ヌッカの酒場で、その酒場の名前の由来である店主と、イービーが話し込んでいる間、酒場で呑んでいた全ての賞金稼ぎ達は、何気ない風を装いながらもそれとなく聞き耳を立てていた
悠然としているのはサラだけである。腕組みして行儀悪くテーブルに足を乗せ、ハンドガンを弄り回しながら酒を呷る
「あら、そうねぇ……」
「まぁ、奴は……」
イービーは、格別の男である。共通の認識だった
ぽっと出の新人の癖に、べらぼうに強くてしかも頭が回る。その上冷静で、誰が言ったか知らないが運も強いらしい
ヌッカの酒場は仕事仲間を求めるハンター達の酒場だ。なんのかんので細かい規定等は無いが、それでも序列は生まれる
ハンターの格の問題だ。より能力のある者が仕事仲間を選り好み出来る
イービーに呼ばれるのを、みーんな期待しているのだ。ここ暫くのイービーのハント振りで、彼についていけば間違いなく儲かるのが解っていた
ヌッカがにこにこしながら声を張る
「サラちゃぁーん! お呼びよぉー!」
店内のそこかしこから溜息が上がった
「あぁまたかよ!」
「ちったぁ俺達にも儲けさせてくれよなぁ」
「ひょっとしてお前ら出来てんじゃねぇのか?」
馬鹿こけ、と言う怒声と共にロックアイスが吹っ飛んで、野次を飛ばした男の頬を掠めた
ロックアイスを放り投げたサラは、ふふん、と鼻で笑ってハンドガンをホルスターに納める
自慢げな笑みだ。イービーが荒野を騒がせる時、大抵はサラを伴う。サラがイービーのお気に入り……と言う言い方で正しいのかは解らないが、イービーの背を守るのも、アイリーンの随伴歩兵を務めるのも、何時もサラだと言う事は、周知の事実であった
「やっぱりな、イービー。お前の相方を務められる奴なんて、俺以外に居る訳ねーからな」
親指と人差し指を立て、拳銃に形に見立てた手をイービーに突き出す
イービーは苦笑する。イービーがサラを巻き込むのは、大抵酷い場所だ。イカレタンク然り、ドミンゲス然り、他にも海岸部で鉄屑を探索しながらテロ貝を初めとするミュータント達を延々倒し続ける苦行を行ったり、冷血党の籠る拠点に殴り込みを掛けたりもした
だが、このソルジャーは怯えを見せない。どんな苦境でも、吐き出す言葉は「掛かってこい」だ。だからイービーは、サラの事を信頼している
「今回の相手も凄いぜ、ソルジャー」
「そりゃ楽しみだぜ、ハンター。で、俺達にぶっ殺される哀れな獲物はどいつだ?」
イービーはカウンターに凭れ掛かりながら、ヌッカの差し出したグラスを呷った
「サラ、バイク乗れるか?」
「あん? そりゃ乗れるが……」
「なら問題ない。俺の女を一台貸そう。今度の相手は……サルモネラスだ」
ヌッカの酒場にざわめきが広がった
――
サルモネラス。ヌッカの酒場からそう遠くない荒野に出没する超巨大ダンプカーで、多くのトレーダーがその餌食になっている。強力な火器を有していて、戦車を持ったハンターですら相当の数が倒されている
賞金額は、ここいら一帯では頭一つ抜けている。イービーの次の狙いは、この凶悪な狂った兵器だ
「だからバイクか。だが、バイクなんぞ何処で手に入れたんだ?」
「幸運の女神が愛人でね」
「ケ、言ってろ」
腕組みしたサラは胡乱気にイービーを見る
毎度毎度の事ながら、コイツの狙いはデカい
ドミンゲスなんて正にそうだ。まともに人数を集めて倒そうとしたら、ヌッカの酒場に集うハンターは半分以下になって、ヌッカは経営難に悩んだ事だろう
普通のハンターが束になっても敵わないような相手に、平然と挑みかかっていく。だが、倒すと言った相手は必ず倒す
事実、ドミンゲスだって倒した。たったの三人で、しかも誰も死なずに
これがどれ程世のハンター達を驚かせたか
「(涼しい面ァしやがって)」
見詰めるイービーの瞳は、平然としている。何を気負っている訳でもない
それでこそイービー。サラは、断る事など考えなかった。この男ならば、勝つ
武者震いをした時だ。酒場のドアが開いて、一人のハンターが頭に絡みついたゴーグルを引きはがしながら現れる
クリントだ。サラは露骨に顔を顰めた
ドミンゲスを仕留めて以来、サラはクリントに隔意を抱いていた。以前から仲が良い等とは言えない関係だったが、今のサラはこの名うてのハンターに失望に近い感情すら抱いていた
「どうやら面白い話をしているようだな」
耳も良かったっけな、コイツ。鼻を鳴らして背を向けるサラとは対照的に、イービーはクリントに向き直る
「会うのは二度目だったか。俺の事を覚えているか?」
「あぁ。……それに、良く名前を聞く」
「……さてね。ま、他の連中と比べて、多少働き者の心算はある」
イービーはクリントの事をある程度知っていた。ヌッカの酒場に出入りしていれば、クリントの名は嫌でも耳にする
伝え聞く戦績や武勇伝は、誇張が無いとすればそれは大層な物だった。曰く、凄腕、神業。クリント以上のドライバーは居ないとまで言われている
「なぁ、お前、俺を連れて行かないか」
ヌッカの酒場が、再びざわめく
クリントは、組まない。複数のハンターが集まる大仕事に顔を出す事もあるが、基本的に一人で活動する
イービーもその話を聞いていた。当然の疑問をイービーは投げ掛ける
「……何故ついて来ようと?」
「サルモネラスは、流石に俺だけじゃ面倒そうだからな。お前となら不安が無い」
「“クリントは組まない”んじゃ?」
「別にそういう訳じゃない。組んでも良いと思う奴が居なかっただけだ」
「光栄だね。取り分の希望はあるのか、ハンタークリント」
「俺の働きぶりを見てお前が決めれば良い。ドミンゲスを倒した男」
イービーは面白そうに笑った。この男はサラとは全然似ていない癖に、サラと似たような事を言うのだ
クリントは鷹揚に語る
「前にも言ったか。お前、他の奴等とは違う」
「……」
「お前、計算したことあるか? ハントの計算さ。例えば一発屋を、どの程度の弾薬を使って、一日にどの程度倒せば、どの程度の利益が出る、とか。修理費を、どの程度までの損害ならば、許容できる、とか」
「…………いや、無い」
平然とイービーは応える。クリントはニヤニヤ笑った
イービーはそんな計算はしなかった。弾薬費に悩む程敵を強いと思わなかったし、修理費に悩む程損害を受ける事も無かった
採算なんて、考える必要も無かった。現れたモンスターを片端から倒していくと、最後には必ず大きな利益が出ているのが普通だったからだ
「そうさ、イービー。そんな計算は、俺とお前以外の連中だけでしてれば良い。だから俺はお前と組みたいのさ」
――
夜の酒場で、ヌッカから話を聞いたあてなは絶叫する
あてなは仲間外れにされて泣いていた
「何でさー! 何であたし除け者なのさー! あたしだって役に立つよ! ハンターが何だっての! 今はメカニックの時代だよ!」
たまたま傍で呑んでいた筋骨隆々のレスラー、ハンセンが、ぼそりと囁く
「クリントの前で同じ事が言えるか?」
「ひ、ひ、酷いよー!」
白い髪を振り乱して、あてなはやっぱり泣いた
――
「アダリーナだ。気が強くて、素早くて、タフだ。サラ、お前にぴったりの美女だよ」
塗装も真新しいモトクロスレーシング用バイクの前に立ったサラは、ゴクリと唾を飲む
黄色いペイントが太陽の光を跳ね返している。乾いた熱い砂の上で、固定機銃であるバルカンとスマートポッドを黒光りさせる「アダリーナ」は、早く乗れとサラに促していた
ハンターの中で
戦車を持つ者が、どれだけいる?
そこから更に、他の車両まで保持出来る剛運の持ち主が、どれだけいる?
解らん男だぜ。サラは頭を振りつつ、アダリーナに跨る
既にエンジンは温まっている。太腿の間に感じる、震える美しい車体。アクセルを絞った瞬間、アダリーナは砂を巻き上げ、疾走を始めた
風とエンジンの音のみが聞こえる。アダリーナの歌声
良いシャシー。サラの体重移動一つで容易に向きを変える
しかも、不安が無い。遠慮なく全開に出来るボディ剛性、安定性、グリップ
サラは急ブレーキをかけて、後輪を滑らせる。百八十度のターン。足を地につけ、髪を掻き揚げた
遠くに腕組みするイービーと、自慢の、グリーンペイントの軽戦車「モスキート」に背を預けるクリントが見える。僅かな間に、ここまでを駆け抜けたのか
イービーが手を上げた。サムズアップしている。サラは気分よく笑った
――
夜の荒野は、昼とは比べ物にならない程冷える
ホットコーヒーを啜りながら、三人は地図を囲んで額を寄せ合った
「サルモネラスの移動に規則性は無いが……不思議と奴は、ここいら一帯から離れない。弱点を知る手掛かりになるかと、多くのハンターがそれが何故かを探ったが、結局今まで判明しないままだ」
クリントは地図を指差しながら言った。イービーが顎に手をやる
「明日には奴の縄張りに入るな。直ぐに接敵することになるか?」
「どうかな、イービー。まぁ馬鹿でかいダンプカーだ。見つけるのは簡単だろうし、不意打ちを受ける心配も無いだろうが」
「荒野か。遮蔽物は無い」
「引きずり込めるような廃墟もな」
サラが割り込んだ。平然と、凄まじい事を口にした
「全部避けりゃ良い」
サルモネラスを前にして、イービーも、クリントも、その火力を特に危険視していた
遮蔽物に出来るような物は無い。身を隠せる場所もだ。そうなると、聞き及ぶサルモネラスの火力を全て真正面からどうにかしなければいけなくなる
サラの言う事は、正しい。イービーは頷いた。機動戦だ。純粋に、車両の性能とそれを操る技量が問われる
「俺とモスキートは、そういうのが本領だ」
クリントは小さく笑っている。そっちはどうだ、イービー
「アイリーンは常に俺を満足させてくれる」
イービーは自信満々に言って、懐から古びたコインを取り出した
コイントス。サラが横から手を出して、空中のそれを奪い取る
「賞金の使い道でも考えようかね」
コインの表側で、波打つ髪の美女が遠くを見つめている
――
昼頃、荒野に響いた轟音に、サラは顔を上げた
青い空を見上げて、音の出所を計る。そう遠くない。黙視できない距離からの音では、決してなかった
「右前方の丘の向こうだな」
集音機が拾ったサラの声に、まずイービーが先頭を切る。アイリーンがキャタピラの回転率を上げ、荒野に足跡を刻みながら丘の方向へと走り始める
無い筈の状況ではあるが、静止状態で鉢合わせするのは御免だった。ミサイルの雨に一瞬で叩き潰されるだろう
可能性があるなら、出くわす前から戦闘速度だ。アイリーンの黒い車体の右後方に、モスキートが軽快なエンジン音を上げながら追従する
スピーカーがヴン、と鳴った
『サラ、言うまでも無い事だろうが、アダリーナが一番小回りが利く。頼んだぜ』
「サラおねーさまに、任せときな!」
大声で叫びながら、サラとアダリーナは丘の上から跳んだ
一瞬、空を感じる。遠くまで荒野が見渡せた
岩と砂、廃墟の蜃気楼。そして、徹底的に破壊され火を噴く何かの車両と、狙いのウォンテッドモンスター、巨大ダンプカーサルモネラス
サラに僅かに遅れて宙を舞ったアイリーンの中で、イービーが鼻を鳴らした
『冷血党か。サルモネラスに出くわすとは、運が無かったな』
「仕掛けるぜ野郎ども!」
『おい、このクリントをお前が仕切ろうってのか?』
サルモネラスは轟音を上げながら向きを変える。巨体の分、動きは早いとはとても言えない物だった
指示を飛ばすのは、矢張りイービーだった
『真正面から斉射! 一撃したらバラけるぞ!』
Cユニットが徹甲弾の装填を行う。如何なタイミングでも、如何な方向にでも車体を制御出来るよう慎重にアイリーンを操りながら、イービーは狙いをつけた
サルモネラスが向きを変え終える前に、アイリーンとモスキートは火を噴いた。徹甲弾がサルモネラスの横腹に遠慮なく突き刺さる
サラはアダリーナの速度を上げた。アイリーンの脇をすり抜けて、最高速度でサルモネラスに突っ込んでいく
スマートポッドが持ち上がって、小型ミサイルを吐き出した
「ヒィィィィヤッホォォォォォォーーッッ!!」
雄叫びを上げながらサラはバルカンと、左手のウージーを唸らせる
スモールポッドの一撃を加えた後、二種類の弾丸を撃ち掛けながらサルモネラスの横を駆け抜ける
その質量差は、羽虫が象に向かっていくような物だった。クリントが感心したように言う
『相変わらずの糞度胸だ。戦う為に生まれてきたような女だな』
サルモネラスの回頭が終わった。荷台部分の赤褐色の物体上に、何かが競り上がる
イービーは舌打ちしながら、もう一度徹甲弾による砲撃を行った。イービーに続くように、クリント
鼻面に二発打ち込む形になる。徹甲弾は確かにサルモネラスの装甲を貫き、シャシーに減り込むが、大したダメージになっているようには見えない
『イービー、来るぞ!』
イービーとクリントは左右に別れ、サラに習うようにサルモネラスの横を走り抜けていく
サルモネラスの荷台から、無数のミサイルが発射された。幾つもの煙の軌跡。数えきれない弾頭は一定の高度まで上昇すると、途端に進行方向を変えてイービー達を追い掛けてくる
幾人ものハンター達が、やられる訳だ。ただの一斉射が、優に三十発はある
「やられんなよお前らァー!」
サラの叫び声が聞こえた。イービーとクリントは笑っていた。同じタイミングだった
モニターを睨みつけながら、ギリギリまでミサイルを引き付ける
ケツを掘られそうになった瞬間の、ドリフトターン。地面を削るキャタピラ、唸りを上げるエンジン
持ち上がる砲塔。アイリーンの背で、地面に吸い込まれていったミサイル群が激しい炎を噴き上げる
何発耐えられる? クソッタレダンプカー。アイリーンの砲塔が三度唸る
サルモネラスの横腹、初撃と同じ位置に、またもや徹甲弾が突き刺さった
それに呼応するようにクリントも攻撃する。このハンターは戦車の操縦も抜群に上手いが、敵の隙を突くのも上手い。イービーとは反対側に上手く回り込んで、反撃を受けずに一方的に四発も撃ち掛けていた
サルモネラスはまたもや方向転換を行う。足元を、機銃弾と手榴弾をばら撒きながら駆け抜けていくサラに、完全に翻弄されている
機動戦は大当たりだ。イービーはアイリーンの操縦席で、計器を優しく撫で摩った
色男の愛撫に興奮するように、アイリーンは咆哮する
『嵌ってるな、コイツ。完勝かな、コイツには』
クリントが、サルモネラスのミサイルの二斉射目をいとも簡単に回避しながら言った時、サルモネラスのエンジン音が変わった
ぎゅるる、と言う回転音が、酷く重たく、深い音になる。サルモネラスの車体がうねる
スピードが上がった。目に見えてだ。砂と泥を巻き上げながら、サルモネラスは突進した
『そうそう上手くは、行かないかッ!』
モスキートに、サルモネラスの会心の体当たりが決まった。ミサイルの群れを、車体を制御できるギリギリまで振り回して回避した直後だ。予見していないサルモネラスの速度から、逃れ得ない
激しい衝撃に歯を食い縛りながら、クリントはモスキートのダメージを確認した。強烈な一撃だった
Cユニットは、シャシーに損傷が発生したことを示している。クリントの目が鋭くなる。モスキートを操縦する手付きが、より早く、無駄の無い物に変わっていく
「クリント! ……舐めやがって!」
サラはサルモネラスの前に出た。幾ら早くなったとは言っても、アダリーナの機動力に勝る程ではない。その気になれば容易に背後に回れるが、サラは敢えてサルモネラスの前面で車体を左右に振りながら走行する
ははは、と笑っていた。酷い顔で笑い声を上げながらサラはアダリーナと踊る。熱砂と熱風をうねらせながら、死線の上で踊るのだ
サルモネラスはサラの狙いどおりにその尻を追い掛ける。出鱈目にウージーを撃ち掛けながら、サラは囮を続ける
右への急旋回。追走するサルモネラスの追い足が鈍る。アクセルオフから急ブレーキ。思い切り体を倒して、後輪を滑らせる
百八十度のターン。持ち上がるモトクロスバルカンとスモールポッド、そしてサラの両手に光るショットガンとウージー
全て、火を噴く
食らえ、食らえ、食らえ、サラは呻きながら撃ち続けた
果たしてサルモネラスは、アダリーナの旋回性能についていけていなかった。サラへ突進する事かなわず、サルモネラスはその横をすり抜け、急停止する
再び晒される横腹。そしてイービーもクリントも、そういった隙を態々見逃す程優しい人種ではない
砲弾、機銃弾、ミサイル、手榴弾。全ての火力がサルモネラスに注がれる
巨体を制動しきれず、満足な旋回も行えないまま、サルモネラスはそれを受けた。火の雨の中で向きを変える姿にサラは嗜虐的な笑みを浮かべた
荷台部分の物体に、またもやミサイルが競り上がる。しかしあらゆる弾丸が降り注ぐ中だ。ミサイルは顔を出した端から弾丸に貫かれ、誘爆し、サルモネラス自身に大きなダメージを与えていた
そして、サルモネラスは煙を噴き上げた。サラは雄叫びを上げた
「ザマァァァ、見ろってんだァ、この鉄屑め!!」
サラが放り投げた、手持ち最後の手榴弾が、サルモネラスのフロント部にぶつかって爆発する
――
『おい、変だぞ』
「変? 変じゃないモンスターが居るか? なぁイービー」
『変……どころじゃないな。こりゃ大変だ。そんな感じだ。ヤバいぞ、今までに無いぐらい』
ゆらゆらと白い煙を吹くサルモネラスのフロント部が
割れた
ぱっくりと割れたのだ。壊れた訳ではない。規則正しい計算された割れ方だった
フロント部だけでなく、全身が駆動し、持ち上がり、組み上がり、パーツを入れ替えて、どんどん形状を変えていく
皆、唖然とした。何かの冗談かと本気で思った
変形しているのだ、このダンプカーは
「な」
角ばった形状ながら、獣の立ち姿を連想させる威容。巨体である事は変わらず、しかしキャタピラを備えた二足で立ち、背か頭部か判別し難い上半身には、こちらの戦車に装備している物とは比べ物にならない口径の砲塔が存在感を放っている
アナグマのような面構えだった。口と思しき箇所からよだれのようにオイルを撒き散らしながら、サルモネラスは前傾姿勢になる
ミサイルが吹き上がり、砲塔が火を噴いた。サラはアクセルを全開にしていた
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!!」
地面に大穴が穿たれた。巻き上げられた砂をサラは全身に浴びる
畜生、と吐き出す。想定外の事態にも臆せずウージーを向けるが、弾は出なかった
ジャムった! 今の砂か! 普段、殆ど起こらないアンラッキーに、サラは歯噛みする
『変形しようが、合体しようが、今まで打ち込んだ砲弾が消える訳じゃあるまい』
逸りながらも飽く迄冷静。矛盾しているが、そう表現する他ないクリントの、自信ありげな声が響く
アイリーンとモスキートが示し合わせたように左右に別れた。ミサイル群がサルモネラスのマルチロックに制御されて、二群に別れてそれを追う
出鱈目に車体を振り回し、進路を変え、それらを避ける。完全には不可能だった。数発のミサイルがアイリーンとモスキートにそれぞれ着弾し、装甲タイルを引きはがす
『よくも俺のアイリーンを』
蛇がのたうつようにみかわし走行するサラを、キャノン砲が追った。次々と穿たれる大穴は、しかしあと少しの所でサラを捉えられない
サラを狙い撃つのに熱中するサルモネラスの顔面に、少々鶏冠に来たイービーが徹甲弾を直撃させた
続いてもう一発。しつこくもう一発。三発の直撃弾に、サルモネラスは仰け反る
変形して攻撃は激しく、狙いはより正確になったが、安定性能は大幅に下がっている
イービーは砲塔を回転させた。サルモネラスの周囲を円を描くように疾走しながら絶え間なく砲弾を浴びせる
そしてそれは、モスキートも同じだった。アイリーンより速度があり、小回りも効くモスキートのヒット&アウェイは、正に見事と言う他ない
変形したから何だ? 攻撃可能面積が増えて、良い的になっただけだ
イービーは憎まれ口を叩く。激しく降り注ぐ砲弾とミサイルは、決して馬鹿に出来る者ではなかった。イービーとクリント、そしてアダリーナにのったサラでなければ、とっくに死んでいる筈だ
これがサルモネラス。これが一万五千の賞金首
イービーは大きく息を吸い込んで、冷たい声音で言う
『壊してやる』
周囲を旋回し続ける三人に業を煮やしたか、サルモネラスは右腕を振り上げた
地面に叩き込まれる鉄腕。寸での所で回避しているサラ
もう何度目か解らない、サルモネラスから発射されるミサイル。イービーは叫んだ
『効いてる! 死に掛けだ!』
ミサイルの爆風の中を強引に抜けて、サルモネラスの正面へ
またもやミサイルの雨。そして向けられる砲塔
背筋がゾクゾクする。サラが何か叫んでいる
やっちまえ、か? サラ、真似させてもらおう
急激なブレーキと、ターン。この回避の仕方ももう何度目か
ターゲットの急激な失速に反応出来ず、ミサイルは地面に突き刺さる。至近距離での爆風に焼かれながら、アイリーンは砲塔をサルモネラスに向けた
狙いは今、イービーとアイリーンにのみ定まっている
勝負だ、サルモネラス。イービーは主砲、副砲、SE、全ての武装を起動した
『合わせろ、ハンター、ソルジャー!』
足を止めての撃ち合い。クリントが、サラが、無防備になったサルモネラスの側面を容赦なく滅多打ちにする
砲弾がアイリーンの前面装甲に突き刺さった。機銃が吹き飛ぶ。ホーミングミサイルが降り注ぎ、シャシーを歪ませる
呼吸すら出来ない高密度の極限状態の後
倒れたのは、サルモネラスだった。右腕部と腰部の関節を、武装を、走破装置を、ありとあらゆる物を破壊され
サルモネラスは、ばらばらと崩れ落ちた
『アッディーオ、荒野のシニョーレ』
さようなら、永遠に。数多のトレーダーとハンターを殺し、近隣を震え上がらせた、荒野の領主よ
――
サラの髪は焦げていた。いや、髪なんかどうでも良い部類に入る。サラの体は爆風に焼かれ、砲弾で撒き散らされた砂礫に切り裂かれ、ミサイルの金属片はアーマーを食い破って背に突き刺さっており、ズタボロも良い所だった
だが、ソルジャーだ。こんな物は慣れっこだ。フン、と鼻を鳴らして、サラはキャンティーンに入った酒を口に含む
荒野の夕暮。イービーとクリントはそれぞれの愛車に応急処置を施していた。サラは眉を顰めながら背の金属片を何とか取り出し、酒の後に回復ドリンクを一気飲みする
クリントの背が、近い
「何でだ」
「何がだ」
「ケ」
コイツ本当は、冷血党なんて怖くないに違いない。サラは思う
こいつ等は、凄い。イービーも、クリントも、他とは比べ物にならないハンターだ
サルモネラスを倒すのに、本来ならどれだけの人数が要る? どれだけの武装が要る?
矢張りこいつ等の随伴歩兵を務めるなら、このサラ様くらいのソルジャーでなきゃ無理だな
誰に言う訳でもないのに、サラは冗談めかして思考を纏めた
「イービー、大したハンターだぜ、お前は」
イービーは笑って、クリントに流し目を送る
サラは照れながら、付け加えた
「あーそうだな。……ま、クリントも、そこそこにゃ、やるんじゃねぇか。俺達程じゃないけどな」
クリントは肩を竦めて見せた
――
おまけ。イービーの女性遍歴 その1 滝つぼの守り人
湿った洞穴の壁をコンコンと叩く音がする。入口の方に眼をやれば、握りしめたコートを肩に引っかけた男が、壁に背を預けている
油で汚れた金髪を弄りながら、ベルモンドは上機嫌になった。こういう気障ったらしい挨拶をくれるのは、ベルモンドの知る内では一人しかいない
「イービー! よく来たな! やられる訳ないと思っちゃいたが、やっぱりしぶとく生きてやがったか!」
「俺は不死身のスーパーミュータントだからな。俺を殺せるような奴は、まだ見た事がないんだ」
逆立った赤い頭髪を揺らす、何時もは鋭い視線を優しげに緩めたハンター
肩を竦め、首を傾げ、重心をずらして斜めに立つその気障な装いに、そこいらの男には出せない色気が漂っている
イービー。泣く子も黙る冷血党、その遊撃隊長を討ち取り、一躍勇名を馳せた男である
ブーツの底に纏わりつく土を蹴り払いながら、イービーは無遠慮に歩を進めた。勝手知ったるなんとやらで、気を遣う様子はない
ベルモンドも全く気にせず腕を広げてイービーを歓迎する。機械油で黒く汚れたタンクトップの胸元に、イービーは親しげに拳を当てた
「おう、その調子じゃまだ例の跳ねっ返りは見つかってないみたいだな?」
「あぁそうさ。エリノーラが心配だ。あのじゃじゃ馬娘が俺の女を優しく使ってくれるとは思えない。不安だね」
大袈裟に溜息を吐いて、とある家出娘に奪われたバイクの心配をするイービー
ベルモンドは心底面白そうに笑う。この気障な男が女にやり込められていると思うと、ギャップを感じてそれが妙に楽しいのだった
「シセは?」
イービーがベルモンドに向き直る
と、視線が洞穴のさらに奥に向かった
「探すまでもなかったな」
洞穴の陰から、少女がこちらを覗き込んでいる。はっと息を吸い込んだ少女、シセは、あっという間に走りこんできて、イービーに抱き着いた
「ドラムカン!」
「おーよしよし、良い子にしてたか」
「何それ! ドラムカンの意地悪!」
ドラムカン、この呼び名は、この先ずっとこうだな。イービーは苦笑する
飛び込んで来たシセを抱き上げ、頭上まで持ち上げるとくるり、一回転した
シセは楽しそうにキャッキャと笑う。おまけに一つ逆回転して、イービーは小さくて柔らかい体をそっと下す
そして、意地悪そうに笑うのだ
「さて……ん? おいベルモンド、俺達の可愛い金色の天使は何処に行っちまったんだ? ついさっきまでこの手に抱いていたのに」
シセはぷくっと頬を膨らませた。イービーと比べて、シセは頭二つ分も背が低い。イービーの顎にすらシセの頭は届いていなかった。イービーが視線を真直ぐにすると、シセは視界に入らないのである
「見えないの? これでも?」
下らない意地悪に負けるもんかと、シセは再びイービーに抱き着いた
イービーの首に手を回し、鎖骨の辺りに噛み付くようにがっしりと組み着く
ベルモンドは大笑いした。ベルモンドなんて、イービーよりも更に背が高い
「本当だな、何処行っちまったんだろう。声は聞こえるのに! おーいシセ、出てきてくれぇ。お前が居なきゃ父さんは駄目なんだァー」
お父さんの馬鹿! イービーに抱き着いたまま、シセはわめいた
――
貧相な木の机は、しかし手入れと清掃が行き届いていて、小奇麗な印象だった
イービーは焦げたコートを椅子の背凭れに放り出し、シセと向かい合って座る
旅先で見た様々な事を話した。様々な人、土地、空の色や、違って見える太陽
そして、敵。シセは目を輝かせて聞いていた。イービーは話し上手だったが、シセも聞き上手だった
ふと、一息つく。イービーは肩を鳴らして、洞穴の入口を振り返る
「ベルモンドは忙しそうだな」
「お父さん、急ぎの仕事が入ったんだって」
「腕が良いからなベルモンドは。そりゃ、困った時は皆アイツに頼む」
おどけて言うと、シセは嬉しそうに目を輝かせる。イービーは、シセのこう言う顔が好きだ
「ドラムカン、泊まっていくよね?」
「あぁ。良いかな?」
「良いよ! 悪いわけないわ。ドラムカンなら、何時だって良い!」
イービーはにっこり笑う。シセがにっこり笑ったからだ。この娘の笑顔は、他人にうつるのだ
金色の天使の太陽のような笑みが、僅かに変わった。シセは切なげに目じりを下げ、イービーに手を差し出す
イービーは誘われるように、こちらも手を差し出した。何時もはグローブに包まれた手が、幾つも刻まれた傷痕を晒しながらシセの良いようにされる
シセの両手が、イービーの右手を撫で摩った。労わるように、手首から掌、指と指の間、付け根まで、シセの柔らかで、しっとりとした感触の細指が這う
「ドラムカンなら……」
シセはイービーの手を引き寄せ、頬擦りする。擽ったそうに目を細めるシセに、イービーは苦笑した
「甘えん坊だ、俺達の天使は」
イービーは立ち上がり、シセの額に唇を落とした
――
後書
サルモネラとついてる癖に余りに強くてビビったのは俺だけではないはず。
変形した時、驚きよりも感動を感じたのも、俺だけではないはず。
読み手に想像させる戦車戦を書きたいな、と思いながら書いたけど、それとは別になんか必要以上にアクロバティックになってしまった気がするぜ。