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No.21189の一覧
[0] 風の聖痕――電子の従者(風の聖痕×戦闘城塞マスラヲ一部キャラのみ)[陰陽師](2014/06/19 22:46)
[1] 第一話[陰陽師](2010/08/18 23:02)
[2] 第二話[陰陽師](2010/08/25 22:26)
[3] 第三話[陰陽師](2010/09/16 00:02)
[4] 第四話[陰陽師](2010/09/26 12:08)
[5] 第五話[陰陽師](2010/09/29 17:20)
[6] 第六話[陰陽師](2010/10/08 00:13)
[7] 第七話[陰陽師](2010/10/10 15:35)
[8] 第八話[陰陽師](2010/10/15 20:49)
[9] 第九話[陰陽師](2010/10/17 17:27)
[10] 第十話(11/7一部修正)[陰陽師](2010/11/07 22:57)
[11] 第十一話[陰陽師](2010/10/26 22:57)
[12] 第十二話[陰陽師](2010/10/31 01:00)
[13] 第十三話[陰陽師](2010/11/03 13:13)
[14] 第十四話[陰陽師](2010/11/07 22:35)
[15] 第十五話[陰陽師](2010/11/14 16:00)
[16] 第十六話[陰陽師](2010/11/22 14:33)
[17] 第十七話[陰陽師](2010/11/28 22:30)
[18] 第十八話[陰陽師](2010/12/05 22:06)
[19] 第十九話[陰陽師](2010/12/08 22:29)
[20] 第二十話[陰陽師](2010/12/12 15:16)
[21] 第二十一話[陰陽師](2011/01/02 16:01)
[22] 第二十二話[陰陽師](2011/01/02 16:14)
[23] 第二十三話[陰陽師](2011/01/25 16:21)
[24] 第二十四話[陰陽師](2011/01/25 16:29)
[25] 第二十五話[陰陽師](2011/02/02 16:54)
[26] 第二十六話[陰陽師](2011/02/13 22:31)
[27] 第二十七話[陰陽師](2011/02/13 22:30)
[28] 第二十八話[陰陽師](2011/03/06 15:43)
[29] 第二十九話[陰陽師](2011/04/07 23:31)
[30] 第三十話[陰陽師](2011/04/07 23:30)
[31] 第三十一話[陰陽師](2011/06/22 14:56)
[32] 第三十二話[陰陽師](2011/06/29 23:00)
[33] 第三十三話[陰陽師](2011/07/03 23:51)
[34] 第三十四話[陰陽師](2011/07/10 14:19)
[35] 第三十五話[陰陽師](2011/10/09 23:53)
[36] 第三十六話[陰陽師](2011/12/22 21:15)
[37] 第三十七話[陰陽師](2011/12/22 22:27)
[38] 第三十八話[陰陽師](2012/03/01 20:06)
[39] 第三十九話[陰陽師](2013/12/17 22:27)
[40] 第四十話[陰陽師](2014/01/09 23:01)
[41] 第四十一話[陰陽師](2014/01/22 14:48)
[42] 第四十二話[陰陽師](2014/03/16 20:16)
[43] 第四十三話[陰陽師](2014/03/16 19:36)
[44] 第四十四話[陰陽師](2014/06/08 15:59)
[45] 第四十五話[陰陽師](2014/07/24 23:33)
[46] 第四十六話[陰陽師](2014/08/07 19:38)
[47] 第四十七話[陰陽師](2014/08/22 23:29)
[48] 第四十八話[陰陽師](2014/09/01 11:39)
[49] 第四十九話[陰陽師](2014/11/03 12:11)
[50] 第五十話(NEW)[陰陽師](2014/11/03 12:20)
[51] おまけ・小ネタ集(3/6日追加)[陰陽師](2011/03/16 15:27)
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[21189] 第三十五話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:9d53e911 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/09 23:53
時間と場所を少しだけ移そう。
和麻達が南の島で怪獣大決戦を行っていたのとは別に、ここ日本でも新しい出会いが発生していた。

神凪煉は幸か不幸か、兄である和麻の最も苦手とする相手との邂逅を遂げていた。
李朧月と名乗った少年に、煉は多少の困惑をしていた。倒れそうになったところを支えられ、今は近くの適当なところに腰を落とし、並んで話をしていた。

ちなみに煉は朧にスポーツドリンクを貰って、それで喉の渇きを潤していた。
和麻が見れば、そんな奴から得体の知れないものを貰って飲むな! と声を張り上げて言っただろう。

朧が渡したのは正真正銘、ただのコンビニで売っているスポーツドリンクで何の細工もしていないということだけ言っておこう。

「ああ、僕の事は朧(ロン)でいいよ。知り合いは皆そう呼ぶから」

温和で人の良さそうな笑みを浮かべながら、彼は告げる。

「あっ、僕は・・・・・・・」
「知ってるよ、神凪煉君だろ?」
「えっ、どうして僕の名前を・・・・・・」

若干、身体をこわばらせて警戒する。

「ああ、そう警戒しないで欲しいな。君に対して害意は持ってないから。特に君に用があったわけでもなく、故意に接触しようと思ったわけでもないよ。ただ君の事がわかったのは単純な推理・・・・・・と言うほどのものでもないか。単なる消去法かな」

朧は煉に説明する。自分は日本に来る前、当然常識として神凪一族をはじめ、日本の術者のことをあらかた調べてきた。そしてこの場所が神凪のお膝元である事も知っている。
そこに膨大な炎の精霊を従える少年が現れた。
神凪の分家では考えられず、消去法として残るのは煉一人だけと言う事になると。
煉はそう言った朧にへぇ、と感嘆した。

「別段驚かれる事でもないかな」

苦笑しながらそう答える朧に、段々と煉は警戒心を薄れさせていく。助けられて介抱されたと言うのも大きかっただろう。
重ね重ね言うが、もし和麻がこの場にいたら、まず間違いなく最大級の警戒をしていただろう。

「それよりも朧君。さっき道士見習いって。もしかして仙道(タオ)の?」
「そうだよ。まだまだ道は険しいけどね」

言いながら苦笑する。
説明しておこう。
彼、李朧月は道士である。それは間違いない。しかしただの道士見習い、などでは決して無い。

彼は風の力に目覚めてまもなく、天狗にもなっていたとは言え、あの八神和麻をあっさりと完膚なきまでに、徹底的に潰した相手なのだ。
霞雷汎が弟子とする道士の中では、ずば抜けた才と実力を有する存在。師匠である霞雷汎が信用して宝貝をいくつも預けるほどである。太極図のレプリカを預かる時点で、その信用がうかがえよう。

彼は仙人に尤も近い道士。いや、もう仙人と名乗っても差し支えない能力を有している。
ただ本人としてはまだまだ自分の力を伸ばしたいのと、仙人になれば弟子の面倒を見なければならなくなるので、仙人と名乗るのが鬱屈なだけなのだが。
さらに年齢も見た目どおりではない。煉よりも少しだけ年上に見える外見だが年齢は百歳近い。見た目は相手を惑わし、油断させるため。
まあ本人としては、今の自分の姿を非常に気に入っていたりもする。

本人曰く『この姿で敵を圧倒すると、相手が凄くいい顔をするから』だそうだ。
中々に性格がひん曲がっているお人である。

「ところで、君は・・・・・・ああ、煉って呼んでも構わないかな? 僕の事はさっき言ったとおりに呼んで貰えればいい」
「あっ、うん。じゃあ僕も朧君って呼ばせてもらう」
「ありがとう。じゃあ改めて煉。君はどうしてあそこまで自分を苛め抜いていたんだい? はっきり言って、無駄を通り越して無意味だよ」

きっぱりと断言された煉は若干俯きながら、自分の拳を硬く握り締める。

「・・・・・・・弱い自分が赦せなかったから。何も出来なくて、ただ母様が殺されるのを見ているしか出来なかった自分が悔しかったから」

今にも涙を流さんばかりの辛そうな表情を浮かべる煉。朧は黙って煉の話を聞く。

「そうか。煉は大切な人を失ったんだね。でも君がやっていることは無意味であり無価値だ」

朧は辛辣に煉の行動を評する。

「自分を限界まで苛め抜くと言うのも一つの苦行ではあるけど、君の場合は才能がある。神凪宗家に生まれただけでその力は十分にあるんだよ。本当に神凪の血筋と言うのは凄いんだ。君がしているのは、その才能をドブに捨てているのも同じだよ」
「えっ、あっ・・・・・・」

辛口の言葉に煉は何と言っていいのかわからず口ごもる。

「君に必要なのは自分を限界まで追い込む苦行ではなく、君に適した修練だ。身体を壊してしまっては、何の意味もない。君くらいの年で身体を壊してしまっては勿体なさ過ぎる」

若いから回復も早いとか思うが、一度大きな怪我をしてしまえば取り返しが付かないこともありえる。
倒れるほどまでに身体を苛め抜くのは、精神修行の意味はあるかもしれないが肉体的には害しかない。特に成長期に差し掛かり始めた煉に取っては有害でしかないのだ。

「大体、有り余る才能を浪費する事はナンセンスであり、真面目に修行している人に申し訳がないと思わないと」

僕の知り合いにも一人いてね、と朧は付け足す。

「溢れんばかりの、それこそ僕の師にも匹敵するような才能を持っていながら、する事が終わったらはいさよならなんて、挨拶もろくすっぽせずに雲隠れする人もいるんだ。まったく嘆かわしい」

心の中で君のお兄さんだよと呟く。朧としてはせっかく出来た楽しい玩具・・・・・ではなく弟弟子だったと言うのに。帰ってきたら修行の一環であんな事やこんな事をする予定だったと言うのに・・・・・・・。

「本当に嘆かわしい」

ハァとため息を吐く。同じ頃、和麻が人知れず激しい悪寒に震えていたのは言うまでもない。

「そ、そんな人もいるんだ・・・・・・・」
「そうだよ。だから煉、君はそうなっちゃダメだよ」

ニッコリと微笑みながら、朧は言う。煉も何故か気圧されそうになりながら、うんとだけ答えた。
じゃあ僕はもう行くね、と朧が言いかけた瞬間、周囲の景色が一変した。

「えっ?」
「・・・・・・・・やられたね」

空間が変わる。朧はしてやられたと言う風に呟く。空は灰色ににごり、大地は荒廃した荒涼たる原野に。太陽は輪郭さえも見えない。

「朧君、これって・・・・・・」
「すまない、煉。君を巻き込んでしまったようだ」

朧は申し訳なさそうに答える。事実、彼は煉を巻き込んでしまった。あまりにも手痛い失態だ。まさかこうまであっさりと自分が罠に落ちるとは思いもよらなかった。

(これは僕としてはありえない失態だね。蔵から宝貝を強奪された上に、まさか罠に嵌るなんて)

笑顔を絶やさないまま、内心ではどす黒い感情が渦巻き、この陣を形成した相手をどんな目に合わせてやろうかと考えていた。

「僕が日本に来た理由は、師が保有している道具が盗まれた事に起因するんだ。僕は師からその奪還を命じられてね。ああ、別に師は僕に無理難題を言いつけた訳じゃないんだ。師は師で別の案件で動けず、この一件を解決する力があるのが丁度僕しかいなかったから」

だがそれも日本に和麻が出現したと言う情報を聞いて、朧は彼に協力してもらおうと考えていた。だが接触前に敵の強襲を受けた。
尤もすでに和麻は日本を離れ、その先で彼の師である霞雷汎に協力させられていたというのは知る由もない。

「でもこれって・・・・・」
「奇問遁甲・・・・・・・とは少し違うね」

朧は奇妙な違和感を覚えた。奇問遁甲とは占術の一つであったものをベースに作り出された術の一つである。迷路のような結界に人を引きずりこみ、惑わせ、相手を封殺するものである。出口は八つ。大半は偽物であり、通れば死に至る。
しかし奇妙な違和感を覚える。奇問遁甲に思えるのだが、何かが違う。これはゆっくりと変化している。

「まさかこれは・・・・・・・」

空間を操る宝貝は幾つかある。朧の蔵の中にも当然存在していた。

「・・・・・・・山河社稷図(さんがしゃしょくず)」

この宝貝は山河の描かれた掛け軸で、口訣を唱えると絵が現実に変化し、その中に相手を閉じ込めてしまうと言う物である。また師である霞雷汎が使うと空間を喰らい、相手を亜空間に閉じ込め、精神攻撃を仕掛ける事も出来る。

「それって宝貝の?」
「そうだよ。盗まれた宝貝の一つだ。本来は山河の中に閉じ込められるんだけど、これはちょっとおかしいね」

もしくは無音の闇の中に閉じ込められるのだが、今はそんな気配すらしない。これには少し助かる。朧ならば大丈夫だが、煉はそんな空間に耐えられまい。

「ん?」

そんな中、二人の周囲の光景が変化する。巨大な白い象が多数出現した。背中には翼のようなものまで生えている。

「花狐貂(かこてん)か。やれやれ、相手はここで僕を潰すつもりかな」

姿を見せず、宝貝のみの攻撃。確かに有効と言えば有効だ。山河社稷図の空間を力技で破壊するのも不可能ではないが、それは集中していればの話だ。
十を超える花狐貂に囲まれていては、そこまでの集中も出来ない。

「朧君、下がって!」
「おや・・・・・・」

黄金の輝きが周囲を照らす。煉と一緒にこの空間に運ばれてきた炎の精霊が大量にいたため、煉は炎を使うことが出来た。
花狐貂の一匹に命中する。炎は花狐貂の体表を燃やしつくし、内部へと侵食していく。
断末魔の声を上げるように、花狐貂は消滅する。

「お見事。さすがは神凪一族の宗家。花狐貂を炎で燃やすとは恐れ入ったよ」

パチパチと手を叩く朧だが、煉にはさほどの余裕はなかった。炎が効くのはいいが、圧倒的に炎の精霊が足りない。ここが閉鎖されていない空間ならば、花狐貂も今の煉の脅威とはなりえない

ただ言わせて貰えば花狐貂は宝貝の中でも中級くらいで、並みの相手ならば燃やすなんて事は不可能であり、以前の煉では無理であったと言っておこう。

「けどまだまだいるね。さあどうしたものか」

朧はこの状況を打開するためにどの宝貝を使うべきかと考える。
煉は煉でどうすべきかと考えをめぐらせる。誰かを守る。自分の力で。その考えの下、朧を守ろうと躍起になっていた。朧の前に出て、彼を守るように必死な形相で花狐貂を睨む。

その姿に朧はかなり好感を持っていた。いや、中々にいい子だと。
今まで出会った人間の中ではかなり上位に位置する。こんな感情を抱いたのは久方ぶりだ。和麻の時はこれまたいい玩具・・・・・ではなく可愛いい弟弟子を得たと思ったが、これは本気でお持ち帰りしたいと思わなくも無い。

(いやいや。才能があって性格もいいとなれば中々に優良物件だ。さすがは和麻の弟と言ったところかな)

そんな不穏な考えを巡らせているとは露知らず、煉は必死でこの状況を打破するかを考える。
ふと、そんな折、声が響いた。

『ようこそ、李朧月。ここがお前の墓場になる』
「いやいや。まさかこうまで熱烈な歓迎をされるとは思っても見なかったよ。それにこの僕を罠にはめてくれるなんて」
『お前が来る事はわかっていた。だからこそ、最適なタイミングで宝貝を発動させた』
「なるほど。けど君がこの宝貝と相性が良かったなんて思わなかったよ。山河社稷図と花狐貂をここまで操れるなんて。三流道士だと思っていたけど中々どうして・・・・・・」

見下したような朧の言葉にピキリと怒りを顕にした相手だったが、自分が優位に立っているからか、冷静に気持ちを落ち着かせ優越感に浸ったかのように答える。

『ふん。その三流道士に殺されるのだ、李朧月』

もう自分が勝ったと思っている辺り、小物でしかないなと朧は思わなくも無いが、確かに状況はこちらが不利だ。煉と言う足かせもある。
本来なら無関係な人間は見捨てるか、利用してせいぜい役に立ってもらうところなのだが、どうにも朧は煉を気に入ってしまった。このまま死なせるには惜しい。

それに和麻の手前もある。和麻としても今更家族が死のうがどうなろうが無関係と言い切るかもしれないが、もし一変の情でも残っていれば厄介な事になる。
朧は和麻に負けるとか殺されるとかは考えていないが、彼に本気で敵対される事だけはしたくなかった。なんだかんだで朧も和麻を気に入っているのだ。

『見よ! 我が力はこれだけではない!』

宣言すると同時に、周囲の空間が歪む。同時に出現する十数匹の妖魔。醜悪なものから、少しは知名度の高い妖魔までいる。
いや、この程度なら朧には傷一つ与えられないのだが、この余裕は気になる。

『ふははは、これで終わりではないぞ!』

言うと地平を埋め尽くさんばかりの妖魔の群れが出現する。これにはさすがの朧も少々驚いた。
空間宝貝はその空間の中において、使用者に絶対的な権利が与えられ、まさに神の如き力を振るえる。これもその一つだろう。

『ふははは! さらにこちらにはまだ幾つかの宝貝がある! 貴様に勝ち目など無い!』

耳障りな声を聞きながら、朧は本当にこいつは殺すよりも殺してくれと本人が懇願するくらいまで追い詰めて、さらに時間感覚を狂わせて、何百年にも渡る責め苦を味あわせたいと思った。と言うよりもそうしよう。

しかしこの周囲の地平を埋め尽くさん限りの妖魔の群れは面倒だ。さらには空にも空を埋め尽くさんばかりの妖魔。数にすれば百を超える。百鬼夜行なんて目じゃない数だ。千、あるいは万か。煉などはそのあまりの数に表情を引きつらせている。

「朧君。僕が何とか道を開くからその間に・・・・・・」
「その間に術者を探し出してくれ、かい? いやいや、さすがに煉でもこれは無理だと思うよ。ここが通常空間ならまだしも、精霊の数が限られているこの空間では」

純然たる事実を口にする朧に煉は顔をしかめる。

「煉。自分の実力を正確に把握する事は必要だよ。それに虚勢は時として自分だけじゃなく他人にも被害を及ぼす。僕を思ってくれているのは理解できるけど、この場においては美徳にはならない」
「朧君・・・・・・・」
「大丈夫。君は死なせないから」

さてさて。自分も甘いなと思う朧ではあるが、言った限りは何とかしなければなるまい。幸い、広域殲滅用の宝貝も持ってきているし、逃走用の宝貝もある。何とか逃げるだけは出来るだろう。

『ふははは! 李朧月! 逃がしもしないぞ! 貴様はここで死んでもらう!!』
「一々うるさいな、楊飛浪。君みたいな三下がこの僕を殺す? 冗談は程ほどにしてもらいたいものだね」

この状況にも関わらず放たれる殺気に、姿を見せていないにも関わらず楊は恐怖を感じた。大丈夫だ、負けるはずが無い。
楊は自分自身にそう言い聞かせる。如何に奴とてこの状況では圧倒的に不利だ。まだ自分には他の宝貝もある。
負けるはずが無い。負けるはずが無いのだ。

(そうだ、私は、私は三流などではない! 私はもうこいつに怯えていたあの頃の私ではない!)

心を落ち着け、楊はカッと目を見開く。

「死ぬがいい!」

高らかに宣言した。
瞬間、彼らを閉じ込めていた空間の一部が“燃えた”。

「なっ!?」

楊が驚愕したのもつかの間。燃えた空間の一部から膨大な炎が流れ込んできた。“蒼く”輝く炎が。それこそありえないと言えるほどの熱量とエネルギーがこの閉ざされた空間に充満した。

「ぐっ、ごあぁぁぁっっ!?」

咄嗟に楊は空間を解除し、自らを脱出させた。脱出の際にはかなりの力を使った。万が一の際に逃げられるように準備していたが、あまりにも突然の事態に炎から逃げるので精一杯で、遠くに転移する事ができなかった。
逃げる直前、楊は炎に焼き尽くされる妖魔と花狐貂を見た。何の抵抗もできずに、瞬きする間に消滅する数千の妖魔と数十の花狐貂。
ありえない。なんだこれは!?

「ぐっ・・・・・・」

逃げたとは言え、身体には多大な負担を強いていた。全身を痛みが襲う。片腕は炎に焼かれた。そこには本来あるべき腕が残っていなかった。

「な、何が・・・・・・」

楊は何が起こったのかを考える。周囲を見渡すとそこには李朧月と煉。そして別の場所に蒼き炎を纏った神凪厳馬が悠然と立っていた。

「と、父様!?」

煉は驚きの声を上げた。何故ここにと言う想いが強かっただろう。

「お前が外に走りに出たと聞いて様子を見に来た。だがよもやこのような事態に巻き込まれていようとは」

厳馬がこの場に来たのは煉を心配してだった。厳馬は煉に休めと言った。しかしその言いつけを守らず、煉は自主鍛錬で外に出た。
限界近くまで厳馬と修練をしたにも関わらずだ。疲労と言うのは自分では分からないこともある。煉が自己管理できていないのではないかと言う危惧があった。

また出かける前に重悟から、最近この近辺の妖魔の封印が解かれていると言う話も聞いた。
まさかとは思うが、力あるものは力あるものを引き寄せてしまう。
煉にもしもの事があってはと思い、厳馬は自ら赴いた。
妻を失った今、厳馬はそれなりに過保護になってしまったようだ。

「ば、バカな。我が空間があっさりと・・・・・・・」
「大して秘匿もされていなかった。見つけるのは難しい事ではない。それに破壊も」

何気無しに言う厳馬だが、楊は戦慄した。
見つけるもの、破壊するのも、並大抵の事ではない。ましてや炎術師は何かを見つけるには不向き。さらに他人の展開した宝貝空間を力技で破壊し、一瞬で妖魔を消滅させるなど。

「確かに炎術師は何かを見つけるのは不向き。だが気の流れを読むのは修練でいかようにもなる。広域では無理でも狭い範囲ならば、な」

厳馬は己の限界を知った。ゆえに力だけではなく、様々な面に手を伸ばした。すでに炎術師としては完成されかけているのだ。他に手を伸ばす余裕はある。
目を付けたのは気の操作。神炎使いとして更なる高みを目指すためにも、また炎術師としての索敵の限界を補うためにも、今まで以上に気と言うものを高いレベルで習得する事が必要と考えたのだ。
違和感の放つ結界を見つけた後は簡単だ。力ずくで結界を破壊した。厳馬の神炎ならば、宝貝空間さえも燃やしつくせる。

「化け物が・・・・・・・」

ギリッと歯をすり合わせる。
この世界において神凪厳馬の名を知らない人間などいない。確かに先の神凪の大失態で最強の炎術師の名は地に落ちた。しかし神凪厳馬は別格だ。
彼は神凪重悟と並んで生きる伝説なのだ。
神凪厳馬の出現は楊にも計算外だった。ただでさえ朧一人でも厄介と言うか罠にはめてギリギリ勝利できるかといったところだったのに。

「ああ、残念だったね」
「っ!?」

声がした方を見る楊。だが彼が意識を保っていられたのはそれが最後だった。一瞬にして彼は意識を刈り取られた。
楊の意識を刈り取った朧は柔和な笑みを浮かべながら、厳馬に向かい直り一礼をする。

「神凪厳馬殿とお見受けいたします。僕の名前は李朧月。大陸よりこの男を追ってきた道士です。このたびはご協力ありがとうございます。おかげで僕は彼を確保する事が出来ました」
「・・・・・・・・そうか」

厳馬はチラリと煉を見る。

「ご子息を巻き込んだことは謝罪いたします。ですが、彼を巻き込んだのは僕の本位ではありません。それだけはご理解ください」

あくまで下手に出る朧。彼とて神凪厳馬と事を構えるつもりは無い。

「あ、あの、父様! 朧君は僕が倒れそうになっていたところを介抱してくれたんです!」

煉もこのままでは不味いと判断したのか、朧をかばうような発言をする。

「・・・・・・・・わかった。だが煉。これに懲りたら、あまり無理をするな」
「あっ、はい・・・・・・・」

それだけ言うと厳馬はくるりと彼らに背中を向ける。

「戻るぞ、煉」
「あっ、父様」

歩き出した厳馬に煉はどうしたものかと思案していると、朧が苦笑しながら言う。

「煉。僕はもういいから君はお父上と戻ると良い。なに、彼はもう無害だよ。彼には宝貝を返してもらって、きちんと僕の師の元へと連れて行くから」
「でも、大丈夫?」
「心配してくれるのかい? 大丈夫だよ。宝貝を取り上げてしまえば、彼は何も出来ない。それに厳馬殿が彼にダメージを与えてくれたからね」

心配しなくていいと、朧は煉に言う。

「また後日、神凪にお礼に行くよ。君にも迷惑をかけたしね」
「そんな。僕は何も・・・・・」

また何も出来なかった自分を卑下するかのように顔を俯かせる。しかし朧は彼の肩にポンと手を置く。

「いやいや、そんな事はないさ。だから自信を持つといい。そうだね、煉。もし君が僕に詫びる気持ちがあるのなら一つだけ頼みを聞いてもらいたい」
「頼み?」
「そう。僕と友達になって欲しい。悲しいかな、僕には友達が少なくてね」
「そ、そんな事でいいの? でももう僕たちは友達だよ」

煉の言葉に逆に朧は驚いた顔をする。色々と面白い子だと思いつつ、ニッコリと笑う。そしてスッと右手を差し出す。

「よろしくね、煉」
「うん、朧君」

煉も握手を返す。弟が最悪の人物の友人になったと言う事を和麻が知るのは、もう少し後の事になる。

「じゃあね、朧君!」
「ああ、またね、煉」

後日、彼が神凪の邸宅に訪れる事になったり、煉の通う小学校に彼が転入してくる事になるのだが、それはまた別のお話。
ただし、彼がもたらすものは、煉の平穏とはまったく別のものであったということだけ明記しておこう。



「うっ・・・・・・・ここは」

楊は薄っすらと目を開ける。そこは音も光もない闇の空間だった。楊は自分の身に何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
だがすぐに顔を青ざめさせる。自分は神凪厳馬の炎で大きなダメージを与えられ、その後李朧月に意識を刈り取られた。
と言うことは・・・・・・・。

「うん。正解だよ」
「っ!?」

背後を振り向くと、そこには道士服を身に纏った朧がいた。

「やあやあ。君にはずいぶんと面倒をかけられた。だからね、僕もかなり面倒な方法で君を殺してあげるよ」

ニッコリと笑う朧に楊は戦慄した。

「君は気絶も発狂も自殺も出来ずに時間感覚的には百年間ここで苦しみぬいてもらうよ。ああ、宝貝は全部回収したから」

言うと、段々と朧の姿が薄くなっていく。

「ま、待て!」

手を伸ばすが、その手が朧を掴む事はない

「じゃあね、バイバイ」

姿を完全にくらました朧。次の瞬間、楊の絶叫が闇に響き、その声が途絶える事は決してなかったのだった。

「ふう。まったく。手間を取らせてくれる」

楊を捕らえている空間から出ると、朧は一息つく。

「しかし和麻にあえるかと思ったけど、思わぬ収穫があったな。神凪煉、か。これはしばらく退屈せずに済むね」

クスクスと笑いながら、彼は一度中国に戻るべく空港に向かう。老師に宝貝を返却しなければならないし、しばらくの間暇を貰う事も許してもらおう。
童心に返って遊ぶのも悪くは無いだろう。

「ああ、実に楽しみだな」

こうして本来ではありえない時間に、李朧月が転校してきた事で煉やその周囲の人々にどんな影響を与えるのか。
そしてそれが良い方向に向かうのか、それとも悪い方向に向かうのか、それは誰も知らない。



あとがき
煉編終了です。結構短かったですね。煉のエピソードはもうあとちょっと書きたいですかね。
次回は綾乃編。そろそろ原作ヒロイン(某所ではヒドインなど呼ばれる)の活躍を書かないと。つうかそろそろ原作みたいな和麻と綾乃の絡みも書きたいですね。

あとこれから霞雷汎や朧の宝貝は原典の封神演義と藤竜版の封神演義から借りてこようと思います。と言うよりもえげつない朧君にはえげつない宝貝を使ってもらいたい。
主に十天君が使ったあれですね。





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