「なんで、ヴィリエは儀式をしていないのよ!」
発端の声を発したのはルイズだった。
クラスの全員が一時騒然となるがすぐに静まり返った。
クラス一同静かにある人物の動向に注目している。
この日は珍しく教室にヴィリエの姿があった。
発言者のルイズは鼻を鳴らして得意げだが小刻みに震え冷たい汗をかいている。
才人は席から立ち発言したルイズを隣の席から見上げた。
傍から見れば遂に言ってやったみたいな、どや顔だが内心ものすごくビビっていることが横の席の才人にはよく分かった。
なんでそんな意味不明な事で必至なのか。
才人は考えた。
おそらく前の授業でやらかした失態の件を挽回したいのだろう。
ルイズは「錬金」を学ぶ授業で教室を爆破したのだ。
もちろん「錬金」が爆発するような危険な魔法な訳はないのだがルイズは魔法に失敗して多くの犠牲者を出した。
才人はヴィリエからルイズが普通の魔法は使えないことを聞いていたのでむしろその結果には納得していたがルイズはまったくもって納得できないらしかった。
虚無云々の下りはルイズには説明していない。
どうせ情報源がヴィリエでは言うだけ無駄だ。
信じる訳がない。
どうしてヴィリエに対してルイズが一方的な敵愾心を持っているのか周囲の人間に話を聞いて才人は既に知っていた。
彼女は誉れ高き公爵家の三女であり、ヴィリエはそれより階級的に劣る侯爵家の三男に過ぎない。
それなのに一般的にヴィリエのほうが上に見られているのが癇に障るのだ。
しかも彼女は魔法に関して相当にだめだ。
対するヴィリエは当代最強、この世代を代表する魔術師の一人に数えられている。
実技がダメなら学科だけでも!
そういって猛勉強をしたルイズだが、しかし、いくつかの論文が学会で認めらてた博士号まで持っているヴィリエをどうしても上回ることができなかった。
テストでも大体一位は断トツでヴィリエ、ルイズはタバサという書呆子の文学少女と2位3位を分けあうのが精いっぱいである。
そのため、ルイズはヴィリエに対して圧倒的な劣等感を抱いているらしかった。
あるいはその逆の…
教壇に立つコルべール教師は困惑した声を発した。
「し、しかし、彼は博士号をもった優秀な魔術師であるからして…」
「私にあれだけ意地悪な事を言っておいて彼だけ例外なの?!納得いかないわ!進級できない決まりなんでしょ!!」
「なるほど、一理ありますね。彼女の方が正しそうだ。ミスタ・コルベール。僕の進級は取り下げてもらっても構わないよ」
ヴィリエが特に気にした風もなくそう言った。
席を立とうと腰をあげる。
「そ、そういう訳には」
トリステイン魔法学院にとってヴィリエという伝説確定の超逸材に3年間で卒業してもらうのは規定事項なのだ。
何事も無くただ卒業して貰えればそれだけで良い。
それだけで将来的にはあの伝説の魔術師が在籍した唯一の魔法学院として箔がつくのだ。
逆にいえば大人しく3年で卒業してもらいたいというのがオスマン学校長を含む教師陣の切なる願いなのだ。
「そ、そうだ!ミスタ・ヴィリエ、今日、召喚の儀式を行いなさい!」
「今日ですか?」
「そうです!あの日、貴方は授業に出席していなかった。それでは儀式をしていなくても仕方がありません。春の使い魔召喚から日付はずれましたが今日、儀式をします」
「良いでしょう。では」
そう言ってヴィリエは杖を地面にむかい振った。
軽く呪文を唱える。
教室全体の床が発光している
「何を」
地面に対し「錬金」がかけられた。
一瞬で教室に魔法陣が描かれる。
「今から広場に行っては授業の進行に差支えるでしょう。この場で召喚します」
そう言って音吐朗々と「召喚」(サモン・サーヴァント)の呪文を謳うヴィリエ。
さっきまで竹を打ったように静かであった教室は一気に騒然とした。
狂乱と呼ぶに近い騒ぎである。
「な、何が出るの!?」
「やばい、やばいよ!!」
「恐怖の大王とか出てこないよね!?」
「死にたくない…、助けて…!」
「ゼロのせいで!こんな事に!!」
「「「そうだよ!!ゼロの馬鹿!!あほ!!!!」」」
今度はルイズがクラス全体から非難を浴びていた。
一点集中砲火である。
皆、ヴィリエが怖くて仕方がないのだ。
「なんで!私が悪いのよ!!」
そう反論しながら才人の影に隠れるルイズ。
俺を盾にするなよ!
「召喚」(サモン・サーヴァント)
呪文の完成が宣言される。
教室が溢れんばかりの光に包まれる。
皆一様に目を閉じる。
しばらくして目を開くとそこには――
「ドラゴン!」
「伝説の魔獣だ!で、でかい」
その大きさは20メイルはあろうか。
見た目は風竜が近いが大きさがだんちである。
こんな大きさの風竜は存在しない。
教室の屋根はぶっ飛んでいる。
みな教室の隅に退避していたためその巨漢の下敷きになったものはいないが危ない所であった。
「申し訳ないなミスタ・コルベール。ずいぶんとでかいのが出てきたね。これは教室で召喚を試したのは失敗だったか」
反省の弁を述べるヴィリエ。
すると巨竜が口を上げた。
「なんじゃお前がわしを呼んだのか?」
「そう言う事になる。君は風韻竜かい?」
「高貴なる風の精霊竜のフィルルじゃ、そんな風情のない呼び方もつまらん」
「僕の名前はヴィリエ・ド・ロレーヌだ。よろしく」
「ふむ、よろしくじゃ、ヴィリエ」
竜はそういうと教室を見渡す。
周りの生徒は恐々と喋る非常識な竜を見上げていた。
巨竜はかっかっと体を震わせて笑った。
「なんじゃ、皆、わしのこの姿にびびっとるようじゃのう」
「どうする?君が嫌なら「契約」(コントラクト・サーヴァント)はしないで帰すけど」
「何でそんな面白そうなことわしが嫌がるんじゃ?そうじゃ、ちょっと、まっとれ」
竜は口の中で何かを呟く。
すると見る見るうちにその巨漢が縮んでいく。
呆気に取られる一同の前で巨竜はひとの姿に変わった。
「うわ、すげぇ、リオレイアがロリババアにかわったぜ」
才人があんまりにあんまりな感想を述べたがそれは正鵠を得た表現だった。
その容姿は少女としても幼い可愛らしい姿であった。
綺麗な青い色の髪を不思議な形にカールさせていてその顔は驚くべき程愛らしい。
ただ第二次性徴をぎりぎり迎える前の本当の少女の姿に変化したらしく、その肢体は見事なまでにつんつるてんである。
なぜ、そんなことまでわかるのか。
それは少女が糸一本身にまとっていない生まれたままの姿だからであった。
「なんで前傾姿勢なのよ!!」
「言わないでくれ」
才人の背中に隠れたまま抗議の声をあげたルイズにたいして才人は情けない声を返した。
本来はいけないことだがセクシャルシンボルに乏しいがきめ細やかで真っ白で無垢な妖精のように美しい少女の躯を眺めているとそういう気持ちになってしまう。
才人にロリコンの趣味は無い。
でもあの少女には本能が反応するような魔性の魅力があるのだ。
考えてみればルイズだってそう大差ない体付きである。
そう言い聞かせるが背徳感が先に来るのは否めない。
しかし目も離せられず見つめてしまう。
見ればかなりの人数の男子がが同じような姿勢に追い込まれている。
「かっかっ、なんじゃ雄共がおち○ちんをおっ立ててこっちを食い入るように見ておるぞ!」
「やれやれ、君は服を着なさい」
そういって少女に注意するヴィリエ。
竜が変じた少女はヴィリエの一点を見つめた。
「何じゃお前は立てないのか?そう言う趣味じゃないのかのう、つまらんなぁ」
なにがどうして残念なのかさっぱりだがとにかく残念そうに少女が呟いた。
「どうして、そのような容姿に変化したのです?」
「だってキューティクルでプリティーじゃろ?わしめっちゃ可愛ゆい!わしは大体この容姿で日々をすごしておるぞ?」
「龍族の誇りはどこにあるのですか?」
あきれた様子のヴィリエが呟く。
「わしはあの姿は嫌いじゃ、可愛のうない。げーともこの姿で潜りたかったんだが途中で魔法が解けおったわい」
「そうですか」
「それより、ほれ。さっさっと儀式の続きをせんか、折角容姿まで変えてやったんだからのう」
「そうですね」
きた!
あのヴィリエがいたいけな少女にキスをする。
そうなったら幼女趣味!変態って罵ってやる!
なぜかすこし胸がもやもやするけど関係ない!
関係ないのだ!!
ルイズがその瞬間を見逃すまいと食い入るように見る。
しかし
ヴィリエは少女の前に跪くとその手の甲にキスをした。
騎士が姫に誓約のキスを交わすかのような光景である。
「何じゃ、手抜きじゃのう、つまらん」
「これで十分でしょう、契約完了です」
見ればキスをした手の甲にルーンが刻まれている。
契約完了。
無駄のない手際の良さだ。
「ばかな!!!騙された!!!」
発狂したような勢いで叫ぶルイズ!
ビビった才人が驚いた声を上げた。
「おい、どうしたルイズ!?」
「だれよ!「契約」(コントラクト・サーヴァント)が口と口でするもんだって言ったのは!ひ、酷いじゃない!初めてだったのに!!!」
「あれは君がひとの話をちゃんと聞かなかったんだろう?僕は普通にすればいいとしか言っていないぞ?」
「し、信じられない、ひ、ひどい。ば、ばかにして!だいたいあんたはいつもいつも!!う、うわぁああ~ん」
ルイズが顔を真っ赤にして泣きながら教室を飛び出した。
その様子に肩を竦める仕草をみせるヴィリエ。
呆然とその様子をながめる才人。
「なんじゃ?どうして怒ったんじゃあの娘?お前のこいびとか?」
「違うよ。まぁいろいろあるんだろ」
そういって少女の体にヴィリエはローブをかけた。
その後、教室はヴィリエの錬金によってあっさり元の形に戻った。
ヴィリエは少女に服を着せるため寮の自室に戻っていった。
才人はルイズを追わず憮然とした態度で聞いても分からない授業を受けてからルイズの部屋に戻った。
ルイズの部屋には鍵がかかっており中には入れなかった。
耳を澄ませると少女のすすり泣く声が聞こえたきた。
それを聞いて乱暴に開けさせる気分でも無くなってしまった。
途方に暮れる才人。
なんだがこっちにきて初めて一人ぼっちになってしまった気分だ。
やっぱりあのキスはまずかったかも。
なんとなく昼の遣り取りで分かったことがある。
ルイズはヴィリエに惚れている。
ちょっと違うかもしれないが少なくとも憧れに近い感情を抱いているらしかった。
仕方なく才人は一人で食堂に向かった。