<160>
一行は無事動物園へと到着した。
動物園は休日と言うこともあってそこそこの賑わいである。
その雑踏の中、母さんが象を掌で示しながら言う。
「はい、こちらが象さんだ。大きいなぁ」
「大きいねぇ」
「しわしわやな!」
『しかし元気がないぞ?』
みーんみんみんとセミが鳴き、コンクリからは陽炎が立ち昇るような暑さである。
そりゃ象も元気がなくなるだろう、とハルマサは思った。
だが、そんな猛暑にもかかわらず、母の静香とハチエはお揃いの麦藁帽子を被ってはしゃいでいる。
「リンゴを食べるだろうか。冷えているからきっと美味い。元気が出て走り回るかも知れん」
「うん。あげないでね」
ハンドポシェットからリンゴを取り出して思案している母親にハルマサは一応言っておく。
これで常識はある人だから大丈夫だとは思うが一応。
そんなハルマサの頭の上ではーいはいはいと骸骨が背伸びをしながら手を挙げる。
『私にあげさせてくれないだろうか!』
「いやダメだって」
「そうやで、パロちゃんごと食べられてしまうやん」
「そんな意味で言ったんじゃないよ!?」
「そして鼻を通って出てくるのか。素晴らしいな!」
「大冒険やん!」
『うぉおお、俄然行きたくなってくる!』
「あの、あんまり動かないでね、目立つから」
ワクワクシャカシャカと踊る骸骨に釘を刺すが、すでに手遅れかも知れなかった。
先ほどから周囲でカシャーン! パシャーン! とカメラのシャッター音がちょいちょい聞こえるからだ。
最近の若者は平気で携帯電話のカメラを向けてくるから怖い。きっとムービーも録られているだろう。
これがゆとりか、とバッチリゆとり世代のハルマサは思った。
ちょっとコッチ来てみ、ペンギンよりよっぽど面白いから! と電話する人も居て、周りのギャラリーは増える一方だ。
いっそ「暗殺術」を発動して透明になってやろうかと思わないでもない。
いや、それはそれで騒がれそうである。
少し考えていると、目の前にパロちゃんが引っ付いたリンゴを差し出される。
「さぁハルマサ君。これを持ってあげてきなさい。」
「どうして僕があげに行くことになった! というかなんで母さんはこういう時だけ敬語なの!?」
『象もあんなにパォパォ鳴いて期待しているだろう。』
「どこが!? 暑さでぐったりしてますけどッ!」
「まぁまぁ」
とハチエさんが間に入ってくれる。ああ、彼女は常識が――――
ハチエさんはリンゴを受け取ってハルマサに押し付けた。
「透明になったら楽勝やろ?」
「味方は居ないのか――――――ッ!?」
「暗殺術」を発動して行こうとしたが、装備品は透明に出来ても生き物は透明にできないみたいで空中にパロちゃんが漂う光景となってしまい、みんなは断念した。
もっと早くに、常識という壁を前にして断念して欲しかった。
「というかハチエさんが行けば良いのに。帽子で透明になれるでしょ」
「お母ちゃんとお揃いの帽子を脱げと!? お母ちゃん! 弟がグレた!」
「ふふ、ハルマサにもようやく反抗期が来たのか……寂しくなるな」
良く分からない展開で、ハルマサに第二次反抗期が来たと思われたらしかった。
しばらく見て回った後、パラソルの刺さったテーブルに座って、少し休憩である。
母さんはパンフレットを熱心に読み、子どもたちはアイスを買ってもらった。
ようやくギャラリーも減ってきたので、ゆっくり出来る。
まぁまだ時折シャッター音が聞こえるが。
アイスクリームを舐めながらハチエさんが尋ねてくる。
「なぁハルマサ」
「どうしたの、今日食べてばっかりのハチエさん」
「しばくで。……そうやのうて、なんでコーンだけ残してるん? 普通一緒に食べてしまわへん?」
ハルマサはクリームだけ食べてしまってコーンはまるっと置いていたのだ。
「実は海よりも深い事情がありまして」
「それ、自分に無茶振りしとらへん?」
「い、いや、そんなばはは。」
「しどろもどろやん」
それを聞いたのか母さんがパンフレットから目を上げた。
「ハルマサが唯一苦手とする食べ物がそれだ」
「理由しょぼッ! というかピンポイント過ぎまへん!?」
「何を隠そう、私はクリームが苦手だ。バランスが取れているだろう?」
「うわぁ……」
呆れているハチエさんのアイスが溶けて落ちそうになっていて、ハルマサは気が気ではない。
しかし、それを忠告してしまえばまるでハルマサがアイスがもっと欲しくてハチエの分を羨ましそうに見ていると勘違いされる!
ああ、困った困った。
親切心が誤解される世の中なんて碌なもんではないね。
アイス欲しいなぁ。
ハルマサが苦しんでいると、机の上で飛んだり跳ねたりチョロチョロしていたパロちゃんがハルマサの腕を突付いてきた。
『なぁハルマサよ』
「ん?」
『あれを貰ってもいいだろうか』
パロちゃんが指差すのはハルマサが食べ残したコーンだ。
「いいよ。食べるの?」
『笑止ッ!』
パロちゃんは鼻で笑い飛ばすと(鼻息が出るのかは知らないが)、コーンの先のほうを切り取って頭に被せた。
そしてハルマサの方を向いて胸を張る。
『どうだッ!』
「何が?」
『似合っているだろう?』
「……そうだね」
ひどくシュールだった。
そのシュールの源であるコーンの先をハチエがひょいとつまみ上げ、口に放り込んだ。
「食べもんで遊んだらあかんよ。ほら、そろそろ行こや」
『あああああああああッ!?』
「ど、ドンマイ」
『くぉおおおおおおおおおおッ!』
悔しがりすぎだよパロちゃん。
ハルマサが代わりに、コーンを包んでいた紙で帽子を作ってあげると、パロちゃんの機嫌は一秒で直った。
『ふん♪ふん♪』
「ご機嫌良いのは分かるけど、鼻歌混じりに僕の髪の毛を毟るのは止めてね」
『おおっと失敬! ついついな!』
ついついでやられたら僕の毛根も浮かばれないだろう。可哀相に。
「パロは楽しそうだな。その帽子も似合っているぞ」
『そうだろうッ! 静香は見る目がある! これはハルマサが作ってくれたのだ!』
「なぁ、ハルマサはカロンちゃんとか、人外ハーレムを形成するつもりなん?」
「ええ!? 何のためにッ!? カロンちゃんは確かに好きだけど!」
『な!? 私は狙われていたのか!?』
いや、狙ってないけど。
『こ、こんな変態の頭には乗っていられない! 助けてくれハチエ!』
「ええけどウチの帽子毟ったら、またパロちゃんの帽子食べるで?」
『わ、わかった!』
パロちゃんがぴょいと飛び移っていく。
何となく寂しく思って見ていると、ぽんと肩に手を置かれる。
「少年よ」
「母さん……」
母さんは、うむ、と一つ頷いて言った。
「少し節操を持ちなさい」
「母さんッ!?」
味方はまたしても居なかったが、だんだん慣れてきたハルマサだった。
その日は暑く、動物たちも元気がなかったが、ハルマサの周りの女性は元気一杯だった。
そのお陰だろう、閉園まで動物園に居たが、飽きることはなかったのだった。
その後、ハチエさんは家族のところに行ってくると、帰っていった。
ハチエさんが高速道路を疾走している姿(ハチエさんの実家は岡山である)を目撃されて都市伝説になったり、パロちゃんの動画がネットにあげられて祭りになったり、夜川を蹴り上げるハルマサの画像も張られていたりしたが、おおむね問題なかった。
一番人気はサイボーグ夜川が居酒屋でくだを巻いている動画や画像だったからだ。
酒屋の親父のインタビュー記事すら乗っていて、掲示板はその後二日くらい騒がしかった。
だからハルマサは誰憚ることなく家に帰って、犬用のほねっこを嬉しそうに齧るパロちゃんを見たりしながら、ゆったりと母との時間を過ごせたのだった。
そして閻魔様のところに帰るさいに、母さんが唐突に口を開いた。
「そういえばハルマサよ。聞くべきか迷っていたのだが、敢えて聞かないのも変だと思うので尋ねるのだがな」
「な、なに? 母さん」
静香は少し考えて口を開いた。
「……なんでタキシードなんだ?」
「今さら!?」
まぁそんなこんなで、ハルマサたちはまたダンジョンに挑むことになるのだ。
閑話「逆襲の夜川(笑)」:END
NEXT:第4部
<つづく>
<あとがき>
現代編がどんどん短くなりますな。
そして夜川退場。
明日は投稿できないかも。
3日くらい猶予がほしいのです。
>パロちゃんという強キャラまで仲間になってしまって強さがインフレを起こしまくっている昨今、レンちゃんは付いていけるんだろうか・・・
レンちゃんはこれから大活躍する予定なんだ。あくまで予定だけど。
>電流になったミラボDXは電流の体躯で吸収できなかったの?
ゴロゴロの実は実体非実体を使い分けられる設定です。でもうまくやればいけますね。
>パロちゃんソードはあれだな、ガッシュに出てきた変形する敵が元ネタかな?
よく分かりましたな! 正直私も元ネタ覚えていなくて、このコメを見て、ああそうだ……って思い出しました。感謝!
>スーパーロボット系と同じですね、変形の理不尽さwwwww
今回はさらに理不尽です。パロちゃんだからって許される範囲を超えてしまったかもしれない。
>インフレ漫画の法則「どんな攻撃受けても膝から上は一ミクロン足りとも破れない」と違ってしっかり破れるみたいだけど、カバーは完璧だねw
ssですから。破れるときは破れます。ちんこの描写はしませんけど。
>48って、桁違いにも程があるwww
ボスが倒せるなら逃げ切れるかもしれないな、程度のレベルでした。ヤマツカミは超鈍足ですからな。
>毎秒12億上がるっていうのは、光速で展開されている戦闘においてはめちゃくちゃ遅いんじゃないかと。
そうですね。一秒ごとにカッチカッチとあがってるわけじゃないんですけど、バトル中のスキルアップを当てにすることはもうできないでしょうね。
>二回目読んでたら気になるところが出てきた。
ええと、キングチャチャブーが居たところは、真空になっていたところよりはだいぶ離れているところです。なのでたぶん空気はあるんじゃないでしょうか。
回復のうんぬんはもっともなので直しておきますね。ありがとうございました。
>雷操作の熟練度、本文よりステータス説明の数字が低い件もよろしくー。
おっと。エクセルのほうがちゃんとなってたので比較的直すのが楽でよかった……。サンクスです。
>今回も楽しく読ませていただきました。また、毎日更新されるようで楽しみですww
ありがとうございます。しかし明日更新できるかは分からんのです。多分無理だと……
>ドリルは漢のロマンですね
かっこいいですよね
>アカウカムが出てたんでボスはミラだとは予想していたけど、まさかのキングギドラ化。
モンハン2Gのモンスター全部出そうとして横着した結果ですけどね。さすがに亜種は無理でしたが。
>そして最近カロンちゃんがまったく戦闘に登場しないのはなぜなのか気になります。
カロンちゃんは謹慎中です。でもしばらくしたら解除されるので。
>やはり神様から直接チート能力貰うよりこうやって修行してチート能力が使えるようになるほうが良いなぁ、と再確認
結局チートなんですけどね。まじめに強くなろうとしている人を小ばかにしているのではと悩むこともあります。
>作者さんの書き始めた理由の小説って、旧題手垢かな?
あれも好きですが、違います。
隠す意味もないので言いますと、「失われた青春を取り戻しに行くマダオの話し」というssです。あの話の中書きに「ダンジョンssが増えることを祈る」というようなことが書いてありまして。じゃあ書くか、と。まぁいろいろあったんですけど、直接的にはこれですね。なぜ消えたし。
>夜川しつこいなw
退場させてやったぜ! 余裕があれば酒屋でくだを巻くシーンも書きたい。酒屋の親父目線で。
>どうでも良いことですけど神金貨?は拾っているのだろうか?拾っている描写は最近見ないので気になりました
数えるのが面倒になって途中から数えてないですね。キングチャチャブーのところとか何枚出たんだろ。ハルマサたちもきっと考えずに袋に放り込んでます。