<142>
白ヒゲの耐久力は600万。
ちょっと高いところから地面に叩きつけられたくらいでは、そうそう傷を負うことも無い。ましてや、下は海である。液体である。
白ヒゲが泳げれば、何も問題ないはずだった。
「ゴメン白ヒゲ。ワザとじゃなかったんだよ。そんなに怯えないで」
「グル……」
レンちゃんが海の中から引き上げてくれた白ヒゲは、ヒゲに絡みついたワカメを取りつつ、そっぽを向いている。
「ハルマサ、怯えとんやのうて、怒っとんのちゃう?」
「グルッ!」
白ヒゲはそうだと言わんばかりに牙をむき出してうなる。
どちらかと言うと拗ねているのだろうと、ハルマサは納得した。
確かに彼の扱いは酷かったかもしれない。雷の化け物に投げ込まれ、上空1キロから自由落下させられ、止めはレンちゃんによる荒々しい蘇生(海水を飲んで膨らんだお腹にデカイハサミでチョップ)である。ピンピンしているのが不思議なくらいである。
「よしよし、怖かったんやなぁ…。あそこのタキシードは、羊みたいな顔してやることはサラッとエグイねんから気をつけなあかんで?」
「グル!」
「よーしよし。よぅ見ると案外可愛いやっちゃな白ヒゲは」
考えていると何時の間にかハチエさんが敵に回っていた。
白ヒゲのメタリックな体毛を撫でてやっている。白ヒゲも何処となく気持ち良さそうである。
やはり、男の僕よりは、女の人に懐くと言うことだろう。
白ヒゲもオス、ということか。
もう、ハチエさんが白ヒゲのマスターになればいいような気がする。そんな気がする。
………白ヒゲを譲ることは出来るのだろうか。
「あの、サクラさん?」
≪は、はいぃッ! サクラです! お久しぶりですマスター! もう二度と呼ばれないかと……≫
凄く元気に登場したサクラさんは、すぐさま涙声になった。
そういえば最近のナレーションは桃ちゃんばかりだった気がする。
「言ったじゃない。サクラさんが居ないと、僕はダメなんだって」
≪はぅ……ッ! サクラは、サクラは幸せです……! あ、ダメですよ、桃は下がってなさい!≫
≪マスター! 私にはそういうこと言ってくれないのに―――!≫
「まぁ、桃ちゃんも居たほうが良いかも」
≪扱いが酷いぃいいいッ! ま、マスターのバカー! ゾンビー!≫
捨てゼリフを残して桃ちゃんの声は聞こえなくなった。確かに酷いかもしれないけど、比較対象がサクラさんだから仕方ないよね。
≪桃が失礼しました。あの子最近情緒不安定で……≫
「AIも大変なんだね」
≪と、ところで、どういった用件でしょうか≫
そうそう。忘れるところだった。
「ハチエさんに白ヒゲ譲ることって出来る?」
≪譲渡するのですか……?≫
「うん、だって……」
見れば、離れたところで、ハチエが楽しそうに白ヒゲと遊んでいるところだった。
――――――ほぉれ白ヒゲ! ちんちーんッ!
――――――グルォオオオオン!
「………彼女の方が僕よりよっぽど上手く白ヒゲと付き合えそうな気がするんだ」
というか野生のプライドとかはないんだね白ヒゲ。
≪……少しお待ち下さい。こういうことに詳しい者が居りますのでその者にお聞きください……。ひまわりー! ひまわりー!? マスターが……≫
モニョモニョ言いつつサクラの声は聞こえなくなった。こういうことにはひまわりの方が詳しいらしい。実はひまわりはシステムの内部では偉いのかもしれない。
そうこうしている内にAIひまわりの元気な声が頭に響いた。
≪お待たせお兄さん! ひまわり参上!≫
「あ、久しぶり。元気?」
≪うん! とっても元気元気ッ! 滑舌もすこぶる順調ってもんさ!≫
「若干口調が変わってる気がするけど、それは良かった。ところで―――」
聞けば、普通にモンスターボールを譲渡すれば、所有権が移るそうで。
白ヒゲの頭の毛を三つ編みにしているハチエさんに、早速モンスターボールを渡すことにした。
「という訳で、ハチエさん。大事な話があるんだ」
「ん? なんや? まさか……告白!? 白ヒゲと遊ぶウチの姿にときめいたんか!?」
全然違います。ゴリラにちんちんさせる女性にどうドキドキしろと。
でもノってみた。
「えーと、ハチエさん。あなたのことは多分そこそこ好きでした」
「微妙やな! ていうか過去形!?」
「でもごめん、好きな人が居るんだ」
「知っとるわ! このロリコンめ!」
「ぼ、僕はロリコンだったのか……!?」
「え、違ったん?」
衝撃の事実を突きつけられ、動揺が収まるまで結構な時間がかかった。
そして夜。
「というような事があったんだよ」
【ふむ……】
ハチエが眠りにつき、その横で焚き火を見つめつつ、ハルマサは約束していた「伝声」による通信を行っていた。
相手はハルマサの意中の人、カロンちゃんである。
「カロンちゃーん!」と呼ぶと「うるさいわ! 女神と呼べぃ!」と嬉しそうな返事が返ってきたので、さっきショックを受けた時の話をしているのだった。
「確かにカロンちゃんちっちゃいし、僕はロリコンかもしれないね。でもそんな自分を恥じてないよ僕は!」
【また無駄に男らしいの……というか我は小そぅない! 立派なレディじゃ!】
しかし言葉はババアである。一人称は「我」だし。
それはさて置き、確かに子どもらしくない落ち着きがあるとハルマサは思った。
「……何歳なの?」
【今年で222歳じゃ! ゾロ目なのじゃ!】
「めでたいね」
誇らしそうに言ってくるが、年もババアだった。いや、妖怪か。
でも、きっと指をVサインにして見せ付けてきているであろうカロンちゃんを想像して、ハルマサはもう歳とか些細なことは気にしないことにした。
で、ゾンビつながりで今度の敵に関して詳しそうなカロンちゃんに色々聞いてみた。
【首が飛んでもダメージが無いとすると、明らかにお主が一度なっておった不死者より位階が高い存在じゃな。見た目がまともならば、狼男か、吸血鬼か、夢魔かのどれかじゃろうの。まぁ、他の可能性もあるが、それなら大したことはせずとも日が昇れば消えるじゃろ】
「ふぅん……」
【お主の数倍程度の強さならば、大したことは無い下っ端じゃ。集めた光で焼くか、塩でも撒けば溶けて消えるじゃろ】
「そんなナメクジ退治みたいに上手くいくかな……。聖なる塩とかじゃなくて良いの?」
【清めようがどうしようが、我からすれば大して変わらん】
そうですか。
【お主が使っておる骨も有効じゃの。あれは我にも少し痛い】
まぁ大して効かんのじゃがな! と得意そうに鼻を鳴らすカロンちゃんの声を聞きつつ、ハルマサは戦法を考える。
まず必要なのは、塩か。いや、別に聖別されていなくて良いなら、海水のままぶつける手もある。
そして、聖者の骨で殴る。ハチエさんのビームで細切れにしてもらうのもありだろう。
女の子の方は、男のほうより弱かったし、なんとでもなりそうだ。
「よっし! 勝てそうな気がしてきたよ!」
【ふふ、ならば良し】
そのあと30分くらいどうでも言い話をした。
カロンちゃんは現在、ハルマサのところにかかりっきりになっていて仕事をほったらかした罰として軟禁中らしく、夏休みの宿題を終わらせたカロンちゃんは暇で暇で仕方ないとのこと。
しかし明日にはインターネットが開線するとかで、ワクワクしているようだった。ネットゲームや動画サイトに嵌って引きこもりにならないことを祈るのみである。
【名残惜しいがそろそろ時間じゃ。朝ちゃんと起きねば母様が怒るゆえな】
「そうか……じゃあ、明日も連絡するね」
【うむ。待っておるぞ】
「おやすみー」
特技「伝声」は精神力に依存して効果時間が決まるのでまだまだ続けることも出来たが、カロンちゃんも眠らなければならないのだ。何処にいるとも知れないカロンちゃんだが、日の巡りの速度は変わらない。夜には寝て、朝起きる。
……時差とか無いのだろうか。
考えても仕方ない。
ハルマサはプツリと「伝声」を止め、空を見上げる。
長い、長い一日だった。本当に長かった。一ヶ月くらいかかっ(ry
明日には、敵の強さがまた二倍になる。何てクソな仕様だろう。
あまり時間をかけることは出来ない。早くあの不気味な二人組みと接触し、鍵を手に入れて、ボスのところへと向かわなければ。
ハルマサは決意を固めるのだった。
そして夢の中。
幼稚園児がクレヨンで描いたような風景の中、この世界の住人三人が寄り集まってなにかをやっていた。
「あとさきなぁーし、負けたらかーちぃよ!」
「じゃん、けん!」
「「ほいっ!」」
グー、パー、手なし。
「やったぁ―――――! これで、明日も私こと桃ちゃんの番! ヤハ―――――!」
「ヒドイよ! 僕がパーしか出せないのを良いことに!」
「そうです! ズルイですよ桃! 私なんて……手すらないのに!」
細い手足の生えた奇怪な桃が、グーを掲げつつピョンピョン跳ねている。
その前では、小さなひまわりが手(葉っぱ)を震わせつつ、悔しそうにしていた。
その傍らで、恨めしそうに桜の樹(人面樹)がサワサワと枝を揺らしている。満開だった花はもう散っているようだった。
その光景を、座り込んだハルマサはぼんやりと眺めていた。
胡坐をかいた足の上で、ヨシムネが丸くなっている。アイルーというより、最早完全にネコと化しているがまぁ本人がそれで良いのならいいだろう。
背を撫でると、ピクピクと髭が揺れていた。
奇怪で大きな桃はクルクルと回りつつ叫んでいる。
「ふふふ、前日の勝者が勝負を決めるこのルール! サクラさんに負け越した私は既に過去! ようこそいらっしゃい新しい私!」
「うぅ……まさか神様シリトリで負けるなんて……不覚です……」
「肉体系の勝負ばっかりなっちゃったもんね……」
「でも、このままでは……参加も出来ずに負けるなんてこのAIサクラには許されません! ……はぁああああああああああああああ!」
「サクラさん!?」
相変わらずぼんやり眺めるハルマサの前で、桜の樹が樹皮のシワとウロでできた顔(でも美人)を歪めて、メキメキと不穏な音をたて始める。
と思ったら、幹の左右からにゅるんと手が生えた。妙になまめかしい、人間の女性の手である。
その手をニ、三度握ったり開いたりを繰り返し、桜の樹は満足そうに息を吐いた。
「よい感じです…! 人型になる日も……近い……!」
「ま、負けませんよ―――!? 私だって! ふんぬぅうううううううううううううう!」
桜の樹の行動に触発されたらしい奇怪な桃はそう叫ぶと、メリメリと、桃の中央から人の顔のようなものが盛り上がってくる。
やがて、ぱん、と皮を引き千切り、桃の果汁と共につるんとした肌の女の人の顔が桃の中央から飛び出してきた。
一応美人は美人である。でもバランス悪い。ボーボボのドンパッチみたいな、生物としては謎な体型である。基盤は桃だし。
それを見てひまわりも何故か焦ったらしく、アクションを起こした。
「ぼ、僕だって! でやぁあああああああああああああ!」
ひまわりも叫ぶと、その根っこが一つに寄り集まり、太くなる。
そして枯れ木のような細さの足になった。ただし、右足だけである。
ひょろりとした足の上に咲く、小さなひまわりは、花弁の中央にある顔をハルマサに向けてこういった。
「はぁ……はぁ……。どう、お兄さん?」
「こわぁああああああああああああああああああああッ! 妖怪かッ!」
「な、なんや突然。ビックリするわぁ……」
叫びつつ飛び起きると、驚いた顔のハチエさんが居た。
どうやら、何時の間にか朝になっていたようだった。
そして、目の前にビックリ箱が出現する。
『プレイヤーの皆様、おはようございマス! 強化イベントが始まってから24時間が経過! さらに敵が強化されマス! また、昨日の大量ポップモンスターは、ラオシャンロン、キリン、ラージャン亜種、シェンガオレンでシタ! それでは、冒険をお楽しみ下サイッ!』
そう言えば、6時間ごとにいずれかのモンスターが大量ポップするんだった。忘れていた。
朝っぱらからイヤな現実だが、眠気覚ましの効果はあるらしい。
ハルマサは眠気の吹き飛んだ頭で、よし、と気合を入れるのだった。
<つづく>