う~ん。
私は食堂に向かいながら考える。
爆破した教室の後片付けを言いつけられた私は、何も言わない使い魔に当り散らしてしまった。
私を馬鹿にするでもなく、何を考えてるんだかわからない顔で片付けをして、時々服の裾を踏んづけて滑っている。
そんな様子を見ていたら無性にイライラしてしまったのだ。
まったく。
なんなんだコイツは。
私が当たり散らしたあと、分かりやすく慌てだした。
と、思ったら急に何かカッコいいことを言い出した。
全然コイツには合わない。明らかにコイツの考えた言葉じゃない。
コイツのとぼけた顔と相まって増々アタマに血がのぼる。
ふざけてるの!?やっぱり心のなかで私をバカにしているんでしょ!
そう怒鳴ろうと思っていたら。
「それにルイズさんは、みんなの前で失敗するのを恐れずに堂々と挑戦したじゃないか。バカになんてしないよ」
今度は不思議とスンナリ言葉が私の胸に届く。
その後また、どこの誰が言ったのか分からないカッコいい言葉をなげかけてくる。
わかる。
召喚して1日しか経っていないが、少しわかった。
コイツの考えてることはよくわからない。
だけどコイツの思ってることは、とても分かりやすい。
向い合って話をしているとき、思っていることが完全に顔に出ている。
首をコクコクする仕草と併せて、言いたいことをまるで子供のように言葉ではなく顔で伝えてくる。
コイツは私をバカにしていないし、励まそうとしてくれている。
この慣れていない不器用な励ましが、私に情けない気持ちを沸き上がらせる。
おそらく、あまり年も変わらない使い魔の平民に慰められている。
でも、ホンのちょっと嬉しかったけど。
そんな私をみて、難しい顔をしたあとコイツは喋りだした。
曰く。
召喚と契約は成功している。
爆発は私だけ。
過去には?
前例がないなら自分で模索。
爆発の性質。コントロール。
コモンは召喚と契約が成功済みなので使えるようになるのでは?
急に、饒舌にしゃべりだす。
考えたこともなかった。
いや、目を背けていただけなのか……。
私だけ家族のように魔法が使えないという焦りがあった。
大好きな家族の中で私だけが。
爆発自体について考えるのを忌避していた。
コレは失敗なんだと。
練習すれば、みんなと同じようになると。
思考の外に追い出して。
スペルの詠唱、魔法のイメージ、これらを必死に練習した。
しかし、成功の気配すら無かった。
わかってる。
そういう問題ではないのだ。
もっと根本的なことが私はみんなと違う……。
私だけ違う。
それを認めたくない……。
だが突然、それを指摘された気がした。
「今までの努力は無駄だったんだよ。わかってるんでしょ?」
そう言われた気がした。
そう、そんなこと私だって解ってた……。
でも……。
「あああああアンタっ!まま魔法を見たこともない、へへ平民のくせに偉そうなこと言ってんじゃないわよ!!」
「え?」
「罰として、お昼ごはん抜きっ!」
呆然とする使い魔を残し教室を飛び出した。
教室を出てしばらく歩いていると少し冷静になってくる。
アイツの言うことはもっともだ。
前例がないなら私が自分でやるしか無い。
今までの私は逃げていたのだ。
自分だけが違うというのが、とても怖く思えて。
自分と向き合っていなかった。
でも、もういいだろう。
召喚と契約は成功したのだ。
もう私はゼロじゃない。
もう私は爆発だけじゃない。
やってみよう。
私ができることを。
早速、今日から。
思考が前向きになると他人のことを考える余裕が出てくる。
ちょっと可哀想なことをしたかしら。
一応アイツは励まそうとしてくれていたわけだし。
思い返すと、アイツは特に怒られるようなことはしていない。
私が理不尽に怒っただけだ。
そういえば、アイツのお昼ごはんを抜きにしてしまった。
アイツは結構体格が良い。
朝も粗末なスープとパンのみだ。
お昼も抜いたら辛いわよね。
しししし、仕方が無いわね!料理人に言って何か作ってもらって、持って行ってあげようかしら?
まったく!優しいご主人様に感謝して欲しいわね。
そんなことを考えてるとアルヴィーズの食堂についた。
中で何か揉めている。
人ごみの外から、騒ぎの中心を見てみると、
「決闘だ!」
何故か片手を掲げながら、ギーシュに決闘を申し込まれている自分の使い魔を見つけた。
……なにしてるのよ、アイツ……。
……やっぱりアイツ、晩ご飯も抜き。
@@@@@@@@@@
食堂についた俺は、そういえば使い魔は入っちゃいけないことを思い出し挙動不審で立ち尽くす。
どうしよう。
俺のカッコは、ますます此処にそぐわなくなっていた。
黒のジャージにはホコリが目立ち、裾は既に踏み潰してボロボロだ!
オデノジャージハボドボドダ!
……。
でもシエスタは、このなかで働いてるよな。たぶん。
シエスタの仲介なしで、調理場に入れるか?
朝に入ったけど、みなさん俺のことなんか見向きもして無かったもんな。
さすがに一人で調理場に踏み込むのは……。
「すいません」
「どちらさん?」
「俺に何か食わして貰いたいんですが、かまいませんね!!」
……。
う~ん。
たたき出されるだろ……。
ナランチャじゃあるまいし。
「サイトさん?どうしました?」
「!……ああ、シエスタ」
俺が困っていると現れるシエスタ。
君は俺にとってのスーパーマンだ。
……。
いや、ウーマンか。
理由を話すと心良く連れていってくれた。
「何度も助けてもらって本当に、ありがてぇ、ありがてぇ」という気持ちを伝えると、
「いいんですよ。私たち平民は助け合って生きていかないと」
との答えが笑顔で帰ってきた。
聖女かこの娘は……。
今日会ったばかりの人間に、ここまで親切にできるとは。
しかし助けあうか……。
俺はシエスタに何かできるだろうか?
とりあえず飯を貰ってから何か手伝うか。
調理場に着くと今は、みなさん余裕があるようだ。
まあ、教室の片付けで時間食ったからね。
もう食事が終わってる生徒も多いみたいだ。
それを見て、シエスタが調理場の皆さんに俺を紹介してくれる。
「マルトーさん。この方がミス・ヴァリエールの使い魔のサイトさんです」
「どうも」
「おう、おめぇが貴族の使い魔にされちまったってヤツか」
「まあ、はい」
「サイトさん。こちら料理長のマルトーさんです」
「おめぇも大変だなぁ。いきなり呼ばれて貴族の小間使いにされちまうなんてよ」
「まあ……」
「腹が減ったらいつでも言いな。美味いもん食わせてやっからよ」
肩をバシン、バシン叩いてくる。
いい人だ。
パーソナルエリアを一気に突破されてしまったが嫌な感じはしない。
他のコックさんたちも、みんないい人そうだ。
俺にシチューを出してくれた。
うめぇ。
ルイズの爆発で体が完全覚醒していた俺は、おかわりまで貰ってしまった。
「ご馳走様でした」
食べ終わった俺はマルトーさんに手伝いを申し出る。
「甘ったれた事言ってんじゃあねーぞッ!このクソガキがッ!もう一ペン同じ事をぬかしやがったら、てめーをブン殴るッ!」
とは、勿論言われなかった。
俺はナランチャじゃないし、マルトーさんもブチャラティじゃないからだ。
そんなこんなで今、シエスタと一緒にデザートのケーキを配っている。
飲食業とは、俺に一番向いてない仕事だ。
いつもニコニコ笑顔で接客しなくてはいけない。
どうやら俺は露骨に不機嫌が顔に出るらしい。
お客さんに怒られてしまうだろう。
しかし今はシエスタのあとに付いてケーキを持ってるだけだ。
俺にもできる。
ちなみに一番向いている仕事は、お刺身にたんぽぽを乗せる仕事だと思われる。
「デザートのケーキはいかがですか?」
シエスタのかわいい声を聞きながら食堂を回っていると足元に小さな小瓶が落ちていた。
それを拾ってから気づく。
コレ貴族の落とし物だよ……。
どうしよう。
床に戻すわけにはいかないし、落ちてた物をテーブルに置くわけにはいかないだろう。
落とし主が現れるまでマルトーさんに預かってもらうってのが無難なところだが……。
それにしても一回は呼びかけとかなきゃマズイだろう。
こんなガヤガヤしたトコで声を張り上げなきゃならんとは……。
まさか好きな娘(シエスタ)に任せるわけにもいかない。
情け無さすぎる。
やるしか無いか……。
「この小瓶を……」
ガッデム!
普段大声出さないから声がうわずってしまった。
恥ずかしっ……。
「ん゛ん゛っ」
よしっ。
「この小瓶を落とした方いませんかー」
指でつまんだ小瓶を掲げながら呼びかける。
うーん。
みんな、ちらっとコッチを見るが反応がない。
っていうか、こっちみんな。
まあ俺が呼びかけたんだけども。
大勢から注目されるのは苦手だ……。
「いませんかー」
再度呼びかけるが反応なし。
……。
いや、2人ほどコッチ見てるな。
視線に敏感な俺だ。
間違いない。
1人はくるくる縦ロールの女の子。
三次元で初めて見たわ、こんな髪型……。
なんとなく小瓶が女の子の物っぽかったので、その子に向かって小瓶をクイッとして「あなたの?」と顔で聞いてみる。
だがプイッと顔をそらされてしまった。
何だ違ったのか……。
じゃあ、なんでコッチ見てたんだ。
欲しかったのかな?コレ……。
もう1人は、派手なシャツを着ている男の子だ。
胸にバラがささってる。
どんなファッションセンスだ。
まあ、俺も人の事言えないが。
この男の子は小瓶を見ながら顔を青くしたり白くしたりして挙動不審だ。
なんだろう?
この小瓶、なんか危ないのかな。
中に毒でも入ってんのかな?
まあ、いいや。
「それでは、ここの料理長さんに預けておきますのでー。心あたりがある方はご確認ください」
「じゃシエスタ。ちょっとマルトーさんのトコ行ってくる」
「はい。わかりました」
念のため小瓶を掲げたまま調理場まで移動する。
その後マルトーさんに聞くと、トラブルが起きるといけないから貴族の持ち物は預かれないという。
なるほど。
たしかにそうだ。
だいたい調理場に毒かもしれない小瓶はマズイ。
結局、学院の先生に預けたほうがいいということだった。
俺は小瓶を掲げたままシエスタのところに戻る。
手が結構しびれてきた。
なんだコレ。
インドの苦行僧か、俺は。
シエスタのところに戻るとなんか揉めてる。
「ああ。君も戻ってきたのか。で?君たちこの責任をどう取るつもりだね?」
派手シャツが怒ってる。
なんだコレ?
派手シャツのシャツがワイン色に染まって一層派手だ。
ほっぺたも赤い。
……。
うん?
待てよ?
そうか!そういうことか!
これらの事柄から予想できることとは!
真実はいつも、じっちゃんの名にかけて!
う~ん。
なるほど!
まったくわからん!
ウミガメのスープか?コレは?
何が起こったか、ちっともわからん。
「君!何をすっとぼけた顔をしているのかね!」
「ん?」
「だいたい君が!今掲げているその小瓶を軽率にも拾いあげるから、2人のレディの心に傷をつけることになったんだよ!」
なんだそれ?全然ヒントにならん。
「はっ!よく見れば君はゼロのルイズの使い魔じゃないか」
「今はもう、2のルイズですけど」
「ふっ。主人が主人なら、使い魔も使い魔だな」
ナルホド。
とりあえず俺に分かるのはこの派手シャツがクレーマーということだけか……。
派手シャツ……。
……派手シャツってなんか刑事っぽいな。
ジーパン!ゴリさん!殿下!派手シャツ!
みたいな。
うん、違和感ないな。
……。
それにしても、どうしよう。
俺には分かんねーよ、クレーム処理とか。
飲食店でバイトしたことなんて無いし。
こんなことならマルトーさんに接客マニュアル見せてもらっておけばよかったよ。
手伝うつもりが迷惑をかけてしまうとは。
後悔先に立たずやで……。
「おい君!貴族に向かって、何だその顔は!」
あれ?
不機嫌が顔に出てたか。
やっぱり俺には向かないな、接客。
「どうやら真摯に謝罪するつもりはないようだね」
「なにを……」
何を謝ればいいんだ。
俺は何があったかも教えてもらってないのに……。
というか説明してくれよ。
「わかったよ……ならば、」
「ん?」
「決闘だ!」
勝手に進めすぎだろ、派手シャツ……。
もう思考回路はショート寸前。
思考回路は~ショート寸前っ、いますぐ~会いたい~の~。
……。
だめだ。
本気で頭がついていかん……。
「ゼロのルイズに代わって教育してあげよう。ヴェストリの広場へきたまえ!」
そんな月に代わってお仕置きよ!みたいに言われても……。
……派手シャツは行ってしまった。
「サイトさん……。貴方……」
「ん?」
今気づいたがシエスタが怯えている。
何だ?
どうしたシエスタ?
君はいつでも困ったときには俺を助けてくれるスーパーマンだったじゃないか。
ん?
スーパーマン?
え?まさか!
この小瓶の中に入っているのはクリプトナイトか!
ナルホド。
そう考えれば、くるくるロールの熱視線も派手シャツの挙動不審もマルトーさんの懸念も理解できる。
まさか俺が掲げているこの小瓶がシエスタの力を吸い取っていたとは……。
此処に来て、ようやく頭が冴えてきたようだ。
「貴方殺されちゃう……。貴族を本気で怒らせたら……。っ!ごめんなさいっ」
シエスタは調理場に逃げるように行ってしまった。
うーん。
どうしよう。
……。
とりあえず手を掲げ続けるこの苦行をやめよう。
そしてデザートのお盆返しに調理場に戻ろう。
ついでにシエスタに(クリプトナイトは)もう大丈夫だからとフォローしておこう。