<152>
塔の中は真っ暗で外からは何も見えない。
扉を境界にして、その先が突然見えなくなっているのだ。実体のない黒い壁のようなものだった。「空間把握」でも探れない。
その闇の帳に、パロちゃんが恐々と腕を入れたり出したりしていた。
『うわっ! ヒヤッとするぞ!?』
「パロちゃんは元気やなぁ……」
ハチエが、縁側に座って茶を啜るおばあちゃんのように、微笑んでいた。いわゆる慈しむ目というやつだった。
「ちょっと探ってみるよ」
『し、慎重になッ!』
「パロちゃん、それはクリリンとかヤムチャのポジションやで。」
『?』
「まぁ大丈夫だよ! はぁああああああッ!」
ハルマサの目が宝石になり、燦然と輝きだす。
「ピュアクリスタル・アイッ!」
この瞳の光を吸収しきるほどの仕掛けではなかったらしい。
圧倒的な光量は、ピカァ! とばかりに闇を貫き、塔の内部を照らし出した。
ちなみにハルマサは自分の目が輝くので、眩しくて全く見えない。
「見える?」
「おー。バッチリやで。」
『待て、何かいるぞ! 気をつけろッ!』
「パロちゃん、ヤムチャが板についてきとるなぁ……」
ハチエさんが優しい目で見ていることも気付かず、パロちゃんはそのごつい指先で照らし出された塔の中を指差している。
勿論ハルマサには何を指差しているのか見えない。凄く気になる。
「何が、何がいるんだい!?」
『こう、モヤっとして、ウネウネとしていて、とてつもなくデカイ! あと樹が生えているぞ!』
まるで理解不能だった。
『歯もある!』
ますます混乱した。
「具体的に言えば?」
『タコだな。気をつけろ、歯並びがいいぞ。』
「あ、ヤマツカミやない?」
「ああー……」
そういえばタコみたいな体して、やたら歯並びがいいモンスターがいた。歯茎も健康的なピンク色だった。
ヤマツカミは空を飛ぶ緑色の巨大な軟体動物である。タコやイカの、内臓が入っている袋がなくなったような体型で、触手は10本くらい。人間のような口を持っており、歯並びが美しいモンスターである。
モンハンでは、よく「口内炎にしてやる」と歯茎を槍で突付かれたりしている。
主食は山らしい。食べ過ぎたのか、古代の樹に寄生されていたりする。
大きさは30メートルくらいか。
まぁそんなモンスターである。
パロちゃんに尋ねられたのでそう答えておいた。
「分かった?」
『さっぱり分からんが、それほど怖いモンスターではないのだな?』
「見えないから何ともいえないけど。というかパロちゃんの強さもよく知らないし。」
『だったら私の雄姿を見るが良い! たぁ――――――!』
パロちゃんはそう言うなり、扉の中へと飛び込んでしまった。
「ヤムチャせんようになー!」
いや、ハチエさん。白ヒゲの上でくつろぎながら見送ってる場合じゃない。
「仕方ない、追おう。ハチエさんも気をつけてね」
「大丈夫矢と思うけどなぁ。まぁわかったわ。よーし白ヒゲ、警戒態勢で微速前進ッ! 危険を感じたら即座に穴掘って地面へ退避や!」
「グルッ!」
それは気をつけ過ぎじゃないだろうか。まぁ気をつけるに越したことは無いか。
ハルマサも、目の光消して、塔の中へと飛び込んだ。
そして、目の前に出現したビックリ箱に鼻を打ちつけて蹲った。ビックリ箱はとても硬かった。
「鼻が……!」
『警告デス! プレイヤーNo.46、プレイヤーNo.54は正式な手順を踏まずに、『塔』へと足を踏み入れマシタ! 塔の第一層の門番、魔物:ヤマツカミが大幅に強化されマス! しかし、あなた方はこのまま引き返すことを選択しても構いマセン! どうなさいマスカ!?』
「!?」
いきなりやる気が削がれる報告だった。大幅に強化ってどれくらいだろう。レベルが5くらい上がるのか。いや、それで済めば良いが……。
しかし、すでにハルマサの仲間が入って行ってしまったのだ。
ハチエさんを振り返ると、意志の強い目で見返される。是非を問うのは野暮のようだ。
ハルマサは覚悟を決めた。
「行きます!」
「ウチもや!」
ハルマサがビックリ箱の人形に向き直ると、ビックリ箱の人形はびよん、びよんと揺れつつ、口を動かした。
『承知いたしました! では、これより困難に挑まれるプレイヤーたちに敵の情報を提供いたしマス!』
「情報?」
人形の動きが止まり、サー、とカセットテープの回る音がする。
『―――――ガァ――――ン! ―――――ゴァッ!』
生々しい音が響いてくる。
(これは、戦闘音?)
肉のつぶれる音や、爆発音が連続して聞こえる。そして耳を突く咆哮。
それらの合い間に人の声が聞こえた。
『―――――リだ! 扉が閉まっ―――』
『――――爆破しろ!』
『オレが押さえ――――』
細切れに聞こえる声の中、突然野太い声がはっきりと喋った。荒い息遣いのまま叫ぶ。
『絶対に戦うなッ! 全力で―――――逃げろッ!』
――――爆音。
後に聞こえるのは爆発の余韻と、―――咆哮だけであった。
そして、テープの流れる音は止まる。
「これは……?」
ハルマサは思わず尋ねたが、人形は答えなかった。
『情報は以上デス! では、以降もダンジョン攻略をお楽しみ下さいッ!』
ボゥン、とビックリ箱は消える。
「今のは……」
「何やッたんやろね。取りあえず逃げたらええんかな?」
「まぁ敵を見てからで――――」
その時、パッと明かりがついた。
まずハルマサの視界に入ったのは広大な空間である。
半径数百メートルの塔の内部は、外周より一回り狭いとは言え、間仕切りも無く、広大だった。
高すぎてどれくらい高いのか分からない天井と、巨大な石が敷き詰められた石畳。その石畳と同様、巨大な石の積みあがった壁。
壁には梯子があった。打ち込まれた無数のコの字型の鉄杭によって天井へと、梯子が作られていた。上に進めということなのだろうか。
そして広い円形の広場のほぼ中央で、骸骨のパロちゃんが手を振っていた。
『おおーい! 遅いからもう倒してしまったぞぉ―――!』
全長40メートルのパロちゃんが米粒みたいに小さく見えるような距離である。
パロちゃんの足元に潰れる様に落ちているのは、どうやらヤマツカミのようだ。
「無事見たいやな。良かったで」
「うん。……大幅に強化されるって言うけど、元が弱かったからそんなにきつくないかもね」
ハルマサは楽観して歩き、だが足の下から這い出てくる悪寒に、その場を飛びのいた。
(――――!?)
石の継ぎ目から、にゅ、と飛び出てきたのは触手である。
続いて目、そして体。
大きく跳びすさったハルマサの前に、ずるん、とヤマツカミが出現していた。
≪対象の平均ステータスはLv30相当です。恐らく倒せるでしょう。≫
観察眼の情報をサクラさんが教えてくれる。
「……敵が一体なら、そうかもね」
『おおお!? いっぱい出てくる! むぅ、奇怪な奴め!』
パロちゃんが、素手でヤマツカミを殴りつけている。スピードは遅いが威力が凄い。一撃でヤマツカミを屠っている。ハルマサに経験値が入ったようだ。
だが、いくら倒そうとそれは氷山の一角であり、一匹倒す間に4匹に囲まれているような状況だった。
「パロちゃん、コッチ来て!」
『む、承知!』
イヤな予感がしていた。
ハルマサはその場を蹴って、ハチエのほうへと退避する。
「ハチエさん、白ヒゲをボールに戻してくれない?」
「……そうやね」
ハチエもイヤな予感をヒシヒシと感じているようだった。
暗い予感は、先ほどの戦闘の音や叫び声と直結して、ほとんど確信へと変わっていた。
ハルマサの目の前では、広大な面積の床を埋め尽くすほどのヤマツカミが出現していた。そして、いまだに増えている。
これらがこのまま襲い掛かってくるなら、ハルマサにとってはむしろうれしい状況だ。スキルもレベルも跳ね上がるだろう。
だが、ハルマサの警報はガンガンと鳴っていた。
出来るだけの速度でこの場を離れるべきだと、うるさいくらいに「心眼」が主張しているのだ。
『少々数が多いな。範囲攻撃が出来れば良いのだが』
パロちゃんが、残念そうに言う。
彼女は数の多さを脅威に思っているらしい。
しかし、そんなことは脅威ではない、とハルマサは思うのだ。
「パロちゃん、この塔の上を目指すよ」
『む、戦わないのか?』
意外そうに骸骨は頭を傾げる。
ハチエを背負いつつ、ハルマサは頷いた。
「イヤな予感がするんだ」
ヤマツカミたちは、最初ゆっくりと、次第に速く動き、一点へと収束していった。
二つが一つに。三つが一つに。10が一つに。100が一つに。
次々と、巨体が折り重なり、互いに融合していく。
それは、まるでマリー少女の作った奇怪なウニドラゴンのようだった。しかしこの化け物は、規模が全然違ったし、外見が最悪だった。
それは、巨大なヤマツカミの姿だったが、良く見れば、以前と違うところもあった。
触手が、主根に生える側根の様に、死体に生えずる蛆のように、太い一つから細いモノが無数に生えてうねっていたのだ。
そして、目が無数に付いており、また、口も一つではなかった。
人間のような口が体中にびっしりと、触手の裏にすら、それはぽっかりと丸い穴をあけていたのだ。
ヤマツカミの集合体は、広大な広間を丸ごと埋めるような巨躯を震わせた。
わん、と空気が震える上がる。
巨大な口と、全身に数百ある小さな――――比較的ではあるが小さな口が、同時に開かれた。
――――――――キィイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアッ!
化け物は、無数の口からヌラヌラと唾液で輝く白い歯をむき出しにし、体中の触手を震わせて、生誕の咆哮を上げた。
<つづく>
パロちゃんが勝手に二体倒してくれたので、ハルマサは棚ぼたで経験値を取得。
ハルマサ ………Level up!
レベル: 27 → 28 Level up bonus: 335,544,320
満腹度: 872,930,221 → 1,244,181,128
耐久力: 1,111,746,928 → 1,447,291,248
持久力: 916,630,440 → 1,287,881,348
魔力 : 1,987,024,053 → 2,337,040,708
筋力 : 1,436,893,960 → 1,808,144,867
敏捷 : 1,795,080,577 → 2,166,331,485 ……☆3,249,497,227
器用さ: 2,533,768,698 → 2,869,313,018
精神力: 669,586,645 → 1,039,928,461
経験値: 641,662,975 → 1,983,840,255 残り: 700,514,303
○スキル
運搬術 Lv25: 120,983,221 → 228,102,983 ……Level up!
PイーターLv26: 438,122,689 → 541,029,823
観察眼 Lv26: 328,191,756 → 372,819,223
戦術思考Lv25: 298,120,743 → 332,918,239
空間把握Lv27: 672,981,074 → 701,827,391
心眼 Lv26: 601,288,325 → 620,933,765
魔力放出Lv27: 928,777,631 → 937,822,011
概念食いLv22: 30,917,267 → 38,902,774
魔力圧縮Lv27: 732,401,120 → 737,829,075
<あとがき>
骸骨って書いてるときは面白いけど、読んでみるとそうでもないことに気付いてしまった。
書いているときのテンションがおかしいんだろうなぁきっと。
それはさて置き、何時の間にやら150話越えています。一話がWordの5ページ以上だから、750ページ以上ありますね。最初から読む人は勇者ですね。
明日も更新。
>新規読者ですが、1スレから読み進んできました。
勇者居た――!?
やばいっすね。時間かかりませんでした?
何はともあれありがとうございます!
>マリーとマルフォイはそのまま幸せになっちゃえば良いよ
なるほど。
どうしようかな。
>つまりはほぼ直角っていうことですかw
誰も分からんかもって思って書いただけに、気づいてもらえるとうれしいですw
>漸く終ったが痛み分けっぽいですね。
そうですね。長々と書いてこの有様ですよ。でもライバルいたほうが燃えるってバクマンが言ってた。
>これは…再戦フラグか
忘れたころにやってくる感じで
>久しぶりに読んで冷静になったのか、すでに黄金聖闘士よりも強くなっていることに改めて気付かされた。
この話は一杯ひっかけて、ヤジを飛ばしながら読むくらいでいいんじゃないかと思ったりします。黄金セイントってよく分からない強さなので多分勝てないんじゃないかと。
>もっとインフレを!ドラゴンボールやハンター以上のインフレを期待してますwwww
すでに単身で銀河から離脱できるくらい強いんですけどまだこの先を望むのですね。
第四層はどうしてやろうか。オラわくわくしてきた!! あと毎日って……マジありがたいです。
>強くなって帰ってくるフラグ。
よっぽど強くなってないと主人公たちにボロ負けですがね。多分。
>ハル魔者ってwww
ファ―――ッ! 大事なところやないですか! ありがとうございます!