恐怖、超流動汚染物質怪獣デカプリン!
「ダァホ! あんなもん俺に掛かればゴミだ! ビーカップで組んだ糞野郎が口だけの腰抜けじゃなかったら、今頃ここの全員相手に御大尽してるぜ!」
「あぁそうかい。そりゃ大層な事だ。だが現にお前は今、どたまかち割られ掛けて、大枚はたいた武装も失くして、全員に御大尽どころかアーマーの新調も出来ねぇ状態だ」
「ケッ!」
「結果が全てだ。その間なんてどーでも良いんだよ。俺の言ってること、わかるな? “ゴミ相手に尻尾捲った“自称命知らず”の勇猛果敢な女ソルジャーさんよ」
「喧嘩売ってんのか? 自慢の鼻を潰されてぇのかよ」
サラは極めて忌々しそうに顔を歪めたが、流石に目の前の相手に掴み掛る事はしなかった
円卓を挟んだ向こう側には、ブーツの踵で床をトントンと鳴らすハンターが居る
油断なくサラを伺う鋭い視線。猛禽の目付き。荒野の強い日差しと砂埃、乾いた風に晒されて荒れた肌には、擦り傷が増えている。マントのように肩に羽織ったジャンパーにも、汚れが増えていた
ハンタークリント。ヌッカの酒場に集まる賞金稼ぎ達の中でも、一目置かれる存在だ
「だから素直に俺と組めば良かったんだ」
クリントはにやりと笑いながら、ハンターゴーグルを取り去った。矢張り傷が増えている
サラは目を細めた。この男に傷を付けるのは、ちょっと難しい。どんな相手だ?
「そういうお前は何してたんだよ」
「……海沿いのトレーダーキャンプの近くで、テロ貝がやたらと増えててな。そいつらの掃除をしてた」
「テロ貝ぃ? ご自慢のクルマにゃ、大した傷は無かったじゃねーか。何でお前怪我してんだ」
「冷血党だ」
クリントの口から出てきた名前に、サラは口をへの字に曲げた
冷血党が好きな奴なんて、何処にも居ない。屑揃いで目が合っただけで殺し合いになるし、馬鹿揃いで取引も遣り難い。人目がない、例えば荒野なんかで出会えばもう最悪だ。尽くを略奪することしか考えていないのだから
「タイルを張り直してる所に遭遇してな。糞どもが。ぞろぞろ居やがって、十人ぐらいは挽肉にしてやったが、流石に連中相手にマジになるのは不味い。……締まらねぇが、暫くは大人しくするさ」
「詰まらねぇ野郎だぜ」
「言ってろ。俺はもう行く。サラ、お前も少しは冷静に事を運ぶように意識してみりゃどうだ?」
「お前こそ言ってろよ。冷血党の屑どもに怯えて、クルマの中でウサギの縫い包み抱きしめながらガタガタ震えてやがれ」
俯いて、サラは精一杯の憎まれ口を叩いた
クリントは何時も冷静で、飄々としている。サラはクリントの事は好きではないが、実力は認めていた
そのクリントが、いくらクラン・コールドブラッドが相手とは言え、こうもあからさまに泣き言を言うとは
何故か、もの悲しい気分になる
「(……気に入らねぇ。……けど、仕方ねぇのか。冷血党は、確かにでかい)」
クリントと言えば、サラの悪口も何処吹く風で、さっさと酒場から出て行こうとする
サラはその背中を見つめていた。ふと、クリントの向かう酒場の出入り口に、燃えるような赤が現れたのに気づく
逆立った髪と、趣味の悪い深紅のフェイスライン
クリントのそれによく似た、鋭くて、冷徹な、猛禽の目付き。サラは思わず立ち上がった
イービーだ。クリントはイービーと擦れ違うその瞬間、弾かれたように顔を上げてイービーを見た
ハンターの視線が交差する。僅かの間に相手の様々な情報を呑み込んで数多を推測する。特に、実力。ハンターと言うのは全く因果な商売であった
「お前、他の連中とは違うな」
クリントが首だけイービーに向けて言う。イービーは油断なくクリントを窺う
嫌な予感がしたサラは声を上げた
「イービー、そんな根暗野郎放っといて一杯やろうぜ!」
クリントの、肩を竦める仕草が、サラを苛立たせる
「サラのお手付きか。どうだ? アイツ、じゃじゃ馬過ぎて乗りこなすのは一苦労だろう」
「……誰だか知らないが」
イービーがクリントに顔を寄せた。鼻先が触れ合う距離で目を睨む
獣のような荒々しい気配。強烈な存在感、威圧感
「あんまり、知ったような事言うな。特に俺とアンタは初対面だからな。そうだろ?」
クリントは面白そうに笑った。イービーから視線を外して、何の気負いもなく歩き始める
「あーぁ、ついてねぇぜ。サラに先を越されたか」
歩き去っていく背中に、熱い風が吹いた
――
極楽谷の入口で、サラは獰猛な笑みを浮かべていた。早くも雪辱の機会が巡ってきたのだ。これで喜ばない奴はソルジャーではない
デカプリン。ふざけた名前とは裏腹に中々手強いらしく、幾人ものハンターが敗北し、殆どが逃げることも出来ずに殺されている
サラはその実力の程は知らない。相対はしたものの、実際に戦うことが出来なかったのだ
サラが戦わずして敗北した理由は、ビーカップで組んだ相方のハンターにあった。ヌッカの酒場でなく、その辺の適当な奴を人数合わせに選んだのが痛恨事であったと、サラは未だに後悔している
デカプリンを前に恐慌を来した若いハンターは、デカプリンをサラごと手榴弾で薙ぎ払おうとしたのだ。さぁやるぞという時に、背後から爆風と金属片に打ちのめされて額を地面へと叩きつける羽目になったサラは、更にデカプリンの痛烈な一撃を食らい、失神寸前、前後不覚になりながらも命からがら逃げだした
サラは自分がどうやって逃げ出したのか覚えていない。気づけばヌッカの酒場で介抱されていた
死なずに済んだのは、ひとえにサラ自身の生命力と本能の力だろう
「くっくっくっく……、はっはっはっはぁ! 最初からこうすりゃ良かったんだ。そこいらの盆暗どもなんぞを頼みにしなくとも、お前と組めば」
黒塗りの戦車の外部スピーカーから呆れた様子の声が聞こえる
『おい、戦う前から勝った気でいるのか?』
「死なねぇから負けねぇんだよ!」
『……時々哲学的だな、サラは』
「それよりもイービー、お前きっちりこのイカレタンクを動かせるんだろうな?」
『もうイカレタンクじゃない。“アイリーン”だ』
「そりゃ随分と可愛らしいことで。だが、名前なんぞどうでも良い」
サラが不敵に言うと、“アイリーン”が急加速した。砲塔の根本を股に挟んで座り、からから笑っていたサラは危うく振り落とされそうになる
極楽谷に充満する瘴気とでも言うべきか、桃色の毒々しい霧のせいで視界が悪い。その中を疾走しながら、アイリーンの主砲が90度左を向く
そして一発。上に乗っていたサラにもとんでもない衝撃が来た。アイリーンの自慢の持物からぶっ放された鋼の塊は、何時作られて何時ぶっ壊れたのか解らないような廃車に潜り込んだ巨大なヤドカリ、クルマカリを貫いてバラバラにする
「おいおい! 目敏い野郎だな! どうやって気付いたんだ?!」
アイリーンは止まらなかった。急激に速度を落としたかと思うと右に旋回し、それとは反対側に機銃が向く
「主砲は遠慮しろよ。股座をローストされたら流石に凹む」
今、サラの気のせいでなければ、キャタピラが滑った。戦車でドリフトターンをかましたのだ、イービーは
マジかよ、とサラが呻く間に機銃の斉射が始まる。殺人アメーバの群れに過剰な程叩き込まれる弾丸の雨は、周囲の地面を黄色いアメーバのペーストで塗りたくり、気色の悪い光景に変えてしまった
サラは笑いながら歌った。趣味の悪いカーペットもあったもんだ
『納得したか?』
「パーフェクトだイービー! そいじゃ、もうひと頑張りして貰おうか。本命が出やがったぜぇぇー!!」
首だけで振り返ったサラの視線の先、桃色の瘴気の向こう側で、ぶるん、と何かが揺れる
――
「…………」
『…………』
「あぁ?! なんだこりゃ! 舐めてんのか?!」
デカプリン、だった物の前で、サラは絶叫した。ぷるぷる震える気色の悪い残骸を踏み躙って、念入りにウージーを撃ち込む
「会敵四十秒でハント終了って何だよ……」
『……俺とサラの攻撃は的確で、且つ念入りな物だった。大抵の奴なら、沈む』
「ならそこいらに転がってる死体は? こんなのに何人もやられたってのか?」
『そいつら、玩具みたいな銃に、ピクニックにでも行くような服だ。クルマは言わずもがな。生半な連中がハンターごっこしにきて返り討ち食らったんだろう』
ふん、とサラは鼻を鳴らす。転がっている死体を検分すれば、確かにイービーの言った通りだ
それに、死体となったハンター達は皆若年のようだった。極楽谷はビーカップから極めて近い。防備も施設もしっかりした街の中で、ぬくぬく育った駆け出しのひよっこハンターが、名声を求めて満足な装備も準備もなく戦ったのだろうか
「……アメーバ辺りの餌になってねぇのは何でかね。極楽谷のモンスターどもは生態が違うのか? ……そういや、俺を吹っ飛ばしたあの糞野郎はどうなったのか」
『…………普通に考えれば、死体の仲間入りしてるってのが妥当な所だろう』
「…………あーぁ、詰まんねぇ。帰る!」
『オフィスに報告するまでがピクニックだぜソルジャー。分け前はどうする?』
「……お前の好きにしろよ。今回俺は、何もしてないようなモンだからな」
言い捨てて、アイリーンの側面装甲に設置された取手に捕まるサラ。イービーが面白そうに笑う
『ソルジャーの矜持か? 変な事言ってないで、装備を整えろ。次の大物も、俺はお前と狙う心算で居るんだ』
「へぇ、儲け話は好きだぜ。で、俺達にぶっ殺される可愛そうな獲物はどいつだ?」
次にイービーが発した言葉に、サラはちょっとだけ後悔する
というか、イービーがとんでもない事を言い出すのはこれで二度目だ。あぁクソ、楽しくなってきやがった、とサラは武者震いして口端を釣り上げた
『クラン・コールドブラッドのドミンゲス。遊撃隊長とかフいてる恥ずかしい奴だ。奴を叩く。心臓が止まるのを確認するまでな』
――
「あたしの出番だね、解る、解るよ!」
シュ、シュ、と直ぐ傍でシャドーボクシングを始めたあてなに、サラは鬱陶しそうな目を向けた
このメカニックは、サラですら及びもつかないほど無鉄砲になる事がある。基本的に賢い娘であるから、何も考えていない訳ではないだろう。もしそうなら今生きている筈もない
冷血党と一戦構えると言うことを、どう考えているのだろうか
ヌッカが何時もの怪しい笑みも控えめに、バリバリソーダを差し出してくる。サラはそれを一気に飲み干した
実は、まだ少し下らない考えが頭をちらついていた
「(冷血党)」
クラン・コールドブラッドが好きな奴なんて何処にも居ない。正真正銘の屑どもの集まりだ
だが、その組織力は強大で、抗い難い。もし、イービーと組んで冷血党遊撃隊長ドミンゲスを倒したら、どうなるか
目をつけられるのは間違いない。相当な苦労を背負い込む事になるのは、明らかだった
「サラさん、あたしも付いてって良いよね。イービーはクルマ手に入れたんでしょ?」
「俺が決めることじゃない。イービーに聞けよ。まぁ、確かにクルマは手に入れたみたいだけどな」
バリバリソーダのグラスを返すと、ヌッカはすかさず次を作り始める。イービーとサラがデカプリンを仕留めたのは既に周知の事実だ。ガンガン呑ませる心算なのだ、この色々な意味で危ない男は
「(クリントですらビビる奴らが相手か)」
サラは目を閉じた。胸の奥がざわざわしている
クリントの事や、冷血党の事を考えると苛々した。イービーに同行すると決まった後なのに、煮え切らない自分にもだ
「あー、やっぱりサラさんは危ないなー。組むのは久しぶりだけど、全然変わってないよ」
「なんだって? なんで組むのが当然みたいな事言ってんだお嬢ちゃん。ってぇか、誰が危ないんだって? ソルジャーは危ないんだよ。解ってた事だろ。目の前で得物ちらつかせられたら思わず頸動脈にナイフ差し込んじまう程度には危ないんだ。ソルジャーを舐めたら死ぬってのと同じぐらい当たり前の事だろ」
「サラさん凄い楽しそうだよ。よっぽど冷血党とドンパチしたくてしょうがないんだね。あたしも燃えてきちゃったよ」
あてなに凄んで見せても、無駄だった。それなりに付き合いは長い。サラが本気でない事ぐらいあてなには解ってしまうのだ
「(楽しそう、ね)」
自覚は無かった。サラは、気取らなくてもソルジャーなのだ
冷血党と事を構えるリスクについて頭を悩ましていても、肉体は戦いを望んでいた。遊撃隊長なんて戯けた事のたまっている、のぼせ上った馬鹿に思い知らせてやりたくて、堪らないのだ
冷血党怖い、なんて知恵のまわる臆病者を演じて見せようとしても、ソルジャー以外にはなれないと言う訳だ
「……そうだ、クラン・コールドブラッドが何だってんだ。俺は前からあの勘違いした恥ずかしい奴らがウザったくて仕方なかったんだ!」
唐突に大声を上げたサラに、ヌッカの酒場で思い思いに呑んでいたハンター達が視線を向ける
「泣く子も黙る冷血党だぁ? 便所虫の方がよっぽど怖いね! “便所虫より臭くて汚い”ってんなら同意するしかねぇけどな!」
あちらこちらから声が上がる。その通り! とか、酒場で便器にひり出すクソの話すんなよ! とか
そろそろ、ヌッカの酒場に集うハンター達も、我慢がならなくなってきていた。冷血党なんて糞食らえと心の底から思っていた
「いい加減思い知らせてやる! そうだろ、イービー!」
図ったように酒場に入ってくる者が居た。乱れた赤い髪をくしゃりと撫でつけ、小さくにやり笑いするイービーだ
「あぁ、来たぁ!」
シュシュ、とあてなが更に素早くシャドウボクシングを再開する
やる気満々ですのアピールをするあてなをするっと無視して、イービーはサラの背後に立つ
「待ったか?」
「待たせすぎだぜ! 俺はドミンゲスのにやけ面をメタクソにしてやりたくてたまらねぇんだ!」
「土産の準備に時間が掛かった。が、もう万全だ。そんなにうずうずしてるなら、今からでも行くぜ」
バリバリソーダのグラスをテーブルに叩きつけて、サラは立ち上がる。ヌッカに向かって、代金を多めに弾いた
「手前ら、ドミンゲスの賞金なんて汚くて娑婆じゃ使えねぇ! 全部ここで酒に変えてやるから、サラおねーさまのお帰りを楽しみにしとけ!」
指笛が聞こえる。酒場のハンター達は皆不敵に笑いながらサラに声援を送った
ヌッカは額に小さく青筋を浮かべていた。善良な店を経営している心算らしい。荒事と荒くれ者の仲介をしている癖に
あてなは、イービーの腰にしがみついていた
「ねー! あたしにもがっぽり儲けさせてよ! 役に立つよー!」
「…………どうせ抱き着くなら、もっと色っぽい展開で頼むぜ、シニョリーナ」