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―――――――――――ギャォオアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
二人と骸骨とカニの前には、この階層のボスがいた。
確信は無いが多分そうだ。
だってがレベル33だ。
敵は、ゲームで見たときの何倍も威圧的な大きさと外見だったがミラボレアスではないかと思われた。
大きさは立ち上がれば30メートルちょい。尻尾から頭までの長さはその2倍はあるだろう。
白い厚鱗に覆われた体と、長く細い首、長い尻尾を供えている。枝分かれした角が頭から生えている。
体からは絶えず赤い稲妻が迸り、白く美しい体を幻想的に見せていた。
「み、ミラボレアスやろか」
ハチエが自信無さそうに呟く理由は、ハルマサにも痛いほど分かった。
頭が三つあったのだ。黒いのと赤いのと白いのである。
キングギドラみたいだった。もしくはブルーアイズアルティメットドラゴン。頭はそれぞれ色が違うが。
「二層は顔2つやったから、三層のボスは3つってことなん?」
「さぁ……」
「………ミラボレアスDXって感じ?」
―――――――――ギォオオオオオオオオオオッ!
『来るぞッ!』
3つの首は同時に紫電を吐き出した。
ゴァ、と視界が一瞬で光に覆われる。
ハルマサは、未だに「加速」を使わなければ光速に到達しない。
ハチエはようやく光速くらいの動きが出来る程度である。
そして骸骨もカニも二人よりは断然遅い。
だから、もしかすれば一瞬で全滅していたかもしれないが――――今度の敵は、ハルマサとはすこぶる相性が良かった。
―――――「電流の体躯」ッ!
概念を発動したハルマサは、雷の体へと変化する。脳裏で、冷静なサクラさんの声がする。
≪概念「電流の体躯」を発現しました。光の速度での移動を可能になります。物理的接触が無効となりました。そして―――――言う必要もないでしょうが―――――――雷属性の攻撃を吸収できるようになりました。≫
バァンッ!!!!
一歩前に踏み出すと同時に両手を広げて仁王立ちしたハルマサに、紫電はぶつかった。
世界が割れるような音が響き、あたりに閃光が溢れる。
目もくらむような光をハチエの目は勝手に吸収していた。
そう、ハチエビームのチャージ中である。
日光だけかと思いきや、人工的な光以外は勝手に吸収する目なのだ。
その副次効果として、ハチエの目は閃光に対してすこぶる強くなっていた。
(ハルマサやばいな! どうなっとんねん、格好よすぎるで! 丸裸やけど!)
溢れる閃光を片端から吸い込むハチエの瞳には、ハルマサが津波のような紫電の奔流をその身一つで受け止めている光景が映っている。
タキシードは雷を受け止めると同時に弾け飛んでいた。
『流石私の所有者だ……格が違うッ!』
隣の骸骨は目玉がないせいか閃光もへいちゃらのようだった。
その隣のカニは目玉を押さえて蹲っている。眼球が飛び出ている構造だから余計に辛いのだろう。
「よっし、この隙に、首の一つは落としたる! パロちゃん手伝ってや!」
『いいだろう!』
「ギィッ!」
「レンちゃんはボール戻っとき、な?」
「ギィ……」
レンちゃんは切なそうにしながらも、吹き飛んできていたハルマサの収納袋から自分のボールを探り当てると、自分にぶつけていた。
(なんや一々可愛いわぁ……)
和んでいるハチエの横で、パロちゃんが叫ぶ。
『はぁあああああああッ! 「変身」―――――――クレイモア・モードッ!』
ガキャーン! 腕が体に巻きつき、
ガシーン! 頭蓋骨が前後に割れ。
バキャーン! 4メートルくらいの剣になった。
『愛着を込めてこう呼んでくれ……「パロちゃんソード」とッ!』
「いや待って待って! 最後よぅ分からんかった! もう一回やって!」
『ダメだ! 時間が無いッ!』
重さだけで地面に突き立ったパロちゃんソードが叫ぶ。長さが10分の一になったが、重さは健在のようだ。
「くっ! 確かにそうやな! やけど、あとで絶対もう一回見せてもらうで!」
『ふふ、良いだろう! さぁハチエ、私を使え!』
ハチエは一瞬顔が固まった。すぐに再起動する。
「え、ウチが使うん?」
『他に誰もいないだろう! というか手伝えと言ったではないか! ウソだったのか!?』
「いやぁ、まぁ言ったけど予想外やで…………折れへんかなぁ。心配やなぁ。」
『笑止ッ! 私の固さはモース硬度2万くらいだ!』
「いや、何の基準か知らんけど」
『つまり絶対に折れん!』
「パロちゃんに保障されると逆に不安になるんやけど……まぁ丁度ええわ!」
見るからに硬そうなミラボレアスDXに通じそうな武器が無いのは確かだ。
ネギもまだ修復中だ。
ハチエは軽く跳んでパロちゃんソードの柄をがっしと握り、引き抜いた。
握った感じはとても硬そうだ。
反動を用いて、回転し、地面に着地するとパロちゃんソードの重さで、ずしん、と音がする。
見やれば、ハルマサはまだ雷の奔流を受け止めていた。
「おおっし! もうちょい我慢してやハルマサ! いくでぇッ!」
ハチエは爆発的な跳躍を行った。
一瞬後には、200メートル上空にある天井へと到達していた。
200億ある敏捷で、最早彼女は閃光の女。
影すら残さず天井を蹴りつけ、一瞬後には、ミラボレアスの首の一つへとパロちゃんソードを叩きつけていた。
黒い首とパロちゃんソードが火花を立てて接触する。
―――ガキィッ!
『痛ぁ!? とても痛いぞ!?』
痛いんかい! と心の中で突っ込みつつも、ハチエは首を蹴りつけ距離を取る。
パロちゃんは痛がっているが、固いのは本当だったらしい。
一撃で、硬そうな鱗が割れて砕けた。
ガクン、と黒い首が揺れ、放出していた雷が一本少なくなる。
雷を吐くのをやめた首は、縦に割れた瞳でギロリとハチエを睨んだ。
直後、顎が開かれ、紫電が迸る。
――――――ギォオオオオオオッ!
「ぉおッと!」
口を開けた瞬間にはもう雷が走っているような攻撃だ。余程気をつけていなければ避けれないが―――――――それは気をつけていれば避けられるということだ。
「―――――ふふん、こいつは……貰ったでッ!」
ギャ、ギャ、ギャッ!とジグザグに走り、パロちゃんソードの切っ先で地面を擦って火花を上げながら(『熱ぃッ』とパロちゃんがわめいたが無視した)、ハチエは接敵し、武器を振り上げた。
『痛くないッ! 私が本気を出せば、50%の力で痛くないぞッ!』
「おりゃあッ!」
良く分からないことを叫んでいるパロちゃんを全力で叩きつける。
――――バキィンッ!
『痛ぁああああッ!!!!』
叫ぶ剣を無視して、ハチエは反動を使って回転し、ニ発目を叩きつける。
「でぇい!」
――――ガキィン!『痛いッ!』
「まだまだやぁ!」
――――ゴキィ!『凄く痛い!』
「おりゃあ!」
――――ドガァン!『痛すぎる!』
ハチエの攻撃は、折り重なっている鱗を次々と砕き、ついに肉を露出させる。
キラキラと飛び散る黒い鱗のなかで、地面に着地したハチエは咆哮を上げた。
「ぉおおおおおおおおおッ!」
『だんだん気持ち良くなってきた……』
ドォ! と肉に刃が食い込み、黒い首を流れる赤い血が噴出する。
ハチエは些かもひるまず、力を込める。
一瞬ハチエの筋肉が盛り上がり、剣が首を切り落とす。
ズバ……ァンッ!
「おっし!」
『肉はやわいな! 他愛ない!』
しかし、ハチエに止まることは許されなかった。
切り落としたはずの首の目がカッと見開かれ、地面をギュルギュルと這ってハチエを飲み込もうとしたのだ。
「――――クッ!」
咄嗟に飛び上がり、頭のうえから剣を叩きつけた。
メキャァ!と4メートルのパロちゃんソードが、龍の首を地面へめり込ませる。
眼球が飛び出し、血を吹いて今度こそ動かなくなった。
「コイツ首だけで動きよった……!」
他の魔物が絶命したときのように、ぼんやりと透けていく龍の首を見ていると、剣が叫んだ。
『ハチエ! 再生しているぞッ!』
「はぁ!?」
見上げれば、ミラボレアスDXの今切り落としたところから、ずるん、と黒い首が生えているところだった。
粘液を跳ね散らし、龍は瞼を開く。
―――――――ゴォオアアアアアアアッ!
「デフォかッ! 首が再生するんはデフォかッ!」
ハチエは毒づきつつ、吐き出された雷を避けるために跳躍した。
ハルマサは、絶えず吐き出される雷の奔流を受け止めつつ、ミラボレアスDXを見ていた。
物凄い勢いで「雷操作」が上昇するのを感じつつ、攻撃する隙を探していたのだ。
だから、ハルマサがその数字を見たのは必然だった。
(……?)
ハチエに切り落とされた龍の頭が再生する時に、ミラボレアスDXの頭上に数字が現われたのだ。
緑色で描かれたアラビア数字だ。
そのまま見ていると『600/600』であった数字は、首が生えると同時、『599/600』と変化した。
(減った?)
なんとなく、ハルマサは理解した。
つまりはあと、599回首は生えるのだ。
それは再生というより、ストックで、つまり無限ではない。
ということは――――
(あと、599回首を落とせばいいんだッ!)
まぁそれが分かったところで、彼のテンションは全く上がらなかった。
<つづく>