<158>
女性二人はリビングで向き合って、自己紹介をしている。
「初めまして。ハルマサの母の静香です。」
「初めまして。ハルマサの姉のハチエです。」
「ハチエさん、せめて義姉だって言わないと」
ハルマサは台所で料理を作りつつ、一応突っ込んでおいた。義姉弟の契りを交わした覚えもないが。
どこかずれている気がしないでもない自己紹介だったが、ハルマサの母の器の大きさは広大無辺である。
いい感じに面倒くさいところをスルーして、ハチエを姉だと認めたらしかった。
「いい姉を持ったな息子よッ!」
「まぁ母さんがいいならそれでいいけど」
キリリとした表情の母さんを見て、ハチエは手を組み目を輝かせている。
「ええお母ちゃんやなぁ。ウチのお母ちゃんになっていただけまへん?」
母さんはふ、と笑うと両手を広げる。
「何を言う、君がハルマサの姉なら、すでに私は君の母だッ!」
「お、お母ちゃーん!」
「娘よッ!」
「わーい!」
ひしと抱き合う二人に、てきとうに歓声を送りつつ、サラダの盛り付けを完了したハルマサは食卓に器を運んでいく。
歩きながら視線を感じて、眼を向けると母さんが慈しむ目を向けてきていた。
「ふふ、良く出来た息子だろう、娘よ。」
「どこに出しても恥ずかしくない弟やなお母ちゃん。」
「何かがおかしい……」
ハルマサはぼやきつつ中華にまとめたご飯を並べていく。
母さんは仕事帰りなのでお腹が空いているだろうし、ハルマサたちに関してはボスを倒した後なので減りまくっているので、大量だ。
ホカホカと湯気を立てる料理を前に、母さんは胸に手を置いて目を瞑り、香りを堪能している。
「息子の手料理の香りが幸せを運んでくれるよ。母は嬉しくて胸が一杯です。クスン。でもご飯は食べます。お腹が減っているのです」
「お母ちゃん、泣き真似しとる場合や無いで。ご飯が冷えてまう」
「僕もお腹が減ったよ。はやく食べよう」
「うむ! そうだな! いただきます!」
「「いただきます」」
カチャカチャと、食器が音を立てる。
「ハルマサよ、母は酢豚を所望する! パイナップルを忘れずにのせてくれ!」
「はいはい、と。」
「お姉ちゃんも欲しいで。」
「ハチエさんは自分でよそえる位置にあるでしょ」
「ええ!?」
ショックを受けるハチエさんにハルマサの方がビビッていると、母さんが助け舟を出した。
「そんなことを言わずによそってあげなさい息子よ。君の指先から出る液体が入っているのといないのとでは味が全然違うのだ」
「なにそれ怖い!」
「ハルマサ汁やな」
「知ってるのッ!?」
「おしいが外れだ娘よ」
「どうおしいの!? 正解は!? いや、聞きたくない!」
「ウチもまだまだやな」
「何が!?」
「これから頑張っていけばいいさ。姉道は、長く険しいからな」
「お母ちゃん! ウチ頑張る!」
「カオースッ! 常識が崩壊しているッ!」
食卓は始終騒がしかった。
食器を洗っていると、食卓を布巾で拭いていた母さんが唐突に言った。
「そうだ。動物園に行こう!」
「おお、ええですね。行きましょ行きましょ」
「ハチエさんの馴染みっぷりがすごい」
という訳で、動物園に行くことになった。
ゴトン――――――ゴトンゴトン――――――
窓の外の風景がゆったりと流れていく。
ハルマサはそれをぼんやりと眺めていた。
横では静香がすぅすぅと、ハルマサにもたれつつ寝息を立てている。
無理も無い。
いつもは寝ている時間だし、夜勤明けで疲れていたのだ。
ハルマサがいる時は無理して明るくしてくれているようなところもあるので、今はゆっくり寝て欲しい。
こうして眠る母は幼い少女のようだった。
ボックス席の向かいの席では、さっきあれほど食っても足りなかったのか、ハチエがちょいちょいと駅弁を食べつつ、時たま自分の胸を見下ろしてはニヤニヤしていた。
窓枠の上には6センチくらいの小さな骸骨が窓に張り付いて外の光景を眺めていた。
この骸骨、パロちゃんである。
『携帯用形態だ!』などと言って小さくなったパロちゃんが収納袋から飛び出してきた時は驚いたが、町の風景を見たくて仕方なかったと聞いて、別に良いか、と許してしまった。
何か思うところがあるのだろう。先ほどから一言も喋らないので、置物のようだ。
鈍行の閑散とした車内では、皆が各々文庫本を読んだり音楽を聴いたり、ゲームをいじっていたりと、勝手に時間を潰している。
静かで、穏やかな空間だった。
(なんかいいな……)
これほど平穏な気持ちになることは、ダンジョン内ではありえない。
幸せというのはこういうことを言うんだろうな、とハルマサは思った。
列車が甲高い音をたてて急停止したのはそんな時であった。
ギギギギギギギィ―――――――ッ!
ぐらりと車内が揺れる。静香の体を支えつつ、慣性で転ぼうとする骸骨をキャッチした。
「なんだろう……?」
ザワリ、と非日常の気配が紛れ込んできて、静かだったじゃないがにわかに色めき立っていく。
耳を澄ませば、ザワザワと前の列車から噂が伝わってくる。
『ちっ、なんだよ』『何が起こったの?』『……』『人が飛び込んだって……』『おい、前行ってみようぜ!』『ニュースになんのかな』『めんどくさ』『でも轢いた人がいないんだって』『何で?』
『……だから事故だよ!』『ねぇちょっと、電話しないでよ』
「なんやえらいことになっとるなぁ」
ハルマサと同じく聞き耳を立てていたハチエさんが呟やく。お弁当を仕舞いつつ、窓を開けて外を見ようとしていた。
ハルマサの腕の中で、静香が目を覚ましたようだった。母さんの眠りを妨げる結果になってしまって、本当に残念だ。
「ん? おお、寝てしまったか。」
「母さんおはよう」
「……うむ。悪くない。おはようハルマサ。」
静香は一度ハルマサにぎゅ、と抱きつくと立ち上がる。
「聞くに、どうやら人身事故のようだな。手伝えるかもしれないから、私は行って見ようと思う。二人はここにいるか?」
「ウチも行くで。力仕事なら出来るし」
「僕も行くよ」
助ける力があるのなら、使うべきだと思うから。
キーホルダーのフリをして手の中でダランとしているパロちゃんをポケットに入れつつ、ハルマサも立ち上がった。
「でも、連結部に人が詰まってて通れないね」
「窓からいこか」
ハチエがガラリと窓を引き上げる。
だが彼らが行くまでも無く、この騒ぎの元は向こうからやって来た。
――――――ゴンッ!
電車の天井が内側に陥没したのだ。
ハルマサは「空間把握」によって電車の上にいるものを探る。
そして驚愕した。
「夜川君……!?」
電車の上から拳をつきこんでいるのは、鋼鉄の体となった、夜川丈一であった。
<つづく>
パロちゃん携帯用形態時の能力その他の低下具合
レベル: 30 → 2
サイズ: 40m → 6cm
体重 : 9Mt → 100g
硬さ : カッチン鋼 → 軟骨