ヴィリエは馬を走らせ、火竜山脈を目指していた。
道中使いきった魔力を回復させながら進んでいったため、魔法が一切使えなかったのは少々不安であった。
ヴィリエはいずれはマジックアイテムの研究にも着手しないといけないと感じていた。
魔力の尽きたメイジは裸も同じだ。優秀な武装は多いほど良い。
この世界の魔法は確かに便利で優秀だが使用回数の制限が厳しすぎる。
落ち着いたところで付加魔法の研究をする必要がありそうだ。
しかし気ままな一人旅だと意外といろいろ考える。
無駄口叩いてばかりのあんな奴でも居なければ寂しいものなのかもしれないな。
考えてみれば、この道中、ウェールズ、マザリーニや精霊とは仲良くなったが、友の一人も作っていない。
いくら変わったといっても転生前とあまり変わらない部分もあるのかな?
「やれやれ、センチは僕に似合わないね」
だけど、母さん、シーニャ、シルティに逢いたい。
一人になって、ようやく自分の弱さと思いに気づけた気がした。
所詮13歳か。
一人の夜は長いぜ。
数日後、ヴィリエは火竜山脈に辿りついた。
そしてそこでヴィリエは信じがたいものをみた。
「これは?」
火竜山脈は6千メイル級の山々が連なるこのハルケギニア最大の山脈群である。
そこは火の力の満ちる大地であり、それほどの高さを誇りながら一切雪が降らない山脈である。
はずである。
しかし―――
その霊峰群はいまや真白な雪化粧に覆われているのだった…。
唖然としたヴィリエだったがすぐに気を取り直した。
しかし思案は止まらない。
あの様子だと本当に火の精霊がいるかも疑問だぞ。
引っ越したりしていないか?
そもそも熱いと思っていたところにこの大雪は普通に想定外である。
地元の人間も防寒着なんて持っている人いるんだろうか?
装備を整える暇も無い。
異常気象?
謎だ。
くそっ。
ひとまず、山間の町で情報を集めるしかないか…。
ヴィリエは泣く泣く元来た道を戻った。
◇◇◇◇◇
雪山と化した山脈に一人の男と二人の少女が歩いていた。
小さな少女たちはとてもよく似た容姿をしていた。
まだほんの子供。ヴィリエと比べても小さな子供である。
肩の長さまで伸びた銀髪によく似た小さな背格好、色素が存在しないかのような透ける肌。
二人はほとんど、否、全く一緒に見えた。
唯一の例外はその瞳だろう。
その大きな瞳は片方が青、片方が赤であった。
男の方はどこか胡散臭い印象があった。
中肉中背。
かなり独特の改造を施したローブ姿に端整な顔立ち、そしてモノグラスをかけている。
しかしその顔に張り付いた笑みは皮肉気で邪悪。
「いやはや、とんでもない力技ですね。これが人の業とは思えません。」
「うるさい・かな・なの」
無表情で少女たちは囁いた。
小さい声である。
耳を澄まさないと聞き取れないだろう。
男はやれやれと首を竦めると少女たちに従って黙った。
すると、轟と爆発的な羽音を響かせて彼女らの前に1頭の巨竜が現れた。
その大きさは25メイルにも及ぶ。
男はあまりにも圧倒的な巨漢に感心して見た。
『貴様らここで何をしている!?』
驚いた、火竜がしゃべるとは。
奴らはさして知性は高くないはずである。
それがしゃべると個体なると…。
古代種、エルダードラゴンが一種、火韻竜ということになる。
まさに――伝説。
ブラボーぉぉ!
男は感動のあまり小躍りしたい気持ちをぐっとこらえていた。
一応、空気を読んでいるらしかった。
しかしにやにや顔を抑えきれない。
『我は問うているのだぞ!答えよ!!理を知らぬ愚か者ども!!』
「ゆきをふらせている・かな・なの」
あついのは嫌い。
少女たちは呟く。
『ふざけるな!!この山にどれほどの我が同胞が住んでいると思っているんだ!!!』
轟!
激怒が爆音と化して3人を襲う!
まさに憤怒の化身。
火竜の王の怒りは天を衝くほどだ。
こ、こわいですね…。
男の方はようやくとんでもない相手を前に危機的状況であることに気がついた。
謝ったら許してもらえますかね?
「あついの嫌い。でも――」
うるさい人はもっと嫌い・なの・かな。
少女たちは杖を構えた。
火竜はキレた。
『なんの道理も聞かぬか!蛮族共め!!』
火韻竜が口を開ける。
鉄の塊すら溶かす火韻竜のブレス!
少女たちの方の詠唱もほぼ同時。
男は思った。
力勝負か――。
「愚かですね…」
―「氷詰」(アイス・コフィン)
水・水・水・風・風――。
人の限界を超えし、超常たるペンタゴン。
カチィィィーン…。
元の静寂が訪れた。
「いくの」
少女たちは、さっさと歩いていってしまう。
やれやれ、伝説も型なしか…。
火竜の王の氷像を眺めて思った。
ガリアの王族には双子を忌避する風習があるがそれも良く分かる光景だ。
高い純度のブリミルの血を誇る王家でも魔法を合わせる芸当ができるものは歴上でもそう多くはいない。
しかしこと双子ともなればここまで合わせられる。
しかも彼女たちの出生を考えれば王家の血がそこまで濃いとは言えないはずである。
二つの杖がどうとかいう話は造話にすぎないかもしれない。
ガリア王家は代々放蕩で知られており、他国に比べてガリア貴族の中には純度の高いブリミルの血が流れている。
そこで双子が生まれればどうなるか?
状況はこれを見れば明らかであった。
これだけの力だ、王権を揺るがしかねない、真に忌避すべきなのは何だったのかが良くわかる…。