<168>
【第四層 右足都市】
アオイは目の前の光景に焦っていた。
彼女が追いかけていた女性が、長身の男に絡まれているのである。
(あいつは……!)
長身をぴっちりとした高級なスーツで覆うその姿は好青年に見えなくも無いが、その本性は知れ渡っている。
原則として、半殺しが基本のポケモンバトルにおいて、平気でポケモンを殺すような攻撃を連発し、さらにはトレーナーすら傷つける奴だ。
しかも厄介なことにそういう奴に限って強い。確かレベル22のポケモンを持っているはずだ。さらに手持ちも多く、二人や三人でも敵いはしない。
警官隊にも賄賂を欠かさず、もはやこの都市の独裁者であるかのように振舞っている男。
今度の標的は、素人丸出しの彼女に決まってしまったようだ。
奴の名は―――――コバルト、と言う。
アオイの淑女イヤーが二人の会話を雑踏の中から拾い上げる。
「お嬢さん、僕とバトルしていただけませんか?」
「……ん? アンタ誰や?」
「僕ですか? 新米トレーナーのコービィと申します。あなたもお見受けしたところあまり慣れた様子ではないようです。どうですか、新人同士。」
「ふーん……別にエエで」
(馬鹿ッ! 止めろッ!)
アオイは顔を歪めつつ走った。
コバルトは平気で彼女を殺しかねない。
それに対して、彼女は重力のせいで青息吐息ではないか。顔も青いし、脂汗も流れている。そんな状態で倒せる奴ではないのだ。
やっと見つけた仲間だ!
殺させるか―――――!
アオイは迷わず淑女ポイントを消費し、技を発動する。
――――――――「淑女ダッシュ」!
それはまるで水面をすべる木の葉のように。
彼女の体はスルスルと雑踏をすり抜けていく。
埃すら舞うことの無い、湖面のように静かな高速移動術、それが「淑女ダッシュ」である。
しかし、今は音速も出せていない。重力が本当に忌々しい。
手には取り出したモンスターボール。いつでも彼女のモンスターを盾として召喚できる。
だが、アオイの頑張りは、結果的には無意味に終わった。
「それでは、始めましょうか」
ニコリと笑いつつモンスターボールを取り出す男に、女の方もニコリと笑いつつ言ったのだ。
「別にええけど、善人面してウソ吐く奴はウチめっちゃ嫌いやねん。バトルすんのはあんたがホンマのこと言ってからや」
次の瞬間女性の圧力がとんでもなく大きくなった。
アオイは驚きで思わず足を止めたが、それ以上に驚いたのはコバルトの方だろう。
羊かと思っていたらライオンだったのだ。
「あんた、何が目的やねん」
ズズズ、と形容し難い圧力をかもし出す女性に、コバルトが直接的な手段に出た。
「く……! いけ! ドンカラス――――――」
「ドンカラスちゃうわぁ!」
パチーン!
直接的な手段に出ようとしたが、取り出したモンスターボールは女性の手に弾かれて弾丸のように飛び、通りに面した服飾店のショーウインドウを粉々にした。
「……は?」
「男やったら自分の腕で勝負せい!」
そちらを向いてアホ面を晒していたコバルトの頭に女性がチョップを落とす。
―――――メゴシッ!
次の瞬間、コバルトは地面に頭から突き刺さっていた。
「あ、あかん! 手加減間違えてもうた! 生きてとるかなぁ? もしもしー?」
そして周りの人々から上がる歓声。コバルトには皆イヤな思いをしていたのだ。
戸惑う彼女の様子を見て、アオイは笑っていた。
「……ははッ」
アオイは嬉しくなった。
やはり、この仲間は頼もしい。
ハチエは自分が砕いたショーウインドのガラスと自分が叩き伏せた男を交互に見る。
「うわぁ、どないしょ……」
男からは返事は無いが、生きてはいるようだ。気を失っているだけだ。
どうしようかと思っていると、制服らしき地味な衣装に身を包んだ女の人が話しかけてきた。
「あの、救急車呼んでおきました」
「あ、ここの店員さん? ありがとぅございます。あと、これ弁償しますんで。手持ちで足りるか分からんけど、働いて払います」
「あ、いえ、そこまでしていただかなくても。よくポケモンバトルで壊れるんで、保険に入ってますし大丈夫ですよ」
「いやいや、ちゃんと払うで。ウチ神金貨1000枚くらいしかないから足りるか知らんけど」
「いっせんまい……」
店員さんはフラッとよろめいて倒れようとする。
それを後ろから支える女性が居た。
「あ、すいません。あまりの大金についつい……ヒッ!」
「…………」
店員さんは支えられていた女性の方を向いて硬直する。
ハチエもなんとなくその理由は分かった。
黒いチャイナ服を来た背の高い女性が、鋼のような印象を放つ目を三日月形に歪めていたのだ。
口も同じく三日月型につりあがっている。彼女の短髪が覇気か何かでざわざわと揺れているように見える。
その手につかまれた店員がとって食われそうだった。
「だ、誰やねん! 店員さんを放さんかい!」
(こいつ、強いで……!)
今殴り飛ばしたヒョロ夫なんか目ではない。
魔力の反応がとても濃いのだ。
第三層のボス並だ。
だが、その女性はぺい、と店員さんを捨てると、ハチエに歩み寄ってきた。
その女性が近づいてくると、160程度しかないハチエは見上げるようにしなければならなかった。
(180はあるやないかこの人……)
第三層のボスにもビビら無かったハチエがその威容の前に気圧されていた。
その女性は、すっと距離を詰めてきた。
(く、まずい―――!)
だが、ハチエが逃げる前に、女は動きを止め、一枚の紙をハチエに差し出してきた。
【右足都市:ポケモントレーナのみで3人パーティを作ること。難易度:★】
「………ん? これクエストの紙やん。あんたプレイヤーなん?」
コクリ、と頷く女性。
ハチエの脳裏でAIのカエデさんが言う。
≪ハチエさん。今気付きましたが、この方、白根アオイ様です。ほら、第四層で止まっているっていう≫
「えええ!? 白くも無いし青くも無いで! 真っ黒やん!」
主に雰囲気が真っ黒だ。地獄の使者かと思った。
ハチエのセリフを聞いたのだろう、目の前のアオイさん?が暗い表情をする。
だがその表情は、殺人マシーンのように無表情だった。
「あ、ゴメン、悪気はなかってん。ウチはハチエです。えっとアオイさん? よろしくやな」
手を差し出すと、向こうは少しあわてて握り返してくれた。
なんだか、ETと友好をもった少年の気持ちが少し分かるような気がする。
そして、アオイがシクシクと泣き出しているのを見て、ちょっと怖いけど実は普通の人間かもしれない、と印象を改めたハチエだった。
服飾店に男の治療費とショーウインドの弁償に神金貨100枚ほどを渡して店員に泡を吹かせてから、ハチエとアオイは喫茶店に入った。
相手を知るにはまず会話だが、何故か口を聞こうとしない彼女のために筆談をしようと思い立ったのだ。
ハチエがそう言うと、アオイはまるで卵を縦に立てる方法を思いついたかのように瞳を輝かせ、ハチエを大層怯えさせた。
そして現在。何故かパロちゃんがアオイに懐いている。
『ううむ。凄まじい覇気だ……! この髪もワイルドだな……!』
わしゃわしゃとアオイの体を這い回っているが、表情は読めないアオイもどこか嬉しそうなので、ハチエはそのままにしておいた。
アオイとの筆談は順調に進んだ。
神金貨100枚は渡しすぎかもしれないとちゃんと分かった。
この階層における常識を教えてもらったハチエは、ダージリンティーで口を湿らせてから、アオイのクエスト用紙を見た。
「問題はあと一人誰を仲間にするかっちゅうことやね」
アオイも頷いている。
ハチエのクエストは何故かクリアしてしまっていたので、彼女のクエストを満たせば直ぐにでも出発したかった。
アオイのレベルは32。ハチエはかなり劣っているが、装備をすれば寧ろ勝るし、パロちゃんもいる。前衛はもう十分だ。
えり好みをするなら、後方支援が出来る人が欲しかった。
今回のことで分かったが、ポケモン勝負と言えど、それを操るのは人間だ。
人間が弱くてはモンスターを出す前に死亡である。それではお話にならないので、ある程度自衛できる後方支援担当が欲しい。
アオイがサラサラと紙にペンを走らせる。
≪後方支援担当が欲しい。魔物使いであれば最高だ。≫
「そうやねぇ、まぁそうそう都合よくおらへんと思うけど……とか言っとると見つかったりするんかな」
「ふふっ」
(おお、笑ったッ! この人笑うんかいッ!)
ハチエがかなり失礼なことに驚愕を覚えていると、喫茶店の扉が開いた。
カランカランと扉に取り付けてある鈴が鳴る。
何の気なしにそちらを見たハチエはダージリンティーを吹き出して、パロちゃんを水圧で吹き飛ばした。
『な、なんだ!? ハチエ、さすがの私もこうまでされ……ッ!? こ、この魔力は……!!』
「アオイさん、居ったで。最後の一人。マジで来たわ」
「……!」
扉を押し開けて入ってきた、黒いドレスを上品に着こなしているその人物は、ハチエたちのほうを見て、
「あら、ごきげんよう」
悪魔のように笑った。
【第四層 額都市】
どうやら、一日でポケモンが食べられる神金貨の枚数はレベルが低いうちはそれほど多くないらしい。
レベルがゼロだったラルトスに50枚以上食べさせたハルマサは鬼畜だと、オリーブさんに怒られた。
「というかこの袋がまた重いんだよ。力が落ちちゃったから、中の神金貨がズシッと来る」
「銀行あるよ?」
「それだッ!」
筋肉疲労によってプルプルしていた体に活を入れ、ハルマサは銀行に向かった。
一番良い銀行につれてきてもらったら、その銀行は激しくセレブな仕様だった。
入って良いのか躊躇われる豪華な門を潜ると、貧乏人が踏んだら脚が弾け飛びそうな高貴な印象を放つ赤い絨毯が受付まで伸びている。
タキシードがギリギリでハルマサをこの場に調和させていた。本当にギリギリだが。
「えー。ご新規のお客様ですね。当銀行は万全のセキュリティを持つアーカイブス銀行でございます。額都市支部とは言え、万全のセキュリティを維持せねば沽券に関わるのです。そのような訳で、毎月神金貨2枚分の預かり料をいただきますがよろしいですか?」
「高ぁ!?」
「まぁそんなに長いこと居ないし。構わないです」
「いいの!?」
私こんなトコ入るの初めて~と言いつつ付いてきたオリーブさんが激しく叫んでいる。
銀行内は静かだから目だって仕方ない。
「ご理解いただき、ありがとうございます。当方が預かりますのは、神金貨50枚からです。」
払えるかしら?という考えが透けて見える笑顔で受付嬢は言ってくる。
「じゃあ一千枚で。」
「一千………は、はい。承ります! あと、少々お待ちください。支店長をお呼びしますので」
「いや、時間かかりそうだから結構です。偉い人好きじゃないし。面倒なんで他の銀行行って良いですか?」
「そ、そう言わず! 分かりました! 私の責任で預からせていただきます! ひーん。」
「じゃあ、あなたのことを覚えておきますね。ええと、名前は……名札から手をどけてくれません?」
「や、止めてください! 見ないで!」
「………」
「え、えへ。それよりこちらに暗証番号と母音を……」
結局1200枚預けてから、ハルマサたちは銀行を出た。
身軽になったハルマサは大通りを歩いていた。
街の外へ行く道は一つしかない。その出口である巨大な門に向かっているのだった。
ハルマサの横で心配そうに、オリーブが尋ねてくる。
「ねぇ、本当に行くの? 死んじゃうよ! 街の外はやばいっていうのに、さらにやばい森に行くなんて、正気じゃないって!」
「うーん、正気じゃないかもね。確かに」
最近頭のネジが一本二本飛んでいる気がするハルマサである。
「まぁでも、多分帰ってくるよ」
「や、約束だよ!? ワタシだって……あんたに期待してるんだから!」
「ふふ、ありがとうオリーブさん」
「絶対帰ってこないと許さないからね!?」
「りょうかい」
まぁ死んでも生き返るだろうし……いや、死んだ時一体僕はどうなる? 能力が下がっている状態からさらに下がるのか?
デスペナルティがいつも通りだとすると、全部マイナスになってしまう。
それって死に続けるんじゃないか!?
ハルマサはにわかに怖くなってきた。
そのハルマサの前。
外界と都市を隔てる門は、まるで地獄の門のようにそびえ立っているのだった。
<つづく>
【ラルトスLv5】:きもちポケモン。エスパータイプ。
赤いツノであたたかな気持ちをキャッチすると全身が仄かに暖かくなる。
耐久力:96 持久力:96 魔力:192 筋力:96 敏捷:96 器用さ:96 精神力:224
覚えている技:なきごえ
すでにラルトスは殴るだけでハルマサが死ぬレベル。
ちなみにレンちゃんは。
【レンちゃんLv28】:やどかりポケモン。水タイプ。
普段は青い甲殻だが、ハルマサが舐めると赤くなる。
耐久力:36億 持久力:4億 魔力:16億 筋力:7億 敏捷:4億 器用さ:4億 精神力:24億
そしてハルマサ。
【ハルマサLv28】:にんげん。ニュータイプ。
普段はとてつもない馬鹿だが、戦闘中は良く頭が回る。
状態異常:能力制限
耐久力:16 持久力:10 魔力:10 筋力:10 敏捷:15 器用さ:10 精神力:10
装備のお陰で、耐久力と敏捷が少し高いです。
<あとがき>
マリー少女の加入ですが……昨日の敵は今日の友達って、ポケモンのエンディングで言ってた!
え、古いって? ポケモンアニメは初期しか見てないのでそんなこと知りません。
コバルト君は出てきて即退場。やられ役なんてこんなもんさ。
>あんなに上がった熟練度やステータスが・・・見てて読者も悲しくなるんですが。
強いのと戦えばすぐにもとどおりさ!
でも、悲しくさせてごめんなさい。ボス戦しなかったと思えばそうでもないんですけどね。
>パロちゃんポケモン扱いだけど進化の石とか喰えそうだね。
食えそうだなぁ。肉体を得てしまうのかなぁ。
>即効で二死wwww
三死はさすがにひどいかと思ってやめておいたんだ。
>やっぱり戻って金ちゃん捕まえに行くべきだったんじゃ……
そうだね。とてもそう思います。しかし、本当に金ちゃんが必要なのはハチエたちのほうなんだ。理由はまぁ追々明かしていきますけど。
>ポケモン同士の戦闘の余波でハルマサ死んじゃうじゃ…?
死にますね。わりとあっさりと。
>ところでパロちゃんもレンちゃんもこっちで普通に使える(というか戦わせてもいい)のかな?
戦わせないと先に進めない仕様にします。
>また、ポケモンのLvが神金貨によってなされるということはつまりかなりの稼ぎ場所なのではないでしょうか。
なるほど。しかし稼ぎすぎてもハルマサ君にはもつことはできなくなるっていう……。
銀行に預けたからって安心してたらダメなんだぜ。
>地形変えるのが朝飯前なバンギラスとか、2秒で1000発のパンチを放てるカイリキーとか、マッハ2で飛べるピジョットとか、体当たりでビル破壊できるサイホーンとか、一般人涙目すぎるwww
そういう情報が得られるところを知りたいです。どこかにまとめられてたりしませんかね。
>ラルトス………って事は『サーナイト』キタァー!!!!
数ヶ月前にすごく欲しいっていってた人がいたので、なんとなく所期ポケモンにしてみました。
>そして疑問に思ったのが、この階層のポケモンバトルでポケモン死ぬんですか?
死にまくります。なくなったら持ってる人から奪うしかないですね。強奪の旅が始まるぜ!
>やっとレンちゃんが満足な活躍できるね…最も無双は多分できないだろうけど。
よく分かってらっしゃる。
>これは身代わりになったり足止めの攻撃をしたりなんかは好き放題出来るんでしょうか
足止めはどうしようか考え中です。身代わりはできますが。
>それともう少しハルマサ君に強さ的な意味で援助してあげてww
ハルマサ君のいいところは結構追い詰めたつもりでも意外と何とかなってしまうところです。
私は追い詰め、ハルマサ君ががんばるという図式が完成していてですね。
>伝説とか一体どうなってしまうんだろうかww
伝説のポケモンってわりと無茶な説明ついてますよねwどうしようかな。
誤字報告ありがとうございました。
>ポケモンかぁ…。最近のはやってないけどキュウコンとウィンディが好きだったなぁ。
その二匹は私も好きです。
最近のはモンスターが増えすぎてやってられない感じです。やっぱり初期ポケモンが一番なじみがありますね。