<154>
敵は全て大きなかがり火のような頭を持つ、チャチャブーの親玉、キングチャチャブーであった。
体はそれほど大きくないが、剣を持ち、軽い身のこなしでハンターを翻弄するモンスターである。
レベルは20。どうやら、このモンスターは強化されて無いらしい。というか凄く弱い。
「―――――ッ!」
しかし、その姿を確認したのは一瞬だ。
ハルマサの動きはそれだけで莫大な余波を生んでいた。空気は荒れ狂い、衝撃波があたりを崩壊させるほど。
すなわち、傍を通り過ぎるだけで、キングチャチャブーの体が粉々になった。
速さ特化型であることもキングチャチャブーにとっては不利に働いていた。ことさらに耐久力が低いのだ。
穴から飛び出るという動作だけで、取り囲んでいたキングチャチャブー12匹は吹き飛んだ。
いや、そのうち1匹はハルマサが殴り飛ばしたから、11匹か。
ハルマサは即座に「加速」を解除した。
そうしなければ体が空中分解しそうだ。
床にハチエを横たえることだけやりきって、ハルマサは倒れた。
もう動きたくない。というか動けない。内臓が裏返って口から飛び出してきそうだ。
だが、それよりもハチエさんは?
「ハチエさん……大丈夫?」
「ちょっとぎづい……ゲフッ!」
ちょっとどころか半端ではなくきつそうだ。
噴水のように血液を吹き上げるハチエさんを見ていると、余命わずか。といった感じがヒシヒシとする。
(やはり「増血注入」しかないか……!)
ハルマサはブレスレットを外す。
(大丈夫だ! 飲ませた後、桃色解除薬をシュッとかければいいんだ! 楽勝だ!)
ただ、飲ませるほうのハルマサが死にそうなことを除けば、結構いけそうなプランである。
「ハチエさん、これを飲んで!」
「無理ぃ……吐く……ああ、なんや眠たいわァ……」
今にも閻魔様のところに帰っていきそうなハチエさんの口に、ハルマサは無理矢理指を突っ込み、力を込めた。
「フンッ!」
ブシュ―――――ッ! と傷から大量の血が飛び散り、ハチエさんの口の中を濡らす。ハルマサの「身体制御」スキルにかかれば、この程度お茶の子さいさいだ。
ハチエは吐く吐くと行っていた割にはゴクゴク飲んだ。
「……めっちゃ美味いなこれ……」
「あ、貧血……」
ハルマサは起こしていた半身をばったりと倒した。
すぽん、とハチエの口から指が抜ける。
もう精根尽き果てた。耐久力を見るとのこり「2」という奇跡の低さだった。最大値14億なのに、2て。
「う……動けない……」
「……ふふ、実はウチもやねん……」
この階層にも間仕切りは無かった。
とても広いこのフロアには無数の穴が空いている。
その穴につき12体。キングチャチャブーがスタンバイしていた。
だが今、フロアに異分子が現われた。
それに反応して、フロア中の数百というキングチャチャブーが、二人を排除するために動き出しているのだった。
という訳で有体に言えば、ピンチだった。嬲り殺しにされる可能性大だった。
「ギギギ……あ、やっぱりダメだ……」
裸足のゲンばりに歯を食いしばっても、ポンコツになった体は動きはしない。
ハチエのほうもほんのりほっぺたが桜色になっていたが、全快には程遠い。
「そうだ、ポケモン……!」
「指が動かへんねんけど……ちゅうか喋るのも辛くなってきたで……」
「あ、世界がまっ白に見える……」
ハルマサが貧血を起こしそうになった瞬間、ハルマサの懐の収納袋の中から巨大な物体が飛び出した。
『忘れるな――――――私がいるぞッ!』
とても元気な骸骨、パロちゃんだった。
彼女はすでに死んでいるので、仮死状態になるというモンスターボールの内部環境を軽々と無視して、勝手に飛び出ることを得意技としているのだ。
「パ、パロちゃん……!」
『フン! 二人ともナスビみたいな顔色をしよって、あとは私に任せるがいい!』
今回のパロちゃんは頼もしかった。
パロちゃんはフロア中を見渡し、咆えた。
『私の所有者をよくもボロボロにしてくれたな! 私は………怒ったぞキサマら―――――――ッ! トウリャ――――――!』
完全な誤解だったが、怒りで燃えたパロちゃんは格好よかった。
身長が40メートルもあるパロちゃんが、グリコのポーズで跳躍した時なんか最高に痺れた。
『いくぞ! 骨になってから苦節10年、ついに会得したこの技を見よッ! トランスフォームッ!――――――――ドリルッ!』
ガシャーン! ガキーン! ドキャーン!
――――――ズギャギャギャギャギャ!
『ウハハハハハハハハ―――――ッ!』
なんだかよく分からない。全然わからない。
だが、彼女なら大丈夫だとハルマサは安心して、気を失った。
ハルマサは、自分を回復する特性を有している。
「不死体躯」と名づけられたそれの効果は、骨折を数時間で完治させる程の、自然回復力の向上である。
つまり寝て居ても彼は再生するのだ。
「うくくく……良く寝たァ……!」
という訳で、目が覚めたらハルマサは全快していた。
RPGの主人公もここまで露骨な回復はしないだろうという速度での回復である。
ずるい。かなりずるい。
その証拠に、傍らのハチエなんて、完全に危篤状態である。
「フヒュー……フヒュー……」
「ああ! まずい、ハチエさんの顔色が縄文土器みたいになってる!」
ハルマサは即座にブレスレットを外し指先を傷つけると、ハチエの口に突っ込んだ。
ブレスレットを外せば、ハルマサの血は命の水である。
その液体が「身体制御」スキルによって、蛇口から飛び出る水の如く、ハチエの口腔にぶちまけられた。
ハチエの体の細胞はもうボロボロだ。
度重なるダメージに、体中の細胞は長い間虐げられてきた。
持久力や魔力すら使い、何とか生命を維持している状況である。
だから、彼女の口にエリクサーとも言うべき液体が流れ込んできた時、体はそれを貪欲に吸収しようとした。
具体的に言えば、指を齧り取る勢いで血液を吸い始めたのだ。
―――――――ズギュウウウウウウウウッ!
ハルマサにとっては予想外の吸引であった。
「おほぉ! 吸われるぅ! あ、待ってちょっと待って! シャレにならな……あ、貧血。」
バタリ。ハルマサはミイラのようになって倒れた。
ちゅぽん、と指が抜け、それと同時にハチエが目を覚ました。
カッ! と彼女の目が見開かれる。
「ふぉおおおおおおおッ!」
既に体は全快していた。
ハチエ復活! ハチエ復活! と体中の細胞が踊っている。
起きた勢いのまま跳ね起きると、ハチエは自分の手を見る。
「おお、力が溢れて来よるで……!」
ハチエは瀕死から復活したサイヤ人のように、劇的な活力を備えていた。
全ては「元気になる」という効果を持つハルマサの血液の結果だった。
そして、枯れ木のようになったハルマサの姿を目にしたハチエは、慌てて傍にしゃがみ込んだ。
「ど、どないしたんハルマサ! 誰が一体こんなことを!」
「スヒュー、ヒュー……」
呼吸すら怪しいが、ハルマサはパクパクと口を動かし、何かを必死に伝えようとしている。
か細き声になんとか意味を見出そうと、ハチエは必死に耳を傾けた。
「んん? 犯…人…は、……前田? 誰やねん」
ハチエの呟きと共にハルマサはばったりと気を失った。
「……まぁハルマサなら死なへんやろ。ゾンビ見たいな奴やしな。あ、ブレスレット外れとるやん。つけてあげよか」
そうして、ハチエがブレスレットを腕に嵌めてあげた時、床から白い塔が回転しながら飛び出してきた。
―――――ゴバァン!
『今帰ったぞぉ――――――!』
いや、違う。パロちゃんだった。
床に大穴を開け、尖塔のようになったパロちゃんが出てきたのだ。
『全滅させてやった! 歯ごたえのない敵だな!』
40メートルの尖塔がハチエの目の前にそそり立ち、ハチエは少しビビッた。
「ど、どないなっとんねん。え、頭ここ?」
『トランスフォームッ!』
驚くハチエを気にも留めず、パロちゃんはガシャーン! ガキャーン! バキーン! と音をさせ、もとの骸骨へと戻った。
どうやって変形したのか、じっと見ていたのにさっぱり分からない。
『む、何故か知らないが元気になったようだなハチエ! 結構だ!』
「いやぁ、お陰さまで。」
『ややッ! ハルマサがミイラのようになっているではないか! 吸血鬼にでもやられたか!?』
巨躯を折り曲げて、ハルマサの顔を見るパロちゃん。
はたから見れば死体をむさぼろうとしている骸骨にしか見えない。
「……血? あ、ウチか。ウチがやってしもうたんか。悪いことしたで」
『なにぃ! 私の所有者の生き血を啜るとはどういうことだ! 許せん、決闘だッ!』
「なんでやねん。……実はこれこれこういうことやねん」
『なるほど……ならば、血液は返せないにしても、水分を補給するとしよう。大分違うはずだ。』
「そうやなぁ凄い勢いで吸収しそうな外見しとるしな」
『しかし、肝心の水が無いな』
「パロちゃん、骨髄液とか出せへんの?」
『む、無茶を言うな! ハチエは私を何だと思っているのだ!?』
「骨」
二人でうーむ、と考えて、案を思いついたのはハチエの方が先だった。
「それならあれや! レンちゃんに頼もや!」
『名案だ!』
――――どんっ!
何かが何かにぶつかる重たい音を聞いた気がして、ハルマサが目を開けたとき、彼は水に濡れてびちゃびちゃであり、骸骨とカニとハチエに覗き込まれている状態だった。
「……?」
『おお、目を覚ましたぞ!』
「凄い吸収っぷりやったな。レンちゃんのお手柄や」
「ギィ?」
ハルマサはむっくりと起き上がった。頭がふらりと揺れたが、何とか持ち直す。
差し出されたレンちゃんのハサミに捕まりつつ、ハルマサは周囲を見渡した。
死体は残っておらず、フロアには穴が増えていた。
「みんな、ありがとね」
『ふ、もっと褒めてくれ! 私は褒められて伸びる子だッ!』
「まだそれ以上伸びるつもりなん!?」
「ギィ!」
愉快な仲間達だなぁとハルマサは微笑んでいたが、直ぐに顔を引き締めた。
―――――どーん!
上の方から不吉な音が聞こえたからだ。
見上げれば、200メートルほどの高さの天井に、巨大な扉がついていた。ウニドラゴンでも通れるであろうサイズである。
「あれは……?」
ハルマサに釣られて皆も見上げたのだろう。好き勝手に声を上げている。
『あんなものあったか?』
「ギィ……」
「なんかめっちゃたわんどらん? 今にも開きそうな――――」
―――――ドカァアアアアアン!
ハチエの言葉に応じるように扉は勢い良く開かれた。というより弾き跳んだ。
そして、巨大な龍が落ちてきた。
<つづく>
パロちゃんのレベルが30、キングチャチャブーのレベルが20なので、パロちゃんは一体当たり1280の経験値を得ています。ということはハルマサはその半分の640しか得ておりません。
このフロアには下の階層から貫通する穴が50個ほど開いてますので、その穴ごとにキングチャチャブーが12匹いるとして、12×50×640=384,000の経験値をゲット。
しかしハルマサが次のレベルに上がるために必要な経験値は700,514,303なので全然足りませんでした。
では、次からボス戦です。