「はむはむはむ、んっく。はむはむ」
エヴァンジェリンのマジックアイテム『箱庭』の中で、ヒロイは美味しそうに目の前に用意された料理を次々と平らげていき、その姿をエヴァンジェリンとチャチャゼロが微笑ましく見守り、茶々丸がヒロイの口元についた汚れを拭いていたりする。
「子供扱いしたら駄目だよ! 僕の方がお兄ちゃんなんだから!」
口元を拭かれたヒロイが一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに自分がお兄ちゃんだと思い出したのか、茶々丸に向かって『めっ!』と言った感じに注意をし、また食事を再開するのだった。
そして、怒られた茶々丸はというと…、そんなヒロイの姿に萌え悶え、その後ろでは同じようにエヴァとチャチャゼロも萌え悶えていた。
「お兄様はどうやって此処までこられたのですか?」
食事が食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいるヒロイに茶々丸が気になっていたことをきいてきた。
「最初は歩いてたんだけど、なんか見つかる度にみんなが大騒ぎしたんだ。あんまり五月蠅いから殺しちゃおうかと思ったんだけど、前にママが女の人と子供は殺したら駄目だって言ってたから、その人達は殺さなかったんだ。ねぇママ、僕偉いよね?」
「ああ、ヒロイはちゃんとママの言うことを聞けるお兄ちゃんなんだな。偉いぞヒロイ」
エヴァンジェリンに褒められヒロイはと飛び跳ねんばかりに喜んでいるが、『じゃあ男の人はどうしたの?』というのは聞いてはいけないことなのだろう。
「それから、取り敢えずどこに行くのか解らなかったけど貨物船に乗り込んだんだ。そんで、その場所場所で魔力の強そうな所を捜して、ママの事を聞いて回ったんだ。でも…、誰も知らないからまた別の貨物船に乗ったんだ。そうしたらここから少し離れた所についたんだけど、すっごい魔力がこの辺りに感じられたから移動してたら、ママの臭いがしたんだよ。ママの臭いはねとってもいい臭いなんだ! 一緒にいるとすっごく安心できるんだよ!」
ヒロイはそれまで説明していたことをすっかり忘れ、いかにエヴァンジェリンが素晴らしいかの説明をはじめ、チャチャゼロはまた始まった、という感じに溜息を吐き、エヴァはそんなヒロイを優しげに見守っている。
だが、このノンビリとした時間は長くは続かなかった。
「マスター、学園長からお電話です」
「爺から? …ああ、なに? ほぉ…、それで? それをして私になにかメリットがあるのか? ふん、そんな物はいらん。用件がそれだけなら切るぞ? なんだと? ……………、わかった。その条件なら手を貸してやろう」
電話を切ったエヴァは、ヒロイ達に振り返り宣言する。
「チャチャゼロ、ヒロイ、久しぶりに暴れるとしようじゃないか」
そう告げるエヴァの表情にチャチャゼロとヒロイは体が震える思いだった。そこには十五年の間麻帆良で無為に時間を過ごしてきたただのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルではなく、嘗て自分たちを殺しに来た魔法使い達を悉く撃退してのけ、多くの魔法使いや賞金稼ぎから恐れられた『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがいた。
『人形より愛を込めて 修学旅行編』(ネギま こわい人形 読み切り)
「くっ…」
ヒロイが麻帆良にやってきたときに出会った少女、桜咲刹那はかなり苦戦を強いられていた。自分たちの周りにいるのは数百体の異形達、その中には鬼やカラス天狗、妖弧等かなりメジャーな異形もかなりの数が混じっている。
「桜咲さん、まだ行けそう?」
「神楽坂さんこそ、大丈夫なんですか? このような戦いは初めだと聞きましたけど?」
互いに背中合わせで周囲を警戒しつつ、乱れ始めた息を整える。戦い始めてからそれなりの時間が経過し、二人はそれなりの数の異形を倒したはずなのだが、自分たちの周りにいる異形からは数が減ったような感じを全く感じられなかった。
「私はまだ大丈夫よ! これでも体力には自信あるんだから! あ、あと私のことはアスナでいいわよ。神楽坂って言いにくいでしょ?」
「では私のことも刹那でいいですよ」
二人はそう言ってからさらに周りにいる異形を倒し始めるのだが、気持ちは戦い始めた頃と全く変わっていないが、戦いによる疲労、さらには極度の緊張による精神力の摩耗、今はまだ気持ちでカバーしているが、徐々に二人の動きが落ち始めてきていた。
「かはっ!?」
「! 明日菜さん!?」
「おっと。お嬢ちゃんの相手はこっちやで」
刹那はアスナが苦しそうに息を吐く音を聞きそちらに視線を向けると、そこには一体の鬼によって首を持って釣り上げられているアスナの姿があった。
それを見てすぐにアスナを助けに行こうとしたのだが、刹那の前にはカラス天狗の立ちはだかり、アスナの元へ行くのを妨害している。
「どけっ!」
「ハイそうですかとは、言えへんのやなこれが」
「どけと言っている! 神鳴流奥義 雷鳴剣!」
刹那は目の前にいるカラス天狗を今の状態で放てる最大の技を持って退けると、すぐにアスナの所へと駆け寄ろうとしたのだが、その手前でハッキリと自分に向けられる殺気を感じ取り、大きく横に飛び退いた。
「先輩~、うちともあそんでほしいですわ~」
「くっ!? そこをどけ月読!」
「お断りします~」
この場に似つかわしくないほどのノンビリとした口調で答えたかとおもうと、次の瞬間月読は刹那の前まで移動しており、両手に持った小太刀で切りつけていた。
「お姉ちゃんをいじめたら駄目だよ?」
「へっ?」
「なっ!?」
だが、月読の刀は刹那に届く前にその間に入った一体の人形によって簡単に防がれていた。最初、自分の刀を受け止めたのが可愛らしい人形だったこともあり、目を丸くしていた月読だったのだが、その人形と目があった瞬間その場から大きく後ろに飛び退いて、自分の刀を受け止めた人形、ヒロイから距離を取った。
「ヒロイ、さん?」
「こんばんはお姉ちゃん。お手伝いに来たよ、ここは僕たちに任せてお姉ちゃんはあっちのお姉ちゃんと一緒に先に行っていいよ」
ヒロイの言葉に刹那はアスナのことを思い出すと、すぐに視線をそちらに向けたのだが、そこにはヒロイとよく似た人形が鬼を切り刻みアスナを助け出していた。
「ケッ、キリキザミガイガネーナ」
「そういうなチャチャゼロ。獲物はまだたくさんいるのだからな」
「エヴァン、ジェリンさん?」
「さっさと行け桜咲刹那。ここは私達家族が任されてやろう。龍宮やバカイエロー、バカブラック、バカブルーは坊やの後を追っていったぞ」
「ですが…」
「まぁ、私は構わんけどな。貴様の大切なお嬢様がどうなろうと」
「!? わかりました。この場はお願いします! アスナさん行きましょう」
「わ、わかったわ!」
刹那とアスナはそう言うとネギ達の後を追ってこの場から去っていってしまったのだが、何故かその間異形達は疎か月読さえその場を動くことはなかった。
「なんだ貴様等? 律儀に待っていたのか? 遠慮せずに攻撃を仕掛けてきて良かったんだぞ?」
「よう言いますわ。そんなことしたらあっさり殺ってくれとったクセに」
異形の言葉にエヴァは喉の小さく笑うと、次の瞬間には全身から途轍もない魔力を立ち上がらせながら、異形達を見回し…。
「まぁどのみち貴様等は私達に殺される運命にあるのだがな。さぁかかってこい、全てに等しき滅びを与えてやろう。いけチャチャゼロ、ヒロイ」
「「アイサー!」」
エヴァの声と共に、いつの間にかエヴァの前に移動していたヒロイとチャチャゼロが左右に分かれ敵の中に突っ込んでいく。
「頑張ってママに褒めてもらうんだ! お姉ちゃんには負けないんだから!」
「俺ニカトウッテノカ? 俺モヤスクミラレタモンダナ。マァ、マダ尻ノ青イガキニハマケネーケドナ!」
「僕お尻青くないよ!」
「ソウイウノハ夜一人デトイレイケルヨウニナッテカライウンダナ」
「う~、お姉ちゃんの意地悪!」
「ケケケ」
ヒロイとチャチャゼロはそんなこと言い合いながら次々に異形を消し去っていく。異形達も必死に抵抗しているのだが、攻撃は全てかわされ相手からの攻撃は面白いように自分たちに当るのだ。
さらには、ヒロイとチャチャゼロの後ろからはエヴァが二人がいようと関係無しに、大量の魔法の射手を容赦なくぶっ放してきているのだ。
だが、ヒロイとチャチャゼロはそれを確認もせずに戦場を走り回っているのだが、なぜか一発も魔法の射手が当ることはなかった。この三人はそれこそ数百年の時を共に過ごしてきた家族であり、主従である。いまさら相手が何を考えているのかなど、声に出す必要など少しもないのだ。
「これが本気のマスター…」
その中で茶々丸はエヴァの護衛をしていた。本来ならチャチャゼロと一緒に前線に出ていくのだが、今日はエヴァによって自分のそばで護衛をしろと言われているのだった。
「茶々丸、お前があそこに加わって初めて完璧になるのだ。二人の動きをしっかりと見ておけ」
「わかりましたマスター」
そして、茶々丸が再度二人に視線を向けると、そこでは異形達の数は半分ほどになり月読は目を狂気に輝かせながら、いつ二人に襲いかかろうかと我慢していた。
そして、ヒロイとチャチャゼロはそんな周囲はお構いなしとばかりに、戦場の中心で互いのホッペを抓り合っていた。
「ううっ…」
「ケケケ」
ヒロイは言い負かされてしまったのかその目には涙が浮かんでおり、チャチャゼロの表情には余裕が見て取れる。だが次の瞬間には互いに自身のアーティファクトを取りだしその手に持っていた。
「いいもん! もっとたくさんバラバラにしてママに褒めてもらうもん! お姉ちゃんなんてイ~だもん!」
「俺ヨリモ多ク倒ス? ケケケ、ヒロイモ冗談ガウマクナッタジャネーカ。マァ、オモシロクネーケドナ」
「「フン!」」
二人は同じような動作で互いに反対方向を向き、手に持っているアーティファクトを構え異形達に突っ込んでいった。因みに二人が漫才をしているとき異形達をエヴァの魔法が襲っていたりする。
「ごめんねおじちゃん達、ママに褒めてもらいたいからバラバラにさせてもらうね。大丈夫だよ? 全然痛くないしすぐに終るから…、だから…」
「セメテイイ声デナイテクレヨ?」
そしてまた殺戮ショーが再開される。今度の攻撃には月読も加わっていたが、チャチャゼロもヒロイも一向に気にした様子もなく、殺さない程度に払いのけていた。
ヒロイとチャチャゼロはエヴァの言いつけを守り、人間は殺さないようにしているのだ。チャチャゼロは本当に渋々だったが…。
「あらかた片付いたな」
「そうですね。残りはあそこにいる方達だけです」
エヴァと茶々丸の視線の先には先程の集団とは少し離れたところにいた数人の異形が立っており、その横には服の所々を切られている月読がいる。
「あや~、もうこんだけになってしまいました~」
月読が全然大変そうではない口調でそう言っているのだが、その視線は先程からチャチャゼロとヒロイに向けられたまま、酷くよどんでいる。
「ほんまやで…。なんやねんあの二人は? それにあの後ろにおるお嬢ちゃん…、半端や無い魔力持ってるやんけ…。ほんま…、なんであの二人組に…」
そう言う鬼の視線の先には小さく飛び跳ねながら、全身で喜びを表しているヒロイと、膝を地面につき項垂れているチャチャゼロの姿がある。
ヒロイなどは満面の笑顔を浮かべとても愛らしいし、チャチャゼロも哀愁が漂っていて何とも儚げであるのだが…、その二人の両手にはかなり肉厚のナイフやらが握られているのでかなりシュールな光景になってしまっている。
「おいチャチャゼロ、ヒロイそろそろ坊や達の所に行くぞ」
「次ハマケネェ」
「はーい! それじゃママ一寸だけまっててね。あそこの人達殺してくるから」
どうやら勝った方が一番殺しがいのある所を相手にすることが出来るようだった。ヒロイはアーティファクトを消すと、両手にナイフを取り出し月読と異形達の方に向かって軽い足取りで歩いていくのであった。
「にとうれんげきざんてつせーん!」
「ふふっ、お姉ちゃんは面白いね。でもまだ弱いよ」
ヒロイは相手の真ん中に飛び込み、前後左右から休み無く攻撃されているのだが、その全てをヒロイは避けいなし、時には正面から鬼の棍棒を受け止めていた。
「~」
そして、ヒロイは興が乗ってきたのか鼻歌を歌いながら、目の前にいるカラス天狗を一瞬で細切れにし、かえす刀で妖弧を十字に断ちきりさらには鬼の手足を一本ずつ切り落としながら笑いながら鼻歌を歌っていた。
「ふふ、たのしいなぁ。ママもお姉ちゃんもいるし、たくさんバラバラに出来たからすっごくたのしいや! ねぇ、お姉ちゃんもそう思わない?」
「そうですね~。でも、私はまだどこもきられてませんよ~?」
「あれ? ほんとだ、ごめんねお姉ちゃん。すぐに切り刻んであげるから」
ヒロイはそういって月読に切りかかり、月読も口元に笑みを浮かべながらヒロイに向かっていく。だが、くぐってきた修羅場の数、戦いの経験そのすべてがヒロイと月読では圧倒的にヒロイが上でスピード、パワーその他の全てのものがヒロイの方が勝っている。
「チャチャゼロ、茶々丸、ヒロイを止めてこい。このままでは殺しかねん」
「ベツニイイジャネーカ」
「駄目だ! 例え敵であっても人間は殺さない。と言うのが今回爺の出した条件なのだ」
「チッ、オモシロクネーナ。モット血デモトビチリャイイノニヨ」
「召喚された鬼達は仮初めの肉体ですのでそれは無理かと思います」
チャチャゼロと茶々丸は衣服を木に縫い止めた月読を前にどのようにして切り刻むかを悩んでいた。
「お兄様、そこまでです。マスターが呼んでいます」
「ヒロイ、ツギノ獲物ニムカウッテヨ」
「え~、でもまだ切り刻んでないんだよ? これから血がピューッとでて一番楽しくなることところなのに…」
チャチャゼロと茶々丸に一番いいところを止められたヒロイは頬を膨らませてとても不満げだった。
「マスターがいい子にしてれば、またホットケーキを焼いてくれると思いますが?」
不満げな表情をしていたヒロイだったが、茶々丸の言葉を聞き、大きく体を震わせて茶々丸に振り返ったのだが、その表情は遠足に行く前の子供そのものだった。
「いい子にしてたらママ焼いてくれるの?」
「きっと焼いてくれますよ?」
「なら、我慢する。お姉ちゃん切り刻むのも楽しそうだけど、ママのホットケーキの方がもっと楽しみだもん!」
ヒロイはそう言うと、月読に当身を食らわせ気絶させると、気に縫いつけてあったナイフを抜きどこかにしまうと、エヴァのもとに走っていくと、そのままの勢いで抱きつくのだった。
「マッタク…、マダマダ子供ダナ」
「ああ、お兄様があんなにも嬉しそうに…、ちょっと妬けてしまいます」
そして、チャチャゼロと茶々丸も合流しエヴァ一家は次の標的を求め別の場所に移動するのだった。そして、その後に残されたのは、
気絶させられた月読だけだった。
その後、蘇った鬼神両面宿儺神をエヴァの魔法一発で倒し、エヴァ一家は学園長との約束通り、京都での旅行を楽しむのだった。
※後書き
安西先生…、みたらし団子が食べたいです。作者です。
人形ブラザーの二作目です。どうやったらヤンデレるのかわからないので、こんな感じになりました。
ではまた。