に聞かれれば、いい大人がと笑われそうだけど。
――――また来年帰ってこよう。