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【第四層 額都市】
空は青く晴れ渡っているのに、この額都市はなんでこうも殺伐としているのだろう、とハルマサは思った。
それは恐らく街の汚さや、時折聞こえる誰かの怒鳴り声のせいだろうが、現在ハルマサと向き合って座っているオリーブさんの雰囲気のせいかもしれなかった。
二人が居る喫茶店は、内装が陰鬱で、コーヒーもまずい。コーヒー代金の銀貨一枚というのもぼったくりの匂いがプンプンする。
椅子もがたついてお尻の収まりが悪かった。
彼女はコーヒーカップをカチリとソーサーに置くと、剣呑な視線でハルマサを睨みすえる。
「ワタシから組織の情報を得ようとしても無駄よ」
「ああ、スカート団。いや、それはもういいです」
もう十分妄想で楽しんだし。
僕がパンチラを見たいのは二人だけだし。
彼女はもはや逃げ切れないと思ったのかハルマサの言うとおりに動いてくれている。
ハルマサは彼女から、この街の情報を得ようと考えていた。
分からない事が多すぎるのだ。
食事は何処で得れば良いのか。
宿などはあるのか。
そしてハルマサのクエスト、【ポケモンを2段階進化させる】を達成するために必要な神金貨をどうやって集めれば良いのか。
そして戦闘の最中にレンちゃんが壊した家はそのままにして来たけどあれで本当に良かったのか。
ラルトスは先ほどの戦闘で気疲れしたのか、ハルマサの膝の上で今は眠ってしまっている。
この殺伐とした街の中で、一番の癒しである。
窓の外をポケモンをつれた人相の悪い人が歩いている。
鋲つきの革ジャンとかなんで着るんだろう。
やたらとガンを飛ばしていたが、窓の中のハルマサと目が合うと急にヘコヘコしてどっか行った。
さっきから妙にかしこまられている気がする。ここの店員には全くかしこまられないのに。
それどころか、「おまちどぅー」と落とすようにカップを置いてくれたお陰でコーヒーがタキシードに跳ねた。まぁ気にしないけど、二度目は無いぞというか二度と来ない。
窓の外を見ながら、ラルトスの頭を撫でつつ、オリーブへの質問を整理する。
が、纏まらなかったので数秒で諦めた。
ハルマサの頭では的確に情報を纏めることは難しいのだ。
という訳で。
ハルマサは意志を込めて、オリーブを見た。
「オリーブさん」
「何よ」
ハルマサの表情に全く圧されていないオリーブが問い返してくる。
彼女の瞳はくだらないことなら承知しないわよ、と言っていた。
だが、ハルマサはくだらないことを言うつもりはない。
この先、ハチエさんといち早く合流するために。
そして白根アオイさんを見つけ出すために。
ハルマサは思っていた最良の手段を口にした。
「しばらく雇われてくれない?」
「…………ハァ?」
まぁそうなるよね、とハルマサは思う。
怪訝な表情を向けてくる少女に、ハルマサは言った。
「一日神金貨10枚でどうだ!」
「乗ったッ!」
「よっしゃあ!」
「え、あ、待って! ウソよ! いや、ウソではないけど、理由を聞かせて! 怪しすぎるわ!」
勢いで押し切ることも出来そうだったが、これからしばらくパートナーとなるのだ。
ちゃんと話したほうがいいだろう。
ハルマサはオリーブへと向き直った。
こうしてみると、彼女は背中に流れる長髪を薄く茶色に染めており、薄く化粧もしており、目はパッチリしており、ちょっとキレイだけど全然目立たないような女子高生だった。
「観察眼」によれば16歳らしい。年下の女性はこのダンジョンで初めてではないだろうか。
ハルマサはこれらの情報を取得し、オリーブを見る。
「その前に確認したいんだけど……学校は?」
「あー。こないだバリヤードの大群が攻めてきた時に破壊されちゃったわ。だから、ワタシは今暇なの。空を眺めてたら如何にも弱そうな人が来たからついつい一番乗りしちゃったわ」
この街は意外と危険なようだ。
だが、ハルマサはバリヤードよりも、一番乗りという単語が気になった。
「……もしかして他にもポケモントレーナーが待機していたの?」
「そうよ、プレイヤーはカモだからね。特にあなたみたいに重力で苦しんでいない人はごり押しで倒せるってもっぱらの評判よ? プレイヤーとバトルしたの、ワタシは今回が初めてだったけど、あなたは特別なのかしら。それとも私が弱かったのかしら」
どっちもかな、とハルマサは思ったが、ここは黙るのが正解だと思って口をつぐんだ。
「だけど、あなたがありえないほど大きなポケモンを出したでしょう? あれで野次馬と一緒にトレーナーは皆逃げたんじゃないかしら」
「ふぅん。まぁレンちゃんは強いから、ありうるかもしれないね」
「ねぇあのニセキングラーってどれくらい強いの? レベルは?」
ずい、と彼女はテーブルに身を乗り出してくる。
何か香水をつけているのだろう。柑橘系の匂いがする。
ハルマサは閻魔様のことを思い出した。あの人からも柑橘系の匂いがするのである。
「135かな……」
「ウソぉ!?」
「あ、ウソウソ。それはおっぱいが大きい方のレベルです。」
「もう、訳分かんない事言ってないで教えなさいよ。気になるじゃない」
「28だったような気がする」
「にじゅぅ……はち……」
オリーブはふらり、と後ろによろめき、どすんと椅子に腰掛けた。
「こんな……田舎の街にいていいレベルじゃないわ……この街の一番強い人でも20くらいだもの……」
なにやら大層強いらしい。流石レンちゃんだ。
「まぁ、レンちゃんは置いておこうよ。何か確認したいんじゃなかったの?」
「あ、そうだった」
オリーブは背もたれに預けていた体を起こした。
「なんでワタシを雇おうとするの? 言ってはなんだけど、ワタシのポケモンは決して強くないし、スカート団の助力を期待しているんならやめた方がいいわよ? 情報力も組織力も殆ど無いもの」
スカート団の内情が凄く気になるけどここは我慢である。
「まぁ正直誰でもいいんだ」
「……そうよね」
「そう、信頼できれば誰でもね」
「お、落としといて上げるの止めなさいよ! もう! ワタシなんか信頼して、裏切られても知らないんだから!」
顔を真っ赤にして言ってくる。
「そうなった時はそれでいいや。とにかく、早く心臓都市に行きたいんだ。」
「……どうして? あそこまでの道はとても危険よ?」
「僕はプレイヤーだから、そこを目指すっていうのもあるけど……僕に期待をかけてくれる女の人が居るんだ。」
「そうなの……」
「それに、連絡をしたい女の子もいるし」
「そ、そう。……二股?」
「さらに、ハチエさんにも会いたいし」
「三人目!?」
「そして見つけ出さないといけない女性も居るんだ。」
「また女なの!? 浮気すぎる!」
「愛しているのは一人目と二人目だけだッ!」
「一人に絞れよッ!」
「あ、三人目もだ」
「増えた!」
キレのいいツッコミを炸裂させたオリーブは、息を荒らげていたが、やがてため息を吐いた。
「……分かったわ。あなたは馬鹿だけど、悪い人ではなさそうだし。ワタシはこの都市の中だけしか動けないけど、手伝ってあげるわ」
なんで初対面の女性にも馬鹿な事がばれているのだろう。
不思議で仕方ないが、事がうまく運んだのでよしとしよう。
「じゃあまず……お腹が減ったからご飯かな」
「あ、それなら美味しいところ教えてあげるから奢ってちょうだい!」
「いいけど……貨幣価値を教えてくれたらね」
彼女が言ったとおり、連れて行かれた定食屋はなかなかのものだった。
オリーブお勧めの特盛りB定食を頼むと、ラルトスが風呂には入れそうなほどデカイかつ丼定食が来て、彼女は笑っていた。
そしてハルマサが余裕で全部平らげると顔を青くしていた。胸焼けが起こったらしい。
しかし、それでも代金は二人併せて銅貨8枚。
やっぱりさっきの喫茶店はぼったくりだった。
コーヒー一杯で銀貨一枚はない、とハルマサでも分かる。
それとも、なに特別な材料を入れているのだろうか。それで不味くなっているのだったら世話はないが。
貨幣価値だが、彼女の話を総合すると、銅貨一枚で300円くらい。
銅貨10枚で銀貨となって、銀貨10枚で金貨になる。金貨10枚で神金貨らしい。
銅貨の下の単位もあるが、重いしかさばるしで余り使われないらしい。だいたいお釣りはいりませんで済ましてしまうらしい。
ということは神金貨一枚、30万円。
すなわち、一日神金貨10枚は払い過ぎである。そりゃあ彼女も乗るわ。
というかポケモンのレベルが上がりにく過ぎる。
よくオリーブはレベル8まで上げたものだ。
そして、神金貨もって降りてくるプレイヤーがカモになる理由もわかった。
弱いくせに大金持ちなのだ。
まさにネギカモである。
「これは……ラルトスの進化は少し先になるね」
「いや、ていうかかなり先じゃない? ラルトスって……確か進化はレベル20よ?」
早速ハルマサが上げた今日の分をサンドに食わせているオリーブが言う。
「その、クエストだっけ? それをクリアするんなら、虫ポケモンじゃなければ難しいんじゃない?」
「やっぱそうだよね」
実はハルマサもそう思っていた。
虫ポケモンの進化が早いのは世界の常識(多分)である。
虫ポケモンの内、二段階進化させるのに必要なレベルが10のものがいるので、そいつが狙い目だ。
幸い、神金貨はまだ、一千二百枚以上残っている。
レベルを10まで上げるのならば1023枚あるため、稼がなくても可能である。
「よっし、いざ森へ……!」
「いえ、森は危ないから、その辺のトレーナーから奪ったら?」
「え? いや、そんなロケット団みたいな手法は取れないよ………もしかして、ココでは普通のことなの?」
「あ、そうか。知るはず無かったわね。モンスターボール、高すぎるでしょ? 金貨200枚なんてふざけてると思わない? 新しいモンスターを捕まえることも出来ないわ。だから普通、トレーナーの間では、モンスターボールやポケモンを賭けて戦うのよ。時には神金貨も賭けるけど、皆さっさと自分のポケモンに食べさせちゃうから殆ど無いわ。ワタシも前負けちゃってモンスターボールはないの。ワタシに残っているのはこの子だけよ」
そう言ってサンドにほお擦りしている。
「え、じゃあサンド下さい」
「ええ!? イヤよ! あなた鬼!?」
「じゃあいいや。別にいらないし」
「からかってるの!?」
「そうじゃないけど。」
そうするのがマナーかと。
「ていうかモンスターボールがないと誰のポケモンか分からないから奪い放題じゃない?」
「ボールを奪われたら一緒だし、奪われるのがイヤな人は役所で登録してるよ。面倒だから殆どの人が利用してないけどね」
「ふーん」
どちらにせよ、ハルマサは人から奪うのはイヤだった。
という訳で、彼はこの治安の悪い街よりもさらに状況が悪い街の外へと出ることを決心したのだった。
<つづく>