<148>
「ふぅ……ふぅ……」
マリーはウニドラゴンの中で荒い息をついている。
額には弾のような脂汗が浮いていた。
ウニドラゴンの操作や回復で手一杯だったのに、さらに英霊を召喚したのだ。魔力が足りていない。そして既に、首や尻尾を操作する余裕も無い。
でも相手の女は強く、そして疾かった。
敵を捕らえる事が出来たこのチャンスに、一気に決めよう。
でなければ、破れるのはマリーになるかもしれない。
ちら、と魔力を探れば、あの軽薄男、マルフォイの魔力がひどく頼りないものになっている。
助けは期待できない―――――、そう思った瞬間、自分の気持ちを恥じた。
あんな男に助けを求めるなんて、死んでも御免だ。
そう、あんな男は、さっさと敵を殺して私の強さを見に来れば良いのだ。
そして、もう生意気言いません今度から名前を間違えませんと誓わせてやる。
その想像は、如何にも楽しそうだった。
彼女は額の汗を拭うと、大きく息を吸った。
「英霊! 叩き潰してッ!」
彼女の命令は聞きとげられ、彼女を乗せたウニドラゴンは尻尾を掴んで大きく振り上げられる。掴んだのも振り上げたのも、這い出してきた巨大骸骨、英霊である。
―――――――オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!
直後、ウニドラゴンは地表へと叩きつけられた。
「ぐぐぐ……」
ウニドラゴンののしかかりで、虫の如く無惨に潰されたハチエであったが、その時点ではしっかり生きていた。
地面の硬さとハチエの硬さであればハチエの方が断然上であるためである。
ただ、ハチエの何倍もの硬さと重さを持つ塊に、背中から押されて地面に埋まっていくのは結構な衝撃があり、ハチエは口から朝ごはんが飛び出しそうになっていたのだった。
「ぬぅうう、吐かんでぇ、ウチは二度とあんな姿は……」
必死に嘔吐感を我慢するハチエは、大の字に埋まっていた。
ウニドラゴンは概観すれば触手付きの球体であり、その重さと丸さゆえ、存在するだけでクレーターが作成される。
ハチエはその真ん中でうつ伏せに押し付けられている格好だった。
そのハチエの上から、ふ、と重さがなくなった。
実際は、風の吹き荒れる音と、衝撃であたりの砂や岩が巻き上がってそんな平和な感じではなかったが、とにかく彼女の上には何もなくなった。
(――――?)
だが、それはハチエにとってなんら幸運なことではなかった。
ウニドラゴンが持ち上げられたのは、――――――再度叩きつけられるためだったのだ。
(―――――――!?)
ごぉ、と風が吹き荒れる中、肉球から飛び出た尻尾を掴んでウニドラゴンは大きく振り上げられている。それをなしている巨大な骸骨の姿を、ハチエは見た。
直後、山が落ちてきた。
咄嗟に顔の前に腕を交差し、背中を丸めたハチエだったが、そんなもので受け止めきれる衝撃ではない。
――――――――ゴォギッ!
一段と深く地面に埋め込まれつつ、ハチエは右手がひしゃげる音を聞いた。
腕の中に鉄球でも捻じ込まれたような違和感と、激痛。指が痙攣し、掴んでいたネギが落ちる。
叫ぶ暇もなく、もう一度ウニドラゴンが持ち上げられ、落下。
(ちょ、待って……)
―――――ドォンッ!
もう一度。さらにもう一度。
――――――ドゴォ!
衝撃は腕だけで支えきれなかった。
鼻が痛い。多分折れた。前歯も折れた。膝の皿も割れた。めっちゃ痛い。
折れた歯が唇を突き破り、痛みと共に、ぬるぬるとした塩気溢れる液体が口腔を満たしていた。
衝撃で圧迫された内臓が裏返りそうになり、毛細血管がちぎれるぷちぷちという音が聞こえそうだった。
視界は白くぼやけ、一瞬自分が何処に居るのか分からなくなるような痛みが一瞬の内に幾度となく襲い掛かってきてくる。喉からせり上がってきた血が呼吸を奪う。
そしてその間も、骸骨とウニドラゴンの攻撃は止まらない。
(ぁぎ……ッ!)
5度目の振り下ろしで、肩が外れる感触と共にとんでもない激痛がした。
右腕の感触が根元からなくなる。
(あかん―――――、)
死ぬ、と思った。
ハチエの近くにココまで死の影が近づいてきたのは久しぶりのことだった。
何度経験しても慣れない。
冷たい指先が頬を撫でるような怖気がハチエの背骨を振るわせる。
また―――――――死ぬのか。
ハチエは半ば諦めて、目を閉じ―――しかし、ちら、と今同行している少年のことを思い出した。
脳裏をよぎるシーンは、多数の赤ラージャンに囲まれて餅つかれ状態になっていた姿。あの時もハルマサは諦めていなかった。必死に足掻き、生き残った。
だからあの子なら、こんな時でもきっと――――――――
「ぉ、おおおおおおおおおおおおおッ!」
諦めて……たまるかッ!
ハチエの咆哮は、歯が盛大に欠けているため歪んだ音にしか聞こえず、しかも、大気が轟々と唸っているものだから、自分の耳にすら届かなかった。
己を奮い立たすことも出来ない咆哮は、しかし、ハチエを動き出させるきっかけにはなった。
腕は折れ、鼻は曲がり、口からは荒い息をつきつつ血を滝のように垂らしながら、ハチエはギラギラと燃えるような光を眼に宿す。
そして、ウニドラゴンが振り上げられるタイミングにあわせて跳ね起きた。
幸いなことに左腕が動いた。おまけに指も動く。小指は動かないけどそれ以外は全部動く。とんでもない奇跡だ。
(ネギはどこや!)
既に彼女の眼は疲労によって視力が失われつつあった。それはもしかしたら血液が不足しているせいかもしれなかった。
しかし、濁った視界の中で不思議と、彼女の探し物は光っているようだった。なぜかは分からない。
そんなことよりも頭の上から迫り来る巨大な物質をどうするかの方が重大だった。
(見っけた!)
ドンパッチソードを指先で挟むようにし、すくい上げた。
彼女の腕は半月を描くように振り上げられる。
そしてネギが眩く発光し、彼女の気合を衝撃に変えた。
「あああああああああああッ!」
喉も裂けよとハチエは絶叫し、ネギから莫大な熱量が放射され――――龍の首を二つに割り、その付け根の甲殻を吹き飛ばした。
それだけに止まらず、ウニドラゴンの体躯を高々と跳ね上げた。
それは彼女が今まで出した中で最高の威力だった。
(無駄、なんか……?)
が、ウニドラゴンを仕留めるにはその二倍の威力は必要だった。
ハチエは呆然と、跳ね上がったウニドラゴンを見つめる。
もう一度、今の意欲を出せるかと言われれば、答えはNOだった。
視界一杯を埋める巨大な質量は、彼女から見ればアバンストラッシュを放つ前と大して変わらず、何をしても無駄に思えた。
降って来る。
三分の二ほどになったが、それでも巨大な質量だ。
迫る死を見上げつつ、ハチエは何も出来なかった。
もう体力も気力も残っていない。反撃の手段は何も思いつかない。
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛
ッ!
巨大骸骨が轟々と咆哮し、ウニドラゴンを振り下ろしてくる。
(ああ……)
終わりとはあっけなく訪れる。
窮地に至っても、彼女の特別な力が偶然目覚めたりはしなかった。
状況を覆すアイディアが都合良く閃いたりもしなかった。
現実はとても非情で、そして彼女はいつでも孤独だった。
だが、今はそうではないのだ。
彼女の仲間は―――――彼女の内にいる。
≪――――――箸です! 「割り箸」を使うのですハチエ様ッ!≫
「箸……?」
その声は、彼女にシステムを積んだ人物の声であり、今、彼女のシステムのナレーターをしてくれているAIカエデの声だった。
≪やっと……届きました。集中し過ぎですよハチエ様。≫
(箸……)
ハチエの思考は半分停止していたが、一筋の光明を得た彼女の動きは思考に関わらず正確だった。
気付けば左手はネギを放し、懐のカードを掴んでいた。
指の間に挟まれ抜き出されたのは「割り箸」と銘打たれたカードである。
効果は、完全なる衝撃吸収。ただし一回だけ。
(なんでウチはこれを思いつかんかったんやろ……?)
気付けば、これ以上はない解決策だ。
それだけ圧倒されていたということか。カエデは一体何時から叫んでいたのだろう。
さっさと気付けていれば、こんなにならなくて済んだのに。
「せいッ!」
ハチエはカードを具現化し、出てきた割り箸を最早眼前へと迫っていたウニドラゴンに突き刺した。
箸は即座に黒く染まってへし折れたが、巨大な肉塊は勢いを失った。
一瞬のことだったが、インフレしまくっているハチエの速度から見れば、それは時間が止まっているようなものだ。
(ぉお………ッ!)
足もまだ動いた。奇跡だ。
ハチエは空中のネギを引っつかみ、だん、と地面を蹴ってすり鉢上に抉れているクレーターの内部を全力で駆け上がっていった。
満身創痍でやることではなかった。一歩踏み込むごとに体が軋み、内臓が止まってくださいと血の涙を流して懇願してくる。泣きたいのはハチエのほうだ。
彼女の本来の速度から見れば亀のように遅かったが、常人から見れば神速であり、巨大な肉塊が重力に引かれて大地をさらに一段へこます頃には、ハチエはクレータを抜け出していた。
≪ハチエ様の攻撃は、一撃では効果がありませんでした。≫
走っている最中にも、カエデの声がする。
≪ですから、何度も切れば良いのです。同じ場所を、治す間もなく。≫
「はぁ……!」
一つ息を吐くと、口の端からボタボタと血が飛び散った。内臓が飛び出ていかないのが不思議なくらい苦しい。もう、ぶっ倒れてさっさと寝たい。
だが、ここで止まっていたら意味がない。
それに、もう長くは動けないとハチエは感じた。体中で無事なところは無い。9割くらいが重傷で、5割くらいが致命傷だ。今動けているのは、何度目の奇跡なのだろう。
さらに、走り、距離をとる。何度も跳んでようやく全体像が見えてきた。首と尻尾が、力を無くした様にダランと垂れている。敵もどうやらそれほど余裕は無いらしい。
「……ははっ」
立ち止まると、その場に座り込みたくなった。内臓を全部吐き出したくなった。喉の奥から競りあがる血は、相も変わらず鉄の味だった。余裕の無さではハチエは絶対負けない自信があった。
カエデが言ったことを考える。
何度も切る?
無理だ。のんびりやっていては、コッチが先に倒れてしまう。
だから――――――
「ぁああああああああああああああッ!」
ハチエは何度も何度も、武器を振った。切り下ろし、切り上げ、横に振り、縦に割り、倒れる前に出来るだけ。全ての軌跡は、その中央が一点を通っていた。
(これが終わったら、たくさん寝たる! 二日くらいは寝続けたるでッ!)
彼女の切り返しはまさに神速だった。ネギから衝撃波が発生されるよりも速い速度であった。
それは、彼女の体の状態から言えば奇跡のような速度であり、4度目の奇跡にもなると、代償も存在するのだった。
(これはちょっと、まずいやろか……?)
大事なものが体から抜けていく。
彼女の体はどうしようもなくガス欠で、燃やすものなどもう一つしか残っていなかったのだ。
今はもう、一振りごとに命が削られていた。
体は霞むようであり、血は薄まるようであり、ハチエの存在が根底から消えうせるようだった。
≪ハチエ様! これ以上は! 耐久力の最大値が減少して……!≫
ハチエの耐久力の最大値が削られていた。命を削るとはそういうことだった。
だが、ハチエは止まらなかった。今ある分だけではない。未来の分まで削る勢いで――――実際に、これから得られるであろう耐久力すら消費するという矛盾すら起こし、振りぬく武器に命を込めた。
幾度も幾度も、一瞬にして数十を越える軌跡を描いたネギは、外に放出できなかったエネルギーで丸々と太った。
ネギというより大根のようになったドンパッチソードは、彼女の最後の咆哮と共に、盛大に光り輝き――――――――破裂する。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああッ!」
ネギの破裂と共に、天地を分かつような命の光が放たれた。
マルフォイは、苦手とする海水に包まれた。
ハルマサは超高温の気体に包まれた。
互いの攻撃で、同時に死にそうになった二人がその後とった行動は、また同時であり、その際あげた雄叫びはこれまた同時であり、そして、とった行動も酷似していた。
「「ぉおおおおおあッ!」」
―――――――パァンッ!
体から魔力を放射し、襲い来る猛威を退けたのだ。
気化した水を吹き飛ばし、ハルマサは地面へと降り立った。一瞬のことだったのに、体中が火傷しているようだった。いや、火傷ではない、これは炭化だ。
傷ついた体を隠すように、燃え尽きたタキシードがゆるゆると再生を開始していく。
(か、は……ッ!)
高温の蒸気は吸い込んだ喉を一瞬にして焦がした。喉を押さえた手の筋肉が火傷で引きつっており、押さえた喉は表面が炭化していた。
眩暈がする。酸素が足りない。
だが―――敵よりはましか。
見やれば、ブスブスと煙をあげつつ、マルフォイは立っていた。
魔力の放出で、海水を払ったようだが、体を守る余裕はなかったようだ。辛うじて四肢は揃っているが、輪郭があやふやな化け物と成り果てている。
塩気で傷ついたためか、回復する兆しも見られない。
マルフォイはぼろぼろと崩れている顔を片手で押さえ、声にならない声を上げる。
「■■■■……」
マルフォイは諦めていないようだった。傷口を掻き毟り、塩で傷ついた皮膚を落とそうとする。
それを見つつ、ハルマサは足を踏み出していた。それだけで、足の筋肉が断裂した。「加速」による反動は最早限界に達していた。それだけではない。火傷によって、皮膚は引きつり、筋肉は萎縮し、視界は濁り、もしかしたらハルマサもマルフォイと同じく化け物のような風貌をしているのかもしれなかった。
ハルマサは麻痺したような顎を動かし、気付けのために舌を噛み切った。
それだけで頬の皮膚がびちりと弾け、噛み切った舌から出た血は小麦粉の味がした。
だが相手と違い、ハルマサは動けた。
(ぬぁあああああああッ!)
ハルマサは二歩目を踏み出し、三歩目で力を込めて地面を蹴った。
小麦粉の味がする血をごくりと飲み込み、腕や脚を振る。
皮が爆ぜ、血や筋肉が、ぼたぼたと落ちていった。
でも、それでいい。かまわない。
引きつる皮は無視しよう。
焼けつく肉は置いていこう。
燃え上がる血は――――己を動かす燃料だ。
「―――――――ぉおおおおおおおおおらッ!」
ずぶん、と手首までマルフォイの腹へと拳が埋まった。
死体にはとても火が似合う。ハルマサはそう思った。
(―――――――「炎球」ッ!)
「―――■■■■■ッ!」
マルフォイが苦悶の声を上げる。
深く突きこんだ拳から炎が溢れ、マルフォイの体を内側から燃え上がらせた。
ゴォオ、と耳鳴りのような音が聞こえると思ったら、自分が燃える音だ。
俺は死ぬのか、とマルフォイは思った。
もう魔力も体力も、何も残っていなかった。
だが、それでよかった。どうでも良かった。
生きることも死ぬこともどうでもよかったし、何時死んでもいいと、てきとうな人生を送ってきた。
血を吸われて不死者となった時も、退屈な時が長く続くのだろうと、微かに失望したこと以外は、別段何も思わなかった。
だが、今は―――――――少し生きたいと思っていたのだが。
マルフォイは、マリーが居るであろう場所を探った。
彼女の魔力は、同じ不死者とは思えないほど、生き生きとしていた。生きているとはこういうことかと思った。その様に憧れもした。
だから、白濁した瞳でその光景を見た時、彼は―――――――笑った。
(足掻いといて、良かったぜ)
煤となって燃え尽きようとする拳が動き、己の腹に手を突き入れていたハルマサを弾き飛ばした。
ウニドラゴンの中でマリーは狼狽する。
反撃を何とか耐え切り、今度こそ潰してやろうと、ウニドラゴンを叩き付けた瞬間に、不可解な現象が起こった。そして敵を見失った。まずい。危険。
「どこ、どこに行ったの!?」
必死に彼女は魔力の反応を探した。
それだけの行動でさえ、彼女は頭痛を覚えたが――――――――――迫り来る危険を感知して、痛みのことは頭から吹き飛んだ。
極大・超密度の光刃が、今まさにウニドラゴンに直撃したところであった。
シュワッ――――――!
炭酸がはじけるような音だった。
ウニドラゴンは一撃で根こそぎ消えうせた。
それは、無理矢理空気を注ぎ込まれた風船が破裂するかのようだった。
そして中央に残る小さなマリーには、ウニドラゴンを破ってなお大きい光刃へと対処する方法が無かった。
「いや………いやよ……!」
塵も残さず消えうせる自分がありありと想像できた。とても恐ろしい想像だった。
彼女は泣きそうになりながら、魔力を噴射した。
だが、ウニドラゴンを操ることに全精力を傾けていた彼女の余力は少なく、また、多少動いたところで光刃の攻撃範囲から逃れることは出来なかった。
つまり彼女の抵抗は甚だ無意味だったが、マリーはそれでも足掻いた。死にたくなかった。
そして――――――マルフォイはそれを遠くから眺めている。
彼の体は、既に原型がなく、ただその青い瞳だけが、元のままだった。
少年を殴った腕は崩れ落ち、左手も肩から焼け落ちた。腹の穴は治らず、再生能力の限界が来ていることを教えてくれた。
耳も眼も鼻も、無事なところは何処にもない。足も体重で押しつぶされそうだ。おまけに体の内部から燃やし尽くされようとしている。
しかし、動くはずのない体には、不思議と力が溢れているようだった。
彼は崩れる足を踏み出した。一歩目は軽く、二歩目には地面を蹴って、三歩目には光速を越えた。
即座に崩れ落ちるはずだった体は、何故か形を保っていた。
それは、この胸から溢れる、白い光のお陰かもしれなかった。不思議と力が溢れてくるこの光。相手取っていた少年の分身たちが自爆する時の光に似ているような気もする。
まぁなんだか知らないが、彼女のところまでいけるなら、ありがたい。
壊れた体は、動くたびに剥離していく。
もう、あと数秒で………死ぬだろう。
でも、それで良かった。
「――――――――ォオオオオオオオオオオオオオッ!」
マルフォイは、初めて自分の生に意味がある気がした。
ドンパッチソードは、仕事を終えたとばかりに破裂した。
その残骸を手に、ハチエは確信した。
(捕らえた……!)
空を切り裂き飛翔する白い光は、刃というには巨大すぎる。まるで光の津波である。
その津波に、敵の少女が飲み込まれようとした時だった。
音もなく、一筋の流星が走る。
白色に眩く輝く光の筋が飛来し、少女に激突し、その体の末端を衝撃でちぎりつつも、少女を攫っていった。
(そんなんありかぃな……)
もう、立っているのも限界だ。そうとは気付かずに自然とハチエの膝から力が抜けた。
(あかん、まず……)
何時の間に倒れたのだろうか。地面が目の前にある。鼻に砂が入って苦しかった。
――――プツン。
大事なものが切れる音がする。
ハチエが覚えているのはそこまでである。
光に攫われ、空を吹き飛んでいくマリーの右手の中で、マルフォイは頭だけになっていた。
その頭は、今もなお崩れ続けている。
だが自分の消滅にまるで頓着しないように、男の生首は声を出した。
「間に合ったみたいだなサリーちゃん」
マルフォイはまるで変わりない声で喋り、笑みすら作って見せた。
この男は自分の消失が怖くないのだろうかと、マリーはとても不思議に思った。
先ほど、マリーはとても怖かった。そこから助けて出してくれたのだから、サリーと呼ぶくらいは許してやろうと思った。
「……どうして私を助けたのかしら?」
「気まぐれさ。死ぬ前にいい事したくなったんだ」
マルフォイは助けたことを誇らしげに喋った。この男は勝手に助けて、勝手に死のうとしていた。とても腹立たしいとマリーは思った。
「……そう。でも、あなたは私のお気に入りのドレスに穴を開けてくれたわ。死ぬ前に弁償して欲しいわ」
マリーの横腹の服は破れ、肌には大きな痣が在った。ついでに言えば、左手と両脚が千切れた。そして、それらを回復する余力が少女にはもう残っていなかった。
マルフォイがうろたえた様に声を出す。生首なのに喋るとは。マリーは自分のことを棚に上げてそう思った。
「服くらいよくね? 命助けたんだから十分じゃね?」
「ダメよ。命よりも大事なの。この繊細な意匠は私には直せないわ」
「……どうでもいくね?」
「ダメ」
男は呆れたようにため息をつく。
少女は身を捻り、首を小脇に挟んで、空いた手を服のポケットに入れた。
そこには、彼女がこのダンジョンで手に入れていたアイテムがあった。
「モドリ玉」と書かれた小さな玉を少女は手のひらで握りつぶす。
「だから、死んではダメだわ」
「…………死なせてくれよ」
「死なせないわ」
マルフォイが疲れたように、だが、少し嬉しそうに微笑んだ。
次の瞬間アイテムの効果により、緑の閃光が辺りを包み、生首を抱えた少女はこのダンジョンから消え失せた。
ハルマサは最早手遅れと思いつつも叫んだ。
「―――――――待て……っ!」
消え行く二人に聞こえたのかどうか。彼の声は空しく響いた。
マルフォイの一撃は効いた。意識が飛びかけた。一瞬脚が止まったし、その分スタートが遅れたのは確かだ。
でも、追いつけない距離ではないと思った。だが。
(あの光はいったい……?)
瀕死のマルフォイは、突然光り輝き、今までで最も速く動きだしたのだ。
―――――マルフォイが異常に速くなった気がしたのだ。
何が起こったのだろうか。
だがそんな疑問など、次の瞬間吹き飛んだ。
「空間把握」で、倒れているハチエの姿を察知したからだ。
「ハチエさん……!」
駆け寄りつつ叫ぶ。
返事は無い。
(ひどい……!)
肩を揺するのも躊躇われる重傷だった。だが、まだ微かに呼吸をしている。生きている。
ハルマサは急いで処置を開始した。
<つづく>
ハルマサ
レベル: 27
満腹度: 805,120,488 → 1,193,804,760
耐久力: 420,242,225 → 1,111,746,928
持久力: 527,946,168 → 916,630,440
魔力 : 1,261,319,156 → 1,987,024,053
筋力 : 701,316,408 → 1,436,893,960
敏捷 : 1,068,668,944 → 1,795,080,577 ……★2,692,620,866(メビウスリンケージの効果で1.5倍)
器用さ: 1,394,130,848 → 2,533,768,698
精神力: 464,229,750 → 669,586,645
スキル
水操作Lv27 : 16,823,981 → 817,291,002 ……Level up!
棒術Lv27 : 135,946 → 681,928,301 ……Level up!
防御術Lv26 : 36,673,891 → 591,820,123 ……Level up!
空間把握Lv27: 198,430,120 → 672,981,074 ……Level up!
魔力放出Lv27: 537,301,021 → 928,777,631 ……Level up!
心眼Lv26 : 255,928,301 → 601,288,325 ……Level up!
魔力圧縮Lv27: 398,172,833 → 732,401,120 ……Level up!
撤退術Lv26 : 209,378,115 → 472,091,883 ……Level up!
戦術思考Lv25: 92,763,848 → 298,120,743 ……Level up!
回避眼Lv26 : 147,829,033 → 348,192,825 ……Level up!
舞踏術Lv25 : 21,986 → 182,011,901 ……Level up!
消息術Lv24 : 4,310 → 120,973,227 ……Level up!
突撃術Lv25 : 112,837,623 → 220,408,015 ……Level up!
風操作Lv26 : 399,040,101 → 502,981,001
撹乱術Lv26 : 300,287,134 → 401,928,301
雷操作Lv26 : 404,931,002 → 504,991,821
的中術Lv24 : 7,083,912 → 107,083,912 ……Level up!
水泳術Lv23 : 3,628 → 71,283,628 ……Level up!
鷹の目Lv24 : 29,833,400 → 87,192,093 ……Level up!
PイーターLv26 :382,091,823 → 438,122,689
空中着地Lv25: 192,381,022 → 242,381,022
土操作Lv24 : 53,844,920 → 102,819,099 ……Level up!
炎操作Lv23 : 7,829,001 → 57,829,001 ……Level up!
観察眼Lv25 : 287,923,712 → 328,191,756
身体制御Lv25:154,829,011 → 191,023,942
概念食いLv22:5,987,220 → 30,917,267 ……Level up!
ハチエ ………Level up!
レベル: 28 → 29 Lvup Bonus: 671,088,640
耐久力: 670,825,572 → 134,165,144(80%減少) → 805,253,784 ……☆14,494,568,112(防具による修正後の数値。以下同)
持久力: 670,825,574 → 1,341,914,214 ……☆28,180,198,486
魔力 : 670,825,568 → 1,341,914,208 ……☆9,393,399,456
筋力 : 670,825,571 → 1,341,914,211 ……☆24,154,455,802
敏捷 : 670,825,578 → 1,341,914,218 ……☆20,142,132,418
器用さ: 670,825,571 → 1,341,914,211 ……☆4,025,742,634
精神力: 670,825,584 → 1,341,914,224 ……☆44,283,169,392
経験値: 1,282,932,736 → 2,792,882,176 残り: 2,575,826,944(ウニドラゴンの経験値は[Lv28の分]×9でした)
「モドリ玉」:モンハンに出てくる、ベースキャンプへのワープという不思議効果を持つ煙玉。これをモンスターにも使えれば捕獲クエストとか凄く楽になると思えるのですがそれは言わない約束ですかそうですか。このssでは、ダンジョン外の思い浮かべた場所へ飛ばされます。結構貴重品。
<あとがき>
お久しぶりです。
みんなストーリー忘れてるだろうけど、このssはストーリーなんてあってないようなものだからとっても安心ですね!
今回の目玉は148話。
わずかに描かれていた脳内プロットをすらブッ千切る超展開に、第三階層でのストーリーの行く末が激震しました。
また、全体的に書き直したので、その余波が誤字として存在しているかも。
さぁ、明日も更新だ!
以下コメ返です。毎度ありがとうございます……。
>待ってましたよぅ!
お待たせしてしまったよぅですね!
>べ、別に更新待ってたりなんかしてなかったんだからね!!
べ、別に読んでほしいんじゃないんだからね! あ、嘘です!
>その内ナイトウォッチよろしく光速の5千倍とかで動いちゃうのかww
ナイトウォッチってそんなすごいんですか。もうどんなことになっていることやら。
>おかえりっ!
ただいまです。
>奪還屋みたく「光速?ナニソレおいしいの?」レベルになってしまうのだろうか…
奪還屋そんな面白いことになってたんですか。読んでいればよかったぜ。
>おかえりぃぃぃぃぃ!!!
激しいぜ!
>加速中の加速って、それは『世界』を発動中に『世界』を発動するようなものじゃ?
多分二度と使いません。どうなってるかよくわからないし。
>たかが一月が随分昔に思える。
そうですね。時間の流れって速いです。ビビリます。
>再開万歳!
飛び飛びですいませんでした。
少なくとも明日とあさっては更新します。
>ウニドラゴン・・・・主人公のエサですね解ります。
ハチエさんのえさでした。
>長かった・・・お待ちしてました
長いですよね。すいませんでした。
>カロンちゃんとのラブシーンはまだかあぁぁぁぁぁぁぁ!!
もうちょっと待ってほしいんだぜ。……ラブシーン?
>光速超えても声は普通に聞こえてるけどなぜだろう…
多分ものすごい早口でしゃべってるとか、特殊な声音を使ってるとか……よく分からないっす。気にしたら負けなんだぜ!
>この日を1ヶ月全力で待っていた!!!
……ありがたいとともに申し訳ないです。もっとがんばります。
>ハルマサはレベルが上の相手と戦う時、加速度的にスキルが上がっていくなら、ハチエと模擬戦したら安全に無限に強くなれるのでは?
スキルレベルが高くなってくるとそうでもないんですけど、少しは強くなれるかもしれないですね。そういうシステムの穴はポロポロあります。
>まさかの身代わりスキル!
あれです。完全にelonaの影響を受けています。最初はピッコロ風に仲間を増やすつもりだったんですけどね。
>お帰りなさ~い~♪
お待たせしました。
>光速で動いたら衝撃波とかがすごそうですねコレハ武器になるかも
格下だと、近くで動くだけで木っ端微塵ですな。
>ドンパッチソードは鬱状態で折れたら壊れるのか?
折れるほど硬くないでしょうね。腐るんじゃないでしょうか。
>来てたー!!!!
密かにきてました。お待たせして申し訳ない。
>不死人にピュアクリスタル・アイを使うとどうなるのっと
効くんですかね。日光が割と平気なんでダメージはあっても低めになるでしょうね。
>しかし……ドンパッチソードを松岡修造がもったとしたらどうなるのだろうか?
上書きされて松岡修造ソードになりますね。
>13日+半月(=15)=28日…
日付が変わってしまったけどセーフだとお思いたい。やっぱアウトかな。