<144>
空の上に居る時に攻撃されたら咄嗟に動くのが難しいこともあり、ハルマサとハチエは、地を進んでいる。
大陸を右回りに進んでいくつもりだ。
海沿いを動かなければ、奇襲されても環境はこちらの有利に働くだろう。
足は、久々に登場した自転車・ママチャリDXである。
シャカシャカこぎつつ、ハルマサは上機嫌だった。
「いやぁ、毎回毎回100キロくらい出してるのに、軋み音一つ上げないなんて! この自転車は丈夫で良い!」
以前なんか、砂漠に埋もれてしまったというのに、ギアが絡まる様子も無い。ママチャリなのでそこまで速くは漕げないが、それでも歩いたり走ったりするよりはいい。
「ええなぁ。ウチも欲しいなぁ……そこら辺に落ちてへんかなぁ……」
後ろに座ったハチエさんがモノ欲しそうにキョロキョロしている。
「流石に無いんじゃない?」
「んー………あ、あれはなんや!」
そう言うと、ハチエさんはぴょんと自転車から飛び降りて砂漠のほうに走って行ってしまう。
「ハチエさん!?」
ハルマサが慌てて方向を転換し後を追うと、広大な砂漠にポツンと小さな石の台座が置かれていた。
その上に、みずみずしい野菜が突き刺さっている。
不自然極まりない物体だった。
「何やろかコレ……」
「……ネギかな」
みずみずしい野菜はネギだった。白い部分は透き通るように輝き、二股に分かれた緑色の部分はおいしそうに太陽光を照り返している。
台座に文字が刻まれていたが、象形文字だった。もしくは手の震えが止まらない人が引いた一本の線。
でも、何となく意味は分かった。「観察眼」スキルのお陰かもしれない。
台座にはこう書いて在るようだ。
『ドンパッチソード』
名前は分かったが意味は分からなかった。聞いたことはあるような気がするが思い出せない。ハチエさんも知らないらしい。
取りあえず抜いてみることにした。
「思い切り握ったら潰れてしまうんちゃうかな……あ、意外と……ひんやりする」
「硬くは無いんだね」
「だってネギやで? フニャフニャや無いだけマシやな」
ハチエさんはY字のネギを掴むと、ソロリと抜き出してみる。
抵抗も何も無くあっさりと抜けたようだ。
彼女が抜いてから、罠があった可能性に気付いたが、まぁ何も無かったし次から気をつけよう。
『チャラララ~!』
二人で何の変哲も無いネギに首をかしげていると、突然聞き覚えのある音が流れた。
「ゼルダの伝説の音やな」
「ああ、アイテムを手に入れたときの」
どうやら音は台座からしているようだった。
音は直ぐに止まり、代わりに片言のセリフが聞こえてきた。
『ドンパッチソードは使用者を選ぶ魔剣でアル! 剣を掴みし冒険者ヨ! 楽しむことを怠るナ! さすれば、剣は使い手に答えるだロウ!』
それだけ言ってセリフも途切れる。イベントは以上のようだ。
「おお、なんやねん」
「楽しむことを怠るな?」
一応ドンパッチソードと言う名のネギを観察してみた。
≪情報の取得に成功!
【ドンパッチソード】:使用者のテンションの具合によって威力が跳ね上がる魔剣。躁状態で扱うことが望ましい。逆に鬱に入ると、ネギ以下の硬さしかない物体になる。テンションに応じた威力、規模の衝撃波を出せる。≫
「だって」
「つまりテンション高いウチが持てば、最強の魔剣っちゅうことやね?!」
言葉通りハチエのテンションは非常に高い。
だが考えれば、彼女がダンジョンで神の用意したアイテムをゲットしたのはこれが初めてなのだ。
テンションが上がるのも無理は無いとハルマサは思った。
ハルマサも宝箱を見つけたときは思わず小躍りしそうになったものである。
ハチエは、衝撃波を出してみる気満々らしい。
「いくでぇええええええええええ! アバンストラァアアアアアアアアアッシュ!」
逆手に構えたネギを腰だめから斜めに振り上げる。
そういえば彼女は「アバンストラッシュ」をしゃもじによってマスターしていたのだった。
彼女の言葉と共に逆手で振り切られたネギの軌跡から、白光の刃が放たれて、遥か彼方にある大陸の山脈の上のほうを吹き飛ばした。
射程・威力ともに無茶苦茶だった。
「お、おお! 何と言うコレ! 使え過ぎるやろこのネギ! 今の技は、「山脈斬り」にしよかな!」
「あの、ノリノリのところ悪いけどハチエさん、ハチエさんが切り飛ばした山の向こうになんか居るんだ」
ハルマサはそちらに目を釘付けにしつつハチエを揺さぶる。
「なんや?」
山の向こうには、大きな大きな何かが居た。
山くらい大きいそれは、大きな塊とそれから生えて、うねっている細い物に分かれている。
ウニのように見えなくも無い。
しかし、「鷹の目」スキルによってはっきりと姿を見ることの出来るハルマサの目には、その生物がおぞましいものである事が見て取れた。
「あれは―――……」
それはどう見ても、十数匹のラオシャンロンがくっついて肉団子になり、頭と尻尾が、その周囲に生えてうねっているのだった。
「控えめに言ってキメラかな」
「……大げさに言うと?」
「ウニドラゴン……?」
「表現が可愛くなっとらへん? まぁそういう風に見えへんこともないけど」
正確に表現する言葉が見つからなかったハルマサは口をうーんと悩むのだった。
しかし、悩んでいる暇はそれほど無いかもしれない。
巨大な龍の塊は、地面に首と尻尾を突き刺しながら、体を引きずり、大陸を削りつつこちらへと近づいてこようとしている。
その強さは、ハルマサのシステムが壊れていなければ、レベル33、となっている。
突然山の上半分が吹き飛んで、マリーとマルフォイは大いに驚いていた。
「おいおいおい、なんかスゲえ威力だな。ちょっと舐めてらんない相手か?」
「今の魔力は女のほうだわ。評価の上方修正が必要かしら」
彼女もマルフォイも相手から漏れ出る魔力の強さで相手の力を推し量る事が出来る。
昨日はただのゴミ虫だと油断していたところ、とんでも無く早いゴミ虫だった。もう一人の、女のほうも何かそういう驚かせてくれるような隠し技があるのかもしれない。
でもまぁ、とマリーは紫で彩った唇を歪める。
「この子が居るならあまり関係ないわ」
そう言って彼女は自身が座っている硬い甲殻を撫でた。
二人が乗っているのは、巨龍の頭であり、その頭が生えているのは、巨龍ラオシャンロンが絡み合って溶け合った肉団子からであった。
昨日大発生したモンスターの一つがラオシャンロンであり、それらを全て溶け合わせると、恐ろしい濃さで魔力を発生させ始めた。
「さぁ行きなさい。ひき肉にしてあげましょう」
「鍵の場所はどうすんだ?」
「死体に聞くわ。……這いずると時間がかかるわね。転がって、私の新しい子」
そう言って、マリーは龍の頭へとずずずと埋まって行ってしまう。
恐らく回転する巨体の中心へと行くのだろう。そこは鬱陶しい光も届かない快適な場所に違いない。
しかしマリーはそれで良くても、マルフォイのほうとしては大変困る。
このまま乗っていれば、巨体で押しつぶされるだけだ。
「おいおい、まいったな。自分で走っていくか。……俺を蹴り飛ばしてくれた少年も居るようだし、丁度いいか。お返ししないとな!」
ハッハーと笑いつつ、男は龍の頭を蹴って地面と平行に飛び出していく。今の踏み切りで龍の頭にヒビが入り、マルフォイの脚も折れたが、魔力を流して直ぐに修復する。
マルフォイはこれからの戦いを想像してニヤニヤ笑いつつ、砂漠を走る。
一歩ごとに魔力で固めた砂がはじけ飛ぶ。
その後ろで、巨大な、山ほどもある肉の塊が、頭と尻尾をスパイク代わりに地面に突き刺し、地響きを立てて転がり始めた。
笑いながら、光速をブッ千切って走ってくる男の姿を最初に捉えたのはハチエだった。
光に頼るハルマサの「鷹の目」スキルでは、その姿は見えなかったのだ。
だが、心眼による警告がハルマサの脳裏で響く。
「来たで!」
「どこ……あ!」
一瞬遅れてハルマサも気付く。
ハルマサの空間把握の範囲は約半径200メートルまで拡大している。
その範囲に男が入ってきたのだ。
しかし、ハルマサが出来たことは本当に僅かなことだった。
「加速」を発動させ、「セレーンの大腿骨」を構えることだけである。
―――ゴギィンッ!
周囲の全てを震わせて鈍い音が響き渡る。
間一髪であった。
骨が無ければハルマサの首は胴体と生き別れである。
だが、間に合ったのは構えることだけで、踏ん張ることも足場を固めることも出来なかった。
光速を超える勢いが乗った一太刀で、ハルマサは容易く吹き飛ばされた。
全ては一瞬のことで、そしてその一瞬はまだ終わっていなかった。
吹き飛んだハルマサに容易く追いついた男が、ニ太刀目を振り下ろしてくる。
(くぅ――――!)
奇襲の意趣返しといったところか。
ハルマサは奥歯を噛みつけながら、体勢を立て直す暇も惜しんで、「空中着地」で空を蹴って体をずらし、斬激を避ける。
空振りの衝撃で地面を割った刃が、間髪居れずに刃の向きを変え、切り上げられる。
それを骨で受け、さらに吹き飛ばされる。
「――――――ハハッ! よく防ぐな!」
(ふざけるな! 速すぎるよ! 特技も特性もスキルも、何も使う暇が無いッ!)
加速しているハルマサの、なお上を行く男は、空中を魔力で固定してそれを蹴りつけ移動している。
ハルマサの「空中着地」と良く似たそれは、しかし、回数制限などが無さそうで、空中に居るハルマサは、不利な条件ばかりが募っていくことに焦燥が湧き上がる。
「どんどん行くが、まだまだ死んだらダメだぜッ!?」
吹き飛び回転するハルマサに、跳び上がってきた男が刀を振り下ろしてくる。
「ぐぅ!」
と叫ぶ声が自分の耳に聞こえるよりも速く、ハルマサは地面に叩きつけられていた。
受け損ねた。今の斬撃で、左手の人差し指と中指が切断され、焼けるような痛みが加速された神経を渡ってやってくる。
歯を食いしばるハルマサの上では男が空中を蹴って、鋭い刃の切っ先をハルマサへと突き出してくる。
地面にめり込んだハルマサに、次の攻撃を避けれそうには無かった。
だが、一瞬の時間が出来た。
この状況を打破するには、更なる速さが居るだろう。だが、スキルによる補正は、ほとんど意味が無い。スキルの熟練度アップによるボーナスを待っていられる状況でもない。
だったらするしかないだろう。
「加速」中の―――――――「加速」を。
(―――――――ぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!)
体から魔力が迸り、更なる加速を行うために神経を補強し、増強する。
しかし、光も映せない速すぎる刃が、最早目の前へと迫っていた。
その鋭い刃が額に触れ、ぬかに釘を打つように何の抵抗も無くハルマサの頭蓋を貫こうとした瞬間に、
(―――――――ッ!)
特技が発動した。
加速中の加速。加速の重ねがけによる、さらなる高速の世界。
ズシリと重い感覚が手足を縛る。体中が見えない何かで固定されているようだ。
極端にスローになった視界で、額に突き刺さる刃がゆっくりと進んでいく。
(ぐ……うっ!)
刃が突き通ろうとしている頭を無理矢理捻る。首の筋肉がギシリと軋む。
持久力が恐ろしい勢いで減っていくのが分かる。
この状態、もって一秒かそれ以下だ。
抉られた額から血を噴出しつつ、ハルマサは手に持っていた獲物で、男を殴った。
凄まじい速度で震われる骨。無理な動きを要求されたハルマサの腕と腰と背中で、ブチブチと筋繊維が引き千切れ、しかし、痛みを無視するかのようにハルマサは聖者の骨を振り切った。
「だりゃあッ!」
「――――ガァッ!」
男から上がる苦悶の声。
聖属性の骨が、不死の男の、腰から左の肩へと、体組織を蒸発させながら通り抜けた。手応えはほとんど無い。
骨の勢いで、二つに分かれた男の体が、回転しながら飛んでいく。
それを見届ける前に、ハルマサは持久力が一気に減ったことで意識が飛びそうにそうになった。
(これ以上は無理……!)
出来れば追撃で、粉々にしておきたかった。が、どうやらその前にこちらの体が限界だ。
「くは……ふぅぅ……」
口から血を滲ませつつ、ハルマサは「加速」を解除し、砂に開いた大穴の中で立ち上がった。
フラリと意識が揺れる。
今度は痛みで体がヤバイ。
腕・肩・腰に辛い痛みが走っている。おまけで背中も首も痛い。骨振っただけなのに。
左手の指が二本斬り飛ばされてるし!
持久力は残り半分で、こいつはさり気にピンチじゃないか!
YOU寝ちゃいなよ! としきりに誘惑してくる本能を無視しつつ、敵の行方を捜す。
直ぐに見つかった。
(…………ッ! やっぱり、死んでないか)
上半身を吹き飛ばされても生きていた男である。何があっても驚かないことにしよう。
もうもうと巻き上がる砂の向こうに、男がいる気配がした。
軽く風を操作し、砂煙を振り払うと、右手と胸だけの男が砂の上に浮かんでいた。
「イテェ、なんだ、その骨。ふざけてやがる……クソ」
聖者の骨によって焼け焦げた傷口から煙が上がっていた。
しかもジリジリと爛れた傷が男の体を侵食している。
流石カロンちゃんにもわずかにダメージが通る武器である。
魔力を噴出して浮かんでいた男はおもむろに、右手の剣で自らの首を切り飛ばした。
勢いよく血が噴き出る中、ズルリとマヨネーズが搾り出されるように、男の首から体が生え、代わりに、残っていた右手と胸が霧になったかのように消え失せる。
ちなみに服は直ぐに魔力で余れてからだを包んだ。
一呼吸の内に五体満足になった男は、地面に落ちようとしていた刀を拾うと、夜叉の如き面相で低く呟いた。
「聖属性の骨か……いーもん持ってんな小僧。ぶっ殺してやる」
どうやら、ココからが本番らしい。
「欠損再生」で左手の指を生やしながら、ハルマサは頭の中で戦術を練り始めた。
ハルマサの後ろには約3キロ向こうに海がある。
そしてそれとは逆の方向に3キロ離れた場所で、ハチエが巨大すぎるウニに、立ち向かっているのだった。
<つづく>
ステータス変化(今のところ)なし。
<あとがき>
お久しぶりです。マジでお待たせしました。
一月後のはずが遅れてしまいました。
二話目に納得がいかなくて、書き直したりサボったりゴルゴ読んだりしてました。
そうしているうちに詰まっているところが何とかなったので更新します。
このssは勢いで出来ているので、詰まる時もきっと勢い良く詰まるのですよ(ウソ)。
なかなか手ごわい詰まりでして、正直もう書くの止めようと思ってましたが、まぁ思い付きで解決しました。意外と何とかなるものですね。
次の更新はまた間が開いて申し訳ないんですけど半月後になります。もっとかかるかもしれませんが、多分一月後にはならないはずです。
その後はまた毎日更新に戻すつもりです。きっと新章に入れば……いける!
それではまた。
>あかん!その電池あかん!N2は爆雷や!
キレのいい突っ込みが心地よいです。
もう爆弾積んだミニ四駆でいい気がしてきましたけど、直しておきました。
>ウカムルパスさんが捌かれちゃった。
戦闘シーンの味気なさが半端ではありませんでしたね。
>某コピペで載ってたけど、う○こが光速になっただけでも銀河がやばいことになるんだが…魔法ぱねぇ!!
そのコピペはどこかで見たような見てないような。七色に輝くとか書いてあった記憶があるので本文中に入れてみました。
>しかしまだN2が残ってます
オウフ
>一回の投稿で4話。4話めは感想返しで遅くなってるとみた!
分かってらっしゃる。今回は感想返し終わるまで仮アップしてみました。
>最後に出てきた2人も、悪すぎる人間じゃなかったんだよな。地獄行きか天国行きか決まってないから。
話の中で完全に説明不足なのが悪いのですが、一応二人は閻魔様に関係ないことになってます。じゃあどこに関係あるのかっていうとどこにも関係ないのです。ポッと出の使い捨てキャラという訳です。
>S2を概念食いで髪が白くなる、そして目が赤くなるんですね?わかります。(なんと言う中2病)腕が疼くぜ
中二病っていうと、早く逃げないと俺に精気を吸われるぞ! って感じでしょうか。武装連金を思い出しますね。
>……モンスターボールを概念食いしたらどうなるのかな? かな?
ど、どうなるんですかね。私馬鹿だからよく分からない。
>マルフォイはサザンアイズの不死人みたいなのになってんのか。
無限の住人の不死の人みたいに基点があることにしています。しかもそれのパワーアップ版。やりすぎちゃったぜ。
>ドラゴンボールの瞬間移動は身体を気粒子に変えて、光速の8倍くらいで指定した先に移動できる技らしいよ!
指標があったことにビビリますねw
今書いてるところで、マルフォイ君が高速の6倍くらいで動いているので、瞬間移動を超える日も近いですな。
>即死効果と不死属性はどっちが優先されるんだ?
不死っつっても多分死にます。万能って面白くないので。だから即死って書いてあると多分死にます。
>elonaは嵌りだすと、一気に深みに嵌るから程ほどに……
クソ嵌りましたが、二週間くらいで底まで行って、今は若干浮上したんではないでしょうか。最近は10分くらいやると猛烈な眠気が……
>富樫じゃないよ冨樫だよ!
そうでした。でも直す気力はないです……
>このssの魅力はなんといっても強敵と戦うときの緊迫感だと、勝手に再認識しました。
最近戦闘書いてて面白くなかった理由はここにあったのか……
だからちょっと敵を強くしてみました。
するとどうやって勝てばいいのか分からなくなりました。
>待っていてくれた人たちへ
遅れてすいませんでしたぁ――――ッ!
その代わりといっちゃあ何ですが、今回ちょっぴり量が多かったり。
……どうでもいいですねすいません。
待ってていただいてありがとうございます……
>L・Nさんへ
情報ありがとうございます。とりあえず第一部は連続するようにしました。
というかこのssを読み返す猛者がいるとは。
とても二度読みに耐えられる仕様では無いと思うので、ありがたくも申し訳ないです。