<151>
とっぷりと日も暮れた山の麓で。
遠く離れた相手とも、声を伝え合える特技「伝声」を発動し、ハルマサは朗朗と謳い上げる。
「拝啓。朝夕に爽秋の気配が感じられる頃となりました。カロン様におかれましては、いかがお過ごしで」
『まどろっこしいわ!』
一言で切って捨ててくれたのは、ハルマサの恋愛感情を一身に受け止めるカロンちゃんである。
「ババァ言葉で喋るし実年齢222歳なのに天使のように可愛らしいという悪魔のような神様のカロンちゃんに、敬意を持って接したくて」
『馬鹿にしておるのか? あ、すまん。バカはお主じゃった。失敬した。』
ホントに失礼だと思ったが、このやり取りも二回目なので言うのは止めた。ちなみに一回目の相手は閻魔様である。
「最近、みんな僕のことをバカバカって言うけど、バカって言う人の方がバカになれッ!」
『何を言っておるのじゃ。頭でも打ったか?』
「あ、ごめん。カロンちゃんの声を聞くとなんだかテンション上がっちゃって。常時はぁはぁ言っちゃいそうだよ」
『できれば止めてくれんか』
「いやもう、全然歯止めがかからないから、実は社会の窓もフルオープンなんだ」
『ほほぅ……意味が分からんが豪勢じゃの。でも時々は閉めておくんじゃぞ?』
「勿論さ!」
意味が分かって言っているのか微妙なラインだが、カロンが言ったことは全て真実となるという病気を患っているハルマサにとっては大した問題ではなかった。
「ああ、まずい。カロンちゃんへの愛が溢れて体が弾けとびそうだよ……結婚しよう! もう結婚しようッ!」
『ちょ、ちょっと落ち着くのじゃッ! 母様に聞こえてしまうッ! 深呼吸じゃ、深呼吸をするのじゃ!』
「ヒッヒッフゥー………よし落ち着いた。それにしてもカロンちゃん。すごく好きです。結婚しようッ!」
『どこが落ち着いておるのじゃッ! そ、それに、そういうことは静かに言うものじゃろう……?』
そうか、とハルマサは思った。確かに興奮しながらのプロポーズはみっともない。ここは真摯にいくべきだ。
(あなたと――――――結婚したい)
『な、なんじゃ!? 変なテレパシーがッ!』
ハルマサは新たな能力に目覚めたらしかった。
テロか!? と騒ぐカロンちゃんを何とか宥めて(天界ではテレパシーテロが流行っているらしい)、ダラダラと話した。
「そういえば、昨日インターネットがどうこうって言ってたよね。無事繋がった?」
『うむ。如才ない。早速友達も出来たぞ』
「な、なんだって!? そいつの名前は!?」
『シブカワタケミといったかの』
「タケミちゃん!?」
『知っておる名前か? じゃが、恐らくは人違いじゃ。我が繋いだのは天界ネットじゃからな』
「いやだって名字……」
『まぁそやつが実は神じゃったという事があれば分からんが、それは可能性が低すぎるじゃろう』
「でも筋力80もあったしなぁ……」
「タケミちゃん」=「神様」疑惑が持ち上がったことを除けばその日は特に何もなく、有意義な時間を過ごした。
カロンちゃんは明日、ついに動画サイトへと進出してみるらしく、「子犬の動画を見るのじゃ!」と張り切っていた。
『……じゃあの』
「またね!」
『うむッ!』
そうしてハルマサは眠りにつき、密かに起きていたハチエは独り言をべらべら喋るハルマサを見てついに頭がおかしくなったかと悲しんだ。
翌日誤解は解けたが、次からハチエも会話に参加することになった。
鍵を使う扉は、大陸の北端にある塔のものである。
大地は凍り、空気も凍り、命すらも凍り付こうとする土地に立つ直径数百メートルはある巨大な塔。
早朝にたどり着いた一行は、扉を空けられないかと、試行錯誤しているのだった。
現在は、「燃え立つ鍵」をパロちゃんに鍵穴にねじ込んでもらい、ハルマサが残った鍵穴にピッキングを仕掛けていた。
「燃え立つ鍵」は誰かが押さえてないとぽん、と排出されてしまうので、パロちゃんの役は結構重要だ。
が、彼女は悶えていた。
『あ、熱くない! 全然熱くないぞぉ――――!』
「いや、無理せぇでも。ちょっと指の骨溶けとるし」
『無理を通せば、道理が引っ込む! 心頭メッキャーク! 火もまた、アチャ――――ッ!』
「パロちゃんて、でっかいくせに可愛いなぁ。不思議やで」
≪あの出っ張りとか押してみてはどうでしょうか≫
「ん……あれか。それ!」
カチャン。
≪……ダメですね≫
「そうだね」
サクラさんから見てもダメらしい。
狭い穴を覗き込み、棒であちこち突付いてみたハルマサは立ち上がり、うーん、と腰を押さえて背を反らす。
雲一つない、綺麗な青空だ。冷えた空気が肺に心地よい。
ハルマサはいい気分で言った。
「ピッキングはダメだね」
『だと思ったわ――――ッ!』
40メートルある巨躯を屈めて熱い鍵を鍵穴に刺していた巨大骸骨が、キレた。
地面に「燃え立つ鍵」を叩きつけると、自分の頭蓋骨を撫で回す。
もしかして架空の髪の毛をかき回しているのかもしれない。
『指の骨が溶けるほど頑張ったけど、無駄に終わったって全然悔しくないわァ―――――――!』
とても悔しそうだった。
「10分もかかってゴメンね。こんどパロちゃんが欲しいもの何かプレゼントするから」
『ほ、ホントか!?』
巨大骸骨は嬉しそうに顔を上げた。
その頭蓋骨を嬉しそうにカタカタいわせながら、パロちゃんは凄い勢いで喋る。
『ウソじゃないな!? 前の所有者は、そう言って何度も何度も「ウソですわ」とか言ったんだぞ!? 信じても良いのか!? いや、簡単に信じてはいけない! 安い女だと思われるぞ! 私は安売りしない女になるんだ! 下着は一つ3万金貨ッ!』
後半は自分に対する戒めのような叫びになっていたが、丸聞こえなので、聞いていると切ない。
下着とか言ってるし、生前から大変だったんだなぁとハルマサは思った。
そして言った。
「ウソでした」
『ほ、ホラ見ろやっぱりな―――――――! 期待していなかったモンね! 全然悔しくないぞぉ! 全然悔しく……うぅ……ないもん……ねー……』
「いや期待しすぎやろ」
ハチエの言葉が止めとなって、骸骨はメソメソと凍った地面をほじくりだした。
『いいもんいいもん……。お宝掘り当てて億万長者になる夢を見るもん……』
「…………」
見てても聞いててもとても切ない骸骨である。夢って。
可哀相になってきた。
「いや、ウソウソ。ホントだよ。」
『!?』
ピクン、と顔を上げる骸骨。
「で、何が欲しいの?」
『骨かなッ!』
途端に元気になって、尺骨(腕の骨)を見せびらかすポーズを決めつつ即答してくる。
そんなパロちゃんを見つつ、ハチエさんが感慨深げに呟いた。
「純粋やなぁ……ずっとそのままでおって欲しいわ」
『笑止ッ! 私は死んでからこの10年間、ずっと変わらん! いや、生まれてこの方、私のままだッ!』
「とても純粋なんだね……」
『まぁ、背は何故か伸びているがな。実は、元々ハチエたちと同じくらいの背なのだ』
「ウソォ!?」
『肉体という枷が無くなったので、骨も元気に成長したのだろう』
「いやいやいやいや」
そうこうしている内に「燃え立つ鍵」が地面を溶かして落ちていっており、ハルマサは慌てて拾い上げたのだった。
まぁパロちゃんに「セレーンの大腿骨」をプレゼントするわけにもいかないし(多分パロちゃんが溶ける)、プレゼントの入手方法は追々考えることにした。
それより何より、今はこの塔を登らなければならない。
「しかし外側をいくのはダメだもんねぇ」
「そうやね。血の雨が降るとは思わんかったで」
偵察に行かせたハルマサの分身がミンチになって落ちてきたのだ。
何があったのか、それに乗っていた桃ちゃんは引っ込んでしまっているので分からない。
でも相当怖い思いをしたらしい。
そしてピッキングもダメ。違う入り口もない。大陸の相当な深さまで壁は埋まっている。
この塔に入るためには、もう強行突破しか残されていなかった。
しかし扉を蹴倒そうにも、ハルマサチームの筋肉エースであるハチエさんは腹が減って力が出ないとか言っている。
「誰が筋肉エースやねん。あとお腹空いたなって言ぅただけやん」
「ハハハッ! ……レンちゃんならいけるかな」
「……前から思ぅとったけど全然誤魔化せてへんでその笑い。むしろ、ちょいイラッと来る」
「ッ!?」
ショックを受けつつもレンちゃんをボールから召喚する。
「頼んだよ!」
「ギィ!」
レンちゃんは一つ元気に鳴くと、扉から距離をとった。
そして―――――
「ギィイッ!」
カッ――――――!
魔力砲を放った。
衝突と共に、ギャイ――ン! と神経に刺さる音が響くが、ハルマサは我慢して応援する。
「いっけ―――――ッ! 僕は頑張る君が好き――ッ!」
「またそんな無責任なことを……」
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイインッ!」
レンちゃんの全身が一気に赤く染まり、魔力砲の太さが二倍くらいになった。
「か、界王拳だと……!?」
「ラブパワーやない?」
「ギュオァアアアアアアアアア!」
しかし、彼女の必死の攻勢にもかかわらず、扉はビクともしない。
「なんだと……!?」
そして必死に魔力砲を撃ち続けているレンちゃんが、段々しぼんでいるような気がしてならない。
「く、君にだけ、辛い思いはさせないよッ! 重殻左腕砲・ネオッ!」
バシィ、とタキシードの袖を弾き飛ばして、青い甲殻に包まれた逞しい腕が発現する。
「その発現のしかた、相変わらずカッコええなぁ」
「へへへッ!」
「でも早ぅせんとレンちゃんミイラになってまうで」
「そうだった―――! 食らえ! 僕とレンちゃんのダブルアタックッ!」
「ギィイイイイイイイイッ!」
ハルマサは腕からカニ砲撃Lv30を撃ち放つ。
それと同時にレンちゃんも最高潮に赤くなり、ビームの太さは三倍になり、そして二つのビームは絡み合って、扉に直撃した。
カッ―――――!
光ったのは一瞬で、ズボォン!と音がすると共に扉が吹き飛んでいく。
吹き飛んだ先には黒々とした闇が広がっていた。
「やった! 僕らはやったんだ!」
「ギ……ギィィ……!」
レンちゃんが死にそうになりながらもガッツポーズを決めている。彼女の健気な様子に、ハルマサはキュンと来た。
「しかしハルマサ少年はまだ、入り口に辿り着いただけなのであった……。つづく」
ハチエが暇なのかナレーションをしているが、その言葉が甚だ不吉である。
あと、「つづく」ってなんだろう。このまま突入しようと思ってたんだけど。
「まぁまぁ。急ぐ気持ちも分からんでもないけど、その前にご飯でも食べなさいハルマサ君」
なんと、ハチエさんがご飯を用意してくれていたらしい。
彼女は横で突っ立っていただけだと思うんだけどどうやったのだろう。
「白ヒゲが一晩でやってくれました」
「ウソだッ!」
だって白ヒゲは猿である。
彼に出来るのはせいぜいバナナの皮むき程度のはずだ。
「まぁ一晩はウソや。一時間でやってくれたで。魚釣るところから。」
「な、何が起こったんだい白ヒゲ!」
ウソと言うかパワーアップしている。
白ヒゲを見ると、メタリックな体毛に身を包んだ彼は、岩から削りだしたであろうプールの如き巨大な鍋を火にかけ、巨大なしゃもじで、焦げ付かないように中身をザバザバと回しているところだった。
鍋の中からは白い蒸気がもうもうと登っている。
おまけに風に乗ってとても良い匂いが漂ってきた。
これは……魚介に加えて、あの懐かしいニオイ!
「コンソメッ!? コンソメじゃないか!」
「なんでかウニドラゴン倒した時に手に入ってん。不思議やろ」
「ホントになんで!?」
まぁ疑問はさて置き、とにかく食べることにした。
既にレンちゃんが巨大な身をかがめて食べ始めており中身を干す勢いで汁を吸い込んでいるので、味わえなくなる前に食べるべきだ。
「いただきます!」
「あ、それレンちゃん用やで。ウチらはこっちや」
「なんと!」
スープの中に飛び込む寸前でハチエから声がかかった。
見ればハチエの前には土鍋サイズの鍋がおいてあり、良い塩梅にクツクツと煮立っていた。
「美味しそうだ……白ヒゲ凄いね」
「ふふん、あの子の適正を見ぬいたウチの手柄やな」
確かにそうかも知れない。
料理に適正があるとか、夢にも思わなかった。というか実際に調理する姿を見ても違和感が半端ではない。
「まさか白ヒゲが料理とはねぇ。剣で打ちかかってきた頃が懐かしいね」
「そんな前のことでもないんやけどな。どんな毛皮の色やったかもう思い出せへんで」
「そうだね」
今では何を間違ったかメタリックゴリラである。
まぁ白ヒゲについては置いておいて、早速コンソメスープの魚介鍋をいただくことにした。
いただきまーすと唱和して、削り出しの木製スプーンで汁を口に運ぶ。
「普通に美味い。白ヒゲやばい。」
「うまー。」
手が止まらなくなるハルマサの前でハチエも舌鼓を打っている。
「ハチエさん。せっかくご飯作ってもらったし、こうしよう」
「? どうすんの?」
「はい、あーん」
「……は?」
「スキありぃ!」
じゅ。
「あっつぅッ! 鼻が! 鼻がッ! 何してくれんねん!」
「わざとじゃないんだ! ハチエさんの鼻が魚食べたそうだったから思わずアイタ―――――――ッ!」
口の中の魚の骨をダーツのように飛ばすのは止めて欲しいと、額に刺さった骨を抜きつつハルマサは思った。
その後、ハチエにアーンしたり、お返しに、じゅ。とやられたりしながらご飯を終えて、いよいよ塔に突入である。
何が出てくるか分からないので戦力を増強しておくことにした。
ハルマサはモンスターボールを取り出し、叫ぶ。
「いでよ! タッカラプト・ポッポちゃん!」
「メンドくさなったからいうて、途中で略したらダメやん。鳥が出てきそうやし」
ボワンと飛び出てきたのはちゃんとデカい骸骨だった。
彼女はシャキンとポーズをとる。
『呼ばれて飛び出て――――――ん? 良い匂いがするッ! ご飯か!?』
出てきて早々に騒がしい骸骨である。
「ご飯はさっき終わったよ」
『な、なんだと……!?』
全身がバラバラになりそうなくらいショックを受けていた。
『なんで……なんで誘ってくれないのだ! 私も団欒に参加させておくれよぅ!』
「あ、そうだね。気が回らなくてゴメン」
「ていうかスープとか食べれるん?」
『ふふん――――当然無理だッ!』
胸を張ってこたえるパロちゃん。
「それって逆に切のぅならん?」
『だが骨なら食べられる! 次から私にも食事を用意して欲しい! もちろん醤油ダレで頼むぞ!』
醤油ダレ?
「ソイソースだったら?」
『ダメだッ! いくら私の所有者といえど、そんなミスをされては看過できん!』
「そうなんだ」
「ていうかどっちもいっしょやん」
『全然違うわッ!』
まぁつまりはそういうことらしい。桃ちゃんの戯言もあながち無意味ではなかったということか。あの場の発言としてはやっぱり意味不明だが。
取りあえずうるさい骸骨には白ヒゲが捌いた魚の骨を与えて、塔の中へと進むのだった。
『全く、醤油がないとは……ぶつぶつ』
パロちゃんはぶつぶつ言いつつも実に美味そうに骨をしゃぶっていた。
<つづく>
骸骨の書きやすさが異常です。
分身を出したので満腹度が20パーセント減少し、ご飯を食べたので少し増えました。
他には魔力放出・魔力圧縮・ポケモンイーター・概念食いスキルが上昇。
◆「テレパス」
離れた相手に思念を伝える事が出来る。一方通行。字数制限あり。