「ついたー!」
木星ではなく学院に着いたのだが、たまのランニングの人の真似をしてみる。
ピテカントロプスになる日も近い。
「……アンタなに大声だしてんの?」
皆が怪訝な顔。
なんか最近、素が出せるように(漏れるように)なってきたかも。
いやー、やっぱりお家が一番だね。
旅行なんてするもんじゃない。
「よし。じゃあ今日はもう遅いし諸々は明日にして休もうか」
「そんなわけにはいかないでしょ!」
「でも俺、もう眠いんですけど……」
ルイズたちは馬車で寝てたからいいかもしれないけど。
「大体アンタが道を間違えるから、こんなに遅くなったんでしょーが!」
確かに。
晩ご飯の1~2時間前には帰れるはずが、とっぷり日は暮れていた。
「どうして殆ど一本道なのに道に迷うのよアンタ!シルフィードが道案内までしてくれたのに!」
どうしてでしょう。
ドナドナを口ずさみながらノリノリで馬車を走らせていたのに。
気づいたらシルフィードは10時の方向の空で小さい点になっていた。
俺が焦っているとタバサが隣に座って御者を手伝ってくれた。
そこからUターンして元の道に戻り、無事今に至るわけだ。
「とにかく!オールド・オスマンのところへ報告しにいくわよ!」
「そうね。さっさと報告して休みましょうよ」
それもそうだ。
……。
しかし今回で確信したがキュルケは優しい。
帰りの馬車で目覚めたルイズは道を間違えたことを知ると言葉の暴力で俺を殺しにかかった。
それをキュルケは庇ってくれたのだ。
やっぱり持つべきものは優しい友達だ。
それにおっぱいもデ……
「あの……」
ん?
「私は体を清めてから向かいますので先に行ってください……」
ああ、確かに。
ロングビルさんは昨日、風呂には入れていないはずだ。
その上、寝ないで外をかけずり回っていたのだ。
馬車で眠っている彼女は砂や髪が汗で肌に張り付き、艶っぽさがハンパなかった。
美人で働き者で……。
こんな人と結婚できたら幸せなんだろうなぁ。
……。
それにしても元気が無いな。
疲れているのは分かるが、落ち込んでるのはどういう事だろう。
折角、盗品を取り返せたのに。
「そうですね。では私たちは先に報告してきます」
はぁ……。
眠いけど行くか。
「オールド・オスマン。只今もどりました」
「皆、ご苦労じゃったの。良く無事で帰ってきてくれた。……して、首尾はどうじゃった?」
「はい。破壊の杖を取り戻してきました」
ルイズがロケットランチャー?を渡す。
「……ふむ、確かに破壊の杖じゃ。皆よくやってくれたの」
ルイズとキュルケは誇らしげだ。
タバサは無表情。
「……ところでミス・ロングビルの姿が無いようじゃが?」
「ミス・ロングビルなら体を清めてから来るそうです。昨日の夜から働き詰めで、だいぶ汚れてしまっていましたから」
「!……そうか。……帰ってきたか」
何だ?
そりゃ帰ってくるだろ。
だがブラック企業並のハードワークに加えエロ爺の秘書だからな。
逃げ出すことも十分ありえるか。
「そうか、そうか。では詳細は後日彼女から訊くとしよう」
なんか嬉しそうだな学院長。
「おお、そうじゃ。君たちには精霊勲章の申請をしておくぞい」
「「本当ですか!」」
ルイズとキュルケが食いついた。
タバサは無表情。
「うむ。秘宝を取り返したんじゃ、十分勲章に値する活躍じゃぞ。シュヴァリエも考えたんじゃがフーケを捕らえたわけではないからのう。そっちは難しいじゃろ」
「いえ、光栄ですわ」
シュヴァリエって騎士号だよな。
でも実際、小屋に取りに行っただけだからな。
危険なんだけど実際の内容だけなら子供のお使いとあんまり変わらなかった。
確かに堂々と騎士の称号を受け取れるような任務じゃなかったな。
「あの……サイトには何も無いんですか?」
「うーん、彼は貴族じゃないからのう。国から何かを与えるのは難しいじゃろう」
「そうですか」
「……やけにあっさり引くのう」
「いえ、そういえばコイツ何もしなかったので」
何もしなかったとは失敬な。
まるで俺に何かできる事があったような言い方じゃないか。
何も出来なかった、と言ってもらいたい。
それに、
「……帰りの御者したんですけど」
「アンタが道を間違えたせいでどれだ……「ゴメンなさい」」
食い気味に謝っとく。
まだ言うか。
蒸し返したのは俺だけども。
「大体アンタ、私たちが作業してるあいだ何してたのよ」
「アリの行列見てました……」
「……」
シエスタに貰ったクッキーがあったので欠片をアリにあげて運ぶ様子をずっと見てた。
俺は人だろうが虫だろうが働き者にはリスペクトなのだ。
「……うおっほん!まあ彼には儂からお小遣いを出しておこう」
「ヤター!どうもありがとうございます」
まさか俺もなんかもらえるとは。
俺が何かしても全部ルイズの手柄になると思ってた。
街に行ったとき何買おう。
とりあえず下着と替えの服だな。
あと枕も欲しいし。
……。
「さて、もう今日はもう遅い。部屋に戻ってゆっくり休みなさい」
「「はい」」
「おう、そうじゃ。ミス・ヴァリエール。サイトくんを少し借りるぞい」
「え?はい……」
「心配せんでもええ。ちょっと話を聞いてお小遣いを渡すだけじゃからな」
「わかりました。サイト、失礼なことするんじゃないわよ」
「さて」
学院長と二人っきりになってしまった。
なんだ?聞きたいことって。
「君は使い魔のルーンについて、どの程度知っておるかのう?」
「えっと……なんか特殊能力が付くとか……」
「ふむ、では君のルーンの能力は解るかな?」
「ああ、野球のピッチング能力upですよね?」
「え?」
「え?」
あれ?違うのか。
「……それはガンダールヴのルーンじゃ」
「ガンダールヴ?」
「始祖ブリミルの使い魔であったガンダールヴはあらゆる武器を使いこなし、その力は千人の軍隊に匹敵したという」
「へー……」
「へーって君……」
「じゃあこのルーンの能力はどんな武器でも使いこなせるってことですか?」
「そうだと思うんじゃが……。君はルーンが刻まれてから何か武器に触ってはいないかの?」
「ないと思いますけど……。そういえば金属の球を持ったときルーンが光ってましたが……」
「ふむ、決闘の時か……。おそらく金属球を武器として認識したんじゃろう」
なるほど。
やっぱり決闘見てたのか。
それにしても武器を使いこなすか。
……うーん。
なんていうか微妙な能力だなあ。
そんな努力次第でどうにかなる能力貰っても……。
どうせなら瞬間移動とか、透明人間とか、透視とか、未来予知とか、時止めとか……。
そういうのが良かった。
でも千人の軍隊と同レベルか。
身体能力も上がるのかな。
金属球を投げたときも球速すごかったもんな。
でも、あの程度で千人と戦えるかと言われると……。
あっ、そうだ!
「あの、破壊の杖を触らせてもらっていいですか?」
「む?かまわんが、どうしてじゃ」
「それ、たぶん俺の世界にあった武器です」
「君の世界とな?」
「ええ、俺の居たとこには魔法なんか無かったんで……」
「……なるほどのう」
「あれ?信じてくれるんですか?」
「儂も俄かには信じられんがの。心当たりがあるんじゃ」
……。
なるほど。
命の恩人の形見か。
何でもワイバーンの大群に襲われていた学院長をこれを使って助けてくれたらしい。
「彼はケガをしていてのう。その後すぐ、治療のかいなく逝ってしまった……。最期まで帰りたい帰りたいと言っておったのう……」
それが心当たりか。
「おお、そうじゃった。破壊の杖を持ってみなさい」
破壊の杖を受け取るとルーンが光り、体も軽くなる気がする。
そして。
M72 対戦車ロケットランチャーね。
使い方も理解できる。
「どうじゃね?」
「はい……これの正式名称も使い方も理解できました」
「そうか……やはりガンダールヴのようじゃの」
「あの……始祖の人って虚無なんですよね?じゃあルイズも虚無なんですか?」
「……彼女は系統魔法が使えないからの、そう考えるのが自然じゃが……なんとも言えんのう」
「そうですか」
「……とりあえずこのことは他言無用で頼むぞ。面倒事を呼び込むことになるからのう」
「ああ……わかりました」
ルイズにも言うなってことだろう。
「さて、儂からの話は以上じゃ。……おお、そうじゃった」
そう言って俺にジャラジャラした布袋をくれた。
「君も今回はご苦労じゃったのう。これは謝礼じゃ」
重っ。
お小遣いレベルでこんな重いのかよ。
紙幣造ろうぜ。
「秘宝と比べたら微々たるものじゃがの」
「いえ、ありがとうございます。……それでは」
「うむ、ゆっくり休みなさい。ミス・ヴァリエールのことよろしく頼むぞい」
「わかりました。……ああ!そういえば!」
「む?まだなにかあるかの?」
「あの……今回の功績は殆どロングビルさんのおかげですので……」
「…………そうか。では彼女にも十分な報酬を考えておくよ」
「そうしてください。では……」
……。
@@@@@@@@@@
はぁ……。
どうしてこうなった……。
お湯をもらってきて部屋で体を拭きながら思い返す。
そもそも宝物庫の前でアイツに会ってから全てが上手くいかなくなった気がする。
1週間程度、宝物庫の構造を調べたり外壁に細工をして崩れやすくしたかったのに……。
アイツに目撃されたせいで計画を早めてしまった。
どうやら、つぶやきは聞かれてはいなかったようだけど……。
それでも警戒するに越したことはない。
それにいざ盗むときも、またアイツいるし。
ヴァリエールの小娘が外壁を爆発してくれたのは助かったが。
その後ドラゴンで追いかけてきたので精神力を余計に使ってしまった。
ゴーレムを崩したあとも執拗に空から周囲を捜索してるし。
そのせいで馬が使えなくなり音を立てないようにフライの低空飛行で移動しなければならなかったから、さらに精神力を消費した。
しかも苦労して盗んだのに破壊の杖の使い方よくわかんないし。
ディテクトマジックにも反応しないし。
このままじゃガラクタと変わらない。
碌な値段で引きとってもらえないだろう。
だから学院の教師を誘いだして使わせてみようと思ったのに誰も来ないし。
ていうか、またアイツがきたし。
私は学院に残されそうになるし。
徹夜明けの疲れた脳で適当に考えた設定にスゴく食いついてくるし。
そのせいで青髪のちびっ子が私の正体に感づいたようだったし。
出発前の爺の話によれば、あの子は風のトライアングルでシュヴァリエを受勲しているらしいし。
同じトライアングルなら土のメイジが風のメイジに近距離で勝てる道理はない。
逃げることも難しいだろう。
離れようと思ったら案の定止められた。
もういっそ帰りの道中で破壊の杖を持っているところを無理やり襲ってみようかとも思ったけど……。
アイツの提案で私のなけなしの精神力は真っ先に空っぽにされた。
もう完全に破壊の杖を持って逃げることも出来ないだろう状況。
ふと見るとアイツはアリにクッキーをあげている。
……。
精神が限界まで疲れた私は馬車に戻った途端、意識を手放した。
はぁ……。
そろそろ学院長室に出頭しようかね……。
ちびっ子から私の正体について報告されてるだろうし、精神力もほとんど回復してない。
もう逃げられないだろう。
たった数ヶ月のあいだ側にいただけだが、あのエロ爺は只者じゃない。
それに今思えば初めから私の犯行だと気づいていた気がする。
ここまでか……。
「テファ……」
……。
「失礼します。……只今戻りましたわ、オールド・オスマン」
「おお、良く無事に戻ってきてくれたのう。ミス・ロングビル」
「……」
「……」
それだけ言って爺は黙る。
じれったい。
「…………はぁ……。それで?いつ私を王宮に引き渡すんだい?」
「ふむ?なぜ盗品を取り戻してくれた君を王宮に引き渡さなければならんのかの?」
「……もう全部わかってるんだろ?」
「……ふむ。……どうして学院の人間をおびき出すようなマネをしたんじゃ?」
「アレの使い方がわからなくてね。魔力もないし、使い方がわからなけりゃガラクタと変わらないだろ?」
「ふふ、そうか。でもアレの使い方を知っとるのはサイトくんだけじゃ。儂も知らんよ」
なんでアイツが……。
「彼が討伐隊に加わって運が良かったのう」
全然良くないよ!まったく……。
「私からも訊くけど、どうして私の正体が判っていたのに生徒たちを行かせたんだい?」
「……。儂はのう、君があのまま逃げてくれてもいいと考えていたんじゃ。それに君は子供たちを殺したりはせんじゃろ?」
殺したくはないけど……。
……それでも状況次第だ。
それに、
「……秘宝が盗まれてるんだよ?」
「あれは元々儂の私物みたいなもんじゃからのう。今までの迷惑(セクハラ)料のつもりでの」
「なんで……」
そこまで私を庇うようなことを……。
「君が給料の殆ど全てをどこかに送金しているのは知っておったよ」
「……」
どこまで知ってるんだ……。
「警戒しなくても儂ゃなんも知らんよ。ただ年寄りの勘で君が悪い人間じゃないと思っただけじゃ」
「……」
「さて、今後の話をしようかの」
来たか……。
「今回の活躍で昇給じゃ。給料は2倍にしよう」
「は?」
「ただし今までのようなアルバイトは止めてもらおうかの」
「ちょっと!どういうことだい!?」
「そのまんまじゃよ。これまで通りミス・ロングビルとして学院で働いてくれい」
……。
「でも、今更……。私はいつ王宮に正体が知れるかわからないんだよ?」
そんな人間を雇っていたら、いざという時の責任は全部学院長に行くだろうに。
「……どうやら土塊のフーケには模倣犯が出てきているようじゃのう?」
……。
確かに。
私の手口を真似て罪をフーケに被せようとしている奴らが何人かいるようだ。
盗まれた貴族側もたとえフーケではないと判っても無名の盗賊に盗まれたと言うよりはフーケに盗まれたというほうが体裁が良いのだろう。
その結果、最近はフーケの犯行と言われているもので実際に私がやったのは半分もない。
「王宮としても何時までもフーケに虚仮にされるわけにはいかん。君がしばらく大人しくしていて模倣犯の誰かが捕まれば、違うと判ってもフーケとして処断されるじゃろ」
「……」
フーケが捕まれば模倣犯も止むか……。
「どうじゃな?」
「でも……」
土塊のフーケの存在は私が始めた幻想だ。
どこかの誰かに押し付けるようなマネは……。
「どうしても嫌だというなら全部王宮に報告しなきゃならんかのう?」
……。
たとえ断っても、この爺さんは報告なんてしないだろう。
だけど……。
「……ふぅ、わかったよ。ありがたく続けさせてもらうよ」
私は捕まりたくない。
あの子たちのためにも。
「そうかそうか。そいつは良かったわい。その尻が触れなくなるのは寂しいと思ってたんじゃ」
はぁ……。
この爺はまったく……。
「そういえばタバサって子は私の正体に気づいていたようだけど」
「ふむ、一応口止めしておくが……。なあに、彼女は他言したりはせんよ。……それに彼女も訳ありじゃしの……」
タバサなんてわかり易い偽名。
それにシュヴァリエも……。
……。
だがまあ、踏み込むことじゃない。
興味もないし、お互い様だ。
「それじゃあ君も今日は休むといい」
「……そうさせてもらうよ」
「……。明日からは、いつものミス・ロングビルで頼むぞい?」
「わかってるよ」
「ああ、そういえばサイトくんじゃがな」
「……」
「今回の功績は殆ど君のおかげ、だそうじゃ」
……。
「……そうかい」
はぁ……。
……なんなんだアイツは。
@@@@@@@@@@
ルイズのいない部屋(入浴中)でお小遣いを数える。
うーん。
これ金貨だよなあ。
200枚もあるけど……。
お小遣いに金貨200枚か……。
ジンバブエもビックリのスーパーインフレが起こってるな、この国は。
いや、でも金貨の価値がそんなに下がるかな……?
まあ物価は今度武器を買いに行く時わかるか。
流石に200枚あればパンツぐらい買えるだろ。