格別の臭いがした。その時、ヌッカの酒場に居た全ての者はそれに気付いた
酒場の主の、ヌッカだって例に漏れない。オネェ言葉で愛想を振りまきながら怪しく微笑む巨漢は、その時目をギョロつかせて酒場の入り口を注視した
――
賞金稼ぎは寄合所帯も珍しくない。一つの目的の為に集まってはバラける。当然同じ面子で組むこともあれば二度と会わない事もある。荒廃したこの世界、死人は珍しくない
だが矢張り、危険な商売だ。組むなら頼れる奴が良い。強くて、頭が回って、裏切りの心配が無ければ最高だ。そう言う相手となら何度だって組みたい
唇をゆっくりと舐めながら、サラは一人の男の背中を見ていた
焦げたコートに焦げたブーツ。逆立った、燃え盛る炎のような赤い髪
さっき、横を通り過ぎる時に見えた、顔面を横断する紅いフェイスラインは、なんだありゃ。ファッションか? まぁ、趣味の悪さには目を瞑ろう
あの赤い髪の男からは、価値ある戦士の臭いがする。人を見る眼が無ければ、この世界やっていけねーんだ。サラは古びた木製の円卓にどっかりと脚を乗せて、じっと見定めていた
カウンターに陣取っているメカニックのあてなが、聞き耳を立てている。あの抜け目ないお嬢ちゃんは手が早い。サラは意地悪そうに笑った
「あらん、初めて見る顔ね。ようこそ、ヌッかの酒場へ。相棒とか仲間とかをさがしてるのなら、このヌッカにおまかせあれ!」
ヌッカは機嫌良さそうに破顔する。一目で気に入ったのだろう
赤い髪の男は僅かに仰け反った。仕方ない。サラだって最初は面食らった
赤い髪の男はヌッカと話し込んでいる。背の勃りにサラは注視した
分厚いコートや妙ちきりんなグローブでは、サラの目は誤魔化せない。幼く、細身に見えるが、相当良い体をしている。ソルジャーか、ともすればレスラーにだって負けてはいない
その癖、時折店内を見渡す視線は、鋭い猛禽のようだった。ハンターの目だ
クリントと言うハンターが居る。サラは余り好かない相手だが、クリントの判断力と観察眼、如何なる時も冷静さを失わない精神的なタフネスは認めていた
それと同類の目付きである。サラは、喉を鳴らす
二人の話は終わり間近となったのか、ヌッカがしきりに首を傾げて悩み始めた
その時、直ぐ傍に座っていたあてなが立ち上がる。動きやがった、跳ねっ返りのお嬢ちゃん。サラは円卓上に半ば放置されていたグラスを引っ掴んで、思い切り呷った。空にしたら、割り込む
「話しは聞いてたよ、新米ハンターさん。そういう事なら、役に立つよ」
「アンタは?」
「あてなだよ。見ての通りのメカニックさ。あたしに掛かれば、そこいらのチンケなポンコツどもなんて、五秒も掛からずバラバラだよ」
「自信満々だな。ふらっと現れた新顔に、そんな簡単に付いてきて良いのかい」
「新米ハンターさん、見所あるよ。アンタと一緒ならがっぽり儲かりそうな気がするよ」
ハンター、ハンターか! 矢張りあの目付きに相応しい肩書きだったか
ヌッカと目が合う。ヌッカはきょとんとして、直ぐにシナを作った。珍しい物を見た、とでも言いたげな顔をしていた
サラは結構人の好き嫌いが激しい。新顔には一瞥すらくれない事が殆どだ。だからだろう
タン、と円卓にグラスを叩きつける。音が妙に大きく響いた。あてなが気配を察したのか、うへ、と嫌そうな顔をする
「ルーキー、ハンターなら解るだろ? ビッグマウスが得意なお嬢ちゃんじゃ、頼りにならねぇってよ」
「サラさん、まだ根に持ってんの? 勘弁してよ、悪気は無かったんだよ。まさか、殺人タクシーをちょこっと弄っただけであんな大爆発が起きるなんて、誰も思わないよ」
「黙ってな、お嬢ちゃん。叱ってほしけりゃまた今度たっぷり拳骨をくれてやるから」
赤い髪の男が振り向く。無感動な目がサラを射抜いた
この冷徹な目
「アンタはソルジャーか」
「そうさ、ルーキー。その通りだぜ。ソルジャーがどういうもんか、解るだろ?」
「あぁ、凄まじくタフな連中って事は良く知ってる」
「複雑で糞重てぇ重火器を使いこなし、多種多様な装備を効率的に運用する、俺達こそ戦闘のプロフェッショナルだぜ。ルーキー、それを理解してるなら、どうだ? そこのお嬢ちゃんとこの俺、どちらを連れてく?」
「…………良いだろう、アンタに頼もう」
「よしっ、良い判断だぜ」
あてなが駄々を捏ねる子供のように声を上げた
「えぇ~~! そりゃないよー! あたしも連れてってよ! パーティは三人ぐらいが丁度いいってヌッカさんも言ってたよ!」
「分け前が減るだろ。……ルーキー、クルマは持ってんのかい?」
サラの質問に、赤い髪の男は苦笑しながら答える
「俺の愛車は、生意気な子猫に貸しっぱなしさ。何時返して貰えるのやらな」
「ほら、持ってねーんだってよ。じゃぁ、解るな、あてな、お前が居ても仕方ねーのさ」
ぶーぶー文句を言うあてなを背後に押しやりながら、サラは赤い髪の男に向き直る
真正面から相対すると、また違う。何とも言えないこの空気
「自己紹介と行くか。俺はサラ。さっきも言ったが、ソルジャーだ。俺がルーキーに望むのは、そうだな……。取り敢えず、いざって時にブルっちまって動けねぇ、なんて事がなきゃ、それで良い」
不敵に笑って、男は返す
「俺も同じ事考えてたよ、ソルジャー。俺がアンタに望むのは、アンタが仕事の途中でビビらず、最後までケツ捲らずに働いてくれる事だけだ」
「ははははッ! 言うじゃねぇか! 中々良い物件を見つけたかも知れねぇな! で、ルーキー、名前は?」
「E・B。イービーだ」
「変わった名前だな。で、獲物は? 何が狙いだ?」
この後、イービーが平然と言い放った言葉に、サラは少しだけ後悔する
「聞いた事あるんじゃないか? イカレタンクを取っ捕まえる」
――
「生身で戦車相手にしようってのか?」
「怖いのか?」
「良いかルーキー、相手は戦車だ。ハンターならそれがどういう事か解って当然だろうが。俺にだって解るんだぜ」
「イカレタンクは、噂によれば大破壊以前から動きっぱなしだ。碌な整備も受けられないままな。……隙だらけって事だ」
「……あー、糞、適当な事抜かしやがって。七面倒臭ぇ仕事になりそうだ」
「それに、ソルジャーなら解るだろ。要は戦い方だ。イカレタンクは確かに強いが、本当に強いってのとは違う。本当に強いのは、肉体と装備と作戦を完璧に使いこなす俺達人間だ。…………チ、喋り過ぎだな」
「……お前、本当にルーキーか?」
荒野を二人で突き進む。かなりの規模の街であるビーカップを南下し、トレーダーキャンプを中継してから、イカレタンクの縄張りへ
サラの掌に、嫌な汗が浮いていた。そっとイービーの顔を見遣る。表面上は、平然としている。何も恐れては居ない
道中の手際も大した物だった。時には慎重に、時には強引に、突然変異種や狂ったマシーンどもを排除していく。正に臨機応変と言う奴だった
それに加えて、まるで空から俯瞰するかのように目端が効く。正に戦いの運びは、このイービーの掌の上なのだ
コイツは強い、べらぼうに強い。肉体の強さもそうだが、それ以上に様々な強みを持っている
サラは、ぷくっと頬を膨らませた後、空気を吐き出して頬を張った
面白い奴が居たもんだ。優良物件も良い所である。だが、ソルジャーとしての意地もある。ここから先は、このサラおねーさまの凄い所を魅せつけてやる
イカレタンクが何だっつーんだ。俺が今までどれだけぶっ殺して、どれだけぶっ壊してきたと思ってやがる
地面からぽっこり突き出た、サラの腰くらいまである岩の陰に隠れて、二人は呼吸を整えた
「来た」
そうか、来たのか。あー楽しいね、ショウタイムだクソッタレ
「行くか?」
「もう少し。奴は気付いていない。岩を遮蔽物として使えるこちら側に引き込む」
「妥当だな」
そこいら中に岩があった。確かに、これらを利用しないてはない
砂を巻き上げる風が音を立てる。そんな音の膜の向こう側から、キュラキュラと言うキャタピラの駆動音が聞こえてきた
近い、近い、敵が近い。サラは興奮した
「行くぞ、アレを確保して、乗り回してやる」
「へ、勝ってから言いな!」
サラは手榴弾のピンを噛み締めて、思い切り引き抜いた。がば、と起き上がって、投擲。やけにゆっくりと、イカレタンクの黒いボディに向かって飛んでいく
激突と同時に手榴弾は爆発した。イービーがショットガンと電撃銃を手に飛び出す
サラも、後に続いた。既に、発煙筒の準備は済んでいた
「よーし、行くぜ行くぜ行くぜぇぇーーッ!!」
――
発煙筒を投げる前から首筋がチリチリしていた。嫌な予感だ
投擲と同時に、イカレタンクの機銃がこちらを向いているのに気付く。歯噛みした。言い訳させて貰うなら、砂塵で見え難かったのである
「ルーキー、頭を下げろ!」
サラは前に飛ぶ。イービーは電撃銃を景気よくぶっぱなした後、ヘッドスライディングで適当な岩陰に滑り込んだ
一拍遅れてサラが追いつく。岩の横の地面が急に爆ぜた。イカレタンクの砲撃
砲撃で砕かれた石がサラのアーマーに激突した。口に入り込んだ砂をべ、と吐き出すと同時に、サラは岩陰から身を乗り出してショットガンを乱射した
「効くのかコレ?! 畜生、テメエが泣き入れるまで豆鉄砲ぶち込んでやらぁ!」
マシーンをすら打ち倒す為に苦慮して人類が創り上げた弾丸は、イカレタンクの装甲に弾き返される事無く、装甲タイルにめり込み、少しずつ引き剥がしていく
砲塔が回転した。狙いを定めているのか。しかし、そこで白い煙が辺りを包み始める
発煙筒配備完了。予定通り、予定通りだ
「成程、流石ソルジャーだ。頼りになるぜ」
イービーが軽口を叩きながら、二個目の手榴弾を投擲する。イカレタンクは気づかない。激突、爆発。鉄が焼ける
イービーが、更に接近しようと飛び出した
「煙幕を絶やすなよ!」
「あ、バカ! 俺も行くっつーの!」
ドゥン、と腹の底まで響く音がした。砲撃だ。イービーとサラの横を通り抜けて、遥か遠くの地面に着弾する
激しい耳鳴を無視して、サラは走り続ける。取り付いてやる。戦車と言うのは、密着してしまえばまるで怖くない
とん、とん、とイービーがリズムを踏む。跳躍の準備だ。それを見ていたサラは、大声を上げるとイービーのコートを引っ掴み、無理矢理左に転がる
イカレタンクが煙の向こう側から突っ込んできた。轢き殺される所だった
「よく見ろルーキー!」
「助かったぜ」
「あの糞タンク、調子に乗りやがって、目にもの見せて……」
そこで、白い煙が晴れた。正確には、発煙筒の範囲外に出たのだ
イカレタンクの車体後部にある、鋼鉄のアタッシュケースのような代物が持ち上がった。サラは引き攣った笑みを浮かべる
ミサイルだ
「だわあぁぁー!!」
――
着弾点は思ったよりも近かった。吹っ飛ばされて起き上がった時、サラの額はパックリ割れていた。矢張り、バンダナで防ぎきれる衝撃ではない
というか、よく生きていた物だ。垂れてきた血が目に入って視界が赤くなる。頬に滴るそれをベロ、と舐めたとき、サラは完全に切れた
「ソルジャー、こっちだ! ……何?!」
イービーが岩陰で大声を上げるのを無視し、サラは身体に取り付けた弾帯からSMGウージーのマガジンを引き抜いていく。多めに持ってきた。七本はある
一つを口に加えて、三つを左手に握り締める。一本はウージーに刺さっていたそれと交換し、持ち切れない二本は捨てた
ふざけやがって
「うばあぁぁぁーーッ!!」
サラは雄叫び上げて、SMGウージーの引き金を引きながら突撃する。イカレタンクがミサイルを発射するのが見えた
構う物か。あてられるモンなら、あててみやがれ。唸りを上げるウージー。弾丸の雨は止まない
サラが走り抜けた後の地面にミサイルは着弾する。小石と砂と爆風がサラの背中に叩きつけられる。マガジンが空になった。トリガー左上部にあるスイッチを押し込み、ウージーを振ると、空になったマガジンは素直に落下する
新しいマガジンを装着すると同時に、サラは跳躍した。イカレタンクの発射した主砲の弾丸が一拍遅れて着弾する
矢張りあたらない。あたるものか。このサラ様を殺せるモンスターが、この世界の何処に居るっつーんだ
懐に入り込んだ。砲塔を左脇でがっしり挟みこんで、ゴツゴツした車体の上に右足を叩きつけた。この距離だ。主砲も機銃も、当然S-Eも、有効ではない超密着距離
イカレタンクの主砲、その砲身は、数回の射撃で熱を持っていた。肌の焼ける音がした
死ぬよりは痛くねぇ。サラは張り付いたままウージーの引き金を引く
「もががががーーッ!」
幾ら戦車の装甲及びタイルとは言え、こうも至近距離から雨の如く対装甲弾を浴びせられては無事では済まない
イカレタンクの装甲はどんどん削られていく。鉄片がはじけ飛び、サラの頬を割いた。ウージーの銃身はとうの昔に赤熱化しかけていて、異臭を放っている。だが、ソルジャーの蛮用に耐えられないようでは、この世界では銃を名乗れない。まだ保つ、まだまだ保つ
イカレタンクがその名の通り狂ったように車体を振り回し始めた。砲塔を激しく左右、時には一回転させ、独特の異音を上げながら高速で荒野を走り始める
落ちる物か、絶対に落ちないぞ。サラは再びマガジンを付けかえる。激しく首を振って、口に加えていた物をウージーに突き込んだ
「あータンクなんて怖くねぇ、どってことありゃしねぇ、俺はソルジャー無敵の戦士―、泣く子も黙るスゲェ奴ー!」
意味不明な歌を歌いながら、まだ撃つ。まだまだマガジンは余ってんぜこの糞タンク
そこで、イカレタンクは急制動を掛けた。サラとしても、体力の限界だった
熱を持った砲身を挟み込んでいたサラの肉は、酷い火傷を追って鉄に張り付いていた。ベリ、と嫌な音と共に皮膚が剥がれ、痛いとか、痒いとかそう思うまもなく、サラは放り出され、地面に叩きつけられていた
「……う、……ひっ」
機銃がサラを狙う。こうなってしまうと、もうどうしようもない
流石に死んだ。これは死んだ。サラが最後の意地を見せようと、背中からショットガンを引きぬいた時
イービーがイカレタンクの上に立っていた。何故だかコートを脱いでいて、至極落ち着いた動作でそれをイカレタンクの砲塔の根元に被せた
サラには見えた。コートの内側に、びっしりと手榴弾がくくりつけられているのを。あんな物を着込んで戦闘していたのか? 正気の沙汰じゃない
「おやすみシニョリーナ」
右手に持っていた手榴弾。ピンを軽い調子で引き抜いて、そっと転がす
直ぐさま、イービーは身を投げた。サラも慌てて這いずって逃げる
轟音が響いた
――
「くっそー、あんなん有りかよ。俺まで吹っ飛ばされる所だったじゃねーか。って言うか遅いんだよ」
「何処かのソルジャーが、勇ましく突撃してくれたモンでね。お陰で酷く走り回されたぜ」
「ちぇ」
イービーは、イカレタンク……MBT77の中で、がさごそとなにやら漁っている
完全に停止した車体に背中を預けて、サラはぶつくさ言っていた。そうしていると、本当に倒したのだと言う実感が湧いてくるのであった
「下手な賞金首相手にするよりもキツかったな……」
問題は、分け前の事だとサラは思った。まさか戦車をまっぷたつにして半分こ、とは行かない
欠伸が漏れた。一戦終えて酷く疲労していたし、回復カプセルを呑んで暫くすると、どうしても眠たくなる
駄目だ、寝るな。まずは分け前の話を……
もういいや、なんでも。期間自体は短かったし、戦闘回数も然程ではなかった。命の危険は、よくよく考えればいつものことだ
「……おいルーキー、俺の分け前は、どうなるんだ……? 戦車を割って半分こ、って、訳にゃ、いかねぇ、だろ」
「あぁ、あぁ、ソルジャー、アンタの言い値をやるよ。五千Gまでならな。今回、アンタは大活躍だった。予定とは少し違ったが」
「五千G……? るせーバカ、ナメんなよ。ルーキーがでけぇ事、言いやがって……」
「どうした? 眠いのか?」
あー、もう寝る。そう喚いて、サラは脚を投げ出した。モンスターが出たらお前掃除しとけよ、と、凄い言い草である
イービーは苦笑していた。MBT77から上半身を出して、肩を竦めていた。妙に様になる仕草だ
「サラ、だ、イービー。次からも、儲け話があれば、必ず俺を、呼ぶんだぜ……。くぁぁ……」
意識が闇に落ちる前、サラは何か思い出した気がする
そう言えばここよりも東部で、ユムボマとベヒムース、二体の賞金首を立て続けに始末したぽっと出のハンターが
イービーとか何とか言う、けったいな名前だったような……
――
後書
メタルマックス独特の鉄臭さとか泥臭さとか火薬臭さを出すのは異常に難しいと実感した。要練習って感じ。
しかしそれよりも、自分で書いたサラを見直すと……、自分はこう言うのが癖になってしまっているのかと不安になるのであった……。