<147>
でかくて硬くて、おまけに再生する敵である。
ハチエは心がポッキーのように折れるのを感じつつ、ウニドラゴンを見ていた。
(に、逃げよかな)
かなり本気でそう思った。
だがその時、ハチエビームのチャージが終わった。
もちろん、溜めておくことは出来ないので、すぐさま発射されるハチエビーム。
着弾した場所は、彼女が先ほどアバンストラッシュを打ち込んで、内部から爆発させた敵の腹(?)の傷であり、着弾した結果を見て、ハチエにも勝利への道が見えてきた。
その傷口は肉が盛り上がり、元の形を成そうとしていたところだった。
そこにハチエビームが直撃し、半径10メートルほどを消し飛ばしたのだ。
「あれ? なんや効いとる…」
さっきは甲殻に弾かれたのにおかしいな、とハチエは思う。
だが、まぁ―――――効くのなら何でもいい。
しかも、消し飛ばしたところからは煙が上がるばかりで、肉が盛り上がってくる気配が無い。
「おお……これはいけるッ! いけるで!」
ハチエのテンショングラフが、急激な上昇を見せた。それはかつてWEBで行われたポケモン人気投票のコイルショック時にピカチュウの人気を上げるための操作が行われた時の投票数グラフと同様の(以下略)。
彼女のテンション急上昇に伴い、しな垂れていたネギも男性の素敵なサムシングのように元気になった。
「勝利の鍵は――――ビームや!」
彼女の作戦は速攻で決まった。
甲殻に弾かれるなら、アバンストラッシュで甲殻を切り飛ばして、最高のタイミングでビームを打ち込もう。
まずはどのタイミングでハチエビームが放たれるか、それを確かめなければ。
なに、数秒もあればチャージされるだろうし楽勝だ。
「おぉっし!」
気合を入れなおし、ゴロリと一転がりで数十メートルを詰めてくる巨体から、距離をとるために地面を蹴ろうとして、ハチエはイヤな予感を覚えた。
「……ん?」
獣の勘というか、魔力の気配を感じたというか、まぁ何か危険なものを感じ取り、予定していたのよりも大きく、その場を飛びのく。
直ぐに地面が盛り上がり、ごばぁ、と砂を散らしつつ、白骨化した人間の手が飛び出してきた。
ただし、物凄く巨大な手だった。人差し指だけでハチエくらいありそうだ。
「でかっ! なんやねんこれ!」
そう、大きすぎた。肩まで飛び出たそれは、空を覆い、太陽を遮るほどであった。
「ちょ、」
ハチエがもう一度飛びのき、そこに遅れて巨大な掌が降ってくる。
ばぁん、と周りの岩盤が反動でめくれ上げるような衝撃が響く。
そして肩より下が引っ張り出されてきた。
出てきた肩も出かければ、次いで出てきた頭蓋骨もデカイ。後者は縦に5メートルくらいある。
――――――グォオオオオオオオ!
顎の骨をガキガキと打ち鳴らしながら、両手をついて足を引き抜こうとした骸骨。
だがハチエが居た場所はウニドラゴンの進路であり、ウニドラゴンの速度は骸骨が出てきたからといって方向を変えられるほど遅くもなく、また小さくもなかった。
――――――どぐしゃあ!
よって、骸骨は転がってきたウニドラゴンに引き潰された。
「あ。」
気のせいかもしれないが、骸骨の悲鳴を聞いた気がした。
ハチエはつい足を止め、同時にウニドラゴンもどうやったのか知らないがピタリと止まった。
この光景は笑うべきだろうかとハチエは思案したが、結果的に見れば笑うべきではなく逃げるべきだった。いや、逃げるべきでもなく、潜るべきだった。地面に。
ハチエが逡巡していると地面がぐらりと揺れる。
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!
突如、吹き荒れる風のような雄叫びが響いた。それは若干の怒りを含んでいるような気がしたが、多分ハチエの気のせいだろう。
その雄叫びはウニドラゴンの巨体の下から響いていた。
「お、怒こっとるで……はよぅどけたらんと」
そう、ハチエが言おうとした時だった。
山サイズのウニドラゴンが、ぐわん、と持ち上がったのだ。
持ち上がるだけで、大きく大気が動き、風が吹き荒れた。
山が動くということはそういうことだった。
「冗談やろ……」
持ち上げたのは、体が半分埋まった巨大白骨であった。筋肉も血管もないスカスカのくせに力持ちだった。
巨大白骨は、ピンと伸ばしていた手をちょっと曲げると、よっこいせとばかりに振りかぶる。
「ちょ…」
――――――グォアッ!
そしてウニドラゴンをハチエのほうへと投げてきた。
「ぉおおおおおおおおおおッ!?」
走った。ハチエは走った。
人生でこれだけ必死になったことはないと思いつつ、走った。
乙女の恥をかなぐり捨てて、男らしく叫びつつ走った。
しかし勢いをつけて投げられる、直径が山ほどもある球体を前にそうそう逃げ切れるものでもなかった。
光速を越えて走れる彼女でも無理だった。
というか巨大な物体がとんでもない勢いで移動しているために衝撃波が荒れ狂って、風の操作が上手く出来ないハチエでは、満足に進むことすら出来なかった。
実は風に弄ばれつつ足で地面を引っかいている有様だった。
ハチエは必死に頭を回す。このままではあの骸骨の二の舞だ。何か、何か使えるものはなかったか!
「そ、そうや加速装置! 加速装置を使えば!」
彼女の頭が一つの回答を導き出した。
だが、ハチエの思い付きをシステムナレーターのカエデさんが悲しそうに却下した。
≪エヴァンゲリオンのパーツは、単体では使えないのです≫
「役に立た――――――ん!」
そして、飛んできたウニドラゴンに、プチンと彼女は潰された。
ザザザザザザ……!
ハルマサが「水操作」によって海水から作り上げた水の巨人は、頭がないことを除けば完全な人型である。胸の部分で、ごぼごぼとハルマサがあぶくを吐き出しつつ、前を睨んでいる。
ざばぁ、と体の表面を波立たせながら、水の巨人はマルフォイへと距離を詰めていった。
あまり足の長くないハルマサの願望が入っているので、巨人はやたらと脚が長く、一歩で20メートルを移動する。
巨人の動きは意外とスムースで、振り上げた豪腕が振り下ろされるのもまた淀みない。
ズボォ!
ハルマサの魔力によって硬質な鈍器と化した海水の鎚が、砂地を抉り飛ばす。
手応えはなし。元より当てられるとも思っていなかったが。
衝撃で前が見えなくなるほどの砂が飛び上がって行く。その砂を物ともせずにハルマサへと急速に接近してくる影がある。
マルフォイだ。
陽光を受け輝く刃が、一筋の線となり、蛇行しつつ恐ろしい勢いで迫っており――――いや、即座に到達した。
―――――ィン!
振り終わりだけが見えるような速度の斬激が水の巨人を二つに割った。
脳天から股まで。
辛うじてハルマサは避けており―――そして避けられたなら、ハルマサの攻撃の番だった。
懐に誘い込むという、賭けに勝ったのだ。
「でぃッ!」
切り裂かれた断面から、巨体の表面から、そして振り下ろしていた拳から。
無数の水の触手が、蛇の如く執拗に、津波の如く圧倒的な量で、飛び出していく。
串刺しにし、叩きつけ、跳ね上げ、退路を塞ぐ。
マルフォイを執拗に追い詰める攻撃は、しかし、一本の刀で全て防がれている。
(一発くらい……当たって!)
威力より、攻撃範囲へと水のツタを操作する。重さより、速さへ。
「加速」を使っている状態で、「水操作」を続けるのは辛い。それが、限界以上の速度を求められる状況となれば尚更だ。
ドクドクとこめかみで血管が脈動している。
頭痛を堪えるために噛み締めた奥歯が、軋みを上げていた。
そんな、鼻血が出そうなハルマサに比べ、マルフォイは余裕の表情だった。そして、つまらない、という顔をしていた。
だが、その避ける動きでハルマサは確信する。相手は海水がかなり苦手であり――――――どうやら突っ切ることも出来ないらしい。流石はカロンちゃんの情報である。
その時、ハルマサの集中に限界が来た。
隙間の開いた一瞬で、触手の波から飛び出したマルフォイは、地面に降り立ち面倒くさげに呟いた。
「鬱陶しい……もうさっさと終わろうぜ」
ギワン、とマルフォイは左手をあげ、魔力を集める。体内の魔力というよりは、空気中から集めているようだ。
瞬き一つで急成長した魔力塊は、ハルマサが操る全長40メートルの巨人と同じようなサイズである。
ハルマサは歯噛みしつつ、最後の仕込みのために魔力を開放する。
バッと手を振り上げ、叫んだ。それはマルフォイが魔力玉を投擲してくるのと同時であった。
ハルマサの攻撃はマルフォイの攻撃とかち合うことはなかった。
彼の攻撃は下からだったのだ。
「――――――――行けえッ!」
ゴォッ!
マルフォイの下から、海が噴き上がった。
水の触手で捕らえられる確率は低いと思っていた。だから、保険をかけておいた。地面の下に、凝縮した水を仕掛けておいたのだ。あとは開放させただけ。
(やった、―――――――けど)
ハルマサの策はマルフォイの意表をつくことに成功したが、自分の安全を度外視している事が欠点だった。
マルフォイの魔力によって産みの巨人は一瞬にして蒸発し、中心部のハルマサを高温の蒸気で焼き尽くそうとしていた。
<つづく>