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「ギィイイイイイイイイイイッ!」
ドゴァ! と大通りの左右の家屋を押し崩しつつ、召喚されたレンちゃんが立ち上がる。
ギギ、ゴゴ、と間接が重い音を上げた。
その40メートルもある巨体は明らかに規格外だ。見上げれば、太陽の影となり表情は伺えない。
でも、レンちゃんは重力付与をされていないようだ。動くのがつらそうな雰囲気はない。
何も考えずに出してしまったけど良かった良かった。
「ギイッ」
レンちゃんがスッと脚をハルマサの横に差し出した。
スッというか、ゴフゥアッ! という感じで風が巻き起こったが、ハルマサは踏ん張った。「身体制御」スキルがなければ危なかった。
爪でひっかこうと飛び掛ってきていたサンドがレンちゃんの差し出した壁のような脚にぶつかって、ゴン、と跳ね返る。
「ピギュアッ!?」
意外と可愛い声を出してサンドが転げていく。
「ギィ……」
当たったところが痒かったのか、レンちゃんはハサミで脚を掻いた。
「……は?」
オリーブさんは驚いたようだった。
鯉のように口を開け閉めしている。
まぁこんなポケモンはいないだろうし。
「な、なによそれ!」
レンちゃんを指差す彼女の指先は震えていた。
ハルマサはもったいぶって笑った。
「ふ……見て分からない?」
「く……! 分からないから聞いてるの!」
悔しそうに尋ねてくる。
予想以上に気分がいい。自慢の仲間を紹介できるこの感じ! 堪んねぇ!
ハルマサは自身満々に言った。
「どこからどう見てもキングラーじゃないか!」
「どこからどう見たらッ!?」
「これだからキングラーも見たことの無い田舎者は……。」
「キ、キングラーくらい私も知ってるわよ! 馬鹿にしないで!」
「だったら良く見なよ……左のハサミが大きいでしょ?」
「た、確かに……! って危ない! 問題はそこではないわ! 惑わされてはダメよオリーブ! 問題の本質を見極めるの!」
オリーブは自分に言い聞かせている。
というか問題の本質も何も、サイズが大き過ぎることに突っ込むべきだとハルマサは思った。
ハルマサは腕をバッと横に振る。
「まぁ、ここまでくればもはや問答は無用!」
「な、なんですって!?」
「いけぇレンちゃん! 手加減してあげてね!」
「や、やめてぇ―――――!」
「ギィ!」
―――――ドシュッ!――ドキャアッ!
「ピギぃいいいいいいッ!」
「さ、サンドぉ――――!」
ハルマサが指差した方に、弾丸のような速度の水流が放出される。
サンドは吹っ飛ばされて民家へと突っ込み、豚の断末魔みたいな声を出した。
レンちゃん。やりすぎだよ。
ラルトスがレンちゃんをキラキラした瞳で見ていたが、ハルマサは見なかったことにした。
「そ、そんな……降りてきたばかりのプレイヤーが、こんな強力なポケモンを……!?」
オリーブさんは口をパクパクとさせている。
(降りてきたばかり……? プレイヤー……? この子はプレイヤーの存在を知っているんだね!?)
色々と知っていそうな情報源をゲット! とハルマサは思った。
【第四層 右足都市】
白根アオイは閻魔のプレイヤーの中でいち早く第四層に到達した人物である。
その姿は切れるナイフを無理やり人型にしたような鋭利過ぎる印象を与え、目には烈火が宿り、唇は笑みを知らぬように引き結ばれている。
彼女のシステムは、しかし、彼女に最もそぐわないものだった。
その名も「淑女システム」。
淑女らしい行動をとれば溜まる淑女ポイントで、色々な技が出せるという単純かつ強力なシステムであった。
4号さんが「もっと女らしくなるように」と思いを込めて作ったシステムらしいが、そんなことは知ったことではないし、自分の生き方を毛頭変えるつもりのないアオイには、そのような思いは邪魔なだけであった。
だが、まぁ強力であることは間違いない。
食事を音をたてずに食べたりするだけで、必殺技が放てるようになるのだ。
ハルマサたちと同じレベルアップシステムと共に、搭載されたそのシステムは、彼女の快進撃を助けもしたが、この階層では全く役に立っていなかった。
このシステムを搭載した状態でコミュニケーションをとることは、彼女にとって非常に辛いことだったのだ。
ただでさえ誤解されやすいのに、語尾まで気をつけなければならないとは。
彼女の性格で語尾に「ですわ」「ございますわ」をつけるのは死にも匹敵するのだ。しかし、つけなければ淑女ポイントが凄い勢いで減ってしまう。
その彼女をあざ笑うかのように、この都市で課せられたクエストは「ポケモントレーナーのみで三人パーティを作る」こと。
彼女は悩んだ。
そして、待つことにした。
彼女と同じ匂いのする――――――あの乳お化けのところからやってきたであろう―――――人物を。
何故なら、彼女たちのシステムには互いに仲間を見分ける機能があり、近づいても攻撃されないだろうからだ。
絶対仲間になってくれるとは思わないが、彼女を見るだけで攻撃してくることはないだろう。
何とか近づいて、このクエストの紙を見てもらうのだ。仲間が一人でも出来れば、助け合ってクエストをクリアしていける。
正直アオイは、一人で戦うのはもう疲れているのだった。
そんな彼女はその凶悪な風貌ゆえ、誤解されやすい人なのだ。
その険悪に釣りあがった瞳が映すのは、先を歩いていく女性の姿である。
その女性は、肩に骸骨を乗せ、右手でポケモンの頭をわしづかみにしながら歩いている。
動きがぎこちないのは、恐らく数十万倍に膨れ上がった重力のせいだろう。
アオイも最初は辛かったが、次第に慣れた。
彼女もきっと慣れるだろう。
体が、勝手に見つけ出すのだ。この高重力下で動きやすい魔力の運用を。
そして、次に筋力が増大していくだろう。それはレベルアップに拠らない強化だ。
だが、それらがあるのも、彼女がこの重力下で活動できるからこそだ。
アオイは仲間になるであろう女性が、頼もしい存在であることを確信し、ニヤリと笑う。
それはとてもお子様には見せられない笑顔であった。
彼女とハチエの冒険が交錯するまであと数分――――――
<つづく>